2009-12-13

クィア学会から回答が来ましたが

11/25にクィア学会第1期幹事会に伏見が送った質問状(メール)に体する回答が二週間以上経つのに来ない、という日記をアップしたら、ほぼ同じタイミングで先方からメール来ました。現事務局長の菊地夏野さんという方からでした。さっきの記事を落とし、以下、回答をコピペして新しい記事をアップします。
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クィア学会会員
伏見憲明さま

11月25日付で拝受しました質問についてですが、第1期幹事会の見解は、10月26日および11月20日の返答に記したとおりです。第1期幹事会はその任を終えていることもあり、これまでに送付した見解をもって、伏見さまへの問題提起に対する返答とさせていただきます。
大会プログラムや発表に関する対応策は、11月20日の返答にも記したように、学会の設立趣旨との齟齬をきたす可能性があるため、会員による議論を経て臨時総会もしくは総会で決定すべき事項であると考えます。

2009年12月11日
クィア学会第1期幹事会

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……つまり、自分たちは学会プログラムに何が書かれても、学会発表で何が語られても問題にできないし、いや、「問題ない」とするしかないし、一方で、プログラムに書かれたその文言が学会原則の要件を満たしていると判断したのか、と伏見に問われれば、それに答える誠意もない。そして、自分たちは任期が終わったので責任もなく、問題があれば総会でやれば? ということなのでしょうか。

ビックリを通り越して、脱力してしまいました。こういう官僚的な無責任を恥じない人たちが、異性愛社会がどうの、権力がどうの、差別がどうの、クィア表現がどうの、って議論しても、なんの説得力もないじゃないですか。まさか「脱アイデンティティ」の「学会的実践」というジョークなのかしら。

クィア学会の学会員のみなさま、このサイトを読んだみなさま、いったいどう思われますか? クィア学会で倫理綱領を作ろうとしている溝口彰子さんほかの方々は、これは倫理以前の「問題」だと思いませんか?

伏見は上記の回答にまったく納得できません。改めて、風間 孝(中京大学准教授)、クレア・マリィ(津田塾大学准教授)、石田 仁(聖マリアンナ医科大学非常勤講師)、川坂和義(東京大学大学院)、清水晶子(東京大学大学院准教授)、吉仲 崇(横浜市立大学大学院)、谷口洋幸(早稲田大学助手)、釜野さおり(国立社会保障・人口問題研究所室長)、河口和也(広島修道大学教授)、菅沼勝彦(大分大学国際教育研究センター講師)、平野 遼(会社員)、堀江有里(花園大学ほか非常勤講師)のみなさんにお願いします。以下、明確にご回答ください。

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1「男性特権への無関心やバイセクシュアル攻撃、同性愛者中心主義など権力志向の言動を繰り返して来た伏見憲明さんをクィア学会の設立大会でパネルに呼びながら、その場で本人への明示的な批判をしなかった(らしい)学会側のパネラーや参加者への批判の意味も込めて、今回は伏見批判をする予定でした。が、自身の持つ特権の責任を引きうける意志のある人達と建設的な対話をした方がより実り多いので、上述の趣旨を裏側から言い直して、表記の発表をします。伏見さんは、自身の特権に鈍感な活動家の例として言及予定。
 クィア学会を「学者の集まり」にしないことを意図とし、敢えてアカデミック体裁を取らず、活動家としての問題提起を行います。」「「マジョリティーとしての責任をとる」とはどういうことか」(ひびのまこと)

 上記の抄録は、「学術研究者にとどまらず多様な社会・文化活動に従事する人びとが広く知見の共有や意見の交換をおこなう場を提供する」という学会原則をあやうくするものではなく、この条件を満たしたものだと第1期幹事会のみなさんが「判断」した、という理解でよろしいでしょうか。

2 上記の抄録のような文言が学会員以外に向けられたものであっても、それは学会を運営する側として何ら問題がないと判断されますか? 

以上についてご回答いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

2009.12.13
伏見憲明

2009-12-08

9日のエフメゾは“大学生祭り”?

mfmap.gif9日のエフメゾはかわいい大学生くんたちがわんさか来てくれることになっています。ので、若者のフェロモン目当ての方もお越し下さい。お肌にいいですよ(笑)。エフメゾはゲイだけじゃなくて、老若男女で楽しめるゲイバーになっております。もちろん、ゲイフレンドリーじゃない方や、オカマ的なジョークのわからない方にはご遠慮願いますが。

下の記事にあるように、12/23(水)はイベント&クリスマスパーティになっておりますので、年内の通常営業は9日、16日、そして最後が30日です。みなさまのお越しをお待ちしております。明日は17:00−19:00のカフェタイムから営業していますので、遊びに来てください。

2009-12-05

あなたも「できる!」キャンペーン

DEKIRU_.jpg「できる!」キャンペーン
みんなの「できる!」で何かが変わる 〜エイズのこと、改めて一緒に考えてみませんか?

コミュニティスペース、aktaでHIVの問題に取り組んでいるジャンジ姐さんが、エフメゾに新しい啓発キャンペーンのグッズを持ってきてくれた。いまをときめくイケメンモデルくんなども出ているカレンダーやら何やら。とても素敵です。机の前に飾っておくと、思わず「ムフフ……」と頬が緩んでしまう。←キモい! そこに記されているHIVをめぐる切ない手記にも、さまざま考えさせられる。

カレンダーはじめ「できる!」キャンペーンのグッズはaktaに行くともらえるそうです。超お得よ! ぜひゲットしてください。キャンペーンの内容に関しては以下のプレスシートを参照してね。 続きを読む…

2009-12-01

明日もカフェタイムから

過労や締め切りやらで首が回らない状態だけど(ほんとに筋を違えてしまったし)明日はカフェタイム(17:00ー)から営業しています。みなさん、おでんやカレー、そしてママのホットな言葉(アチッ!)で温まりにお越し下さい。

12/23(水)は祭日なので、多少真面目なイベントを夕方催し(クリスマス・リブ?)、夜は、ちょっとエロで笑えるクリスマスパーティを予定します。ゲストにはいま注目のブル先生が降臨することになっていて、ナウシカから三田佳子までげっぷが出るほど楽しんでいただこうという趣向。どんな不幸な人でもハッピーになれるクリスマスにするよ!

「人権」についての講演をします!

hentainyumon_mini.jpgってオマエがかよ!と伏見を知っている人からは突っ込みが入りそうですが、珍しく、「人権」について考えてみようと思います。

「少数者の人権〜同性愛について考える」
主催:町田市
12月5日(土) 14:00−16:00
町田市民フォーラム 3F
予約:町田コールセンター 042−724−5656(11/12〜)

こういう仕事って最近あまりしていないのだけど、むかしはほんとによくやりました。90年代の前半とかは年間4、50本こなしていた時期もあった。女性会館のような行政機関から、寺院、大学、労働組合、発展映画館……と、全国を回りました。当時、他に同性愛というテーマで語る人もほとんどいなかったし(←大学でセクシュアリティの講座があるなんてまったく考えられない時代)、セクシュアリティ自体が新しいテーマとして「発見」された頃でした。

だけど、この十年くらいは、「人権」なんて手垢のついた言葉で語ることは苦手で、依頼が来ても確実に断っていた。んだけど、もしかして今なら「人権」を自分なりに語れそうな気もしてきて、今回は引き受けてみました。まっとうな感覚で生きていたら、土曜の昼下がり、「人権」の講演なんて絶対に聴きたくないじゃない? そういうのって、「正常位志向」の活動家や学者がアクメ顔で語るだけで(笑)、それに官能できるマニアしか耳を貸さないのが通例だと思うんだけど、そういうふうに「人権」を放置しておくのもどうよ、と。今の自分ならもう少し面白く言葉にできるかもしれないと、ちょっとやる気になっているのだ。「人権」みたいに陳腐に成り下がった言葉をどう再利用できるか? 

まあ、土曜のひととき、ちょっとマニアックな気分に浸りたい人はどうぞお越し下さい。つーか、こんな講演会、いったい誰が来るのよ!

2009-11-28

店子募集!

12/23(水)のエフメゾのクリスマスイベントの手伝いをしていただける学生さんいませんか? 当日のバイトを1名募集します。これは1日かぎりのバイトですが、相性がよければそれ以降もお願いするかもしれません。イベントのコスチュームは下着オンリーの予定ですので、ある程度からだを鍛えていることが条件です。二十歳以上、二十五歳以下の学生さんでお願いします。応募されたい方は、事前にメールで連絡の上、12/2、9(水曜日)に17:00−19:00のエフメゾカフェタイムに、履歴書を持参して面接にお越し下さい。アドレスは、@yahoo.co.jpの前にgaybarfushimiをつけたものになります。お待ちしております!

2009-11-26

クィア学会のカテゴリー

メールやら問い合わせがけっこう多く、参議院議員の松浦大悟さんばかりでなく(笑)読者の関心が高いようですので、「クィア学会」というカテゴリーを設けました。長丁場になったときにもこうしておけば展開を辿るのが簡単です。ご興味のある方は最初の記事から参照してみてください。

2009-11-25

クィア学会第1期幹事会のみなさんへ 2

クィア学会第1期幹事会のみなさんから以下のご回答いただきました。
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クィア学会会員
伏見憲明さま

2009年11月9日付で拝受いたしました伏見さまのメールにおいて改めて提起されました点につき、御返答申し上げます。

0. 前回お伝えした幹事会の見解について
 
前回の返答で申し上げましたように、第1期幹事会は、以下の基本的な方針に従って、会員からの学会発表要旨を受理し、プログラムに掲載いたしました。

 趣意文にありますように、当学会は、「学術研究者にとどまらず多様な社会・文化活動に従事する人びとが広く知見の共有や意見の交換をおこなう場を提供する」ことをその設立の目的としております。従いまして、学会幹事会の責務は、知見共有や意見交換の場が会員に平等に保障されるように学会を運営することにあり、この原則をあやうくする危険が認められない限り、各会員の学問上の見解およびその発表の様式について幹事会が制限を加えることはできません。

学会誌、研究大会報告、あるいは総会、およびそれに関連する資料において各会員が公開する見解やその様態の是非につきましては、各会員が相互の意見交換を通じて判断するべきものであると考えます。もちろん、公開された見解やその様態についての批判や反論がある場合にも、同様に、学会誌、研究大会報告あるいは総会において、意見公開の機会が保障されることになります。

1. 上記返答をした第1期幹事名について

 先日の伏見さまへの回答は、第一期幹事会としての見解を提示したものであり、幹事会の氏名および所属に間違いはありません。

2. プログラム掲載条件について

アカデミアだけではなく、様々な分野、活動家の方も含めた議論の場を提供することが本学会の目的であるため、研究大会での報告には学会誌のような査読のシステムを設けていません。したがって、幹事会は、プログラム掲載にあたり、報告者が学会員であることを確認した上、基本的な形式のみを考慮しました。
そのため、第1期幹事会では、プログラムへの掲載と報告要旨を事実として認めることは別のことであると認識しています。

プログラム掲載にあたって考慮した基本的な形式とは以下の3点です。

*日本語であること
*名前、所属、タイトル、要旨(200-300字以内)が書かれていること
*広い意味でクィア研究に関わるものと考えられるもの

入稿受け付けを担当した事務局は独自に掲載についての判断を下す権限は持っておりません。2009年7月19日開催の第5回幹事会審議事項として、上記要件を満たしていることを確認し、報告要旨をプログラムに掲載することが、決定されました。

3. 報告要旨と報告の内容との関係および分科会の司会者の役割について

 報告要旨と報告内容とあいだの齟齬については、容易に関連の有無を決定できる問題ではなく、また学会として対処すべき性質のものでもないと考えております。したがいまして、第1期幹事会では、「知見共有や意見交換の場が会員に平等に保障される」という原則を「あやうくする危険が認められない」限り、報告者に注意を促す方針はとっておりませんでした。

4. 「第1期幹事会の判断は第2期幹事会を拘束するものではない」という点について

伏見さまが提起された点に対する、第一期幹事会の見解は、先に返答したとおりです。
本件に関する第1期幹事会の見解および、今後、学会の原則を危うくしかねない意見表明があった時の対応策につきましては、第2期幹事会に申し送り事項として伝えてあります。

可能な対応策としては
*学会報告に査読をつける
*報告申込に際して、報告が中立/公正であることを記した証明書に報告申込者が署名する
*プログラムに掲載される学会員の個人名で示される見解は、クィア学会の見解ではないことを明記する
 
などが考えられます。 

 ただし、この対応策案は、「知見共有や意見交換の場が会員に平等に保障されるように学会を運営する」という学会の設立趣旨との齟齬をきたす可能性があり、今後の学会の方向性を大きく左右するものとして、学会員から様々な意見・立場が表明されることが予想されます。したがいまして、第1期幹事会といたしましては、この対応策案の採否は、幹事会の権限・責任を超えた、臨時総会もしくは総会において決定すべき事項と考え、第2期幹事会にはその点を含めて申し送りをする所存です。

 以上をもちまして、第1期幹事会からの返答とさせていただきます。

 なお、本回答は、クィア学会のwebサイトに掲載させていただきます。

2009年11月20日
クィア学会第1期幹事会

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以下、今回改めて、伏見憲明から第1期クィア学会監事会のみなさまへの質問状です。

代表幹事 風間 孝(中京大学准教授)
代表幹事 クレア・マリィ(津田塾大学准教授)
事務局担当幹事 石田 仁(聖マリアンナ医科大学非常勤講師)
事務局担当幹事 川坂和義(東京大学大学院)
事務局担当幹事 清水晶子(東京大学大学院准教授)
事務局担当幹事 吉仲 崇(横浜市立大学大学院)
会計担当幹事 谷口洋幸(早稲田大学助手)
編集担当幹事 釜野さおり(国立社会保障・人口問題研究所室長)
編集担当幹事 河口和也(広島修道大学教授)
編集担当幹事 菅沼勝彦(大分大学国際教育研究センター講師)
編集担当幹事 平野 遼(会社員)
編集担当幹事 堀江有里(花園大学ほか非常勤講師)
以上、クィア学会第1期幹事会のみなさまへ

先日はご回答ありがとうございました。
さて、ご多忙のところ何度も申し訳ありませんが、以下の私の質問に対してご回答いただければ幸いです。

1「男性特権への無関心やバイセクシュアル攻撃、同性愛者中心主義など権力志向の言動を繰り返して来た伏見憲明さんをクィア学会の設立大会でパネルに呼びながら、その場で本人への明示的な批判をしなかった(らしい)学会側のパネラーや参加者への批判の意味も込めて、今回は伏見批判をする予定でした。が、自身の持つ特権の責任を引きうける意志のある人達と建設的な対話をした方がより実り多いので、上述の趣旨を裏側から言い直して、表記の発表をします。伏見さんは、自身の特権に鈍感な活動家の例として言及予定。
 クィア学会を「学者の集まり」にしないことを意図とし、敢えてアカデミック体裁を取らず、活動家としての問題提起を行います。」「「マジョリティーとしての責任をとる」とはどういうことか」(ひびのまこと)

 上記の抄録は、「学術研究者にとどまらず多様な社会・文化活動に従事する人びとが広く知見の共有や意見の交換をおこなう場を提供する」という学会原則をあやうくするものではなく、この条件を満たしたものだと第1期幹事会のみなさんが「判断」した、という理解でよろしいでしょうか。

2 上記の抄録のような文言が学会員以外に向けられたものであっても、それは学会を運営する側として何ら問題がないと判断されますか? 

以上についてご回答いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

2009.11.25
伏見憲明

2009-11-24

11/25(水)は映画音楽

考えてみたら、エフメゾのBGMでこれまで映画音楽ってやってなかったな。他はいろんなコンセプトで特集を組んできたけれど、これは盲点であった。先週、あるお客様に「ノッティングヒルの恋人」の主題歌だったエルヴィス・コステロの「SHE」をセレクトしていたのを褒められて、そういえば…と思いついた。なので、今週のエフメゾは映画音楽を集めて流すことにした。晩秋の静かな夜、たまには映画の話しでもしませんか。

営業はカフェタイムから(17:00-19:00)おでん炊きながらやっております。バータイムは04:00までですが、深夜はお客様がいなくなり次第、看板を消してしまいます。

2009-11-23

いただいたご本『カント 信じるための哲学』

● 石川輝吉『カント 信じるための哲学』(NHKブックス)

読むべき本はいっぱいあって、机の上ではいつも献本やら図書館から借りてきて資料やらが積ん読されている。いったいみんなどうやって本を読む時間を捻出しているのだろう? そもそも怠け者なのがいけないのだが、最近では趣味の読書にすら余裕かなくなっている。

そんななかでも、これから絶対に精読しなければと思っているのが、石川輝吉著『カント 信じるための哲学』である。

「どこにも真理はない、と主張するだけなら、懐疑論や相対主義で十分だろう。……これは真理そのものを取り出す哲学ではない。だが、疑うための哲学でもない。この世界を、物の存在や善や美があることを、「わたし」の側から「真じるための哲学」なのだ」

序章に書かれたこの文言を読むだけで、これはいま読まなければならない一冊だ!と思う。ジェンダー/セクシュアリティの領域などはローカルなのでまだ相対主義や懐疑論をやっていれば論文が書け、ポストも獲得できるかもしれないが(←ポストはないか)、やはりいま現実の世界をしっかり生きようとすれば、必ずこの問題に行き当たる。相対化され、多様化され、拡散していく状況のなかで、いかに人と共同できるのか、いかにこの世界を共有できるのか。そうした問題意識を核においたカント論ならば、手に取らざるを得ない。

ちなみに、伏見が昨今こだわっているクィア学会の件も、そうしたテーマに関わっている。あれ、あまりにも卑小な実例ではあるが(笑)、登場人物たちの「キャラ」の問題ではなく、実は、思想性の問題なのではないかと。

関係ないけど、この本の著者の名前と髪型が妙にかわいいね(笑)。

いただいたご本『こんな私が大嫌い!』

978_4_652_07849_5.jpg● 中村うさぎ『こんな私が大嫌い!』(理論社/よりみちパン!セ)1000円+税

良書が数多く含まれている「よりみちパン!セ」シリーズのなかでも、これは最高傑作ではないだろうか。もちろん伏見の本も含めてであるが、ぼくとしては『こんな私が大嫌い!』を「よりみちパン!セ」のベスト1に挙げたいと思う。

理由は、まず取り上げられている題材が、いまどきの思春期の子供たちにとっていちばん琴線に触れる問題であること(大人にとっても重要な問題である!)。その表現方法が、文体、デザインともにちゃんと読者対象に向けて練られたものであること。文章量も彼らにとってちょうどよくコンパクトにまとまっているところ。イラストが内容にあっていて、とてもかわいいところ。そして、文章がとにかく魅力的で、内容が深く説得力があるところ。

これだけそろった一冊はそうそうない。

「「自分が嫌いじゃなくなる」ってことは、「自分への執着から解放される」ってことで、要するに「自分を嫌いでも好きでもなくなる」ってことなんだ」

こんなことなかなか言えません。中村うさぎがこれまでの七転八倒の試行錯誤なかから獲得してきた哲学の、もっとも純度の高い部分を、最高のエッセイで綴っている本だと思う。彼女の作品のなかでも、ぼくはこれがいちばん好きかもしれない。推薦なんてしないでも、ロングセラーとして読み継がれることでしょう。

2009-11-19

いただいたご本『恋の蛍』

● 松本侑子『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』(光文社)1800円+税

え? 松本侑子さんって太宰治なんて好きだったんだ?
と送っていただいたご著書のタイトルを見てビックリ。松本さんの作風からは太宰はかなり遠い感じがしたからだ。

でも読みはじめると、太宰という作家のかげで誤解にさらされてきた女性を取り上げた評伝小説で、フェミニストの松本さんらしい問題意識に貫徹された一冊であった。

「 「死ぬ気で恋愛してみないか」「先生を、愛してしまいました」昭和23年、太宰と入水した山崎富栄の知られざる生涯。幸福な少女期、戦争の悲劇、太宰との恋、情死の謎とスキャンダルを徹底した取材から描く「愛」の評伝小説。」

「酒場の女」という具合に(世間や文壇の)女性蔑視のもとに語られてきた山崎富栄は、実は令嬢で、英語が堪能な女性経営者だった。そんな彼女がなぜ貶められてきたのか。彼女を通して見たときに太宰はどのような作家として像を結ぶのか。緻密な取材、調査に定評のある作家・松本侑子ならではの迫り方で、ひとつの生き方、ふたりの関係に光を与えている。

2009-11-17

11/18(水)は地味営業

mfmap.gifどうしてこう一週間が経つのは早いんでしょう。一歩も先に自分を進められないままに、アッという間に時間ばかりが過ぎていく。それも年を重ねるごとにそのスピードが増しているのだから焦る……。

来年は3月に7年ぶり!に小説の単行本を出版することになっていて、できたらもう一冊、本を出したいと思っているのだけど、なかなかそれがはかどらない。平行して論文執筆をやっているので、フィクションとノンフィクションとを頭のなかで両立ができないのが問題(集中力がないから切換えが下手なんですよ)。でも、とりあえず、昨日論文の骨子になるインタビューを終えたので、見通しはだいぶよくなってきました。『欲望問題』以降、半ば書く意欲をなくしていたのだけど、来年からはまた物書き業に復帰という感じでしょうか。

40代に入ってからの底なしどん詰まりを脱し、そんな生産的な気分に戻れたのは、たぶん、週に一度エフメゾをやっているからだと思います。お客様とのコミュニケーションのなかからエナジーと創造力をたくさんいただいているので、水商売はある意味、バンパイヤの業ですね。だからやめられない。今週もママにエナジーを吸われにお客様が来てくださることを祈っています(←怖いよ)。クリスマスの営業(12/23 祭日)までは地味営業の予定です。お客様ひとりひとりとのコミュニケーションを大切にして、じっくりと人間関係を深めたいものです。カフェタイム(17:00−)からおでんを炊き、カレーを煮込みながら営業しています。

2009-11-15

マーガレットさんとトークショー

オカマ界ではもっとも険悪な仲といわれてきたDQのマーガレットさんと伏見ですが(笑)久しぶりに一緒に仕事をしました。ハーヴィー・ミルクを描いた映画「MILK」のDVD化を記念した?二丁目のクラブ、アーチのイベントで、30分のトークショー。(写真撮影/赤杉氏)

伏見はその会場に入る前に、日本のハーヴィー・ミルクともいえる南定四郎氏にインタビューを3時間みっちりしていて、もう体力的にぐったりだったので、口数が少なかったのだけれど、最後に一発ゲイ。怒るとスリッパを投げるという伝説を持つマーガレットさんに(笑)持参のスリッパで応戦! 会場から爆笑を取れて、一矢報いました。オカマも年を取ると喧嘩するほどの元気もなく、どんな昔なじみでも息災で何よりとしか思えなくなってくる。こういうのを「怨讐の彼方」っていうんですかね(笑)。っていうか、もう伏見も現役ではなくなったということだわな。

2009-11-10

クィア、リブ飲み、美男時計、同窓、ロック

クィア学会についての記事を昨日アップしたら、けっこうな反響でビックリ! こんなに一度に励ましをもらったのは、91年に『プライベート・ゲイ・ライフ』を上梓したとき以来かもしれない。友人知人、面識のない人、運動や学術に関係のない人や、海外在住の人までほんとにたくさんの人からメールが届いた。みなさん、今回の件には大いに疑問を持たれたようだ。当事者の伏見よりもよほど怒っている文面も少なくなく、「まっとう」な感覚を持った性的少数者もたくさんいることにちょっとホッとした。

だけど、伏見はクィア学会のことを攻撃したいのではなくて、むしろ応援をしたいのだ。正直、最初は「ムカつく!」と激していただけだが(笑)、ある尊敬するご仁に、「学会というのは1トピック、1学会という不文律があるので、今回のようなことでクィア学会が駄目になってしまうと、クィアという分野自体が学術として育たなくなってしまう」と指摘されて、ちょっと反省もした。96年に『クィア・スタディーズ』という本などもいち早く出し、一貫してそうした動きを応援してきた立ち場としては、やはり良識ある学会になってほしい。だからこそ、ああした官僚的な言辞を弄してやり過ごそうとする態度は看過できないと思う。そんなのちっともクィアじゃないしね!

やっぱ形式が出来上がっていくと、実質がなくなっていく面もあるのかもしれない。それに比べて、先週のエフメゾの夜中の討論は超面白かったー! 酔いの戯れ言という建前で、集まった活動家や政治家や学者や学生や社会人の連中十数人が、マイノリティの運動について侃々諤々の「リブ飲み」(笑)。オカマ版「朝まで生テレビ」という様相で、平日ただ中だというのに結局明け方まで白熱していた。みなさん言葉が尽きないので、伏見ママですらほとんど口を挟めないくらいくらい。昨今、学会とかシンポジウムというと、みんな言質を取られないように、自分が傷つかないようにディフェンシブになってしまい、内容がなかったり、議論にもならなかったりする傾向がある。もしかして、これからは飲み屋話のほうが実質があるかもしれない!←自画自賛

なんていうと、エフメゾが「リブバー」のように誤解されてしまうかもしれない。いや、ふだんはエロあり笑いありのふつうのバーです(笑)。ただとにかくいろんな人が集まるので、ママとしても厭きない。

mfmap.gif最近ブレイクしている「美人時計」というアプリを出しているノンケ社長もよく来てくれるのだが(←この人、元吉本で面白い!)、その彼が今度は「美男時計」というのを作ったという。見てみたら、1分ごと異なるインが画面に現われるという優れもの。そこに登場するイケメンがゲイ的に受けるかどうかは……みなさん、見てのお楽しみ(笑)。やはりノンケが作ったものだなあと思った点は、脇に掲示されている男子のプロフィールに、身長はあっても体重の項目がないところ。ノンケにとってのイケメンってきっと痩せているのが前提だから、体重を記す必要がないんだよね。それに比べて、ゲイにとってのイケメンはスジ筋からガチムチまで幅がある!
http://www.bijint.com/binan/

エフメゾはそんな仕事をしている人も来れば、伏見の大学のノンケ同窓生も来たりする。先日来店した彼はパリダカールなどにも出場したことがある元バイクレーサー。十数年前、二丁目のディライト(現在のアーチ)で伏見が開いたパーティで、当時伏見の担当編集者だった女子と結ばれて結婚し、現在は一児を得て、市長さんをやっている。ゲイとレズビアンばかりのパーティで唯一のノンケだった二人が結ばれて、今どんな家庭を築いているのか知りたい人は、発売中のAERAをご覧ください。「はたらく夫婦カンケイ」のページで、なれそめを語っています。タイトルは「ゲイバーで出会ったダイアモンド」(笑)

ゲイバーって一夜の劇場みたいでほんとに楽しい。大変なこともあるにはあるが、それ以上にいろんな出会いと刺激があってやめられない。学生さんからご年配の人までがいっしょに飲める空間が嬉しい。伏見は今ちょっとアグレッシグな気分なので、11/11(水)のBGMはロック。伏見がロックの名曲だと思うものを集めてiPODに入れました。ツェッペリンもストーンズもイエスもELPもブルース・スプリングスティーンもELOもドゥービーもかかります。お暇な方はカフェタイムから営業していますので、ぜひ遊びに来てください。カフェタイムは17:00−19:00、バータイムは19:00−04:00です。

2009-11-09

クィア学会ならびに第1期幹事会のみなさまへ

クィア学会ならびに第1期幹事会のみなさまへ

第1期幹事会のみなさま、まず、これまでのご尽力に改めて敬意を表したいと思います。日本でこのような学会を立ち上げるのがいかに大変だったかは、想像に難くありません。二年間、ご多忙のところ煩雑な作業に追われ、創立大会そして二度の学会を成功させたこと、尊敬に値します。そしてお疲れのところ、この度は「クィア学会 研究倫理ガイドライン(仮称)検討ワークショップ」にて私が抗議、提起した問題について、ご検討、ご回答をいただき、誠にありがとございました。

さて、いただきました第1期幹事会の皆様の見解について確認させください。

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「男性特権への無関心やバイセクシュアル攻撃、同性愛者中心主義など権力志向の言動を繰り返して来た伏見憲明さんをクィア学会の設立大会でパネルに呼びながら、その場で本人への明示的な批判をしなかった(らしい)学会側のパネラーや参加者への批判の意味も込めて、今回は伏見批判をする予定でした。が、自身の持つ特権の責任を引きうける意志のある人達と建設的な対話をした方がより実り多いので、上述の趣旨を裏側から言い直して、表記の発表をします。伏見さんは、自身の特権に鈍感な活動家の例として言及予定。
 クィア学会を「学者の集まり」にしないことを意図とし、敢えてアカデミック体裁を取らず、活動家としての問題提起を行います。」「「マジョリティーのとしての責任をとる」とはどういうことか」(ひびのまこと)

学会プログラムに収録された上記の抄録に対して、私は、これを学会プログラムに掲載するのは不適切ではないか、と抗議しました。そして第1期幹事会のみなさんは議論の末、この抄録を掲載するのはとくに問題ない、という見解に至ったと今回改めてご回答をいただきました。http://www.queerjp.org/

最初に、その見解を示したのは、以下の方々だということを確認させてください(もし異なるようでありましたら、お知らせください)。

代表幹事 風間 孝(中京大学准教授)
代表幹事 クレア・マリィ(津田塾大学准教授)
事務局担当幹事 石田 仁(聖マリアンナ医科大学非常勤講師)
事務局担当幹事 川坂和義(東京大学大学院)
事務局担当幹事 清水晶子(東京大学大学院准教授)
事務局担当幹事 吉仲 崇(横浜市立大学大学院)
会計担当幹事 谷口洋幸(早稲田大学助手)
編集担当幹事 釜野さおり(国立社会保障・人口問題研究所室長)
編集担当幹事 河口和也(広島修道大学教授)
編集担当幹事 菅沼勝彦(大分大学国際教育研究センター講師)
編集担当幹事 平野 遼(会社員)
編集担当幹事 堀江有里(花園大学ほか非常勤講師)

さて、私は以上のみなさまの出した見解に、まったくもって理解も納得もできません。

今回の件の後、私が周囲の人間(当該の学会に参加した人、クィア学会の会員もふくめ学術関係者など)に意見を尋ねたところ、こうした抄録が学会にプログラムに掲載されるのは「常識的には考えられない」「政治的プロパガンダに過ぎない」という意見が大半で、少なくともこれが学会プログラムの抄録として掲載されるのが適切だという意見を言う方は一人もいませんでした。それはきわめて常識的な感想だと思います。また、クィア学会の第1期幹事の方からも個人的な謝罪をいただいていて、「個人的な謝罪」とはいえ、そのこと自体、今回の件が適切でないと感じる人が少なくない事実を示しているでしょう。

それに、当該抄録の発表者は、抄録の内容とは異なる発表をしたと(伝聞ではありますが、複数人から)伺っております。万が一、抄録の内容と発表内容が一致しないとしたら、それは発表者の倫理が問われるのは当然のこと、学会のありかたも問われるべきことです。とくに今回の抄録の内容を鑑みれば、それが政治的プロパガンダに利用されたといわれてもまったくおかしくありません。批判の対象になった私の不快感や傷心という問題以前に、学会プログラムが学術以外の目的に使用されたのなら、それは学会として問題にされるべき事柄だと思います。ましてや、プログラムが印刷、配布された時点では私は学会員ではありませんでしたので、それは、クィア学会から特定個人への政治的な攻撃だと理解されても不思議ではないでしょう。

たしかに、ある文言が学術的であるか政治的であるかを判断する上での境界はあいまいなところがあります。しかし境界が明確に定義、線引きできないからといって、発表者の勝手に委ねるのは、学会としての見識を問われなければならないと思います。ましてやクィア学会は査読付きの学会誌を出している学会なのですから、そこで妥当なものと妥当でないものの判断をする知性も良識もあるはずです。発表者のたんなるへ理屈を許すのならば、プログラムというメディアも、学会という場も、ネットの掲示板のように何でもありの言論空間になりかねません。いかに学術研究者以外にも開かれた場であれ、それが学会を名乗るかぎり、学会としての基本的な原則にそぐわないことに対してはきちんと対処すべきだと考えます。

言うまでもなく、クィア・スタディーズは「差別」や「マイノリティ」「弱者」「権力」等についてを研究の出発点にしている学問領域です。そして研究倫理についてのワークショップまで開催しているクィア学会ですから、大学などの機関に所属するでもない市井の個人からの訴えを、上記の見解のような形で捨て置かないと信じたいです。

さて、今回私がお伺いしたいのは、該当の抄録の文章が入稿されたときに、担当者と発表者のあいだで議論、意見交換などのやり取りがあったのかなかったのかという点です。風間孝氏の学会時の発言では、幹事会では当該抄録の収録に関して事前に検討をしたということですが、そこで、ああした文言について該当発表者に真意を問い合わせたり、発表者との間で文言を調整すべきだという議論にはならなかったのでしょうか。幹事会は発表者に何の問い合わせもせず、ただ受け取った原稿をプログラムに収録することにしたのでしょうか。

「学会幹事会の責務は、知見共有や意見交換の場が会員に平等に保障されるように学会を運営することにあり、この原則をあやうくする危険*が認められない限り、各会員の学問上の見解およびその発表の様式について幹事会が制限を加えることはできません」というのが幹事会の見解です。が、発表者の学問上の見解や様式について学会側が「制限を加える」ことはできないにしろ、プログラムは発表者だけでなく、それを制作、配布した学会運営サイドも責任を負うべき印刷物です。としたら、内容について意見が出されたり、そこでの表現の擦り合わせがなされることはあって然るべきだと考えます。もしそうしたことがあった上で、幹事会と発表者の意見調整ができなかったとしたら、発表者の原稿に幹事会の見解を加えてプログラムに記すこともできたかと思います。それとも、あの文言ならプログラムに収録するのにそういう対応をする必要はない、と担当者様および幹事会は判断されたのか。

また、実際に発表があった時点で、抄録内容と発表の内容が異なれば、通常ならば分科会の司会者がそこでそのことを質すのが当然でしょう。また学会後、そのことも含めて幹事会で問題にされるべきだとも考えます。そういうことはなされたのでしょうか。これらの点に関する事実関係、経過について明らかにしてください。

それともう一点、クィア学会からの私への見解の文章に、「なお、この判断は第3回大会および学会誌『論叢クィア03』を担当する第2期幹事会を拘束するものではありません」という文言があります。この意味をわかりやすくご説明ください。常識的に考えれば、ひとつの団体の見解は団体自身を拘束するものですし、それは幹事などの役員が替わっても継承されることになるはずです。としたら、この「拘束するものではない」という文言の意味は、変更については第2期幹事会が独自に判断するという意味でよろしいでしょうか。その場合、伏見への対応も含めた措置は、第2期幹事会が引き続き行うということになるかと存じます。つまり、この見解の責任の所在がどこにあるのか、責任が学会として継承されるのかどうかの点を明確にしてください。そうでなければ、私の抗議は第1期幹事会のみなさんの退任とともに宙に浮いてしまうことにもなりかねないので、そこのところを確認したく存じます。

以上の点を確認したく、ご連絡を差し上げました。幹事会のみなさま、大仕事を終えられてお疲れのところと思いますが、ご回答どうぞよろしくお願い申し上げます。

なお、このメールは、私の公式サイトにおいても公開いたします。

2009.11.9
伏見憲明

2009-11-03

明日4日(水)のエフメゾはクィア学会じゃなかったクィア宴会

images.jpgどうしたわけか家の YAHOO BB が調子悪くなってしまい、ネットがつながらない。サポートセンターによると復旧にはまだ日数がかかるとのことで、いま近所のキツマンじゃなかったマンキツでとりあえずの更新。

昨日はお世話になっている東工大の橋爪大三郎先生のゼミで、先日のクィア学会の件もからめて、生意気にも「学問の場とは何か」みたいな発表をさせてもらった。橋爪先生は学会という団体の成り立ち、その原理原則みたいなことから解説してくださり、めちゃくちゃ勉強になった。さすが現代日本の代表的な社会学者、その該博な頭脳に改めて脱帽! ついでに、ここでのやりとりによって個人的な感情のとげも取れて、実にすっきりさわやか。クィア学会からの応答もあったので(だけど、幹事会からはメール一本連絡をいただけず、関係ない人のツイッターでサイトにアップされているのを知った。ほんとにこの人たちって……)、この件に関しては自分の考えを整理して対応を近々アップする予定。

明日のエフメゾはクィア学会に劣らない論客たちが遊びに来るとかで、いったいどんなクィア宴会となるか(笑)。BGM はバーにはまったくなじまないビートルズなんだけど、一度リマスターの CD をかけたかったので許して。おでんもカレーも用意して待っています。営業は17:00-19:00はカフェタイム、19:00-04:00はバータイム。深夜はお客様がいなくなり次第看板を消してしまいますが。

2009-10-30

いただいたご本『二人で生きる技術』

978_4_7808_0135_4.jpgポット出版から献本が送られてきて、はて、今度はどなたの本かなあと封を開けると、大塚隆史著『二人で生きる技術』! そういえばずいぶん前に出るとおっしゃっていたご著作がまだ出版されていなかったが、最終的にポット出版で上梓されることになったのかと驚いた。

ポットサイトの紹介によると、「「長い付き合いを応援する」新宿のゲイバー「タックスノット」。同店の店主である大塚隆史が自らの経験を元に、同性愛者に限らず、パートナーとの関係に悩むすべての人に説く、二人が一緒にいるために必要な「技術」。」

目次からも察するに大塚さんのライフワークとも言えるパートナーシップが主題になっている。ゲイのパートナーシップ作りの経験から、その技術を異性愛その他の人々にも役立ててもらおうという趣旨らしい。ジェンダー規範が壊れたり、結婚制度が上手く機能しなくなっている昨今、大塚さんの経験から得た哲学は、普遍的なメッセージになるだろう。

ところで、ポットサイトにこの本の目次がアップされているのだけど、その最後の「著者プロフィール」という文字の後に、「アラサー真っ只中、30歳独身男子です。18歳のときから、10年以上ひとり暮らしです。洗濯、炊事、掃除など、生活するために必要なことは、一応、ひと通り全部出来ます。ずっとひとりでもまあいいか、というのが今のところの本音です。」という文章が続いていて、あれ? 大塚さん、年齢をごまかして売るつもりなのかしらん?と思ったら、編集者のコメントであった。まぎらわしい。

ともあれ、偉大な先達の久々の本、秋の夜長にじっくり読ませていただこう!

2009-10-27

明日(10/28)はカフェタイムから

jyagaimo.jpg明日(10/28 水)のエフメゾはカフェタイム(17:00−19:00)からです。

最近カレーだけではなくおでんのほうもけっこう好評なのですが、先日、北海道の友人(ピパヨさん)から有機農法で作ったじゃがいもやら玉葱をたくさん送っていただいたので(感謝!)、それを使わせてもらう予定。おでんにじゃがいもというのは我が家ではあまりしなかったのですけど、お店でやってみたらネタのなかでいちばん人気かもしれない。出汁がしみこんだホクホクのじゃがいもって美味しいし、からだが温まるので、冬の酒の友には最適ですね。

カフェタイムはお客様はあまり入らないと思うので、おでんをことこと炊きながらぼけーっと過ごしています。このところいろんなことがあって少々自律神経失調気味なので、店で癒されよう、と。先週もすごくいい営業で、イケメンは多いし、みなさん友情には厚いわ、魅力的なニューカマーは来店するわで、「まっとう」な感覚を持った人たちが集まってもらえることに感謝しました。近く「リブ飲み」という恐ろしい(笑)イベントを告知なしでやるのだけど、性的少数者の活動や学術方面にも「まっとう」な感覚を持っている人が増えてほしい。「常識を疑う」のも大切なんだけど、疑いすぎたら元も子もないんだよね(笑)。

2009-10-25

追悼、イプセンのマスター

ninngyou.jpg新宿二丁目に最初のゲイバーを開店したイプセンのマスターがお亡くなりになりました。享年百歳。1909年(明治42年)生まれでした。

1953年(昭和26年)に新宿二丁目(現在の新宿三丁目)に喫茶店イプセンを出店し、それがゲイバーとして集客するようになり、周囲に蘭屋、シレなどのゲイバーが競うように開業した。昭和33年の売春防止法により、現在の二丁目サイドに遊郭の灯が消え、そこに多数のゲイバーが出店することになり、今のようなゲイの街、新宿二丁目が形成された(伏見憲明の聴き取り調査による)。

イプセンは八十年代末まで営業を続け、その後マスターは新宿で独り暮らしの隠居生活に入り、この八月、百歳の誕生日を迎えたものの体調を崩し、10月22日に鬼籍に入られた。最後まで独立自尊の人生で、他人に寄り掛かることなく、シングルであることを見事まっとうされた。

ゲイの街としての新宿二丁目の出現は、彼が伊勢丹の裏に念願だった喫茶店を開業した偶然によるところが多く、イプセンの成功なしには現在のようなことにはならなかったかもしれない。イプセン以前にも銀座にはかの有名なブランスウィックが、また新宿駅前近くには夜曲というゲイバーがあったが、ゲイバー街が形成されるには、さまざまな偶然が重なり合う必要があったのだろう。

イプセンのマスターには、伏見が以前に著わした日本のゲイの歴史「ゲイの考古学」に多くの協力をいただき、また最近ではゲイバーの先達としてエフメゾにもアドバイスをくださり、個人的にも大いにお世話になっていた。

新宿二丁目に勇気を与えられたものの一人として、この偉大なマスターに心よりの感謝を捧げ、ご冥福を祈るため、今週10/28(水)のエフメゾでお別れのスピーチをするつもりだ。二丁目を愛する人たちに、最初の二丁目のマスターがどんなに素敵だったか、そして「最古のゲイ」と言っていい人生が、どんなにすばらしい百年だったかを話してみたい。

*写真は往年のイプセンの店内