2010-03-18

伏見憲明 新刊『団地の女学生』(集英社)

hennkann_1.jpg● 伏見憲明・第二小説『団地の女学生』(集英社/4月5日刊行予定) 以下、版元からのパブ

第40回文藝賞受賞後第一作となる短編『団地の女学生』と中篇『爪を噛む女』の二篇を収録。埼玉県下のマンモス団地を舞台に、独居老人、中年のゲイ男性、アラフォー独身女性の訪問ヘルパー、落ち目の歌手ら、昭和の遺物から脱出できずにくすぶっている人々の日常を描く。現代の格差社会への絶望と希望を裏に秘め、毒舌と笑いに包んだ「新ジャンルコメディ」というような不思議な読み心地。90年代のゲイムーブメントを牽引してきた著者の筆致は、弱者に寄り添いつつも本音満載、毒てんこもり。微苦笑の新!純文学・シニカルコメディ。

・「爪を噛む女」
老人ばかりが残されたマンモス団地で働く独身の訪問ヘルパー・美也のもとに、久しぶりに歌手となった幼馴染・都から連絡が。落ち目とはいえ彼女は「団地の星」。100万枚のヒットを飛ばした「白川Miiya」の名で活動するミュージシャンだった。嫉みと羨望に激しくもだえながらもスターからの連絡に尻尾をふってしまう自分を嫌悪する美也。中学時代、ユニットを組んで喝采を浴びた、アノ頃はわたしのほうが才能があったのに……。「彼女の凋落を見届けるのが私の役目」とさらに憎しみをたぎらせるが……。

・「団地の女学生」
齢八十四。足腰が立たなくなる前に……と、故郷への墓参りにいくことにした瑛子。同じ棟に住む独身のゲイ中年・ミノちゃんをお供に高崎を目指す。道中、今夜のお相手を携帯で探すミノちゃんと噛み合わない会話をしながら、瑛子は戦争前の淡い初恋の相手をたずねる決心をするのだが……。

*ご予約は→アマゾン

2010-03-17

映画評『フィリップ、きみを愛してる!』

middle_1261660968_1.jpg● 初出「キネマ旬報」2010.3月下旬号
「本当を求めて嘘を積み重ねる生のアイロニー」

主人公のスティーブン・ラッセルが求めてやまないものは、文字通りの愛なのか。

彼は幼少時代、実母に捨てられ、引き取られた先の家族からも疎まれて家を追われた。映画ではあまり描かれてはいないが、たぶん、養父母の家では彼の異様に高い知能が持て余されたのだろう。さらに、成人して実母に会いに行くも、残酷なまでに拒絶され、彼は過去のどこにも人生の根を見出すことができなかった。

成長の過程で、自分を承認してくれる人間関係、ありていに言うと愛が注がれる環境がないと、人は自分という存在の根拠を実感できないのかもしれない。だからこそ、それを補償するためにスティーブンは妻子と「普通」の家庭を営み、警察官としてまっとうな人生を歩もうとしていた。それはまるで絵に描いたようなアメリカン・ファミリー、模範的な男性像。しかし「普通」を体現すれば体現するほどに、彼のなかで「本当」は希薄になっていったのだろう。そしてそんな彼に転機が訪れた。交通事故に遭い生死の境を彷徨うことで、やっぱりこう思ったのだ。「自分の人生に嘘はつかない! 好きなことだけをやってやる! 本当の自分として生きるんだ!」 続きを読む…

2010-03-16

3/17(水)のエフメゾ

カフェタイム(チャージなしの営業17:00−19:00)から店を開けてます。バータイムは04:00までですが、深夜はお客様がいなくなり次第、看板を消してしまいます。

先週はカフェタイムに高校生のレズビアンが母親同伴に来店するなどという珍事もあり、SMの女王からショッピングの女王からバイセクシュアルの童貞男子からフィストファッカーの兄貴から……FTMの元女子まで、よくぞまあこれだけ変態が集まった!というにぎわいでしたが、はてさて、今週はどんな展開になることか。エヴァ部の部員は先週末、映画『アバター』→『東のエデン』→旅館で合宿というイベントがあったので、ちょっと疲れているかな。4月には中村うさぎ部長が発足した読書部の第一回の読書会もあるので、参加希望の方はとりあえず、お店でお友だちをつくってね。

2010-03-15

いただいたご本『日本の神様』

● 畑中章宏『日本の神様』(理論社/よりみちパン!セ) 1500円+税

この本とは不思議な縁があるようだ。

昨年12月、理論社から献本をいただいたのだが、忙しさにかまけて封すら開けずに机の上に置いていた。それでふらりと年末関西へ旅行に出掛け、神社仏閣をめぐっているうちに、日本の神様についての興味がふつふつとわいてきた。帰ってきて、そうだ、日本の神々を記した本でも買いに行こうと思い立ったとき、なんのきなしに封に入ったままのこの本を取り出してみると、そこに書かれていたタイトルが『日本の神様』。これには信心深さとは遠い伏見もビックリ! 以来、このシンクロニシティについて思いを馳せる。

「日本人の心の底に古くから宿り、人生の節目節目で願いをかけてきた、たくさんのまだ見ぬ神様たち。ある父娘を水先案内人に、ゆたかできびしい自然のなかから生まれた、素朴でつつましい、愛すべき姿に、いまここで、出会えます。中学生以上。」(版元データ)

2010-03-13

いただいた雑誌「TOMARI-GI」

tomarigitomarigi.jpgHIVの啓発のために制作され、ゲイバーなどに配布されている季刊誌。発行しているのは、厚生労働科研「エイズ予防のための戦略研究MSM首都圏グループ」。エフメゾにもいつも、編集を担当している永易至文氏が持ってきてくれる。

HIVの問題はゲイバーでは表面上はトピックにはならないが、実際は水面下でお客さんとスタッフの間でいろんな情報が交わされている。なかなか自分のことを語れない感染者が、ふと思いを吐露してしまうのがゲイバーであることは珍しくない。ゲイバーはそうしたメンタルケアの場としても機能しているし、またHIVの情報やメッセージを伝える広報の役割りも担っている。そうした活動の「前線」にいるゲイバー・スタッフに向けた媒体がこの「TOMARI-GI」である。感染者の切実な手記、検査所などの情報、啓発に関わっている人たちのインタビュー等々が掲載されている。

費用対効果を考えれば、こうした冊子は「事業仕分け」の対象にならざるをえないかもしれないが、こうした啓発活動にはキメ玉はなく、「やらないよりはやったほうがまし」という行為を積み重ねていくしかない。本誌もその一端を担っていると言える。日本ではHIVの感染率数は増加しているとはいえ、こうした地道な活動によって、欧米に比べて感染者数自体はかなり少なくなっているのだと思う。啓発活動に関わってきた人たちの実績を低く見積もる必要はけっしてない。

が、感染者は日々増えている。年々増加している。先日もエフメゾで、ゲイでもありHIVの医療者でもある人が、その状況にとても危機感を抱いているとこぼしていた。そしてゲイであることと、医療者であることの狭間にいることの難しさを嘆いていた……。日本ではたぶん、HIVの問題もゲイ差別の問題も、これからが正念場になるのかもしれない。

2010-03-12

いただいた雑誌「キネマ旬報」3月号

100302main.jpg自分は「年齢同一性障害」だなあと思うときがある。最近、三十代半ばくらいの人に「伏見さんの本を高校生のときに読みました」などと言われることがけっこうあり、なにかきょとんとしてしまうのだ。四十六歳のいま、三十代なら年齢差はほとんどないでしょ、くらいの気持ちでいるので、「なんで二十年も前に出したはずの本を君が高校生で読んでるの?」と思う(←相当身の程知らず)。いつのまにそんなに時間が経過してしまったんでしょうね。

そのようにけっこう長い間物書きをしているわけだが、考えてみたら、映画雑誌「キネマ旬報」に寄稿したことがなかった。今回初めて映画「フィリップ、きみを愛してる!」の評論を書いたのだけど、「キネ旬」というと亡くなったゲイバー「クロノス」のマスターを思い出す。そうか、映画マニアだったクロちゃんも、「アバター」や「ハート・ロッカー」は知らないんだなあ……。

「フィリップ」はけっこうお勧めの映画です。ユアン・マクレガーの演技がとてもいい味を出しています!

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2010-03-09

伏見徒然草 第75回 最終回

1003mh.jpgバディの片隅で連載されていた「伏見徒然草」も第75回で最終回。今後ゲイに関するコラム「伏見徒然草」はこのサイトに居を移し、トピックがあったときだけ執筆していくつもり。もうそういう時代ですねえ(笑)。

● 伏見徒然草
第75回「最終稿」 バディ 2010.2

一年がはじまるお正月に連載の最終回を書くというのもおかしな巡り合わせだが、すでに第七十五回となる「伏見徒然草」も今回でおしまい。これまでのように一つのシリーズが終わってすぐに次のシリーズに移行するということではなく、とりあえず、伏見の「バディ」でのお仕事は一段落ということになる。

最初に「バディ」に関わらせてもらったのは、漫画家の桜沢エリカさんを連れてきてほしいという編集部からの要請で、彼女と誌上対談をしたときだ。九十年代の半ばはまだ、一般のメディアとゲイメディアを隔てる敷居は高く、いわゆる有名人がゲイ雑誌に出ることはほとんどありえなかった。今日ではメジャーのほうからパブリシティの一環としてゲイメディアを利用しようとする動きさえあるが、かつてはこういう媒体に露出することは一般の有名人にとって商品価値を損なうことでしかない、と思われていた。そんな時代に、お洒落の先端を行っていた桜沢さんが誌面を飾った意味は大きかった。 続きを読む…

2010-03-08

縦と横のつながり

mfmap.gif横のつながり、同世代のつながりを得ることは、学校でも職場でも比較的容易にできるが、異なる世代同士で平場の関係、心地よい縦のつながりを得る機会はあまりない。まず、出会いの場がないことや、共通の関心を見つけることが難しいという問題。かつての二丁目では異世代間コミュニケーションはけっこうありえたが、昨今ではゲイの業界も生息域が傾向と対策別に分かれて、似たような人たちが似たような場で集まる傾向が強くなっているように思える。あるいは、多様化が進み、ゲイという共通項だけでは「仲間」だとは思えなくなって、集うモチベーション自体も希薄になってきているかもしれない。

そんななか先日、母校出身のゲイやレズビアンなどで集う会を立ち上げる、という話しを聞きつけ、面白そうなので参加してみた。50代から20代の現役学生までの、大学を同じにしているということと、性的少数者であることを共通項にした集まり。主催者がネットなどでは宣伝せず、口コミだけで情報が流れたにしては、けっこうな人数が集まり、会場はとても盛況で、みんな会話もはずんでいた。一次会だけでは時間が足りず二次会に流れた人たちもかなりいた。たまたま隣り合わせて座った者同士が同じ業種だったり、現役の学生と何十年も前に卒業した先輩が言葉を交わすことができたり……なかなか楽しい場であった。伏見が大学生の頃には、こんな集まりが将来ありうるなんて、想像もできなかった。

エフメゾでもときどき思うことだが、ゲイバーのよさは同じ性的嗜好の者同士が集えるということだけではなく、職場や学校では知り合えないようないろんな世代の、いろんな立場の人と同じ目線で話せることだと思う。そんな関係のなかで、会社での悩みを年配の人に聞いてもらいアドバイスをもらったり、おばさんが若い世代の新しい文化に触れたり、異なる業種の者同士が情報を交換したり……案外豊かなものが得られたりするのだ。だから、同世代の連れだけで盛り上がりたいときにはエフメゾは向かないかもしれないが、もっと人間関係の幅を広げたいという人には、きっと心地よい空間になるだろう。いや、そういう場になるべく努力をしていきたい。

3/10(水)は17:00(−19:00 カフェタイム)から営業をしています。おでんや、カレーやハヤシライスもありますので、お食事もできます。帰宅途中にふらりと寄ってください。04:00まで営業している予定ですが、深夜はお客様がいなくなり次第、看板を消してしまいます。

伏見徒然草 第74回

1002mh.jpg● 伏見徒然草
第74回「二人の先達」 バディ 2010.1

昭和26年、新宿二丁目に最初のゲイバーを出店したマスターが先日亡くなった。享年百歳の長寿であった。80年代末に店を引退してからも、風邪一つひいたことがないという強健な方で、最後は老衰といっていい大往生であった。

伏見は十七年前からの、取材を通じての付き合いで、ときどきご機嫌伺いに参じるような関係だった。昨年から特別養護老人ホームに入居されて、心安らかな時間を過ごしていた。が、長寿ゆえに同世代の友人はとっくにこの世を去っており、最後は伏見の他には一人だけ、お店をやっていた頃からの親友が見舞いに来てくれるだけになっていた。 続きを読む…

2010-03-07

伏見徒然草 第73回

1001mh.jpg● 伏見徒然草 
第73回「更年期のゲイ」バディ 2010.1

それは突然やってきた。老眼。読書をしていて細かい文字などがかすむ。ふと気がついたら、目をすがめて近くのものを見ている、パソコンに文字を打つときに顔を異様に液晶画面に近づけている……。最近疲れているのかなあと思っていたのだけど、同世代の友人が、

「俺さ、老眼になっちゃって、眼鏡買ったんだ。あれって急にくるんだよね」

と話しているのを聞いて、もしかしてこの見えづらさは!?と思い当たった。ちょっと前に車の免許の更新があって、そのときに近眼と乱視の眼鏡を作ったのに、今度は老眼。四十六歳にもなると、つぎつぎとからだの機能が劣化する。

伏見は長い間メタボの人生を歩んで来たわけだが、腰痛以外は血圧も血糖値もそれほど問題がなかった。それが、この頃ではなにかちょっとしたストレスがあると、途端に血圧が跳ね上がってしまうのである。この前もストレスフルな件に関わって、上が200、下が110くらいまで一気に高騰し、二、三日安静に過ごさざるを得なかった。ちょっとしたことで自分がカッとなったら、自分のほうがまいってしまうのだ。 続きを読む…

2010-03-06

伏見徒然草 第72回

0912mh.jpg● 伏見徒然草
第72回「セグメント化するゲイ」バディ 09.12

二丁目へ行くと、いまやGRINDRの話しで持ち切りである。このエッセイでも前に触れたが、これはiPhoneのアプリのひとつで、起動するとGPS機能によって登録しているゲイの位置がメートル単位で表示されるという優れもの。本当に画面上には近場にいるゲイたちの顔がずらりと並ぶのだ! ログイン中なら互いにチャットすることもできるので、もはやゲイたちのハッテンや暇つぶしのマストアイテムになりつつある。

自分の他には同性愛などという変態はいないと思っていた伏見のような世代は、夢のような気分になる。周囲の連中ものきなみiPhoneに機種変更しているし、夏に若い連中と田舎に旅行した折りにも、GRINDR を使って近くにいるゲイを探査している子がいて、そうした草深い地方ですら、数キロメートル先にはイケてるゲイがニッコリと笑っていた。 続きを読む…

2010-03-05

伏見徒然草 第71回

0911mh.jpg● 伏見徒然草
第71回「同窓会」2009.11

四十代も半ばになると、学生時代というのは遥か遠い記憶で、思い出すのも大変になってくる。とくに伏見のように人付き合いが悪くて、小・中・高・大のどの学友とも卒業後はほとんど交流がなく、同窓会のたぐいにも出席せずにいると、そういえばそんな時代もあったよね、というくらいの感情しか呼び起こせない。

だけど、まったく愛着がないかというとそれも嘘で、たまに読者からメールなどいただいて、それが母校の出身者だったりすると、なんとはなしに嬉しくなったりもする。伏見は埼玉の片隅で小中学校を過ごしたので、奇遇にもそんな田舎の学校を卒業したゲイを見つければ、あそこにもゲイはちゃんといたんだ!と、妙な親しみがわいてくる。まだ同学年のゲイとは出会ったことはないが、どんな片田舎の学校でも毎年一定数のゲイが卒業するはず。 続きを読む…

2010-03-04

青山ブックセンターでトークイベント


以下、青山ブックセンターで行われるトークイベントのパブです。

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■『リハビリの夜』(医学書院)刊行記念
中村うさぎ×伏見憲明×熊谷晋一郎トークショー
「ままならない身体をかかえて生きていく、ことの官能」

熊谷晋一郎さんは東大医学部卒業のエリート医師にして脳性まひ当事者。幼少期から受け続けてきたリハビリ中に、身体に立ち上がってくる“めくるめく感覚”を克明に綴ったのが『リハビリの夜』です。
本書を読んだ中村うさぎさんは、女性としての自分も同様に「恥辱感と劣等感にがんじがらめに縛られつつも、奇妙なM的エロス妄想を育んできた」と語り、トレーナーの視線を意識するあまり身体が硬く縮こまって不自由になるという一文に、「ああ、セックスしているときに私と同じだ」と強い共感を示します。
伏見憲明さんは本書について「今後マイノリティを論じる上でも、セクシュアリティを論じる上でも、障害を論じる上でも、コミュニケーションを論じる上でも、本書を抜きには何も語れない。希有な思想書にして私小説だ」と評価します。
う〜ん。一体何がそんなにすごいのか!?
「ままならない身体をかかえて生きる」エキスパートたちによる、官能的トークバトル!!

<プロフィール>
中村うさぎ
1958 年福岡県生まれ。同志社大学文学部英文科卒業後、OL、コピーライターを経て、小説家に。数多くのエッセイ、ルポルタージュも発表。主な著書に『ショッピングの女王』(文藝春秋)『美人になりたい』(小学館)、『オンナという病』(新潮社)など。最新作に『こんな私が大嫌い!』(理論社、よりみちパン!セ)、『狂人失格』(太田出版)がある。

伏見憲明
1963 年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1991年に『プライベート・ゲイ・ライフ』にてゲイであることをカミングアウトし、90年代のゲイ・ムーブメントに大きな影響を与える。2003年に『魔女の息子』で第40回文藝賞を受賞して小説家としてもデビュー。最新作は『欲望問題』(ポット出版)。4月初めに『団地の女学生』(集英社)を刊行予定。

熊谷晋一郎
1977 年山口県生まれ。新生児仮死の後遺症で、脳性まひに。以後、車いす生活となる。東京大学医学部卒業後、埼玉医科大学小児心臓科などを経て、現在クリニックで小児科医として勤務。東京大学先端科学技術研究センター特任講師。綾屋紗月氏との共著に『発達障害当事者研究』(医学書院)がある。

<書籍紹介>
『リハビリの夜』
刊行:医学書院
A5/258頁/2,100円(税込)/2009月12月発売

現役の小児科医にして脳性まひ当事者である著者は、18歳のとき、それまで幼少期から毎日欠かさず行ってきたリハビリをやめた。「健常な動き」を目指すことを諦めたのだ。
都会で一人暮らしを始めた著者は、しかし意外なことを発見する。《他者》や《モノ》たちが、《私》の身体を突き動かすのだった。
女子との腹這い競争に負けたときに襲ってきた強烈な刺戟、リハビリキャンプでトレーナーからの授けられた快感と恐怖、初めて電動車いすに乗ったときのめくるめく感覚——。
身体接触をたよりに「官能的」に自らの運動を立ち上げるまでを、鮮烈な文体で語り尽くした驚愕の書。

■2010年3月26日(金)19:00〜20:30(開場18:30〜)
■会場:青山ブックセンター本店内・カルチャーサロン青山 

■定員:120名様
■入場料:700円(税込)
■参加方法:2010年3月3日(水)10:00より
 [1]青山ブックセンター本店店頭にてチケット引換券販売
[2]青山ブックセンターオンラインストアにて オンライン予約
(入場チケットは、イベント当日受付にてお渡しします。当日の入場は、先着順・自由席となります。)
http://www.aoyamabc.co.jp/10/10_201003/20100326_rehabilitation.html

2010-03-03

いただいたご本『じりラブ』

● うたぐわ『じりラブ』(集英社) 1000円

多様化と拡散化が進行する0年代のゲイたちのリアリティをつかまえるのは難しい。ましてや「ゲイ」という言葉を使った途端、「アイデンティティなんて時代遅れだー!」と批判をされかねない昨今だ(←これも恐怖のワンパターンだけど)。世間一般で目につくのは、芸能界や繁華街に跋扈するオネエキャラだし、社会運動的には「ハートをつなごう」に見られるような「悩める同性愛者」像。あるいは、言説の場では、フーコーやバトラーに官能したポストモダニストがルサンチマンをはらしている。だけど、いちばんのボリュームゾーンであるところの、リーマンゲイの機微を掬った表現はこれまでほとんどなかった。

作者のうたぐわさんはサラリーマンとして長く働き、ゲイコミュニティのリーダーとしても活動してきた。そんな彼が、ゲイであること、ゲイの日常、会社生活、パートナーとの関係性、世間の偏見、友人との関係、差別の解消の仕方……などについてコミックにしたためたのがこの『じりラブ』だ。ゲイの入門書としても秀逸だが、一般の人が読んでも「これ、これ、わかるー!」というふうにエンターテイメントにしているところがすばらしい。

もちろん、オープンリーに生きるうたぐわさんのケースが、ゲイの一般的なサラリーマン像とは言い難いが、こうやって会社で生きることができるというモデルケースであることは間違いない。その秘訣を満載した本書は、きわめて実践的なゲイ本だといえる。やはり日本では、少数者にとって社会は敵だー!という世界観ではなく、友だちになって味方にしてしまったほうがお得、という戦略のほうが差別の解消には有効だろう。表現物や笑いにはそうした力があることを本書は教えてくれる。

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2010-03-01

新たな部活動?

51Y_umgtbRL._SL500_AA240__1.jpg来月には新刊も出るというのに、なんとなく気分がどんよりしている……。自分を元気づけようと、エフメゾのお客様に勧められた山口洋子の小説集を読んでみる。うん、うん、とても意地悪くてオカマ好み。『老つばめ』(文春文庫)に描かれたのは、夜の銀座を舞台にしたどろどろの男と女の情事。山口先生はレズタチの気があるのか、ちょっとFTMが入っているのか(←あくまでも想像)、男の視線の記述が妙にリアルで、なおかつ女性独特の汁まみれの文体で描いている(こういう小説を読むと、ジェンダースタディーズとかクィア理論って、まだひとつの「物語」の断面にしかなっていないなあと思ってしまう)。

銀座には負けるけどエフメゾもっとがんばろう!という意欲がわいた。やっぱ水商売は泥水を飲む覚悟でやらないとね(笑)。備え付けのDVDの音声が流れない問題も解決したので、3/3(水)はマドンナとLady GAGAでまた飛ばすよー! それから今度、エフメゾに第二部活動が誕生するかもしれません。エヴァ部(エヴァンゲリオンについて語り合うクラブ活動)に引き続き、読書部。本を読んだりアニメを見たりして、感想を言い合う会をしようというのだ。伏見はもとから読書好きではないので、ドストエフスキーとか絶対にひとりでは完読できない古典を一緒に読めたらなあと。そういうのって大人になるとつい後回しにしちゃうんだよね。この前、光文社から新訳の『罪と罰』を献本してもらったんだけど、それもまだ積ん読のままで……。参加したい人はエフメゾで名乗りを上げてください。

2010-02-22

ゲイの学生さんにはママから二杯目をごちそうします!

木曜日のタックスノットを担当している永易至文さんが、先週からバーのコンセプトを「生活相談バー」というのにして営業しているらしい。彼は『同性パートナー生活読本』(緑風出版)の著者であるだけに、同性カップルが生活していく上での知識やアイディアならお手の物。それを売りにしてゲイバーをやるなんて、してやられたり! 

ネットはじめゲイ同士の出会いの場がたくさんあり、ゲイである意識すら希薄になってきた今日、漫然と二丁目で店を開けていても、誰も立ち寄ってはくれない。ましてやお金なんて落としちゃくれない。そこにわざわざ出掛けて行くスペシャルな理由が必要なのだ。しかしその看板を編み出すのは大変ー!

翻ってエフメゾのことを考えてみると、ママの色気が売りでないことはたしかだけど(笑)……いったい何が売りなのやら。考えてみたら、お客様がエフメゾをどういう場として捉えているのかもわからない。ということで、今週のパブ記事のために、一部お客様に「あなたにとってのエフメゾとは?」という質問をしてみた。ハンドルネーム、ジェンダー/セクシュアリティ、身長/体重/年齢、好きなタイプ、のあとに(ツイッターと同じ)140字以内で答えてもらった。まあ、皆様、けっこう気を遣って書いてくださったみたいだけど(笑)。まだご来店いただいていない方には以下を参考にしていただきたい、と。

あ! その前に。2/24、3/3(水)のエフメゾは、ゲイの学生さんにはママが二杯目をごちそういたします!(ただし、ソフトか焼酎割りにかぎる) 春休みの太っ腹企画なので、ぜひご来店ください。サービス、サービス!(葛城ミサト)

mfmap.gif● 名前 T
ジェンダー/セクシュアリティ 男性/ゲイ
身長/体重/年齢 170/62/28
好きなタイプ ガッチリな年上

「「出会い酒場」とにかく色んな人がやってきます。(よくも悪くも)。ボックス席だと会話せざるをえません(よくも悪くも)。でも、そんな状況だから思わぬ発見が多いです。面白い考え方に巡りあったり、意外な人がタイプだったり。初対面の人とこんなに話ができる雰囲気の店って、少ないと思います。ただタイプの男は少ないですw」

● 名前 イカロス
セクシュアリティ/ジェンダー 男性/ゲイ
身長/体重/年齢 166/58/29
好きなタイプ 童顔でガッチリ〜ポッチャリな人(例:松阪大輔)

「刺激をもらえる場であると同時に安心感を得られる場所。いろいろな職業、年齢、価値観の人に出会えて話ができるので、刺激を受けるし、自分の話もきちんと聞いてくれるので、安心感を得られるから。あと、意外と(?)タイプの人に出会うことが多いので、そういう期待も抱かせてくれる場所かな」

● しゅ
セクシュアリティ/ジェンダー 男性/ゲイ
身長/体重/年齢 170/55/25
好きなタイプ ガタイが良くて笑顔が魅力的な人

「エフメゾは僕が1年前にゲイバーデビューした場所です。エロトークから勉強になる話しまでみんなで盛り上がれていつも時間が過ぎるのが早い!普段隠している自分をこんなに曝け出せる所が今まで無かったのでホントに楽しいです。学生なので金銭的に厳しいですが(笑)、毎週行きたいお店です♪ 」

● 司
セクシュアリティ/ジェンダー 男性/ゲイ
身長/体重/年齢 168/75/24
好きな相手のタイプ 年上の男性。絶倫歓迎。

「脱法なドラッグをお供に連れて、都内の発展場を巡り、果てやホテルで乱交とそんな汁まみれの自分が快楽を求めてたどり着いた場所。お客様とのお喋りは、そこらでセックスするよりも断然気持ちいいです。ただ店子のクセに色気もなく、若さも後輩にお株をとられ、そろそろ暇を出されそうです。」

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2010-02-21

いただいたご本『社会学にできること』

● 西研・菅野仁『社会学にできること』(ちくまプリマー新書)

言説というのはつねに政治的な闘争の場、なのだろうか? というのが伏見の大きな疑問であった。こういう物言いは、ある種の情緒を抱いている人たちには有効であるけれど、ちょっと考えてみれば間違っていることがわかる。正確に言えば、「必ずしもそうではない」ことがわかる。

だって、もし学問とか言説が政治的な力関係だけで成立しているだけなら、例えば、フェミニズムはどうしてこれだけアカデミズムでポジションを得ることができたのか。男性支配社会?が「弱者」である女性を抑圧することに自己の利益を見出し、闘争していたら、女性はこれだけの社会的地位を確保できなかっただろう。だって、女性は弱者なのだから。マイノリティの問題だってそうだ。力のない少数者が何を言っても、マジョリティが自分たちの既得権益を守ることだけを考えるのなら、聞く耳を持つはずがなかったではないか。しかし現実はテロを仕掛けたわけでもないのに、マイノリティの主張だって少しずつにしても受け入れられてきている。

やはり、言説の変容のなかには、抑圧的な力関係が作用しているだけではなく、ちゃんと他者の意見や主張を聞く、利害を超えて「みんな」の立場を考えるという非政治的な?力も関わっているのだ。学問という土俵の意味や「本質」もそこにあって、もしそれがなかったら、自分の利益を実現するために相手を抑圧したもの勝ち、人をだましたって勝てばいいというふうにしかならない。だが、「必ずしもそうではない」ことは振り返ってみれば自明。んな当たり前のことが、昨今の言説の世界では無視されているようにも見える……。

同様の問題意識を共有している人には、本書は誠に持って勇気を与えてくれる一冊である。ちゃんと人とつながろうとする、社会をより良くしようとする意志に貫かれている。ドンキホーテのようだと笑われても、いま流行りの思潮に乗って近代を全否定したり、社会を抑圧的な力として表象しようとするだけでない希望がそこには見出せる。否定することで飯だねを得ようとしている輩の言うことよりは誠実さがある。

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2010-02-17

2/17(水)のエフメゾ

2/17(水)のエフメゾはとくに取り柄もない営業なんですが、伏見ママがビヨンセに引き続き Lady GAGA のイキどころを体得した記念に(←どんな)、Lady GAGA やマドンナを楽しみつつ、寒い夜をみなさんとホットに過ごしたいと思います。営業はカフェタイム(17:00−19:00)からで、夜中はお客様がいなくなり次第、看板を消してしまいます。

おなかが減ったひとにはカレー、ハヤシライス、おでんなどもご用意しております。初来店の学生さんにはサービスもあるよ!

スタッフ一同、心よりお客様のお越しをお待ちしております。

2010-02-08

バンパイヤとして生きてます

1407775569_251s.jpg先週のエフメゾはパーティだったので、BGMは、四十六歳の伏見ママとしては目一杯若ぶってみました。エスム先生にも「よくがんばりました」と褒められた。テヘッ。という話しを夜中、あるお客様の前でしたら、「でもなんでカイリー・ミノーグがかかってるんですか?」と驚かれた。三十代半ばの彼にしたら、「Step Back In Time」は大学時代に好きだった懐メロらしい。一方、ママにしたら、その曲はとっても今風で「なんか先端っぽくてカッケェ!」という感じで iPODにセレクトしたのであった。

ママだって若いときには全米トップ40(←これも古いけど)を欠かさずチェックするようなチャートマニアで、時代のいちばん新しいところに官能する感性をちゃんと持っていた。それがいつから更新されなくなったのか……。たぶん、そういうのって、過去のポップナンバーのどこまでを「いま」として感じるかでわかるのだと思う。ということで振り返ってみたら、ママは、マドンナを例に挙げれば、「Papa Don’t Preach」(1986)はちょっと古い気がするけど、「Vogue」(1990)なら全然新しい感じがするのだ。つまり、ママの感性は二十年前から更新されていませんでした! あーん。

そんなふうに大方、人の感性とかリアリティってある時代で更新をやめてしまうものなのだ。まあ、音楽とかなら趣味の問題として済ませられるが、これが価値観とか時代性へのシンクロ率となると弊害も出てくる。とくにママの場合、物書き業もやっていたりするので、時代の感性=リアリティを思考に繰り込むことは職業上重要になってくる(べつに、“いま”がすべて正しいわけでも、なんでも新しいものが優れているわけではないけど)。それで、これまでも、なるべく若い世代に取材したり、感性的に豊かな子たちに接したりするように努力してきた。ブルボンヌ先生やエスム先生などは、ママのそういう戦略ゆえこちらから接近していった方々だ(ごちそうさま!)。その彼らが三十代になると、ママのターゲットはたなべね先生やぼせ先生の世代になり、この子たちが社会人になると(子供だった彼らもいっぱしの社会人!)今度は……と続き、現在は、アンジェラ世代がママの“チューチュー行為”の草狩り場になっている。←なんだか自分がバンパイヤに思えてくる

1407775569_215s.jpgママは別に謙虚な性格ではないのだけど、いや、本質的には傲慢な性格にもかかわらず、年を重ねれば重ねるほど、若い人たちに「教わっている気分」になってきて、「先輩感」というのは失っていったような気がする。自分としては三十代半ばくらいがいちばん“偉そう人格”だったように思うんだけど。これ、ほんとなんです。だって、多少へ理屈をこねることにはたけていても、パソコンについてまったくわからないし、ネットはちゃんと使えないし、ポップカルチャーには遅れているし……。それに実際、貯金も身分もないから、若い人に自慢できるものもないしね(←それは痛い)。

なので、いまは若い人たちに疎まれないように少しでも老化を食い止めることが至上命題。そういう意味で、エフメゾをはじめたのは本当によかった。新しい感受性が向こうからやってきてくれる! いやあ、おかげで少しは時代を更新することができる(はず)。でもそれに甘えず、こちらも加齢臭をできるだけ抑えなければならない。

ということで、今週2/10(水)のエフメゾの音楽特集はママ的には未来音楽! Lady GAGAさんやPINKさんをガンガンかけちゃうもんね。つか、早速レンタルしてきたんだけど、すでにどっちがどっちだかわからない(汗)。でもママは努力家、あの苦手だったビヨンセ様のイキどころさえ最近体得したので、きっと大丈夫! 10日は休日前の夜なので、週末気分でゆっくり遊びに来てください。もしかしたらいつもとちょっと客層も違うかもしれないので、愛が生まれたりして……。ちゅーか、先週はノンケカップルが見事、誕生したエフメゾでございました(笑)。

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いただいたご本『大人問題』

978_4_7808_0141_5.jpg● 小浜逸郎『大人問題』(ポット出版) 1900円+税

こういうと生意気だけど……小浜逸郎さんは同世代の思想家である上野千鶴子さんなどに比べると、器用でもないし、条件反射的な頭の回転にも劣ると思う。だけど、だからこそ、自分が引っ掛かかりを感じた問題を深く掘り下げて、じっくり考えることをしてきた方だと想像する。彼は、”こういう文脈だったらこう言えるし、こういう理論からするとこのように見える”みたいな安易な相対主義にも陥らない。あるいは、”あなたの見ていた世界は偽りで、本当の世界はこのようなものです”みたいな危ういカタルシスを読者に与えようともしない。市場ではこういう態度の著者はそれほど「売れない」だろうが、思想家としては信用ができる。

そういう小浜さんの頑固な味わいが本書『大人問題』からはにじみ出ている。思想や理論としての切れ味を残したまま、なんとも人間的なこうばしさが漂っている。自分の父親について回想したエッセイや、藤沢周平についての評論など、60代まで実直に生きてきた男ゆえの奥行きがあって感動すら覚える。

社会批評としても流行の理論や言い回しに流されず、射程が広く深い。

「おそらくかつての小さなムラ社会的(氏族、部族的)な共同体では、私たちがいま考えるような家族的な共同性はそれほど強く意識されなかった。
 その代わりに、ある共同体全体の宗教とか、労役を通じたまとまり意識(たとえば狩猟や航海や戦闘に参加する男たちの共同性)のほうが重みをもって受けとめられ、配偶関係や血縁関係の認知構造としての「家族」は、その原理を保存しながら、それらの共同性(同胞意識)のなかにぼんやりと融解していたと考えるのが妥当だろう。
……しかしいっぽう、家族は近代になって初めて成立したというようなよく見かける言説も極端である。配偶関係や血縁関係の認知構造としての家族観念は、やはり歴史時代のはじめから存在したと見なすべきで、それはたとえば、山上憶良の歌やギリシア神話(たとえばオイディプス神話)や旧約清書などからじゅうぶんうかがえることである」

こういう批判に応えようとする研究者ははたして今いるのだろうか?

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