2013-06-16
ドラノエさん、パリ市長選2014を不出馬
ベルトラン=ドラノエ・パリ市長は2014年春のパリ市長選挙には
出馬せず、後任に、『リベルテに生きる』に登場する
Anne Hidalgoqパリ市筆頭助役を選んだ。
ベルトラン=ドラノエ・パリ市長は2014年春のパリ市長選挙には
出馬せず、後任に、『リベルテに生きる』に登場する
Anne Hidalgoqパリ市筆頭助役を選んだ。
6月10日より、パリに滞在している。
政権交代しても、物価狂乱は
止まりませんなあ。
財務・金融・予算大臣を、
リール市長のMartine Aubry女史に
交替すべしとの世論が強いのも
分かる。
幸福の科学が機関誌『リバティ』で、安部晋三・政策が幸福実現党の政策を如何にパクッているかを、何度かにわたって、実証している。分が前者にあるのは明らかだ。
ただ、同党の総裁先生が、円高を擁護していたが、私も強い円はマイナスだとは思わない。
欧米メディアを見ると、円はいま暴落の危険性を内包している。
「政党要件」を持たない政治団体が政党の体をなしていても、報道されないのはおかしい。
緑の党も含めて報道すべきだろう。
参院選2010のように参院東京選挙区で惨敗を
喫することだけは勘弁していただきたい。
あれじゃあ、ボランティアがかわいそうだ。
以下の原稿作事をアップフロントから削除要請された。
私は座席をだいぶ前に購入して、レポートを書いた。
それの何が問題なのかが分からない。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
題名:森高千里・復活ライヴ、“福音”と“希望”の重奏
2013年4月23日、中野サンプラザにて催された森髙千里の25周年記念ライヴを友人と聴きに行った。席は3列目・中央だった。
はじめにドラムを奏でながら登場した森髙千里が歌ったのが『ロックンロール県庁所在地』だった。床から15cmくらいのスカートに身を包んだ森高は何回かの衣装替えをしつつ、
『ミーハー』
『私がオバさんになっても』
『二人は恋人』
『渡良瀬橋』
『気分爽快』
『この街』
アンコール(bis)で
『雨』
など代表曲を含め、2時間半で21曲、歌い上げた。
客層は40代・50代が8割くらいを占め、20代は数名、10代はゼロ。女性客は5%程度といった感じであった。何回もライヴに通って追っかけをしているコアなファンが1階席を占めていた。
齢44で二児の母である森高の変わらぬ歌声に酔いしれながら、想起したのは、フランス共和国第五共和制のフランソワ=ミッテラン第4代大統領(1981-1995)の格言である。ミッテランといえば愛人・恋人が100人いたといわれるほど、死ぬまで、女性を魅惑した人だ。
女性にまつわるエピソードはいくつもある。
世界的ベストセラーを数々上梓したフランスを代表する女性作家・フランソワーズ=サガンは大のミッテラン嫌いだった。ところが、あるとき、ミッテランと飛行機で一緒になった。サガンはミッテランと話してすっかり惚れてしまい、大のつくファンになった。
あるいは、土井たか子・社会党委員長(当時)がミッテランと会談した時の話。別れ際に女性秘書に向かってウインクをしたんだとか。彼女もそれでまたファンになった。
前立腺ガンを患いながらも、大統領退任後は、朝帰りを繰り返し、過去・現在・未来の恋人によく電話した、という。
そのミッテランが、最晩年、密着取材する若手ジャーナリストに女性の年齢について次のように語った。
☆☆☆☆☆☆
君はレストランで若い娘と食事をしている男性を見たか?
(「いいえ」と応えるジャーナリストに)
初めにこちらを見たのは彼らのほうだ。
あれは愛人だな。娘ではない。
25歳か少し上といったところか。
(女性の年齢で)25歳というのはあまりに若すぎる。
35歳なら?まあ、悪くはないな。
女性にとって理想の年齢は、
そう、40代前~半ばだ。
もし、君が結婚するとしたら、
相手は女優がいいぞ。
☆☆☆☆☆☆
機知に富んだ会話だが、これは、最晩年のミッテランを描いた映画『Le Promeneur du Champ de Mars』(日本では上映されず)で著名なコメディアン・ミシェル=ブーケ演ずるミッテランが砂浜で語ったセリフだ。フィクションもおりばめながら創られた作品とはいえ、いかにも、ミッテランがいいそうなセリフ。氏の哲学にも合致する。
15年ぶりにライヴを行った森高千里は、ミッテランの至言を証明するように、以前より、さらに、美しくなられた。しかも、花もあって実もあるように見えた。
曲と曲の間で、観客とやりとりをした。
「一番遠くから来た人?え、ハワイ?いま、考えたんでしょう」
など。
それを聴いた友人曰く、
「余裕が感じられるね。何でも来い!という感じだ」。
「明日は朝5時に起きて、子どもたちのお弁当をつくる」
といった森高ママには生活感もある。それも魅力の一つだ。
見事に復活した森高だが、課題はいくつか残ろう。
まず、かつては歌詞に共感してファンになる女性が多くいた。
しかし、会場に来た女性はわずか。
女性への浸透が今後の成功を担う一つ目の鍵だ。
自身も曲も褪せていないから、あとは、どう浸透させるか…
ということだろう。
二つ目は若年層のファンの開拓だ。
私は平成生まれの男の子複数に尋ねたが、
「森髙千里」という名前を知っている人はおらず、
「私がオバさんになっても」を口ずさむと、
「ああ、その曲を歌った方ですか」
という反応が返ってくる。
三つ目は今後、新曲をリリースするか……だが、これは早急の課題ではない。
森高自身は“未定”とだけ語った。
2児の母であり、44歳の森髙千里は少なからぬ人にとって、“福音”であり、“希望”である。
女性にとって森髙千里という生き方は、一つのロール・モデルになろう。
希望だけで生きていけるとは思わない。
しかし、希望がなければ、“私たち”はあきらめてしまう。
初代ナポレオン=ボナパルトの格言を文字れば、
「アーティストとは希望をもたらすものをいう」(Un(e) artiste est un(e) marchand(e) d’espérance.)
ということになろう。
だから、森髙千里には「希望をあたえる」存在であって欲しい。
Hope is on the way.
と感じさせるような歌手に、だ。
○社会党声明の要約
4月23日、フランス共和国議会において、同性婚を合法化する法案が成立した。フランス社会党はそれを受け、次のような声明文を発表した。
以下、要約。
☆☆☆☆☆
この日は我が国の国是である平等を実現した歴史的な日として刻印されるでしょう。本日フランスは友愛への道を選択し、不寛容・憎悪へと至る道を拒絶しました。
フランス議会は最終的に結婚と養子縁組みをすべてのカップルに開放する法案を可決しました。この法は平等の勝利、社会の進歩であり、すべてのホモセクシュアルとホモ・ペアレントの家庭が不可逆的な権利を獲得しました。各社会党員(socialiste)は共和国的価値の進歩の為に尽力したことに、本日、たいへんな誇りを感じているでしょう。
慶びながらも、法案に反対してきた人たちによるホモフォビアと極端な声明が矢継ぎ早に出されたことを忘れてはなりません。このような行為はホモセクシュアルへの攻撃を肯んじ、(法案成立に動いた)特定の知識人や政治家に対する看過されざる威嚇行為・暴力・恫喝を促しています。
社会党は反対者に対して議会による法案議決を尊重するように呼びかけます。
社会党は数週間来、極右と右派が結託して抗う共同戦線は慎むべきだと、最大野党のUMP(民主運動連合)に対して申し入れてきました。我が党はフランス人の分裂でなく、結束を求めています。
Inter-LGBTによって18時~Paris-Place de Baudoyerで催されるイベントに参加いたしましょう。
日本で保守論壇を分断したイラク戦争から今年で10年になる。
「自由と民主主義を護る」
「独裁制を打倒する」
為と、開戦派は声高に主張した。
戦争終結後の『フィナンシャル=タイムズ』インタビューで
ジャック=シラク法国大統領(当時)は
「正当性を欠いた戦争は、たとえ勝利しても、正当性を獲得することはない」
と語った。
同時にイラク戦争中のサンクトペテルブルクにおける講演では
シラク大統領はこう述べている。
「テロや大量破壊兵器の拡散といった新たな脅威に対する私たちの闘いは、私たちが守り抜くべき原則を尊重して行わなければならない。法の尊重は民主主義にとり真の力である。法の尊重は弱さの告白ではない。これは道徳的、政治的な制約であり、物事を効率的に進めるための要素である」
「民主主義の諸価値に従えば、国際的な行動は異論のない集団的な規範を拠り所とすべきであり、力の行使に法的な規範を与える国際法への依拠を伴うべきである。いかなる国際秩序も、力の論理の上では永続的たりえないのだ」
今もなお、正統性・正当性の重みを感じさせる箴言である。
イラク戦争に賛成した知識人や政治家は、いまもなお、ブッシュ・アメリカの“正義”を支持しているのだろうか?1
ニューヨーク、2003年2月14日
議長、
事務総長、
閣僚の皆様、
各国大使の皆様、
ブリックス委員長とエル・バラダイ事務局長、イラクでの査察継続に関する情報に御礼申し上げる。また、フランスはその任務遂行を信頼し全面的な支援を惜しまない旨、改めて申し上げる。
フランスはイラク危機発生当初より、安保理の一体性を重視している。この一体性は今日、二つの主要な要素にかかっている。
• 我々の共通の目的はイラクの完全な武装解除である。この件に関しては、成果を挙げる義務がある。我々の共通の約束に疑念を差し挟んではいけない。我々は集団でこの重大な責任を全うする。そこには下心や意図の勘ぐりなどがあってはならない。はっきりさせておこう。我々の中に、サダム・フセインとイラク体制に対し弱腰になっている者などいない。
• 安保理決議1441を全会一致で採択することにより、我々は、フランスが提唱した二段階方式に合意した。それは査察による武装解除の道であり、この戦略が失敗に終わった場合は、武力行使を含むあらゆる選択肢を安保理が検討する、というものである。したがって第二の決議が正当化されるのは、査察失敗に終わった場合のみである。
現在提示されている問題は簡潔だ。査察による武装解除はもはや行き詰まっていると我々は認識しているのか。それとも、安保理決議1441により与えられた査察という可能性はまだ完遂されていないと考えているのか。
この質問への解答として、フランスには以下の二つの確信がある。
• 第一に、査察という選択肢は完了しておらず、イラクの武装解除に効果的な回答をもたらす、ということ。
• 第二に、武力行使は人類、地域、国際社会の安定に与える影響があまりにも大きく、最後の手段としてしか考えられない、ということ。
では、先ほどのブリックス委員長とエル・バラダイ事務局長の報告から我々は何を学んだだろう。査察は結果を出していると学んだのだ。我々は当然今以上の結果を求めており、それを引き出すためにイラク政府に対し共に圧力を掛け続ける。しかし査察は結果をもたらすのである。
1月27日の安保理での報告で、UNMOVIC委員長とIAEA事務局長は、進捗が期待される分野を正確に指摘していた。そのうちの複数の点において、顕著な進展が見られた。
• 生物化学兵器分野では、イラクは査察団に新たな書類を提出した。また、ブリックス委員長の要請により、元軍事設備計画責任者が率いる調査委員会の設立が発表された。
• 弾道ミサイルの分野でも、イラクの情報提供により査察は進展した。我々はアルサムード・ミサイルの能力を正確に把握している。現在は、ブリックス委員長の見解に基づき、無認可計画の放棄に着手する段階にある。
• 核兵器の分野では、1月27日にエル・バラダイ事務局長により言及された重要な点についての有益な情報がIAEAに提供された。すなわち、ウラン濃縮用のマグネットの入手、および、ウランを提供したと推定される国とイラクとの接触リストである。
これこそ、禁止計画の正確な把握とその廃棄により、査察の効果を確保するという、 安保理決議1441の論理の中核である。
イラクの完全かつ全面的な協力こそが、査察の成功の前提であるということは我々全員が承知している。フランスはこれを要請し続けてきた。 以下の通り前進が見られ始めた。
• イラクは偵察機による領土上空の飛行に同意した。
• 査察団が、イラク当局者の立ち会いなしでイラク人科学者から聴取することを認めた。
• 査察団の以前の要請に基づき、大量破壊兵器計画に関わるあらゆる行動を禁止する法案が採択手続き中である。
• イラクは1991年に軍事計画の廃棄に参加した専門家の詳細なリストを提出しなければならない。
フランスは当然、これらの約束が守られることを待ち望んでいる。さらに、イラクがより一層協力するよう、我々は強く圧力をかけ続けていく。
これらの進展は我々に、査察という道は効果的であり得るという確信を持たせてくれる。しかしまだ残されている仕事の膨大さから目をそらしてはならない。解明すべき疑問点や進めるべき確認作業は数多く、破壊すべき施設や設備もまだ残っているだろう。
• そのために、我々は査察団に成功のためのすべての機会を与えなければならない。
•2月5日、私は安保理にいくつかの提案をした。その後、その内容をブリックス委員長とエル・バラダイ事務局長に手交した資料に記載し、安保理理事国に伝えた。
• 提案を貫く精神とは次のようなことである。これは実務的かつ具体的、即時実行に移せ、査察の効率向上を目的とする提案である。安保理決議1441に則し、したがって新たな決議の採択を要しない。ブリックス委員長、エル・バラダイ事務局長の努力を支援するものである。当然ながら、査察の効率向上のために採用したい提案は、彼ら自身が最も良く知っている。彼らは報告の中で、我々に有用かつ実務的なコメントをして下さった。
既に発表した通り、フランスは両氏のために、ミラージュ4偵察機を始めとする追加的な手段を提供する用意がある。
• 批判があるのは承知の上だ。
• 査察はまったく効果をあげないと考える人もいる。しかし再度申し上げるが、査察は安保理決議1441の基盤そのものであり、結果を出しているのだ。不十分かもしれないが、査察は行われている。
• 査察の継続は、武力行使を妨げるための時間稼ぎだと考える人もいる。そこで当然イラクに与えられる時間の問題が浮上する。これが議論の核心だ。我々の信頼性と責任感が問題となる。解決する勇気を持とう。
• 選択肢は二つある。
• 一見、戦争は最も手っ取り早い選択肢のように思われる。しかし忘れてならないのは、勝利しても、その後は平和の構築が必要だということだ。現実から目をそらしてはならない。イラクの一体性を維持しつつ、力の侵攻によって深刻な打撃を被った国・地域に持続的な安定を回復させるのは、長い道のりで、困難を極めるだろう。
• これに対し、査察という代替案がある。査察によってこそイラクの効率的 かつ平和的な武装解除に向けて日々前進することができるのだ。結局のとこ ろこの選択肢が最も確実かつ効果があるのではないか。
現時点では、戦争という道が査察という道よりも短いとは誰も主張できない。また、戦争が終わった暁には、より安全で公正かつ安定した世界に到達できるとは誰も主張できない。戦争は常に失敗に終わった場合の制裁手段なのである。数多くの問題を抱える現在、これが我々にとって唯一の解決策だろうか。 国連の査察団が成功裡に任務を完遂できるよう、時間を与えよう。その一方で警戒をとかず、ブリックス委員長とエル・バラダイ事務局長に、理事会での定期的な報告を要請しよう。フランスは3月14日に査察評価のための閣僚級会合の開催を提案する。その時点で、どのような進展があり、どのような課題が残ったか評価ができる。
以上に鑑み、現時点では武力行使は正当化できない。戦争には代替案がある。それが査察を通じたイラクの武装解除である。早まった武力行使は深刻な結果をもたらすリスクがある。
• 我々の行動の正当性は、国際社会の結束にかかっている。早まった軍事介入はこの結束に疑いをもたらし、ひいては介入の正当性、いずれはその効果をも失わせる。
•かかる軍事介入は、すでに傷つき脆弱なこの地域の安定に、計り知れない深刻な結果をもたらすだろう。不正義に対する感情を増幅し、緊張を深刻化させ、さらなる紛争の引き金になりかねない。
• 我々は皆、テロリズムの情け容赦ない撲滅を優先事項としている。必要なのは断固たる決意である。9月11日の惨劇以来、テロ撲滅は我々の国民に対する一義的な責任だ。テロという恐ろしい災禍により何度も大打撃を被ってきたフランスは、この闘いに一丸となって挑んでいる。これは人類全体の問題であり、共に闘っていかねばならない。これこそ、フランスのイニシアティブにより1月20日に行われた安保理会合の意義である。
10日前、アメリカのパウエル国務長官はアルカイダとイラクの間にあるとされる関係について言及された。我々の同盟国との調査や情報交換によると、現時点でこのような結びつきは立証されていない。しかしながら、現在異論が唱えられている軍事行動の有用性を、この点を考慮して判断すべきである。軍事介入こそ、テロを醸成する社会、文化、民族の間の対立を悪化させかねない。
査察団が査察を続行不可能と判断した場合には、武力行使の必要性は排除しないとフランスは常に言ってきた。この場合、安保理は態度を明らかにし、理事国はその責任を全うすることとなる。このような仮説のもと、2月4日の討議の場で私が主張し、回答を出さねばならない問題をここに改めて示そう。
• 即時の武力行使を正当化するような脅威の性質と規模とはどのようなものか
• かかる軍事介入がはらむ多大なリスクをいかに確実に克服するか
いずれにせよ、このような事態に至れば、国際社会の一体性こそが効果を保証する。同様に、国連こそが、何が起ころうとも、構築すべき平和の中心的存在であり続ける。
議長、
いつ、どのようにして我々が戦争という道に進むのかと恐れている人たちに、私は申し上げたい。安保理は何事についても、そしていかなる時も、性急に、無理解のうちに、疑念や恐怖に屈したりはしない、と。
国連という殿堂において、我々は理想と良心の守護者である。我々の担う重い責任と多大な名誉が、我々に平和的な武装解除を優先させるはずである。
これが、戦争と占領と蛮行を経験したヨーロッパという「古い大陸」の「古い国」、フランスのメッセージだ。アメリカや他の国々からやってきた解放の戦士たちの恩を忘れない国のメッセージだ。フランスは常に歴史を見据え、人類のために立ち上がってきた。自らの価値観に忠実に、国際社会全体と、果敢に行動を起こしていきたいと願っている。我々は共により良い世界を作っていくことができると確信している。
ご静聴に感謝申し上げる。
国防軍の創設、「竹島の日」式典に参加……。
選挙前と首相就任後で発言のトーンは変わったとはいえ、勇ましい発言とは裏腹に、これほどまでに、有事に際して脆弱な首相はかつていなかったろう。前代未聞の平和ボケ宰相、それが安部晋三・首相だと、ハネムーン期間に口にするのは畏れ多いかも知れぬ。
が、あえていう。安倍政権の弱点は、国防だ、ということを……。
キューバ危機に際して、戦争勃発か?!という事態の中で、J.F.ケネディ大統領は三日三晩、不眠不休で職務を遂行し、戦争を回避した。
ユーゴ紛争の折、NATO軍を指揮したウェスリー=クラーク将軍は一日2~3時間の睡眠ですました。
フランス共和国では大統領が健康診断書を公開するのが慣例になっている。危機に耐えうる強靱な体力を持っているか……を明らかにする為だ。
そう、有事にあたって、リーダーに求められるのは第一に、体力だ。
2004年米国大統領選の折、ジョン=ケリー民主党候補(現・国務長官)は外交に長けているだけあって、
「大統領はタフ・ネゴシエーターでならないといけない。私は北朝鮮の核開発を回避する為に単独交渉する」
と公約した。
ナショナリズムを鼓舞するかのような強い言葉とは裏腹に、安部晋三・首相のネックは体調にあるようだ。
尖閣諸島が議論される時に、フォークランド紛争を私は想起する。
昨日に明らかになったことだが、鉄の宰相・サッチャーは、アルゼンチンが同島に侵攻するのを二日前に知ったという。サッチャーは戦時内閣を組織した。その内閣から財務大臣が外された。足枷になるのは財務省&財務相だと熟知していたからだ。
さて、隣国を挑発するかのような発言を首相が続けることによって、有事になる事態も想定されうる。たとえば、中華人民共和国が尖閣諸島を侵略することなどだ。
大東亜戦争において、松岡洋右・外務相は国際連盟を離脱する演説をたけだけしく行なったことによって、歓喜によって国民に迎えられた。しかし、戦争の結果は知られている通りで、ある。
安部首相はsourverniste(国家主権至上主義者)であるには違いない。
しかし、内政を鼓舞する為の言動・行動によって、近隣諸国との関係が悪化することは大いにあり得る。自分がまい種で、有事に至ることも……。
そこで、私は疑念に思う。
三日三晩寝ずに、或いは、一日2~3時間の睡眠で耐えうる体力を安部晋三・首相が持っているかだ。
同首相は参院選2007で完敗しても、続投を表明し、内閣改造を行って重厚な新内閣を組閣し、両院において所信表明演説を行った。その判断は間違いではない。しかし、所信表明演説のわずか2日後に、辞任表明した。
安部氏には斯様な前科がある。
が、故にいう。安部首相は有事になったとたん、“腹痛”を理由に辞めかねない脆弱な宰相である、と。
ケリー国務長官は兵役を回避できたのにベトナム戦争に自ら従軍して英雄となった。クラーク将軍もまた、ベトナム戦争で戦い、負傷している。ジョン=マケイン上院議員もそうだ。法國愛国政党『国民戦線』のジャン=マリー=ルペン名誉党首は三度、戦争を闘っている。
小沢一郎・衆院議員のように息子が自衛官になったわけでもなく、ボンボンとして育ち、パパの急死で突如、議員になった兵役も従軍経験もなきぼっちゃん宰相を、自称・保守が持て囃すのは摩訶不思議な事態である。
マック赤坂は一般的にはおちゃらけ候補である。
しかし、政策には実がある。
東京銀行や東京五輪の廃止・廃行や
風営法の廃止、クラブ規制の廃止など、
米国のRon Paul下院議員(共和党)を
彷彿させるリバータリアンな政策を
掲げる。
演説を聴いたが、理路整然。
リバータリアンなTOKIOを
目指すならばマック赤坂へ。
「華の都」パリ中心部が2020年にどう変わるのか、イメージした映像です。
素晴らしい出来映えです。
フランス社会党・党大会が10月26~28日に催され、
新党首が選出される。パリ市長のドラノエ市長が出馬せず、
2008年に党首に就任するや、5つの大型選挙で連戦連勝
したのに、オブリー党首は辞任。
オランド新大統領の露骨な自派閥人事に
ご両人とも反発しているからだろう。
さて、サルコジ政党UMP(民衆運動連合)も代表選だ。
現職のジャン=フランソワ=ジュペ党首に
私が考えは違えども辣腕の明晰な頭脳に
信頼を置くフランソワ=フィヨン前首相が
挑む。
私はフィヨン前首相に投票し、UMPの党綱領に「Oui」(是)と書き、
UMPの志向性を選択肢の中から選べ、という選択で、
『ドゴール主義政党』とあったので、それに○をつけた。
そして、身分証明書とそれを入れる封筒にサインをした。
これでUMP党首選に参加した。
Medames ou Messieurs,
Hier soir(25/10/2012), je suis allé à la convention du OZAWA Nouveau Parti à l’Hôtel “New OHTANI.”
Ca coute 20,000 Yen pour l’entrer, mais 4500 personnes l’ont participé.
Malheureusement, à cause du nouvelle du ÏSHIHARA nouveau parti,
rien reporte cette convention parmi les medias japonais.
Aujourd’hui, M. OZAWA esu un leader de l’Alternative comme M. De Villepin.
Ils étaitent très libérals, mais, maintenant, ils sont ni droites ni gauches ni centristes.
Il sont altanavistes.
Qu’est-ce que vous pensez sur M. OZAWA Ichiro?
Bien cordialement.
OÏKAWA Kénji
2012年10月下旬にトゥルーズで行われる社会党大会で
大物のオブリー現代表が辞意を示し、後継を選ぶ代表が
選ばれる。多くの社会党員が後継者として、2008年に
代表戦に出馬(途中で離脱、オブリー支持にまわる)した
パリ市長のドラノエ氏を待望したがご本人が固辞。
けっきょく、社会党の大物のオブリー、ドラノエの両氏が
代表戦に出ない為、小粒の候補者五人のレースとなった。
自派閥で固めた“お仲間”内閣のオランド政権への
反発があるのだろう。
仏社会党・党大会が10月26日~28日まで催され、新党首が選出される。候補者は5人でいずれも新人。
私は一番若い女性に投票した。にしても、オランド大統領に愛想をつかしたオブリー党首の後継は
なんという軽量級か?!