朝型、定着してます

2005-07-25 佐藤 智砂

かれこれ1カ月ばかり、朝早く出社するのが続いています。よく言われることだけど、やっぱり朝は効率いいです。気持ちもフレッシュだし、電話もかかってこないし。
これを長続きさせるためには、夜は早く帰ることです。なので、日誌をアップしたら、私は帰ります。

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校正ストラテジー

2005-07-25 藤井 崇雅

●本日のお仕事
○仕事内容の反省、ブログ更新
○ゴミ捨て、お茶入れ等雑務
◯校正した「ず・ぼん」の問題点を大庭さんに教えていただく
◯原稿をクライアントに届ける
◯もう一度、「ず・ぼん」校正

大庭さんが校正した原稿には、僕が気づかなかった間違いが沢山発見されていた。小見出しも、わかりやすいもので、その節で作者が一番言いたいことが具体的に小見出しにされていた。それも疑問形を多く使い、読者にわかりやすいように工夫されている。編集者として、どうやったら読者が読みやすくなるか常に考え、変えられるものはどんどん変えていかなければいけないのだな、と思った。また、小見出しをつける時、その節の性格をしめすやり方(例:「企業はどんな対策を講じたか?」)と結論をしめすやり方(例:「企業側の太陽光発電による環境対策への努力」)があることも教わった。でも、もしそのどちらかを使う場合、すべての小見出しを一種類に統一しなければならない。大庭さんは、ひとつの小見出しをつくるのに何個も案を紙に書き出して考えていた。頭の中で考えているだけではだめ。紙にアウトプットすることで、適切な小見出しを選択できるというわけだ。校正は誤字脱字をチェックする素読みとつけあわせで構成されているが、大庭さんはきちんと引用部分の確認や事実確認まで行っていた。

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休日

2005-07-24 齊藤 美紀

先日、自宅付近を歩いていると、チョコレートポッキーみたいな中学生球児が、バットを片手に寿司屋(回っていない)から出てきました。清潔なユニフォーム姿。それに続いて、寿司屋の大将らしき白い板前着の恰幅のいいおやじがその球児に続いて店から出てきました。どうやらチョコレートポッキー球児は寿司屋(回っていない)の息子らしい。ドラマチック。レギュラーだろうと補欠だろうと、ピッチャーだろうが外野だろうが寿司屋(回っていない)の息子で球児、ってだけで絵になるぜ、少年。というか、寿司屋(回っていない)の息子って、寿司屋の息子だというだけで、設定として魅力があります。試合で勝てば、中トロ食べ放題です。でも、そんな恵まれた寿司屋(回っていない)の息子に限って、生魚が食えない、ワサビの存在を否定、あるいは好きな寿司はカリフォルニアロール(回っている)、だとか言っちゃうもんです。それでもやっぱり設定としては絵になるぜ、チョコレートポッキー球児。小さい頃、なんでうちの寿司は回ってないんだよ!と、泣きながら父親に訴えたであろう少年。そんな食の嗜好だった少年が寿司屋を継ぐに至ったりなんかしたら、更に絵になるぜ少年。ベタベタだけど。あと最後に、勝手に色々想像してごめん、少年。

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地図よ、でてこい

2005-07-20 藤井 崇雅

●本日のお仕事
○仕事内容の反省、ブログ更新
○ゴミ捨て、お茶入れ等雑務
◯テキスト入力(「す・ぼん」原稿)
◯ず・ぼん、素読み、校正
◯図書館調べもの(16世紀の地図を探すこと四時間。ヨーロッパってこんな風な領土にわかれていたのか〜)

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テキスト入力

2005-07-19 藤井 崇雅

●本日のお仕事
○仕事内容の反省、ブログ更新
○ゴミ捨て、お茶入れ等雑務
◯書誌データ収集
◯テキスト入力(「す・ぼん」原稿)
◯「ず・ぼん」内校(素読み、小見出し付け、コーナータイトル付け)

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実習生の評価表

2005-07-15 沢辺 均

実習生・藤井の実習ももう半月だな。

そんで、藤井が大学(ちなみにアメリカの大学)に提出する評価表を書いてくれといって、持ってきた(下にはっておいた)。
これ持ってくと、単位になるんだって。
もちろん、英語のようだから、藤井みずから翻訳したって。 続きを読む…

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だんじり祭りとは違うらしい

2005-07-14 大庭 雄策

スペインの牛追い祭りにはスペイン人はほとんど参加しないと、昨年の牛追い祭りに参加した友人Kが言っていた。「スペイン人は建物のなかや壁の向こうから見物しているだけ。今年もアホな外人どもが牛に追われてるぜー、と思っているんじゃないかな」。(ちなみに友人Kは『クィア・ジャパン・リターンズvol.0』の55頁に登場してます)

今日(7/14)の朝日新聞朝刊に、牛追い祭りの写真が掲載されていた。ちらっと読んだだけなので正確ではないと思うが、キャプションに、祭りに参加するのはアメリカ人とオーストラリア人、とあったと思う。『日はまた昇る』には牛に轢かれて死んだスペイン人の葬儀のシーンがあったと思うが、いまや突かれているのはみんな「外国人」ということのようだ。

ところで、俊輔の移籍先に挙がっている(はずの)オサスナは、牛追い祭りの開かれるパンプローナ市のチームです。(って全然オチなくてすみません)

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とうもろこしパーティー

2005-07-13 藤井 崇雅

●本日のお仕事
○仕事内容の反省、ブログ更新
○ゴミ捨て、お茶入れ等雑務
◯とうもろこし茹で(キッチンである素敵な個人指導をいただいた。本当にありがとうございます!)
◯おつかい
◯参考書で勉強
◯印紙等整理
◯エントリーシート書き

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独走。

2005-07-12 山田 信也

今年は、もう優勝します。夏は虎柄そうめんで死のロードを乗り越え、秋には2003年にやり損なったビールかけごっこをまっとうしたいと思います。当日残業のみなさまには、余ったビールを振る舞えるかと思いますが、残念会になったほうがビールがいっぱい飲めることは内緒です。

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スーパーマンなんていない

2005-07-12 藤井 崇雅

●本日のお仕事
○仕事内容の反省、ブログ更新
○ゴミ捨て、お茶入れ等雑務
◯ポット会議
◯デザイン部門打ち合わせを聞かせていただく
◯参考書で勉強

最近、ポットは仕事が沢山でバタバタしているため極力皆に迷惑はかけられない。仕事をやりつくし何もすることがない時は、指示を仰ぐよりも自分のデスクで何かをするようにしている。ポットの会議室にある莫大な量の参考書を読みすすめたり、ポットの皆さんのメールを読んで皆がどのようにクライアントの方と接しているのかを学んだり、以前の実習生の日誌を読んで色々なことに思いをめぐらせたり。この以前の実習生の日誌というのが面白いのだ。同じようなことを経験しているはずなのに、それに対する印象の受け方がまったく違っている。彼は、僕がまったく感動しなかったことに感動したり、僕が全然気がつかなかったことに気づいていたりする。

それにしても、本というのがあまりにも簡単に(簡単に見えるだけでそこまでに色々な努力と編集者の睡眠不足があるわけだが)世にでていくので拍子ぬけしてしまう。というのは、僕は本を作っているのは自分と同じ人間だと頭ではわかっていながら、どこかで彼らが自分とは違う種類のすごい人間だと思っていたから。本とかテレビとかの情報は無条件に信じてしまってもいいような、そんな説得力を感じていたから。でも、そうじゃないのだとわかった。そこにある情報に説得力があるのは、僕と同じような人間が並みでない努力をして多大な時間を費やしているからなのだと。スーパーマンなんていないのだな、と目が覚めた。この世界は誰もがやれるほど簡単に動いている。でも、やるためにはすごい労力がいるのだ。メディアの出す意見というのは、いくつもあるうちのひとつにすぎないのだ、ということがわかった。頭ではわかっていたことだったけれど、実際に発信側にまわってみてはじめてちゃんと理解できた気がする。目立つから、大量流通だから、本当だと思ってしまう。情報の植民地化みたいだ、と思った。ポットに来て、メディアを見る目が変わった。実習をしたら自分の目標とかやりたいことだとかがクリアになると思っていたけれど、もっと混乱してしまっている自分がいる。本当に理想的なものなんて実はどこにもない。頭ではわかっていても、しゃあしゃあと自分がその流れにのるのには戸惑ってしまうのだ。「客観」という実態のない切り口に妥協したくない。メディアが何か発信すればするほど見えなくなっていく真実があるのだと知った時、出口のない迷路に迷い込んでしまったような閉塞感を感じた。やはり最後は主観しか信じられない、と。

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まだまだ続くパレード仕事…。

2005-07-11 柳瀬 浩史

以前お伝えした通り、僕は8/13(土)に東京・渋谷で開催される「東京レズビアン&ゲイパレード2005」の印刷物デザインを担当しています。6月半ばにガイドブックや、ポスターの入稿を終え、すっかり隠居モードに入っていたのですが、他の部門は着々と準備をすすめていたワケで、開催を1カ月後に控え、またデザイン仕事がどっと襲いかかってきました。

隊列の横断幕、公式グッズ、ゲイ雑誌や他イベント・ガイドブックへの広告出稿、関連イベントのフライヤーなどなど。ただし、これらは僕のデザイン仕事に定評があって舞い込むのではもちろんなくて、他に担い手が見つからないためなのです…。ゲイ業界の中でも、第一線で活躍している優れたデザイナーさんは多いわけですが、無償で、しかもタイトなスケジュールをこなす人間が見つからない。(金曜に原稿を渡されて、月曜に入稿してね、といったスケジュール。)

僕にしても関わってしまった以上続けている、というのが本音。やりたくてやってんだろうから、みたいなもの言いにはひどく違和感を覚える。主催者側の人間として自覚は必要だと思っているけれど、委員といえども関わり方や、どこに意義を感じているかはさまざま。僕の場合、関わった以上、それを続けることが大切だという認識。05/8/13までは。来年以降は後身に任せたいですね。

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アート的制作現場

2005-07-11 藤井 崇雅

●本日のお仕事
○仕事内容の反省、ブログ更新
○ゴミ捨て、お茶入れ等雑務
◯原稿書きのため都立図書館で調べ物
◯人間学アカデミー、アンケート内容をテキストデータに

今日ははじめて都立図書館へ行った。外国語の飛び交う広尾の道をてくてく歩いていくと、大きな白い建物が姿を現した。今日は佐藤部長が書く原稿の資料集め。日本の専門書というものにあまり触れたことがなかった自分には今回利用した本がとても新鮮に思えた。ひとつひとつ丹念に実験し「事実」だけが記されている本。嘘っぽいものばかりで出来ている自分の人生から一番遠い本であるように思えた。現実的なものって苦手だ。

今日、沢辺さんに「束見本(つかみほん)」というものをいただいた。それは中も外も何も印刷されていない本(と呼べるのかも疑わしいもの)であった。これは表紙見本ともいい、実際にこれから作ろうとしている本と同じ条件でつくる見本品のことである。あまりにも真っ白なのでかなり不思議な感じだった。まるでいつも読んでいる本の活字が魔法で突然消えてなくなってしまったような感じなのだ。どこまでも延々と続く白いページの連続。自分の好きなように書き込める自分だけの本みたいだった。とてもきれいで、いつも読んでいる本に不可欠なメッセージ性というのがまるでなくて逆に、色々な意味が見いだせそうなアート的シロモノだった。その用途が果たされないものって面白い。小学生のとき、美術の教科書で見て仰天した便器の向きを変えただけのモダンアート、マルセル・デュシャンの「泉(Fountain)」を思い出した。

そういえばポットの柳瀬さんがデザインという形で「東京レズビアン&ゲイパレード2005」に関わっている。今年こそは参加したかったのに、僕はパレードが行われる頃にはもうアメリカにいて新入生オリエンテーションのスタッフをやっているのだ。長い長い夏休み、だったはずがあっという間に終わってしまう。もうすぐ新学期なのだ。ますます東京が好きになってしまった今回の滞在。正直、もっとここにいたい。パレードでも熱い夏を感じたかった。

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吉備人出版の山川さん

2005-07-08 沢辺 均

岡山から、吉備人出版の山川さんが訪ねてきてくれました。
これから、いっぱい飲みに行きます。

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今日のポットは渋谷区ハワイです。

2005-07-08 三好 由布那

会社のなかがハワイ気分になったらいいなあ、と思いたち、本日の音楽当番の私は一日中Hawaiianをかけています。あーきもちいいなー、もしみんなリラックスしすぎて仕事ができなくなっちゃったらどうしよう! ハワイまでいかなくても福島のハワイアンズくらいの気分にはなっちゃうよね! などと一人満足していたのですが…。隣の席の五賀さんに、「安い喫茶店みたいだね」と言われてしまいました。がくー。
最近、ちょっと気持ちがハワイづいていて、会社の近くのハワイ料理の店でランチしたときには、本気でパウスカートがポットの制服になればいいのに!と思いました。もちろん、かっこだけじゃなくて昼休みにみんなで踊るんですよ。斉藤さんとそんな会話をしていたら、店員に「ぜひやってくださいよ!」と言われました。フラはともかく、涼しいし、かわいいし(外じゃ着れないし)いいと思うんですけど。。

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ラーメンたべたし

2005-07-07 日高 崇

# 今月は日誌強化月間らしく私が狩り出されてます。
# SDの日誌はこちらで不定期に書いてますのでよろしく。

都議選もそろそろ行かないとなーと思いつつ今回も投票せずじまいだったのですが、で、それとは関係ないようで関係あるような話なんですが、近所にひいきのラーメン屋さんがあって、たまに行くんですね。私のラーメン屋さん基準は明快で、「継続して食べにいきたくなる店はいい店」というものです。素人判断ですが、「うまいラーメン」というのは簡単に作れるんです。たぶん。難しいのは(同じものを出しているにもかかわらず)客を飽きさせないことなのではないかと。具体的な技術がどういうものなのか皆目分からないけど、「神座」の店の人も似たようなことを言ってました。テレビで。で、そのラーメン屋さんは継続して食べても美味しいんです。スープが基準をクリアしているのは当然として、麺に手を抜いていないのがポイントなのでは、と最近気づいたのですが、まあ美味しんぼごっこはこれぐらいにして。

ここの店は例の三色旗がさりげなく置いてあるんですね。ああ、ここもか、と。しかし、コトは食い物に関わるだけに、悩みますね。なんか、三色旗置いてあるからその店には行かない、ってのは健康に気を使っているから有機野菜しか喰わない、みたいなのと同じで、イデオロギーというよりはファッション(と解釈した方が健全な気がする)に近い行動のような気がしてて、あんまりそういうことに目くじらをたてるのはどうかなーなどと思っているのですが、……ええノンポリです。

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育児休業制度と、在宅勤務制度

2005-07-07 沢辺 均

ちゃんと「育児休業」をシステム化しよう、と思ってます。
期間は、そうだな、オレの原案は小学校入学まで。男(つまり父親ね)でも女でも可。
ただし、無給です。

戻れるところを確保できるってのは、大きな意味があるのではって思うから、無給でも意味があるんじゃないかな?

で、無給の話だけど、適当な時期に、ポットの仕事を在宅でできるシステムをつくって、それでなんとか交わしてもらえないかと思うのです。 続きを読む…

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睡眠のこと

2005-07-06 佐藤 智砂

取材で睡眠について話しを聞いた。
睡眠は量より質なんだそうだ。そして、必要な睡眠時間というのは、人によって千差万別らしい。起きているときの活動内容がそれぞれ違うのだから、睡眠のあり方も、人によって違って当たり前なのだそうだ。納得感あり。
私の今の適正睡眠時間は7時間のような気がしている。

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刷出しとは

2005-07-06 藤井 崇雅

●本日のお仕事
○仕事内容の反省、ブログ更新
○ゴミ捨て、お茶入れ等雑務
◯クライアントに入稿(またまた電車で、遠出です。京王線って安いし、速い!!)
◯参考書で勉強(またまた著作権)
◯記事用のビジュアルをネットで探す
◯学校の担当者にインターンシップ進行状況をメールで報告
◯つけあわせ、素読み

「刷出しを見せてあげるよ」と沢辺さんが分厚い封筒を手渡してくれた。そこには実際の雑誌の紙面に少し余白を付け加えた大きさのバラバラの紙がはいっていた。それらは四つ折りにされており、実際の本と同じようなページ構成になっている。紙には二種類のものが入っていて、その雑誌で毎回使われている黄色がかった紙に印刷されたものと、全体が青っぽいものとがあった。よくよく聞いてみると、黄色の方は「刷出し(一部抜き)」と呼ばれる実際に本となる印刷物の見本で、製本される直前の糊づけや糸綴じをされていない状態のもの、青っぽい方は「青焼き」と呼ばれるフィルムを青写真感光紙に焼き付けた見本だそうだ。沢辺さんによれば、印刷にはCTPというコンピュータのデータから直接プリントするものと、フィルム版を使ってプリントするものがあるらしい。CTPの時はデータがそのまま印刷機へ直結するのですぐに印刷物がでてくる。それを一部取り出したのが「刷出し(一部抜き)」となる。フィルムの方は「青焼き」で出来を確かめる。「青焼き」がきちんと出来ていれば、そこからアルミ製の印刷版(刷版)をつくり印刷をはじめるわけなのである。ポットでは基本的に、コピーを繰り返さないために画質が劣化しないCTPを使っているそうだ。製本されていないバラバラの状態の書籍をはじめて目にして、面白かった。

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今度こそ手当てや働き方

2005-07-06 沢辺 均

さて、手当て。

ポットの現状の給料の項目は
・基本給
・残業手当
・特別手当(これは今回のはなしでは省略する)
・通勤手当(これは定期代ね)

で、通勤手当を一律にしたいな、って前から考えてるんです。
社員への実額を補償するって意味はわかるんですけど、出てくお金は会社にとって1万円の通勤手当より、5万円のほうが余計に経費としてであっても出てくんです。

で、近くて高い家賃を払ってやると、遠くて安いところにすんでるやつを、会社から比べると遠いヤツのほうに多く費用がかかってる。 続きを読む…

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シンデレラ・ストーリー

2005-07-05 齊藤 美紀

月曜の朝、いつもより早く出社しようと1時間早く駅に着き、意気揚々と「まい泉」のカツ丼525円を小田急デパ地下で買い込み、さて山手線に乗り込もうとしたその瞬間。その日たまたま、ヒールのまったくない、革のべらっとしたサンダルを履いておった私。ホーム先頭で電車を待っており、さて山手線に乗り込もうとしたその刹那。私の後ろにならんでいた人にサンダルのかかとをぐいと踏まれ、そんなことは予想だにしなかった私はそのまま車内へ乗り込もうとしてしまい、私のサンダル(左足用)が電車とホームの間にころりと落下。齊藤しばし硬直。何が起きたのか咄嗟には理解できずボウ立ち。そして無情にも閉まる山手線のドアー。あああぁぁ……。閉まるドアーと共に、私の心は奈落へ。朝っぱらから左足のみ裸足で山手線内に棒立ちする悲しさ。哀れです。あわれはあわれでも、もののあはれ、ではまったくありません。現代語での「哀れ」です。お気の毒、です。心底自分のことが気の毒になりました。いくら突拍子もない格好の若者で溢れかえる神宮前とはいっても、雨の日の左足裸足+地味な服装は、哀れさと間抜けさと不気味さ以外なにも醸し出しません(雨じゃなくとも。たとえ晴れていたとしても。つまり、いつなんどきでも)。仕方がないので、竹下通りのダイソーによたよたと入り、ビーチサンダルを探すものの、見つけられず。店員(ギャル)に声を掛けてしまいました自力で探し出すべきだったろうに。無念。いえ、全身全霊、私の全知能と五感をフル稼働させ、ビーサン(ビーチサンダルの略語)を探したのですが、見つけられなかったのですから、これはもう、いたしかたありませぬ。不審そうに案内する店員を尻目にわけのわからない柄のド黄色いビーサンを購入し、その場で着用。普段、靴や靴下に覆われた甘やかされ放題の私の素足に、都会のアスファルトは厳しかったです。嗚呼、東京砂漠アスファルトジャンゴー(ジャングルの意)を体感。

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