下関 マグロ

1958年、下関市生まれ。大学卒業後、出版社や広告代理店を経て、26歳でフリーライターとなる。著書に『東京アンダーグラウンドパーティー』(二見書房)、『メモ人間の成功術―たった10秒で人と差がつく』(幻冬舎文庫)、『まな板の上のマグロ』(幻冬舎文庫)など。 下関マグロ公式サイト

30歳までにライブをやるぜぃ! [下関マグロ 第29回]

僕らは、バンドを組んで、30歳になるまでライブをやるという目標ができた。とはいえ、時間はあまりなかった。なにせ伊藤ちゃんは半年後の1月23日で30歳になってしまう。急がなければ……。
そんなわけで、岡本くんを伊藤ちゃんが [...]

バンドやろうぜ! [下関マグロ 第28回]

1987(昭和62)年、4月1日に国鉄が民営化され、JRグループとなった。<スキー田舎紀行>の取材をした3月はまだ国鉄だったが、原稿を書くときには「JR」と表記したのを覚えている。
ひとりで国鉄に乗って取材に行く<スキー [...]

スキー田舎紀行 [下関マグロ 第27回]

1986年の2月のことだった。
「ちょっといいかな?」
いつもの学研「ボブ・スキー」編集部で、ライターの細島くんに呼び止められた。
同年代の細島くんは、いつもスポーツタイプの自転車で編集部へやって来る、細マッチョで色黒な [...]

パインの事務所にお別れ [下関マグロ 第26回]

久しぶりにパインの事務所に顔を出すと、事務所のレイアウトがすっかり変わっていた。
右手の壁際中央にパインのデスクがあるのは変わらないが、以前は全てくっつけて置かれていた他のデスクが、それぞれ離れて部屋の隅に配置されていた [...]

クリスマスイブの出来事 [下関マグロ 第25回]

荻窪の田辺ビルは、夏は暑く、冬は寒かった。夏の暑さは単に部屋にクーラーがなかっただけだが、冬はガスストーブやコタツがあっても底冷えがした。
だから冬は一日中コタツから出られなかった。仕事もコタツ、食事もコタツ、テレビを見 [...]

ライターの三種の神器がそろう![下関マグロ 第24回]

西暦で1986年、昭和でいえば61年、僕の仕事は前年より確実に忙しくなっていた。レギュラーの仕事が『とらばーゆ』『BIG tomorrow』に加え『ボブ・スキー』で三つになったからだ。いずれも伊藤ちゃんに紹介してもらった [...]

「北尾トロ」が誕生した瞬間!  [下関マグロ 第23回]

スキー雑誌の取材に出かける前日、神保町にあるスキーショップで、ウエアの上下とバッグを買った。全部で2万円弱だったろうか。プライベートでスキーに行くことは有り得なかったので、なるべくスキー以外でも使えるものを選んだ記憶があ [...]

タダほど高いものはない。スキー合宿顛末記 [下関マグロ 第22回]

前回、北尾トロが書いたスキー合宿の顛末を、僕は全く忘れていたのだが、読んでいたらいろいろ思い出した。
この合宿だけれど、伊藤ちゃんこと北尾トロから誘われたのは、仕事というよりは遊びであったと思う。
といってもスキーなんて [...]

デカい明日になりそうな『BIG tomorrow』の仕事 [下関マグロ 第21回]

「それじゃ、ちょっと行こうか」
引っ越したばかりの「オールウェイ」の事務所で、伊藤ちゃんがそう言った。
行き先は、青春出版社の月刊誌『BIG tomorrow』の編集部だ。伊藤ちゃんが歩いて行くというので、僕も一緒に歩き [...]

会社の役員になってくれと頼まれた [下関マグロ 第20回]

パインが間借りしていた事務所には、パインの他に、伊藤ちゃん、伏木くん、坂やんなどなどのライターがいた。更にそこに三角さんという元編集者が加わって、なぜか経理のようなことをやっていた。
パイン以外の人間は、ずっとそこにいる [...]

金はないが、時間だけはたっぷりあった [下関マグロ 第19回]

久しぶりに伊藤ちゃんから電話がかかってきた。その頃の伊藤ちゃんは単行本を執筆しているとかで、ほとんど顔を合わせていなかった。
「まっさん、どうしてんの?」
どうしてんのと言われても、どうもしておらず、その日も暇にしていた [...]

決意というより成り行きでライターに [下関マグロ 第18回]

最近はそうでもないのかもしれないが、昔はエロ業界について勘違いしている男が多かった。
僕がアダルトビデオの助監督やエロ本の仕事をしていると言うと、「撮影現場に連れてってくれ」というようなことをよく言われた。
そんな物見遊 [...]

アダルトビデオの助監督という仕事 [下関マグロ 第17回]

「もしもし、増田くん、またお願いできるかな」
芳友舎の土屋監督から電話がくるとうれしかった。アダルトビデオ助監督の仕事依頼であるが、うれしい理由はギャラが取っ払いだからだ。
ライターが原稿料を受け取るのは、早い場合で仕事 [...]

読者チャレンジ企画とAVの助監督 [下関マグロ 第16回]

新橋の駅ビルの地下に、ウエイトレスの制服がミニスカートの喫茶店があった。といってもいかがわしいお店ではなく、ごく普通の喫茶店だった。
僕はその喫茶店で雑誌『とらばーゆ』の原稿を書いた。『とらばーゆ』は週刊だったから、最初 [...]

初めてのライター仕事 [下関マグロ 第15回]

1984年の暮れのことだ。手帳に書きとめた住所と地図を交互に見ながら、新橋にある『とらばーゆ』の編集部にやっとたどりついた。
担当は長崎さんという、僕と同じくらいの年頃の女性だった。テキパキと事務的に打ち合わせが進んでい [...]

高橋名人とカメラ [下関マグロ 第14回]

このシリーズには多くの個人名や会社名が出てくるが、ほとんどは月並みな仮名にしてある。しかし、編集プロダクションの社長につけられた「パイン」という名前は、なんだか突拍子もない感じがするだろう。
それには理由がある。パインと [...]

エロ本の仕事で女の子の路上撮影 [下関マグロ 第13回]

若生出版の柳井が応接室で見せてくれた雑誌は『ムサシ』というごく普通のエロ雑誌だった。まだインターネットもない時代、エロ雑誌というのは、いまから考えられないほど種類があったし、部数もけっこう出ていた。
業界にはまだ余裕があ [...]

こうしてエロ本の仕事をすることになった [下関マグロ 第12回]

今でも四谷四丁目から四谷三丁目にかけての新宿通りを歩くと、ここを3輪の原付バイクで走ったことを思い出す。時期は1984年の秋から1985年の暮れまで。麹町にあるパインの事務所に通っていたのだ。
今でもそうだが、新宿通りか [...]

怪しいニューメキシコの水島 [下関マグロ 第11回]

去年の夏のことだ。千代田区立図書館で本を借りようとしているときに後から「まっさん」と声をかける男がいた。
僕のことを「まっさん」と呼ぶ人間は限られている。本名が増田だから、〝まっさん〟と呼ばれていたが、そういう呼び方をす [...]

放送作家にしてやると騙された [下関マグロ 第10回]

最初に買ったワープロは富士通のマイ・オアシス2だった。高見山がテレビコマーシャルをしていた「ザ・文房具」というシリーズのワープロで、こんなに小さいと宣伝していたわけだが、相撲取りのなかでも巨体の高見山が持っているのだから [...]