2010-02-08

決意というより成り行きでライターに [下関マグロ 第18回]

最近はそうでもないのかもしれないが、昔はエロ業界について勘違いしている男が多かった。

僕がアダルトビデオの助監督やエロ本の仕事をしていると言うと、「撮影現場に連れてってくれ」というようなことをよく言われた。

そんな物見遊山感覚のお願いは実に困る。こちらは遊びで行っているわけではない。仕事なのだから。

たしかに、アダルトビデオの撮影現場では、男女がセックスをしているのを間近で見ることができる。しかし、現場のスタッフがそれを見て興奮することは皆無といっていいと思う。

全員、仕事をしているわけで、それぞれ果たさねばならない役割がある。見ていて楽しむ余裕などなかった。

そういえば、エロ本とか変態雑誌に記事を書いていると言うと、これもまた「編集部に行ってみたい」という人が多かった。これは男性、女性限らずだった。

しかしこれも行ってみたところで、おもしろい場所ではない。どんな変態雑誌の編集部に行っても、やっていることは同じ。編集者がひたすら編集作業をしているだけだ。

扱っているものがエロというだけで、普通の雑誌にしろ、エロ雑誌にしろ、やることは同じなのだ。

アダルトビデオの現場も、僕が行っていたサムビデオはけっこう仕事に熱かった。

社長の賀山さんはSMに詳しく、時には監督をやることもあった。しかし大規模な撮影の場合はたいてい土屋さんが監督をやり、賀山さんは縛り師の役回りをした。

こんな時はよくややこしいことになってしまう。監督は土屋さんなのにもかかわらず、賀山社長はついつい熱が入ってしまい、女優に演技指導なんかをしてしまうのだ。

何度かそんなことがあって、ついに土屋さんがキレた。

「だったら、あんたが監督をやればいいじゃないか」

そう叫び、監督は現場を飛び出して行った。現場は一時中断。賀山社長もしまった、というような顔をしている。助監督の僕はその顔を見た瞬間、急いで土屋監督のあとを追いかけた。

スタジオの前にいた監督に、追いついた僕はこう言った。

「監督、気持ちはよくわかります。でも、いま監督がいなくなっちゃうと誰もディレクションする人がいませんよ」

そうして現場に戻って貰った。賀山社長は謝りこそしなかったが、その後の撮影では口をはさまなくなった。そんなことがあったのが、1985年の秋くらいだろうか。

そして秋も終わる頃、雑誌『ムサシ』の編集者である柳井くんから、「なにかいいネタない?」と久しぶりの電話があった。

夏に伊藤くんと「オイルぬりぬりマン」をやって以来、『ムサシ』では仕事をしていなかった。

「いまアダルトビデオの助監督の仕事をやってるんだけど、アダルトビデオの現場レポートなんてどう?」

「いいねぇ。写真撮れるんだったら、ぜひぜひ」

と、安易に企画がまとまった。

助監督としての仕事があったのは月に2回くらいだった。さっそく、サムビデオのオフィスへ行き、土屋さんに聞いてみた。

「助監督の仕事を優先にするのは約束しますんで、助監督体験記というような記事を書かせてもらえませんかねぇ」

「おお、増田くんが写真を撮ってレポートしてくれるの。宣伝にもなるし一石二鳥じゃないの。いいよぉ、うまく書いてね」

ということで僕は張り切ってSMの現場に入り、そうだ賀山社長にも話しておかなければ、と思って雑誌取材のことを切り出した。すると賀山社長は怒り出した。

「ダメダメ! そんな、他人のふんどしで相撲を取るようなことはダメだ!」

そう言われてしまい、あえなく僕の企画は打ち砕かれた。今は雑誌がアダルトビデオの撮影現場を取材するケースは多いのだが、このころはまだ少なかったのだ。

そのやりとりを見ていた土屋監督がスーッと僕のそばにやってきて、耳元でこう言った。

「ああゆうのをヤブヘビって言うんだよ。言わなきゃいいのに…」

しかしよく考えると、助監督をやりながらそれをネタに原稿を書くというのは、なんだかズルい、と僕には思えてきた。ライターと助監督、どっちかに決めなくちゃ。

そう思い始めると、その後パッタリと助監督の仕事が来なくなった。結果的に、自然とライターの仕事に軸足を置くことになった。

その後、僕はライターとしてアダルトビデオの撮影現場に行く機会があった。そこで見るAD(もはや助監督ではなくこう呼ばれていた)のハードな働きぶりを見て、僕の助監督時代は、まだのんびりしたもんだったのだと思ったものだ。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった