2010-08-02

ついにライブの日程が決まった! [下関マグロ 第30回]

また夏が近づいていた。およそ一年前、荻窪のマンションに引っ越したのは夏真っ盛りの頃

2DK風呂付きで家賃は6万5千円と格安だったが、なにしろクーラーがついていないのは辛かった。ぼくは暑さには弱いのだ。

それまで住んでいた木造のアパートは風通しがよかったし、仕事がそんなになかったんであまりに暑いときはパチンコ屋で涼んだり、近所の喫茶店に行ったりしていた。

ところが、今いるのは、鉄筋のマンションである。クーラーがないのはつらい。最初の夏はとにかく我慢して、扇風機だけでやり過ごしたものの、今度の夏はどうしようかと迷っていた。

奮発してクーラーを買って取り付けようか、それともクーラーのある部屋に引っ越しをしようか、という悩みだ。

「引っ越そうかと思ってるんだけど」

伊藤ちゃんに相談をした。伊藤ちゃんは少し困った顔をした。

「せっかく、ここでみんなが集まってバンドの練習をしてるんだしなぁ」

たしかにこのマンションは広さも充分だし、騒がしくしても文句を言われたことがなかったので、バンドの練習場所としては便利だった。仕事の打ち合わせで使う機会だって増えていた。

「じゃ、まっさんはクーラーのあるワンルームマンションかなんかに引っ越して、ここはみんなで金を出し合って維持するっていうのはどうよ」

と伊藤ちゃん。おっ、それはいいねぇ。というわけで、僕は下井草のクーラー付きのワンルームマンションに引っ越した。引っ越しといっても、仕事関係、音楽関係のものはほとんど荻窪のマンションに置きっぱなし。ワンルームのほうはベッドひとつ置いて寝るだけってかんじだった。

この引越しを機会に、ちょっとした決心をした。僕は少し前から太りはじめ、70キロ後半から80キロへと、デブ化が止まらない状態になっていた。そのため思い切って、便利だった三輪の原付バイクを手放し、自転車を購入してみた。そして、移動はすべて自転車ですることにしたのだ。これで、少しは痩せられるかもしれないという思いがあった。

引越し後も、年内にライブをやるためにバンドの練習はしていた。いつものように三人で練習をしていたら、玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると知らない若い男が立っている。そしてこう言われた。

「勘弁してもらえませんか」

僕にはなんのことだかわからなかったが、聞けば、バンド練習の音がうるさいというのである。

マンションは青梅街道沿いにあるため車の騒音が激しく、まあ楽器の音くらいはいいかと思っていたのだが、同じマンションの人にはけっこう迷惑をかけていたようだ。

僕と伊藤ちゃんが落ち込んでいると、おかもっちゃんはこう言った。

「だったら、練習場所を借りようか。たとえば、国立とか江古田とか、音楽学校があるようなところには防音設備の整ったアパートがあるんだよ」

「じゃ、どうする、江古田とか行ってみようか」と伊藤ちゃんは反射的にそう言った。

この頃の僕たちは、思いついたらすぐに行動するようなところがあった。実際に翌日、僕たちは江古田の不動産屋さんに行き、その日のうちに部屋を決めた。風呂はなくていい、とにかくごく普通の木造のアパート。でも、しっかり防音はされているとかで、僕たちはそこに楽器や機材を運んだ。

というわけで、荻窪のマンションはファックスとワープロなどが置かれた編集プロダクション、江古田のアパートは音楽の練習や作詞作曲をする場所となった。

いろいろな曲を作り、演奏の練習をした。僕は自分の作曲用にオモチャの小さな電子ピアノを使っていた。これはけっこうスグレモノで、なにかを録音して鍵盤を押せば、その音が出る、サンプラーの機能もあったのだ。「アホ」と録音して鍵盤を押せば「アホ」と鳴る。ちょっと押せば「ア」まで。長く押せば「アホ」となる。リズムをつけて、「ア、ア、ア、アホ」というようなこともできる。またいくつかの鍵盤を抑えれば、アホの和音が出てくるというものだ。

このオモチャの鍵盤楽器や生ギターでどんどん曲を作った。当時「どんなバンドをやっているのか」と聞かれたときに僕が答えていたのは「社会派コミックソングです」だった。自分でもよくわからんのだが、まあ、ただのお笑いソングのことを、そうやって格好よく呼んだりしていた。各パートは、ドラムはマシーン、おかもっちゃんがギター、伊藤ちゃんがパーカッション、僕がベース、ヴォーカルは全員でというスタイルだった。

そしてある日、ついにおかもっちゃんの口から重大な発表がもたらされた。

「ライブ、12月にやることに決まったんだけど」

場所は神楽坂のエクスプロージョンというライブハウスだった。いよいよ、本当にライブをやるんだ! そう思うと、もう自分が緊張しているのがわかった。

どうしよう? ライブハウスのお客さんの前で演奏するってどんなかんじなんだろう? まったくわからないまま、とにかく僕らは練習に時間を費やしたのだ。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

このエントリへの反応

  1. 楽しみに読んでます。いよいよ、ライブ。どきどきするなあ。

  2. 神田さん、どもぉ。そう、いよいよ初ライブです。予期せぬハプニングがいろいろと起こります。ご期待ください!

  3. [...] だった。ライブハウスで演奏しようとするなら、やはりきちんとアンプを使って練習したほうがいいと気付いたので、以前バンド練習用に借りた江古田のアパートは既に引き払っていた。 [...]

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