2010-10-12

そして僕はからっぽな自分に気がついた [下関マグロ 第35回(最終回)]

事務所から外に出ると冷たい風が吹いていた。あたりはすっかり暗い。陽が落ちるのが早くなったなぁ、そんなことを思いながら、荻窪駅の改札に向かった。ファンキー・タルホ氏と待ち合わせをしているからだ。駅に着いて、しばらくするとタルホ氏が改札を出てきた。

挨拶代わりに、「寒いね」と言うと、タルホ氏も「寒いね」と応じた。

「温かいモノでも食べたいね」と提案すると、無言で頷くタルホ氏。

「ラーメンがいいかな。でも北口はダメだね。こんな寒い中、行列するのはちょっとイヤだよね」

「寒くなくてもご免だね。行列しなくてもうまいところはあるでしょ」

そのころ、荻窪駅北口のラーメン店はたいへんなことになっていた。もともと「丸福」をはじめ行列店がいくつかあったのだが、テレビ番組が、「佐久信」という不振だった店を応援しはじめたことが話題になり、青梅街道沿いのどのラーメン店にも行列ができていた。歩道が行列する人たちであふれて、時には通行の邪魔になるほどだった。

じゃ南口にしよう、ということで、「新京」という中華料理屋へ行った。「新京」は行列どころか、満員になっているのを見たこともない。それでも、安くてうまくて出前もしてくれるので、僕はちょいちょい利用していた。

ラーメンにするつもりだったが、タルホ氏が麻婆豆腐定食を注文したので、なんとなく僕もそれにのっかる。「それから餃子2人前ね」と追加注文。お腹いっぱいになったところで、天沼陸橋にある田辺ビルへ2人で向かった。

ほんの一ヶ月前、三畳に間借りしていたおかもっちゃんは近所に部屋を見つけ、出ていった。それから伊藤ちゃんは海外へ旅に出ていたので、この時期、事務所は無人だった。そのせいか、ガスストーブをつけても部屋はすぐには暖まらなかった。

温かいコーヒーを出すと、タルホ氏はカップで手を暖め、ひとくちすすると、カバンから雑誌の切り抜きやコピーしたイラストなどを取り出し、テーブルの上に置いた。

「カッティングシートある?」

あらかじめタルホ氏から指示され準備していた、カッティングシートとカッターを渡す。

「で、タイトルはどうするの?」

ああ、タイトルが必要なんだ、ということに、そのとき初めて気がついた。タルホ氏とミニコミ誌をつくろうと盛り上がったものの、具体的に何をどうするかはまったく決まっていなかった。

「何も考えてなかったよ。何かいいのある?」

正直にそう言うと、タルホ氏は言った。

「〝わにわに〟ってどうかな?」

「えっ、どういう意味なの?」

「単に語感がおもしろいかなって思って」

タルホ氏はすでに用意していた「わにわに」や「waniwani」といったタイトルロゴを厚紙の上に置いて見せた。

そうか、こうやって版下をつくっていくわけだ。

「ここに、400字くらいの原稿入れようか。何か打ってよ」

とタルホ氏が言う。

「あ、そうか、文章ね。わかった、わかった」

そう言いながら、僕はワードプロセッサの電源を入れる。さて、どうしよう。何を書けばいいんだろう。伝言ダイヤルについて書きたいことがいっぱいある、だからミニコミ誌をつくろうとは言ったものの、書きたいものが何なのか、実はよくわからない。

一人前のライターのつもりだが、それまでは、何か指示されて書くということばかりをやってきた。何を書いてもいいという状態になると、何を書いていいのかさっぱりわからない。僕はからっぽだったんだ、と気付いて呆然となった。

「どうしよう。何か指示を出してみてよ」

タルホ氏に助けを求めると、彼はちょっとあきれたように言った。

「自分で書くことがなければ、発注すればいいじゃない」

ああ、そうか。と、発注先はすぐに思いついた。もともとこのミニコミ誌の想定読者は、伝言ダイヤルで知り合った人々だ。そういう人たちに送りつけようと思っていた。だから、最初のきっかけをつくってくれた人物、すなわち、『月ノ光』の投稿欄で呼びかけをしていたベルメールくんに頼んでみよう。

さっそく電話をすると、運良くつながり、ベルメールくんは寄稿を快諾してくれた。

これでようやくミニコミ誌の目鼻はついた。タルホ氏は先に帰宅し、テーブルには、「わにわに新聞」と手書き文字が書かれたタイトルだけが貼られた厚紙。僕も戸締まりをして、田辺ビルを出た。マウンテンバイクに乗り、ほっとした気持ちで下井草のワンルームマンションに向かう。ところが、あと少しで我が家というところで、警察官に制止された。

この時期、僕はうんざりするほど、あちらこちらで職務質問されていた。ムッとしながらも自転車を降りた。もう何度も経験しているから、抵抗しても無駄なことはわかっていた。無視して走り続けてもいいが、そうすると、パトカーや自転車やらで何十人もの警官が駆けつけ、囲まれることになる。そして押し問答になり、大いなる時間の無駄を覚悟しなければならない。だから素直に従ったほうがいいのだ。

まずは自転車の防犯登録をチェックされたが、これは問題がなかった。次に警官はこう要求した。

「危ないものもってないか、ちょっとカバンの中身見せてよ」

そういう物は持っていないと言って拒もうとすると、「じゃあ見せてもいいだろう」みたいなことになるのは知っていた。寒い中、押し問答をするのはいやなので、僕はこう言った。

「所属と名前を教えてくれれば見せる」

名前聞くと、たいがいの警官が答える。そのときの警官は2人組で、おもに僕に話しかけてくる男は田村と名乗った。よく見れば、年頃は僕よりひとつかふたつ下というかんじだろうか。田村は僕のショルダーバッグを受け取ると、それを地面に置き、ジッパーを開け、中を懐中電灯で照らし、ひとつひとつ見ていく。ペン入れ、原稿用紙、メモ帳などだ。

「これは何?」

と田村の手に握られていたのは、取材に使うオリンパスのテープレコーダーだった。

「テープレコーダーです」

「おたく、なんか思想的にあるの?」

どういう脈絡で田村がそう聞いてきたのかはまったくわからなかった。

「何か思想があると、問題あるんですか」

「思想があるだけじゃ、取り締まれませんよ」

そう言うと、田村はショルダーバッグを返してくれた。

警官に取り締まられないことは幸いだったが、そのとき僕は、自分に思想がないことが、なんだかカッコ悪く思えた。やっぱりお前はからっぽな人間なのだと、烙印を押された感じがした。ライターという肩書きの社会人にはなったものの、中身のある人間になるには、実はまだまだスタート地点にも立てていないんだということを思い知らされた、そんな昭和63年の暮れであった。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった