2010-05-10

ライターの三種の神器がそろう![下関マグロ 第24回]

西暦で1986年、昭和でいえば61年、僕の仕事は前年より確実に忙しくなっていた。レギュラーの仕事が『とらばーゆ』『BIG tomorrow』に加え『ボブ・スキー』で三つになったからだ。いずれも伊藤ちゃんに紹介してもらったものだ。

『とらばーゆ』は小さなコラムだが週刊で、『BIG tomorrow』は月刊、『ボブ・スキー』は年に6ヶ月間刊行のシーズン月刊。年6ヶ月のシーズン月刊といっても、半年だけ働けばいいというのでなく、『ボブ・スキー』の場合は一年を通じてやることがいろいろあった。

また、レギュラー以外の仕事も増えていた。

この年の前半、僕はまだ東中野の三畳に住んでいて、原稿は手書きだった。とくに大量の原稿を書かなければならなかったのが『BIG tomorrow』だ。ここで僕はデータマン、取材記者をやっていた。誌面に出る原稿ではなく、アンカーマンが記事を書くためのデータ原稿なのだ。多いときにはペラで300枚もの原稿を書いた。

この仕事のために役だったのが録音できるソニーのウォークマンである。取材の様子を録音するためだ。しかし、当時はまだ取材に録音機を使うというのは珍しかったかもしれない。その証拠に取材の前に「録音していいですか?」と相手に聞くと、ダメだという人もけっこういたものだ。

そういえば、録音できるウォークマンは伊藤ちゃんに何度か貸したことがある。そのため、伊藤ちゃんの取材テープ、たとえば『週刊ポスト』で白井貴子を取材したときのものなどどういうわけか僕が持っていた。自分のを聞くのはイヤだけど、他人のを聞くのは楽しかった。ふだんあまり聞くことがない、他人の取材ぶりがわかるからだ。

ただし、録音できるウォークマンは、操作が面倒で、ちゃんと録音できていないこともあった。それで僕はこの頃、録音に特化した小型のテープレコーダーを買ったのだ。これはオリンパス製のマイクロカセットを使ったもので、ボタンをひとつ押すだけで、すぐに録音できた。

たいてい僕は、家のテレビをつけっぱなしにして、消音にして仕事をした。何度もテープを聴きながら取材の一言一句を原稿用紙に書き出していく。データマンはペラ一枚いくらという支払いだったから、たくさん書いたほうがいい。

2月にはフィリピンで、マルコス大統領の住むマラカニアン宮殿が民衆に包囲される事件が起きて、大統領が国外脱出した。ワイドショーでは、「大統領がいなくなった宮殿に押し入った民衆が見たものは、イメルダ夫人の3千足もの靴だった」というようなことを何度も放送していた。

岡田有希子がサンミュージックのビルから飛び降り自殺したのも、この年の4月だった。テレビのニュースを見て、ああ、あそこだ、とすぐにわかった。以前に通っていた四谷の編集プロダクションへの通り道にある、四谷四丁目の交差点に面したビルがその現場だった。

この年のヒット曲に「1986年のマリリン」というのがあった。本田美奈子が踊りながら、元気にへそを出して歌っていた。

8月に東中野から荻窪へと引っ越したあたりで、僕はやっと、「ライターの三種の神器」をそろえた。すなわち、留守番電話・ワープロ・ファックスである。

ライターの三種の神器は、時代とともに変化し、これに「テープレコーダー」(今ならICレコーダー)とか「名刺」を入れる人もいるだろうが、僕のなかで、この時期の三種の神器はこの3つだったように思う。これを手に入れたことで、僕はやっと一人前のライターになれた気がした。

今ではすっかり廃れてしまったが、昔は留守番電話器というものが非常に重宝された。今ある留守番電話器は電話機と一体になっているが、最初の頃は独立した機械で、それを電話機につないで使用するというものだった。僕は引っ越しを機に、電話と留守番電話器が一体型になった最先端のものを購入した。ソニー製で、メッセージをマイクロカセットで録音するようになっていた。

これさえあれば、どんな仕事依頼も逃さないぜ!!と僕は大いにはしゃいだ。嬉しさのあまり、留守番電話にメッセージが入っていないか、外出先から家にしょっちゅう電話をして確認した。また、そういう操作をしている僕がかっこよく感じた。初めて自分用の携帯電話を与えられた中学生みたいなもんだった。

ワープロは、今じゃPCで使うソフトウェアのことを指すようになったが、昔は文章作成専用の独立した機械だった。

僕が手に入れたのは、リコーのワープロであった。リコーのワープロを、毎月数千円でリースして使っていた。当時のワープロは、買うと結構な金額がする代物だったのだ。ファックスも同様にリースを利用した。

三種の神器を手に入れて、まずは『とらばーゆ』の原稿をワープロで打ち、ファックスで送信した。これまで編集部へわざわざ原稿を届けに出かけていたものが、家に居ながらにして済むようになったのだ。これは画期的なことで、僕はものすごく感動した。ワープロについてはこんなおかしな話もあった。
「あの、この前の原稿なんですが、ちょっと手直ししてほしいんです」

『とらばーゆ』の編集者から電話がかかってきたことがある。

「あれ、だってファックスで送ったときは、OKって言ってたじゃないですか」

僕が不満をあらわにそう言うと、こういう返事がかえってきた。
「あ、手書きの原稿じゃなくてああやって活字になっていると、ついつい、いいって思っちゃったんです」

そんなもんかと思った。そういう時代だったのだ。

のちにリクルートは自社専用のパソコン通信網を作ったので、原稿はファックスではなくパソコン通信で送るようになった。そのうちワープロもパソコンに、ファックスはパソコン通信に取って代わられ、ポケベルが登場したら留守番電話器は用無しとなり、携帯電話が出現したらポケベルは消えた。

まだ留守番電話機さえ持っていなかった伊藤ちゃんに、三種の神器を手に入れた当時の僕は、口を酸っぱくしてその必要性を力説した。もちろん良かれと思ってのことだが、考えてみれば大きなお世話である。

そういった新テクノロジーに、必ず僕は飛びついたし、確かに便利ではあった。しかし、絶対に必要だったのかと、いま自問自答しても、正直よくわからない。

当時の三種の神器で今残っているものはひとつもない。今は携帯電話とパソコンがあればいい。留守番電話に飛びつかなかった伊藤ちゃんだって、今は携帯電話とパソコンを使っている。でも、それも四半世紀後にはまた変化しているはず。変わらないものなんてないのだ。つくづくそう思う。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった