2010-09-06

気分は悶々、未来は不透明 [北尾トロ 第32回]

ぼくのまわりの小さな世界は、小さいなりにめまぐるしく動いている。妹は結婚して八王子で新婚生活を始めた。フリーライターとして食って行くには収入が低すぎる後輩の町田はある女性誌の編集部にもぐりこむことに成功。なんとか生活を安定させるメドがついた。おかもっちゃんは長くつき合った女と距離を置くため田辺ビルの3畳間で居候生活を開始。女とはこのまま別れることになりそうだ。「会社をやめてライターになれば?」というまっさんの誘いにはまだ首を縦に振らないが、それも時間の問題のように思える。バンドもやっていることだし、そうなったらおもしろい。阿佐ヶ谷にいたニューメキシコの水島は笹塚に事務所を構え、そっちへ移った。水島は本格的に編集プロダクションの経営に乗り出し、順調に仕事を得ている。

ぼくは、まとまって入ったギャラを使って阿佐ヶ谷に引っ越した。9畳の部屋に6畳のリビングがついた新築1LDK。家賃9万円は高いと思ったが、ここ数年は家賃もうなぎ上りで、新築物件となるとそれくらいするのだ。部屋でピカピカの床に寝転がっていると、何ともいえずいい気分になる。高円寺の風呂なし6畳から居候生活を経て吉祥寺のシャワー付ワンルームに越し、経堂で妹や町田と暮らして、学生時代にひとり暮らしを始めた阿佐ヶ谷に30歳で戻ってきた。貯金なんて1円もないが、もともとプータローだったんだし、少しはマシになって振り出しに戻ったと考えることにしよう。

赤帽1台分にも満たない荷物をあけて、仕事関係の資料を整理していると、春、「ボブ・スキー」の取材でアメリカへ行ったときの写真が出てきた。カメラマンに渡されたまま、引っ越しのドタバタでじっくり見る機会がなかったがレイアウト入れに備えておくか。堀内カラーの黄色い袋をひっくり返すと、ひとかたまりのフィルムシートが床に落ちた。でも音が軽い。フィルム15本分くらいしかない。2週間の取材で、スキー場だけで10日ほど滞在したのだ。撮影本数はこんなものではないはずだ。荷物を探してみたが他にはない。2袋以上受け取った記憶もない。イヤな予感とともに写真を見ると、見るも無惨な内容である。ゲレンデ写真の大半が露出オーバーで、まるで質感がないのだ。残りのフィルムは推して知るべし。ぼくに見せられない出来ということ。

すぐに電話したが通じない。留守電にメッセージを残しても連絡がない。まっさんに話すと、逃げたんじゃないかと言う。

「あいつ、スキーはうまいけど、カメラマンとしては新人だって言ってたじゃん。アメリカで不審なことなかった?」

あった。スタンフォード大学に留学してたという割に英語がさっぱり話せないし、大学時代の友人に電話してスキー場に呼べと冗談で言ったら本気で嫌がってた。写真にしても、仕事が忙しくて編集部へ行く時間がないからと、いきなりやってきて渡されたのだ。

「あいつはあまりいいヤツじゃないよって言ったのに」

そうだった。まっさんは初対面のときからそう言っていたのだ。

「で、どうすんの」

撮影に失敗しましたとは言いにくい。こうなりゃ自分で撮った写真でなんとかしよう。取材時、ぼくは買ったばかりのカメラを持って行き、10本ばかり撮ったのだ。素人写真でもそのほうがマシだし、なかには偶然撮れたおもしろいアングルのものもあるから、それでごまかそう。

「仕事はいいとして伊藤ちゃん、あいつに金貸してなかった?」

「あっ、あーっ、貸してるよ。10万円も!」

「そんなに。なんでまた」

「たまたま競馬で儲かったときに借金申し込まれて」

ぼくにだって5万円しか貸さなかったのに

「まっさんが5万円って言ったんじゃん。それにあいつ、アメリカ行くのにレンズがもう1本欲しい。それがあればいい写真が撮れるけど、まだ駆け出しでレンズが買えないって言うんだよ。しかも、10万円は『ボブ・スキー』のギャラで返すからって。それで、うっかり信用したんだよな」

「巧妙だ、計画的だな。はい、もう戻ってきません」

 記事は何とかなったが、失踪したカメラマンは二度と姿を現さなかった。編集部で住所を尋ね、自宅を訪ねてみるともぬけのカラ。完全にやられた。悪いヤツには見えなかったんだけどなあ。

「勉強代だね。だいたい、伊藤ちゃんは人にも自分にも甘いところがある」

「まっさんは他人を信用しないもんな」

「そうです。私なんかはおかもっちゃんと伊藤ちゃんとスーさんしか信用しないから。おかげでダマされないけど、友達もできないよ」

「あはは、それも考えものだな」

「今はね、確かにそうだよ。だけど、わしらはそのうちライターとしてかバンドとしてかわからんけど有名になるでしょ」

まっさんが思う有名ってどのくらいなんだ? マグロさ〜んって女にモテモテになることか。

「うんにゃ。せめて新聞の死亡欄に名前が載るくらいだね」

「オレたち、いま死んだら知り合いが30人くらい葬式にきて終わりだろ。道は遠いな」

「うちのおふくろが、何でもいいから10年間続けたらいっぱしのものになるってよく言うんだよ。ライターだったら30代半ばでしょ。バンドだと40歳前だからキツいか。まあとにかくその頃まで続けたら、ドドンと名を知られると。で、そうなったらいろんなヤツが寄ってきてさ、うまい儲け話があるとか誘いがかかるわけだよ。人を見る目がないと、そこで思い切りダマされるね。いまはせいぜい10万円だけど、そうなったら失うものも大きいよ」

「ははは、そこまで考えての用心深さなんだ」

「当然でしょう。ただ、現時点でわしらには力が足りないよね。企画力も劣っているし。伊藤ちゃんは原稿書くのが好きみたいだけど、ぼくは苦痛に感じることのほうが多いしさ。だからバンドに活路を見出したいんだけど、才能的に無理かも」

脱線を繰り返しながら延々と、田辺ビルの6畳間で将来のことを話すのが日課のようになっていた。ぼくもそうだが、まっさんも、夢を語るようなことはしない。ライターの活動をどのように展開すれば多彩な活動ができるのか、バンドでどんな曲を作っていけば人気が出るのか、いつでも中身は具体的だ。これで実行力が伴えば未来は開けるはずだったが、あいにくそうはならなかった。知恵を絞った企画も翌日には色あせて見える。新曲を作っても演奏力が追いつかない。

会えば冗談ばかり言い合っていたけれど、内心は悶々。少なくともぼくはそうだった。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった