2010-04-26

彼女と別れ、妹と経堂に住む [北尾トロ 第23回]

ボブ・スキー編集部は大田区にあり、僕の住む吉祥寺からは井の頭線で渋谷へ出て、山手線で五反田まで行き、さらに池上線に乗り換えなければならない。最寄り駅からも徒歩で15分かかるので、到着まで1時間半近くかかる。夏以降、編集部に行く頻度が増すとともに、往復3時間は堪え難くなっていく。

とくに帰りがつらい。要領が悪いため、仕事ははかどらないのに時間ばかり過ぎ、たちまち午後11時をまわってしまうのだ。3輪バイクで通ってきている増田君は時間を気にしなくていいが、あきらめて帰るか、朝まで働くかの決断を迫られる。終電近い電車はいつも満員で、家に着いたってシャワーを浴びて寝るだけ。かといって編集部で夜を明かして電車で帰るのもしんどい。編集者に頼み込み、ときどきならクルマできて会社の駐車場を使ってもいいことになったが、リッター7キロくらいしか走らないのでガソリン代が馬鹿にならん。警備のオジサンに「どこの部署?」と尋ねられるのも面倒だ。

ぼくもバイクが欲しいけど高いからなあ、と思っていたら、知人がホンダの赤いスクーターを安く譲ってくれるという。それで、ぼくもめでたく、時間を気にせず深夜の環七を突っ走るライターの一員に加わることになった。

フリーの立場でかかわるスタッフの一人に過ぎないぼくが、連日のように深夜まで編集部で過ごしていたのは、そこにいることがおもしろかったからでもある。それまでの仕事では、打ち合わせ時や出来上がった原稿を届けにいくとき編集部を覗く程度で、何時間も滞在することなどなかったのだ。まして、編集部で原稿を書くなどしたことがなかった。

ボブ・スキー編集部は、編集者もライターもデザイナーも、ほとんど20代。キャリアは浅くてもイキのいいスタッフで創刊したいという、福岡さんの考えがストレートに反映されていて活気があった。しょっちゅう顔を合わせるものだから、だんだん親しくもなるし、企画も出しやすい。考えてみたら、ぼくはそれまで編集者やパインから「これやって」と頼まれた仕事をこなすばかりで、自分から企画を提案することがあまりなかったのだ。たとえ小さな記事でも、自分の企画が通って思い通りのことがやれるのは嬉しかった。頼まれ仕事よりこっちのほうが断然いいと思った。

そばには他の編集部も点在していた。電話で怒鳴っている人がいる。印刷会社の営業と冗談を叩き合う人がいる。赤ペン片手に原稿チェックに余念のない人がいる。黙々と作業をする人がいる。なるほど、雑誌というのはこうやって作られるのか。ぼくは小さなコラムのタイトルひとつつけるのに1時間も2時間も悩んでいるようなとき、ぼんやりとそういう人を観察するのも好きだった。

夏も盛りに近づいた頃、実家から電話があった。妹が上京したがっているので、兄であるぼくと同居するのを条件にOKを出したという。

「正直言うて不安だけど、もう子供じゃないからねえ。あんたがそばにいれば、私としても安心なんよ」

どうやら妹には東京在住の彼氏がいるらしく、真剣な交際だから一緒に住ませてくれと畳みこまれた。

「半年でいい。その間にお母さんを説得できなかったらあきらめるから。一生のお願いだから、いいと言ってよ」

選択肢はない。ぼくは「いいよ」と答え、すぐに不動産屋にあたり始めた。学生時代から中央沿線にばかり住んでいるので、これまで縁のなかった小田急沿線はどうだろう。急行が止まる経堂あたりなら、つき合っている彼女のところへも学研へも行きやすい。

数日後、手頃な物件が見つかった。広めの2DKで風呂付きだ。家賃は10万円もするが、妹が自炊するというし、半年くらいはどうにかなるだろう。

契約を済ませて一足先に吉祥寺を引き払い、おんぼろカリーナバンをフェリーに乗せて、彼女と北海道旅行に出かけた。妹がくれば生活も変わるだろうから、いまのうちに遊んでおこうと思ったのだ。

が、軽い気持ちで出かけたこの旅行で、ぼくたちはだんだん無口になり、帰りのフェリーでは別れ話さえするようになってしまった。原因ははっきりしない。積もり積もったお互いの不満が、ふとしたきっかけで抑えがたくなったのだ。はっきりしていたことは、彼女の不満が筋の通ったものであるのに対し、ぼくの不満は利己的で子供じみたものだったことだ。

家の前まで送っていったときには、もう部屋にこないでほしいとはっきり言われ、彼女は背を向けてすたすたと階段を上がっていってしまった。フリーになってから、いつも励ましてもらい、ときには仕事を手助けしてくれた人に、ぼくは振られてしまったのだ。RCサクセションじゃないけど、いいことばかりはありゃしないのである。

落ち込む兄を尻目に、上京した妹は張り切って荷物を整理し、あっという間にブティックでのアルバイトを見つけて働きだした。朝飯はいらないといっているのに、昼頃起きるとスープやオムレツができており、そばにメモがある。

「おはよう兄上。残さず食べるようにね。じゃ、バイト行ってくる。今晩も遅くなるなら電話してください」

もぞもぞ食べていると、編集部から電話だ。

「今日、きますよね。至急、相談したい企画があるんだけど」

はぁと答えて切ると、今度は増田君である。

「この前話した読者ページ企画、今日やってしまおうよ。3時に学研でどう?」

毎日が慌ただしく動いていた。そろそろ踏ん切りをつけるべきだ。ぼくはその晩、鍵を返すため、学研の帰りに彼女の部屋を訪ねた。彼女が不在だったことに幾分ホッとしながら、ポストに鍵を落とす。チャリン、と乾いた音がした。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった