2010-04-12

ラーメンとカレーを食べまくった初取材 [北尾トロ 第22回]

福岡さんが編集長を務める雑誌は「bob SKI」(ボブ・スキー)と誌名が決まった。まったく意味不明な名称である。福岡さんに尋ねても「なんとなく、ノリでね」という説明。兄弟誌のテニス雑誌が「T.Tennis」(ティー・テニス)なので似たような語感を狙ったようだ。

福岡さん以下、田辺さんを筆頭に2、3名の編集者。その下につく僕らフリーの連中を、福岡さんはスタッフライターという呼び方をした。編集部から与えられたボブ・スキーの名刺を持って取材に当たるスタッフ程度の意味合いだろうか。とはいえ、しょせんは寄せ集め集団なので編集会議などには参加せず、めいめい勝手に企画を立て担当編集者と内容を詰めていくだけである。

僕たち滑れない組はもうこの段階で落ちこぼれていて、通っても取材する自信がないためスキー雑誌らしい企画など出しようがない。やむなくコラムページとか読者ページとか、現場感の薄い企画を提案するしかないのだが、なぜかそれが福岡さんに受けるのだ。「一般誌の感覚はやはり違いますねえ」とか、「こういう切り口はこれまでのようなガチガチのスキー雑誌にはありませんよ」とか、どこまで本気かわからないがこちらが気を良くするリアクションをしてくれる。お調子者の僕はそれでますますやる気になってしまったし、「伊藤ちゃんにだまされて合宿に連れて行かれた」と慎重な構えを崩さなかった増田君や水島君も前向きな姿勢に。坂やんと伏木君も、スキー場の取材はしたくないがコラムとかならやぶさかでないと、それなりの意欲を示した。

こうして「ボブ・スキー」への参加が正式に決まったのだが、それからの進行は早かった。来シーズンからスタートするということは、今シーズン中に取材や撮影をしておかないと記事が作れないのである。最低限、全国各地のゲレンデ取材は必須。加えて毎号の企画もの記事も、いまから作っておく必要がある。田辺さんによれば、スキー雑誌の取材は気候が安定する2月中旬から4月初旬がピークで、雪が消えるGWには終わってしまうという。立ち上げの混乱もあって編集部にはとにかくゲレンデへ飛べという空気が強く、ぼくはモロに巻き込まれることになった。

「スタッフジャンパーを作ったので、これを着て増田さんと一緒に上越へ行ってください。滑れないのはわかってるから、ゲレンデはスキーの練習のつもりで適当に回ればいいです。その代わり、君たちにお願いしたいのはゲレ食ね。ゲレンデ内にあるレストランをめいっぱいまわって欲しいんだ。ゲレ食の特集って他誌ではあまりやらないけど、スキーヤーにとっては大事じゃない。とくにカップルで行くような場合は、どこで何を食べるか、何が美味しいかっていうのは必要な情報だからね」

メシなど自分でうまそうなものを探せよという気もするが、福岡さんが自信満々に言うからにはそうなのだろう。しかも、それに続く言葉がありがたい。

「もちろん経費は出ます。たらふく食べてきてください。興味があるスキー場グッズとか。気を惹かれたものはどんどん買っていいからね。それと、取材については日当があります」

取材したものが記事になるのは冬である。通常、ギャラの支払いは掲載誌が発売された翌々月くらいだから、ヘタすれば1年も先。それではスタッフライターが生活していけないと、福岡さんは会社と交渉して、取材日数に応じた拘束費を出すシステムを作ったという。額としては一日あたり5000円程度のものだが、原稿料とは別建てだし、出張中は基本的に自腹を切ることもないので丸々残る計算だ。たいした額じゃないけれど、家賃と光熱費にはなる。

行き先と宿の手配は田辺さんがやってくれ、4、5泊の予定で増田君と上越に向かった。我々の使命は上越エリアの主要なスキー場とその周辺にあるレストラン、食堂、喫茶店を集中的に攻めること。具体的な企画は何も決まっていない。まだ関越トンネルは開通していないため、月夜野インターで高速を降り、三国峠をカリーナで越える恐怖のドライブだ。車内ではずっとバカ話。ひとりでずっと運転するのは疲れるけど、友人とドライブ旅行をすると思えばラクな仕事ではないか。ひたすら飯を食べてりゃいいんだから。

「伊藤ちゃんはお気楽だねえ。飯を食うだけのリポーターならいいけど、あとから記事にしなくちゃならないんだよ。しっかりメモを取らないと完全に忘れちゃうだろう。写真もどこで撮ったかわかるように整理しないとダメか。面倒だなあ。外は寒そうだし、気が重くなってきたよ」

翌朝から、六日町ミナミスキー場を皮切りに、少しずつ東京方面に戻りながらゲレ食を求めて取材を進めた。満腹になっては味の評価ができないので、少しずつ食べる。ゲレンデの食堂はシーズン限定の営業が大半で、専門の料理人が作っているわけじゃない。だいたいは地元のおばちゃんたちが材料をケチって作るものばかりなので、唸るほどの味にはほど遠いものばかりだ。福岡さんが言うようなレジャー感覚あふれるファッショナブルなスキーヤーも見当たらず、ガンガン滑ってビールを流し込むようなスタイルでは優雅な昼食なんて必要がない。結局、人気メニューはカラダが温まるラーメンや、すぐに食べられるカレーであることがわかってきた。

「どうせ全メニューなんて食べられないんだから、カレーとラーメンに絞りますか。カラーページで同じ角度から撮影したカレーとラーメンをどっさり並べてみせるのはどうかね。とにかく二人で全部食べてみましたっていうの。うまそうかどうかは読者の判断に任せようよ」

増田君の提案でひとつ企画が決まり、いくらか気がラクになった。まずリフトで上まで行って店取材したらコースをボーゲンでゆっくり滑り、下にあるゲレ食を片っ端から取材する。新雑誌ということで怪しまれることもあったが、そこは学研の信用がモノをいい、トラブルはほとんどない。夕方には宿に入り、フィルムとメモを整理して明日の予定を立てる。毎晩、泥のような眠りに堕ちた。

取材期間中、学研への連絡は一度もしなかった。ふたりで撮った写真がまともに写っているのか、取材テーマはあれで良かったのか、多少の不安はあったもののいまさらどうしようもない。まあ、撮影の腕は期待されていないだろうし、写ってさえいればなんとかなるだろう。

久しぶりで帰宅し、ゆったりシャワーを浴びた。鏡に映る自分の顔が早くも皮が剥け始めているのを見て、スキー雑誌のライターに一歩近づいた気がし、僕はまんざらでもなかった。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった