2010-03-29

スキーができないスキー雑誌のライター集団 [北尾トロ 第21回]

「じゃあ、ゆっくりボーゲンで滑るから、ぼくの後ろからついてきてくれますか。さっき教えた通りにやれば大丈夫ですから。行きますよ!」

副編集長の田辺さんが先頭に立ち、初心者用のなだらかなゲレンデを、これ以上ないほどの低速で滑り始めた。

「あた、あた、あたたたた」

スタートして5メートルで増田君がよろけ、最初のターンで伏木君が曲がり切れずに列を離れ、それにつきあうカタチで坂やんとぼくもコースアウト。唯一、難を逃れたニューメキシコの水島が、先頭に追いつこうとしてスピードを上げた途端に滑って転び、豪快に雪煙を上げた。

「はぁ〜。まだ転ぶところじゃないんですけどねえ」

田辺さんのため息は思い切り深い。

福岡さんが編集長となって創刊する雑誌は『Bob Ski』という名で、年間6冊程度を発行するシーズン誌として秋からスタートする。レッスンものや実用記事は経験者が取材をして書く必要があるが、娯楽性のある企画やコラムの類いはスキーの腕とは関係なく若手のライターたちに任せ、一般性のある雑誌にしたい。

だが、まったく滑れないでは取材ができないため、コーチ役を田辺さんが買って出て実現したのが1泊2日の志賀高原スキー合宿だったが、我々は田辺さんの想像以上にへっぽこだった。伏木君は「寒い寒い」を連発するばかりだし、傾斜が怖いらしい増田君はガチガチに顔をこわばらせている。坂やんは最初からやる気がなさそうで、ぼくは靴が合わずにひたすら激痛に耐えるのみ。一刻も早く靴を脱ぎたいということしか考えてない。初日の講習が終わる頃には、水島以外全員に嫌気がさしていた。

困ったのは田辺さんだ。根気よく指導しても、へっぽこ軍団はいっこうに上達せず、寒いだの脚が痛いだの文句ばかり垂れる。かと思えば宿に入ると別人のように元気になり、ガツガツと飯をくらい、何度も風呂に入り、いつまでも寝ようとしない。進歩を見せていた水島も一升瓶を抱え込んで離さない始末である。

2日目も状況は変わらない。スキー雑誌経験者である田辺さんは、うまいスキーヤーになる必要はないけれど、少なくとも転ばずに下まで降りていけないと話にならないこと、ボーゲンでもいいから急斜面でもケガせず滑れることが必須であると教えてくれるのだが、水島以外は緩斜面から離れようとせず、1本滑ると10分休むような、どうしようもないダメ受講生のままだった。

このままではマズイという気持ちはあるのだ。でも、どうにも技術がついていかない。緩斜面をボーゲンでターンすることはできても中斜面になるとうまくエッジを効かせられず、スピードが出過ぎて転んでしまう。締め付けられた足の甲がギンギンに痛くて涙が出そうだ。増田君も大苦戦し、雪上で途方に暮れている。伏木君と坂やんにいたっては脚やヒザの不調を訴えて早々にスキーをやめてしまった。水島は水島で基礎もできてないのにいきなり急な斜面に挑戦して転びまくるゲレンデの迷惑野郎になっている。呆れた田辺さんはだんだん不機嫌になっていき、午後にはひとりで滑りにいってしまった。

「今回はまあ、みんなも慣れてないってことで残念な結果になりました。ぼくもプロのコーチじゃないので教え方が悪かったのかもしれないけど、もう少し真剣に取り組んでもらわないとね。このまま取材に突入したら、ケガしたり、取材先の人から白い眼で見られること確実です」

行程を終えた田辺さんの口調は厳しかった。なんで福岡さんはこんな連中をライターに起用しようとしているのか、理解に苦しむ風である。

「初年度はスキーに慣れるつもりで周辺取材とかをしてもらいながら、ワンシーズンかけて滑れるようになってもらうしかないね。本当に『Bob Ski』のスタッフになりたければだけど。じゃあ、東京に帰ろうか」

行きと同じように2台の車に分乗し、田辺さんとぼくが運転することになった。ペーパードライバーのぼくが運転を任されたのは、ぼく以外に免許所持者がいないからだ。それはいいのだが、往路と違うのは、今日が雪だということである。ぼくは雪道を運転した経験がなかった。

「伊藤ちゃん、飛ばさないほうがいいよ。田辺さんのとはクルマが違うんだから」

助手席に座った増田君が言う。ぼくが乗っているのはオンボロのカリーナバンなのだ。田辺さんが乗っている最新型の4WD車とはパワーが段違いである。

「うん、マイペースで行くよ。なんだか滑るんだよな、さっきから」

「ハンドル取られてるよね、気をつけないと。あ、あ、あぁっ」

 話すそばから、カーブで滑った車体がガードレールに激突だ。

「い、伊藤さん、左は川ですよ。ヘタしたら死にますよ」

後部座席の伏木君が叫び、坂やんも「セカンドで走って!」と声を出す。

「わかってるって。しかしさっきはうまいことバウンドして轍に戻れたよな。あ、あ」

 またガードレールに激突して轍に戻る。ついているのかいないのか、よくわからなくなってきた。

「あのね伊藤ちゃん、こういうときはチェーンをつけたりするんじゃないの?」

「そうか、でもチェーンなんてあるのかなあ」

 信号停止したタイミングで田辺カーまで聞きにいった増田君が、手でバッテンを作りながら帰ってきた。

「ないってさ。それで、田辺さんが言うにはこの車、ノーマル車だからスリップに注意しろって」

「ガードレールの件、伝えた?」

「うん、どうせ傷だからだから気にするなって」

 そうか、それなら良かった。

「そういうことじゃなくて、チェーン買おうよ」

坂やんが首をすくめ、ガソリンスタンドに寄ってみたが売り切れだった。

「もう雪は上がったし、たいした降りじゃないから大丈夫ですよ。このまま行きます。伊藤君、菅平越えるからぼくの後を慎重についてきて。苦しかったらローでもいいので絶対に止まらないように。止まったらもう上れない可能性が高いから」

手のひらにべっとり汗をかき、ツルツル滑りながら坂道を上がる。しかし、峠までかなりの距離を残し、にっちもさっちも行かなくなった。さっきからずっとローで、時速は10キロ以下なのだ。

「このままでは我々は事故で死にます。増田さんの見解は?」

「死ぬね。伊藤ちゃん、もう集中力の限界だし」

「危険すぎます。ここで停めて、伊藤さん、増田さん、坂出さんは引き返してください。どこか飛び込みでも宿くらいあるでしょうから、今夜は泊まって明日の昼間に高速を使って帰るべきです」

「なんで伏木君は入ってないの?」

「私は金がありませんから田辺号に乗せていただいてですね」

「俺たちも金なんてないぜ。じゃ、伏木君が田辺さんに借りてくるってのはどう?」

「う〜む、それは許可が出ますかねえ。あ、あ、ああ」

停まってしまいそうだ。3人に押してもらい、立て直そうとするが、この調子じゃ本当に命が危ない。ぼくはサイドブレーキをかけ、外に出て煙草をくわえた……。

結局、峠越えはあきらめ、迂回して高速道路に入ることになった。東京に到着したのは深夜。虚脱感で気が抜けたぼくだったが、ひとついいことがあった。この日のドライブで見切りをつける気になったのか、田辺さんがクルマのキーをくれたのだ。ひょんなことからマイカーを手にすることになったぼくは、それから2年、傷だらけのカリーナバンで各スキー場へ行きまくることになる。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった