2010-06-28

作家志望の後輩が居候にやってきた [北尾トロ 第27回]

母に粘り勝ちして結婚を認めさせた妹は、これで用済みとばかり実家に引き上げ、海外取材から戻ったぼくはガランとした2DKを持て余すようになってしまった。もともと妹と暮らすために借りた部屋だったから、こうなってみると独り身には広すぎるのだ。妹がいると思うから約10万円の家賃も惜しくなかったわけで、自分一人となると分不相応もはなはだしいと感じてしまう。

実際、金の余裕はまったくなく、毎月カツカツでまわっている状況だ。海外でクレジットカードがないと現金を持ち歩くことになって面倒なので、銀行に行ったついでに作ろうと思ったら、あっさり断られてしまった。ガッカリだ。依頼がなければ即座に無職。フリーライターなんていっても、社会的にはその日暮らしの根無し草にすぎないということである。でも、それはしょうがない。フリーライターなんて何の役にも立たない、あってもなくても誰も困らない職業だと思うし、その中でも自分はビギナー。取材でいろいろな人に会ったり出かけたりできるのだし、ぼくはこの仕事、性に合っていると思う。食べていけるだけでも御の字だと考えよう。

冬の間、学研へは週に3日くらいのペースで出かけた。午後3時頃に顔を出し、電話取材やデザイナーとの打ち合わせをこなし、夕方以降、机を借りて原稿を書くのだ。編集部は活気があって仕事への意欲は高まるのだが、同世代のライターや編集者がいるので、つい雑談に時間を取られ、ペースは上がらない。もっとも、皆そんなことは織り込み済みで、夜の8時くらいまではだらだらムード。気合いを入れるのは、他編集部の人が姿を消してからである。

ぼくはレギュラーを10Pほどと企画ページを1、2本担当したので、毎号20ページほど受け持ちがある。2Bの鉛筆で書いては消し、書いては消しているうちに、手は真っ黒、机は消しゴムかすでいっぱいになってくる。そうこうしているうちに集中力が増し、絶好調になるのが午後9時過ぎ。ここからの3時間が勝負どころで、実質的にはここでその日の仕事の大半をやっつけた。調子が悪い日や本当にテンパっているときは朝までコースになるのだが、フリーの連中がたくさん残っていたら編集者は帰りたくても帰れなくなる。そこで、今日は帰りたいという編集者は意思表示を兼ねて、日付が変わったあたりで片付けを始め、それを合図に切り上げるパターンが多い。このあたりはあ・うんの呼吸ってやつだ。

でも、寄り道してしまう。学研は不便な場所にあるのでバイクやクルマで通う人間が多く、めったに飲み会にはならないのだが、夜食を食べにファミレスに行ってしまうのだ。空腹を満たすだけならラーメン屋だっていいのだが、あえてファミレスへ向かうのは喋りたいからである。編集部でも喋っているのにまだ足りないのか。そう、足りないのである。編集部にいてはできない噂話、遊びの計画、過去の恋愛話など、ぼくたちは飽きることなく会話を交わし、ちょっとしたことで大笑いしていた……女子高生の集団かよ。まっすぐ家に帰っても待つ人もおらず、朝から急ぎの用件もない連中が最小限の金で2時間過ごす、その場しのぎの娯楽。これをヒマ人と呼ばずしてなんと呼ぼう。眠い目をこすりながら部屋にたどりつくと、つくづく「意味ないなあ」と思うのだが、学研へ行くとそんなことも忘れてまた繰り返してしまう。真っすぐ帰るのとファミレスで馬鹿話するのとではどちらがいいか。ぼくの基準はおもしろいかどうかだけだった。

大学時代の2年後輩である町田が、妹の住んでいた部屋に居候してきたのは春先のことだった。町田は名古屋で堅い仕事に就いていたのだが、「仕事がつまらなくてさ」という理由で辞め、つぎの働き口を探しているところだった。将来はできれば作家になりたいが、すぐには無理だろうから適当な会社に入って給料をもらいながら作品を書くつもりだという。そんな折りにぼくと数年ぶりで会い、フリーライターという仕事があることを知った町田は、どうせ作家を目指すなら出版界に入り込んでおくほうが得策と考え、ライター見習いとして居候してきたというわけだ。

「取材して、そのことを書くだけでしょ。伊藤さん、スキーやって遊んで暮らしているみたいだしな。ラクそうでいいや」

明らかに町田は何かを勘違いしている。雑誌に原稿を書くのと小説家には「書く」以外の共通項はなく、別の職種。ライターはうまくいけばラクかもしれないが、生活は超不安定。でもまあ、やってみたいなら止めはしない。というかむしろ歓迎だ。なぜなら、そのほうがおもしろいから。それに、ぼく同様ちゃらんぽらんな学生生活を過ごしてきた町田がネクタイ締めて働くなんて、“らしくない”だろう。なんといっても町田は退職金を100万円も持っているのだ。その金でどーんと遊ぼうじゃないか。まずはそうだな、焼き肉食い放題でも行くか。

「行くかって、オレの退職金じゃないですか。先輩なら奢ってくれるとか、そういうのはないんですか」

「ないね。世の中、金を持ってるやつが払うのが自然な流れだろう」

「そうかなあ」

「そうとも。居候代は月に光熱費として1万円でいいから、とっとと肉食わせろ!」

町田と相談して、持ち金の半分はいずれ部屋を借りる際の費用としてプール、足代わりのスクーターを買い、残りを当面の生活費に充ててライター見習いを開始することにした。ぼくよりはマシといっても、なるべく早めに収入を得られるようにならないと町田は干上がる。成り行きとはいえ、そそのかした立場のぼくとしては放っておくわけにはいかない。

もっとも、責任なんてこれっぽっちも感じない。再就職したって、町田は小説家になる夢を胸に抱いたままくすぶり、また辞めてしまうのがオチだ。いま、町田は楽しそうにしているし、ぼくも同居人ができて退屈知らず。それで十分。先のことをあれこれ真剣に考えたいのなら、町田だってぼくのところになどきやしないはずである。小説家志望なら文章もそれなりに書けるだろう。数年とはいえ組織で働いた町田には、ぼくなどより社会常識も備わっているに違いない。

「ま、なんとかなるんじゃないか。なんともならなかったら就職先を探せばいいじゃん」

「オレもそう思う。不器用な伊藤さんにできるなら……」

根拠はどこにもないが、笑顔で乾杯するボンクラな先輩と後輩なのである。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった