2009-08-03

お部屋1932/岩崎定夢と瀬戸弘幸のシノギ

「1857/瀬戸弘幸と岩崎定夢」
「1858/岩崎定夢のカンパ要請 」
「1859/岩崎定夢と瀬戸弘幸の伝言ゲーム 」
「1861/岩崎定夢とフリーライター社」
「1863/瀬戸弘幸が触れられたくないこと」 
「1930/岩崎定夢と稲川会」
 
 
前回に続いて、「週刊映画タイムス」廃刊後の岩崎定夢。

http://s02.megalodon.jp/2009-0802-1545-24/blog.livedoor.jp/mumeikai/archives/2008-04.html
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 80数人いた編集部員の大半は2分して、中央公論社と森脇文庫へ移籍。その後に創刊された『週刊公論』や『週刊スリラ〜』などで活躍した。

週刊映画タイムス社には残務整理などで4〜5人が残ったが、私は、連載漫画を寄稿されていた小島功さんの紹介で高田馬場に所在した「芸術学院出版局」へ出向。月刊『若人芸術』編集長の井上敏雄さんが芳文社の『週刊漫画タイムス』編集部へ移るための後釜として『若人芸術』誌を、35年春から39年秋までお引き受けした。

(略)

 辻井喬+堤清二回顧録では数回前に同人誌『近代説話』の話が克明に記述されている。私の師・清水正二郎(胡桃沢耕史)は昭和30年代にJR水道橋駅近くの神田三崎町に事務所を構えていて、そこが『近代説話』の事務所を兼ねていた。直木賞作家7人を生み出した同人雑誌の事務所内に、私も机をいただいて、月刊『若人芸術』の編集を請け負いがてら、フリーライター業をしていた。

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週刊誌の編集部員が80数人は多すぎましょう。契約記者や営業までを入れても多すぎます。単行本や映画のパンフも編集していたようですが、それにしても多すぎかと。

「週刊公論」の創刊号は私も所有していて、昭和34年11月に創刊されています(「週刊コウロン」だった時期もある)。「週刊スリラー」も何冊か所有していて、こちらは昭和34年5月創刊(なぜ「スリラ〜」としているのかは不明)。つまり、どちらも「週刊映画タイムス」と同時期に創刊されていて、「その後に創刊された(「週刊映画タイムス」廃刊後に創刊された)」というのは間違いです。間違いばっかり。唐沢俊一かと。さすが、瀬戸弘幸が師と仰ぐだけのことはあります。

リアルタイムに見聞した話をこうも間違えているのは歳のせいなのか。あるいは、ここでは川内康範や胡桃沢耕史との交流を強調したかっただけで、事実関係などどうでもよかったのか。

このように、間違いが目立つのではありますが、昭和30年代までの活動については、それなりには語っています。ところが、これ以降、「月刊フリーWRITER」創刊までの約15年間のことがよくわからない。

鈴木邦男は「産経新聞に勤めていたという」と書いていましたし、「週刊サンケイ記者」とも紹介されていましたが、おそらくこれはライターとして「週刊サンケイ」に書いていたこともあるという程度の話だろうと思われます(「週刊サンケイ」は「SPA!」の前身ですが、扶桑社ではなく、サンケイ新聞出版局の発行だった)。

そういえば、瀬戸弘幸は「内外タイムス」出身だと言っているらしいですなあ。こちらは、記事を書いたことがあるのかどうかさえ怪しいですが。

「月刊フリーWRITER」の記事や広告を見れば何かわかるのではないかと思いながら、まだ現物が見つからないので、これについては出てきたらまた書くとして、岩崎定夢は、政治結社・大行社の発行する『大吼』の編集長をやり(この時期も不明)、「フリーWRITER」を創刊し、怪しい競馬の通販本を高額で出版し、怪しい健康食品を販売し、怪しい募金活動をしたことくらいしかわからない。胡桃沢耕史や川内康範など著名な人たちの名前を出すことは大変お好きなようですが、自分自身の仕事について書くのは苦手なようです。

フリーライターとしての活動もよくわかりません。署名原稿を書くような仕事はほとんどしていなかったのではなかろうか。

ところが、本人が語っていない「ジャーナリスト」の仕事があります。瀬戸弘幸とともにやっていた「環境経済新聞」「環境と施設」です。

これについては、瀬戸弘幸が少しは語っています。

「日本よ何処へ」の2月28日付けエントリー「環境問題を考える」にこう書いています。

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 昨日、私の普段の仕事や収入などについて尋ねる者がいました。どうせ後でケチをつけたり、揚げ足を取るためであることは分かっていましたが正直に書きました。

 自分は新聞・雑誌などの取材・企画で収入を得ており、若干の購読料もあると書いたら、「何を発行しているのか?」と聞くので平成5年から『環境経済新聞』をやっていると返答しました。

 そうしたら、何のことはない「産業廃棄物か同和やヤクザ絡みか」などという投稿が相次いだ。全く短絡思考の人間しかいないようだが、環境問題は広範囲にわたっており、様々な分野に関係しています。

 2ちゃんねるには新聞のことしか書きませんでしたが、実際は『環境と施設』という雑誌もやっています。昨年それらの中で取り上げた環境問題を今日は皆様にお知らせして行こうと思います。

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「産業廃棄物か同和やヤクザ絡みか」という問いに対して、「環境問題は広範囲にわたっており、様々な分野に関係しています」としか弁明できない。もしそれらと関係がないのであれば「一切関係がない」と言えばいいはずで、この文章からすると、「他の分野も取りあげてはいるが、産業廃棄物や同和やヤクザが絡んでいる」と言っているとしか読めない。つまり、答えは「YES」ってことでしょう。現に産廃関係の記事や広告が掲載されているのですから、「NO」とは言えなかったわけです。

また、この時点では、いずれも発行されていません。「環境と施設」はたったの3号しか発行されていないと思われます。この前年の9月に3号目が出ているのですが、最後の号が出てから半年あとになっても収入があるほど効率のいい雑誌だったんですねえ。一般のライター、ジャーナリストでは想像もつかないおいしい商売をやっていたんですなあ。

この連中が、どんなタイプの「ジャーナリスト」か、だいたい見えてきたようです。

続く。

このエントリへの反応

  1. [...] 「1863/瀬戸弘幸が触れられたくないこと」  「1930/岩崎定夢と稲川会」 「1932/岩崎定夢と瀬戸弘幸のシノギ」 「1935/「ジャーナリスト」にもいろいろある」      [...]

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