2009-06-02

お部屋1863/瀬戸弘幸が触れられたくないこと

まだお読みでない方は先に以下をお読みください。

「1857/瀬戸弘幸と岩崎定夢」
「1858/岩崎定夢のカンパ要請 」
「1859/岩崎定夢と瀬戸弘幸の伝言ゲーム 」
「1861/岩崎定夢とフリーライター社」
 
 
「維新政党・新風 副代表 瀬戸弘幸氏の資金は何処から? 倉庫」(以下、「瀬戸弘幸の資金倉庫」)に「瀬戸氏と岩崎定夢氏」のページができました。

岩崎定夢について、また、岩崎定夢と瀬戸弘幸の関係についての情報はこれでわかりやすくなりましょう。「瀬戸弘幸の資金倉庫」をどなたがやっているのか知らないですが、何か情報のある方はあちらか私の方にお寄せください。

「この人たちは、どうしてこうも瀬戸弘幸の陳述書に出て来た情報源にこだわっているのだろう」と訝しく思っている方も多いでしょうし、すでに関心さえなくしている方もいらっしゃいましょう。実際、この問題を取り上げ始めてから、思い切りこのブログのアクセスが減ってます。

しかし、瀬戸弘幸は、この展開に強い関心を抱いているはずです。かつて瀬戸弘幸が、私のところに、二度にわたって電話をしてきたことがあります(「1699/瀬戸と名乗る方へ」「1700/瀬戸と名乗る方へ 2」参照)。

私の名前を出したことがほとんどなく、リンクさえしたくないらしき瀬戸弘幸が、いったい何のために電話をしてきたかと言えば、まさにこの一件なのです。探りを入れようとしたのか、恫喝しようとしたのかは知らないですけどね。

そりゃあ、この問題に突っ込まれるのはイヤでしょう。

本日、「瀬戸弘幸の資金倉庫」には、稲川会直系の右翼団体・大行社が発行している雑誌「大吼」のページもできていて、「瀬戸弘幸の資金倉庫」をやっている方は、瀬戸弘幸の資金において、岩崎定夢がどういう役割を果たしてきたのか、すでにお気づきのようです。

私が書いていることと「瀬戸弘幸の資金倉庫」を合わせてお読みいただければ、瀬戸弘幸が何をそうも嫌がっているのか、また、瀬戸弘幸と岩崎定夢が自称する「ジャーナリスト」とはどういう種類のジャーナリストなのかがそのうちわかってきます。

では、前回の続きです。月刊「フリーWRITER」については岩崎定夢自身がこう書いています

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 本誌『フリーwriter』が総合月刊誌として創刊したのは1980年(昭和55年5月20日)だった。この30年前当時、週刊女性自身など数誌しか発行していなかった「AB判変型」を男性誌で初めて採用。また、毎月、気鋭のフリーライターに編集長を体験してもらい、自由な発言をお願いする異色の編集方法も採用。(ちなみに、フリーライター、ルポライターを特許庁に商標登録してある)その月代わり編集長の1人が瀬戸弘幸さんだった。
 ところで、瀬戸さんの関係から、私自身も兵庫県警に2度も調書に自署押印したことがある「朝日新聞阪神支局襲撃事件・赤報隊」の実行犯が、時効になった今ごろに名乗り出て、びっくりしている。

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判型が珍しいことくらいしか売りのなかった雑誌です。しかも、エロ系グラフ誌では、この判型の雑誌がすでにいくつもありましたから、「男性誌で初めて採用」というのは間違い。

この雑誌がうまくいかなくなってすぐに岩崎定夢は、岩崎企画を始めたのだと思われ、単行本の版元として最初の出版物は、1983年1月の岩崎定夢著『角さんの功績』のようです。

この一文には「本誌」とあります。「無名会」のこの文章自体が、「フリーライター」だというのでしょうか。このブログには「フリーライター特報版」という文字も見られます。

今も新聞のようなものが出ていて、その文章をネットに転載しているのかとも思ったのですが、ネットではそれらしきものはひっかかりません。

現在も商標登録されているのかどうか検索してみたところ、「フリーライター」「FREE WRITER」とも、キングジムが事務用機械器具等の区分で登録しているだけです。また、「ルポライター」の登録はひとつもありません。

もし「フリーWRITER」「フリーライター」が今も出ているのであれば、登録を破棄するわけがないので、このような媒体はすでに存在しないようです。あるいは、最初から登録していなかったのか。

「すぐに潰れた雑誌」がその後も存在しているように見せかけ、そのネット版が「無名会」であると錯覚させることを狙っているのではないかとも疑えます。瀬戸弘幸がよくやるハッタリもまた師匠譲りか。

「実行犯が、時効になった今ごろに名乗り出て」とあるのは、例の「週刊新潮」の誤報のことです。このあと「週刊新潮」の記事を鵜呑みにして朝日新聞社を批判した、滑稽極まりない「ジャーナリスト」瀬戸弘幸の文章が続いてます。「日本よ何処へ」[「赤報隊」が実名で告白手記][連載・『赤報隊』と『日本独立義勇軍』(2) ]を手直ししたものです。

それを疑問なく転載しているのですから、岩崎定夢は、弟子の瀬戸弘幸同様、情報を検証する能力が欠落した「ジャーナリスト」だと推測できます。

この程度の能力しかないのに、どうやってこの二人は、「ジャーナリスト」と名乗ってメシを食うことができたのでしょうね。

続きます。

このエントリへの反応

  1. http://brog.keiten.net/?day=20061003
    に岩崎定夢氏と瀬戸弘幸氏の名前が出てくる。敬天新聞は、山口組の最高幹部を顧問にした右翼系の新聞。彼らのしのぎの一端が垣間見える。

  2. 国粋さま

    この記事は見てました。「敬天新聞」とのつながりとともに、日大のゴタゴタに彼らが深く関与していることがわかります。これについてはそのうち触れようと思ってます。

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