2012-09-24

第17回■箱根旅情

コンパニオンを派遣する会社に勤める20代後半の女性とのめくるめく夜。それは、あまりに短かった。夜が明け、陽が上る頃には“ブティックホテル”を出なければならない。ほとんど寝ることなく官能を貪っていたが、感嘆と喜悦の夜はあっけなく過ぎ、朝を迎えてしまう。彼女のようにニンフォマニアを自認する女性なら、本来であれば、やることを済ませたらそこで終わりだろう。ところが、さらにめくるめく展開があったのだ。

まさかのモーニングサービス

ホテルを出ると、既に陽は上り、日差しが眩しい。健やかな秋晴れである。246号に近いにも関わらず、空気は澄んでいるように感じた。彼女の家は、そのホテルから歩いて15分ほどのところだという。会話をしていると、耳を疑う言葉が続いた。
「家に来る?」
“家庭訪問”を断る理由はない。意外な“お誘い”に驚きつつも、「うん、行く!」と即答する。

246号を三軒茶屋方向に向かい15分ほどで、彼女の家に着く。世田谷区らしく、板橋区などのマンションとは違い(失礼! 板橋の皆様、すいません!!)、お洒落な外観をしている。彼女の部屋は2階だった。1LDKほどで、特に豪華でも貧相でもない。ある種、バブルとは一線を画した20代後半女性の住処という感じである。コンパニオンの派遣という派手な職業柄、分不相応な部屋を想像していたが、いい意味で裏切られ、思いの他、慎ましやかな暮らしぶりに好印象を抱いた。
彼女はキッチンでコーヒーを淹れ、トーストを焼いてくれる。まさかのモーニング・サービス! テーブルに向かい合い、朝食をともにする。まるで、気分は“同棲時代”(上村一夫の同題の人気漫画があったが、舞台は70年代。そんな貧乏くさい雰囲気はなかった。むしろ、柴門ふみの1990年の「新・同棲時代」が相応しいだろう)。

昨夜会ったばかりなのに、翌朝には、彼女の家で朝食をともにしている。想像や妄想を超える現実に驚く。半信半疑で、女狐に化かされているという感じさえする。しかし、これは夢や幻ではない。

彼女とは、ハレとケ、非日常と日常を共有していた。わずか3日間(アポを取ったのが一昨日、会ったのが昨日、そして、朝食をともにしている今日)で、二人の関係は急速に接近していく。まさにテレクラが成せる業だ。そこに恋愛の駆け引きはなく、ただ、剥き出しの欲望や官能があっただけだ。転がる時は転がるものだ。

朝食を取ったからといって、ゆっくり彼女の家で寛ぐわけにはいかない。お互い仕事がある。彼女が着替えている間に、私は食器などの後片付けをして、最寄りの駅まで急ぐ。「じゃあ、またね」といって別れるが、今度はちゃんと再会するため、お互いに電話番号を交換し、本名も名乗った。名刺交換もしたかもしれない。
燃え上がる二人(というか、私が勝手に盛り上がっていた!?)は、すぐ明日にでも会いたくなるもの。しかし、お互いが仕事を抱え、なかなか、時間が取れない。結局、週末に、仕事を終えてから会うことを約束。その日のうちに決めた。

寝不足でぼけていたのか、どういう経緯からかわからないが、何故か、温泉旅行へ行くことになる。いきなり一夜&朝食をともにしたと思ったら、今度は“旅行”である。まるで、中学生や高校生が夢想するような急展開である。旅行ということは泊りありだから、当然の如く、セックスもありだ、と、勝手に想像を逞しくする。
その温泉旅行、行き先は箱根となった。かの“星空のドライブの看護師”と、箱根を目指して峠道を上るものの、途中で引き返したところだ。“リベンジ”ではないが、箱根よ、もう一度というところだろうか。

週末までは、3日ほどあった。それまで、仕事は上の空というほど子供ではないが、不思議なもので、会えない時間があればあるほど、思いは募る。まるで、付き合い始めた恋人同士みたいだ。勿論、そんな関係ではないことは心得てはいるが、気持ちははやる。ちょっと楽しい、わくわくとした感じ……。前日はまるで遠足の前の日のような気分だった。

おとなの遠足

彼女の仕事柄、土日も仕事になることは珍しくない。その土曜日は仕事が夕方まであるものの、日曜日は休日にできるという。土曜日、仕事を終えた後、私達は待ち合わせをした。千代田線の代々木上原駅のホームに7時(こんどは、車を持っているという嘘はついていない!)。彼女の仕事が赤坂終わりのため、そのまま千代田線の赤坂から代々木上原に来てもらう。そこから小田急線で、小田原まで行くことにした。そのまま箱根に行きたいところだが、箱根だとどうしても到着は9時を過ぎてしまう。食事出しの関係で、それでは遅すぎる。そのため、土曜日は小田原のビジネスホテルなどに宿泊し、翌日、箱根の日帰り温泉に行くことにしたのだ。

代々木上原駅、ホームの進行方向の一番前で待ち合わせした。待ち合わせ時間を少し過ぎ、彼女を乗せた電車が滑り込んでくる。彼女を見つけると、慌てて、乗り込む。下北沢で急行に乗り換え、小田原を目指す。

電車は1時間ほどで、小田原に到着する。ホテルは特に予約していなかったが、駅周辺のホテルに宿泊することができた。チェックインを済ませ、小田原の繁華街にある居酒屋で、鯵のたたきや金目の煮物などを肴にビールをあおる。
ほどよく飲み、良い酔い心地になったところで、ホテルへ戻る。ビジネスホテルのダブルだから、そんなに広くも豪華でもないが、清潔感と簡素さがあれば、二人には充分だった。

めくるめく夜は過ぎていく。不思議なもので、旅先という非日常感が官能を高めるのかしらないが、前回以上に激しく貪ったような気がする。ただ、欲望に任せるままかいうと、そうではなく、気持ちのやり取りもあったように思う。思いが官能を高めるというのだろうか。刹那が永遠に繋がるような錯覚(!?)さえ覚える。

翌朝は、旅館ではないので、チェックアウトぎりぎりまで寝かせてもらう。11時近くまでまったりとしていた。朝食と昼食を兼ねた軽い食事を済ませ、箱根登山鉄道で小田原から箱根湯本へ。まずは箱根湯本の周辺を散策し、土産物屋などを冷やかし、ケーブルカーとロープウェイを利用して、姥子温泉へ向かう。

姥子温泉は大涌谷と芦ノ湖の中間に位置し、金太郎の名で知られる坂田金時の伝説が残る温泉。山姥に連れられた金太郎がこの湯で眼病を治したといわれ、古くから眼病に効く温泉として知られる。特に眼病を患っていたわけではない。箱根の強羅や千石原などの有名どころではなく、箱根でも秘湯といわれるところへ行きたかったのかもしれない。ロープウェイの空中散策では、箱根特有の霧が出てきて、霞の中を進んでいるようで、幻想的でもある。かつて、英国ロック界を代表するピンクフロイド(ちなみに先のロンドンオリンピックの閉会式にもメンバーが出演し、代表作『炎(あなたがここにいてほしい)』をモチーフにした演出もされた)が『箱根アフロディーテ』という野外コンサート(1971年8月6日、7日に神奈川県箱根芦ノ湖畔・成蹊学園乗風台特設ステージ)を行い、そのステージが霧に包まれ、幻想的なサウンドともに幽玄の世界になったという伝説があるが、まさに霧の中を進むロープウェイは、そんな感じでもある。心の中では「原子心母」(ちなみにアフロディーテでは「エコーズ」も演奏された。かの辻仁成のバンド、エコーズも同題から取られている)が鳴り響く。ちなみに、you tubeで、「ピンクフロイド 箱根」と、検索すると当時の映像が出てくる。凄い時代だ!

ロープウェイを下りて、歩いて数分もすると、姥子温泉である。特に日帰り温泉施設などはなかったが、普通の旅館で、日帰り入浴が可能だった。少し寂れた感じで、逆にそれが深山の湯治場という雰囲気を醸し出す。

残念ながら混浴でも露天風呂でもなかったが、二人は温泉に入らせてもらった。泉質は、単純温泉、硫酸塩泉だが、心地いい刺激があるお湯は、昨夜の激務(!?)に染み入るようで、身体が解れていくのがわかる。1時間ほど、温泉を出たり、入ったりする。窓の景色は煙っていたが、それはそれで風情があり、旅の宿気分を満喫することができた。

温泉から出てきた彼女は浮かない顔をしている。泉質が合わなかったらしく、吹き出物が出てしまったという。困ったような、泣きそうな顔をしていたが、その顔は抱きしめたくなるくらいチャーミングだった。困惑する顔を見て、可愛らしいというのも変な話だが、千変万化する表情のどれもが魅力的である。惚れた(!?)ものの弱みか――(笑)。

ひとまず、彼女が落ち着くまで時間をやり過ごしたが、のんびりし過ぎたせいか、ロープウェイがなくなってしまった。まだ夕方くらいだが、思いのほか早く、運転を終わってしまったのだ。同時に、バスを乗り継いでも東京に戻る電車に間に合わなくなってしまった。いつもの“終電やり過ごし作戦”のつもりではではなかったが、気づいたら、なくなっていたのだ。仕方なく(ではないが)、もう一泊して、早朝に宿を出て、東京に戻ることにする。

とりあえず、翌日の出発時間を考え、箱根湯本まで戻り、観光案内所で、旅館を探す。幸い、戦国時代を代表する武将のひとり北條早雲に縁ある早雲寺(北條早雲の遺命により 小田原北條家二代の北條氏綱が大永元年、1521年、箱根湯本に創建した小田原北條家 歴代の菩提所であり、臨済宗大徳寺派の古刹。山号は金湯山。本尊は釈迦如来である)に、ほど近い旅館が予約できた。駅まで旅館の車が迎えにきてくれる。

旅館は国道1号から三枚橋を渡り、旧東海道を上って、早雲寺を通り過ぎ、少ししたところにあった。当時の温泉旅館にありがちな華美な作りではなく、質素でいて、品格がある。飛び込みにしては上々の宿だろう。うまく転がる時は、転がるものだ。

夕食もぎりぎりだが、間に合い、部屋出しにしてもらう。食事の前に軽く温泉に入る。ここも残念ながら混浴ではなく、男と女に分かれて、大浴場へ行くことになる。泉質はアルカリ性単純温泉なので、姥子温泉とは違い、刺激が少なく、しっとりと身体に馴染む。
彼女は湯上りに浴衣姿だ! 浴衣に包まれた肢体が艶っぽい。濡れ髪を結わき、後れ毛がしたたる様は、和の色香がある。彼女の新たな魅力発見である。今度は泉質も肌や皮膚にあったらしく、湯あみが本当に気持ちいいという顔をしている。

部屋の食卓には相模湾の海の幸が並ぶ。鯵やまぐろ、鯛、かんぱちなど、綺麗な皿に盛りつけられる。新鮮な刺身を伊豆の天然のわさびを自ら擦り、しょうゆにつけて、食す。日本酒といきたいところだが、明日も早いので、ビールにする。
焼き魚や煮物なども付いている。酢の物や香の物、汁物、水菓子まである。大した料金ではなかったが、二人には充分過ぎる量である。温泉旅館、浴衣姿、部屋出しの食事など、ある意味、あまりに非日常を過ぎる。1週間ほど前は、まったく想像できず、ましてや、知りあってもいなかった。一本の電話が私達をここまで、導いた。出会いとは不思議なものだ。

温泉に来たからには

元々、食事の始まりが遅かったので、食べ終えた頃には結構な時間になっていた。夜も遅く、日曜日ということで、客も少なかった。ここで、良からぬ考えが浮かぶ。折角の温泉旅館である。やはり、混浴だ!

部屋を出て、男風呂に行ってみると、幸い先客はいない。彼女を手招きして、脱衣所へ呼ぶ。私が風呂に入り、後から入るようにいう。ちょっと冒険だが、男風呂を二人で独占することにする。混浴風呂で、抱き合ったり、水を掛け合ったり、男子たるもの誰もが憧れる“いちゃいちゃ”を実行。室内風呂のため、湯気が浴場内を覆い、ぼやけている。姥子温泉を目指すロープウェイが霧に包まれ、幽玄な世界を彷徨ったが、箱根湯本温泉の大浴場も湯気に霞み、幻想的な世界になる。ある意味、この二人の世界はファンタジック。夢か、幻か。しかし、彼女は、私の手に収まる。それが現実である。

と、ここで、ハプニングが発生。脱衣所から音が聞こえたらと思ったら、一人の男性が風呂場に入ってくる。あまりの突然のことで驚くが、湯気で風呂場は霧のように覆われ、視界もきかない。湯気を纏い、二人は声を押し殺し、息を潜め、抱き合いながら、その男性が出るのを待つ。15分ほどだろうか。風呂から出る音が聞こえ、脱衣所に消える。大人の隠れん坊だ(笑)。

その男性が脱衣所を出たのを確かめ、風呂を出る。流石にのぼせてくる。早く部屋に戻り、水分補給をしなければならない。
部屋に戻ると、冷蔵庫にあった冷たい水を一気に飲み干した。のぼせ、上気した身体を静める。一日中、動き回り、風呂にも長くつかり過ぎた。身体は疲れ切っているはずだ。翌朝も早いというのに、二人は朝まで求め合う。と、書くと激しい攻防(!)を連想させるかもしれないが、風情ある“むつみごと”だった、とだけいわせていただく。

2泊3日の温泉旅行。箱根への旅は、いうまでもなく、テレクラが契機である。新宿・歌舞伎町のストリートの先に箱根へのロードがあった。私のテレクラを巡る、新しい旅が始まったようだ。