タグ「北尾トロ」が付いている記事

データ原稿書きで、手のひらが真っ黒だ [北尾トロ 第20回]

1986 年が明け、それまでの四谷から、新宿に通う生活が始まった。パインは張り切っていて、いつ顔を出しても事務所にいる。留守のときは打ち合わせに出ているか人と会っているかで、夜遅くまで、椅子の上であぐらを組んで原稿を書い [...]

会社の役員になってくれと頼まれた [下関マグロ 第20回]

パインが間借りしていた事務所には、パインの他に、伊藤ちゃん、伏木くん、坂やんなどなどのライターがいた。更にそこに三角さんという元編集者が加わって、なぜか経理のようなことをやっていた。
パイン以外の人間は、ずっとそこにいる [...]

間借りを脱し、新宿に共同事務所を開くことに [北尾トロ 第19回]

いつまでも間借りのままでは落ち着かない。仕事を充実させるためにも自前の事務所を持ちたい。パインは前々からそう言っていたから、年内に引っ越しする計画を聞いても驚きはしなかった。
事務所を構えるのはあくまでパインの会社・オー [...]

金はないが、時間だけはたっぷりあった [下関マグロ 第19回]

久しぶりに伊藤ちゃんから電話がかかってきた。その頃の伊藤ちゃんは単行本を執筆しているとかで、ほとんど顔を合わせていなかった。
「まっさん、どうしてんの?」
どうしてんのと言われても、どうもしておらず、その日も暇にしていた [...]

スポーツライターへの道が開かれた!? [北尾トロ 第18回]

なぜアフリカ雑誌の企画がスキーに? 唐突すぎる福岡さんの電話には戸惑うしかなかったが、だんだんその気になってきた。ジャンルはともかく、新創刊というところに惹かれるのだ。スポーツには縁がないが、ダメでもともと。それより、雑 [...]

決意というより成り行きでライターに [下関マグロ 第18回]

最近はそうでもないのかもしれないが、昔はエロ業界について勘違いしている男が多かった。
僕がアダルトビデオの助監督やエロ本の仕事をしていると言うと、「撮影現場に連れてってくれ」というようなことをよく言われた。
そんな物見遊 [...]

本が出ても何も変わりはしなかった [北尾トロ 第17回]

机の前に座り、原稿用紙を広げて早4時間。1文字も書けないまま時計の針だけが規則正しく先へ進む。初の著作となる『サラブレッドファン倶楽部』は出だしから行き詰ったままだった。肩に力が入っているせいか、最初の1行でつまずいてし [...]

アダルトビデオの助監督という仕事 [下関マグロ 第17回]

「もしもし、増田くん、またお願いできるかな」
芳友舎の土屋監督から電話がくるとうれしかった。アダルトビデオ助監督の仕事依頼であるが、うれしい理由はギャラが取っ払いだからだ。
ライターが原稿料を受け取るのは、早い場合で仕事 [...]

いきなり単行本の著者になった [北尾トロ 第16回]

パインの仕切りで、夏の終わりに総勢10名数名で長野県の野尻湖へ遊びに出かけた。車なんてシャレたものはないから電車である。大半が普段フリーで活動しているライターやデザイナーなので、大勢でどこかへ行くというだけでむやみに盛り [...]

読者チャレンジ企画とAVの助監督 [下関マグロ 第16回]

新橋の駅ビルの地下に、ウエイトレスの制服がミニスカートの喫茶店があった。といってもいかがわしいお店ではなく、ごく普通の喫茶店だった。
僕はその喫茶店で雑誌『とらばーゆ』の原稿を書いた。『とらばーゆ』は週刊だったから、最初 [...]

オイルぬりぬりマンの夏 [北尾トロ 第15回]

季節は巡り、暑い夏が近づいてきた。去年の今頃はパインの家に居候してプール通いをしていたのだ。あれからもう1年。相変わらず生活はカツカツだが、ライター稼業で持ちこたえてきたのは上出来のような気がする。
キンキンに冷房を効か [...]

幻のアフリカ旅雑誌企画 [北尾トロ 第14回]

「アフリカの雑誌をやりたがっている人がいるんだけど会ってみない?」
1985年の3月頃、デザイナーの友人から電話がかかってきた。海外なんて学生時代にインドへ旅行したことしかないが、こっちはおもしろそうな仕事に飢えている身 [...]

高橋名人とカメラ [下関マグロ 第14回]

このシリーズには多くの個人名や会社名が出てくるが、ほとんどは月並みな仮名にしてある。しかし、編集プロダクションの社長につけられた「パイン」という名前は、なんだか突拍子もない感じがするだろう。
それには理由がある。パインと [...]

パイン事務所での暗黒時代 [北尾トロ 第13回]

パインの事務所では月刊誌の「ロンロン」に加えて、パソコン周辺機器のムック製作が始まった。当時はまだパソコンそのものが一般的になりつつあった頃で、この手のカタログ的なものにも需要があったのだ。いち早くパソコンを使いこなして [...]

エロ本の仕事で女の子の路上撮影 [下関マグロ 第13回]

若生出版の柳井が応接室で見せてくれた雑誌は『ムサシ』というごく普通のエロ雑誌だった。まだインターネットもない時代、エロ雑誌というのは、いまから考えられないほど種類があったし、部数もけっこう出ていた。
業界にはまだ余裕があ [...]

等身大パネルと愛の暮らしを [北尾トロ 第12回]

いつものようにアートサプライ内のパイン事務所でうだうだしてると、増田剛己がやってきて仕事の話があるという。
「最近知り合ったムサシっていうエロ本の編集者から、何かやってよって言われてるんだよ。一緒にやんない?」
「ほぅ、 [...]

こうしてエロ本の仕事をすることになった [下関マグロ 第12回]

今でも四谷四丁目から四谷三丁目にかけての新宿通りを歩くと、ここを3輪の原付バイクで走ったことを思い出す。時期は1984年の秋から1985年の暮れまで。麹町にあるパインの事務所に通っていたのだ。
今でもそうだが、新宿通りか [...]

合格電報屋で一稼ぎをもくろんだ [北尾トロ 第11回]

アートサプライの事務所は四谷と半蔵門の中間にあり、食事処には不自由しなかったが、決して安くはなかった。そこで、少しでも食費を安く上げたい駆け出しライターたちは、上智大学の学食によく足を運んだ。ここなら300円もあればまと [...]

怪しいニューメキシコの水島 [下関マグロ 第11回]

去年の夏のことだ。千代田区立図書館で本を借りようとしているときに後から「まっさん」と声をかける男がいた。
僕のことを「まっさん」と呼ぶ人間は限られている。本名が増田だから、〝まっさん〟と呼ばれていたが、そういう呼び方をす [...]

ほろ苦い焼き鳥の味 [北尾トロ 第10回]

1985年になっても代わりばえのしない日々が続いていた。1月、ぼくは27歳になったが、それで気持ちが変化するわけでもない。唯一の趣味であり、かつては生活費稼ぎの手段でもあった競馬は、資金難のため当分封印。週に3日ほど四谷 [...]