2009-11-23

エロ本の仕事で女の子の路上撮影 [下関マグロ 第13回]

若生出版の柳井が応接室で見せてくれた雑誌は『ムサシ』というごく普通のエロ雑誌だった。まだインターネットもない時代、エロ雑誌というのは、いまから考えられないほど種類があったし、部数もけっこう出ていた。

業界にはまだ余裕があり、当時はボクのようなズブの素人でもライターやカメラマンになれたのだ。

『ムサシ』での最初の仕事は、3ページほどのモノクロ記事であった。「新宿でナンパした素人の女の子」というような記事内容である。千葉くんが文章を書き、写真は僕が撮影することとなった。

ボクと千葉くんは、まず実際に夜の歌舞伎町でナンパをしてみた。千葉くんから借りた一眼レフのカメラをカバンに入れ、一晩中歌舞伎町で粘ってみたが、やったことのないナンパなど成功するわけもない。そこで、どこでどう知り合ったのか今ではまったく覚えていないが、顔が出ないことを条件に若い女の子に写真を撮らせてもらうことになった。いわゆるヤラセというやつだ。

撮影場所は新宿のラブホテルだった。千葉くんが3人で入ってもOKのホテルを探してきて、そこで撮影をした。

いまナンパした女の子をホテルに誘って撮らせてもらいました、というようなシチュエーションの写真だった。具体的な絵はまったく思い浮かばないが、唯一はっきり覚えているのは、こんなに出るかというくらいにボクの顔面からボタボタと汗がしたたり落ちていたことだ。

撮影したフィルムはモノクロであった。このとき、千葉くんからプロカメラマン専用のラボの存在を教えて貰った。こういうヌードを撮影したものは、町のDPEに持って行っても現像やプリントをしてもらえない。しかしプロ専用ラボならば、ヘアや性器が写っていても現像してくれるのだ。昔はそういうラボがあちらこちらにあった。

ボクは四谷にあったラボへフィルムを入れ、翌日もらいに行った。運良く写っていた。何枚か紙焼き写真を選び、喫茶店「ルノアール」で待ち合わせた千葉くんに渡した。

「また仕事やろうよ」

ボクはそう言ったが、千葉くんは浮かない顔をしていた。

「原稿料、安いからねぇ」と言ったっきり黙っている。

たしかにそうだった。ボクは若生出版から直接ギャラを振り込んで貰ったが、いくら頑張って数をこなしても、食って行くにはほど遠そうな金額だった。

それからボクもすっかり若生出版のことは忘れていたのだが、しばらくすると『ムサシ』の柳井から電話がかかってきた。

「またお願いしたいんだけど」

ボクは遠回しに、前回の仕事では苦労が多い割りには得るものは少なかったというようなことを言うと、

「うん、そのかわり好きなことをやっていいから」と柳井は言った。

そこでボクは打ち合わせに赴いて簡単にできそうな企画案をいくつか話し、実際に仕事をすることとなった。

うろ覚えだが、ページ5千円くらいだったろうか。もちろんその5千円は、写真と文章をあわせたギャラである。

千葉くんに電話したが、彼はもうやらないという。今から考えればボクがひとりで文章を書き、写真を撮ればいいわけだが、そういう自信がボクにはなかった。そこで、パインの事務所にいた伊藤くんに声をかけてみた。

そこから、前回の北尾トロの原稿にあるようなパネル子との同棲企画をやったのだ。もう時効だろうから許して貰いたいが、ぶっちゃけた話、パネル子は、旅行代理店の店頭からかっぱらってきた娘である。昔は等身大の水着娘が街中にいたものだった。

雑誌『ムサシ』だけではなく、2人で組んでの仕事は他にもやった。ボクがカメラマン、伊藤くんがライターという組み合わせだ。

ひとつは『ロンロン』という、パインの事務所が請け負っていたパソコン雑誌である。そこのカラーページの見開きで、道行く女の子にロンロンを見せて感想を聞くという企画をやった。

感想を聞くというのは、とってつけたようなもので、要するに可愛い女の子が写っていればいいのだ。しかし、モデルプロダクションに女の子の調達を頼むとギャラが発生する。それにひきかえ道行く女の子はノーギャラだ。当時、雑誌でよく使われた安直な企画である。

四谷から歩いて市ヶ谷に行った。市ヶ谷駅から飯田橋方面へ行く土手で、女子大生らしい女の子に伊藤くんが声をかけていく。声をかけて話を聞いてくれそうだったら名刺を渡し、雑誌を見せて企画の説明をする。OKが出れば、ボクは女の子のところへ行ってカメラを向け、シャッターを切るという段取りだった。しかしそうトントン拍子に事は運ばない。

「ダメだね、市ヶ谷は」

伊藤くんはそう言い、ボクたちは総武線に乗って新宿駅まで行った。新宿南口あたりで、女子大生に、伊藤くんが声をかけはじめた。

立ち止まって写真を撮らせてくれる女の子はけっこういた。市ヶ谷に比べ、こっちは調子いいぞ! と、思っていたら、警官2名がやってきた。

「向こうで苦情を言ってる人がいるんですが……」

そうボクらに声をかけてきた。ボクは適当に謝ってその場を去ろうとしたのだが、伊藤くんはキッとした表情になり強い口調でこう言った。

「なにも悪いことはしてませんよ」

そして自分の名刺を取り出すと、警官の顔の前に突き出した。

警官はその名刺をいったん受け取り、じっくり見たあとで、伊藤くんに返した。

「そんならいいけど、苦情が出ないようにやってくださいね」と言って警官たちは去っていった。

そのときボクは、伊藤くんは仕事に対する気迫がボクとはぜんぜん違うなぁ、なんかすごいなぁ、としみじみ感じたのだった。これが1985年(昭和60年)の3月くらいだったろうか。そして、例のパネル娘の企画はその年の初夏。そして、夏にはあの伝説の企画<オイルぬりぬりマン>を『ムサシ』で敢行するのであった。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

このエントリへの反応

  1. [...] 時折、ヘッドセットタイプの電話機で誰かと話すのだが、それが終わると、また話を聞いてくれた。妙に話がはずみ、広告営業だけではなく、『ムサシ』で女の子の写真を撮った話などもした。 [...]

  2. [...] ヘッドセットタイプの電話機で誰かと話すのだが、それが終わると、また話を聞いてくれた。妙に話がはずみ、広告営業だけではなく、『ムサシ』で女の子の写真を撮った話などもした。 [...]

  3. [...] いいねえ、『ロンロン』で鍛えた女の子撮影の腕が活きるってか。だけど、女の子の写真を並べるだけじゃつまらないよな、記事としては。 [...]

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