2009-11-09

こうしてエロ本の仕事をすることになった [下関マグロ 第12回]

今でも四谷四丁目から四谷三丁目にかけての新宿通りを歩くと、ここを3輪の原付バイクで走ったことを思い出す。時期は1984年の秋から1985年の暮れまで。麹町にあるパインの事務所に通っていたのだ。

今でもそうだが、新宿通りから行けば、四谷四丁目の交差点から歩道も車道も広くなり、視界が開ける。僕は劇的に変わるこの景色が好きだった。

JR四ツ谷駅を通り過ぎると、右に上智大学がある。その並びのビルに『SPA!』になる以前の『週刊サンケイ』の入っているビルがあった。ここには、オリーブオイルのPR仕事で一度お邪魔したことがある。上智大学の学食はその後何度も食べに行ったことがある。

ルノアールがあり、その先につけ麺大王があった。今は両方ともない。その先に「蛇の目寿司」がある。これは今でもある。ただし一度も行ったことがない。というか、当時はお金がなく、自分たちにそんな選択肢があるということは思いもしなかったのだ。そのお寿司屋さんの手前のビルの地下にあったのがアートサプライという編集プロダクションで、パインたちはここに間借りしていたのだ。

パインが僕に期待をしていたのは、広告営業だった。

「編集プロダクションで、広告部門があるところは少ないから、そういうのをやろうと思うんだけど、どうだろう」

パインは低い声でそう言った。そして、協力してくれないかと言われたが、僕はイエスともノーとも言えなかった。というのも広告代理店をひとりでやっていくということに限界を感じていたのだ。

でも、パインの事務所はおもしろかった。伊藤ちゃんたち若いライターなどがたくさんいたからだ。だから仕事というよりは、たまり場に遊びに行くという感覚だった。

そんなたまり場で、久しぶりに千葉くんと会った。イシノマキで顔見知りとなり、けっこう親しく話す仲となった。もともとパインの事務所にはイシノマキにかかわりのある人がけっこう多かった。

千葉くんはもともと埼玉新聞の記者だったが、すぐに退職。一時、白夜書房(後にコアマガジンになる)で編集の仕事をしたこともあると言っていた。年齢は僕と同じだが、彼は僕のことを「増田さん」と呼ぶ。

「増田さん、ちょっと話があるんですが…」

と言う。なんですか? 聞き返せば、ここではなんだかまずそうである。

「じゃ、ルノアールにでも行きましょうか」

僕たちは外に出て、すぐ近所のルノアールへ行った。

話はこうだった。千葉くんは、あるエロ本の仕事を請け負った。それは素人の女の子をナンパし、レポートするというもので、その仕事で取材する女の子のあてがないので、なんとかならないかというのだ。

「うーん、あてがないわけでもないけれど」

以前いたスワッピング雑誌の関係者にでも聞けばどうにかなると思っていた。

「じゃ、カメラマンやりませんか?」

藪から棒になにを言うかと思えば……。

「前、カメラ持ってたじゃないですか」
「あれはコンパクトカメラだからちょっと仕事には使えないんじゃないのかなぁ」
「じゃ、一眼レフカメラを貸しますよ。大丈夫ですよ」

なんとも強引な話である。さらに話は急な方向へ進む。

「その出版社はこの近所にあるんですよ。今から一緒に行きませんか?」

またまた強引である。

「若生出版というところなんですよ」

僕たちは新宿通りを半蔵門方向へ歩き始めた。

ほどなくビルのワンフロアに若生出版があった。

僕らは中に通されるわけではなく、オフィスの入り口のところに待たされている。出てきたのは僕らと同年代くらいの男であった。千葉くんが挨拶して、僕を紹介してくれた。男は、だるそうに自分名前を柳井と名乗り、名刺をくれた。忙しいから早く帰ってくれというような雰囲気だった。僕も少しムッとしながら、つい最近作った「オフィスたけちゃん」の名刺を渡す。すると柳井は、

「あれーっ、この名刺見たことあるよ」

と素っ頓狂な声を出して、奥へ引っ込んでいった。待つこと3分。ほどなくして、笑いながらやってきて、

「ほらほら、同じ」

と2枚の名刺をこちらにかざしている。えっ、なぜ、僕の名刺がここに……?

「東中野の本屋で女の子に名刺渡さなかった?」

そう言われ、あーっと気がついた。そうそう、本屋さんでエロ本を読んでた女の子に名刺をわたしたっけ。

「あれはさ、橋本杏子ってモデルの女の子で、気持ち悪いからってんで、オレにこの名刺を渡したんだよ」

と言いながら大笑いをしている。と、柳井は僕のことをおもしろがってくれて、応接室に僕たちを通し、さっそく仕事の話をしはじめた。これが僕のエロ本初仕事となるのである。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった