2009-05-14

お部屋1848/唐沢俊一か中村克か

東村山のことが気がかりですが、仕事が溜まってきているので、東村山まで行くのはよしました。そう言いながら、更新をしているのですから、仕事をしていないってことだったりするわけですが。

「週刊新潮」についてはいろいろな人が取りあげているので、盗作つながりで、別のことを書いておきます。実のところ、先週から、こっちの話に熱中していたのであります。

唐沢俊一とは過去に因縁があるわけですが、パクリについては、最近まで『新・UFO入門』の騒動しか知らずにいました。

ところが、今年になってから、「唐沢俊一が大変なことになってますよ」「松沢さんの名前も出てますよ」と読者から立て続けにメールが届きました。もっと早くから検証は始まっていたわけですが、おそらく私の名前が出てきたことによって連絡をくれたのだと思います。

連絡をくれた方々には申し訳ないのですが、あまり興味を抱けません。私の中では、「いかにもパクリをやりそう」という人物像がすでにできていますから、その上、ひとつやふたつ、盗用の例が出てきたところで驚くようなことではありません。また、「いかにネットで批判されようとも、どうせ出版界は何事もなかったように起用するのだろう」との諦めもあります。

本人を試写会などで見かけることはありますが、それ以外に接点もないですしね。以前は担当編集者が重なっていることもありましたから、話題に出ることもありましたが、今はそれもありません。

それ以外の接点と言えば、数年前に、「トリビアの泉」から問い合わせの電話があったことくらいか。私はてっきり唐沢俊一がネタ出しをしていると思っていたのですが、スタッフも(が?)ネタを集めているらしい。

ネタの裏をとるための問い合わせだったのですが、それこそ、ギャラを払っている唐沢俊一に聞くなり、元ネタを提示させればよさそうなものです。スタッフの間でも、「唐沢俊一に聞いても無駄」という合意がなされていたのでしょうか。

スタッフに同情しないではないので、タダで協力するのはやぶさかではなかったのですが、たしか私もよく知らない話だったと思います。忘れてしまいました。

それはともあれ、結局、メールで教えてもらったパクリ検証サイトをよく見ることもありませんでした。

ところが、今度は『最後のパレード』がらみで、しばしば唐沢俊一の名前を見かけるようになります。盗用を語るには、欠くべからざる存在になっているらしい。「唐沢俊一か、中村克か」ってところでしょう。

であるなら、チェックしておくかと思い立ち、いくつかのサイトを見て回りました。すごい量なので、ほんの一部しか読めていないですが、愕然としました。ひとつやふたつではなかったのか。いかにもやりそうではあっても、まさかこうも広範囲に、パクリやガセを公開し続けていたとは想像だにしてませんでした。

それと同時に、検証作業は、読物として非常に面白い。唐沢俊一の文章の比ではない。検証をやっている人たちを敬服しますし、共感もします。唐沢俊一にはわからない快楽でしょうが、時間をかけて調べるのってホントに楽しいですからね。

これがつい先週のことです。

今週の月曜日、「唐沢俊一検証blog」を読んでいたら、「最新のコメント」に宅八郎の名があります。

宅八郎は、5月4日のエントリー「近頃の若い者は・その3」のコメント欄に書いていて、その中にこんな一文が出ています。

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ボクの知っているあるライターさんがいます(今では少し疎遠になっちゃっていますが)。
その方は過去に唐沢俊一とトラブルも起こしたことがある方です(誰だか分かってしまいそうですが、許可を得ていないので一応伏せておきますね)。
もう10年くらい前の話なんですが、「宅ちゃん! スゴイ面白い話があるんだよ〜」って電話で聞いたお話しです。

どうやら、その方がその日だかに、唐沢なをきさんとバッタリお会いしたんですって。そこで一言、なをき氏から言われたようです。

「自分は兄とは違う人間なので、そこはどうかご理解ください!」
(もしかすると「兄夫婦とは」だったかもしれません)

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これは私のことです。

「間違っている」というほどではないのですが、誤解されそうなので、コメント欄で補足しておきました。

宅八郎とは、ある時期を境に連絡を取り合わなくなっていて、こんなところで接点ができるとは妙な巡り合わせです。しかも、このブログを読み出したのは、ほんの数日前です。見事なタイミングと言えましょう。

前からそうなんですけど、宅八郎の動きは読めないです。自分でも書いているように、いつスイッチが入るのか、誰もわからない。本人もわからない。

私も粘着質と言えるかもしれないですが、タイプが全然違う。私はスイッチが入りやすいのですが、「その時期」を過ぎると、「終了フォルダ」に入れてしまい、あとはどうでもよくなってしまいます。

東村山のことに、こうもこだわり続けているのは異例です。次から次と役者が登場して、飽きさせてくれないためと、3羽の雀さんが日々更新しているのを見ると、申し訳なくて逃げられないためです。何度も逃げようとしているんですけどね。

ひとたび「終了フォルダ」に入ると、何かきっかけがない限り、腹立たしさも甦らないのですが、唐沢俊一については、腹立たしさが甦る記述をすでに見いだしています。

以下は、私が書き込む前に、「唐沢俊一検証blog」のコメント欄に書き込まれていたもの。

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baudrateRA 2009/05/12 00:41

>宅八郎さん
>その方は過去に唐沢俊一とトラブルも起こしたことがある方です

唐沢俊一に、「こんな野郎と活動の分野が似通っている、というだけで体が汚れたような
気になるよ」などといわれてしまった方でしょうか?
http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-21.html

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ナニ? 唐沢俊一はそんなことまで書いていたのか。とリンク先を見たら、トラブルの一因となった文章でした。これさえも完全に忘れていました。どんだけ忘れやすいのかと。

この発言についてはいまさら加えることはないです。たまたま間違いやパクリを見いだしたら書くこともあるとして、唐沢俊一に対してはいまさら調べ直して批判する気にもなれないです。これ以降も、皆さんの検証作業を楽しませていただくだけにして、この過程で、それとは別の腹立たしい人物を発見してしまいました。

次回に続きます。

このエントリへの反応

  1. この問題の根幹て唐沢氏個人だけの話じゃなく、一昔前のオタク(第一世代?)全てに当てはまる問題だと考えてます。

    70年代後半~80年代頃にアニメだマンガだサブカルだにどっぷりハマってたいわゆるオタク連中って、どれだけ濃い情報をたくさん知っているかだけがバロメーターで、全てにおいて一次ソースである必要などなく、どっかで見聞きした話を、さも自分の体験談かのように語れる話術があれば許されていたんです。

    その「情報の蓄積量だけが重要」的な路線で荒稼ぎしたのが某岡田氏、某唐沢氏、某山本氏らだと思うんですが、あの人たちって今でこそ微妙にスタンスが違ってますが、当時はそれぞれが実に危うい商売をしてましたよね。

    単なる情報の仲介役というポジションであれば良かったのに、扱うマスコミもダメだったのか、気付けばその道の第一人者に仕立て上げられてて。

    本来オタク業界の職人とかある種のキチガイ的な学者気質の人間とかは他にいて、彼らはそういう連中の情報を又借りして来てエンタメとして発表する役目の人間だったのに。

    昔はそれが悪い事とされず、また確かに需要があったのに、今はネットで膨大な情報が垂れ流されてますから、某唐沢氏なんかが語っている内容の、元になったソースなんかがゴロゴロ出て来てしまうと。

    そうなると、それまでと同じ方法論で著作物なんかを発表し、また語っているだけなのに、昔は許されてたはずの物が今じゃ単なる盗作になってしまうわけで。

    だから某唐沢氏は昔から基本的なスタンスは変わっておらず、悪気もないんじゃないかと思うんですよ。時代の変化に気付いていないというか。ある意味でそれが哀れなんですけど。

    松沢さんのように体当たりして生きた情報を発信しないと気が済まない論客からすると「ふざけた商売しやがって!」の一言なんでしょうけど、過去それが許され、持て囃されてしまってた時代があったという点で、また私自身がそういう情報を便利がっていた思い出があるという点で、どうしても少し同情してしまいます。

    まあ人の言葉や情報を盗んでおいて居直りとか逆ギレなんて許された話ではないと思いますが。

    ただ私としては唐沢氏だけでなく、それと同時にあの手法を持ち上げて下劣な乗っかり商売をしてた連中もぶった切らないと、バランスが悪いんじゃないかなあと。

  2. 荒井。さま

    私もまた「なぜかつては唐沢俊一のような物書きが成立して、今は成立しないのか」について、いろいろと考えをめぐらせているところです。

    まだうまくまとめられないし、長くなるので、もうしばらく待っていてください。

    私としては、「物書きとしての能力」については、少なくとも今は触れないつもりで(よくわかってないので)、直接自分について書かれたことについてのみ、反論だけしておくかなと。

    つっても次回のメインターゲットは別の人です。

  3. [...] 宅八郎は「四方宏明の処刑」に忙しいようだし、私も東村山の問題に忙しいので、その後、これといった展開がなく、失望させてしまったとしたら申し訳ない。今後も、さして期待に添えないですが、この辺で唐沢俊一の話を入れておきます。 今回は、「1848/唐沢俊一か中村克か」「1850/唐沢俊一のブーメラン」の続きではなく、数日前に、「唐沢俊一 まとめwiki」を読んでいて知った話です。 [...]

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