2010-06-21

第1回 違う世界にいる人は、苦手──佐々木憂佳さん(24歳・女性・勤務歴2年)

佐々木さんは、1985年に母の実家、知床で生まれ、東京郊外で育った。現在24歳。
中高一貫校に進み、有名私大文学部へ進学。大学卒業後は、官公庁の関連団体で働き、現在は諸申請を受け付ける窓口業務に就く。勤務歴2年。
現在、父(61歳)と母(57歳)と姉(25歳)と同居している。父は電気関係の大学を出てエンジニア。母は、高校を出たあと農協で働き、知床でお見合いし、結婚を機に東京へ(現在は専業主婦)。一歳上の姉は別の難関有名私大を卒業後、現在は銀行勤務。
佐々木さんは、こちらの問いかけに、「はい」だけ、「いいえ」だけでポツポツと答えることはほとんどない。「はい」なら「はい」で、その同意した理由をきちんと一定の長さのセンテンスでもって答えることができる。その場その場で、相手が聞こうとしていることを理解して、自分の言いたいことを整理した言葉で語ることができる。「きちんとした言葉をもっている人」、「できる人」という印象だ。
*2010年3月20日(土)18時〜インタヴュー実施

「中高のときは、なんでこの子たちとは話が合わないんだろうとけっこう考えていました」

佐々木さんは、小学校4年生から受験塾に通い、中学受験をした。
自身は、本当は共学に行きたかったのだが、親の強い説得で共学をあきらめ、姉と同じ都内のキリスト教系の私立中高一貫校に通う。
有名進学校というほどではなかったが、同級生の9割以上が大学へ進学するという学校だった。ちなみに、佐々木さんの成績は学年で3番だった(1番の生徒は東大へ)。
佐々木さんは勉強ができた。けれども、「がむしゃらに努力しました!」という熱いガリ勉型ではなく「やればできてしまう」というクールな秀才型。だから、別に勉強が大事とは思ってこなかった。学校生活も、親やなにかに反抗するでもなく、淡々とこなしてきた。そんななかで、佐々木さんが少し熱くなっていたのは音楽やマンガや雑誌といった趣味の世界。本もたくさん読んでいた。学校生活や眼の前の人間関係のほかに文化の世界がきちんとある。これが佐々木さんが言葉をもっていることの理由かもしれない。

佐々木 このインタヴューの対象はどういう規準で選ばれてるんですか?

沢辺 「選ばれて」はないよ(笑)。男女同数、高卒大卒同数、勉強できる/できないとかもいろいろいて欲しい、まあそのぐらいかな。

石川 そうですね。それから、学生もいれば社会人もいる。

沢辺 できるだけ、まあ普通の子にインタビューしたいと思っている。

佐々木 私のように普通の(笑)。

石川 勉強はスルスルできるほうだった?

佐々木 要領がいいんだと思います。試験前に1日5時間ぐらいやればなんとかなる感じで。

沢辺 中学受験を決めたのはだれなの?

佐々木 姉も同じ中学を受験して、一つ下の私も当然受験するものだと思ってましたから。はじまりはたぶん母親でしょうね。
近所にその学校に通っている子がいて。ああうちも、という感じだったと思います。私はもともとその学校に行きたくなくて、共学の学校に行きたかったんです。
受験のときは、その学校だけでなく共学の学校にも受かったんですけど、両親に「あんたはこっち!」と言われて無理やり入れられたかたちになりました。抵抗しましたけど、「うん」て言うまで許してもらえなかったので、もういやになって、どうでもいいやって感じで。
だから、中高でまわりと趣味嗜好が合わないなーと悶々としてたんですけど、私がここに来たかったわけではない、という思いがあったんだと思います。

沢辺 それに対して反抗や抵抗はしなかったの?

佐々木 してないです。別に非行もしなかったし、学校帰りにルーズソックスに履き替えたりしなかったし(笑)。
高校から他の高校へ行こうと猛勉強もしなかったし。淡々とその6年間は過ごしちゃいました。
大学の友達で私と同じように中高一貫の学校に入って、高校から学校を変えた子もいたけど、その子のようなエネルギーの発散の仕方は、私にはなかったです。

石川 じゃあ、小学校のときからずっと勉強してるんだ?

佐々木 そうですね。小学校のときは週2日、夜7時から9時くらいまで塾に行って。
中学のときは一貫校だったので勉強はしませんでしたけど、大学受験を念頭に置いた教育の学校だったんで、高2あたりから大学受験の勉強をしました。
私は高3から予備校へ行きました。

石川 なんか勉強ばっかりしてたイメージだけど、そう?

佐々木 それでまちがいないと思います。うーん、でも、普段の生活ではあんまり勉強というのは入ってこないですね。
中学のときなんかは、私、部活にも入らないで、学校終わったら自転車ですぐ家に帰って、CD聴いたり、マンガを読んだりしていました。

石川 趣味に生きてた?

佐々木 そうですね。勉強にはぜんぜん気合が入ってなかったです。
勉強はただやれと言われたことをやっていただけで、自分のなかで勉強がすごく大事と思ったことは一度もないです。

石川 CDやマンガは、どんなものが好きだったの?

佐々木 中学のときは、L’Arc-en-Cielが大好きで、ライヴ行ったりとか。

石川 友達と?

佐々木 それがお母さんと一緒に行ってたんですよね。お母さんもL’Arc大好きで。いまは東方神起が好きなんですけど、いまだに東方神起のコンサートにお母さんと行きます。

石川 友達親子(笑)?

佐々木 友達親子までは行かないと思うんですけど(笑)。

石川 お父さんは一緒に遊ばない?

佐々木 お父さんは一人遊びが好きな人で、最近は山登りにはまってて、週末は、朝起きたらもういない、ということが多いです。どこそこの山に行ってくる、という紙が置いてあって(笑)。
お母さんとは買い物行ったり、ライブ行ったりしています。

石川 本は読んだ?

佐々木 乱雑に読んだことしか記憶が残ってないんですけど、学校の図書室にはよく行ってました。
年間70冊ぐらいしか借りた記憶はないですけど。

石川 70冊ってすごいね!

佐々木 そうですか? 何を読んだかあんまり記憶はないですけど。
海外小説をちょっと読んだりとか……。
すごい好きだったのは、村上龍さんの『コインロッカーベイビーズ』を読んだとき、「はあ、なんて!」と思いました。それが高1のときですね。

石川 友達とは遊んだりしなかったの?

佐々木 友達はいたんですけどねえ。中高のときは、ずっと、なんでこの子たちとは話が合わないんだろう、ということをけっこう考えていました。

石川 なぜ合わなかったの?

佐々木 同級生の子とかはやっぱり浜崎あゆみが好きだったり、読む雑誌も『Seventeen』だったりとか。
私は『Olive』が好きだったんですよ。うちの中高にはそういうの読んでる子がいなくて。

石川 趣味の違うまわりに対してどう思ってた? ちょっとバカにしていた(笑)?

佐々木 (笑)なんて言うんでしょうね。別物だと思っていたんですよ。なんか話も合わないし。

沢辺 『Seventeen』と『Olive』を比較したら、『Seventeen』のほうが幼いというイメージがあるんだけど、そういう印象は持ってた?

佐々木 幼いっていうよりも、完全に嗜好のちがう人たちだと思ってたんですよ。その子たちが将来的には『Olive』が好きになるとは思わないんです。
『Seventeen』を読んでいた子は、『ViVi』、『Ray』、『MORE』とかそっちの女の子商品にいくと思うんですよ。そこに『Olive』の入る余地はない!と。

石川 『Olive』のイメージって、女の子がベレー帽かぶってて、ボーダーのシャツ着てるイメージだけど(笑)。それでいい?

佐々木 基本的にはそれでいいです。

石川 ちょっと性にはノータッチみたいなところあるよね?

佐々木 そうですそうです。ないものとして扱ってます。

沢辺 代官山!

佐々木 あっ、代官山っぽい感じですね。代官山、吉祥寺、下北沢。

「大学は楽しかったです」

大学受験は、オープンキャンパスに行き、雰囲気のいちばん気に入ったA大学を志望した。
高3の秋ぐらいには模試でその大学にはA判定は出ていたが、何がなんでもそこに受かりたいとがむしゃらに勉強するのではなく、淡々と自分のやれる範囲で勉強し、結果合格していた、という。
絵を描くのが好きだったということもあり、大学は文学部で美術史を専攻。絵画サークルに入り、卒論はミケランジェロがテーマ。大学時代には姉と友人たち4人でイタリア旅行もし、生のミケランジェロの作品を鑑賞。好きな画家はムンクとヤンセン。

石川 ご両親には、こんなふうになって、とか、勉強しなさい、とか言われて育てられた?

佐々木 ないですね。なんにも言われた記憶はないです。ただ、中学受験、大学受験になると自然にその場が用意されるというか。
「塾行くんでしょ?」と言われると「ああ行くかな」とか。
とくに親の圧力を感じたといういうわけでもまったくなく、それがあるべきものとして自然に流れていくというか。
将来こうしなさいとか、好きに生きなさいとか一切言われませんでしたけど、いま考えると、親は、堅実な道を生きろ、というスタンスではあったと思います。

石川 堅実な道というと、たとえば?

佐々木 大学に入って、食べるのに困らない道。結婚しても働き続ける職。
お姉ちゃんが就職した銀行も定年まで女性も勤めるのが当たり前、そういうところなんです。そういうのがずっと両親の心の底にはあったと思います。

石川 じゃあ大学は、その先に堅実な道ということも見据えて文学部に入ったの?

佐々木 いえ。とりあえず目先の目標として大学受験というのがあって。その先の堅実な道というのはあまりなかったですね。
逆に堅実な道をと思ったら経済学部や法学部を選んでいたほうが、いまの時代、就職にも有利だと思います。

石川 文学部はなんで面白そうだと思ったの?

佐々木 そのときは音楽やマンガや本が好きだったので。経済とか法律とかは具体的なイメージがなくて、美術史専修とか演劇専修とかはその字を見ただけで、ぜったい楽しい、と。そういう思考回路でした。

石川 そういうところに行けば『Olive』を読んでる人がいるとも考えてた(笑)?

佐々木 そういう期待はなかったです。人への期待はなくて、自分がなにやりたいかで入ったんですけど、入ったあとで楽しい人がいっぱいいてよかったな、という感じです。

石川 大学はどうだった? 楽しかった?

佐々木 大学は楽しかったです。

石川 大学時代、バイトは?

佐々木 大学1年のときは単位をしっかりとらなくてはならなくて、バイトをやらず、ほとんどの授業には全出席でした。
大学3年から小学生の塾で赤ペン先生をやってました。

石川 赤ペン先生は、お金よかった?

佐々木 時給950円ぐらいでした。1日5時間で週2日やってました。

沢辺 赤ペン先生なのに出勤するわけ?

佐々木 長文読解の添削をやってたんですけど、作文の添削室というのがあって、そこに作文や記述式の答案があって一斉に仕上げるんです。

沢辺 週2日で5時間その時給だと月4万円ぐらい稼いでたんだ?

佐々木 そうですね。

「いままで、自分の生きてきた道とちがう道を生きてきた人とすごく仲良くなったということはないです」

佐々木さんは、A大学に入り、充実した楽しい大学生活を過ごした。大学で学んだ美術史の世界も、そこで出会った仲間の生きている世界も、自分の興味と重なり、共有するものが多い世界だったはず。けれども、充実した大学時代に、ほんの少しだけ、バイトを通じて自分とは異質の世界を生きてきた人びとと出会うことになる。異世界を生きる人びととの接触、と言うとちょっと大げさだけども、佐々木さんの言葉を聞くと、ほんとにそういったものだったのだと思う。

石川 赤ペン先生がはじめてのバイトだったの?

佐々木 いえ。その前に、地元にある料亭風の飲食店でフロアのバイトをやったんですけど、合わなくてやめちゃいました。

沢辺 なにが合わなかったの?

佐々木 端的に言うと、ヤンキーみたいな女性が多く働いていて、みんなタバコ吸っているし、恐いな、と思って。苦手でした。
中高一貫の女子校では見ないような人がいっぱいいて。

沢辺 いまでも苦手?

佐々木 言ってしまうと、いまでも苦手です。だいぶ大人になったんでそういう人たちとはうまくやれるとは思うんですけど。

石川 小学校の同級生でヤンキーの道に進んだ人っている?

佐々木 いると思います。中学を受験してから、もう地元の友達とは連絡取れなくていて。たまに地元のスーパー行くと、同級生が頭まっ金金にして、子ども連れてるのを見て、びっくりする、っていうか。

沢辺 声かけられることある?

佐々木 中学のとき、小学生のとき同級生だったギャルっぽい感じの子に声かけられたことありますけど、私は「あ、はあ」という感じで。

石川 関わりたくない?

佐々木 関わりたくないんじゃなくて、どう接していいかわからないんですよね。

石川 いままでそういう人たちと接したことがないんだ?

佐々木 そうですね。

石川 無理やりそういう人と接しなさいと言われたら困る?

佐々木 たぶん、当たり障りのない程度に。

沢辺 自然に対応できる? たとえば、合コンに大学生に混じってひとりだけヤンキーっぽい、ガソリンスタンドでバイトやってる高卒の男が来ていたとするよね。彼にはちょっと距離を置く? それとも表面的にでも話題を提供してちゃんと接する?

佐々木 表面上の会話はします。

沢辺 で、相手に悪い印象をもたせないで帰せるぐらいの実力はある?

佐々木 実力!? 自信はないです。がんばってその場は楽しくやろうよという気持ちはありますけど。

石川 じっさいそういう場面というのに出くわしたことはない?

佐々木 ほとんどないに等しいと思います。飲みの場で、自分がいままで歩んできた道とちがう人もいるなあ、ということはありましたけど。まあ、その場かぎりで。

沢辺 料亭でバイトしていたとき、佐々木さんはヤンキーの子たちに対して違和感を持っていたわけだけど、一方で、相手も佐々木さんに違和感を持ってなかった?

佐々木 ありますね。それがやめた理由で一番大きかったことだと思います。

沢辺 じゃあ仮に、その子たちが違和感なく接してきたら、仲よくなった可能性もあると思う? 

佐々木 いままで、そういうかたちで自分の生きてきた道とちがう道を生きてきた人とすごく仲良くなったということはないです。

石川 佐々木さんの交友関係ってみんな大卒?

佐々木 はい。

石川 いやらしい言い方だけど、そのなかで一番聞いたことのない大学出てる人はどういう大学出てる? それとも、みんな聞いたことある大学?

佐々木 みんな有名大学の友だちばかりですね。

石川 自分の交友関係以外にも世の中にはいろんな人がいるけれども、そういう人たちに興味ある?

佐々木 興味はありますけど、積極的に出会いたいとか、そういうのはないですね。

「最初はもうびっくりして、びっくりして」

佐々木さんは現在官公庁の関連団体の窓口業務をやっている。そこには、まさに、「自分の生きてきた道とちがう道を生きてきた人びと」がやってくる。その人たちとやりとりをしなければならないこと、そういう人たちとどう付き合うか、そのあたりがいまの佐々木さんの悩みどころのひとつでもある。

沢辺 佐々木さんは、いま窓口業務についているんだよね。その窓口に来る人は、自分とはちがう道を歩んできた人が多いでしょ。
そういう人を目の前にしてどう思った?

佐々木 最初はもうびっくりして、びっくりして。ヤクザとか来るんですよ。
今の配属先に異動になったのがおととしで、入って三日目でヤクザが来たんですよ。窓口でヤクザとチンピラがいきなり喧嘩をしはじめて。
「お前なに中のなん期だ?」とヤクザのほうがチンピラに聞いて。地元の人って中学の上下関係のつながりが重要らしいんですよ。それで、ヤクザのほうがそのチンピラを知ってそうな上の人に電話して、「何々さんに免じてお前許してやる」って話になって。それだけなんですけど。
うちの窓口は常に警察に連絡を取れるようになってるんですよ。それで近所の交番の人が流血沙汰にならないように建物の下で待機してくれていて、そのときは警察が出動するさわぎになって、涙目になるくらい恐かったんですよ。
その場は暴力ざたにならず収束したんですけど。
毎日、頭まっ金金で、すごく遊んでそうなのに生活保護を受けてる人とか、母子世帯のはずなのにどんどん子供が増えていく謎の家とか。そういう人たちと毎日接して、いままで自分が見なかったものをお客様として迎えて接するわけですよ。こんな世界があったんだ?という驚きですよね。
ただ、私はそういうものと交わらないようにする一方で、ミーハー根性があって、こういうすごいことがあったんだよ!とみんなに言いたい面もあって(笑)。

沢辺 いまは職場ではどう?

佐々木 最初は電話で怒鳴られるのも恐くて上司に電話を変わってもらったりしてたんですけど、最近は自分でなんとかその場を収めようと言葉を尽くそうとするんですけど、まだまだ至らない面があって日々苦戦してます。

石川 何に苦戦してるの?

佐々木 生活苦の人が、お金がなくて苦しい、家賃が払えないからどうにか助けてくれと言ってくるんです。
ただ、官公庁の団体なので法律や条例に基づいて対応している訳で、うちでできることは限られている。自分の立場をこちらで一生懸命説明しても、わかってもらえなくて。怒りをこちらにぶつけられても困ります、ということを一生懸命説明しようとしても、お客さんとしてはその仕組みなんてわからないから、その人の希望通りにならないのは接客してるお前が悪いからだ、というふうなかたちで怒りをぶつけられるんです。
それで、ちがうんだよ、ということを説明しようとするんだけど、うまくいかなくて、けっこうへこんだりとか。

石川 なんかうまい方法見つけた?

佐々木 見つからないですね。先輩でクレーム処理がうまい人がいるんですけど。
若い女の子がうまく言葉を尽くしてもうまくいかないことがありますね。

沢辺 逆もあると思うよ。
俺だったら、若い女の子が窓口にいたら、腹を立てて文句を言いたくても、あっ、ちょっと大きな声を出すのはやめよう、ということもないことはない(笑)。

佐々木 そうですね。やなことばかりじゃなくて、おばあちゃんから「ありがとう」と感謝の言葉をかけてもらって飴をもらったり。それはうれしいですよね。だから五分五分ですよね。

沢辺 そういう世界の存在はなんとなく知っていたと思うけど、私は貧しい人たちのために、みたいな気持ちでその仕事を選んだわけでもないでしょ?

佐々木 ないです。ないです。入ったときは、安定している、ということが一番にありました。

「自分のなかではやはり線引きをしていると思います」

佐々木さんは、美術史専攻とはいえ、先輩の就職先を見ても美術館に就職できた人はひとりもおらず、早い時期から普通の就職を考えていた。
町づくりに興味があり、鉄道会社を受けたが、不採用。新聞社の管理部門も受けたが、やはり不採用。
最終的に、4年生の7月に公務員に近い立場で安定していたいまの会社の試験を受けて、卒業半年前に就職が決まる。
現在の仕事は窓口業務だが、正職員は、2、3年後には本社に異動になることが決まっている。
現在の職場の事務所は30人。うち女性は10人で、その10人のうち正規職員の女性は3人で、同い年が1人、中途採用の30代の女性1人。契約社員の女性は、20代が1人、30代は5人、40代が1人、という構成。男性は一番若くて30代。
職場のなかにも、正規職員/契約社員という線引きがある。この職場での線引きは、あの「自分の生きてきた道とちがう道を生きてきた人びと」との世界を区切る線ほど明確な断絶の線ではない。けれども、佐々木さんは「なんか見ているものがちがう感じ」と言う。ある意味で、職場の人間関係のなかにも自分とはちがう世界が広がっている。

石川 最初の希望の会社に落ちたときはショックじゃなかった?

佐々木 そうでもなかったですね。最終面接にはけっこう残ったんですけど。

石川 自己アピールはどんなこと言ったの?

佐々木 いまの会社で言ったのは、わたしはマニュアルに頼らず、人に柔軟に対応できることができます、みたいなことを言いました(笑)。

石川 それで、人の対応をする仕事になっちゃったんだ(笑)。町づくり、いまの会社でできそう?

佐々木 実際に町づくりをするのは技術系の仕事で、私のやっている事務職は、人とお金をまわすのですが、間接的にはそういう仕事には関われると思います。

石川 入ってみたら、窓口の仕事だったわけだけど、そのことについていまはどう思う?

佐々木 将来は本部の管理部門に行くかもしれないけれど、どんな人が住んでいるか知らないとだめだ、というのは頭にあったんで、いまはこの二年間苦労してよかったなと思っています。
いまは異動したくてしたくてしょうがないんですけど、同じ部署の先輩が異動確実になっちゃって、私は60、70%は異動なしだろな、という感じです。
窓口業務はやりつくした感があるので、異動したかったんですけど。
どういう事例が来たらどうしたらいいかというのも全部わかってきたので。

石川 もうわたしはできる、と?

佐々木 (笑)まあそうですね。だいたいのことはわかると。

石川 さっき話してくれた困ったお客さんの相手も?

佐々木 できる、と言うよりも、まあ、来たら実際は流れで上司にまかせちゃうんですけどね。

沢辺 率直な意見を言うと、できるから、というより、窓口の仕事は、もうめんどくさくていやになっちゃったんじゃないの?

佐々木 (笑)そうですね。まあ、それが大きいですね。めんどくさい、というよりもう疲れちゃった。

沢辺 一般的に会社組織でいえば、受付っていうのはペーペーがやる仕事でしょ。

佐々木 そうですね。頭を使わない仕事なんです。基本的には、マニュアルに従ってそれを処理するだけです。

沢辺 一緒に働いている派遣の職員には本社へ行くという可能性はない。けれども、佐々木さんには、可能性が見えているわけで、つまんないからちがうことをやりたいなというだけのことなんじゃない?

佐々木 (笑)シンプルに言えばそうです。

沢辺 「やだ」っていう感情が先ということでしょ?

佐々木 そうですね(笑)。

石川 正直に言ってくれてありがとう(笑)。

佐々木 えへへ(笑)。

沢辺 同年代の職場の人と一緒に遊びに行ったりしない?

佐々木 しないです。

石川 なんで?

佐々木 会社の人と友達にはならないです。新卒で同期の友達とは飲みに行くことありますけど。

石川 派遣、契約の20代の人とは話をする?

佐々木 いえ、してないです。

沢辺 その人はやっぱり『Seventeen』系なの?

佐々木 いや、どっちかというと『non-no』系ですけど(笑)。あんまり深い話はしないですね。

沢辺 それはなんでだと思う?

佐々木 なんででしょうね? ただ、その職場に入ったときに、「あなたは正規職員なんだから」というのを念仏のように何度も聞かされて。はじめは、派遣さんにも仕事を教わらなきゃならなかった身分だったので、「なんで同じ仕事をしているのに線引きをする必要があるんだろう?」って思ってたんですけど。でも、自分のなかではやはり線引きをしていると思います。

沢辺 それは料亭のバイトのときの違和感とどう違うの?

佐々木 派遣だから、というのでもない感じがするんです。見てるものがちがう、というか。派遣さんの女性の方たちは細かい決まりごとが好きみたいで。「ここの電気はちゃんと消して!」とか日常のことで規範があるみたいなんです。私は、そんなことどうでもいいんじゃないかな、と思うときがけっこうあって。仕事以外の日常のことに色々作法とか決まりごとを作るのが好きみたいなんです。仲良くなるならないは別問題として、なんか見ているものがちがう感じがします。
あとは派遣社員どうしで、「あの人のこういうところは嫌い」と言ってたりするんですよ。私は、なんかもうそういうのはいいじゃないか、と思います。

石川 自分も派遣さんになんか言われていると思う?

佐々木 私はあまり感じたことはありませんけど、そういうところにエネルギーを注ぎたくないな、という感じがあります。

石川 じゃあ、派遣さんたちはどういうふうに佐々木さんを見ていると思う?

佐々木 うーん、いまは完全に事務所のなかの末っ子で、「おはようございます」、「ありがとうございました」、とかわいらしい声で言っているだけなので、一応、存在は認められているとは思うんですけど。やはり、正規職員ということで見る眼はちがうと思います。
派遣社員の間では、あの人は忙しくない部署にいて、私は忙しい部署にいる、そういうことで面白くないという気持ちが出てくるようなんですよ。でも、私たち正規の職員の場合だと、どこに配属されても精一杯やらなきゃならないと思っているし、他の人を見ている暇もないので。

沢辺 それは正規職員の間でもあると思うよ。職場で「働きが悪いな!」と思う人いない?

佐々木 「あー」という感じの人いますね。

沢辺 いま佐々木さんが、「あー」といったのは、「でも、私は腹を立ててないですよ」とぼくらにアピールしている気がするなあ。それだけで済ませられる? 腹を立てない? おそらく給料はその人のほうが多いわけじゃない?「私よりぜんせんやってないじゃん! それなのに自分より多い給料をもらってるのっておかしい」みたいな気持ちはない?

佐々木 そういう気持ちはありますが、いま目に見えている範囲で、ほんとうに働いていない、と自分で見てわかる部分というのがあまりなくて。いろんな人から「あの人、仕事してないんだよ」と言われて、それで見て、「あー、仕事してないな」という感じで終わっています。遠くの席にいる人だし、いまの自分のやっている仕事には直接災厄がふりかかるというわけでもないので。それに、働かない人をやめさせられない体制、同時に、仕事する人もあまりそこまで報われない体制、ということも最近わかりつつあります。

「自分のことは自分でやれる人がいいですね。靴下まで履かせろみたいな人はいやです」

初任給は19万6千円。手取りは現在18万円くらい。ボーナスは4、5ヵ月分出る。いま付き合っている彼氏は7歳上。最近、合コンで知りあった広告マンだ。

沢辺 いまの仕事で、こういうふうにしたい、というのはある? 一般論で言えば、公務員に準じた団体職員だと、食い扶持を稼ぐだけ、というイメージがある。けど、そういう仕事でも、その中での自己実現というか、こういうことをやりたい、というのは何かある?

佐々木 ないです。いまおっしゃったように、まさに食い扶持のために働くというのが主になっちゃってるんで、なにをしたい、というのは別にないです。

沢辺 それ不安にならない?

佐々木 ちょっと不安です。仕事でいま楽しいところがあんまりなくて……。自分が40歳代になったときに安定して働けているだろう、という道を21歳ぐらいの時点で選択してしまったわけですけど、今になって、仕事が面白くない。そうはいっても、プライベートを充実させよう、と言えるほど暇ではないので。最近残業も多くて。

石川 残業はどれくらいやってるの?

佐々木 9時ぐらいまでですけどね。それでも、家帰ったらごはん食べてお風呂入って寝るだけです。

沢辺 朝は8時半出勤?

佐々木 9時ですね。

沢辺 定時の上がりは何時?

佐々木 6時ですね。

石川 いつもどれくらい働いているの?

佐々木 この3月は忙しくて、9時ぐらいまでですけど、いつもは7時まで働いています。窓口が6時まで空いていて、後処理をしていると、だいたい7時になってます。

沢辺 結婚しても仕事つづける?

佐々木 結婚ぐらいじゃやめないとおもいます。子供ができたらわかんないですけど。
産休、育休もらえるというシステムは整ってるんですよ。あわせて二年ぐらい。それを使ってまた復帰できればと。それがいちばんいいなと。でも子供の顔を見たらずっと一緒にいたいと思ってしまうんじゃないかと。

沢辺 子供のほうしか向いていない親なんて、子供からしたら重たくて、子どもにとっては逆によくないんじゃない(笑)?
子供がいても働いている女性を見てどう思う?

佐々木 よくがんばるな、と。派遣の職員の人で、お子さんはもう高校生、大学生で、ずっとフルタイムで働いている人がいるんですけど、その人は家事も完璧にこなして、仕事もばりばりやる人なんですよ。どこからこんなエネルギーが出るんだろうと思って。

沢辺 結婚するなら、だんなはどういう人がいい?

佐々木 家事もやってもらいたいですね。でも、だんなさんについての具体的なイメージはないです。

沢辺 結婚するときは家事をちゃんとやってくれるという視点で選ぶことができるかな?

佐々木 わからないですね。他人のことまではやれなくていいけど、自分のことは自分でやれる人がいいですね。靴下まで履かせろみたいな人はいやです。

沢辺 それはさすがにいないと思うよ(笑)。

佐々木 (笑)男友達見てると、みんな身なりもきれいだし、一人暮らしの家もしっかり片付いてるな、と。

沢辺 カレシの家事能力はどうかな、とか、子供ができたときにどういう態度をとるかな、というような想像はしたことない?

佐々木 あります。

沢辺 どう?

佐々木 ほのぼのしてるので、お父さんになっている姿が想像できます。

沢辺 それ、ちょっと甘くないか?

佐々木 (笑)

「夢に向かってがんばることがよしとされるメディアのイメージ、(でもそれを)発信している人たちはもう夢を実現した人たちですよ、きっと」

大学時代までは、クリエィティヴな、なにかをつくる人間になろうという考えもあったが、いざ就職してみると、日々の生活を送るのに精一杯。年をとるごとにけっこう即物的になるなあ、と感じている。
佐々木さんは、「私が私が」の語り口で話す人ではない。「私はこういうやりたいことがあるんです!」と熱く語る人でもないし、「職場での悩みはこうなんです!」と熱っぽく語る人でもない。自分はこうなんじゃないだろうか、と距離を置いて冷静に自分を眺めることができる人。冷静に眺めつつも、職場でこわいお客さんと接したことの驚きを語るようなときには、ちゃんと素のままの自分の驚きを語る。強がりでわざわざつくった嫌味な冷静さはない。そういう素直な冷静さで述べられる「夢にむかってがんばります!」と言いがちな若者に対する分析や、この言葉じたいへの批評は、かなり説得力がある。

石川 社会人になって、大学時代の自分と変わったと思うことある?

佐々木 いちばん大きかったのは、さっき言ったように、自分の知らない世界の人としゃべって、というのが大きいですかね。

沢辺 なんで今日、このインタビューに来てみようと思ったの?

佐々木 うちの会社って取引先が建設業者とかしかないんですね。それで、異業種の人と話す機会がないんですね。それで、異業種の人とふれあうのもいいかな、と。いろんな人に会いたい、っていう気はありますね。

石川 そういえば、このインタヴューでぼくの本を読んできてくれたのは佐々木さんがはじめてだった。
よっぽど楽しみに、人に会いたい、って気持ちがあったの?

佐々木 なんか楽しいことがありそうだな、と思うと行きたくなりますね。

沢辺 石川さんの本、読んでどうでしたか?

佐々木 哲学の本って、文字を追ってすぐ頭に入るわけではないじゃないですか。哲学用語を自分のなかで広げて考えるわけです。それで、読むのにすごく時間がかかりましたけど(笑)。
でも、入門者にわかりやすく言葉をすごい平たくして伝えようとしてるんだな、と感じて、時間はかかっているけれど、がんばって読めてます。

石川 ありがとうございます。

沢辺 石川さんが書いていることは、簡単に「ひとそれぞれ」って言うなよ、ということだと思うんだ。
もちろん、人間には「ひとそれぞれ」の部分があるんだけど、それでも正しさっていうか……。

佐々木 普遍性、普遍(笑)。

沢辺 そうそう。普遍性というか妥当性とかあるよね、と。佐々木さんは「ひとそれぞれ」、「普遍」、どっち?

佐々木 わたしの思考回路としては完全に「ひとぞれぞれ」ですね。あんまり人のことをうらやましいと思わないし、人と比べて、自分のことを「ああ私は自己実現できてない」と思うこともなくて。
友達で、「自分より不幸な子を見ると安心する」と言った子がいて、私まったくそういうことがないんです。ずっと「ひとそれぞれ」という思考で生きてきて。それが、もって生れたものなのか、後天的なものなのかぜんぜんわからないんですけど。「ひとぞれぞれ」派です(笑)。

石川 いつごろからそういう自覚はあった?

佐々木 子供の頃からです。人のことを見て自分の喜怒哀楽が動かされたということはありません。もちろん、映画を見て感動したりということはあって、無感動な人間というわけではないです。

石川 それじゃあ、誉められることってある? あるとしたらなんと言って誉められる? それで、誉められるとどういう気持ちになる?

佐々木 誉められることはあります。よく、しっかりしてるね、堅実だね、と誉められます。そう言われると、ああそうですね、そうですか、という感じですね。

石川 べつにうれしくもない、と。

佐々木 そうですね。しっかりしてる、とか、堅実だね、と言われてもうれしくはないです。それはその人の評価、ああその人にはそう見えるんだ、という感じです。

石川 人はそう自分を評価するけど、私はじつはこう思っている、というのはある?

佐々木 私はやるべきことをやっているだけです、っていう感じです。

石川 「やるべきこと」というのは、大きな目標があってそれに向かってなにかをやっている、という感じなのかな?

佐々木 自分の生活の足場がためをやっている、という感じです。長期的な視野でなにかをつづけたということがあまりなくて、けっこう目先のことにとらわれてそれをやっていました。

石川 しっかりしてるな、と佐々木さんに対して感じるのは、おそらく、夢に向かってがんばります、というような大きな目標よりも、日々目の前のことちゃんとやっている、という感じがあるからなんだよね。

沢辺 夢に向かってがんばりますと言って、自分のことをかっこいいと思ってるヤツって実はかっこ悪いじゃん?

佐々木 そう思いますか? 実はわたしもそう思います(笑)。やりたいことをやって評価されている人ってかっこいいじゃないですか。すばらしい。けど、俺はやりたいことをやるんだ、と言って、自分の世界だけでやってて、なんの評価もついてこないで思い込みだけでその道を進んでいる人を見るとかっこ悪いと思います。

沢辺 そういう安易なかっこ悪さにわたしは染まりたくない、というのが見えてくるから、佐々木さんってしっかりしている、と言われるんだと思うんだ。
とはいえ、自分の道こそいいものなんだ、というのも実はどこかで疑っている面もあるよね?

佐々木 そうですね。自分の道をかっこいいんだと思っている人をかっこ悪いと思うからこそ、私はみんな私のようにすべきだとは思いません。

沢辺 だから、それが佐々木さんのいう「ひとそれぞれ」だと思うんだ。
今ね、子どもの頃から自分のやりたいことを見つけなさいということをわりと強いている社会だと思うんだけど、大学生時代は、自分のやりたいことを見つけなければ、というムードはあった?

佐々木 それって、「やりたいこと見つけて、自己実現せよ!」みたいな?

沢辺 そうそう。そんな感じしなかった?

佐々木 ああ、しますね。

沢辺 これまでの話を聞いてみると、佐々木さんはそれからはずれてる感じがするじゃん?

佐々木 はい。はずれてますね。

沢辺 なぜはずれたの? あるいははずれていることに対して不安はない?

佐々木 不安はないですね。やりたいことを見つけて、それに向かっていく、ということがよいこととして今もてはやされていると思うんですけど、実際自分のまわりを見渡して、やりたいことができてる人ってあんまりいないんですよ。「やりたいことをやるんだ!」と言って、社会に飛び出せないまま日々アルバイターで過ごしている人がいたりして、自分はそういうのはぜんぜんいいとは思わないので。

石川 俺はやりたいことをやるんだと言いながら日々アルバイターやってる人についてはどう思うの?

佐々木 あー(笑)。その人の生き方なので別にいいと思います。けれども私は嫌だなと思います。

石川 なんでそう思う?

佐々木 好きなことをやるにはリスクを伴なうじゃないですか。そこまでしてやろうとは思いません。
バイトしながら夢に向かってがんばってるんだ、という人も友達にするにはすごくいいんですよ。自分の知らない世界を知っているわけで。そういう話を聞くのもすごく楽しいし。

沢辺 そういう自分は、大学の同級生のなかで少数派だと思う?

佐々木 多数派です。なんか、夢に向かってがんばることがよしとされる社会、というのは、メディアなどではそんな社会になっているという雰囲気はあるかと思いますけど、実際、明確な目標をもってがんばっている人って友達のなかではいませんね。

沢辺 夢をもっているように見せてる人はいるけれども、ほんとうはそうそういないと僕も思っているんだよ。
自分の食い扶持にも責任もって生きていく、と淡々と生きている。でも、夢を追いかけている人がいても私は否定しない、みたいな。
同級生たちも意外と、メディアとかに踊らされてはいない、という感じでしょ?

佐々木 完全にイメージですよね。発信している人たちはもう夢を実現した人たちですよ、きっと。

沢辺 あー、シビアな見方だね(笑)。

佐々木 新聞社、出版社、広告会社とかメディアの人たちって、ある意味、特権的な立場じゃないですか。そういう人たちが「夢は必ずかなう」と言っているのは、もう夢をかなえているからですよ。

沢辺 とってもいい話が聞けたよ。

石川 いやあ、夢に向かってがんばります、っていうのはただの言い訳みたいなものかもしれないね。

沢辺 現実に使われてるその言葉は言い訳に使われてるよね。

佐々木 そうですね。

石川 では最後に一言、いま悩んでることは?

佐々木 彼氏との交際を親に反対されていることです(笑)。

沢辺 えっ、なんで?

佐々木 7歳上で合コンで出会ったのがよくないみたいです。

石川 えっ? うちは女房とは7歳差だよ。出会いが合コンというのが悪いんじゃない?

佐々木 むかしの人は合コンによくないイメージをもってるみたいです。へんな交友じゃないんですけど(笑)。

石川 (笑)どうも今日は長時間ありがとうございました。

◎石川メモ

仕事はいろいろな人とのつきあいを要求する

 佐々木さんは、中高一貫の進学校を経て、難関大学に進んだ。交友関係もみな有名大学出身者。就職した企業では正規職員で、カレシは広告マン。そんな佐々木さんが、「自分の生きてきた道とちがう道を生きてきた人びと」と出会う。すると、こんな人もいるんだ、と驚いたり、どう付き合っていいかわからなくなったりする。これを上から目線で、世の中、あんたのように生きてた人なんてほんの一握りなんだよ、と言うことに意味はないし、格差(学歴? 階層? お受験?)社会の問題とからめて扱うのも面白くない感じがする。
 たぶん、佐々木さんの体験は、「仕事はいろいろな人とのつきあいを要求する」ということとかかわっているはずだ。自分の交友関係は、気の会う仲間、同じような趣味、あるいは、同じような学歴でまとまっていてかまわないし、ほんとに〈ひとそれぞれ〉でかまわない。というより、これが交友関係の本質というものだろう。
 けれども、仕事となると「このお客さんは苦手だから、この同僚は気が合わないから相手するのやめちゃお」というわけにはいかない。気の合う仲間どうしで、〈ひとそれぞれ〉で済まされない部分がここにはある。なぜそれで済まされないかと言えば、わたしたちは働いて食っていかなければならず、どんな仕事も商売である(お客を選べない)からだ。
 佐々木さんは、いろいろつきあいに困りながらも、がんばって仕事をして食べている。そこに自己実現とか夢といった派手さはない。けれども、これが、仕事をするということの現実的な像、当たり前の姿だろう。

いま眼の前のやるべきことをしっかりやるべき

 「〜べき」より「〜したい」へ。そういうスローガンの延長に、「夢にむかってがんばろう!」という言葉もあるのだと思う。けれども、佐々木さんは、「夢にむかって……」なんて言っている若者は、自分の生活の足場を固めることを差し置いてぷらぷらしている人の言い訳しているだけではないか、と言う。むしろ、佐々木さんが重視してきたのは、眼の前のやるべきことだ。大きな夢や自己実現といったものを最初に置いたりせずに、とにかく、眼の前のやるべきことをしっかりやること。これはとても重要な指摘だ。
 「〜べき」ということは、もっと重要視されてよいキーワードなはずだ。もちろん、「〜すべき」に押しつぶされて心を病んでしまう人もいるだろう(“親にもっと認められるべき”、“会社でもっと成績を上げるべき”)。けれども、「〜したい」の系列、大きな目標さがし、やりたいことさがし、夢さがし、などなどで頭を悩ませる人があれば、むしろ、目の前のやるべきことに注目することを勧めたほうがいいはずだ。
 佐々木さんは、夢に向かってがんばることをよしとするような流行は、メディアのつくりだしたイメージだと言う。そして、そういうイメージを発信している人たちは、もう夢を実現した人たちだと言う。
 おそらくこういうことなのだと思う。じつは、その夢を実現した人たちは、さいしょから大きな目標などもっていなかったはずだ。むしろ、自分の眼の前のやるべきこと、そのひとつひとつにそのつど全力を注いできたはずだ。そして、その努力の結果として、ある一定納得できる状態のいまの自分がいる。その結果としての状態が「いま思えばこの状態は若い頃の夢だったかも」と受け取られているはずだ。けれども、伝えるほうのメディアの責任もあってか、結果のほうが先行してしまい、まず「夢が大切」となって、その過程のやるべきことの大切さがなかなかうまく伝わっていない。だから、夢や自己実現という言葉が独り歩きしてしまう。
 ボブ・ディランに「できることはしなきゃならないことなのさ しなきゃならないことをするんだよ だからうまくできるのさ」という有名な歌詞がある。この言葉のミソは、「“したいこと”をするんだよ」ではなく、「“しなきゃならないこと”をするんだよ」である点。「〜したい」よりむしろ「〜べき」の大切さ。このことを哲学でどう語っていくか。そういう課題を佐々木さんの「夢にむかって……」に対する批判からもらった。