2011-04-13

第10回 もうちょっとまわり道したほうがよかったんじゃないかな──早見涼子さん(23歳・女性・勤務歴2年)

 早見さんは、1987年に東京都区内に生まれ育ち、現在はマネージメント会社(スタイリスト、フードスタイリスト、ヘアメイク、そのアシスタントが所属している)で働いている(23歳)。この会社には、自分の卒業した服飾系の専門学校の先生の紹介で入社。仕事をはじめて2年。現在は正社員。
 この日はバレンタインデー。初対面のぼくたちにも、チョコ(Kit-Kat)をもってきてくれた。こちらに伝わるように、「なんだろう、うまくは言えないですけど……」、「うーん、どう言ったらいいんだろう……」と言葉を選びながら丁寧に答えてくれる気づかいの人。そういう心づかいを仕事でも意識している点は、インタビューの端々からもうかがえた。
*2011年2月14日(月) 20時〜インタヴュー実施。

「3年間やれば独立できる人もいるし。そうではなく、ずっと10年間もアシスタントのままの人もいます」

早見さんの会社には、スタイリスト、フードスタイリスト、ヘアメイクと、それぞれのアシスタントが所属している。早見さんはヘアメイクのマネジメントを担当している。まずは、早見さんの会社に所属している人たちの仕事はどういうものか? を中心に聞いてみた。

石川 どんなお仕事をやっていますか?

早見 スタイリスト、フードスタイリスト、ヘアメイク、それから、それぞれのアシスタントの所属する会社で働いています。わたしは、ヘアメイクのマネージャーをやっていて、テレビ番組の制作会社やお店から依頼が来ると、合いそうな人を見つけてスケジュールを決めます。

石川 ということは、早見さん自身はフードスタイリストやヘアメイクはやらないということだよね。ようするに、人を派遣する仕事?

早見 そういう感じですね。一応はファッションの専門学校を出て、ちょっとスタイリストのアシスタントの勉強をしたんですけど。会社に勤めたい、というか、なりゆきもあって今の会社で働いています。

石川 派遣する先は?

早見 たとえば、フードスタイリストだったら、デパ地下のチラシをつくるための調理の依頼とか、スタイリストの場合だとテレビの番組から、ヘアメイク仕事だと雑誌から、など、いろんなところから依頼がありますね。

石川 大手になるの?

早見 そうですね。

石川 たとえば、テレビ局は自分でスタイリストさんをもっているのではなくて、そういうふうに派遣のひとで番組をつくっているんだ。

早見 いろいろなパターンがあると思いますが、そういうふうになっていると思います。詳しくはわからないですけど(笑)。

石川 仕事でいろんなひととやりとりしているせいか、話し慣れている感じあるね。

早見 そうですかね(笑)。緊張している面もあります。いまやっている仕事だと10人ぐらいしか人づきあいはないですけど、ピクニックのサークルに入っていたり、通っていた学校が大きかったり、むかしからバイトをやっていて、いろんな人と話し慣れているところがあるかもしれません。

沢辺 いくつなの?

早見 23歳です。今年24歳になります。

沢辺 いまの会社何年目?

早見 今年2年目になります。専門に3年行って、フリーター期間があって、21歳の秋からいまの会社に入社しました。新卒という感じではありません。就職できなくて、卒業してから1ヵ月ぐらいなにもしてない時期があったんです。それで専門学校の先生に相談しに行ったんです。そうしたら、いまの会社の社長に連絡してくれて。産休の交代が秋にある、ということでその秋からこの会社に入りました。その産休の人は会社に戻ったんですけど、わたしは業務を変えて会社に残れるようになりました。運がいいです(笑)。

石川 学校ではスタイリストの勉強もしたということだったけど、スタイリストさんになりたかったの?

早見 それはよく聞かれるんですけど、そんなには(笑)。そんなには魅力を感じていなかったです。スタイリストのアシスタントになってもすぐやめちゃう人もいたから。

沢辺 やめるんだよ。きっと。

早見 やっぱきついんですよ。見てても。

沢辺 金もよくないし。

早見 それに、作業が多くて、自分を見失ってしまったり。言い方はよくないですけど、奴隷のように扱われたり。

沢辺 ほとんど独立自営の人のアシスタントになるわけだから。比喩で言えばなにかな〜。そう、大工の弟子とかさ。下手すれば、トンカチ投げられて「バカ野郎!」だよね。

早見 そうですね。

石川 それに、アシスタントになって独立できる保証もない、と。

早見 そうですね。人によってです。

沢辺 能力にもよるよ。

早見 そうですね。道は険しいです。3年間やれば独立できる人もいるし。そうではなく、10年間もずっとアシスタントのままの人もいます。

石川 スタイリストさんで、有名な人っていうのはどんな人?

早見 あんまりわたしも詳しくはわからないです。名前が出て有名なのは野口強さんとかですね。

沢辺 おれは名前を知らないけれど、たぶん、「スタイリスト」という職業を確立したのは1970年ごろの「an an」でやってたなんとかさん? 伝説のスタイリストみたいな人がいたんだよね?

早見 そういう歴史の勉強も専門学校でちょっとしました。

石川 変な質問かもしれないけれど(笑)、スタイリストさんってお化粧をする人?

早見 お化粧はメイクアップですね。なんて言えばいいのかな。

沢辺 スタイリストって、ドラマとか写真撮影の現場に置いてある小道具屋さん、その進化系だと思う。たとえば、お芝居で言うと、大道具さんと小道具さんがあって、小道具さんは消え物とかを担当する。でもまあ、お芝居には、大道具、小道具という区別があるけれど、ドラマとか写真撮影の現場にはそういう区別も明確じゃなく、そこに使う道具をまとめて準備するのがスタイリストになるかな。簡単に言うと、でっかい鞄しょって、そこらじゅうを走り回って、お皿を借りたりするんだよ。

早見 洋服も借ります。

石川 へぇ。だんだんイメージがはっきりしてきました。

沢辺 でもって、スタイリストが髪の毛を整えたり化粧をするわけじゃなくて、それはヘアメイクの仕事だと。

早見 そうですね。

「スタイリストさんたちは、うちの会社に所属していますけど個人事業主扱いです。だから、保険とかは自分で入ってもらってます」

早見さんの会社はスタイリスト(とそのアシスタント)たちの派遣業。話はスタイリストの仕事から、そこに早見さんの会社がどうかかわっているかに進んでいく

石川 服飾の専門学校に3年間行ったという話だけれど、専門学校は2年なのでは?

早見 もう1年専門課程に進むことができて勉強しました。 

石川 どういう勉強をやる学校だったの?

早見 まんべんなく服装のことをやります。コーディネートや色のことをやります。あと、メイクと写真のことをちょっとだけですね。

石川 ようは、服飾が好きだったんだね?

早見 まあ、そうですね。さいしょはスタイリストになるのかな、と思っていましたけど、でも、じっさい就活は、販売職、洋服屋さんを受けました。けれど、すごく好きなブランドがあったわけでもなく。今思うと、就活ではそのあたりの熱意が伝わらなくて落ちちゃったのか、と思います。高校の時から、とりあえず、「洋服が好きだ」とうのはありましたけど、すごく販売員になりたかったわけでもなく。専門学校にもいろいろな科がありますけど、「広く浅くできてたのしい」と言われるスタイリストの科に入りました。途中で、「もっと洋服を作りたい」という気持ちになったこともありましたけど。

沢辺 ようは、いちばん食い扶持のなさそうな科だよね。

早見 (笑)。スタイリストはそうですね。なんか、かたちになっていない、というか。

沢辺 たとえば、スタイリストとして出版社に入れるわけでもなく、需要がなかなかないよね。カメラマンと似たようなものかな。

石川 テレビ局がスタイリストをもっているわけでもなく。

沢辺 いるかもしんないけど、かなり少ないと思うよ。

早見 会社に入ってきたひとでテレビ局の専属のメイクをやっていたひともいますけれど。

沢辺 それでもせいぜい専属で、テレビ局の社員というわけではないでしょ?

早見 そうですね。

石川 仕事の依頼はどういうものがあるの?

早見 たとえば、キャスターさんの洋服を集めてほしいとか。メイクをしてほしいとか。番組内でも、番組のポスターづくりとかでも、単発でいろいろ依頼があります。

沢辺 石川くんだって依頼できるよ。

石川 えっ。

早見 こういう本を出して、こういう写真をとりたいので衣装を集めてほしい、というのもあります。出版社からの依頼も個人からのものもあります。

石川 あっ、そうか。じゃあ、「インターネットでこういうふうに載せたいからコーディネートしてくれ」というのもある?

早見 そうですね。

沢辺 とくに女の人だとスタイリストがついているかいないかのちがいは如実だからさ。まあ、男の人でも同じで、出版社がけっこう気をきかせて金をかければ、ありうると思うよ。個人だってそういう依頼をしようと思えばできる。おれ奥さんにいつもよく言われるんだよ。「コーディネートやってもらいなさい」って。「だって、あたしが言ったって聞かないじゃん」って。

石川 わかります。やっぱり身内より外側の人に言われると言うこと聞かざるをえないですよね。

沢辺 そのほうが緊張感が生まれていいんだよ。やるほうも妥協が少なくて。たとえば、おれの知り合いの社会学者のおじさんがいて、ぜったいスタイリストつけたほうがいいと思うんだ。上は紺ブレキメてるんだけど、下はなんか国道沿いの靴の安売りで買った茶色のスリッポンみたいなのでさ(笑)。それで、靴下に変な模様みたいなのが入ってたりさ(笑)。おれも人のこと言えないけど。

石川 (笑)ちぐはぐなのは問題ですね。ぼくも人のこと言えないけれど。それで、さっきから、スタイリストさんはなるのも大変、やるのも大変、っていう話になってきているけれど、早見さんの会社では、スタイリストさんはどのような扱いになっているんだろう? 保険とかはどうなっているの?

早見 スタイリストさんたちは、うちの会社に所属していますけど個人事業主扱いです。だから、保険とかは自分で入ってもらってます。スタイリストさんには、ギャラからうちのマネジメント料が引かれて振り込まれます。

沢辺 気を悪くするかもしれないけど、ようは早見さんのやってる仕事は、人夫出し稼業なんだよ。スタイリストさんに「○○さん、この日こういう仕事があるんだけど入ってくれない?」とか。その一方で、スタイリストさんたちの評価もしていて、「○○さん、最近評判悪いんだよね〜」とかやってるんだよ。

早見 そうですね。評価もします。うちの会社は、ほかにも細かいことをやっていて、スタイリストさんたちの荷物を預かったり、郵便物や宅急便を受け取ったり。衣装代を建て替えたり、そのお金をクライアントに請求書をつくって、請求したりします。

沢辺 そうそう。貸衣装屋さんとかあるわけだよ。そこに行って、一回貸出し料5000円とかで衣装を借りるわけですよ。

早見 食器だけの貸し道具さんとかもあって。

沢辺 そのとき、フリーだと信用ならないから、すぐ「現金よこせ」となるわけだよ。けれども、早見さんの会社の名前を出すと、その場で払わなくても、まとめて精算してもらえるとか。一応、そういう想像なんだけど、どう?

早見 あっ、そのつど精算は個人でやってもらっています。でも、リース屋さんによっては、会社の名前が通っているところもあるみたいですけど。細かいことはちょっとよくわかりません。

沢辺 みんなでっかいバックもって走ってるわけだよ。

石川 それをテレビ局とかに全部自分でもっていってやっているわけだ。

早見 そうですね。

石川 そう言えば、最近、大学図書館に派遣で働くようになった友人もいて。こういう派遣の仕事ってたくさんあるんですね。

沢辺 図書館は、派遣もあって、業務委託もあるよ。

早見 美容師の派遣もあるみたいですね。

石川 でも……、

早見 わたしは正社員です(笑)。

石川 でも、すぐに正社員になったわけではないよね?

早見 産休の方が帰ってきたあとも試用期間がつづいていたんですけど、ある日、社長とミーティングしていたときに、「あれ、正社員だっけ?」という話になって、あとで経理に確認したら正社員に上げてもらっていた、という感じです(笑)。

石川 ありがたい話だよね〜。よかったらどれくらいお給料はもらってる?

早見 いろいろ引かれて月15万ぐらいです。

「友だちとかには『もう無理、わたしはこれはきらいだからやりたくない、好きでないからやらない』と言う人もいるんですけど、わたしはそういう変な壁はつくりませんね」

早見さんは東京都区内で実家暮らし。実家は母親の生まれ育った地域。父親は新潟県出身で57歳。生協の仕事をしている。現在は大阪に単身赴任中。母親は東京出身で54歳。もともと銀行員で結婚を期に専業主婦に。兄弟は、25歳の姉と20歳の弟がいる。姉は保険関係の仕事をしながら現在シングルマザー。弟は現在二浪中。話は、まずはお姉さんの話から、早見さん自身の仕事の向き合い方に。

早見 母は専業主婦だったんですけど、姉が都立の高校のデザイン系に進んで、画材などいろいろお金がいるので、それから、近所のカラオケ屋でパートをはじめるようになりました。

石川 お姉さんはいまなにをしているの?

早見 姉は美大に進んだんですけど、中退してしまって、子供を産んで、いま保険関係の営業の仕事をしています。だから、いまは甥っ子とも一緒に住んでいます。

沢辺 姉ちゃんは男に走ったの?

早見 あまりそこのところは詳しくは聞いていませんけど、最近、子供を産んで落ち着いたんですね。シングルなんです。うちの姉は。子どもができたことをずっと隠していて。けっこう複雑なんです。うちの姉は。

沢辺 じゃあ、結婚せずに産んだっていうわけ?

早見 はい。

沢辺 度胸よかったね〜。

早見 でも、そういうきっかけがなくてはふん切れないタイプだったと思います。

沢辺 みんなあるよね。そういうところ。

早見 わたしもそういうところがあると思います。

沢辺 おれなんて、子供ができたのまちがいだもん。まちがい、っていうか、計画外でできたもの。でも、できたものは受け入れなくちゃ、というかさ。

早見 そういうきっかけがあってがんばれる、というか。

沢辺 自分でもなんかどっか許容できる範囲もあったんだ。決意して選択できるわけではないけれど、なんかサイコロ振って、半か丁かで、丁だったらそれでいい、みたいな。そういう気分で。子供できたのが「まちがい」と言うのも、ちょっと違うかも知れないけど。みんなそうじゃない?

石川 ぼくなんか子供をつくることに関してはすごく気をつけてますけど、たとえば、いまこういう商売をしているのも、半か丁かで、丁だったらそれでいい、そういうものの積み重ねかと。たとえば、大学院に行って、就職の幅が狭くなるかもしれないけれど、それでもまあいいか、と思ったのはありますね。すごく決意したというわけではないけれど、きっかけがあって、それに乗っかったというか。

沢辺 でも、もちろん、振り返れば、そういう選択には、なんか志向があったと思うよ。

石川 そうですね。明確な決意ではないけれど志向はあったと思います。

沢辺 たとえば、早見さんだって、就職活動としては、洋服の販売員を受けたとき、行動としてはそうしたけれど、それでもどこかに「でも、販売員やるのもな?」というのがあったと思う。それで、販売員にはならなかったんだと思う。こっちが解釈しちゃってごめん(笑)。でも、いまのところベストな選択だと思うよ。結果オーライ。洋服の販売員をやってもノルマがあってどうこうとか。しわくちゃバアちゃんになってもそのブランドが生き残っているかどうかわからない。

早見 不況の影響を受けやすいですしね。

石川 それに、販売員さんってある程度の年齢になるとやめるよね。

沢辺 やっぱり早見さんも想像しているわけでしょ。販売員をやってもやめちゃうかもしれないし、スタイリストのアシスタントして荷物もって走りまわっても、ずっと、コネもなくて、独立できないでいるとか。それに、そもそも、仕事を紹介してもらえるような能力が自分にあるかわからないし、クライアントを満足させるような人間になれるかどうかわからない。そういう想像はあったと思うよ。

石川 ぼくは、そういう意味で、もの書きの弟子になったから、スタイリストのアシスタントになってしまったタイプだな。

沢辺 そうだよ。石川くんは徒弟制度に飛び込んじゃった口だよ。彼女はそういう口じゃなく、現場とはちょっと距離を置いて。だから、けっこうおいしいポジションだと思うよ。

早見 でも、さいしょはしんどいから、上の人に怒られたり、仲間のぜんぜんいない職場なので、販売員になって友だちつくるのもうらやましいと思いましたね。

石川 仕事を覚えるのは大変だった?

早見 最初は、請求書をつくったり、アシスタントの仕事の時間管理、その人の仕事の経歴をパソコンに入力したり、事務作業をやっていました。電話の取り方も勉強しました。単純作業をとにかく一年やって、なんて言うんだろう、そうやって土台をつくりました。

沢辺 おじさん的に言うと、「そんなのまだまだ小娘」だよ。ただ、やっぱり社長が声をかけたわけだよ。「正社員だっけ?」って言うっていうのは、やっぱり「こいつに正社員やってほしい」という判断があるわけじゃない? そうじゃないヤツにそんなこと絶対言わないよ。おめがねにはかなったわけだよ。

早見 そう言われてみると、そうだったと思います。

石川 「まだまだ小娘」っていうのはどういう意味ですか?

沢辺 仕事的に言えば、「こいつにまかせていたら、大丈夫、お客の評判がいい」とか。つまり、「こいつにまかせていたら、今日、明日、期待できる」というレベルじゃないと思うよ。そういう意味で、「まだまだ小娘」というわけなんだよ。

早見 そうですね。わたしの上にフードのスタイリストのマネージャーをやっている人がいて、その人が実績を残しているんです。わたしは「その人の下についたらどう?」と言われて、いまはその人に弟子入りしていて、マネージャーの修行をしているのが現在、という感じです。

石川 事務作業はきらい? すぐその仕事に入っていけた?

早見 そんなに深くは考えなかったです。はじめから事務作業と聞いていたので。

石川 たとえば、もし、スタイリストさん志望の人で、「わたしはアーチストだから」というタイプの人だったら、「事務作業のような地味な仕事はやりたくない」って感じになることもあると思うんだ。けれども、早見さんはそういうタイプではない感じがする。

早見 なんだろう、うまくは言えないですけど、友だちとかには「もう無理、わたしはこれはきらいだからやりたくない、好きでないからやらない」という人もいるんですけど、わたしはそういう変な壁はつくりませんね。「割り切り」ってわけでもないんですけど。

石川 「割り切り」っていうのは「もともとはこういうのをやりたかった。けれど、現実はちがっていた。でも仕方がないや」という感じだと思うんだけど、早見さんはそういうタイプではないと思うんだ。

早見 最初はそういう気持ちもあったかと思うんですけど、仕事をやっていくうえでたのしくなったりとかですね。

沢辺 たとえば、さいきん、知り合いの大学の先生からの紹介でうちの会社に入れた学生がいるんだよ。でも、3日でやめたの。その子には、最初にテープ起こしをやらせたんだよ。テープ起こしっていうのは、いまこういうふうに早見さんにしているインタヴューとかを文字に起こすわけだけど、これ、つまんないでしょ。でも、この仕事はぜったいどこかで誰かがやらなきゃならない。だから、早見さんがやってた事務の仕事もそう。スタイリストさんへギャラ払うのだって、その人が「何日どこでどれくらい仕事しました」って細かい記録を残す作業を、誰かがやらなきゃならないわけだよ。
だけど、うちに来た子は「編集の仕事をやるんだ」と、先を見ちゃってたんだと思うんだ。まあ、タイミングも悪かったんだ。もちろん、うちの会社だって、年がら年中テープ起こしやってるわけじゃないよ(笑)。でも、そのとき、テープ起こしの仕事がたまっていて、テープ起こしだったら1回やり方を教えればいいから、こっちとしては手取り足取りその子の相手して仕事を教えなくてよかったわけだよ。それで、みんな知らんぷりしてたから、「自分が思っていた編集の仕事はこうじゃない」と思ったかもしれないんだよ。あとでわかったことだけど、本人にうつ的な傾向があったからやめちゃったのかもしれない。だけど、早見さんはとりあえずそこを乗り越えたわけだよ。

石川 ええ、わかります。編集というのは作家さんとやりとりしながら「本づくり」するクリエイティヴなイメージだけれど、当然、テープ起こしのような地味な仕事もそのプロセスのなかには入っている。仕事を学ぶまだ最初のうちは、そういう地味な仕事ばっかりしなくゃいけない。それが修行期間なんだ、って想像力はなかったのかな?

早見 わたしがその話を聞いて思い出したのは、自分がバイトをやめちゃった経験です。学生のときレストランのアルバイトを3日でやめちゃったことがあります。そのときは、初日に行ってみると「いま忙しい」と言われて、1時間ぐらい待たされて。そのあとは、「とりあえずお皿洗って」と言われてわたしはずっと洗ってて、だれも話しかけてくれなかったんです。たまに声をかけてくれてもそれもあまり励みにならなくて。こう言うのもなんですけど、「さみしくてすぐやめちゃう」というのもあるかと思います。

石川 なるほどね。沢辺さんのところに来た子に、「お前テープお越しがんばってるな。それも修行の一環だからな」と一言言ってあげれば励みになってやめなかったかもしれない。でも、みんな忙しいときになかなかそういう一言もかけられないよね。

沢辺 だから、そのあたりはバランスでさ。イジメのように知らんぷりするのもおかしいけれど、相手してあげるのが商売でもない。きっと早見さんの場合は3日でやめたことはいい経験になったんだと思う。早見さんは、「自分はなぜやめてしまったんだろう?」とふり返って考えたんだと思うんだ。おれの期待とすれば、うちをやめた子も、早見さんのようにその経験を糧にしてほしい。「あのときやめたのはなんだったんだろう?」と考えて、活かしてくれればと思うんだ。みんなそういうふうになってほしいんだな。

「機械的になっちゃダメ!」「情熱を入れるのよ!」

早見さんはいまマネージャー修行中。早見さんには仕事上の師匠がいる。その師匠に日ごろどんなことを言われ、仕事を教えられているか。そのあたりを聞いてみた。

早見 石川さんは本をどれくらいの期間で書き上げるんですか?

石川 今回出した『ニーチェはこう考えた』っていう本は半年かかりました。それで、去年の11月に本が出て、印税が入るのがその3ヵ月後の今年の2月。

早見 スタイリストもアシスタントもそうですね。3か月後にお金が支払われます。だから、仕事をはじめるとき、「半年ぐらいは貯金してくるように」って言われるんですよ。

石川 そうだね。最初は持ち出しで(自分のお金で)仕事をするしかないんだね。

早見 そうです。わたしの師匠はモデルのマネジメントからいまの会社に入ったんですけど、こういう業界もそういう支払いのシステムみたいですね。

石川 師匠というのはさっき話してくれた早見さんがいま下についているマネジメントの先輩のこと?

早見 そうです。40手前ぐらいの人で、話すこともオネエ言葉で、すごく独特なんですよ。

石川 じゃあ、オネエ系の人?

早見 そうですね。

沢辺 多いんだ、また〜。

早見 尊敬できるひとで、頭の回転もすごくはやくて、話の切り口も面白いひとです。

沢辺 ヘアメイクとかにもオネエ系多いんだな〜。

早見 このあいだも、ヘアメイクの紹介の本をぱらぱら見ながら、「この人はゲイ!」とか「この人はストレート!」「目でわかるわよ!」とか言ってました(笑)。

石川 (笑)そう言えば、オネエ系の人もいると思うけれど、早見さんの職場全体としては女性が多いの?

早見 そうですね。うちの会社の社長も女性です。スタイリストさんは大半が女の人です。

石川 ということは、スタイリストさんなんかは、女の人が自分の腕一本で仕事をしている、そういう職場なんだ。

早見 そうですね。

石川 師匠の話に戻るけれど、師匠はもともとはスタイリストさんだったの?

早見 20歳ぐらいからずっとモデルさんのマネジメントをやっていたようです。そのモデルがらみでキャスティングの人と知り合って、いまの会社に入ったみたいです。すごく熱い人です。情熱を入れる。

石川 育てる、というか?

早見 そうですね。「マネジメント」というと、わたしの中ではクールなイメージだったんですけど、その人はそうではない。というか、うーん、どう言ったらいいんだろう。

石川 たとえば、仕事でこんなことがあった、という話が聞けるといいんだけど?

早見 うーん、たとえば、最近、新しいフードのアシスタントの人が入ってきたんです。その人は調理の学校を出てレストランで働いてきた人なんですけど、撮影の現場はまったく知らない人なんです。それで、これはあさっての仕事のことなんですけど、お弁当のカタログの仕事があるんですが、人が足りなくなったんです。そこで、そっちに人をまわしたのですが、今度は別の大事な広告の仕事に入る人が足りなくなったんです。大事な広告の仕事なので、撮影のいろはを知っている人が入るべきなんですけど、師匠は、撮影経験のないその新人のアシスタントを、「この子はレストランでずっとやってきた子だからきっと大丈夫!」と現場に差し込んだんです。
こういう感じですかね。もっといろんな例があるんですけどなかなか言葉にするのが難しくて……。

石川 早見さんのイメージでは、マネージャーというのはクールな管理の仕事なんだけど……。

早見 師匠は撮影が成功するように「情熱」を入れる。「情熱を入れるのよ!」ってよく言うんですよ。

石川 やっぱり「気づかい」の人なんじゃないかな?

早見 そうですね。

石川 ただただスタッフを管理するんじゃなくて、撮影全体が気持ちよくいくようにクライアントにもスタッフにも気を配るというか……。

早見 そうですね。

石川 それで、新人さんにも「この子、この機会に差し込んであげよう」とか?

早見 そうですね。「この子、最近落ち込んでるから好きな人と組ませてあげよう」とか(笑)。

石川 そうした師匠の気づかいが結果的にいい方向にはたらいてるんだ。

早見 そうですね。信頼は厚いと思います。

石川 早見さんは師匠ぐらいまでになってみたい?

早見 うーん、どうなんでしょうね(笑)。でも、わたしとしてはまだまだで。眼のまえのことをやるだけです。

石川 師匠にはよくなんて言われてるの?

早見 ほんとにいろんなことを言われますけど、「機械的になっちゃダメ!」とか「情熱を入れるのよ!」とかです。

沢辺 わかるよ〜。

早見 「電車に乗る時でもいいから、起きたときでもいいから、その人のことを思い出しなさい。そうするとその人のことが見えてくるのよ。そうすれば、その人に心を入れ込めるから」って。

沢辺 おっしゃるとおり! でも、それもある種の才能に近いんじゃないかな。気くばりができる、って。ちゃんと、「あいつはこうしてあげたらうれしい、こうしてあげたらいやだ」っていうのがわかってるからなんじゃないかな。
おれも同じこと言うもん。たとえば、本の企画を考えたりするときだってそう。まずは本屋の前を通ったらちょっと入ってみよう、いまどういう本が読まれているか、じっさいに町に出て見てみよう。日曜日の新聞の書評欄見てどんなタイトルにしようか考える。そういうふうに体が動くかどうか、ってことじゃん。
「機械的になるな」っていうこともわかるよ。おれ、メールひとつだって文句言うもん。やっぱり、「原稿どうなってますか?」って催促するとき、ただ、「あれ、どうなってますか?」と書くんじゃなくて、「いかにその人に書いてもらえるか」。そういうことを一言でも二言でも添えることが必要なわけじゃん。

石川 わかりますね。ぼくだったら、やっぱり、原稿を送ったら、原稿の内容について言ってもらえるとうれしい。

沢辺 そうそう。おれも「内容について必ず触れろ」って言うもん。書いているほうにとって、なにが一番いやかと言うと、送った原稿を読んでもらえずにただ積んだままにされる、ということなんだよ。人間は承認をめざす生き物で、「よくかけたね」「面白かったよ」と言われることをめざすんだよ。

石川 そうですね。それに、こちらも「ダメだったらダメだと言ってください。書き直します」という構えでいるんです。

沢辺 そうそう。「読んでなくちゃ言えないような一言を添えろ」っておれなんかよく言うよ。たとえば、おれとかだと、気をつかったメールでなくても相手は「沢辺さん社長だからほかの仕事で忙しいのかな?」と思ってくれるかもしれない。けれど、小僧がぞんざいなメールなんかすれば、相手は「原稿を読むのお前の仕事だろ!」になる。
だから、早見さんとスタイリストの関係って、ある意味で編集者と著者の関係だと言っていいと思うんだ。「機械的になるな」っていうのは、マネジメントを仕事という義務感でやるんじゃなくて、そのスタイリストを見ていて、「この人の仕事はいつもこんな感じになる」っていうのを、それをよいのか悪いのか、悪いでもいいから、「ちゃんと見てる」というのをださなくちゃいけない。

早見 そうですね。

石川 それって、やはり、早見さんの師匠が「電車のなかでその人のことを思い出しなさい」って言うのと同じだと思う。ただの管理じゃなくて、「この人は、どういうふうにしたら伸びるんだろう」とか、そこまで考えてつきあうマネジメントのことだと思うな。

「わたしはこの仕事をはじめたときに、自分の責任が重いというか、もう少しいろいろな修行を積んでからいまの仕事につけばよかったと思ったんです」

早見さんのやっているマネージャーの仕事は、スタイリストなりアシスタントなりのギャラの采配権をもっている。ある意味でパワーをもっている。たまたま職業上もっているその力を自分のもののように濫用することもできるし、その力をもっているがゆえの責任におしつぶされそうになってしまうことだってある。天狗にもなれるし、自分を卑下してしまうことだってある。こうした力をもってしまったことの問題をどう考えたらいいか。

沢辺 余計なお世話かもしれないけれど、彼女のポジションはある意味で危ういと思うんだよ。あえてひどい言い方をすれば、たいした能力もないくせに、たまたまその会社に入ったがために、たとえば、このスタイリストはこれくらい、あのスタイリストはこう、とギャラの采配権をもってしまうわけだよ。

早見 そうなんですよね。

沢辺 人は往々にして、おれも含めて、その力を勘違いしてしまうわけだよ。たとえば、石川くんのような先生だってそうだよ。やろうと思えば落第させることだってできる。たまたまそういう力をもったのに、その力をいいように使ってしまうこともある。

石川 でも、そういう危うさを自覚したって、人はそういう立場になっていくわけですよね?

沢辺 だから、その自覚が大切なんだよ。無理だよ。完璧にやろうとしたって。

早見 わたしはこの仕事をはじめたときに、自分の責任が重いというか、もう少しいろいろな修行を積んでからいまの仕事につけばよかったと思ったんです。

石川 もう少し現場の仕事を経験しておいたほうがよかった、と?

早見 そうですね。

沢辺 さいきんマンガ家の出版社に対する反乱が起こってるんだよ。たとえば、編集者が勝手に自分の書いたセリフを変えてしまうから、もうネットで配信すればいいんだ、と言うマンガ家もいる。マンガ家にも勘違いもあるし、編集者にも勘違いがある。編集者だったら、たまたま雑誌の編集者という立場にあるから采配権をもっているんだけど、それを一個人の力と勘違いしてしまうんだ。そういう人は大勢いるんじゃないかな。だから、早見さんが「危ういよね」っていうのはそういうことなんだ。もちろん、彼女が現場をよく知れば、判断の幅は広がるかもしれない。けれども、現場を知ったからって完璧にできる、っていうわけではないんだよ。ただ、いつも、「自分は大丈夫か?」という自覚、警戒警報が必要なんだ。

早見 責任が……。

石川 でも、仕事上、まだ大きな権限はないんでしょ?

早見 そうですね。

沢辺 ただ、おれがスタイリストだったら、やっぱり、仕事の窓口になってる早見さんを、生意気な小娘だと思っちゃうよ。もちろん、仕事だからそんなこと口には出さないけど。でも、それ、しょうがないよ。年取るとそういうふうに見られることがなくなるんだよ。それはそれでまた問題になることもあるんだけど。

石川 それから、相手を小娘だと見て利用することだってできると思う。

早見 「もうちょっとギャラ上げてよ」とか、そういう場合もありますけど、状況によってですね。交渉する場合もありますけど、できないときはできないと断ってます。

石川 じゃあ、押したり引いたりもやってるんだ。

早見 そうですね。

石川 変な人もいる?

早見 曲者だな、と思う人もいます。「撮影日は絶対この日」と前もってしっかり言っておいたのに、ちがう日にちを言ってくる人とか。「この人大丈夫か」とうわさになる人もいます。

沢辺 そういう人と出会うこともあるんですよ。問題は疑問を立てていくことだと思うんだよね。たまたまそういう会社に入って権限をもっているわけだから、過剰に調子に乗って偉そうにする必要もなく、へりくだって責任をとることから逃げることもないと思うんだよ。そのとき、ひとつだけ大切だと思うのは、「いま自分は大丈夫か?」と疑問をもつことだと思うんだよ。それも過剰に「これでいいのか? これでいいのか?」と反省して、思いつめて、なんにもしないのとはちがうんだよ。いいバランスをとること。これどう言ったらいいのかな?

石川 ぼくなんかは、さいきん沢辺さんと話をして出てくる「妥当」というのはいいキーワードだと思うんですよね。迷いつつ、ちょうどいいところを見つけていく。別にどこかに正解があるわけじゃないけれど、そのつど眼の前のことをやりながら、妥当なところを見つけることなんじゃないかな。

沢辺 それに、妥当というのはワンポイントではなくて「幅がある」ということなんだ。

早見 ひとつじゃない、というか?

沢辺 いい範囲に戻す。「いけない、やばい!」と感じて、そこで戻すというのがいいんじゃないかと思うんだよ。おれなんか、つい、キツイこととか社員に言っちゃって、「あー、はずかしい!」と思うことあるよ。それで、「偉そうな自分」という振れをちょうどいいほうにちょっと戻す。そのとき、「あっ、やばい!」と思えたことって大切だと思うんだ。

早見 あ〜、よくわかります。

沢辺 でも、一番はずかしいのはそれに気づかないことなんだ。

石川 ぼくなんかは逆で、学生に妙に優しくなってしまって、厳しく言うべきときに言えないときがある。そんなとき、「あー、やっちゃったよ!」となるんですね。それで、つぎから学生に対する態度を「ここだけは言っておくぞ!」とちょっと修正する。

沢辺 おれはキツイほうに倒れやすい。石川くんは優しいほうに倒れやすい。タイプはいろいろあるけれど、そのふれ幅に自分で気づいて妥当なところを見出すことが大切なんだ。だから、早見さんも、「スタイリストさんはみんな先輩なんだから」と遠慮して、自分が言いたいことが言えないタイプなのか、「仕事まわさないわよ!」と偉そうにしてしまう小娘のタイプなのか、自分のキャラやクセを見きわめて、妥当の範囲に収まるように、それを少しずつ修正していく。そういう思考が大切だと思うよ。

「わたしが最近思うのは、『もうちょっとまわり道したほうがよかったんじゃないかな』と」

まずは、早見さんにとって夢という言葉はどういう位置づけか、そして、専門学校進学の動機へと話は進む。眼の前にあることをしっかりやって、堅実に仕事の道を歩む早見さん。けれども、どこか、まわり道をして人生を歩むことへのあこがれもある。そのあたりをどう受け止めているか聞いていく。

石川 これは、ぼくがいまけっこう気になっていることだけれど、就職に関して、「好きなことを仕事にすること、それが自己実現、夢だ」という考えをする若者もいると思うんだ。さっき早見さんは、「これは好きじゃないからやらない」という壁はつくらない、と言っていたけど、こうした自己実現や夢についてはどう思いますか?

早見 わたしは、夢とかはあんまりもってこなかったタイプです。

石川 夢という言葉はあまり使わないの?

早見 「眼のまえにあることをやりたい」という感じです。うーん、なんだろう。わたし、寝てるときも夢を見ないんです(笑)。

沢辺 じゃあ、その専門学校にはなんで行ったの? ほんとにスタイリストの勉強したかったの?

早見 先を見てその学校に入ったわけではないです。「なんとなく」ですね。「高校を卒業したら、なにをしようか?」と考えるじゃないですか。そのとき、それほど目標もなく、その専門学校を選びました。

沢辺 大学進学は考えなかったの?

早見 大学は勉強をしないと入れない、という考えもあったし、高校へもあんまり行ってなかったんで、出席日数もあまりなくて(笑)。

石川 ワルかったの?

早見 いえ、不良というわけではなく(笑)。どちらかと言うと引きこもりでしたね。

沢辺 「高校出て、じゃあ、なにするか?」となるわけだけど、勉強して大学に行きたいわけでもなく、かといって、勉強しなくても入れるよく名前も知らない大学に行きたいわけでもない。「それじゃ、就職しろ、働け」と言われることになるけれど、いまどき高卒18歳ですぐ就職というのもなかなかつらい。そこで、「とりあえず、専門学校」というのはいい逃げ道になっていると思うんだよ。いまや、音楽なり髪の毛なり、山ほど専門学校があって、そのなかで、「なんとなく」でその専門学校へ行ったんでしょ? それで、その「なんとなく」の要素は5割くらいじゃない?

早見 5割くらいですね。もちろん、あこがれもあったんですけど。

沢辺 どんな?

早見 雑誌に載ってるおしゃれな読者モデルや、バイトの先輩がその専門学校出身だったりして。

沢辺 雑誌そのものや、洋服そのものにかかわりたいという興味はあったの?

早見 洋服にかかわれるようになりたいというのはちょっとありましたね。なんか、でも、とりあえず専門学校に入って勉強してみよう、というのもありましたね。

沢辺 それから、猶予がほしいというのもあるよね?

早見 そうですね。やっぱ18歳ぐらいのころは、「一回就職してしまったら、ずーっとそこにいなくちゃいけないのかも」と考えていて。就職は人生のすべてだと考えていたこともあって。

沢辺 そのころは、就職ってデカイよね。

早見 そうですね。仕事から逃れようと思っていました。

石川 高校は進学校だったの? クラスの同級生はどういう進路だったの?

早見 私立の女子高で、あんまり頭はよくないけれど、進学に力を入れだした学校で、わたしの周りは、ほとんどが専門学校で、ぱらぱらと大学進学の子がいました。いまはもう大学進学がほとんどみたいですね。

沢辺 最近は高校の下克上があって、おれのころ不良で有名だった学校が進学率よかったりするんだよ。たまたまうまくいったりすると、おれの感覚で言えば「えー! そこから大学行けるの?」と思ってたような学校が進学校になってたりする。身の回りに子をもった親が多いからこういう話題になったりするんだ。
それで、おれが早見さんに聞きたいのは、身の回りの高校や専門学校の同級生が早見さんのように堅実ではないと思うんだ。だいたいは堅実じゃないでしょ? 

早見 そうですね。少ないです。まわりの友だちで「大学卒業したけど就職したくない」と言っている子や、弟もいま20歳なんですけど二浪中なんですね。姉もまわりまわっていまに至って。それで、わたしが最近思うのは、「もうちょっとまわり道したほうがよかったんじゃないかな」と。なんか、わたしのなかではけっこう迷ったりして、やっといまのところにたどり着いたという思いはあるけれど、他と比べたら順調に来たのかな、と。

沢辺 順調でしょ。小さな会社だったり、給料はもっとほしかったりするかもしれないけれど、正社員だよ。それで、おれが聞きたかったのは、早見さんが、どうしてそういうふうに堅実なのか。べつにフリーターが悪いとは思わないけれど、おれが思うのは、なんと言ったらいいかな〜、早見さんの「ちゃんとしたいという素質」と「偶然」と「まわり道したかった、という後悔」、それから「ぷらぷらしなくてよかった、と思う気持ち」。それを数値でわけると何パーセントぐらい(笑)?

早見 えー(笑)。さいきんは、「まわり道してもよかった」と思う気持ちが半分以上ですね。

沢辺 でも、その割合って変わるでしょ?

早見 コロコロ変わりますね(笑)。飽きっぽいというか(笑)。

沢辺 いやいや、飽きっぽいということじゃないと思うよ。そのときどきによってちがうじゃん。姉ちゃんだって、「子どもを産んでよかった」と思うときもあれば、「どうして子どもを産んだんだろう」と後悔をするときもあると思う。それで、いまの早見さんだって、何かをなくしているんだと思う。「仕事やめて、半年ぐらいタヒチに行って」なんてことはできづらくなっている。
そこで、これは、おじさんの余計なお世話だけど、おれが思うのは、どうしても我慢できなくなって、いまの仕事をやめて遠回りしようと思っても、また帰ってきたらいまの会社に雇ってもらえるくらいのものをつくっておくといいよ。これができることはすごいことなんだけど。
それで、半年ぐらいオーストラリアに行って戻ってきても、おみやげもっていまの会社に行ったら、「なんだお前、戻ってきたのか、もう一度うちで働くか?」と言ってもらえるような可能性に到達するくらいのものを、いま、つくっておくといいよ。
別の言い方をすれば、ふたつのパターンがあると思うんだ。せっかくいま何かやっていても、なんにも役に立たない時間にしてしまう人と、それをやったことが深みになる人。早見さんは、この後者になれるように、それぐらいまで、「がんばれた」と言えるものを仕事で獲得するといいと思うよ。

早見 すごいよくわかります。

石川 こうやって早見さんと話をすると、「もっとまわり道をすればよかった」とは言うけれど、やっぱりこう思う。早見さんは、自分でそんなに強い選択の意志をもって生きてきたわけではないけど、偶然を大切にしてきた人だと思うんだ。偶然に×をつけて生きる人もいる。「これは自分が好きじゃないからやらない!」とこだわる人、まわり道をする人はそういう×をつけるタイプかもしれない。もちろん、×をつけることがその人にとってプラスになる場合も、そうでない場合もある。でも、早見さんは、偶然を大切にしながら、いまの会社で目の前のことをしっかりやってきたことを誇りに思っていいんじゃない? べつに、「いまの仕事をずっとつづけろ」と言いたいわけじゃないけれど、そう思うんだ。

早見 いま話をして、けっこう自分の頭のなかとじっさいの自分の行動はちがうな、と思いました。仕事を紹介してくれた先生に、さっき言ったように、「もっと経験を積んでからいまの仕事をやりたかった」と相談したことがあるんです。でも、「ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、いままで流れにそってここまで来たんだから、それに逆らっちゃいけない」と言われたんです。だから、いまの会社をほんとうに離れるときが来るのは、ちがうチャンスが来るときだと思っています。それもやっぱり流れのなかで、師匠は「とにかくいまの仕事を三年つづけてキャリアにしなさい」と言ってくれていて、師匠がそういう流れをつくってくれていると思っています。

石川 そもそもその師匠との出会いも偶然だよね?

早見 社長が偶然わたしに割り振ってくれたんです。師匠も癖があるひとで、それに耐えられる人として、わたしをあてがってくれたんです。

「社会が知れるからじゃないですか。あと、学校では出会えない人に会えるじゃないですか」

早見さんは高校時代、バイトを一生懸命やっていた。話はバイトの魅力の話から、恋愛、交友関係の話へ。早見さんの携帯はスマートではなくふつうの携帯。携帯代は月7000円ほど。mixiよりtwitterでサークルの友人と連絡をとっている。

石川 なんかこれまで打ち込んだこと、一生懸命やってきたことあった?

早見 一応「一生懸命やってたかも」ですけど、部活ですね。中学高校とバスケットボールをやっていました。

沢辺 勉強は?

早見 あんまり努力しなかったですね。いま思えば、勉強もバスケットも、もっとできただろうと思っています。バスケットも、好きなはずなのにいやいややっていた感じがあって、高校の途中で部活をやめて、好きなものをやるようになって、そこから性格も明るくなりました。

石川 好きなものって?

早見 バイトです。バイトにあこがれがあって。

沢辺 高校はバイト禁止だった?

早見 禁止でした。

石川 じゃあ、引きこもってたわけじゃなくて、バイトを一生懸命やってたんだ。

早見 高校1年のときはひきこもりでしたけど、2年3年はコンビニのバイトを一生懸命がんばってました。

沢辺 やばいバイトやってたわけじゃないんだ?

早見 いえいえ、ほんとにふつうのコンビニです。家の近所です。

沢辺 高校生でキャバクラ嬢やったってばっちりチェックされるもんな〜(笑)。

早見 (笑)

沢辺 でも、なんで高校生にとってバイトはそんなに魅力的なんだろう?

早見 社会が知れるからじゃないですか。あと、学校では出会えない人に会えるじゃないですか。バイトだと大学生もいるしフリーターもいるし。それに、わたしは女子高だったので、男の人もいるし。学校とちがう人に出会えるのが大きいと思います。

沢辺 彼氏できた?

早見 高校のときはいませんでしたね。

沢辺 専門学校のときは?

早見 うーん、ふふ。

沢辺 じゃあ、いま彼氏は?

早見 いまはいません。今日(バレンタインデーに)いまここにいるんで(笑)。

沢辺 そんなことはないだろう? 時間調整してもいいし。

早見 わたしはあんまり恋愛体質ではないんです。無趣味だし。

石川 でも、そんなことはないよね。コミュニケーションはとれるし、ピクニックのサークルにも入っているみたいだし。そのサークルはmixiのなにか?

早見 そうでもないですね。友だちが友だちを呼んで、みたいな。リーダー的な人がいて、学校や仕事で知り合った人を会わせる、というか。それが広がってって。

沢辺 男もいるの?

早見 ちらほらですね。

石川 リーダーの人はなにやってるの?

早見 衣装会社の人です。その人もわたしと同じ専門学校出身で、女性です。その人の同級生が、わたしの専門のときにやっていたアパレルのバイト先の知り合いで。4人ぐらいからはじまったみたいですけど、20人ぐらいわーっと集まって、mixiのコミュニティをつくって、という感じです。だから、mixiはあとづけで。いまはmixiの書き込みはあまりなくて、twitterが多いです。

石川 じゃあ、遊びに行ったりするつきあいはそのサークルが中心?

早見 最近はそうですね。あとは高校の友だちとか昔のバイトの友だちですね。高校の友だちは、保育師、化粧品の販売員、フリーター、大学生、いろいろですね。

石川 仕事は月〜金? 

早見 月〜金ですね。土日は休めます。撮影とかの現場の仕事は土日にもあるけれど、わたしは休めます。派遣の仕事の依頼が来る電話を取るのが月〜金です。

沢辺 土日に現場手伝いに行けば?

早見 さいしょ事務作業をやっているときに、「会社を知りなさい」と言われて、スタイリストを育成するスクールに行って、すそ上げやアイロンをかけたりしました。そのうちに、「アシスタントの研修をしなさい」と言われて、休みの日に衣装を返しに行ったりもしました。そういうのをちょこちょこやってましたけど、いまの仕事になったらそれでいっぱいいっぱいで。「土日はもう気力もない」という感じでした。でも、いまはそれも落ち着いて。現場に出るほうがいいのかな? でもいま現場に行くとしたらヘアメイクとかしかないので、それもちょっとちがうかな、と。

「その30万ぐらい貯まったお金を、『ちょっとだけだけど、学費にあててほしい』と言ったんです」

さいごに、早見さんの高校時代、専門学校進学の親への説得の話から、家での生活、家族の様子について聞いてみた。

石川 ところで、これはいろんな人に聞いているんだけど、ご両親にはどんなことをよく言われて育ちましたか? 「将来はやりたいことをやりなさい」とか?

早見 いま師匠に言われているように親から「こうしなさい」というのはなかったです。

石川 高校へ行くときとか、専門学校へ行くときか、節目節目で親とは話はしている?

早見 どうだったかな? たとえば、専門学校に行きたいときは親にはっきり言ったと思います。お父さんにも相談して。わたしが進路を決めたときは姉が大学をやめたときだったので。あっ、思い出した! 
高校で部活をまだやってたころは、部費が月に5000円、ユニフォームをそろえるので10万もかかってたんです。それに、高校の学費もお金がかかってたんで、わたしは親をなんとか見返したい気持ちがあったんです。だから、部活をやめたあとはじめたバイトのお金をためていて、その30万ぐらい貯まったお金を、「ちょっとだけだけど、学費にあててほしい」と言ったんです。
そのとき、お父さんは「おねぇちゃんみたいになったら承知しない」と言ったんですけど、「わたしは、そんなことない! 気合入っているから!」と言って専門はがんばって行きましたね。

沢辺 それ、最高の説得のかたちじゃん!

早見 もうちょっと貯められていたらかっこよかったんですけど。

沢辺 30万もってきて、こうしたい、と言われたら、いいよ、としか言いようがないよ。

石川 バイトはお金を貯めるためにしてたのかな?

沢辺 おれが思うに、バイトって、金が入るのがまずうれしいわけですよ。

早見 通帳見るの、うれしかったです。

沢辺 それで、だいたいふたパターンぐらいあって、すぐ使っちゃうタイプと、いつかなにかに使おうと思うタイプがいて。早見さんは後者のタイプだと思うな。

早見 お金がほしかったわけではなく、バイトがとにかくしたかったんです。

沢辺 バイトって魔力あるよね〜。考えてみりゃただ働いているだけだと。ただ「お前、皿でも洗っとけ!」と言われてやってるようなもんだよ。だけどそれでも魔力あるんだよ。ある種の高校生ってほんとにやりたがるんだよな。

早見 とにかく、仕事がたのしいんです。レジ打ちだったり(笑)。棚のほこり取りとかもたのしいんです(笑)。休みの日にバイト先に行ってスウェットで仕事手伝ったりしてたんですよ(笑)。これもコミュニケーションの取り方なんですかね?

沢辺 異文化との遭遇なんだよね。

早見 そうですね。

石川 学校とはちがう承認感があるかな?

沢辺 それに、学校とはちがう尊厳があって。ままごとのお店屋さんじゃなくて、ウソじゃないんだ。

早見 あとはダメっていうのがなくて、たとえば、高校では髪の毛を染めちゃいけなかったんですけど、バイトでは多少は染めてもいい、とか。規制はないわけではないけれど、高校よりゆるくて、個性を尊重されている、というのがあるんですかね。

石川 じゃあ、高校のときは、学校よりもまったくバイトのほうがたのしかったんだ?

早見 でも、高校の友だちとも仲良くしてました。バイトのない日はふつうに放課後残って友だちと話をしてたりだとか。

石川 さっき出席日数が足りないという話だったけど、バイトに忙しくて学校にあまり行かなかったの?

早見 前半は暗い子だったんですけど、後半は、バイトが忙しい、というわけではなく、だるいと思ったら学校に行かない、という感じでしたね。

石川 じゃあ、とくに学校の人間関係でなにかあったという感じでもないんだね?

早見 そうですね。どちらかと言うと、家の中で、ですかね。家が狭くて、家族が近いんですよ。お母さんと兄弟三人(姉、わたし、弟)が同じ部屋で寝なくちゃならなくて、ケンカとかよくしてたんです。で、ケンカして気分がのらないから学校行かない、って感じでした。

石川 ところで、いまは貯金は?

早見 少しだけ(笑)。

沢辺 家にお金は入れてる?

早見 少しだけ(笑)。

沢辺 五万以下?

早見 そうですね。ほんとに余裕があるとき以外は。

沢辺 給料日に渡すの?

早見 給料日以外に渡すこともありますけど、15日が給料日なので、だいたいその月のうちには渡します。

沢辺 親との約束はあるの?

早見 あります。1万円ですね。

沢辺 やさしいね〜。

早見 やさしいです。やっぱり姉のことがあるので、親はわたしをぎゅうぎゅうには締めつけられない、と感じていると思います。

石川 そういえば、姉ちゃんは大学へ行ったときは家を出たの?

早見 姉は、大学のときもやめたあともしばらく家にいて、そのあとフリーターをはじめてからしばらく家を出て。

沢辺 それで、男とできちゃった、と。

早見 そうですね。そのとき子どもができちゃったんですけど、仕事やめて家に帰ってきて。でも、子どもがお腹にいることをずっと隠していたんですよ。お母さんだけがそれに気づいていて。わたしも弟もお父さんもそのことに気づいてなかったんです。わたしは弟と一緒に「お腹大きくなってない? 太ったんちゃう?」みたいに言ってたんです。しばらくたって、姉から「子どもができました」と言われたんです。それがもう産むしかない時期のことだったらから、ダメとは言えず「がんばって」という感じで(笑)。

石川 そういえば、いまはもうその子も産まれてきたってことは、何人で寝てるの?

早見 いまは、高校のときとはちがう家に住んでるんですけど、あんまり間取りは変わってなくて狭いです。わたしは、お父さんがいま単身赴任で大阪に行ってるので、その部屋にひとりで寝ています。お父さんが帰ってくれば一緒に寝ますけど。それで、あとは、姉と甥っ子と母が同じ部屋に寝ていて、弟がちっちゃな部屋にひとりです。

沢辺 ひとり暮らししたい?

早見 したいです。したいですけど。姉が無理やり家を出ていったので、段階を踏みたいです。遊べるときに遊んで、貯めれるときに貯めて、という感じで。で、そろそろ貯金をがんばろうと思ってるときです。

沢辺 ルームシェアとかは興味ない?

早見 少し興味ありますけど、ストレスがたまるんじゃないかと思って。いまも、家族で、洗濯物干すタイミングでもめたり、お皿洗った洗ってないで言い合ったりするんです(笑)。

石川 じゃあ、家の手伝いをよくするんだ。

早見 あんまりしてないです。

石川 ごはんはつくれるの?

早見 一時期、兄弟で分担してつくっていたこともあったんですけど、いまはしていないですね。

沢辺 自分のパンツは自分で洗うの?

早見 そうですね。洗ってます(笑)。自分の洗濯物は自分でやります。自分のことは自分で、ということで。自分の食器も洗います。弟もそうです。ただ、ご飯をつくるのは自分ではなく、お母さんにつくってもらってます。

石川 そう言えば、弟さんは二浪生ということだけど、お医者さんになりたいの? 

早見 いえ、そういうわけではなく、どうしても行きたい学校があるみたいで。そこはそっとしておいてあげて、みんなで応援してます。

沢辺 そろそろ時間ということで。

石川 では、弟さんがんばってほしいね。合格をお祈りしています。きょうは長い時間ありがとうございました。

◎石川メモ

まわり道へのあこがれ

 早見さんが、「もうちょっとまわり道したほうがよかったんじゃないか」と言ったのは印象的だった。「好きなものをやってこそ仕事」、「夢を実現したい」と言って、こんがらがっている人もいれば、一方で、そのつど眼のまえの仕事に向き合って堅実に歩んでいるように見える早見さんみたいな人が、「まわり道」にちょっとあこがれている。
 でも、よくよく考えると、その「まわり道」へのあこがれというのは、「好きなもの」、「夢」をもつこと、ある意味で、「こだわり」をもつことへのあこがれ、というわけではなく、「まわり道」をすること自体へのあこがれではないかと思う。
 たとえば、ミュージシャンという夢に向かってがんばる、というのと、自分がこれになりたいという大きな夢はとくにないけれど、いろんな仕事に触れてみたい、いろんな世界を見てみたい、というのとはちょっとちがう。
 「なに者かになる」というあこがれと、「とにかくいろいろ触れてみたい、自分を試してみたい
というあこがれは、ちょっと質がちがうんじゃないかと思う。早見さんのいう「まわり道」というのはそういう自分を試すことを意味しているんじゃないか。
 いまのぼくは、「まわり道」にはもうあまり気持ちが向かない。たぶんそれは、自分のなかに「こうやって生きていくしかないんだ」という受け止めがあるからだと思う。でも、若いころを思い出してみると、「まわり道」へのあこがれはたしかにあった。いろいろ触れたい、いろいろ試したい、と思っていた。
 若い人のあり方を「好きなもの」「夢」というキーワードめぐって考えてもいいとは思う。けれど、今回、早見さんと話してみたら、そういうキーワードでは取り出せない、ただ遠回りしたい、いろいろ触れたり試したりしたい、そういう、自分の経験や機会を広げること、もう少し言えば、そいう時間がほしい、という思いも、見逃せないと思った。

バイトに注目すること

 アルバイト論ってあるのだろうか? ぼくはむかしとあるお菓子の工場の事務のバイトをやっていたことがあるのだけど、そこではいつも、現場でお菓子をつくる職人さんと受注を受ける社員さんとのあいだでケンカばかりだった。朝一番に、「こんなに注文をとってきたのか! こんなのできねぇ!」「しかたねぇだろ! 注文とってきたんだから!」の応酬。
 で、ぼくはそれにどうかかわっていたかと言えば、「あー、これが仕事というものか」と社会見学する傍観者だった。基本的に、心のどこかに「自分はいずれはここを出る部外者です」という気持ちがあった。ちょっと冷めた嫌なヤツとしてバイトにかかわっていた。だから、早見さんのように、バイトと積極的にかかわる気持ちがなかった。
 けれども、早見さんの言うように、バイトで学校では出会えない人に会える、とか、そこに承認関係があったり、ままごとではないほんもの感がある、ということもよくわかる。
 学生というのは、べつに学校に行っているだけではない。学校以外の世界に触れている。そういう学校外の世界の意味を見るために、バイトというのはかなり重要な要素になっているはず。