2011-03-22

第9回 ぼくは、ダンサーのなかではおしゃべりです──水野大介さん(23歳・男性・修士過程2年)

水野くんは1987年に関東の某県郊外で生まれ育ち、現在は数学を研究している大学院生(23歳)。就職もシステムエンジニア(SE)に決まり、修士論文も仕上げたところ。地元の公立中学に進み、高校は私立高校に猛勉強して受かる。中学時代からのめりこんだ「数学」、高校時代から夢中になった「ダンス」が水野くんのキーワード。
どんなエリートのどんな理路整然とした話を聞くことになるのか、とこちらも身構えたところがあったけれど、会ってみればそれはちがった。悩みながらも自分の思っていることをなんとか言葉にしようと、熱くおしゃべりするところが水野くんの魅力。
*2011年1月17日(月) 18時〜インタヴュー実施。

「ぼくはダンサーなので」

水野くんは大学院生であるとともに「ダンサー」でもある。でも、ダンスで飯を食っているわけではない。けれども水野くんは自分のことを「ダンサー」と言う。その「ダンサー」という言葉の使い方、自分の規定の仕方のなかには、文化ゲームが純粋なプロ以外に開かれた時代的な背景がある。

石川 いまなにをしていますか?

水野 大学院で数学の研究をしています。

石川 大学院生はこのインタヴューでははじめてです。日々研究をしてすごしているの?

水野 週3、4日、昼前ぐらいから学校に行って夜7時、8時ぐらいまで研究や作業をしています。またぼくはダンスしているので、学校が終わった後に、仲間と会ったり練習したりしています。大学4年生のときに足にケガしてしまってからは、ダンスは趣味程度にやっています。

沢辺 ダンサーって言うけれど、ようは趣味なんでしょ? サークルとかで?

水野 そうですね。大学の時にサークルに所属していましたが、基本的にはインディペンデントに色々な方と活動しています。ストリートカルチャーではそういう動き方をするダンサーが多いと思います。

石川 どういうダンスをやってるんですか?

水野 一般的に「ブレイクダンス」と呼ばれているもので、頭でまわったりするやつです。

石川 ダンスにプロってあるの?

水野 ストリートカルチャーと言うだけあって「ダンスのプロ」という決まった肩書きはないです。色々なダンサーが色々な場でアウトプットしているので。ぼく自身もテレビやプロモーションビデオに出たりしてお金をもらった事もありました。

石川 テレビやプロモではお金をもらえたんだ。 

水野 もらえたりもらえなかったりですけど、多くて一日5000円くらいでした。 

石川 でも、まあ、基本的には趣味でやっていた、ということなんだよね?

水野 そうですね。

沢辺 こういうこと言うとおじさんくさいかもしれないけれど、いまはプロとアマが溶け合っちゃってると思うんだ。それで、こういう言い方はあまり好きではないし、あえて線を引く必要はあるかどうかは微妙なんだけど、俺たちの時代は、プロアマの基準は「それで飯を食えているかどうか」だったんだ。
でもいまは、プロアマの基準は溶けている感じがする。いい悪いは別として。たとえば、いまは、食えてない役者見習いでも「役者です」って言ってもいい。
こうなった理由にはいろいろあると思うけれど、たとえば、哲学者の竹田青嗣さんによれば、いまの経済ゲームの社会は、文化ゲームの社会にだんだん移行していく。極端に言えば、ロボットが労働して、人間は文化ゲームだけやっていればいい時代がやって来る。これは徐々に移行していくことで、いまの日本は文化ゲームの比率が高まってきている移行期と考えればいいと思うんだ。
それで、この移行とプロアマの溶け合いのことを考えるには、日本の田舎にむかしからある伝統芸能のことを考えればいいと思うんだよ。たとえば、日本にはもともと祭りで神様に奉納する薪能(たきぎのう)というのがあった。これは、べつにこの能で飯を食っていたわけじゃなくて、たぶん、農閑期にみんなで練習して演じあっていたと思うんだ。この場合は、生産活動をやったうえで文化ゲームをやっていた。そのあと、出雲の阿国のようなひとが出てきて、芸能で飯を食う人が現れた。これがさっき言った芸能で食っているプロ。でも、それがいまは、ある意味で昔にもどって、百姓をやりながら文化ゲームをやっている。こういう理解を俺はしている。これが最終的に百姓をやらなくてよくなると文化ゲームだけが残る。
それで、いまはこの移行期だと思うんだ。文化ゲームをやるのは完全なプロだけじゃない、というところまで来ている。だから、そのことが、それで食っていなくても「役者です」、「ダンサーです」って言えるような、いまの若い人の言葉のなかに出ているんだと思うんだ。

石川 ということは、水野くんも最初からプロになろうと思ってダンスをやっていたわけじゃないんだ。

水野 そうですね。知り合いにもプロアマ問わずダンサーの方、アーティストの方、デザイナーの方がいますけど、そこで「パフォーマンス」と「エンターテイメント」の違いとかを議論する事があるんです。ぼく自身、ダンスをお金に換えようという考えではやっていませんでしたし、パフォーマンスとして、ぼくにしかできない価値をアウトプットして、後から続いてくるダンサーに影響を与えたい、という想いが強かったです。ぼくが価値を置きたかったのは表現者としてのダンサーでした。
一般的に社会的な価値、お金に換わる価値というのはある意味「わかりやすい」ものじゃないですか。その一般の方たちの価値とダンサーの世界の中での価値は少し違っていると思うんです。
ぼくは純粋に自分が魅力を感じたものをアウトプットしたい。これがアートとかパフォーマンスの根源だと思うんですね。このアートやパフォーマンスで生まれた価値を、社会的な価値にもっていくのがエンターテイメントと言われているものだと思ってます。このもっていく人たちをエンターテイナー、プロフェッショナルといえると思うんですね。そういう人たちは、恐らくそこまでダンサーの世界に影響を与えるわけではないと思うんですけど、一般の多くの人たちに影響を与えていると思います。けれど、ダンスの大元はアートやパフォーマンスの中の文化的な価値にあると思ってます。それでぼくたちは、それらを社会的価値にもっていく前の、ただ遊びであったりする純粋な表現を重視したいんだと思います。

「エンターテイナーと呼ばれている方たちとは、価値観が少し違うと思うんですね。もちろん、あいつら金だけだ、などと批判するのは頭の固い言い方だと思いますけど・・・・・・」

水野くんはダンスに「エンターテイメント」と「パフォーマンス」の区別をもうける。でも、この区別ってどれほど妥当なものなのだろうか。この区別の裏にある水野くんの気持ちをめぐって、話は「ほんものさ」まで進む。

石川 では、エンターテイナーに対して、水野くんたちはなんと呼べばいいの?

水野 パフォーマーだと思います。エンターテイナーと呼ばれている方たちとは、価値観が少し違うと思うんですね。もちろん、あいつら金だけだ、と批判するのは頭の固い言い方だと思いますけど、それでも、例えば芸能界で有名なダンスタレントにダンスを習っていて、それを「ほんもののダンスだ」と言うのは違うと思うんですね。

沢辺 さっきは、「経済ゲームから文化ゲームへ」と肯定的にとらえたけれど、でも、いまの水野くんのもの言いには抵抗を感じるな。「なんでそんなにつっぱるんだよ」と言いたくなる感じ。だってそれって昔とおんなじじゃん。これは昔の話になるけれど、フォークやロックの歌手がテレビに出ると商業主義だと馬鹿にされたんだ。水野くんの言っているのはそれとおんなじかたちだよ。たとえば、吉田拓郎がレコードがいっぱい売れたとき、その売れたっていうことだけで否定された。吉田拓郎が日比谷野音に出たとき、みんなで「帰れ! 帰れ!」って合唱したんだ。いまの言葉で言えば「ブーイング」なんだけど、水野くんの言っていることはそのブーイングとおんなじじゃん。そういうふうに感じるんだ。

石川 水野くんのストリートカルチャーって、アンチとしてのストリートなんじゃない?

水野 いや、ぜんぜんアンチということは考えていません。価値観というのはみんなそれぞれで……。

沢辺 いや、水野くんは「ひとそれぞれ」って言うけれど、ほんとにそうは思ってないんじゃないか? 俺はそういう感じがするんだよ。「エンターテイメントに行っちゃった人はダンサーに影響を与えていません」って、俺だったら「ほんとうにそうか?」と思うんだよな(笑)。そこにはどこかやっぱりアンチの気持ちがあって、吉田拓郎に「帰れ!」って騒いだ昔とかわんない気がする。ほんとに「ひとそれぞれ」だったら、どんなことやってもいいわけだよ。もちろん、だれも人を殺しちゃいけないっていうのはあるけれど。でも、ほんとに「ひとそれぞれ」だったら、「エンターテイメントの人たちは〜」なんて言わないと思うよ。「ひとそれぞれ」を貫徹できてないんじゃない?

水野 それ、貫けてないと思います(笑)。それは断言できると思います。ぼくの周りでも「ダンスはひとそれぞれ」と言っておきながら、批判的に言っちゃったりとか。でも、それも大事だと思っているんです。やはり「こういうのは好き」、「こういうのは嫌い」という感性は常に自然に意識の中にあって。パフォーマーの立場から言うと「ひとそれぞれ」と達観してるだけではいざ自分が何を表現したいか、ってなった時になかなかうまくいかない所があるんです。

沢辺 これは哲学的問題だと思うよ。つまり、石川くんの言っている「ひとそれぞれ」と「ほんとう」のこと。水野くんはその間を行き来している感じがする。

石川 水野くんは「ひとそれぞれ」って受け止められたら楽かもしれないけれど、やっぱり「ほんもの」ってあるだろう、という感じ?

水野 いや、ぼくはほんものはないと思っています。

沢辺 そこは国語辞典のちがいだと思うよ。石川くんの言う意味での「ほんもの」っていうのは、唯一無二の絶対的なもの、という意味じゃないと思うんだ。

石川 「いいもの」ととってもらっていいよ。

水野 まあ、そういう意味で言えば、ほんものはあると思います。誰にとっても、ではなく、自分にとってのという意味で。

沢辺 いや、「ほんもの」とは、自分だけのものではなくて、「妥当性が高い」ということなんだ。たとえば、ゴッホの絵は、俺はいいと思っている。しかも、誰にとっても、それから、時間軸を超えて忘れられていない、ある種のほんものさがあるはずなんだ。だから、「ほんものさ」というのは、ただたんに「ひとそれぞれに好みがある」だけじゃなくて「ひとそれぞれを超えたところのほんものさ」っていうのがあるんだよ。もちろん、「ここから先がほんもの」という線引きがはっきりされているわけじゃなくて、グラデーションになっている。それを決めるのが、多くの人によいと認められることと時間軸なんじゃないか。妥当性の高さというのは絶対的なものじゃなくてグラデーションになっている。俺はそう思うんだ。

水野 お話を伺うと、ぼくは今までにその中で残った結果が、つまり伝統がほんものだと思いますね。けれど、ストリートカルチャーにはまだ伝統と呼ばれるものがあまりなくて、本当にシビアで、いいと思ったものでもすぐに捨てられて忘れられてしまう事もあるんです。

沢辺 ほら、やっぱり、「ストリートカルチャーはシビア」ってなっちゃうんだよ(笑)。そういうところに俺は「?」ってなっちゃうんだよな(笑)。俺は、ストリートカルチャーも、伝統のあるお能も、どちらもシビアだと思うし、同時にどちらにもいいかげんなところもあると思うよ。

水野 すいません(笑)。ぼくは「伝統」というものが「昔からあるものを無条件に正解にしている」ように感じるんです。ストリートカルチャーでは、今までのものを否定して、まったく新しいものが出てくる事もあるんですね。ほんとに現場現場の感じがすごくて。「いいと言われてきたものよりも、その瞬間にいいと感じたものを信じる」という現場感がこのアートの特徴だと思うんです。それから局所性というのもストリートカルチャーの特徴だと思っています。この駅とあの駅は距離的には近いのに、やっている事、考えている事は全然違うという事があるんです。でもやっぱり、昔からの伝統というのも残っていて。色んなダンスや考え方が淘汰されていく中で、それでも残っているものは残っているんです。

石川 ということは、言いたいことは、ストリートカルチャーにも沢辺さんの言っていた「ほんものさ」というのは残っている、ということ?

水野 そうですね。

石川 そういうストリートカルチャーの「ほんものさ」に納得する水野くんがいるのはわかりました。でも、なんか繰り返しになってしまうけれど、そういう自分たちのアートやパフォーマンスのなかの「ほんものさ」の外側にある、エンターテイメント、たとえば、芸能界で活動しているダンスタレントなんかはちがうんじゃないか、と思う気持ちもある?

水野 そういうのはないですね。一概に悪い、という気持ちはありません。ただ、ほんとにフィーリング的な部分で、ダンサーとして見てしまうと「ちょっとな」という感じはありますけど(笑)。

「やわらかい論理性を表現する数学構造を作り出すことです」

ここでは水野くんが専門にやっている学問=論理学の話。話は、「やわらかい論理性」というのはどういうものか、そういうところから、水野くんが感性を論理化する論理学に進んでいった動機にせまっていく。

石川 さっきはダンスの話が中心だったけど、専門の勉強はどういうことをやっていますか?

水野 数理論理学という分野です。数学の基礎となる一階述語論理をベースにした新しい理論の研究をやっています。もともと数学は中学の頃から独自に勉強していまして、高校の頃に理学書を読んでいて、19〜20世紀の論理学の歴史にはまっちゃったんです。それで大学でも4年間、自分の好きな論理学の勉強をやっていました。でも、大学の授業ではなく自分で勉強してたんです。そのうちに数学や論理学の中でも自分のやりたい方向性がわかってきて、大学院は、別の大学に移り、自分のやりたい事を専門にやられている方の研究室に入りました。

石川 そこで、なんだけど、水野くんのやっている論理学をわかりやすく説明してもらえませんか?

水野 やわらかい論理性を表現する数学構造を作り出すことです。

石川 やわらかい論理性って?

水野 たとえば、さっきのストリートカルチャーといった「文化」だったり、人間の「感性」だったりっていうのは、曖昧で漠然としていて捉えにくいものですが、何らかの共通の「性質」をもっていますよね。ぼくはそれを「やわらかい論理性」と呼んでいて、数学や論理で表現しようとしているんです。例えば、ふつうの意味では、人の感性はかなり論理的ではないじゃないですか。もし論理的だったら、なにが好きでなにが嫌いか因果関係がはっきりするはずです。けれども、感性はそういう単純な因果関係で表現できない。そこで、局所的な論理構造をつなげることでそれを表現しようとしています。

石川 うーん。たとえば、その理論はどういうふうに応用されるの?

水野 ぼくのやっているのはその応用の提案なんです。ぼくは人間の感性に興味があるんです。たとえば、ここにあるこのコップ、ここにこのコップがあることは誰でもわかること、つまり客観的な情報です。でも、これが「赤い色である」ということは、色の識別が困難な人にはわからなくて、ぼくの頭にあること、つまり主観的な情報だと言えるんです。それから、そのように色の識別が困難ではない人同士でも、同じ色でも、たとえば、Aさんは赤っぽいと感じているのに、Bさんはオレンジっぽいと感じたり、感じ方が違うわけです。これが感性なんですけど、この感性に関して、Aさん、Bさんそれぞれにみんな自分の頭の中だけの主観的な論理ができているんです。

石川 簡単に言うとこういうことかな。赤い感じってなにかな、ということを考えたい?

水野 そうです。このコップが赤いということと、このコップを赤く感じるという情報にはギャップがあるわけです。このコップが赤いというのは客観的な情報としてあって、このコップを赤く感じるということは主観的な情報なんです。

沢辺 だけどさ、そもそも、ここにこのコップがあるっていうことが、客観的な事実としてあるっていうのは証明できるのかな?

水野 「証明できる」ってなんですかね?

石川 沢辺さんのおっしゃることはよくわかります。哲学では、そもそも客観的なものってなんなのか、そういうものはありうるのか、ということを問題にしたりします。けれど、たぶん、水野くんの学問は、とりあえず客観的な事実があることは前提としているんじゃないのか。それで、客観的な事実は物質の法則といった論理性として取り出せるが、主観的な感性や感じ方といったものもある論理性でコード化して取り出せるんじゃないか。そういうことを水野くんはやろうとしているんじゃないかと思うんです。

水野 前半はおっしゃっていただいたとおりで、ありがとうございました(笑)。後半のコード化というのは少し違って。しかし、とりあえず、ぼくの研究では客観的な世界と主観的な世界があるということを前提にします。その哲学的な裏づけは特にはありません。主観的な情報同士を繋げるというのがぼくのやりたいことです。

石川 それをどういうふうに論理で語るの?

水野 たとえば、Aさんはシックで都会的なコップがいい、Bさんはシンプルでアーチスティックなコップがいい、ということがあって、それは言葉の表現はちがうけれど、じつは同じことを言っている可能性があるじゃないですか。

石川 それを論理式であらわすの?

水野 「もしどうでどうならば、どうだ」という因果関係の形であらわします。条件と結果であらわすんです。

沢辺 それ、さっき俺が言った、たとえば「ほんとう」という言葉についてそれぞれがもっている国語辞典と同じじゃないの?

水野 そのとおりですね。

沢辺 俺のイメージだと、ある言葉についてみんながそれぞれもっている辞典のなかで、共通の部分を数学的論理記号で確定していく。そんな感じ?

水野 確定ではなく、それぞれの局所的な世界における論理式で表現し、共通の部分はその繋がりで表現するんですね。たとえば、さっきの例で言うと、Aさんが「シックで都会的」と言っているのはBさんが「シンプルでアーチスティック」と言ってる事とつながる。では、Cさんはどう言うのか。そういう論理性を比較していくって感じですね。

石川 すごくざっくばらんに言えば、感性はひとそれぞれだけど、どこかにつながっているものがあるんじゃないか、という感じかな? すごく複雑な話だけれど、さっき出た、みんなそれぞれの価値観があるけれど、ダンスにはやっぱりほんものがある、とするのに考え方としては似ているのかな?

水野 そうですね。

沢辺 ただ、ちょっと気になるのは、たとえば、俺の理解で言えば、石川くんが哲学をやりたかったのは、自分に対する苦悩とか、うじうじしないようになりたいという動機があって、そこに哲学というものは役に立つんじゃないかなと思ったはずなんだけど、水野くんはその論理学を使ってなにをやりたかったのかな? そういう疑問が残るわけですよ。もちろん、なにもそういう動機はない場合だってあると思うんだけど、そのあたりはどうですか?

水野 最初は数学がただ単純に好きだったんです。けれど自分が論理や基礎論という、数学でもマイナーな分野に興味を持っていくようになると、自分はなんでこんな事に興味があるんだろう? と考えるようになったんですよ。それで、結局、構造というのが好きなんだなと思って。何でも抽象的に考えていくことが好きだったんです。ぼくは数学ではなく、ものごとの論理性に興味があったんだと気づいたんです。
それで、なぜものごとの論理性に興味を持ったかを自分なりに考えてみたんです。すると、ぼくは昔から他人と感覚が違うことが多かったんです。自分が感じていることを他人は感じていない。他人が感じていることを自分は感じていない。そういった感じです。なんで自分は人と違っちゃうんだ、なんで違っちゃうんだ、と考えていたんです。論理学はその思いをどうにかしようとして興味をもったんだと思います。論理というのは、だれの脳内にもある共通の構造だと思うんです。これまで感性というのは論理的に扱えないといわれていたけれど、そこにもやわらかい論理があるんじゃないか。感性は違っても、じつは他の感性とつながりを表現する事で、例えばその同一性が表現できるんじゃないのか、そう思ったんです。

「数学を好きなぼくはみんなには変人扱いされ、「お前、気持ち悪いな〜」って言われてたんですよ」

水野くんは、自分の価値観とまわりの人間の価値観とのちがいに悩む。数学にのめり込むようになると、このちがいは顕著に。水野くんは「数学好きの気持ち悪いヤツ」とまわりから思われる。けれども、これはある意味で、数学はすごく「できる」のだから、持てる者の悩みなのかもしれない。話は、持てる者の悩みと持たない者の悩みに進んでいく。

石川 さっき、「自分が感じていることを他人は感じていない、他人が感じていることを自分は感じていない」という話があったけど、具体的に言うとどういう子どもでしたか?

水野 ずーっと「へんだ」、「へんな子」だと言われていました。

沢辺 世間の言い方で言えば、「天邪鬼」ということだと思うけれど?

水野 そうですね。

沢辺 天邪鬼ってマイナス的なイメージだと思うけれど、それをなんとか肯定したかった?

水野 自分の中で自分を苦しめるのは対人、価値観だったんです。なんだか自分が全くこだわってないことで怒られたり、怒鳴られたりして。自分の価値観と他人の価値観とがちがうのが不思議でしょうがなかったです。そういう意味で、ぼくはずっと「変」って言われて。そういうふうに言われることはイヤなことだと思っていたから。

沢辺 でも、ほんとにいやだった? おれの勝手な感じだけれど、50%はいやだったかもしれないけれど、35%ぐらいは「そんなぼくが好き」だったんだと思うんだ。そういうのがまじりあった「イヤ」だったんでは?

水野 いま思えば、そうでしたね(笑)。

石川 「怒鳴られた」って言ってたけどなんで怒鳴られたの?

水野 いっつも怒鳴られてましたね(笑)。たとえば、友だちにいたずらとかして……。

沢辺 じゃあさ、質問をずらすと、「ほかの人はこういう価値判断しているけれど自分はちがう」という例はなんかなかったの?

水野 やっぱり、数学でしたね。中学生のときから高校の参考書とか大学の理学書を読んでいたんですよ。

沢辺 かっこいいじゃん!

水野 (笑)ぼくの中学校はとても田舎で、周りの友達もあまり勉強には興味はなかったんです。それで、数学を好きなぼくはみんなには変人扱いされ、「お前、気持ち悪いな〜」って言われてたんですよ。

沢辺 俺だったら、天狗になってると思うけどな〜。だって数学だもん。

水野 いや、でも、数学ですから。やっぱりみんな数学嫌いじゃないですか。

石川 でも、そういう自分がかっこいいというのはあったんでは?

水野 それもありますね。先生はほめてくれたんですよ。でも、ガリ勉イメージがいやで、自分は数学好きでももっと面白いヤツになってやるぞ、と。

沢辺 俺はね、そういう他人とちがうものをもっている子どもは幸せだと思うんだ。俺自身も含めてそうだったけど、同級生を見てみると、運動もできない、勉強もできない、クラスで笑いをとる人気者でもない、二枚目でもない。そういうやつがいるわけだよ。そいつの困難を考えると、数学できてバカにされて困難です、というのはほんとに困難かよ、って思えちゃうんだよね。

石川 まあ、持てる者の困難、持たざる者の困難、という話になると思うんです。持てる者が困難を持つことはあると思うんですよね。

沢辺 たとえば、王女さまが「自由じゃない、街をぶらつけない」という悩みを持つことがあるかもしれないけれど、俺は「それはお前、贅沢な悩みだろ〜」って思っちゃうんだ(笑)。これは妥当性欠いてる? それとも等しく同じ?

石川 等しく同じだと思います。

沢辺 ああ、等しく同じかも。ただ、俺の美意識から言うと、王女さまが自分から困難を語るな、という点に重きがあるかな。「数学ができる」といういい条件をもっている人が、自分から困難だと言っちゃいけないでしょ、っていうかさ。

石川 沢辺さんの言いたい美意識はよくわかります。でも、明らかにへこんだ持たざる者、社会的な条件のよくない者しか困難を言ってはいけない、となるとちょっとちがうんじゃないかと思うんですよね。もちろん沢辺さんはそういうことを言っているわけじゃなくて、持っている者、ふくらんでいる者が自分から苦しみを言うのはかっこわるい、と美意識の問題を言っている。でも、「明らかに持たざる者、へこんだ者しか困難を言っちゃダメだ!」となると、考えるゲームに入場制限をつけちゃっている感じがするんです。だから、こういう考えるゲームでは、苦しいことは等しく言っていいと思うんですよね。それに、もしかして、持たざる者の困難さと持てる者の困難さは、事実としてはまったくちがうものでも、かたちとしては同じもの、どこか共通するものがあるのかもしれない。その可能性があるとぼくは思っているから、困難の入場制限はしないほうがいいと思うんです。

「学校が終わったら毎日塾に行って終電(11時ぐらい)に帰る、というようなことをしていました」

水野くんは、大学に進学するまで、牛や鳥を飼って農業をやっているおじいさん、おばあさんといっしょに住んでいた。小学生の頃は、おじいさんのお手伝いで牛の世話もしていた。お父さん、お母さんはともに教職に携わっている。男三人兄弟の次男で兄と弟がいる。すべて理系。ここでは中学生までの水野くんの様子が語られる。

石川 漠然とした質問だけど(笑)、どんなふうに育てられたの?

水野 漠然としてますね(笑)。とにかく過保護でしたね。とにかくお母さんがものすごく子育てに一生懸命なんですよ。非常勤の先生をしながら、塾の送り迎え、習い事の送り迎えと、とにかく一生懸命育ててくれたんです。

石川 お兄さん弟もみんなそう育てられたの?

水野 そうですね。

沢辺 ちなみに、塾はいつから?

水野 公文を五歳ぐらいからやっていました。なんとかいい環境を、ということで、習い事もやらせていただいていました(笑)。剣道、習字、そろばん、英語塾など。

沢辺 じゃあ、教育費かなりかかっているね?(笑)

水野 ほんとにひどく大変だったと思います(笑)。比較的勉強ができた事もあって、ぼくとお兄ちゃんはちょっと大きい町の塾に行かせていただいてたんですけど、そんなに勉強が好きではなかった弟は地元の塾に行きました。

沢辺 そういう意味では原理的なスパルタお母さんではないんだね。

水野 すごいやさしい、やさしいと言うか、ぼくから言わせたら、倫理的にも教育的にも神様のような人だと思っています(笑)。

石川 お父さんは?

水野 父は働いて外に出ていましたけれど、はやく帰った日には料理をつくってくれたりして、家庭的にはほんとにめぐまれていると思います(笑)。

石川 兄弟は誰もグレなかったの?

水野 言っちゃえば、ぼくが、高校のときダンスをはじめて(笑)。田舎では駅前で踊っているだけで変な目で見られることもあるので(笑)。

石川 夜遊びもしていた?

水野 そうですね(笑)。クラブにも行ってたんで。

石川 高校はどういう高校でしたか?

水野 県内の某高校です。

石川 電車の塾の広告で「何人合格しました」と書いてある学校だ。じゃあ、受験大変だったんだね〜。

水野 そうですね。かなり勉強をやりました。学校が終わったら毎日塾に行って終電(11時ぐらい)に帰る、というようなことをしていました。その塾には、ものすごく勉強ができて、はっちゃけた友だちがいて塾に行くのは楽しかったです。頭いい子たちに刺激をうけて、勉強が好きになって、数学が好きになりました。小学生の頃は、算数にはぜんぜん興味がなく、縄跳び、一輪車など運動が好きでした。

沢辺 じゃあ、塾の仲間は、勉強ができるだけじゃなくて、バンドとかでも、知ってる人は知ってる、アンダーグラウンドなものを聴いてて、そんなことをお互い話したりする、ちょっととんがった仲間だったんだ?

水野 あっ、いや、塾の子たちは普通のいい子たちで「高校に行ったらなにをする?」と話し合えるような仲間でした。むしろ、ぼくの通っていた中学が全体的に子供っぽかったので。

沢辺 そういう中学のまわりの子が物足りなかったと?

水野 いや、そうでもなく、ぼくも中学でふざけてました。ただ、塾へ行って普通に将来のことを話せる仲間がいる、と初めて知った感じです。実際、塾ではなく学校では、ただみんなと一緒に騒いでいるだけで、友達という友達はいなかったです。

石川 学校では、さっき言っていたまわりとの価値観の齟齬はあったの?

水野 市の授業でオーストラリアでホームステイさせてもらえる機会があったんですけど、ぼくはそれに興味があったのに、みんなそういうのに全く興味をもたなかったり。それから、思いっきり下品な話になりますけど(笑)、教室でAV流したり、下半身裸になったり、とか、そんな誰もやんないようなことをやってたのがぼくです。

石川 えっ? 水野くんが?

沢辺 おれは、その感じけっこうわかるな。みんながよしとすることに無関心で、逆に、ことさら過激なこと、人が嫌がることをしたりすることが同居しているのはあるな。それでいて、塾ではまじめに将来のことを話している、というのもわかるよ。

水野 塾ではふざけていませんでしたね(笑)。中学では「こいつバカだ」と思われるようなことをしていました。

石川 おれを笑っている「お前らバカだ」みたいなことはなかった?

水野 それはなかったです。ただ楽しかったです(笑)。

「その人はすごい人で、ヒップホップカルチャーを日本に広めた人の一人なんです」

高校の話から、話題はもう一度ダンスへ。ダンスとの出会いから、「ヒップホップカルチャー」の「カルチャー」という言い方をめぐる議論へ。

石川 それで、高校ではどうだったの?

水野 田舎者でした。東京から来た学生も多いし、クラスの三分の一は帰国子女とかで。

石川 シャレてるね〜。

水野 そうです。そんな中で中学で下半身出していたようなぼくは田舎者で(笑)。

沢辺 そういう意味では水野くんが行っていた中学は、荒れてた、というか、へんな中学? 社会的な乱れで言えば、暴力、ゲームなどの遊びすぎ、セックス、が一般的な乱れだと言えるけれど、そのあたりは学校ではどうだった?

水野 暴力はまったくなかったです。初体験率も恐らく低かったです。みんな比較的精神年齢が低かったので。でも、卒業してから出会い系をやっている子はいましたね。

沢辺 教育熱心なお母さんがよくそういうところに行かせたね。

水野 近くに学校がなかったもので(笑)。

沢辺 それで、中学は何部だったの?

水野 剣道部でした。剣道部には高校でも入りましたが、ダンスを初めてからやめました。

石川 そのダンスをはじめたあたりから、さっきちょっと言ってた夜遊びもはじまったんでしょ?

水野 でも実際は、かなりまじめな気持ちでしたね。色んなダンサーから刺激を受けたいというのが目的でした。

沢辺 ナンパはしなかったの?

水野 ナンパは全くしなかったですね(笑)。酒は飲みましたけど。クラブと言っても色んな人が出会うパーティーではなく、ダンサーがお互い踊り合って、楽しむといったイベントだったので。

沢辺 セッションだよね。

水野 そうですね。

石川 ふだん、町で大きなガラスのあるところで踊っている人を見かけるけど、ああいうことはやった?

水野 一生懸命やっていました。駅で練習したり、師匠のやっているダンススクールに行ったり。

石川 師匠というとどういう人?

水野 高校の同級生を介して知りあった方なんですけど、その人はすごい人で、ヒップホップカルチャーを世界に広めたクルーの一人だったんです。その日本支部みたいなのに所属してた人で、その人にダンスを教えてもらったのをきっかけに、イベントに遊びに行くようになったり、色んなダンサーの方々とも知り合いになりました。

沢辺 いま「ヒップホップカルチャー」って言っていたけど、「ヒップホップ」というと、アメリカの貧乏な黒人のもので、「カルチャー」という立派な言葉よりも「金を稼ぐための道具」とか「ビッグになる」とか「貧困のうさばらし」とかと結びついているような感じがする。あくまで俺の受け止めだけど、それを「カルチャー」って、日本でしか言ってねぇんじゃないの? そういう気がする。本場では、「不良性」とか「縄張り」とか「チーム」とか、そういうものにヒップホップは結びついているんじゃないかな?

水野 ほんとにそうなんですね。ヒップホップは貧困層の人たちがレコードをこすりあって、ハッパやって、酔っ払って、「やってやろうぜ」という勢いで始まったものらしいので。アフリカ・バンバータというスラムのカリスマが「縄張り争いとか、いろいろ抗争があるけれど、暴力ではなく、ダンスで決着つけよう」と提案したんです。そこからダンスでバトルというのがはじまったんです。そこには「絶対相手の体にさわっちゃだめ」、「さわったら即負け」というルールがあるんです。スラムの方たちの日常からはじまったのがヒップホップなんです。

沢辺 そういうのを根拠として考えると、そこに過剰に「カルチャー」をつけるのはかえってダサくないか? という気持ちがあるんだ。こう言い方も古いかもしれないけれど。もちろん、彼らには敬意を表するよ。新しいルールをつくることはとても大変なんだ。話がずれてしまうかもしれないけれど、今でも東京都の漫画の規制をめぐって、漫画家たちは反対している。けれど、反対はするけれどルールひとつつくれない。そういう意味で、「殴るのはやめようよ」という新しいルールをつくりだした彼らはそれはそれでものすごいことをしたと思う。けれど、それを日本にもってきて、「カルチャー」と言ってるのはなんか違和感があるんだな〜。これはダサくて例として適切じゃないけど、たとえば日本でも「仲間を大切にしよう」とか、そういう新しいルールを生み出せればすごいと思う。でも、日本のヒップホップは生み出せていないんじゃないかな? それを「カルチャー」という言葉で過剰に大きくするのは、違和感あるよ。俺は。

水野 それはそのとおりだと思います。でも、そういう人ばかりでないと思います。

沢辺 でも、たとえば、さっき、ストリートカルチャーは局所的で、「なになに線のなになに駅は、そこの駅独自のダンスがある」みたいな話があったけど、それって、「その駅にはその駅の流儀がある」ってことだと思うんだ。でも、それって、「なになに流はこの流儀」といった、昔からある日本的な家元制にヒップホップをかぶせているようなもんだと思うんだ。俺はもちろん、家元制には家元制のいいところもわるいところもあると思っているんだけど、「なになに駅の流儀」っていうのは、みずから新しいルールを生み出すことに力点を置いた言い方ではなくて、そこにすでにある流儀や権威にのっかってるだけなんじゃないかな? ベースにある古臭いルールを若いやつらがありがたがっていいのかよ、と俺は思うね。いまのお笑いも同じで、あいかわらず、古臭い先輩後輩のルールをありがたがっている。

水野 たとえば、秋田とか熊本とかから、ドカーンとくるショックが東京のほうに来ることがあるんですよ。秋田からあるグループがやってきて、東京で昔から築きあげられてきたものに衝撃を与えるんです。ぼくはそういう方がいいんですよ。今までにあったかっこよさを目指して、というのもいいですけど、クリエイティブすぎて「なんだこれは!」というのが好きなんです。すでにあるものと新しい価値観がどう作用し合っていくかというのに興味あるんです。

「ぼくはダンサーのなかではおしゃべりです(笑)」

水野くんはダンスについて語る。でもその語りのなかにあるものとはなにか。話は「ヒップホップカルチャー」から「文化」や「社会」というものを水野くんがどう受けとめているかについて進む。

石川 そうか、うーん、観点が変わってしまうかと思うので、こう言うのもあれだけど、水野くんの仲間は、ヒップホップとはなにか? みたいな議論してるんだね。

水野 そうですね。「自分の立ち位置を考える」というのと「周りの人はなにを考えているかを知る」という意味で、ぼくはそういう話をするのが好きです。

沢辺 ダンスするのも話すほうも好き、という感じかな?

水野 あまり比べることもできないと思いますが、ぼくはダンサーのなかではおしゃべりです(笑)。

沢辺 若いやつはなにも考えていない、とか、適当に生きている、という言われ方をすることが多いけれど、たとえば、水野くんたちのヒップホップのように、ちがうことで大いに語っているような気がするわけよ。ただ、これはおれの偏見かもしれないけれど、おれの言い方からすれば、それはいままでのことを拒否してヒップホップに逃げ込んでいるわけよ。

石川 いままでのことを拒否して?

沢辺 たとえば、どうやって生きていくか、とか。そういうことは話さないで、ただ、線を引いているだけのように感じる。繰り返し、ニューカルチャー、カウンターカルチャーなどは起こっているし、それに、いまはそれが細分化されている。けれど、そこでやっていることはむかしと同じだと思う。「俺たちのこれはお前たちのこれとはちがう」という線をただ引くだけ。その線を引いた自分たち自身のあり方を問うたり、新しいルールを生み出したりはしない。
たとえば、水野くんの知らないむかしの例しか思いつかないけれど、むかし、全共闘の時代に、前衛演劇というのがあったんだ。それは、「既存のものをぶちこわす!」と言ってはじまったんだけど、その後、いま残っているその劇団は家元制みたいになっている。絶対服従みたいになってる。むかしの興行師の世界みたいになっている。これはくり返し同じ。「ケンカはやめようぜ」といった新たなルールはまったくつくっていない。
水野くんが話したことをもとに言うんだけど、アメリカの黒人は、その前、つまり、「同じ黒人同士で殺しあうのはもういやだ」ということを踏まえた上での新しいルールになってる。けれども、日本の場合は、前のベースになるルール、家元制というか封建制というか絶対服従みたいなことはもういやだ、という感覚からスタートしたくせに、じっさいは、新しいルールも生み出せずに、前の段階に逆戻り。だから、前の段階をしっかり検証していないんじゃないか? 前の段階の問題が踏まえてないじゃん。

石川 それは、さいしょに話した、アンチとしてのストリートという話に重なりますね。一見すごく新しいものに見えるけれど、ただ、昔のアンチを繰り返しているだけで、じっさいその内部では古臭いルールが残っている、という話だと思います。自分たちのアンチのあり方はせせこましいんじゃないかという検証も必要だし、同時に、新しいルールを生み出せているかどうか、「既存のものをぶち壊す!」と言っている裏で局所でまとまってあい変わらず封建制みたいなルールでやってるとしたら、それはやめたほうがいい。だから、ある意味で、「ほんもの性」をアンチや自分を守ることに置くんじゃなくて、より多くの人に開いて、新しいものをつくりだすほうに向ける、というのが重要だと思います。
けれども、水野くんのこれまでの話っぷりでぼくが逆に面白いと思ったこともあります。ぼくの感想で言えば、「こんな熱いこと話してるとは思わなかった」です。ぼくはむしろ、「ダンスは趣味でいいじゃん、たのしければいいじゃん」とクールな受け止めをしていると思っていたんです。

沢辺 ネガ、ポジじゃないかな。それはひとつの状態が沈黙かおしゃべりに向いているのではないかと思うね。たとえば、これまでインタヴューしてきた子たちのなかには、「ひとそれぞれ」でいいんじゃないですか、とクールに受けとめていた子もいる。一方で、水野くんみたいな人もいる。じつは、この二つは一セットで、この両方を見てはじめて、「希望あるじゃん」と思える。

石川 わかります。「ほんもの」は「ない」として「ひとそれぞれ」でクールになるか、ちょっとアンチ気味であっても「ほんもの」は「ある」として、それはこうなんだ、ああなんだ、とわーっとおしゃべりする。でも、この二つはほんとうはセットなんだ、ということですね。ぼくはまだ詳しくは展開できないけれど、この二つの思いにお互い妥当なところを見つけるのがいまの時代の希望なんだ、ということははっきりわかります。ところで、おしゃべりの話が出たので、水野くんの「カルチャー」っていう言い方もすごく熱くて輝いている理想の感じがするのだけれど。

沢辺 水野くんは、社会とか文化という言葉って好き?

水野 大好きです。

沢辺 そういうのは水野くんの国語辞典的にはどうなるの?

水野 ぼくの中でのカルチャーというのは、少し抽象的で「インプット」と「アウトプット」、そして人の「価値観」で説明できるものと思っています。なにかしら自分の持っている「価値観」を通じて物事から魅力や刺激を感じて、それを自分の中で表現に変えてアウトプットしていく。このアウトプットされたものが、また人に影響を与えていく。その影響を受けた人がまたアウトプットして、といった具合に、文化というものは人の価値観を媒体にわーっと広がるものだと思います。

石川 社会は?

水野 社会というのは文化の上の共通の基盤で、文化の上に一律のばしっとした「ルール」が定められたものと捉えています。

石川 いまそう聞いて、水野くんの気持ちのレベルで、そうなんじゃないかな、と思うことを言うんだけど、ぼくの印象で言うと、水野くんの言っていることって、カルチャーって言いたい、社会って言いたい、そんな感じがするんだ。言葉だけが先に行っているような感じがして。だって、その文化や社会って、そのなかで生きている人間が苦しんだり試行錯誤、押したり引いたりしていると思うんだ。水野くんの説明だとその部分がなくなって、やはり抽象的な気がする。でも、文化とか社会という言葉って好きなんだよね?

水野 それこそ、大好きです! 社会やルールというのは人間が活動するうえでの基盤じゃないですか?

沢辺 基盤だという社会の説明は妥当性を欠いているような気がするな。

水野 あー、そうですか。

沢辺 基盤というのは社会の効果の一例で、俺の社会の定義は、生きていくために、それを構成している人たちがつくっているルールのある状態。その状態が成立していることで、基盤になり得ているんだと思う。
ただ、水野くんの社会は「基盤」とする意見で興味深かったのは、社会というタームの意味あいが変わってきた、ということなんだ。以前は、ルールを決めるのに参加するのは少数だった。だから、社会というのは「誰かに決められたルール」とよく考えてられていた。けれども、いまはふつうのひともなんらかのかたちでルールの決定に参加できている。社会には参加できている。だから、これからの社会の定義は、「いまこそはおれも、影響できるんだ」という自分の影響権をはっきりみとめるものでなくてはならない。
水野くんの「基盤」というのはそのための過渡期的な定義だと思う。社会というのは「誰かに与えられた」の、その「誰か」はなくなって、とにかく「自分に与えられたもの」として「基盤」となった。たしかに社会というのは与えられるのだけれど、同時に、あるときは自分が決めて影響を与えることができる。だから、社会は「基盤」であるだけではなく、自分の影響を行使する相手でもある。この影響権もいっしょに考えなくてはならないと思うんだ。
社会というタームの内容は、いま、「誰かに与えられた自分とは無関係のもの」から、自分にとっての「基盤」にまできている。このタームの揺れはだんだんと自分の側に振れてくると思うんだ。そうなると、社会というタームがはじめて、自分にとってルールの束として与えられる基盤でありつつ、かつ、自分が変えて新しいルールを生み出すものとして受けとめられるものになると思うんだ。

「ぼく下ネタばかりです(笑)」

水野くんの恋愛事情を聞く。聞いていくうちに、話の組み立て方、言葉づかい、論理の話に。

石川 大学の四年間はどんな生活でしたか?

沢辺 ナンパにあけくれた?

水野 ただダンスにあけくれていました。ぼくはそもそもがモテないんですよ(笑)。

石川 失恋ばっか?

水野 あるダンサーの子が好きになっちゃって、ふられて。そのときは三ヶ月ぐらいかなり落ち込みました。

沢辺 人のこと言えないんだけど、いわゆる二枚目じゃないよね(笑)。それに、とりあえず、話面白い? だって、ヒップホップのカルチャーがなんとか、とかさ(笑)。

水野 (笑)いえいえ、そういうまじめな話、ヒップホップの話はいつもはしません。

石川 じゃあ、ふだん女の子とどんな話をしてるの?

水野 下ネタとか(笑)。ぼく下ネタばかりです(笑)。そっちの方面でふざけているんですね(笑)。

石川 えっ、いきなり下ネタ(笑)!

沢辺 じゃあ、エロ話系で面白い話ない?

水野 女友達が「地方にセフレ(セックスフレンド)に会いに行く」と言いだして、昨日までそれに同伴してきたんです。女友達は着いたらすぐにそのセフレと合流してしまったので、僕はその近所に住んでる知り合いの方に「ちょっとこういう事情で、今一人なんですけど」と連絡して、みんなで集まって飲んでもらったんです。そしたら、そのメンツの中に30歳ぐらいの方がいて、「最近、60歳ぐらいの年配の方とセックスした」という話をし始めまして。

沢辺 その30歳は男性なの?

水野 そうですね。その方の話では、相手の女性は変態で、日常的に犬を使ったプレイをしているらしいんです。だから、その方は犬と穴兄弟なんです(笑)。そのあと、一緒に来た女友達が帰って来たので合流したんですが、「風俗体験したい」って言い出して、みんなで一緒におっぱいパブに行ったんです。

沢辺 女が?

水野 はい。

沢辺 (笑)へんな女だね〜。

水野 で、おっぱいパブでは僕にかなり太った女の子が付いたんですけど、そこでさっきの男性が「おれぐらいになると、あんまりな子が出てきたら、逆にその子の人生で一番優しい男を演じるような楽しみ方をするんだ」と言っていたのを思い出して、その子に対して恋人みたいに優しく接したんです。そしたら喜んでくれて、普通は触らせてくれないような所まで触らせてくれたりして。で、僕のそういう様子を女友達が横で見て爆笑している(笑)。そんなことが昨日ありました。
これ面白いか?と言われたらインタビュー的には面白くないと思いますけど(笑)。

沢辺 あー。十分面白いとは思うんだけど、あのね、今、俺が感じたのは話の構成がそんなにうまくない(真剣に指摘)。

水野 (爆笑)

沢辺 構成によってはいくらでも面白くなると思うんだけれど、「えっ! それでそれで!」と思わせるように話をもっていく能力に欠けている。ちょっと算数やりすぎたかな(笑)。

水野 (笑)

沢辺 長くなって、とんとんとんと行かなくなるわけですよ。

石川 うん。あっち行ったり、こっち行ったりして、また話が戻ったりすると聞く側としてはなえちゃうんだな(笑)。

水野 気をつけます(笑)! ほんとにそのとおり(笑)!

沢辺 シミュレーションなんだよ。相手がどう思うか、そのシミュレーションをやるんだよ。これ積み重ねると話の構成がはやくなるんだよ。そういうことする?

水野 いまのは完全にしてなかったです。

沢辺 たとえば、むかしだったらデートのときに、前日寝る前に布団のなかで、その子に話している気分で、自分のなかで話をするんだよ。そうすると脚本ができて、ネタが何本かできるんだよ。俺も若い頃、この話ネタに使えるなと思ったら帰りの電車のなかでシミュレーションとかしたもん。

水野 まさか、インタヴューでこんな話をするとは思わなかったもので(笑)。

石川 でも、いま話してくれたこと、そもそもなんでその子について行っちゃったの(笑)? 聞き手としては、そこがさいしょから気になっちゃって、話にもう入れないというか(笑)。だって、自分で新幹線代出したんでしょ?

水野 ぼくはその女友達の事は特に「恋愛的に好き」な訳じゃないんですが、たんに前に約束してたんですよ(笑)。

石川 で、いま彼女は?

水野 去年の末に別れまして。大学時代からつきあっていた相手です。

石川 なにか原因があったの? 風俗に行っていたことがバレたとか(笑)?

水野 いえ。もうすでにお互いが疎遠になっていまして。別れたときは二ヶ月に一回ぐらいしか会ってなかったんですよ。去年彼女が就職しだしたころからぼくへの尊敬がなくなっちゃった様に感じて。それに対してぼく自身もガキだなと思いつつ、それにスネちゃって。尊敬されなくなっちゃうとつらいというのはありましたね。

石川 その彼女とはデートはどこかに行ったりしたの?

水野 彼女が「みんなが行ってるようなデートスポットに行きたい」と言うと、連れてってあげる、という感じでしたね。

沢辺 だいたい「連れてってあげる」というのが生意気だよ(笑)。本質的にはイーヴンであるはずなのに。ましてや、相手はもう就職しているわけだろ。それ認識ちがうだろ(笑)!

水野 「連れてってあげる」という気分はなかったんですけど。

沢辺 さっきの社会を「基盤」としてとらえる話じゃないけれど、言葉の使い方にその人の思想、意識といったものは現れる気がするんですよね。

石川 そのあたりを水野くんの論理学でやるんだと思うんだけど?

水野 それは難しいですね。

石川 えっ、そういう言葉の使い方って感性の論理化だと思うんだけど?

水野 そうですね(笑)。

沢辺 それが論理学なんじゃない? だって、言葉の使い方にその人の思想が現われるだけじゃなくて、言葉の使い方に自分がはまってしまうということだってあると思うよ。だから、言葉の使い方というのは俺、すごく気になるもん。たとえば、俺、うちのスタッフと飯食いに行って、会社の経費で食事するとき、「今日は会社もちにしようぜ」って言うようにしてるんだ。これは社長である「俺もち」じゃなくて、法人である「会社もち」。みんな俺に「沢辺さんありがとうございました」って言うけれど、ほんとうは俺を含めて法人として「ポットさんありがとうございました」なんだ。で、どうして「会社もちにしようぜ」と言うかというと、経費で飲み食いしているくせに、おれ個人が払っているような錯覚を起こすのがイヤだから。それって法人イコール俺にするのがいやだから。会社の責任を俺個人の責任にしてもらっては困るというのがあるんだ。だって、やだよ、過剰な責任を負うのは。ぜひ、このあたり、言葉づかいに人間ははめられていくのか? 無関係なのか? それを数学、論理学で解き明かしていってほしいな。

水野 いいテーマをありがとうございました(笑)。

「システムをやりたかったんです。基盤に興味があって」

水野くんの携帯はスマートフォン。mixi、Twitter、Facebook、この三つをやっている。Facebookでは、ラオスとかシンガポールにいる友だち(日本人)とも交流。この春から、システムエンジニアとして働きはじめる水野くん。働きながら、年に百万円ほど借りていた奨学金を返していく。そんな水野くんに、今後や仕事に関する考え方を聞いた。

沢辺 これからどうすんの?

水野 システムエンジニアとして働く予定です。

沢辺 もともとそれやりたかったの?

水野 システムをやりたかったんです。基盤に興味があって。もともと抽象的な意味での(社会の)土台に携われる業界、例えば都市開発事業などにも興味がありました。でも最終的に、自分はやはりコンピューターとか理系的な事に向いていると思って、この会社に就職することを決めました。なるべく大きなお客、例えば国などを相手にできる会社に魅力を感じていました。

石川 ご両親はこの就職に関してはよろこんでくれている?

水野 名前の知られている企業に勤めてほしかったようです。でも親は自分のことを信じてくれているという実感があったのであまり気になりません。

石川 これから仕事をするにあたって不安や期待は?

水野 あんまりイメージをつけたくないので考えないようにしていますが、抽象的な意味で、ストレスとモチベーションのバランスをとっていけるようになりたい、というのはあります。忙しい会社で有名なんで。自分でこのバランスをなんとかできるように鍛えたいと思ってます。

石川 そういえば、水野さんは夢があるタイプ? 夢はなんですか?

水野 あんまり夢という言葉は使いません。非現実的なものという前提で使うイメージがあるので。

石川 大学院に入ったときから就職はしようと決めていたの?

水野 うちはあまりお金がなくて、これ以上経済的にお世話になろうとは思わなくて。ただもう少し研究もしたくて、母親に相談したら、あと二年ならいい、それに大学院に行ったら就職もいいだろうし、と言われたんです。

沢辺 大学院って就職いいの?

石川 理系だと大学院進学は就職に有効に働くみたいですね。

沢辺 でも、たいへんだよな〜。親はな〜。

石川 水野くんのいまの交友関係はどういう人達ですか?

水野 大学院の友人や、ダンス関係、ダンスでつながった仲間たちがやはり多いですね。

石川 合コンとかはない?

水野 ぼくのまわりはインディペンデントでオープンな人が多いので、知らない女の子と会う機会が元から多いといえば多いんです。もちろんみんなで飲んだりもして、それを合コンと言うかどうかはわからないですけど。

石川 そういえば、「インディペンデント」、「オープン」、「カルチャー」、「インプット」、「アウトプット」と、水野くんは、カタカナというか英語をよく使うけれど、水野くんの交流するまわりのみんなはそういう言葉づかいをするの?

水野 研究関係とかダンス関係の人と関わる機会が多いので、やはりそうなっているんだと思います。研究では英語で論文を書いたり読んだりするし、数学用語も英語のほうがイメージが浮かびやすいんです。

石川 今日はいろいろ突っ込まれたこともあったかと思うけれど、たくさん話題になった、言葉の使い方、話の組み立て方って、考えてみれば、水野くんがずっと追いかけてきた論理ということとつながっていると思います。だから、水野くんらしい話が聞けたと思います。それに、ぼくは最初、「システム的に言えば、これはああですこうです」ってどんな理路整然とした方、どんなエリートが来るかと思って身構えていたところがあったけれど、水野くんは下ネタなんかもいい意味で隙になって、それに、ぜんぜんリア充じゃないし(笑)、とても話やすかったです。

水野 ぼくも、色々ためになるダメ出しをどうもありがとうございました。

石川 いや、こちらこそ。いいお話をありがとうございました。

◎石川メモ

自分は哲学者です

 水野くんは、自分のやっているダンスの意味をどう言ったらいいか、すごく真剣に考えて迷いながらそれを言葉にする。そこの率直な語りがすごくいい。そんな語りのなかで、水野くんが「自分はダンサーです」と言うことには、とてもリアリティがある。
 じつは、これがいま文化ゲームをめぐって起こっている状況なんだと思う。沢辺さんが指摘しているけれど、アマ/プロ、趣味でやってるひと/それで食っているひと、という垣根はどんどんなくなってくるはず。文化はもう一部のスタアが独占するものではなくなってきている。
 だから、たとえば、ストリートのパフォーマンスとエンターテイメント、水野くんたちの仲間とEXILEが「なだらかにつながっている」。そこに参加するみんながダンスという文化ゲームの一員になる。みんなが「ダンサー」だ。
 ぼくには「自分は哲学者です」と言うことにはずかしさがある。水野くんとの話を通じて、こういうはずかしさを改めていかなくちゃならないな、と思った。というのも、ぼくは「哲学者」という言葉の意味を、「偉そう」で、「堅いしかめつらばかりしている人」で、「人とかかわるのが苦手で勉強ばかりしている人」というイメージのみでとらえていたからだ。
 だから、ぼくは自分を「哲学者」と言いたくなかった。自分はそんな偉そうな人間、世間離れした人間じゃないんだ、と言いたかった。けれども、これって、ある意味で、哲学がそれまでもっている「伝統」や「家元制」に対するぼくのなかのアンチの感情から出ているんじゃないか。そう反省した。
 もちろん、哲学者の偉そうで堅いイメージというのは、大学という制度のなかで独占されていた高度に専門的な文化ゲーム、というこれまでの哲学のイメージからきている。けれども、まわりをよく見てみると、哲学はかなり開かれてきている。大学の外で、一般の人たち、若者、仕事をもった壮年の人、仕事をリタイアした人がどんどん哲学という文化ゲームに参加してきている。
 ぼくはそういう集まりを主宰したり、先生をやったりしているのだけれど、そこで、自分のやっていることが、じつはアマ/プロ、生徒/先生の垣根をなるべくなくすことだ。ただ、考えるという哲学のゲームがあって、そこでみんなで試してよりよい考えをつくりだす。そういうゲームだけがある。ぼくも含めて、そこに参加するみんなが哲学という文化ゲームの一員になっている。ということはみんなが「哲学者」だ。
 こんなふうに言ってくると、なんだかロマンチックな言い方に聞こえるかもしれない。けれども、いま、哲学という文化ゲームもアマ/プロがなだらかにつながっていく過渡期にあるのはたしかだ。ダンスが一部のスタアによって独占される芸能という意味ではなくなってきたように、哲学も一部の学者によって独占されるお堅い学問という意味ではなくなってきている。同じ言葉でも辞書の中身が変わってきている。
 もうじきすぐに、「哲学やっています」と言うことははずかしいことではなくなってくるはず。そう言う人が「自分は哲学者です」と言うようになるかどうかはわからないけれど、少なくともぼくは、考えるゲームに参加しています、という意味で、「自分は哲学者です」とはずかしがらずに言っていきたい。
 もちろん、その開かれたゲームのなかでなお、「プロの哲学者」としてぼくはどうあるべきか。それは今後ぼくが引き受けていくべき課題だけれども。