中村うさぎ[作家]●小倉千加子さんは鳥で、私は犬だったのね!

 伏見氏の『欲望問題』は、今まで私の中ですごくモヤモヤしていた疑問を、一気に解明してくれた。「ああ、そうか」と、何か、胃の中に溜まっていたものがツルリと消化できた感じだ。こういうのを「腑に落ちる」というんですかね。
 ちなみに、私の抱えていた「疑問」とは、以下のようなことである。
 昨年、私は小倉千加子さんとの対談本を出した。私はそれまでに小倉さんの著書を何冊か読んでいて、とても感銘を受けたし、個人的にも小倉さんが大好きだったので、対談をとても楽しみにしていたのだった。
 なのに、いざ対談が始まると、私たちの言葉は何度も何度も、すれ違った。小倉さんの言ってることは、いちいち正しい。だけど、その言葉に頷きながらも、私の身体は「確かにそうなんだけどさ、でも……でも、なんか違ーう!」と叫び続けているのだ。
 たとえば小倉さんは「女性らしさを強調するボディコンシャスな服は、身体を締め付けて着心地よくはないでしょう」と言う。確かに、そのとおり。身体が苦しいと感じる以上、そのような服を着ることは「快感」とは言えまい。が、しかし、そこには「着心地」とは別の快感が、厳然と存在するのだ。女っぽくセクシーに着飾った自分が好き、というナルシシズムの快感。たとえそれが「ジェンダーの刷り込み」とかいう一種の洗脳であろうと、そこに快感を覚えてしまう私の心身は今さら初期化できるものでもなく、どんなに理論的に説得されようと頑迷に「でもでも、たとえ苦しくたって、ドルガバのセクシーな服を着る陶酔感は、着心地なんかブッ飛ぶほど気持ちいいんだもーん!」と叫んでしまう。要するに、私は理屈よりも快感を優先してしまう人間なのだ。それを愚かだとか間違ってるとか言われても(もちろん小倉さんはそんなことを言う人ではないが)、着飾ることの快感を、私は手放す気など毛頭ないの。
 そもそも私には、自分の身体を通して生まれた言葉しか信じない傾向がある。体験にこだわり、己の「身体を通して生まれた言葉」だけを書き続けようと心がけているのは、是非や正誤はともかくとして、それこそが自分の「魂の言葉」だと思っているからだ。だから、私の身体が「なんか違ーう!」と言ってるのなら、脳ミソがいくら「然り」と言っても、ダメなの、納得できないの。で、そんな自分の感覚を説明しようと頑張ったんだけど、何となく小倉さんには通じてない気がして、私はひどく落ち込んだのだった。ああ、私って、やっぱバカで頑固で俗悪なんだなぁ……と。
 で、このような私の自己嫌悪やじれったさが行間に溢れていたのだろうか、この対談本を読んだ私の父は、以下のような感想を述べたのである。
 「小倉さんって人は、きっと頭のいい人なんだろうな。だけど、おまえだって、あの対談を読む限り、そんなにバカってワケでもないよ(←これは親バカ)。ただな、おまえと小倉さんは、視点があまりにも違い過ぎるんだよ。小倉さんは鳥のように上空から、『女』という問題を俯瞰して眺めている。ところがおまえは、あくまで地上に住む動物の視点で、『女』を語っている。どっちの視点が間違ってるとか、そういう問題じゃない。ただ、鳥と犬とじゃ、同じ対象を見ていても、見えてる世界がそもそも違うだろ? あの本を読んで俺が感じたのは、これは鳥と犬の対談なんだなってコトだよ」
 なるほど、そのとおりだ、と、私は思った。私は犬のように地上に繋がれ、決して上空から物を見ることができない。その代わり、地上に住む生き物として、同族たちの悩みや苦しみや喜びをリアルに語ることができる。この「リアル」こそ、私が「身体から生まれた言葉」と呼ぶものなのである。一方、小倉さんは、鳥のように超越して、地上の生き物たちを眺めている。その視野は広く、全体的な構造もくまなく見渡せて、論旨も素晴らしく明確だ。ただ、小倉さんの言葉に、時折、私は「リアル」を感じられない。それで、私の身体が「なんか違ーう!」と、じれったそうに声を上げるのである。だけど、私の言葉は小倉さんに通じない。小倉さんに話しているうちに、自分がどんどんバカに思えてきて、惨めな気持ちになるだけなのだ。
 でもさぁ、これって、いったい何故なのかなぁ? 確かに鳥と犬とじゃ言葉が通じないのかもしれないけど、小倉さんだって普段は地上で生活してるワケじゃん? 現に私、プライベートで会ってる時の小倉さんが大好きなんだよ。一緒に飲んで語り合ったりしてると、すっごく楽しいの。なのに何故、対談の場では、私たちはこんなにすれ違っちゃうの? 小倉さんは仕事だからって急にお高くとまったりする人じゃないのに、「女の問題」について語り始めると、急に背中に翼が生えて、私の手の届かない上空へと飛び去っていってしまう……そんな気がしてならないのよ。この違和感は、何?
 と、まぁ、これが、私の抱えていた「疑問」だったワケである。そして、伏見氏の本は、その疑問に、じつに明確な解答を示してくれたのだ。ええ、そりゃもう、気持ちいいほどスッキリと明快に。
 「なるほど、そうか!」と、伏見氏の著書を読んだ私は、思わず膝を叩きましたね。小倉さんは「差別問題」を語り、私は「欲望問題」を語っていたのか! 鳥は上空から「社会という枠組みの中の女」を見渡し、犬は地上で「肉体という器の中の女」を見つめていたのだった。私は小倉さんから「鳥の視点」を教わったが、小倉さんに「犬の快感」を共有してもらうことはできなかった。何故なら、私は、どこまでいっても「欲望の犬」だから。
 本来なら、ここでまた落ち込むところだが、伏見氏の本は「それでもいいんだよ」と言ってくれてるような気がした。「鳥もまた、犬の視点を思い出さなきゃな」と。伏見氏のような頭のいい人にそう言っていただくと、これほど心強いことはない。そっか、私は無理して鳥にならなくてもいいんだね。たまには鳥の真似をして高い絶壁から世界を俯瞰してみようと努力はするけど(世界観が広がるしね)、基本的には犬のまま、犬の言葉を語っていくわ、私。だって、これが私の「リアル」なんだもの。それでも、犬が世界に向かって言葉を発し続けることに、きっと意味はあるわよね、伏見さん?

【プロフィール】
●中村うさぎ
1958年、福岡県生まれ。小説家、エッセイスト。1991年ライトノベル作家としてデビュー。近年では自らの浪費ぶり(ブランド物の購入、ホストクラブ通い、美容整形・豊胸手術)をつづったエッセイを中心に執筆。

【著書】
彼らの地獄 我らの砂漠(浅倉喬司との共著)/メディアックス/2006.12/\1,600
マッド高梨の美容整形講座(高梨真教との共著)/マガジンハウス/2006.11/\1,300
花も実もない人生だけど/角川文庫/2006.9/\476
芸のためなら亭主も泣かす/文藝春秋/2006.6/\1,333
愛と資本主義/角川文庫/2006.5/\590
最後の聖戦!?/文春文庫/2006.4/\476
幸福論(小倉千加子との共著)/岩波書店/2006.3/\1,500
私という病/新潮社/2006.3/\1,200
さびしいまる、くるしいまる。/角川文庫/2006.2/\514
美人とは何か?/文芸社/2005.12/\1,200
愚者の道/角川書店/2005.12/\1,300
オヤジどもよ!/文春文庫/2005.11/\448
うさたまのオバ化注意報(倉田真由美との共著)/2005.11/\952
うさたまの霊長類オンナ科図鑑(倉田真由美との共著)/2005.10/\1,000
うさぎ・邦正の人生バラ色相談所(山崎邦正との共著)/大和書房/2005.9/\1,300
女という病/新潮社/2005.8/\1,300
さすらいの女王/文藝春秋/2005.6/\1,286
うさたまのホストクラブなび(倉田真由美との共著)/2005.3/\514
結婚はオートクチュール(編著)/2005.2/\1,200
愛か、美貌か/文春文庫/2004.12/\448
女神の欲望(岩井志麻子、乙葉との共著)/メディアファクトリー/2004.12/\1,200
変?/角川文庫/2004.9/\476
地獄めぐりのバスは往く/フィールドワイ/2004.8/\1,238
自分の顔が許せない!(石井政之との共著)/平凡社新書/2004.8/\760
屁タレどもよ!/文春文庫/2004.7/\438
中村うさぎの四字熟誤(松田洋子との共著)/講談社文庫/2004.6/\400
うさたま見聞録(倉田真由美との共著)/角川書店/2004.5/\1,200
最後の聖戦!?/文藝春秋/2004.4/\1,238
うさたまの暗夜行路対談(倉田真由美との共著)/2004.4/\1,500
花も実もない人生だけど/角川書店/2004.4/\1,000
欲望の仕掛け人/日経BP社/2004.3/\1,600
月9/朝日新聞社/2004.3/\1,200
中村家の食卓/フィールドワイ/2004.3/\1,380
うさたま恋のER(倉田真由美との共著)/宝島社/2004.2/\1,250
イノセント/新潮社/2004.2/\1,300
生きる/マガジンハウス/2004.1/\1,200
最後のY談(岩井志麻子、森奈津子との共著)/二見書房/2003.12/\1,500
崖っぷちだよ、人生は!/文春文庫/2003.12/\457
穴があったら、落っこちたい!/角川文庫/2003.11/\438
壊れたおねえさんは、好きですか?/フィールドワイ/2003.8/\1,300
九頭竜神社殺人事件/講談社ノベルズ/2003.5/\740
美人になりたい/小学館/2003.4/\1,400
私、Hがヘタなんです!/河出書房新社/2003.2/\1,400
ダメな女と呼んでくれ/角川文庫/2003.2/\438
浪費バカ一代/文春文庫/2003.1/\476
犬女/文藝春秋/2003.1/\1,333
愛か、美貌か/文藝春秋/2002.12/\1,238
愛と資本主義/新潮社/2002.11/\1,500
うさぎの行きあたりばったり人生/角川文庫/2002.11/\648
さびしいまる、くるしいまる。/角川書店/2002.11/\1,500
うさぎとくらたまのホストクラブなび(倉田真由美との共著)/角川書店/2002.10/\1,500
オヤジどもよ!/フィールドワイ/2002.8/\1,200
人生張ってます/小学館/2002.8/\1,100
こんな私でよかったら…/角川文庫/2002.8/\476
変?/扶桑社/2002.8/\1,143
だって、買っちゃったんだもん!/角川文庫/2002.2/\438
崖っぷちだよ、人生は!/文藝春秋/2001.12/\1,238
さまよえるエロス[中編]/富士見ファンタジア文庫/2001.12/\420
ダメな女と呼んでくれ/角川書店/2001.12/\1,000
だって一度の人生だもん(かなつ久美との共著)/秋田書店/2001.10/\857
屁タレどもよ!/フィールドワイ/2001.10/\1,238
ショッピングの女王/文春文庫/2001.9/\438
人生張ってます/小学館文庫/2001.9/\552
税金払う人使う人(加藤寛との共著)/日経BP社/2001.7/\1,400
地獄に堕ちた亡者ども[上]/電撃文庫/2001.6/\490
パリのトイレでシルブプレー!/角川文庫/2001.2/\400
浪費バカ一代/文藝春秋/2000.12/\1,381
こんな私でよかったら…/角川書店/2000,10/\1,200
うさぎの行きあたりばったり人生/マガジンハウス/2000.7/\1,300
さまよえるエロス[前編]/富士見ファンタジア文庫/2000.4/\420
パルミットの笛吹き/電撃文庫/2000.1/\530
だって、買っちゃったんだもん!/角川書店/2000.1/\1.300
ショッピングの女王/文藝春秋/1999.9/\1,238
パリのトイレでシルブプレー!/メディアワークス/1999.9/\1,600
家族狂/角川文庫/1999.9/\400
だって欲しいんだもん!/角川文庫/1999.1/\438
女殺借金地獄/角川書店/1997.4/\1,200
家族狂/角川書店/1997.2/\1,000

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