2008-10-12

お部屋1677/人間の仕組み、瀬戸弘幸の仕組み

ここ数日、いまさらながらの話を出していましたが、その裏で、「デタおた」班は、組織の存亡をかけて秘密プロジェクトを進行させていたのであります。

でぶちんさんは、「日本よ何処へ」の全コメント、約10万件を取り込んで、コメント数の順位を出しています。これ自体、「だからどうした」ではありますが、この先、いろんな解析が可能です。「ある人物がどういう時にコメントをしているのか」「ある人物の1回当たりのコメントの文字数はどのくらいか」などなど。

これらもまた「だからどうした」ですけど、さらに私は「コメントをした人の特性を見抜く数値を出せるのではないか」と考えました。これを見いだすことができれば、今後あらゆる文章の解析が可能になって、イヤな時代が到来します。

見てしまった人もいるかもしれないですが、同じ「デタおた」班なのに、でぶちんさんの連絡先を知らなかったため、でぶちんさんに「メールをくれ」と「黒子の部屋」で呼びかけ、この秘密プロジェクトがスタートしました(敵に察知されないよう、すぐに呼びかけは消しました。この場合、誰が敵かよくわからないです。CIAかな)。

それからというもの、「デタおた」班は、その数値を求めて、寝ずの計算を続けていたのです。私は指令を出しただけで、計算していたのはでぶちんさんですから、私はでぶちんさんの分も頑張って熟睡してました。

幾度かの修正を加え、本日遂にその第一弾になる数値が送られてきました。素晴らしい偉業を達成したのか、とてつもないバカをやっているのか、どっちかよくわからないのですが、「デタおた」的には大変満足できるものになりました。

「こんなことを人にやらせて、全然意味がなく、全然面白いものにならなかったらどうしよう」と内心ビクビクしていたんですけど、この手法を手に入れたことで、我々は人間の内面を数字で完全に把握することに成功したのです。という錯覚に陥ることができるデータです。

数字を見ているうちに多幸感に包まれて、ここ数時間というもの、「デタおたトランス」状態です。「デタおた」は麻薬いらず。

このデータは「でぶちんのデータ工房」で今後少しずつ公開されていく予定です。基準を変えることで、人間の特性をさらに精緻に出していくことができるでしょう。でぶちんさんは今年いっぱいこれで遊べます。その気になれば一生これで遊べるかも。

一方で、荒井さんは、おいしいものを食ってばかりいるカモフラージュをしつつ、「しのぎ」についての考察を始めてます。

彼がいったいどこに目をつけているのかを以前聞いてまして、荒井さんがこれを書き始めるのを待ってました。これによって、「草の根」「ゼリー」の類似点が明確になり、彼らの言動を解釈しやすくなります。

私も補足しておくとします。

思想で見た時に、「草の根」のそれは「護憲」「自衛隊反対」「人権派」「反創価学会」といった言葉に集約されるでしょう。だからこそ、ある段階までは左派からの積極的支援を受け、また、一貫して「反創価学会」グループの支援を受けてきたわけです。そして、今もそれらの主張を支持する人たちが投票をしているであろうことが想像できます。

しかし、この人たちに人権を語る資格があるとは思えません。彼らの人権感覚については、「3羽の雀の日記」の「羞恥心と人権感覚がない人たち」「黒子の部屋」の「1514/人権意識なき市議たち」などなどを参照していただきたい。

この裏腹な言動は、票をとるための偽装と本音のズレであると思えば納得できます。

一方、瀬戸弘幸はどうか。なぜあそこまで調べようとしないのか。「これから調べる」と言って、なぜそれ以降も調べないのか。なぜああも考えないでいられるのか。

瀬戸弘幸の「思想」もまた「しのぎ」のための偽装だと思えば納得できます。決して頭の回る人ではないですから、自分でも気づけていない可能性も大ですが、彼のやっていることは街宣右翼の時代とまったく変わらない。金の出元が変わっただけ。あるいは金の出し方が変わっただけです。

企業を脅すには、相手が嫌がる点を見いだせればそれでいい。事実かどうかを問う必要はなく、街宣車を乗り付けて騒げば金が出る。町の風景の一部であって、誰も街宣右翼の言うことを真剣に受け取って正面から批判をすることもない。ほっといたところで社会的な影響などないわけです。これはデモも似たようなもんかもしれない(金を脅し取るのは問題外として、街宣もデモも表現である以上、私は規制に反対しますし、社会的影響があろうとなかろうと、そうしたい人たちを批判はしないです。私も時々参加してますし)。

その手法をそのままネットという舞台に移したのが瀬戸弘幸です。「出撃」などと勇ましい言葉を並べ立て、いかにも世界大戦が始まるかのようなデマを書いて危機感を煽れば、「この人は国のために頑張っている。ボクたちの代わりに体を張ってくれている」と勘違いする人たちが出てくる。かつて新左翼が明日にでも戦争あるいは革命が起きるかのようなことを主張していたのと一緒です。

「脅し」や「いやがらせ」によって金を引っ張るのでなく、自主的に金を出す人たちをネットで拾い集めるだけですから、これ自体、非難されるべきではない。物書きは、なんらかの形で金を得なければ生活ができず、そのために本を出して印税を得ることや、有料メルマガをやることと仕組みは同じです。

しかし、ネットで発言する以上、その発言は一般の言論の基準で検証されることは避けられません。街宣右翼の言葉とはワケが違う。だから、多くの人たちは、間違いを書かないように調べます。時間的、物理的、経済的な制約がありますから、常に十分に調べられるわけではないにせよ、調べようとはします。とりわけ、具体的な名前を出す時はそうします。

一般の人たちより、ライターやコラムニスト、評論家と名乗る人たち、中でもジャーナリストといった肩書きを持つ人たちの方が、その肩書きを名乗る責任として、より調べようとするってものです。当然ここでは「公人」としての自覚というものもあって、名前を知られ、社会的な影響力をもつ人ほどそうする責任が生じます。

著作権も同様です。「親告罪だから、文句を言われなければそれまで」という考えは法的に言えば一面正しくはあるのですが、権利者から文句を言われなくとも配慮をするのが物書きのモラルでしょうし、現に当事者からの抗議がなくとも、これまで数多くの新聞社や出版社、テレビ局、そして個人がパクリについての謝罪をしていて、時に当事者が左遷されたり、解雇されたり、連載が打ち切られたり、単行本が回収されたりしています。ここでは十分とは言わないまでも、モラルが健全に機能しています。

この社会のさまざまな事象は、法律だけで語れるわけではなくて、少なくともジャーナリストと名乗る人であれば、あるいは疑いのない公人である市議という政治家であれば、「訴えられたら負けかねない」というレベルの著作権侵害は避けるべきであり、それをやったら非難されて当然です。

しかし、いきなり根拠も自覚もなく「ジャーナリスト」になった瀬戸弘幸は、そういった常識を身につける機会がなく、考える機会もなかったのでしょう(「機会」ではなく「能力」かな)。

こんな瀬戸弘幸にとっては、それがどれだけ筋の通った批判であろうとも、それがどれだけ瀬戸弘幸のための批判であっても、「妨害」にしか見えないのはもっともです。「しのぎの邪魔をするな」ってことなのでしょうし、自分の発言に公的な意味はなく、「個人のブログ」でしかないことを認めたのもこれを裏付けます。

はなっから瀬戸弘幸は社会を変革しようなんて気はない。本気で議席をとる気もない。瀬戸弘幸が社会を変革しようとしていると思える人、本気で議席をとろうとしていると思えて、金を出す人たちがいればそれでよい。「オレの言うことを信じて金を出す気のあるヤツらだけがついてきてくれればいい。生活のための手段なのだから、そっとしておいてくれ」というのが「準公人と無関係」宣言だったわけです。それ以外にどんな解釈ができるのか私にはわかりません。

瀬戸弘幸の言論はこのような仕組みでできていて、あとは「デタおた」班が開発したシステムで解析し、それでもわからない点は、林家ニャロメさんがやっていたように、「脳内メーカー」で補うとよろしい。

ニャロメさんは、「脳内メーカー」に「せと弘幸」と入力してますが、「瀬戸弘幸」と入力すると、「瀬戸弘幸と違って、脳内メーカーは取材しているのか」と思わないではいられない結果が出ます。

なお、「成分解析」で、瀬戸弘幸を入力すると、瀬戸弘幸の15%は「陰謀」でできているとの結果が出ました。

このエントリへの反応

  1. 表敬訪問事件以来から閲覧しているものです、思うことがありましたので初めてコメントさせていただきます。
    XX事務所の選挙協力者で離反した方に、私が瀬戸の記事を書く姿勢に疑問を唱えたら。
    「今の(いい加減なブログ記事)体制が瀬戸の理想」(意訳)と、答えてましたね。
    だから、どうだというわけではありませんけど。
    彼にしてみれば「勘違いして付いて来た人間」が悪いのであって。
    「誤解を生む記事を公開した」自分等の責任は感じないのでしょう。

  2. >pipiさま

    「オレはそんなことは書いていない。誤読したのが悪い」という言い訳が目につきますね。あきらかな誤読については、こう主張することもありですし、私もそうすることがありますが、「誤読じゃねえだろ」という時でも、このような逃げを打つ傾向があります。パクリを指摘された時もそうです。それを再度指摘しても、「解決済み」「あなたと話し合うのは無駄」で終わらせる。これがお決まりの遁走パターン。

    ところで、ご指摘のやりとりは公開されているものでしょうか。もし見られるのなら見たいので、URLを教えてください。

  3. [...] 前回大げさな前振りをしてみましたが、簡単に言えば、計量文体学をコメントに応用したらどうなるかって試みであります。計量文体学では、本をまるごと一冊分、あるいは何册分もの文体を解析して、その作品ないしは作者の特徴を数値にし、「どういう特性のある文章か」「その特性に作者の何が表出されているのか」「誰の影響を受けているか」といったことを探るわけですが(よくは知らない)、言うまでもなく、これは文学に限らず使える手法ですし、個人の特性だけでなく、言語そのものの特性を知ることもできます。 [...]

  4. ブログ主様
    レスありがとうございます。
    >ご指摘のやりとりは公開されているものでしょうか
    これに対する答えですが
    「その内容は公開されていません、ですが、本人には連絡がつきます、連絡先のメールをいただければその本人の連絡又は本人から連絡を取るようにします」
    と、いう事でお願いします。
    「公開されていません」と書き込むだけでは発展性が無いので、一応情報提供可能な状況にはしました、どうされるかはそちらの判断にお任せします。

    ちなみに、このコメント入れる前に、本人に了解取りましたので「あるある詐欺」ではありません、連絡頂ければ情報は出ます。

  5. >pipiさま

    了解。

  6. [...] 前回大げさな前振りをしてみましたが、簡単に言えば、計量文体学をコメントに応用したらどうなるかって試みであります。計量文体学では、本をまるごと一冊分、あるいは何册分もの文体を解析して、その作品ないしは作者の特徴を数値にし、「どういう特性のある文章か」「その特性に作者の何が表出されているのか」「誰の影響を受けているか」といったことを探るわけですが(よくは知らない)、言うまでもなく、これは文学に限らず使える手法ですし、個人の特性だけでなく、言語そのものの特性を知ることもできます。 [...]

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