2009-08-17

『エロスの原風景』ができるまで/松沢呉一インタビュー01/国会図書館を抜き去るまで(ただし、エロ本のみ)

日本国最高の知のデータベース「国会図書館」──が、どんな巨人にも弱点はある。それはエロだ。
エロに関しては国会図書館を優に超える資料を収集した男、松沢呉一の最新刊がこの『エロスの原風景』(7月1日刊行)である。
978_4_7808_0126_2.jpg

松沢呉一『エロスの原風景』に関する記事一覧

●国会図書館を抜き去るまで(ただし、エロ本のみ)

──『エロスの原風景』で紹介している図版は、すべて松沢さんのコレクションをスキャニングさせてもらったわけですけど、そもそも、松沢さんはどういう理由でエロ本収集を始めたんですか?

「この話は、いろんなところで書いているんですけど、かれこれ20年くらい前にマガジンハウスの『ブルータス』で、高橋鐵の原稿を書くことになったのがきっかけです。高橋鐵というのは心理学を主体にした性学者で、、昭和20年代に『あるす・あまとりあ』という大ベストセラーになった本を出している。それまでにも高橋鐵の本は何冊かは読んでいて、改めて調べに国会図書館に行ったら、所蔵している本が5冊くらいしかなかった」

──実際はもっと本が出ていた?

「同じ内容の本の改訂版とか新装版が多く出ていて、それを入れると、数十冊出ている。高橋鐵は生活心理学会という団体も主催していて、学会と言っても愛好会みたいなものなんですけど、そこでも冊子を多数出している。一般に売られた物だけでも30冊くらいありそうなのに、国会図書館には5冊か6冊しかない。その上、そのうちの何冊かはリストにはあっても、行方がわからなくなっているんですよ。たぶん盗まれたのか、紛失したのだと思うんだけど、天下の国会図書館に3冊くらいしかない。だったら、自分で集めようかなと思い始めたのが始まりです。売れた人なので、古本屋にいくらでも売られていて、国会図書館は1日で抜ける。これは高橋鐵に限ったことではなく、性というジャンルに関しては、国会図書館の蔵書は全然たいしたことがない。これに限れば、国会図書館を簡単に抜けることがわかりました」

──(笑)

「国会図書館を敵と見なして、それから数年で簡単に勝利しました。以来、国会図書館を抜いた男と言われている。ただし、エロだけ(笑)。きっかけが高橋鐵だったので、生活心理学会名義で出していたガリ版刷りのビラや、『セイシン・レポート』という雑誌もひと通り全部集めて、次に『エロスの原風景』でも取り上げている『変態資料』という雑誌など、大正から昭和初期のものも集め始めます。『変態』という言葉は、明治末期に心理学用語の『アブノーマル』の翻訳語として作られたもので、もともとは心理学、医学用語だったんですけど、大正時代に宮武外骨が『ちょっと変わった』『正統ではない』というニュアンスの言葉に俗化させて使いだして、『変態知識』といった雑誌を出しています。それを引き継ぐような形で、昭和初期にエログロナンセンスの時代になる。これを先導したのが梅原北明という編集者です。北明は大量の雑誌や本を編集していて、『変態十二史』という叢書も手がけている。当時は軟派本と呼ばれるジャンルの本が膨大に出ていて、北明以外のものも集め出し、大正末期から昭和初期に多数出ている『変態』という言葉がタイトルに入った本も医学書を含めて集めて、それとほとんど同時に宮武外骨も集めて。数が多すぎて、今でも集まり切らない物はあるけど、だいたい集め終わったところで、明治時代の造化機論や戦後のカストリ雑誌に手を広げて」

(雑誌を手にする)

「今日ここに持ってきた『猟奇』はカストリ雑誌の代表的存在で、創刊号(昭和21年10月発行)が戦後初めてわいせつ物頒布で発禁になっています。その後、版元が変わるんですけど、全部で二十冊くらい出ているのかな。こっちは『エロスの原風景』でも一章割いている創文社の雑誌で、『奇抜雑誌』です。これはカストリ雑誌に含まれるかどうか微妙な点があるんですが、広い意味で言えばカストリ雑誌です。この雑誌は、社長が全部一人で書いていました。だいたい月に30本原稿を書いて、他の社員に聞かせてその中から20本選んで出す。座談会だとかルポだとかいろんなものが入ってるんですが、それも社長が想像で書いていた(笑)。後半は他の社員の文章も増えるんですが、『怪奇雑誌』と『奇抜雑誌』の初期は全部一人でやっていたとのちに出た社長の手記に書かれています。カストリ雑誌は国会図書館にもあるんですけど、紙が粗悪な再生紙なので、傷みが激しく、紙が割れたりするので、一般の人は閲覧できない。他の図書館にもないですから、見ようと思うと自分で買って集めるしかないんです。

カストリ誌創文社

『エロスの原風景』         『創文社グループ』の項より
「カストリ雑誌」の項より

──他のジャンルと違って、エロに取り組もうとすると、必然的に自分で集めるしかないんだ。

「そういうことになります。アメリカの大学に『プランゲ文庫』というコレクションがありまして、プランゲは昭和20年から昭和24年に、GHQで検閲をやっていた人物です。この人は本当に偉い人で、その時期に発行された日本の出版物をアメリカに持ち帰ったんです。日本ではこんなものは公的な施設は保存していなくて、国会図書館にも中途半端にしかない。これもあとで集め直したか、寄贈されたんだと思うんですけど。そのため、悲しいことに、カストリ雑誌の最大のコレクションはアメリカにあるんですよ。これがアメリカの偉いところというか、日本のダメなところだと思うんだけど、浮世絵が海外流出して、海外でこそ評価され、保存されたのと似ている。しかも、日本では浮世絵の中の重要な柱のひとつである春画は、いまなお美術館で展示できない。日本だと『エロだから』ということで、こんなものはいらないと判断して捨てちゃう。捨てる前に集めもしない。善か悪か、必要か不要かを今の時代にたまたま生きている自分が判断できると思い上がっているわけです。しかし、そこに価値があると判断する人もいるのだし、今はいなくても、半世紀あとに必要とする人が出てくるかもしれない。そういった長い時間に沿った思考が欠落した国で、それを拾い集めてきたのが、言ってみれば私の人生(笑)」(続く)

(このインタビューは2009年7月12日東京国際ブックフェアで行なわれた公開インタビュー『「戦前、戦後のエロ本」〜日本のエロ表現史』に大幅な加筆・訂正を加えています。聞き手:沢辺均)

『エロスの原風景 江戸時代〜昭和50年代後半のエロ出版史 』

978_4_7808_0126_2.jpg
著者●松沢呉一
定価●2800円+税
ISBN978-4-7808-0126-2 C0095
A5判 / 168ページ / 上製・函入
[2009年07月 刊行]
印刷・製本●シナノ印刷株式会社
ブックデザイン●小久保由美

内容紹介

エロ本は遠からず消えると言っていい。そんな時代だからこそ、こんな本を出す意義もあるだろう──
(「はじめに」より)

●『実話ナックルズ』(ミリオン出版)で2004年より現在も続く、日本エロ出版史を網羅する長期連載の単行本第1巻。
●稀代のエロ本蒐集家である著者所蔵の膨大な資料の中から、エロ本173冊、図版354点をフルカラーで掲載。
●読み物としてだけでなく、顧みられることのなかったエロ表現史の概観を辿る、資料性の高い一冊。
●大幅加筆に、連載時には掲載されなかった資料も掲載。

本のご購入はこちらでお願いします