2007-12-01

書評:東條隆進「経済社会学の形成」

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インターネット新聞・JANJAN』に【 書評:東條隆進「経済社会学の形成」】という記事を書きましたので転載します。

【本文】

 本書に、次のような指摘がある。

 【「万人祭司」は「万人商人」説、神の「選び」「予定は」、神のinvisible handの「予定」「調和」説にすりかわる。このすりかえによって「近代市民社会」が自らのアイデンティティを主張することができるようになった。スミスの『諸国民の富』はこの市民階級、商業社会のアイデンティティ論であった】(119頁)

 このすりかえは、現在もなお、主流となっている経済学の中で、おこなわれている。本書によれば、【ソクラテスは古代ギリシャのアゴラで青年達と自由に「議論」していたとき、キルケゴールが最も尊敬するほどに実存的であった。彼らは前提された枠組みの内部で「データ」のやり取りをしていたのではなく、まさしく枠組みそのものを実存的に問うた】(182頁)というから、現在の主流経済学の有り様を見る限り、学問における議論が【今日、ソクラテスの水準から限りなく退行している】という著者の手厳しい指摘は現状を痛烈に射抜いているように思う。この著書は大学生のテキストとして記されたものだそうだが、主流経済学者への警告の書であるように私は思える。ソクラテス的な議論、即ち、経済学の枠組み自体を、果敢に問うているからだ。

 ”竹中平蔵”という経済学者がいる。ラスプーチンになぞらえるものもいるが、竹中氏は小泉純一郎・前内閣の経済政策の支柱であり、経済財政担当大臣・金融相・総務相を歴任した。彼は金融ビッグバンについて、『みんなの経済学』で、こう述べている。

 【金融ビッグバンは、日本の金融市場を国際的に開かれた自由で公正なものにするための大改革です。その目的の一つは、個人金融資産の運用利回りを向上させることにあります。現状では、1400兆円にのぼる個人金融資産の50%以上が預貯金に偏っていますが、市場を多様化・効率化し、利回りが1%上昇すれば、それだけで国民は14兆円の利益を得ることができます】

 スミスの時代の頃からつづく、”すりかえ”の上で、竹中氏はいまだ、議論している。彼は規制緩和で「多様化」「効率化」になるという。規制緩和とは、政府の介入をできうるかぎりなくし、市場に任せよ、という主張だが、それを支えている思想は、神の”見えざる手”の「予定」「調和」説である。『経済社会学の形成』を読むことにより、彼らが前提とする経済学の通説が、きわめて脆弱であることに気づかされた。インフレになれば、規制緩和せよといい、デフレになっても規制緩和せよという。そうすれば、効率化・多様化が進むというのだが、それはマントラにしか、聞こえない。誰だったか、市場原理主義の主張に対して、「宗教みたいだ」といった人がいたが、それは当を得ているのかも知れない。

 本書はいわば、「経済学」の信頼を取りもどす書だ。そして、著者の歴史観・アイデンティティ論・文明論・産業論を明かす会心の書である。特に、私が感銘を受けたのは、著者が平和を「パックス」(=ローマの平和)とシャロームとを明確に区別し、文明の進むべき道を後者だと、指摘している点である。まことに、同感である。

 キリスト教の新共同訳・聖書では、シャロームという言葉を「平和」としている。以前は、和平、平安、和睦、穏やかなどと訳されていた。旧約聖書の平和とは、【「万軍の主」の御力によって支えられ、「万軍の主」によって与えられ、ダビデ王国の軍馬の力でしっかりと守られて】いたと、中山弘正氏は指摘する(『21世紀の平和を考える』より)。しかし、イエス・キリストの出現によって、「平和」の意味は深化した。つまり、平和とは御子・イエス・キリストの十字架によってつくられたもの、打ち立てられたものだと明示された。即ち、私たちが裁かれて流すべきであった血を主・イエスが代わりに流したことによって、その血が代償となって、平和はもたらされたのだ。中山氏の言葉を借りれば、【イエス様が来られてからの「平和」は、剣を用いず、武器を用いず、ご自身が十字架にかかって、血を流すことによってもたらしてくださった】(前掲書)のだ。

 著者も、シャロームの語を十二分に熟知した上で、それをすすめている。『経済社会学の形成』の最後で【おそらくカースト体制崩壊後のインドや社会主義崩壊後の中国を中心とするアジア文化圏で最大の意義を持ってくるのもたしかにシャロームとしての平和であろう】と予言している。世界は、はたして、シャロームとしての平和にすすんでいるのであろうか。9.11テロ事件を”ビンラディン革命”と命名した著者の意見を改めて、拝聴したく思う次第である。

 余談になるが、著者は講義で「ガンジー、キング、イケダ……とは最高のユーモアだ」と喝破していたが、その意味が本書で分かった。ガンジー、キングはシャロームとしての平和の実現に、命をかけて取り組んだ人である。第3番目にあげられている人はどうであろうか。その方がトップの宗教団体と一体化している日本の某政党は、アフガン攻撃やイラク攻撃を容認し、賛成した。彼らが追求しているのは未だに、「ローマの平和」である。