2010-05-26

談話室沢辺 ゲスト:ITジャーナリスト・津田大介 「Twitterで書籍を共有する時代へ」

書籍がデータ化されることで、著者と出版者の関係、
そしてユーザーと「本」の関係はどう変わるのか?
音楽業界の電子化からコンテンツビジネスの変貌を追い続けている
ITジャーナリスト・津田大介氏に聞く。
(このインタビューは2010年3月31日に収録しました)

プロフィール

津田大介(つだ・だいすけ)
1973年、東京生まれ。ITジャーナリスト。IT・著作権・ネットサービス・ネットカルチャーをフィールドに執筆。2006年~2008年に文部科学省文化審議会著作権分科会の小委員会専門委員を務め、2007年「MiAU」(Movements for the Internet Active Users/「インターネット先進ユーザーの会」、2009年4月より「インターネットユーザー協会」に名称変更)を小寺信良氏とともに設立。
著書に『だからWinMXはやめられない』(2003年、インプレス)、『だれが「音楽」を殺すのか?』(2004年、翔泳社)、『CONTENT’S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ』(2007年、翔泳社、小寺信良氏との共著)、『Twitter社会論─新たなリアルタイム・ウェブの潮流』(2009年、洋泉社新書y)、『30分で達人になるツイッター』(2010年、青春出版社)など。
ブログ「音楽配信メモ」
Twitterアカウント:@tsuda
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●初めてインターネットに触れて受けた衝撃

沢辺 津田さんは現在、著作権にかかわるさまざまな活動をされていますが、その最初の動機、きっかけから聞かせてもらえますか?

津田 そもそものきっかけはインターネットとの出会いです。もともと僕は高校時代に『別冊宝島』シリーズにはまって、ルポライター志望になって、出版業界に入りたいと思っていたんです。それで早稲田大学に93年に入り、94、5年ごろ初めてインターネットに触り、これはメディア、そして社会を変えるな、と衝撃を受けました。

沢辺 94、5年のインターネットって、日本でいうと、むちゃくちゃ初期じゃない?

津田 そうなんですよ。95年はWindows95がリリースされ、商用プロバイダーがちょっとずつ出てきた時期ですね。大学の理工学部にあったUNIX(コンピュータのオペレーティング・システムの一種。1968年開発)の端末で立ち上げて「おおー、これはすげえ」みたいな。

沢辺 ブラウザはMosaic(ウェブブラウザの名称。1993年リリース)とか。

津田 最初はMosaicです。その後、大学のコンピュータセンターにNetscape1.1(ウェブブラウザの名称。1994年リリース)とかが入ってという世界だったんで。
早稲田の施設はすごく充実してました。学生向けに大学専用のアクセスポイントが用意されていて、家からも電話回線でパソコンでつないでインターネットができたし、大学に行けば、24時間高速回線でインターネットができる状況だったんで、インターネット漬けになったんですよね。

沢辺 そのころ、コンテンツはどんなのがありましたか?

津田 最初に見たのは確かビースティー・ボーイズのホームページでした。あとはやっぱり普通に「プレイボーイ」とか、「ハスラー」とかエロサイトを見てましたね(笑)。ちょうどそのころってデジタル系の雑誌がすごくいっぱい出てたんですよ。福岡俊弘(現『週刊アスキー』編集人)がやっていた『CAPE X』(1996年創刊、アスキー)とか、こばへん(小林弘人。現インフォバーン代表取締役)がやっていた『ワイアード』(1994年創刊、同朋社出版)とか毎日コミュニケーションズから出ていた『DIGITAl BOY』とか。僕、あのへんの雑誌が好きで、『別冊宝島』とともに、影響を受けましたね。
結局、大学も留年したんですが4年生の1月ぐらいからパソコン系のライターさんの事務所でアルバイトを始めてそれがライターになったきっかけですね。2年半ぐらいで独立してパソコン系とか、インターネット系など、実用系の物書きをやっていました。

沢辺 当時はどんな媒体で書いてたんですか?

津田 パソコン系の媒体ですね。僕が独立した当時はインターネット系の雑誌が16種類ぐらいあったんですね。『日経ネットナビ』、『インターネットマガジン』、『インターネットアスキー』、『あちゃら』、『ネットJ』、『YAHOO!Internet Guide』、『PC Japan』とか。
とにかくインターネット雑誌がいろいろあり、僕は13誌ぐらいに書いていました。創刊したばかりの『サイゾー』誌で自分が書いてたインターネット雑誌の比較記事を書いたりもしましたね。さすがにそれはペンネームでしたけど(笑)。
そのころはまだ全然著作権に興味はなかったんですけど、ベースにずっと「インターネットが好き」という部分があったんです。

●著作権に興味を持ったきっかけ

津田 転機になる出来事は99年1月に「ナップスター」(音楽ファイル共有ソフト)が登場したことです。
もともと、僕はアングラサイトをよく見ていて「一太郎」(ワープロソフト)とか、「Photoshop」(画像編集ソフト)とかの有料ソフトをダウンロードしたりしてたんですね。別に使うわけじゃないんですけど、とりあえずダウンロードして、CD-Rとかに保存しておくだけで嬉しい、みたいな感じで。インストールすらしないソフトとかもあったな。
ナップスターもすぐインストールして使ってみたんですけど、これは本当にすごかった。アーティスト名で検索をしたら、マイナーなアーティストでもmp3のリストが出てきて、曲名をダブルクリックすると、自動的に落ちてくる。たまたまそのとき働いてた編プロが「OCNエコノミー」という、128kbpsの専用線使いたい放題の環境だったので、ガーッといろんなmp3を落としまくってました。これには、インターネットに初めて触れたときと同じぐらいの衝撃があって、これからのネットとか、情報、コンテンツビジネスっていうのはこういうふうに変わっていくんだな、と思いました。
僕はそのとき、既に一応プロのライターになっていたんで、ある意味著作権で商売をしていた人間ではあったんですけど、今後音楽の世界は間違いなく変わるし、物書きだって今のままじゃいられないだろうなとナップスターを使って直感した。
そこから「コンテンツビジネスがデジタルやネットでどう変化するのか」というテーマは面白いと興味を持ち、いろいろ調べるようになったんです。当時ナップスターが、音楽業界、コンテンツ業界にもたらす変化を産業構造の部分もふくめて書いている人はいなかった。でも、インターネット雑誌はたくさんあって、僕以上に技術に詳しいインターネットのライターさんもいっぱいいたし、音楽ライターさんもいっぱいいたけど、両者を組み合わせて評論している人がいない。「だったらそれはもう俺がやろう」と思ったんですね。それが99年のことです。
それから音楽とか、デジタルとコンテンツビジネスの現場みたいな、業界構造に近いテーマの仕事があったら積極的に請けるようにして、3年間ぐらいいろんな現場に行ってレコード会社の人に話を聞いたり、音楽のデータ配信に関する取材をやりました。そういうふうにやっていたら、その分野について詳しくなっていって自分なりの考えも出てきた。それで著作権に対しても「こういうふうにすればいいのにな」と思えるようになってきたんですね。
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●いちインターネットライターからの転機

津田 そうこうしているうちに99年からの3年間で出版業界はがたがたになって、特に僕がメインで書いていたインターネット系の雑誌はどんどん廃刊していきました。2000年から2001年にかけてADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line/電話線を使用するデータ通信システム)とかの普及で常時接続環境が当たり前になり、結果的に読者のインターネット・リテラシーが上がったからです。
僕も仕事がどんどんなくなって、このままだとまずい、単なるいちインターネットライターではやっていけない、自分の専門分野をつくってその名前で仕事がくるようにしないと駄目だなと思って、物書きとして名前を売っていこうと決めました。それが2002年のことです。
それで、「まずはウェブを作ろう」と思い、ブログ(「音楽配信メモ」)をつくり、最初は音楽とか、音楽配信とか、デジタルコンテンツに関係するニュースをいろいろクリッピングして、短いコメントを付けていくという形式で続けていました。
でも、そのうちに面白くなってきて、長文も書くようになっていったんです。ちょうど2002年はエイベックスがコピーコントロールCDを出したりとか、音楽業界サイドの権利主張と、ユーザーの利便性をめぐって衝突が起きた時だったんで書くネタはいっぱいあったんですね。で、僕はこんなのはあり得ないでしょう。ふざけるな、みたいな感じでコピーコントロールCD関連の取材もいろいろな雑誌を使ってした。、そこで得た知識をもとにブログでもいろいろ文句を書いたりしていたら、始めて半年もしないうちに人気サイトになってアクセスも集まるようになり、そういう分野の専門家として認知されるようになりました。それで出版社から依頼が来て2003年に『だからWinMXはやめられない』(インプレス)という、ファイル交換ツールのドキュメントの実録本を、2004年に『だれが「音楽」を殺すのか?』(翔泳社)という本を出しました。
『だからWinMXはやめられない』は、何度か取材させてもらった元ネットイヤー、はてな副社長の川崎裕一さんがたまたまそれを読んでくれて、日経に「面白いテーマあるよ」って僕を推薦してくれたんですね。それがきっかけで、日経のデジタルコアというグループから人生初の講演依頼があったんです。そのとき、肩書きが単なるライターだとなめられるかな……と思ってその講演からITジャーナリストを名乗るようになりました。今思えば「ライター」でも良かったんじゃねえかとは思いますが(笑)。
『だれが「音楽」を殺すのか?』は2002年から2004年にかけての音楽業界のさまざまな騒動─コピーコントロールCD問題とか、輸入権とか、ユーザーとレコード会社の対立とその背景─というのがテーマです。
それを書いたすぐ後にJASRAC(日本音楽著作権協会)のシンポジウムに呼ばれ、当時、ソニー・ミュージックのトップを辞めたばかりの丸山茂雄(元ソニー・ミュージック・エンタテインメント社長、2005年音楽配信会社「247Music」を設立 参照:「IT media news」)さんや、音楽制作者連盟のトップだった人とか、偉い人がいっぱいいる中で、ほとんど無名だった僕が金髪で出ていって「音楽業界のここがおかしい」みたいなことをがんがん言ったんです。それが好評だったみたいで、2005年、2006年のシンポジウムにも呼ばれたんですね。音楽著作権でいろいろな場所に呼ばれて話すようになったのは完全にそれがきっかけでしょうね。そういうこともあって2006年には、文化庁の文化審議会著作権分科会に「私的録音補償金制度」問題で委員として呼ばれるようになり、それと並行してほかの著作権系の研究会にも呼ばれるようにもなりました。研究会でいろいろ話をして議論する。そうすると、またその研究会で知り合った福井健策さんという弁護士の人から「著作権の保護期間延長の反対運動を手伝ってくれないか」と声をかけられて手伝ったり、音楽、映画、ゲーム、出版、いろんな人と会って知り合って彼らとディスカッションしていく中で自分なりの著作権に対する考えがまとまってきました。
僕自身は「デジタルコンテンツビジネスと著作権の人」という意識で活動していたんですけど、去年11月にTwitterの本(『Twitter社会論─新たなリアルタイム・ウェブの潮流』2009年、洋泉社新書y)がそこそこ売れてしまったので、今はすっかりTwitterの人と思われているという。実際は違うんですけどね。ある意味、下積み時代が凄く長いんですよ。

●出版業界のなあなあ体質

沢辺 いやいや、下積みは長いほうがいいですよ。じゃあ、そういう津田さんから見て出版界の著作権に対する姿勢はどう見えますか?

津田 音楽業界と出版業界を比較すると、出版業界はやっぱりお上品だなと思っています。
まず音楽業界について言うと、「著作権譲渡」がデフォルトなんですよね。アーティストがデビューするとなると、大体が事務所と契約し、事務所に権利を全部預けちゃう。その代わりに給料をもらうという形式がほとんどです。
CDをリリースするときは、まず音楽出版社という、またわけのわからないところにまず権利を譲渡し、利用された分だけ対価をもらうというのがデフォルトになっていて、そのうえレコード会社と契約して……みたいな世界になっている。レコード会社と契約すると、ライブで自分の曲を演奏し、それを録音する権利なども全部制限されるんですよ。
音楽業界は権利を全部アーティストから奪った上でおこぼれをアーティストに渡すというところからスタートしているので、ある意味、クリエーターの権利を骨の髄まで吸い取り、利益は独り占めするような仕組みになっている。
『およげ!たいやきくん』なんてすごい話ですよね。(歌った)子門真人のギャラは買い切り契約だから5万円だけですからね。ポニーキャニオンはあれで自社ビルを建てるぐらい儲かっているのに。そんなことが平気で起きている。これは、昔ながらのパトロンシステムのなごりでもあって、全部を否定するわけではないんですが、音楽業界の懐事情も変わってきて、そのやり方が時代と合わなくなってきている。
もちろん彼らなりの言い分もあって、結局、アーティストのCDを何十万枚と売るためには制作や宣伝に何億円と掛けなければいけないし、ほとんどのアーティストは売れなくて赤字だから、そのリスクは自分たちがとっているからという。それと、レコードの制作者には著作隣接権が認められていますからね。
出版は基本的に出版契約が終わったら、著作者に権利が戻ってくる仕組みになっているし、隣接権もない。Googleブック検索問題が出てきたとき話題になりましたが、「電子化権」みたいなものも想定されていなかった。理論的には著者はある出版社から出した本を、勝手に電子化しても問題はないわけで。
つまり、何が言いたいかというと、まず、出版と音楽はスタートが違う。音楽業界はクリエイターから権利をすべて買い上げるのがデフォルトで、一方出版業界は、基本的には著者が権利を持っていて、契約慣習すらあまりない中、慣行だけで処理している。ここが全く違う。
出版業界には著作権に関して綿密にうるさく言う人があんまりいない印象があります。それはビジネスのパイ一個一個が小さいから。まあ、村上春樹とかは別ですけど。
だからこそ、今、この電子出版時代に移り変わろうとしているときに、権利関係をめぐるトラブルというか、どうすればいいんだろうってみんなあたふたしている状況が生まれているのだと思います。

沢辺 どうも最近の電子書籍を巡る報道や、ネットの書き込みを見ていると、出版社が著作権、隣接権とか言い出して、自分たちの利益を確保するために権利を囲い込もうとしている、という印象が強いんじゃないかなって思うんです。

津田 もっと言うと、やっぱり音楽業界って「護送船団方式」なんです。昨日までエイベックスにいた人が今日から部署ごとユニバーサルミュージックに移りました、みたいな。要するに「日本レコード会社」っていうのが全体にあって、各レコード会社はその中の部署みたいなイメージ。だから、団結力があるので、文化庁に対してものすごいロビー力がある。
ところが、出版業界は「一橋グループと音羽グループは仲が悪い」みたいなところもあって、団結して権利を獲得していこうという運動は今までほとんどやってこなかった。
そもそも出版業界で権利ビジネスをどう回していこうか、みたいな問題意識が最近になるまではなかったわけです。出版社同士で団結して文化庁にロビーするという話にならなかったというのが、歴史的経緯としてある。そんな体質でずっとやってきて、今、急速にインターネットの普及で雑誌不況に直面している。
権利についてもそんなに考えていなかったのでしょう。たとえば著者の印税率。阿佐ケ谷ロフトでやった「2010年代の出版を考える」でも話題になりましたが、現状の10%っていう印税率は、やはり慣習ですよね。本にするコストを基準にして計算し、まあそのへんで落ち着くだろう、という程度の根拠でずっと続いている。
紙の本で出す以上、著者の印税率が10%から50%まで上がることは多分ないわけですよね。でも、その10%がもしかしたら15%、20%ぐらいだったらあり得るのか、そういう議論すらあまりない中で、ある種言い値でやってきたというのが著者と出版社の関係でしょう。ところが、電子書籍が出てきたことによって、その関係ががらっと崩れてしまう可能性がすごくある。

沢辺 ちょっと誤解を正したいので言っておくと、印税率は10%が多数だけど、それより低い出版社もいっぱいあります。
ポット出版もデフォルトは「実売」の10%にしている。そうすると、初版が全部売り切れれば、刷り部数×定価の10%になるけど、それより低い例もごろごろ出るわけ。
一方、10%より高い例もあって、たとえば付き合いの長い作家先生に「あなたの本は売れないから、5,000部です」とは言えないから、5,000部しか刷ってなくても1万部刷ったことにしてその分の印税を支払っちゃう。これが初版で止まっちゃったら実際の印税率は20%になるわけだよね。つまり、厳密に言うと印税率は一律10%というわけではなく、ばらつきはあるんですよ。

津田 まあ、印税の話は、著作権とは違って契約スキームの話なんですよね。そのへんが混同されやすい。でもそこのところでちゃんと議論をしないままで来てしまった責任もあると思う。著者側も出版社側も、今までこうだったからこれでいいじゃんと来てしまったが故に、今のあたふたがある。音楽業界があれだけあたふたしたのを間近で見ていたにもかかわらず、それを全然活かせていない、というのが今の出版業界の状況だなと思います。

沢辺 そう。ちょっと脇道にそれるけど、出版業界も自分たちの権利に関してちゃんと考えればいいのにって思うのと同時に、著者側ももっと考える、知っておくべきだと俺は思っています。
たとえば、この前文芸の出版社の人に聞いたんだけど、著者に絶版通知を出したら、著者から「何で絶版するんだ」ってクレームがきたんだって。出版業界的な理解をするとどうなるかというと、品切れしてもわざわざ絶版とは明示しないで「現在品切れ中。重版は未定」としておけば、取りあえず契約は更新されていくわけだからね。

津田 塩漬けになりますからね。

沢辺 そうそう。絶版通知を出すっていうことは、あなたに権利をお返しします。だから、これから好きに営業してくださいっていうことだから。

津田 むしろ、良心的な対応なんですよね。

沢辺 ところが、著者からすると、「おまえのは売れない」と宣言されたように思っているだけなんだと思う。
この間のGoogleブック検索や著作権保護期間延長への対応もそうなんだけど、音楽業界でいうコピーコントロールCDのような流れに添った書き手の主張ばかりが目に付くと思わない? ユーザーのことを考えていないと思うんだよね。

津田 結局、クリエイターも出版社も音楽レーベルもみんながみんな自分がこういうルールでやってほしいという「オレオレ著作権」を主張しているんですよね。それが僕も著作権周辺を6~7年見てきた中での素朴な感想としてある。

沢辺 そうだよね。

津田 「オレオレ著作権」は結構やっかいで、本来の著作権法すら逸脱したことでも平気で言うみたいなクリエーターもいっぱいいる。そのスタンダードをどこに置くのかっていう問題はやっぱり難しいですよね。その上で、じゃあ、どうルールをつくっていけばいいんだろうということをある程度実証データなどと照らし合わせて考えないといけない。

●電子書籍が著者と出版社の関係を変える

津田 だから、僕は電子書籍が、今、こうやって注目されているっていうのはいいきっかけだと思うんです。
Googleブック検索の件も僕は相当肯定派です。こういうものが出てきたことによって、検索して見てくれる人がいて、それが著者の収入になればいいし、そこから先の電子ビジネスは、もし出版社が自分の本の電子化を本腰を入れてやってくれて、しかも、それをうまく電子っていう特性に合わせて売ってくれるんだったら、じゃあ、印税を半分渡すから売ってよと。その半分は僕らにちょうだいよ、とか。
つまり、そういうことも含めてやっぱりいろんな話ができるきっかけになるだろうなと思う。日本って外圧でしか変わらない国なので、外圧、つまりGoogleやKindleやiPadの登場でそこが動き始めたという意味ではものすごく面白い。
さっき沢辺さんがおっしゃっていたように、なあなあで何となく著者側も出版社側もやっていた。でも、電子化することによって出版のライツビジネスとしての側面は加速する。そのときに、じゃあ、お互いにどういうふうにするか。そして、電子化を前提とした契約はどうあるべきなんだろうと考えざるを得なくなる。それが著者と出版社の関係性を変えるかなという感じがしていて、僕はそれをポジティブにとらえているんです。その中で淘汰される人も多分出てくるでしょう。でも、それはそれである種仕方がない。そこから先、どうなっていくかっていうのが何か本当に……。

沢辺 楽しみですね。

津田 ええ。著作権がどうこうっていうよりか、出版業界はこんなふうになっているけれども、うまくいけるんじゃないかなって思うんです。

沢辺 俺は本来著作物なんていうものは、たとえ書いたやつでも本当は独占できるものではないと考えているんです。他者に向かって公表するわけですから。たとえば、ブルースがあったからロック─つまりブルースから生まれたスリーコードのルールとか、いろんなものがあったから、次のロックンロールが誕生したわけですよね。

津田 そうですね。ノウハウがどんどん共有されてね。

沢辺 そうそう。それでリズムだけ8ビート、16ビートとか、いろいろ変えてみたらこうなるとか。ビートなんて、最初にやったやつも独占なんかできないじゃないですか。だから、そうやってある一部をパクリながらお互いさまでやっているっていうのが本当なんだと思うんですよ。

津田 いや、全くそのとおりだと思いますよ。著作権保護期間のフォーラムをやった時にもずっと言っていたのは、結局、著作物は一定期間経ったらパブリックドメインになって、それが新しい創作に影響していく。そのサイクルを守りたいというのが福井健策さんの主張だったし、僕もそれは同意します。
僕は出自がノンフィクションのライターだから、ノンフィクションって、まず事実があり、それに対する論評を書くものですよね。何かに対して付加価値を付けることによって成立するっていうものなので、常にその「何か」の影響があるわけですよね。そういう意味で、自分が出したものは自分の著作物ではあるけれども、それをやっぱり自分が無から全部つくり上げたという意識は全くないし、だからこそ自分が作った文章も開かれてなければいけないと思うんですよね。それがもちろん金銭的価値を生んでくれればうれしいけれども、僕が作るものは基本クリエイティブ・コモンズぐらいのルールで対応したっていいと思っています。
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●DRMかける/かけないの議論がない

津田 だから、日本で電子出版ビジネスが「いやいや、もうこれはわれわれの著作物なんだから全部囲い込みます。DRM(Digital Rights Management/デジタル著作権管理)もがっちりかけます」みたいな話になってしまうのが僕は本当にイヤなんですよ。それじゃあユーザーの利便性も上がらないし、クリエーター同士の相互振興にもつながらない。それって結局、目の前の金を取るだけで全然文化のことは考えてないじゃんという不満がすごくある。
DRMをどうするかっていう議論って、ろくなことにならないんですよ。そんなもの何のプロテクトもかかってないPDF(Portable Document Format/電子文書フォーマットの一種。汎用性が高い)が一番いいに決まってるじゃん、みたいな話で。
音楽業界ではDRMの論争がそれこそ99年ぐらいからあって、でもどこに落ち着いたかっていうと、DRMフリーのmp3が一番いいじゃんって。そんなのみんなわかってたんですよね。わかっていたのに、でも、買ったパソコンでしか再生できないとか、すごく不便な状態だった。音楽業界が一度DRMをかける方向にガーッていき、でも結局はDRMじゃなかったよね、となった経緯を見ておきながら、何で出版業界は今さら「どういうDRMにしようか」みたいな話をしてるんですかね。アホかって思いますよ。

沢辺 そうそう。おっしゃるとおり。DRMをかける/かけないの議論ってないんだよ。俺もそういう協議会にかかわったりしているんだけど、DRMをかけることは前提になっていて「そもそもDRM、おかしくない?」っていう議論がない。
たとえば、マガストアというiPhoneで雑誌を読むアプリがあるんだけど、テキストがコピーできないんだよね。
うちも新刊と並行して電子書籍版をドットブック形式(電子書籍のファイルの形式の一種)で出してますけど、それにはDRMがかかってる。だから、ドットブックビュアーで読めても、コピーはできないんです。
iPadも出てくるし、今本当にDRMの是非を問う議論を推進しないとな、と思ってます。具体的に言うと、もちろん『1Q84』のように、ポスターと新聞広告と書店店頭で大々的に宣伝して、バーッと売れるタイプの本もあるんですけど、ポット出版で出してるような本はやっぱりTwitterとか、ブログとか、いろんな人が書いて紹介してくれることが重要だと思うんですね。たとえばこの前出した『劇画家畜人ヤプー』。これはウェブとの親和性が高いこともあり、いろんな人が書いてくれている。
今『劇画家畜人ヤプー』は紙の本だけど、仮に電子書籍になったとき、俺だったら漫画の印象的なセリフをコピーして「このセリフにしびれた」とか、Twitterに書きたくなると思うんだよね。

津田 そうですね。

沢辺 紙の本ならともかくとして、電子になってもそれができないとなると、書く意欲が急に萎えちゃう。だから、実はiPadが出て、電子雑誌とか言われているけれども、みんなDRMがかかっているわけですよ。Twitterへのコピー・アンド・ペーストもできない。それから、今、俺たちって何かを調べるとき最初にGoogleで検索するわけですよ。でも、DRMをかけられていたらヒットしないでしょう。それはネット上では存在しないということになる。

●コピー制限は自分の首を絞めることになりかねない

沢辺 違法コピー問題についても聞かせて下さい。俺、自分でおやじバンドやっているんだけど、演奏するのはカバー曲ばかりなの。だから「この曲をやろう」と決めると、その曲を1枚のCDに焼いてメンバーにあげるわけよ。それは違法ではありますよ。だけど、違法行為にも二つの種類があると俺は思っていて、津田さんだって、実はPhotoshopをダウンロードして喜んでいただけでしょう。

津田 そうです、そうです。

沢辺 本質的にAdobeの利益を阻害していたというよりも、Adobeのデモアプリを使うようなイメージでしょう。

津田 だから、さすがに僕も自分で会社作ってPhotoshopが必要になった時は買いましたよ。8万円ぐらいするから「ああ、俺も大人になったな。大人になるってこういうことか」と思いながら買ったんですけど(笑)。でも、仕事で使うソフトはやっぱり買うし、最初は不正コピーのユーザーだった一太郎だってここ10年ほど毎年最新バージョン買ってますからね。

沢辺 そうなんだよね。違法コピーには本当に悪質なのもいっぱいあると思う。だけど、逆にいうと、違法コピーによってそれを知ったり、試してみたり、理解したりするきっかけも生まれている。

津田 そうそう。本当に組織だってやるようなデッドコピー(海賊版)はどんどん取り締まればいいと思うけれども、でも、そうではない個人のコミュニケーションのためだったりとか、コンテンツに興味を持つためのコピーは、制限するなとは言わないけれども、必要以上に制限してはいけないと僕は思うし、それはコンテンツ業界が自分で自分の首を絞めることにもなりかねないよ、って言いたい。

沢辺 そうだよね。そこが一番大切だよね。

津田 それはもう出版だろうが音楽だろうがテレビだろうがみんな同じで、コンテンツ業界は「まずは知ってもらう、興味を持ってもらう」のが一番大事で、その先にお金を払いたい人は払ってくださいというのが正しい姿だと僕は思っているんですね。著作権法でそこを締めることはできるけど、著作権を振りかざしすぎると、短期的な利益は守れるかもしれないけど、多分長期的な利益は守れない。
コンテンツ産業はどんどん多様になっているわけじゃないですか。インターネットが出てきて、携帯が出てきて、Twitterが出てきて、コミュニケーションもコンテンツ化してライツビジネスも伸びているという中で、あらゆるエンタメ、娯楽産業、コンテンツ産業はライバルがどんどん増えている。一方、人々の可処分時間は増えてないわけだから、そりゃあ一つひとつのパイは小さくなっていきますよっていうのが、今の本質ですよね。だから、売上低下の原因は、違法コピーとか著作権の問題じゃないんですよ。著作権ってそんな大したものじゃないし、厳しくすれば、売上が回復するというのは、局所的な議論に過ぎないと思います。

沢辺 違法にコピーしてそれを有料で売っていたら、そりゃダメだけれども、逆にいうと、普通の人々が「これ面白かったよ」って利用まで閉ざしちゃう。それをやっちゃうと本当にコンテンツは広がっていかないし、結果損しちゃうんだよね。業界の例で言うと、たとえば、図書館の人たちは本の書影もおっかなびっくり使ってたり、いちいち許諾取ったりするわけですよ。それって変でしょう。

津田 まさにそんなのフェアユース(fair use/著作物の公正な利用)ですよね。

沢辺 そうそう。フェアユースっていう考え方よりも、むしろ最初からオープンを宣言したほうがいい。

津田 確かに最初からね。

沢辺 ライターの松沢呉一さんが言っていたんだけど、彼が商業原稿で漫画の書評を書いたとき、漫画はうるさいから、一応「表紙の書影を使わせてくれ」って版元に断ったら、「内容を見せろ」って言われて、しょうがなく内容を見せたら「これじゃあ使わせない」ってことがあったんだって。それって著作権じゃないでしょう。松沢さんの批評が気に入らなかったっていうことを著作権でお返ししてるわけだよね。

津田 そうですね。その場合、その本がきっかけになって松沢さんの批評という新たなクリエイティブが生まれているわけですよ。

沢辺 そうそう。

津田 何で引用が認められているのかというと、創造のサイクルを守るためなのに、それを著作権を振りかざして止めにいくことがある。やっぱり著作権は、著作権者のいいように使える部分があるんですよね。厳しくとろうと思ったら、いくらでも厳しくとれてしまう。
電子書籍でいえば、何なら別にPDFにパスワードをかければいいじゃないですか。パスワードをかけて、単純なコピーだけだったら自由にやらせたらいい。もしくはiTunesのようにファイルに購入者情報を埋め込んでおけば、もしそれをネットで流す不届き者がいたらそいつを特定できるし、それだけで十分な抑止力になる。要するにインターネットに流すっていうことだけ制限して、あとはコピーは自由っていうので、大きな問題は生じないでしょう。DRMはそれぐらいの水準であるべきであって、少なくとも海外の音楽業界は紆余曲折を経てそこに落ち着いた。でも、ここから5年間、今の出版業界はそんな紆余曲折をやっている暇はないでしょう。
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●著作権法の改正なんて待ってられない

沢辺 ただ、俺は出版社の立場だから、それを著者、クリエーターに説得する義務がある。たとえば、今、カメラマンに「うちで出す本にはDRMかけないからね」って言ったら、どうだろう。お金を払ってくれるところだから文句は言えないなって、結果的に納得してくれる人はいると思うけど、津田さん的な理解で納得してくれる人はまあ1割、2割じゃないかな。

津田 もうそれはルールをつくるしかないと思いますよ。別にいいんじゃないですか、ポット出版はそのルールでいく、で。
一方でどこか大手はDRMがちがちでいくみたいなのも含めて、最終的には市場が決めていくっていうのが僕はいいと思っているんで。

沢辺 そうね。これを議論して納得してよ、ってするんじゃなくて。

津田 こうしました、でやるしかないと思いますよ。

沢辺 そうそう。うちもGoogleブック検索には、基本的に文字ものは全部出していて、その時、やっぱり著者にはいちいち断ってないからね。

津田 うん。

沢辺 要は著者からクレームが来たら、ごめん、ごめんってその人の本は外すけど、最初から許可を取っていると何も動けなくなるし、動けないことが結果的にいいことになるとは思えないんですよ。

津田 オプトアウトをデフォルトにした方がビジネス的には絶対正解ですよね。それでお金が入ってきたら、じゃあ、一緒にシェアしましょうでいいんじゃないですかね。金が入ってきて喜ばない著者はいないわけだから。

沢辺 ただ、現状は喜ぶほどの金額にならないという、まだ過渡的な問題があって難しいんですけどね。
まあ、戻るとDRMの問題は大きなことなんだけど、出版界では全然議論になっていないってこと。

津田 でも、今からやりましょうなんてやると、半年とか、1年とか、平気で動きが止まりますよ。だから、とにかくDRMなんてなしでいった上で、「こんな問題が生じました。じゃあ、これをどうしましょうか」ってちょっとずつ詰めていくってほうがいいでしょう。
昨日(2010年3月30日)、JRC(Japan Rights Clearance/主に音楽著作権を管理する著作権管理事業者。2000年設立)がUstreamかけてもいい曲を全部発表したんですよね。でも、それは一応3ヶ月の暫定ルールですよ、と。別にそれでいいんですよ。3ヶ月の暫定ルールを繰り返して市場の動向を見ながらやっていくっていうのでいいんですよ。
著作権法を変えるっていうと、やっぱり大げさなんですよ。審議会で1、2年かけて議論した上で国会に通して、と3~4年掛かりになってしまう。
今、出版界で起きていることの議論を受けて著作権法を改正しましょう、隣接権を入れましょうとなって、4年後に法改正がなされたとしても、どれだけの出版社が対応して潰れず残っているんですか。もう遅いですよ。契約のスキームや、DRMの水準であれば自分たちが主体的に決められるんだから、それを短期間でトライアンドエラーしながら変えていけばいいんですよ。でも、やっぱりそういうふうにはなかなか動けない。

沢辺 でも、今回「三省合同デジタル懇親会」(総務省、文部科学省、経済産業省が開催した「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」)が開催されて、「電書協」(日本電子出版協会。1986年設立)もできたでしょう。電書協は6月までに対案を出そうとしているよ。そういう話を聞くと、ちょっと心配しちゃうんだけど。

津田 僕もどういうふうになるのかはわからないですね。

沢辺 ただでさえ後ろ向きだし、KindleにもiPadにも、うまく乗れそうにない。『GQ』がiPadで電子雑誌を売りますって言ってるけど、画面上で表紙をタップ(tap/軽くたたく)すると動きますとか、そういう方向に向かってる。それは俺、違うんじゃないかなっていう気がしてならない。重要なのはDRMをどうするかでしょう。

津田 そう。だから、さっき沢辺さんが言ったように、「コピペできないじゃん」って感覚はすごく重要だと思います。これからの電子書籍はTwitterのようなソーシャルな場でどんどん共有化されていくわけじゃないですか。印象的なフレーズが抜粋されて、それに対する本人の感想が書かれて、本の内容が知れ渡っていく。まさにGoogleで検索できる世界にその本の中身が共有されていくわけで、電子書籍にするんだったら、みんなで回し読みをしつつそれが宣伝になるようにしていってほしいし、僕は電子書籍はそうなっていくべきだと思う。

沢辺 そうなると、少なくとも本の著作権の概念が「アクセス権」に変わっていくような気がするんです。

津田 そうですね。だから、本を買ったら電子データをもらえるよっていう、コルシカのサービスは面白かったじゃないですか。ああいう読者に対してわかりやすいインセンティブを与える仕組みがこれからの書籍や雑誌のデフォルトになってほしいと思いますね。データベース的に検索できることに意味がある本っていうのもたくさんありますからね。

沢辺 たとえば、雑誌で「津田大介が教える音楽著作権」という記事があって、面白いからファイリングしておこうと思うと、今だったら切り抜いたりするでしょう。でも、電子書籍だったら、それをEvernote(オンライン上にテキスト、画像、音声などのファイルが保管できるクラウドサービス。iPhoneなどスマートフォンからも利用できる)に入れておいて、キーワードで検索できるようにすることも可能でしょう。電子書籍には、そういう仕掛けのほうが求められている気がしてならないんだよね。

津田 そうだと思いますよ。たとえば、アクセス権っていえばアメリカの音楽配信サービスに、Appleが買収したlalaっていうのがあるんです。それが面白くて、クラウドにあるデータを1回試聴し、気に入った曲だったら、10セント(約10円)であなたのオンラインライブラリに入ります。ただし、iPodとかに入れて持ち歩きたい人はデータを79セントで買ってダウンロードしてください。ただし、オンラインライブラリで再生権を買った人は差額分を払うだけでリアルのファイルがダウンロードできますよ、っていうサービス。
僕、それを電子書籍でもやればいいと思うんですね。700円の新書だったらたとえば100円でオンライン上のデータのアクセス権が買える。でも、それは持ち歩くことができないと。持ち歩きたい人は、差額の400円を払って500円でダウンロードして、みたいな。あのモデルは本にもすごく適用しやすいと思う。そのためのデバイスは、Kindleであろうが、iPadであろうが、ソニーの端末でも何でもいいんですよ。好みで選べばいい。クラウドで本を売り、広く見られるようになっていく、そしてTwitterでも共有できるみたいな世界に出版界もなっていくと思う。
そうすると、実は今日の著作権というテーマからはどんどん離れていってしまう(笑)。それってビジネスモデルやデバイスの話ですから。著作権なんてどうでもいい世界なんですよ。今、隣接権がどうこうと言ってること自体がナンセンスで、新しい契約のスキームと、新しいコンテンツビジネスのスキームが出てきているんだから、とにかくそっちにチャレンジしないでどうするんですか。本当につぶれますよっていう話なんで。

沢辺 著作権はどうでもいいと(笑)。

津田 ある意味では、著作権はどうでもいいですよ。結局著作権法を決めてる連中の頭は固いし、実際問題、改正に3、4年掛かるんですよ。そんなの現実のコンテンツビジネスではあまり意味大きな意味は持たないですよ。4年後の音楽業界、出版業界がどうなっているか全く予想できないですもん。

沢辺 そうだね。なるほどね。考えてみたら、著作権保護期間延長問題だって、わざわざ70年に延長されちゃうのは嫌だけど、著作権者がクリエイティブ・コモンズに参加してこの著作権はこうなっていますとルールを最初から出していれば。

津田 そうしたら著作権法とは関係ないですよね。だから、問題は法律ではない契約スキームや、コンテンツビジネスのビジネスモデルで変えようとしているのが、結局、Apple、Amazon、Googleしかないっていうところですよね。日本でつくればいいのに、そうすると「さあDRMはどうしよう、著作権は大事だ、隣接権は……」みたいな議論でいつも止まってしまう。

沢辺 やばい。どんどん過激になっていくな(笑)。繰り返し言うけど、現時点では、日本の出版業界にDRMの是非を問う議論は全くなく、DRMはかけることが前提で、どうやってかけるかっていうことを散々議論している。でも、本当は今こそDRMの是非を疑わないといけない時期。

津田 日本の電子書籍におけるDRMの基準はどこなんですかっていう議論を、多分、やらなきゃいけない時期ですよね。

●出版業界にもJASRACが必要だ

沢辺 ところで、JASRACってどう思います? 僕の意見を先に言っておくと、JASRACって、何か評判が悪いイメージが先行するけど、JASRACによって楽になっている部分も大きいと思うんです。

津田 全くそのとおりですよ。JASRACが集金マシーンをやってくれるから、食えているミュージシャンは実際大勢いるし。
だから、僕はJASRACに関して総論では賛成。ただ、個別の徴収の仕組みでは、反対する部分もあります。お役所なので、お堅い部分もあるし、あれだけ儲けているんだから、もうちょっとこういう部分で働いてもいいんじゃないかっていう思いはあります。

沢辺 いいのはどういうところですか?

津田 著作権のデータベースをちゃんと持っていて、インフラの役割を果たしている部分です。あと僕がいいなと思うのは応諾義務があるところ。著作権には許諾権も含まれているので、著者が嫌だって言ったら、第三者の利用を止められる。だけど、JASRACに権利を委託すると、応諾義務があるから使う側が勝手に使って、使われた側はお金を請求するってことしかできないシステムになる。それを法律の条項で解決するのは大変なわけです。
これからのネット時代は全部報酬請求権化、つまりはオプトアウト型にしなければ意味がない、というか、ネットでいちいち許諾を取るのは現実的じゃない。だから、僕は報酬請求権ベースでいいと思っているし、そういう意味で実質的に権利を報酬請求権化しているJASRACの存在は大きい。ただ、JASRAC自体が、ネットに完全に対応できているかっていうと、そこはやっぱり足が遅いですね。早くしろよって思います。

沢辺 以前、伏見憲明さんの『欲望問題』(2007年)という本を出したとき、YouTube用のプロモーションビデオをつくろうって計画したんだけど、そのBGMをクイーン(Queen)の曲にしたいって伏見さんが言ったんです。で、JASRACに問い合わせしたんですよ。だけど、その当時JASRACにはYouTubeの配信はいくらで許可するっていう基準がなく、適用がいわゆるテレビCMの扱いになり、それが2~300万円。結局、それじゃあ払えないので、その話はおじゃんになったんだけど。

津田 そうそう。例外に対して、杓子定規な対応しかできないんですよね。そこがJASRACの個別具体的な問題点ではある。最近はずいぶん話がわかるようにはなってきましたが。

沢辺 逆にいうと、俺たちが撮ったようなビデオにクイーンの曲をBGMとして付けていいんだっていうことはすごく面白かったです。

津田 でも、多分、JASRACだけでは無理なんですよ。CD音源を使うんだったら、隣接権の許諾も取らなくてはいけない。そこでまた200万円プラス、みたいな感じですね。

沢辺 そう、それも言われた。で、一方、出版界はどうなっていたかというと、同じような例でいえば、『週刊金曜日』っていう雑誌に『伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる』という記事が掲載された際、あるゲイ団体が「オカマ」は差別用語だから謝れって編集部に抗議したら、『週刊金曜日』がそれを謝罪する特集記事を出したことがあったんです。
けれども、一方で別のゲイのグループからは「オカマは差別用語じゃないでしょう。抗議するのは違うんじゃないの」という意見が出た。
で、ポット出版ではその問題を巡って『「オカマ」は差別か─『週刊金曜日』の「差別表現」事件』(2002年)という本をつくったんです。そのとき、『週刊金曜日』編集部に、その特集記事を本に全文収録させてほしいと言ったら、「どういう内容ですか?」って。『「オカマ」は差別か』を簡単に言うと『週刊金曜日』の謝罪までの対応を批判する本なんだけど、結局、著作権を盾に掲載を断わられてしまった。出版界にも、JASRACみたいに「定価いくらで何部刷ります。○○ページ利用します」って申請書を提出して使用料を払って利用できるシステムがあったらな、と思いました。

津田 そうそう。出版界に応諾の概念、要するにJASRACがあれば、そういうことができるわけですよね。今後、電子書籍の権利情報データベースは間違いなくできていく。だから、そういう権利処理機能を持った機関をつくりましょうよっていう機運を高めるのも重要だと思います。問題はそれを日本文藝家協会は作れないだろうなぁっていう。団体の規模がJASRACとは全然違いますし。

沢辺 結局、そういうふうにやったほうが得だとか、別にそれで問題ないとか、そういう一部の状態がつくれれば、あとは著作権者たちも雪崩を打ってそっちへ行くと思うんだよね。

●電子版『Twitter社会論』

津田 僕自身の電子書籍への取り組みを言うと、今、『Twitter社会論』の電子書籍版をiPhone、iPadアプリ用に作っています。
それにはいろんな追加要素を入れてるんですね。東浩紀(批評家、小説家。早稲田大学客員教授)さんに解説を書いてもらい、追加原稿を僕が書き、あとはいろんなイベント、たとえば『クズが世界を豊かにする』(2009年、ポット出版)の刊行記念で松沢呉一さんとトークショーをしたときのテキストデータや、オーディオコメンタリーを入れたりしたら、すごく楽しいかなって思ってるんですよ。
僕の考えているモデルは、まず、本を出す。で、店頭で売れなくなってきたなっていうくらいの時期にデラックス・エディション版で電子書籍を出せばいいと。それにはTwitterで共有する機能や、音声コンテンツや、YouTubeへのリンクを入れたりする。そうすると、1回本を買って面白かったなと思った人が、もう1回iPhoneで買ってくれるじゃないですか。出版社は基本的に最初の本のデータを出すだけでよくて、その他のコンテンツはアプリの製作会社と著者とでつくっていく、というふうにする。
それを、たとえば1,000円で販売したら、まず3割はAppleが持っていくので70%の700円が入る。その700円を出版社と著者と製作会社で完全に3等分しましょうというモデルで考えているんです。そうであれば、出版社のほうも乗りやすいでしょう。本とはタイミングもずらせるし、著者としても22%ぐらいの印税率になるから悪くない。その最初のモデルケースとして、『Twitter社会論』の電子書籍版をやろうと思っています。

沢辺 それはどこから出すんですか。

津田 ナタリーっていう情報サイトを運営している「ナターシャ」という会社から出します。僕が取締役をやっている会社なんですけど。ナターシャでアプリを開発して、本の版元である洋泉社と今、話をつけているところですね。

沢辺 すごい。いつごろ出るんですか。

津田 一応、iPadの発売に合わせたいなと思ってるんですけど。

沢辺 じゃあ、4月下旬くらい。

津田 頑張ってつくります。でも、まだ全然作業が追い付いてないんですよ。追加原稿もまだ書いてないんで、書かないといけないんですけどね。いずれにしても、いろんな意味での実験としてやって示したいなと思っています。