2010-07-20

第25回 『電子書籍と出版』補遺

 先日、『電子書籍と出版』という本がポット出版から刊行されました。2月に開催されたイベント出演者の一人としてこの本の著者に名を連ねております(録音から起こした原稿に加筆修正なので著者という感じはぜんぜんしないのですが)。
 この本に収録されたイベントは「2010年代の出版を考える」と題して2月に開催されました。酒でも飲みながら現状の課題とこれからについてちょっと考えてみましょうというイベントですが、開催した時期がよかったんでしょうか、意外と盛り上がりました。
 イベントの開催に至るきっかけは昨年末にツイッター上で編集者・評論家の仲俣暁生さんと私がややバトルっぽいやりとりをしたことでした。それを見かけたポット出版の沢辺社長が「どうせやるなら公開の場でやらない?」と提案したことからあれよあれよという間にイベントが実現の運びへ。沢辺さん、仲俣さんに加え、著者・読者・IT起業家の立場から出版業界の利益分配の構造などに疑義を呈する橋本大也さんも参加、Twitterでの実況者を募集したところ「tsudaる」で有名な津田大介さん本人も実況で参戦、Ustやニコ動での生中継も行われ、2月1日の阿佐ヶ谷ロフトAはあいにくの大雪という最悪のコンディションながら会場を埋め尽くす客の入りとなりました。
 当日の内容は本書『電子書籍と出版』をご覧ください。なお、イベントの模様は検索すれば出てくるようです。私自身は「ヨッパライ」としてややお叱りの論調での評価をいただいたような気もしますが、まあ、イベントのそのものは楽しかったです。
 さて、本来であればイベントの最後に出演者一人ひとりが「まとめのコメント」をお伝えするはずでしたが、生憎飲みすぎたビールのせいで出演者でありながら何度もトイレのために席を外すという有様で、すっかりタイミングを逃してしまいました。書籍化の際にきちんと書いておくべきだったんですが、そこまで頭が回らず……。改めてこの場で私なりの「2010年代の出版」への考えを簡単にまとめておきたいと思います。

 私のまとめは、そもそもなぜこんなイベントを開催してまで「もうちょっとじっくり話そうじゃないか」という話になったかという点からです。
 私自身は電子書籍に可能性を感じないわけではありません。紙の本にはない利便性、紙ではどうやっても実現できなかった可能性に魅力を感じる部分も多々あります。ですので、電子書籍や電子出版の可能性を否定するつもりはまったくありません。
 と、同時に、紙の本の可能性についてもまだまだ期待している部分があります。というより、紙の本のメリットを簡単に否定してしまうことにやや違和感を感じています。そのあたりが仲俣さんとの違いの始まりではなかったと思います。
 紙の本という物理的な形態だけでなくその制作・流通のために時間をかけて作りこまれてきた今の仕組みが100点満点のものであるとはさすがに自分も思っていません。課題は多々あります。根本的な構造の問題なのではないかと思わざるを得ない深い問題もあります。出版の現場で働く人間は規模の大小を問わずそういう問題と向き合わざるを得ない局面に遭遇したことがあるはずです。矛盾は中からでも見えます。そして、実際に問題と向き合ってみると単純な原因に還元できないことが多々あることにすぐに気がつくはずです。
 私が言いたかったのは、今のやり方を単純に否定して「過去のもの」「悪いもの」としてしまうだけでは未来は描けないのではないか、ということだったのではないかと改めて思っています。
 未来を描くために過去を知っていても困ることはないはずです。いや、むしろ過去や今をきちんと知ることでしか見出せない可能性もあるのではないでしょうか。もちろん、そんな面倒なことをせずとも果断に新しい道を走っていくという選択肢もあると思います。それはそれで大きな可能性でしょう。ですが、過去のやり方にも理由はあります。それは、どこかの時点では画期的な新しい手法だったのかもしれません。いや、今になって過去を振り返ってみたら、そこにこそ未来へのヒントがあるのかもしれません。そんなことはありえない話でしょうか。
 ちょっと大げさかもしれませんが、出版の自由ということを思う時、そこには参入障壁の低さだけでなく多様性を許容できる可能性のようなものが不可欠ではないかと思います。今、私たちは何かを批判するために地下に潜って出版活動をしなければいけないなどということのない社会に暮らしています。そこで許容される多様性はかつてないものであるように自分には思えます。悪いことではありません。これからもこういう状態を維持することは未来への大きな課題でしょう。
 但し、参入障壁の低さと多様性の許容という点については、さらに個人的な意見の表明に関して即時に自由にという点での不自由さを指摘される方もいらっしゃるかと思います。自分はまさにそこにこそインターネットの可能性があるように考えています。よりパーソナルな多様性を許容し受容できる場としてのインターネットは、出版や放送などとは違う意味で新たな時代を築き上げるメディアなのだろうと実感しています。その意味でいわゆる電子書籍や電子出版はWebの自由さに比べてやや窮屈なのではとも思っています。
 話を戻します。
 よく大手取次の存在が出版への参入障壁として挙げられますが、それでも新規版元の数は決して少なくありません。最初から取次を経由しないという選択肢もあります。直取引(取次を経由せず書店と直接取引することの意)の出版社は昔からかなりあります。「出版社は机ひとつあれば始められる」と昔から言われています。思っている以上に敷居は低いのが現状です。
 「売れるものしか作れないから同じような本ばかりで多様性などない」と言われることもあります。これは実は業界内でもこういうことを仰る方もいらっしゃいます。確かに似たような本は多いような気が自分もします。しかし、それこそ二番煎じを作れるのも自由だからではないでしょうか。独自性の主張だけで似たものが作られなければ、それはそれで息苦しいだけでなく、それこそ一番手になりうる著者を抱えている出版社以外は新しいものも出せなくなってしまうかもしれません。「悪く見える点」には理由があるのかもしれません。視点を変えると違う見方ができるのかもしれません。「古く見える点」は過去にさかのぼればどこかの時点でそれより古い方法を駆逐した「新しい試み」だったのかもしれません。「既得権益」は長く苦しい過程を経て勝ち取ってきた権利かもしれません。大出版社であっても決して最初から胡坐をかいていたわけではないでしょう。
 別の視点から見ると当たり前は大きく変わって見えることもあるのではないかと思います。今の状態を単に旧弊で既得権益に縛られたものと規定してしまうのではなく、ほんのちょっとの想像力を持って別の視点を意識していただけたらと思います。
 今さらですが、「2010年代の出版を考える」イベントの締めとして私からの一言を付け加えさせていただきました。

電子書籍と出版─デジタル/ネットワーク化するメディア


著●高島利行, 仲俣暁生, 橋本大也, 山路達也, 植村八潮, 星野 渉, 深沢英次, 沢辺 均
定価●1,600円+税
ISBN978-4-7808-0149-1 C0000
B6判 / 208ページ /並製
[2010年07月10日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
電子書籍と出版─デジタル/ネットワーク化するメディア

【電子書籍版】電子書籍と出版─デジタル/ネットワーク化するメディア


著●高島利行, 仲俣暁生, 橋本大也, 山路達也, 植村八潮, 星野 渉, 深沢英次, 沢辺 均
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5023-9 C0000
[2010年07月8日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】電子書籍と出版─デジタル/ネットワーク化するメディア