2007-10-12

サルコジ仏大統領の「本音の政治」の危うさ 超党派人事にみる民主主義の低下

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日刊ベリタ』に【サルコジ仏大統領の「本音の政治」の危うさ 超党派人事にみる民主主義の低下】というタイトルの記事を執筆しましたので転載します。

【リード文】
  ニコラ=サルコジ仏大統領は5月の就任以来、野党の有力者も次々に閣僚や委員会の要職に取り込むことで、競争重視の市場経済への転換を進めている。さまざまな分野でこれまでの伝統とは一線を画した同大統領の手法は、同氏の持ち味である本音の政治の推進と評価されるが、同時にそれにともなう危うさはないだろうか。私は、大統領就任前に真近で見たサルコジ氏の強烈な印象を思い出しながら、この政権の今後の問題点を考えざるをえない。 

【本文】
  2005年12月4日(日)、パリ市の南端で行われた保守系の集会に私は潜入した。それはフランソワ=フィヨン仏首相が代表を務める政治同好会「フランス9」が催した会合だった。聴衆は1000人ほどだった。 
 
 私のお目当ては、ゲストとして1時間ほど講演することになっていたニコラ=サルコジ内相(当時)だった。その前月の11月はフランス全土で移民2世・3世を中心とした暴動が盛り上がった月で、当時、内相として治安を担当していたサルコジ氏は暴動参加者を「ゴロツキ」「社会のクズ」と罵り、彼らの怒りに油を注いだ。だが、発言を撤回することなく強気の発言を続け、「ゴロツキ」を社会から「一掃する」と発言した。警察力による徹底した締め付けによって暴動を力ずくで鎮圧した。 
 
 集会の会場にサルコジ氏が入ってきた時、彼は満面の笑みを浮かべ、支援者の声援に応えた。同氏の講演の前に、フランソワ=フィヨン氏が30分ほど講演した。フィヨン氏は社会問題・労働・連帯相はじめ国民教育相を歴任。労働相だった時には週35時間労働制を緩和する法律を通し、年金給付を削減する年金制度改革を断行したことで名を馳せる。国民教育相の時には中高生の学習能力を上げるための教育改革を断行しようとするが、中高生による全国的な激しい抗議行動に合い、実現させられなかった。 
 
 集会が開かれた時にフィヨン氏は大臣職についておらず、一介の下院議員に過ぎなかった。フィヨン氏は地味な政治家だから、演説も冗長として、退屈なものだった。 
 
 フィヨン氏の演説が終わって、サルコジ氏が登壇すると会場の空気はガラリと変わった。激しい身振り手振りによるアジテーションが始まった。会場では拍手喝采が何度もおき、聴衆が熱気を持って耳をすませる。特に「暴徒たちはゴロツキだ」と口にした時、会場の興奮は極限まで達した。われんばかりの拍手が場内に鳴り響いた。演説で聴衆を魅了してやまないサルコジ氏と地味ながらも堅実に仕事をこなすフィヨン氏。2人はいいコンビだな……とそのとき、思った。 
 
 私の目利きはまっとうだった。 
 
 それから約1年半後の現在、サルコジ大統領が晴れ舞台に立って国民を鼓舞し、時に独断ともいえるリーダーシップを発揮し、日の当たらないところでフランソワ=フィヨン首相が汗をかき地道に実績をあげる……という風に2人の役割分担は上手くいっている。 
 
 サルコジ氏を間近で見て、アジテーターとしての才能に感服されられた。彼は聴衆を飽きさせることをしない。話の合間、合間で盛り上げる。演説の能力は天才的だと思った。同時に怖さも覚えた。「ゴロツキ」「社会のクズ」という言葉はフランス人の本音としてあっても決して公では口にしなかった言葉だ。そのタブーを彼は破った。 
 
 建前を打破する本音の政治は極右政治家のジャンマリー=ルペン氏の得意技だった。サルコジ氏はルペン氏を賢く模倣した。反論権のない暴徒を徹底的に扱きおろすやり方はアンフェアだ。でも、反論する者がいないから彼の発言は正当化される。 
 
 2005年11月12日にイフォップ社が有権者958人を対象に移民2世・3世による暴動について質問した興味深い世論調査がある。政治家の名前を何人かあげ、「暴動に際してとった行動をどう思うか?」と質問した。サルコジ氏を支持すると答えた人は68%で、不支持は30%だった。どういう人が支持しているのか内訳を読むと、政権与党「国民運動連合」の支持者は90%がサルコジ支持で、極右政党支持者だと何と97%の人がサルコジ支持だった。サルコジ氏が「暴徒はゴロツキだ。人間のくずだ。私は確信を持っていえる」と暴言を吐いて気分がスッキリする人たちが従来の保守層や極右支持層の圧倒的多数なのだ。 
 
 サルコジ氏が始めた本音の政治に危うさを私は覚える。建前は上品だったフランス政治を劣化させている。本音の政治はサルコジ氏の人事でいかんなく発揮されている。 
 
 6月に発足したフィヨン首相の内閣では、社会党政権下で大臣を2回務めた同党の重鎮で1、2の人気を争う政治家ベルナール=クシュネル氏が外務相に抜擢され、社会党の経済政策専門の書記官だったエリック=ベッソン氏が経済担当の閣外大臣に充てられ、リヨネル=ジョスパン左派連立政権で官房次長を務め、フランソワ=オランド「社会党」党首の側近だったジャン=ピエール=ジュイエ氏が外交担当の閣外大臣に充てられた。サルコジ氏は中道政党「フランス民主連合」を分裂させて、同党議員の大半を与党に取り込み、新党「新中道」を結成させ、中心メンバーのエルヴェ=モラン氏を国防相に抜擢した。 
 
 クシュネル氏に並んで社会党の人気ナンバー1の政治家だった社会党幹部のジャック=ラング元文化相は社会党役員を辞めて、7月に発足した、サルコジ大統領が推し進める「第5共和制の改革を策定する委員会」のメンバーに抜擢された。経済成長の底上げを重んじるサルコジ大統領が8月30日に発足させた、規制緩和などについて検討する大統領肝いりの「経済成長委員会」の委員長には、フランソワ=ミッテラン「社会党」大統領の特別顧問を10年務めた同氏の側近中の側近だったジャック=アタリ氏を充てた。最近では、秋の新学期を機会に発足した「教職者再評価協議委員会」の最高権威に社会党のミシェル=ロカール元首相を充てた。 
 
 サルコジ氏は要職に就きたいという政治家の本音につけ込み、野党第一党の社会党から党幹部・人気政治家を引き抜き、政権に取り込み、同党の弱体化を図っている。「超党派」といえば聞こえはいいが、権力欲という本音を利用した巧みな権力術である。フランス政治でこれまで、野党からの引き抜きなど禁じ手だった。民主主義は与党と野党が議会の闊達な議論を通して実現されるというのが建前だったからだ。野党の人材を取り込み、政権を安定させるなど、フランス史上、初めてのことだ。明らかに民主主義の価値を低下させている。 
 
 サルコジ流の本音の政治に社会党を含む反体制派がどこまで抵抗できるか……。フランスの良識が問われている。