2007-08-21

評価される仏シラク前大統領の卓見 イラク戦争後の混乱を予言

_12_0144.jpgオーマイニュース』に次のような記事を執筆しましたので、転載いたします。

タイトル:評価される仏シラク前大統領の卓見
サブ・タイトル:イラク戦争後の混乱を予言

【本文】
 イラク戦争集結から4年経ったのに、一向に治安回復の兆しは見られない。それどころか、日増しにイラクの亀裂は深まり、宗派対立は激化している。

 そんな中で世界的に、見識が再評価されているのが、2007年5月に退任したフランスのジャック=シラク前大統領とドミニク=ドヴィルパン前首相だ。

 シラク大統領(当時)とドヴィルパン外務相(当時)は、米英両国による拙速なイラク戦争の開戦に反対の立場を明確にして、国連の査察団によるイラクの武力解除こそが唯一の道だと説き、国連の安全保障理事会などを舞台に、徹底的に開戦に抗った。シラク大統領は、開戦直前に次のような声明を出した。

 「フランスはイラク問題の発生当初から、目的であるイラクの武装解除が、国連の権威のもとで達成されることに専念してきた。そして査察団も証言するとおり、武装解除は進んでいる。 フランスは法の優位性の名において、そして国民間、国家間の関係はかくあるべき、という自らの理念に従って、行動を起こしてきた。

 フランスは、我々に共通の法である国連憲章の精神に忠実に、武力行使は他のすべての策を尽くした場合の最後の手段であると考える。

 フランスの立場は、国際社会の大多数の支持を得ている。先の国連安保理での協議においても、現在の状況下では、性急な戦争への道を承認するわけにはいかないことが明白に示された。

 米国はたった今、イラクに最後通告を出した。目的がイラクの武装解除であれ体制転換であれ、そこには一方的な武力行使の決定を正当化するものは見出せない。

 この先、イラク問題がどのような展開を見せるにせよ、この最後通告は我々の国際関係に対する認識を改めさせ、市民や周辺地域の将来、世界の安定を危機に陥れる。

 イラクの武装解除が進行しており、査察が武装解除に有効な手だてであると示された中、武力行使という決定は深刻な影響をもたらす。

 また、将来、大量破壊兵器の拡散に関わる危機が訪れた場合の平和的解決法をも危険にさらす。

 イラクは今日、即時開戦を正当化するほど差し迫った脅威ではない。フランスは、国際的な合法の範囲が尊重されるよう、各国が責任ある態度を取ることを要請する」

 以上が、声明の要約だ。

 「イラクは今日、即時開戦を正当化するほど差し迫った脅威ではない」というシラク大統領の認識は、正しかったとしかいいようがない。イラクには、開戦の根拠となった大量破壊兵器など存在せず、テロリストとのネットワークもなかったことは現在では周知の事実だ。

 「市民や周辺地域の将来、将来、世界の安定を危機に陥れる」という警告も的を射ている。イラクはまさに危機的な状況であり、世界に目をやっても、パキスタンやアフガニスタンでは、テロリストや旧体制の勢力が息を吹き返している。

 ドヴィルパン外相が、開戦前に国連の安全保障理事会で行った演説も、含蓄がある。

 「フランスは2つの確信を持っている。1つは、査察という選択肢はまだ終わっておらず、イラクを軍縮するという命令に対し、有効な手段をもって応じうるということ。2つ目は、武力の使用は人々やその地域、国際社会の安定にとって余りにも危険を伴うので、最後の手段としてのみ考えられるべきであるということ」

 「戦争という選択肢は、直感的に最も速そうに見えるかも知れない。しかし、戦争に勝った後、平和を構築しなければならないということを忘れないようにしよう。この点について、勘違いしないようにしよう。これは長く、困難なものとなるだろう。というのも、武力侵攻の苛酷な影響を受けた地域や国において、持続的な方法でイラクの統一を維持し、安定を回復する必要があるだろうから。そういう見通しの上で、効率的で平和的なイラクの軍縮に向けて日々前進している査察という選択肢があるのだ。結局、戦争というあの選択肢は、最も確実というわけではなく、最も迅速というわけでもないのではなかろうか?」

 「今日、誰も戦争という方法が、査察より簡単だと主張することは出来ない。戦争がより安全で、正しく、安定した世界に我々を導くのだと主張することも出来ない。というのは、戦争は常に失敗した者の制裁だからだ。現在、多くの挑戦がなされているにも関わらず、これが我々の唯一の手段なのだろうか?」

 戦後処理は「長く、困難なものとなるだろう」というドヴィルバン外相の予言はズバリ、的中している。

 イラクの国内治安は、一向に安定しない。そして、「戦争に勝った後、平和を構築しなければならないということを忘れないようにしよう」というメッセージも現在のイラクを射抜いている。

 ドヴィルパン外相は最後に、アメリカのドナルド=ラムズフェルド米国防長官(当時)からの「(開戦反対の)フランスとドイツは古いヨーロッパだ」という皮肉に対して、次のように反論した。

 「この国連という殿堂では、我々は理想の守護者であり、良心の守護者である。我々が持っている厄介な責任と巨大な特権を使って、平和のうちに軍縮することを優先しなければならない。

 これは、戦争と占領、そしてそれに伴う残虐行為を知っている、地雷のような大陸であるヨーロッパの古い国・フランスからのメッセージだ。

 フランスがあるのは、アメリカや他の地域から来た自由の戦士のおかげであることを、何もかも忘れたわけではないし、全てを知ってもいる。そしてフランスは、歴史に照らして、そして人類の前で、公正でなくなったことはない。

 フランスは、自国の価値観に忠実に、国際社会の全てのメンバーと共に行動することを強く望む。フランスは、我々が共により良い世界を築くことが出来ると信じている」

 「ヨーロッパの古い国・フランスからのメッセージだ」というセリフは、開戦に抗う人々の胸をうった。この演説には、戦争に反対する世界中の人々が感銘を受け、国連のフランス事務所には激励の手紙・FAX・Eメールが殺到した。

 戦争という大罪が犯されたとき、誰が何をいい、何をしたかは記憶されるべきであろう。フランスの一貫した開戦反対の姿勢に対して、小泉純一郎・首相(当時)は開戦前後、「大量破壊兵器を持っているイラク」(メールマガジン、2003年3月13日)、「問題の核心は、イラクが自ら保有する大量破壊兵器、生物兵器、化学兵器を廃棄しようとしないこと」(同3月27日)などとし、イラクの大量破壊兵器「保有」を断言し、どの国よりも早く米国のイラク戦争を支持した。

 与党・公明党も「スプーン一杯で200万人の殺傷力がある炭疽(そ)菌が約10000リットル」(冬柴鉄三幹事長)などと、イラクの「大量破壊兵器の脅威」をあおって小泉首相を後押しし、イラク戦争の正当化に努めた。

 小泉首相は、戦後1年経ってからですら、衆院で次のように答弁している(2004年6月2日、決算行政監視委員会)。

 「(イラク戦争を)今でも支持したことは、正当性があったと思っております。 国連決議にのっとって、私はあのイラクの戦争を支持いたしました。あの当時、国連決議で、イラクは大量破壊兵器を過去に使っていたが、それをみずから廃棄しなきゃならない説明責任を負っていたんです。その脅威が存在していたということは国連決議が認めております。そういう点からいえば、私は正しかったと思っております」

 イラクに脅威がなかったことが分かった時点でも、上のように強弁したのである。

 開戦前から「イラクに脅威はない」と見抜いていたシラク前大統領の見識とは雲泥の差である。

 イラクの混乱に関するニュースを見るたび、シラク元大統領やドヴィルパン元外相の言葉が想起され、小泉前首相の無責任ぶりが思い起こされる。