2010-03-25

談話室沢辺 ゲスト:石川輝吉 若き哲学者が考える、今を生きるための「哲学」とは

◎「ひとそれぞれ」の中にある普遍性を取り出す
──若き哲学者が考える、いまを生きるための「哲学」とは

先頃『カント 信じるための哲学──「わたし」から「世界」を考える』(NHKBOOKS、2009年6月)というはじめての単著を出版した哲学者、石川輝吉さん。
著書は、若者がよく口にする「ひとそれぞれ」というキーワードを軸に、現象学的にカントを読み解いていったものだ。
「ひとそれぞれ」から出発した若者たちは、この「困難なき時代」にどう向き合っているのか。哲学という学問と、いまを生きる若者の「困難」をどうきり結んでいくか。
学生時代に竹田青嗣氏、そして哲学と出会った石川さんは、竹田哲学を継承しつつ、次の時代の哲学をどう切り開こうとしているのだろうか。
(このインタビューは、2010年1月6日に収録しました)

プロフィール

●石川輝吉(いしかわてるきち)
1971年、静岡県生まれ。英国エジンバラ大学哲学部修士課程修了。明治学院大学国際学研究科博士後期課程修了。現在、桜美林大学非常勤講師、和光大学オープンカレッジ「ぱいでいあ」講師。
共著に『はじめての哲学史』(有斐閣)『知識ゼロからの哲学入門』(幻冬舎)

2010年春からは、朝日カルチャーセンター新宿教室で「哲学ゼミナール──『悩み』のかたちを探る」の講義授業「ぱいでいあ」ではハイデガーの『存在と時間』の講読授業を行う予定。

terukichi_1.jpg

●「本物の哲学がここにある!」竹田哲学との出会い

沢辺 何年生まれですか?

石川 1971年です。

沢辺 どこで生まれたんですか?

石川 静岡県の島田市というところです。当時は人口7万人ぐらいの市だったと思います。地方の市としては中くらいですかね。

沢辺 島田事件という有名な冤罪事件があったところですね。

石川 そうです。

沢辺 犯人はたしか、赤松……

石川 赤堀さん。

沢辺 ああ、赤堀だ。

石川 「赤堀さんは無実だ!」というポスターがよく町に貼ってありました。小学生の頃は意味もわからずにみんなで「赤堀さんは無実だ!」と叫んでいました(笑)。

沢辺 ところでどういう青年だったんですか?

石川 ちょっと引きこもりぎみの青年で、学校へ行かずに家にこもっていて、ヘッドフォンで音楽聞いてたり、近くの大井川の河原に行って、本読んでたりしてました。
河原で本を読んでいると、陽が強いもんだから目が痛くなって、家に帰ろうと思ったら、河川敷に置いてあった自分の自転車がなくなっていたんですね。「あー自転車がない。ああやっぱり僕は世界から疎外されてるんだ」と半分かっこつけて家に帰ったら、家に自転車が届いてたんですよね(笑)。近所のおじさんが、河川敷で僕の自転車を見つけて、僕は学校行ってるはずだから、これは盗まれたんだって思って、親切に家に届けてくれてたんです(笑)。そんな、まあすごくいいところに住んでました。でもその頃は田舎が嫌いで東京に出ようと思ってた。「田舎には文化がない!」なんてかっこうつけたことをよく言ってましたね(笑)。大学で東京に出てきました。

沢辺 高校はどこ?

石川 島田高校です。地元の中堅進学校ですかね。

沢辺 大学は?

石川 早稲田大学に入りました。

沢辺 その当時は、竹田青嗣(哲学者。早稲田大学大学院教授)さんはまだ早稲田で教えてないよね。まだ明学(明治学院大学)だったよね。

石川 そうです。哲学との出会いは、大学に入ってからです。周りの連中が頭がよさそうに見えて、じゃあ思想とか哲学とかやってみようと思ったんですね。ただ、いきなりむずかしい本に入るのはよくないと思って、ちくまライブラリー(現在はちくま学芸文庫)の竹田青嗣さんの『自分を知るための哲学入門』を読んだんです。
僕、田舎の優等生だったんですね。その当時僕がどう考えていたかというと、どうしてみんなは僕のように真面目にならないんだろうかと、強く思ってて(笑)。周りの人達に、「おまえら僕のようにちゃんとやるように!」と学級委員的な人間だったんです。

沢辺 嫌なやつだね(笑)

石川 そうです(笑)。非常にいやなやつで。乱暴な言い方とかして。そうすると全然周りがついてこない。でも自分にその理由がわからなかった。このことに悩んでから引きこもりがちになっていきましたね。いま考えればそんなやつ相手にされないのはあたりまえなんですけど(笑)。
自分の中に強く持っていた「これが本当の生き方だ!」と強く思っていたものが、自分を逆に苦しめてたんだなーということが、『自分を知る哲学入門』を読んだら、よくわかった。
竹田さんの若い頃の革命とか正義への感応の仕方──そういった感じがすごく共有できたんですね。僕には社会を変えようといったような思いはなかったんだけど、これが正しい生き方だと縛られていたものがほのけた。そのあと、竹田さんの本を読みあさっていったんですね。動機はただかっこつけたかっただけなのに、けっこうのめりこんでしまいましたね。

沢辺 『自分を知る哲学入門』を読んで、偶然竹田さんを知って、竹田さんがいいなあと思ったの?

石川 当時、大学の授業とかはほとんど出席せずに本を読んだり、ビデオ観たりとかぶらぶらしてたんですよ。怪獣ものも好きで、切通理作さんの『怪獣使いと少年』(宝島社文庫)という本を読んだんですね。そこにね「面白いと思った人がいたら、会ったほうがいい、とある先生に言われて、自分はいろんな人にインタビューをしたりとか、ミニコミをつくったりして、物書きになった」というようなことが書いてあって、僕、当時、将来どうなるんだろうと不安だったので、じゃあ将来どうなるかはわからんけどとにかく興味ある人に会ってみようと思って、竹田青嗣さんに会いにいったんです。

沢辺 へえー。

石川 東京にはカルチャーセンターがたくさんあって、竹田さんも教えていたので、まずはそこに行きました。講義が終わったあとに竹田さんが「みなさんコーヒーでも飲みませんか?」とみんなを誘ってくれるんです。そうすると昔からカルチャーに通っている重鎮の方々が「きみら若いんだから、先生とお話してごらん」と言ってくれたりして、「わたくし、先生の本を読んで感動しました」と話したりして。当時はなんか芸能人というかスターにはじめて会ったみたいに緊張しました(笑)。あとでカラオケに行ったらほんとにスターだったんですけど(笑)。(注:竹田青嗣氏は歌の名手としてもしられている。ここ数年は年に一度のペースでワンマンリサイタルも行っている)

大学2、3年の頃は、赤瀬川原平さんとかみうらじゅんさんの講演にもよく行きました。本を読んで面白いひとがいればとにかくナマで見てみよう、と。それに、最後に話できる機会がないかなあとか。気持ち悪いですけど。それで、町田でみうらさんの講演に行ったときに、帰りの電車でたまたま、みうらさんやいとうせいこうさんと一緒になったんですよね。僕、当時美術とかにも興味があって、仏像を主人公にした版画を彫っていこう、とかそんなよくわからないアーチスト志向みたいなのもあって(笑)。それで、自分で作った版画をその時ちょうど持っていたんですね。で「みうらさん、これつくったんです」って、いきなり危ないやつみたいに電車の中で渡したら、みうらさんはその版画を見て「あーばかだなあ」と言ってくれた。いとうさんは「こいつは危ないやつじゃないか」ってちょっと引いてて(笑)。当然ですけど(笑)。

それで、みうさらんには、竹田青嗣さんの弟子になって数年後、高円寺でやってた小さなサイン会で、また言葉を交わす機会があったんです。そのとき、あのときの版画をいきなり渡した危ないヤツ覚えてますか? と聞いたら、「あー、覚えてる、覚えてる。危なかった。で、病気治った?」と聞かれたんですよ。そのときぼくは、「えー、まあ」としか答えられなかった。ほんとはなにかかっこよく答えたかったんですけど。いまになって考えてみると、ぼくがやってる哲学というのは、ずっと、あの青春時代のノイローゼの治療をやってるみたいなもんです。

沢辺 僕らの頃は、いきなり大学にしのびこむとか、研究室に行くとかしかなくて、もっとハードルが高かった。80年代後半には、浅羽道明さんの『ニセ学生マニュアル』(徳間書店)なんかも流行ったしね。そういうふうに潜り込んでという方法論しかなかったけど、朝カルみたいな装置があるというのは、いいよね。お金さえ払えば誰でも入れるわけだから。そこで竹田さんと会える。

石川 そうですね。ワンクッションあってよかったです。

沢辺 じゃあ、それから竹田さんが来てもいいよと言って、明学の竹田ゼミに潜り込んだりして、それで大学院は明学に行ったわけですか。

石川 そうです。

沢辺 早稲田の大学院にはなぜ残らなかったの?

石川 お世話になった先生もいたんですけど、その先生の言っていることは、「山を見たら自然が話しかけてくる」、自然を大切に、みたいな話に当時の僕には聞こえた。人間関係はけっこう良好で、いろいろお世話にもなったんですけど、心の底では、全然考えがあわないなーと思っていたし、ずらりといた先輩方のほとんどをおっかないと思っていました。やなヤツですね。いまはちがう考えもできると思うんですけど、当時は、この人たちはダメな哲学をやってる、なんて生意気に思ってて、興味なかったです。

沢辺 やっぱ竹田さんは本物だと。

石川 ええ、本物の哲学がここにある、と(笑)。それに、学者じゃなく物書き、というか、そういうスタンスも好きでしたね。なんかロックっぽいというか(笑)。

沢辺 竹田さんがいたから明学に行きたかった、と。竹田さんは明学の院で教えてたの?

石川 僕と金泰明(キムテミョン:現在、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター教授、専攻は人権学。著書に『欲望としての他者救済』NHKBOOKS、など)さんが竹田さんのはじめての院生だったんです。大学院の授業を竹田さんが持つことになった、ちょうどいい時期に入ることができたんです。

沢辺 泰明(テミョン)さんって年は俺と同じくらいでしょう?

石川 いま58歳くらいかな 。(注:金泰明氏は1952年生まれ)

沢辺 じゃあ俺より5歳上だ。

●イギリスでは、学問としての「哲学」が、ひとびとの日常から遠い

沢辺 明学の院では、将来どんなことをしようと思ってたんですか?

石川 その頃はもう勉強勉強で。もちろん大学の先生になれたらいいなとか、物書きになってみたい、とかありましたけど、これっていうのはあんまりなかったんです。夢いっぱいという気持ちがあるいっぽうで、全然哲学の本も読めないし、満足のいくようなものも書けなかったし、レジュメも全然書けなかった。
泰明(テミョン)さんは、在日韓国人政治犯を救援する活動を長くやり、人権問題をずっと考えてきた方なので、俺はああいう場面にいた、こういう場面にいた、ああいう救援運動をやった、というのを聞くと、立派だなあ、俺だめだなあとコンプレックスが強かったですね。自分は、ただ好きで哲学をやってるだけなのかなあ、立派な理由が見あたらないなあと悩んでましたね。

沢辺 時代的なこともあるよね。いまはたいした苦労もしないでのほほんと大人になれるしね。
いまね、若者は、相変わらず困難探しをしている傾向があるような気がするんです。
例えば派遣切りとか格差問題、ロストジェネレーションとか。以前、「論座」(朝日新聞出版社、現在は休刊)で「希望は戦争だ」と書いた赤城智弘さんとか、若い世代の書き手も相変わらず、自分たちはすごく困難だということを探している。
でも石川くんは、「困難がないことが、ぼくらの困難だ」といったん引き受けている。そこが、僕が、石川くんがいいなあと思うところなんだよね。
まあこのあたりのことはあとでゆっくり聞きましょう。
浪人はしなかったの?

石川 現役で受かった大学もあったんですけど、実家に引きこもっちゃって大学行けなくなって2年間引きこもってました。うまくいかなさがずっとあって、俺ダメなんじゃないかと思って、外に踏み出せなかった。俺は正しい、世の中が間違っているというのをずっと持ってて、それがなかなか抜けなかった。

沢辺 じゃあ2年浪人して、早稲田に行って、4年いて、明学に行った、と。

石川 はい。

沢辺 明学には何年いたの?

石川 2年いました。そのあと、師匠(竹田さん)がイギリスに行くことになって、そのとき師匠が「おまえ留学しろ」と。「箔をつけてこい」と言われて、たいした動機もなく、師匠に言われたのでという感じで、イギリスに留学しました。師匠の勧めを疑わず、「はい」と言って実行するのが弟子なんです(笑)。

沢辺 イギリスには何年いたんですか?

石川 2年半ですね。

沢辺 どうでしたか、向こうの哲学は。

石川 ぼくの感想で言えば、あまりいいとは思いませんでしたねえ。日本のほうが水準が高いと思いました。
イギリスは、日本と違って、大学で勉強する人と一般の人の差がかなりあるんだなと感じました。日本では昔から文芸批評の伝統がありますよね、小林秀雄、吉本隆明、江藤淳、竹田青嗣、加藤典洋、柄谷行人、浅田彰、中沢新一、東浩紀、小浜逸郎、小坂修平……、そういう層がないんです、イギリスには。哲学に関していえば、いきなり勉強しましょう、になっていた。一般と大学の間を埋めるようなサブカルチャーというような層が全然なくて、ああ、考えることって大学に限られてるのかなあと思いました。哲学は大学の中だけなのかなあ、と。
もうひとつは、イギリスでは分析哲学が主流なんです。分析哲学とは、言葉を厳密に使えば、正しくまちがいのないことが言える、真理が言える、ざっくばらんに言うと、そういう哲学です。ちなみに、一方で、哲学は想像力だ、言葉にはいろいろ使い方があり、なんとでも言える、というのも流行っていました。簡単に言うと、普通のひとが白と言っているものをどう黒と言うか、白を黒くいいくるめるような言葉を生みだす想像力を哲学者はもっていなくちゃいかん、みたいな。そんな傾向もありましたね(笑)。
大きく言えば、フランス・ドイツはフランス・ドイツのお家芸があって、イギリス・アメリカはイギリス・アメリカの分析哲学がある、だからそれをやるんだ、と。大学も政治的な決定をして、うちの大学は分析哲学でおしていきます、というような流れがあった。日本の場合は、東洋哲学だろうとなんだろうと並列で、なにをやってもいいわけですが。
僕がちょっと幸運だったのは、大陸哲学を勉強していた反主流派の先生といいコミュニケーションができて、そこで勉強させてもらったんです。ハイデガーとかヘーゲル、あと、ヒュームというイギリスの哲学者がいて、もうイギリスでもほとんど勉強されてないんですけど、ヒュームもやりました。
そう言えば、ぼくがお世話になったその先生、スティーヴン・プリーストというひとで日本でも一冊くらい翻訳があるんですけど、専門はなんですか? と聞いたら、フィロソフィカルクエスチョンだ、と言ったんです。ようするに、自分とはなにか? 心とはなにか? 他者とはなにか? といろいろな問いがあるけれど、その問いを考えるなら、イギリスの哲学でも、ドイツの哲学でも、東洋の哲学でも、どんな哲学も素材として使ってもいい、そういう立場だ、と言ったんです。メジャーな立場ではなかったけれど、カント専門、ヘーゲル専門、といった具合にある哲学者の専門家にならなくても、問いがあれば哲学ができる。そういう彼のスタンスは好きでしたし、勉強になりましたね。
でも、イギリス全体としては、哲学を一般に広める層もあまりないし、分析哲学しかやらないという感じがよくないなと思いましたね。もう10年前の感想ですけど。

沢辺 日本で言うと、哲学学会と普通の人の間にはひらきがあるけれど、そういう感じ? 例えば小浜逸郎さんでいえば、哲学を専門にしているわけじゃないけど、哲学も視野にいれながら、日本の差別や女性問題を語りますよね。小浜さんもカントも語ろうと思えば、語るし。

石川 はいはい。

沢辺 そういう小浜さんみたいな人がいなくて、いきなり哲学学会がある、というような……

石川 そうです、そうです。

沢辺 ちょっと話が横道にそれるけど、中央公論新社から出ている『哲学の歴史』という13巻くらい出ている本があって、あの本はポットでデザインしたものなんですね。

石川 ああ、そうなんですか。あの赤いやつですね。あのデザイン、けっこう好きです。

沢辺 デザインだけで、中身には全然関わってないんだけど、あの本には竹田さんは出てないんだよね。おそらく哲学学会の本流の人たちが書いてるんだなあと。哲学学会の大物がいて、しかもハイデガー系やフロイト系の大物が子分に分担している、という構図なんだなあと思ったんです。いい悪いは別にして。もちろんまとめたことには意味はあると思うんだけどね。

石川 大学のとき、竹田青嗣の本読んでるんだ、と哲学の院に行っている先輩に言ったら、こんな文芸評論家のジャーナリスティックなものを読んでちゃだめだ、と言われたことをいま思い出しました。そのとき、けっこうカチンときましたけど、よけいに竹田さんのほうを勉強した、ということがありましたね。いけないことのほうが真実だ、とかそんな禁止されたものへの魅力もありましたね(笑)。

沢辺 『哲学の歴史』をひろい読みしただけの感想だけど、「解釈」しているだけだよね。

石川 情報はたくさん盛り込まれていて、研究するのにはとてもありがたいと思うんですが、このことの意味はいまの私たちにとってはこうです、というのはないんですね。

沢辺 そうなんですよ、そこが面白くなくてね。別にカントが言おうがヘーゲルが言おうがなんでもいいんだけど、この哲学書を読んでラクチンになったとか、そういったものが何もないな、と。これも偏見かもしれないけど、そう思ってしまう。
イギリスはまさにそういう竹田さんたちのような層がスコーンと抜けている、と。

石川 僕が知らなかっただけかもしれないけど、イギリスにいたときの同級生に聞いてもそこの部分がなかったですね。案内本とかは一応あるんですけど、日本のようにそこがひとつの層をなしている、というのはないですね。

沢辺 日本もそんなに満足、というわけでもないけど、でもいることもいるよね。
それってヨーロッパの階級制ということに関係あるのかな?

石川 ですね。あの大学は金持ちが行く大学だとか、労働者が行く大学だとか、大学によって行く階級が違ったりするんですよね。

terukichi_2.jpg

●レジュメをまとめるコツは「ひとことで言うと何か」

沢辺 で、イギリスから帰って……

石川 竹田先生の博士課程に入って、4年で出ました。その間に和光大学で非常勤講師をやりはじめて、博士課程を終えて直後に、京都精華大学に西研(哲学者。和光大学教授)さんがいらして、西さんに呼ばれて、そこで3年勤めました。
京都精華大では、とにかく忙しくて、書く時間が全然とれなかったので、東京でいくつか非常勤の話をいただいたので、東京に戻ってきてしまいました。

沢辺 いまは、桜美林大学と……?

石川 和光大学の市民講座をやっています。精読の機会があって、参加していただいている方には楽しんでいただいているみたいです。和光の授業は10名ほどですので、僕が解説のレジュメをつくってみんなで哲学の本を1冊たいらげようとやってます。ニーチェ、バタイユときて、この春からハイデガーの『存在と時間』をやります。

沢辺 年に1冊?

石川 バタイユは半期で『呪われた部分』を読み終わったんですけど、だいたい年に1冊ですね。

沢辺 たいへんだね。

石川 でも好きなので。

沢辺 好きですか? 俺は苦手だね。いやでいやでしょうがない。根気が続かない。

石川 昔、和光大でやっていた授業は大教室でおいしいとこだけやる授業だったんですけど、おいしいところだけをやるためには、最初に細かく読んでないといけないんですよね。だから、まあ自分のためにもなるし。

沢辺 嫌いじゃないというのは、すごい才能だな、と思いますね。
俺、こう見えて、いまでもレジュメ書こうと練習してるんですよ。この前、太田出版から出ている『atプラス』
いう雑誌に岩井克人(経済学者。東京大学大学院教授)さんのインタビュー記事が16ページくらい載っていて、これがなかなかよかったんですよ。それで、よし、これをレジュメにまとめようと思い立って、やりだしたんですよ。でも、2ページほどやったところで、止まっちゃった。もういやになっちゃってさ。

石川 僕も竹田さんのところに入門した頃は全然レジュメ書けなくて、途中のままで提出しちゃったりしてました。そうすると師匠も「しょうがないなー」って感じで、自分の書いたレジュメをポーンと出されたりして。いやーすごいなー、がんばらなきゃなーと思って、そういうふうに少しずつ……。

沢辺 まあ、訓練だと思いますけど、なかなかねえ。僕、抜き出せないんですよ。

石川 わかります。昔、竹田青嗣さんと加藤典洋さんの主宰の勉強会で橋爪大三郎(社会学者。東工大学大学院教授)さんの本を読んだとき、全然レジュメが切れなくて、山のようにレジュメつくっちゃって時間内で全然終わらなかったということがあって、迷惑かけたんですよ。そのとき橋爪さん本人もいらっしゃってて、申しわけなかった。

沢辺 なかなか切れないんだよねえ。これも面白い、あれも面白いって、全部引き写しちゃって。そうするとくたびれてくる。

石川 で、いい方法見つけたんですよ。

沢辺 え、教えて教えて。

石川 例えば、もうレジュメいやだなーというところにきたら、そこでいったん本のほうを見るのはやめて、途中まで書いたところの下に●や★といった印をつけて、それまで自分が書いてきたことを2行くらいでまとめておくんです。また、レジュメいやだなーというところにきたら、また印をつけて、そこまで自分が書いた部分を2行くらいでまたまとめておくんですよ。つまり、自分のレジュメをまとめる。自分のレジュメをレジュメするわけです。
そうでないと、読み下しみたいになっちゃって。最終的に写経になってくる(笑)

沢辺 そうそう、そうなの(笑)

石川 竹田さんは、長いレジュメをやると、いらいらするんですよ。で、そうすると必ず「ひとことで言うとなんだ」と聞くんです。だから、そうか、と思って、レジュメをつくるとき、きりのいいところで印をつけて、ここはひと言でこうだ、と書いておくようになって。それで、ああ、じゃあこの印をつけてまとめた2行をつなげていけば簡潔なレジュメってできるんだなって、そういうふうになりました。

沢辺 俺がふだん社員に言ってることとまんまおんなじだ。「おまえの言ってることわかんないよ、ひとことで言うとなんだ」とかさ、「メインタイトルはなんだ」と、僕もよく言いますね。そうやってねちねちいじめるんですけどね(笑)

石川 僕もそういう中でやってきました。まあ師匠はねちねちではなくて、何にも言わないんですね。ただ、「ひとことで言うと何?」とだけ言うんです。それは「おまえ、レジュメが長いぞ。無駄話だけだぞ」という意味なんです。そういうのもこっちが全部受け取って、やっていく、と。けっこう鍛えられましたね。
最初のうちは、長いものなんだけど、だんだん、そのレジュメの中で大切なことは何だろうっていうのをつなげていけるようになるんですよね。それで、最終的にどうするかというと、その大切だと思う部分を、自分の言葉でいうと何かな、というふうになると、やっとレジュメが書けたかな、となる。そこまでいくのに何年もかかりました。

沢辺 それも俺がふだん社員に言ってることとおんなじで、「ものごと循環なんだよ」って、「おまえ一回で正解にたどりつこうとしてるだろ、そんなの天才じゃなきゃできないよ」「まず、自分が思うことを全部出すの。それからもう一回、その中から重要なものを選び出して、そしてもう一回、頭に戻って、やる順番に並べてみよう、とやるんだよ。そんなの無理だよ」って。

石川 いやー、竹田さんのまとめ方をみると、この人は一回でなんでこんなのが出るんだろう、と思うんだけど、ほんとは陰で竹田さんもきっとそうやってたんでしょうね。そういうことがわかるようになったのは、自分で練習し始めてからなんですよね。

●自分や自分の問題をはっきりさせるために「哲学」がある

沢辺 ところで、ちょっと聞きたいのですが、石川くんは、哲学の主要な著作をどれくらい読んでるんですか?

石川 かなり読んでます。かなりじゃわかんないですね(笑)。主要なものはすべて読んでいると思います。

沢辺 ちょっとマイナーな人、そこまで読まなくてもいいだろっていうような人は?

石川 ちょっと話題になったアントニオ・ネグリという人のは読んでないですね。『<帝国>』という本とかちょっと話題になりましたけど、こんなに厚くてちょっとやだなと思って(笑)。

沢辺 ソクラテスとから、王道のヘーゲル、カントからアレントくらいまでだったらほとんど全部読んでる?

石川 はい。

沢辺 ところでだいたい言ってることわかる?

石川 わかんないところもあるんですよ。だけど哲学の読み方って、竹田さんのところで学んだんですけど、要するに言いたいことは本のほうにあるんじゃなくて、自分がその言葉によってどれだけ整理されるか、なんですよね。
ああ、この人のこの感じって、俺のあのときのあの感じに似てるなあとか、この哲学者の思想は、俺の高校のときの袋小路の感じだけで終わってしまってるからこの人の哲学ってあんまり建設的じゃないし、先がないんじゃないか、とかね。いわゆる自分と比べてみて考えているところがありますね。
昔はそれこそ、哲学って立派なものだ、でもわかんないから困る、ということもありました。でもある時期から哲学が怖くなくなったんですよね。いまは、哲学者がすごいことを言っているかどうかということにはあんまり興味がなくて、自分がうまく整理できたらいいと思うし、自分の何がそこに思い当たるなあということがわかればいい、と。
細かい解釈はいろいろあるし、この哲学者は誰の影響を受けて、とか一応そういう本も読むことは読みますけど、自分の整理に役に立つことがいちばん大切で、そのための文脈として仕入れればいい。自分たちのもやもやした何かがはっきりすれば、それでいいんじゃないか、というのがあります。

沢辺 確かにそれはわかる。読んでると、ときどきスコーンと落ちるときがあって、例えば竹田さんのちくま新書の『現象学は思考の原理である』を読んで、ああ竹田さんが言いたい現象学ってこういうことなんだ、と俺なりに落ちた。
例えば、絵画のよしあしを美術評論家がジャッジするわけよね。若い頃は、そういうものに反発があったわけ。

石川 評価することへの反発があったということですか?

沢辺 そうそう。それこそ石川さんの本にもあった言葉で言えば、「ひとそれぞれじゃん」と思ってた。でもそれも変だなと思い始めて、例えばゴッホの絵は好きじゃないけど、やっぱり力強さを感じたり、いいものを感じたりすることがある。
それで僕はどうやって折り合いをつけたかというと、もちろんそれぞれがこの絵を好きか嫌いかと思うことはまったくオッケーだ、と。ただ、それなりに多くの人が「いいよね」と思うものは世の中にあって、多くの人がいい絵だというものはきっといい絵で、そこには一定の妥当性がある、と。
俺の竹田さんの現象学の読み方は、正しさをジャッジする、という話だと理解したのね。
ゴッホの絵を嫌いだという人を認めないわけじゃない。そういう人がいてもいいんだけど、一方、多くの人が認めている、ということも認めていいんだ、と。そういう俺の言葉に置きかえられたときに、竹田さんの言っていることがわかった気分になれたのね。やっぱり自分と重ね合わせないと、落ちてこない。そういう感じとはまた違う?

石川 沢辺さんがおっしゃってくださったことと、僕も重なるところがあるんです。
現象学、あるいは竹田さんの考えになぜ自分がすごく魅かれたかというところですが、自分が持っていた理想の姿や正しさが自分も苦しめ、他人に対しても苦しめていた、という話をさっきしましたけど、もうひとつは、僕は不登校気味のとき先生とか権威が大嫌いだったんですね。むしろ「ひとそれぞれ」でいいんじゃないかって思っていた。ある意味で、懐疑主義というか、立派なこと言ってるけど、たいしたことないよ、絶対なんてないんだ、自由でいい、俺はある意味ボヘミアンというか、アンチでやっていくんだ、とかっこよくやっていたんです。でもそれもそれで、自分のひとつのかたくななスタイルになっていた。
はじめはすごい真面目主義者で、人とうまくいかず、自分を苦しめ、次に懐疑主義者で、自分も苦しめ、人も苦しめてたんです。つまり、それまでは、僕の中には理想主義と懐疑主義とふたつしかなかった。でも現象学の考え方は何かというと、確かに「ひとそれぞれ」でいいんだよ、だけどひとそれぞれの中に必ず人とつながりうると自分が感じるものもあるはずだよね、それを言葉で取り出してみよう、と。そういう感じがある。
ごりごり真面目青年から、次にちょっと気取った懐疑青年、というふうにきたもんだから、現象学と出会って、自分がほのけ、かつ開かれるようなそういうよさがあった。そのふたつを通ったからこそ、現象学のよさがはじめてわかった、と思うんです。

沢辺 そういうふうに落としていくということだよね。

石川 この前、小浜逸郎(評論家)さんから僕の『カント 信じるための哲学』の感想をいただいたんです。あの本のモチーフ、「ひとそれぞれ」(主観性)から、「これはいい」というときは、僕以外でもいいと思っているという確信があって、それをどう取り出すか(普遍性)、ということをちゃんと読みとってくださったうえで、ちょっと終わりのほうに、「物自体」の解釈などは、竹田現象学風の受け取りなのでは、というご指摘をいただきました。この本については、いろんな方から感想をいただいたんですが、その中に「カントは現象学なんですか?」という質問もあって、ハッと気づいたんですね。
僕は、現象学を通ってきた者がカントを評価するとしたらどういう点か、というところからあの本を書いてたんですね。カントは現象学の祖であり、現象学的にカントを読みますよ、と書いておけばよかったとちょっと思ったんですけどね。

沢辺 カントをよく見すぎてるんじゃないの? そこまでのことはカントは言ってないぞ、という指摘ですよね。

石川 たしかにその通りなんです。だから現象学のことをちゃんと書いておけばよかった、と思ったんですね。

沢辺 俺はカントよくは知らないよ。だけど、一応、哲学史でいくと、そのあとフッサールが出てきたわけだから、そうするとカントはそこまで見通してたわけじゃなくて……

石川 見通してないですね。でも、その見通しの芽はカントのなかにきちんとあると思います。

沢辺 確かに石川くんの『カント』は、そのあとに積み重なってきた現象学からもう一度見直すと、カントの正しさの判定の仕方はこういうふうに読み取れるよね、というような内容だったように思うんですけど、俺の理解では。

石川 そうです。

沢辺 だから別にいいんだよね。
哲学にいま一番足りない感じがするのは、そこじゃないかと俺は思っていて。石川くんが言うようなことまでカントが考えていたのか、考えていなかったのか、というふうな論争をいくらしてみてもあんまり意味がない。

石川 それはやっぱり僕がそういうふうに哲学を読んでいるからだと思います。僕らがこういう問題があるから、そこの整理としてカントをネタとして使ってみよう、と。僕はカント研究者でもないので。今回はカントの研究書もかなり取材しましたけど。
やっぱり自分や自分たちの問題がはっきりする方法をカントは持っていて、しかもそれを自分なりに先にすすめればこうなってくるんじゃないのか、と現象学をフィルターとしてやってみた、というものです。

●ぐずぐずしている過程を「哲学」でとらまえたい

沢辺 ところで「ひとそれぞれ」という言葉は誰かからのいただきなんですか?

石川 いや、自分で考えました。学生と接していると、なんかいいところで「ひとそれぞれでいいじゃないですか」と言われる。だから「いやいや、そこをちゃんと言ってみようよ」と言うんですけど、学生たちは、途中で「いや、まあ、ひとそれぞれということで」と言ってやめちゃうんですよね。

沢辺 今回、あの本のなかでいちばんよかったのは「ひとそれぞれ」という言葉だった。
現実の社会では、けっこうその言葉に直面するわけです。
これでも社長ですから、スタッフの給料を決めるわけなんですが、例えば同じ年齢などで入った社員にも差をつけることがある、わずかですけどね。そこに社長としてのジャッジが入る。
本当は、1年でいくら昇給する、と決めておくのが楽だと思う。でもそれだと「ひとそれぞれ」は反映されないわけです。
いっぽう、「ひとそれぞれ」でいこうとすると、明確なルールを定められないと、俺のその時の気分になってしまって、「俺は正しくジャッジできているんだろうか」ということに常に揺れ動くわけです。
だけど俺は、給料表をつくる、みたいなシステムはできるだけ先送りしたいと思っている。決めごとができるとそれに依存しちゃって、「システムがこうなっているんだから、こうだよ」と説明をしないですむ状態になっちゃうんじゃないか。それよりも、同じ条件なのに、「あいつとはなんで3000円も違うんですか?」と社員から聞かれたときに、「俺はこう考えたんだよ」というものを持っていなければならない。もちろん「ごめん、俺が間違っていた」ということもありにして、ね。
もしそこに俺の極端な独断やえこひいきがあったら、結果、社員はみんな離れていくだろう、と思うしね。
うちは毎月社員の給料明細を、全員に回覧してるんです。社員にそれを見てもらった上で不満が出てきて、「こんなのやってられないから辞める」と言われない状態を作る以外に、きっと「正しさ」っていうのはないんだよなって。これはね、俺にとっての「竹田現象学」なんですよ。

石川 すごくよく解ります。当然企業ではワンマン社長もいるだろうし、それがいきすぎる場合もある。その時にどう考えるかっていうと、それこそ現象学的な方法で「妥当」をどう生み出すかという形で考えるしかない。
ただいっぽうで、教師とか社長には、評価する立場や責任がありますよね。もちろん説明もしなくちゃいけないんですけど、そういう立場の人間は最終的に「俺が評価基準だ」って言える部分もどっかで必要だと思うんですよね。
もちろん合意やみんなでこれが妥当な線だって示すことも必要ですけれども、「評価の基準はなんですか?」って聞かれたときに、例えば、教師としての責任として、出席日数だとか細かいことも説明しつつ、けれども、最終的な基準は俺だと言えるような部分はあったほうがいいんじゃないかって。
そういうのが組織や人との関わりでけっこう重要かと思いますね。

沢辺 そのことで言うと俺も全く同じように考えている。
俺が基準なわけですよ、スタッフに対しては。
じゃあ俺がダメだったときはどうしようというのがずっと悩みだったんだけど、ダメだったらきっと会社が潰れるなり、社員が辞めてくなりして、そういう形で結果がでるでしょう、と。それしか方法はない。
俺はね、そういうふうに落ちたのは橋爪大三郎さんなんだよね。橋爪さんからはいくつか今日の自分の、自分がブレないでいられる基準をもらっていて。
過去に、橋爪さんに質問したことがあるんです。当時、成果主義が社会で話題になっていて、「橋爪さん、僕も会社で成果主義をどうしようかなとか考えてるんですけど、どうなんでしょうかね?」って。そしたら、橋爪さんからは「ああ、成果主義、必要ですね」と明解に答えが返ってきた。「でも橋爪さん、普段いろいろ点数化してみてもね、何やってもね、どっか評価って危ういなって思うんですよ。その評価をちゃんとするのは、どういう方法があるんですかね?」って質問したときに、「それは沢辺さん、あなたがやればいいんです」と。それがさっき石川さんが言われたような「俺が評価軸だ」って言えるようになんなきゃねっていうのと全くおんなじ。
それで、「沢辺さんがダメだったら、沢辺さんをクビにすればいいんです」って。「沢辺さんはそうやって評価されるんです」と。ああなるほど、俺が評価軸だって言い切らないと、ダメなときにクビにもできない。マニュアルに従ったら言い訳が次から次へと出てきちゃうわけでしょ。それで、自分のなかにポーンと落ちた。

石川 ホントにそう思います。僕はその考えをだれから教わったかと言うと、実は加藤典洋(文芸評論家。早稲田大学教授)さんです。
僕は文章の授業をここ数年やってるんですけど、あるとき加藤典洋さんにこう教わったんです。「学生の文章にABCとか基準を作る。学生がいろいろ文句をいってくるかもしれない。だけどそういう時にこっちが腹くくってなくちゃいけないのは、文章を評価する基準はなんですか、と問われて俺だと言えなくちゃいけない」って。
僕は民主主義ボーヤっていうか、「ひとそれぞれ」なところがあって、いろんなことはやっぱり学生と相談して決めなくちゃなんないのかな、と思ってたところもあった。でもそんなんじゃこっちは気を使って疲れちゃうし、何よりもまとまりが何もつかないんですよね。授業運営を学生とみんなでやっていこうっていうのでは。もちろん学生たちとは仲良くして楽しくはやってるんですけど、完全平等主義みたいな、教員もまたクラスの一人、みたいなそういう考えで行くと全然上手くいかないなって。コミューン主義っていうか、そういうのは、よくないなって……。

沢辺 まあ、教育の現場の課題っていうのはどうもそういうところらしいって気がしませんか?

石川 そうですね。むかし神奈川県の教育研修センターというところで講師をやってたことがあるんですけど、「近代社会の理論」というテーマで話したとき、共通の権力がたたなくちゃダメだというような話をしたんです。そしたら、小学校の先生がやはり共通の権力がなくちゃダメだと言ってましたね。小学生に自由で楽しくみたいなことを認めてたら、動物園になっちゃうと。みんなキャッキャッキャッキャしちゃってどうしようもない。だからちゃんと小学生にはルールと俺が先生だっていうのをちゃんと見せつけなきゃいけない、と。

沢辺 ただ辛いのは、以前は先生っていう肩書きができれば権力が自動的についてきたけど、今は民主主義になって、その権力が剥がれちゃっている。実は先生という免許と採用試験に通っただけでは、もう全然通用しなくなってきている。結局は人間にしか根拠は無いってことじゃないですか。こうなったときに一人ひとりにものすごい負荷がかかりますよね。

石川 わかります。だから私たちが考えちゃうんですよね。

沢辺 そうそうそう。そしてその負荷がかかっているというのは、実は一番いまの若い人たちにとってもおんなじで、つまり一人ひとりが問われちゃうんだよね。自由になったからこそますます。だから、自転車を届けてくれるような近所関係もないということは、自分で自分の自転車を取りに行かなきゃいけないわけです。自転車を取りに川原に行くくらいだったらいいけど、これが全てに起こるわけでしょ。
例えば恋愛とか、結婚するとかしないとか、子供作る作らないとか。昔だったら子供は作るもんだという暗黙のルールがあって、それに従わなければならなかった。けど今は選べちゃう。その時に一人ひとりがちゃんとした判断をしなきゃいけない。これってものすごく困難っていうか大変なことでさ。それが今日の若い人達のニヒリズムみたいなものを生み出しているのかもしれない。

石川 自分のことから話すと、さっきもちょっと言いましたけど、僕は最初「ひとそれぞれ」っていうのすごく好きだったんですよね。どうしてかと言うと自分が懐疑青年だった時にはそれが一つの武器だった。「ひとそれぞれでいいじゃねーか。なんで先生は偉そうにするのか」と。
で、その時に「ひとそれぞれ」って新しい生き方だと、すごく新鮮に思えたんですね。
田舎のみんな一緒の世界に住んでいたこともあったし、さっき言った自転車を届けてくれるような環境が、僕は嫌だったんですね、ベタベタした感じで。その中から抜け出すための道具として僕には、「ひとそれぞれ」があったわけです。
でもしかし、それだけではなかなかうまくいかない。
いっぽう今の学生たちはやたらと「絆」と「地元」を使うんですね。学生が書いてくる文章に「やはり絆は」とか「やはり地元は」とかが多いんですよ。「あれ? この子たちってそういうのを疑ってみたことないのかな?」と思ったんですね。
よく考えてみたら、いまの学生は「ひとそれぞれ」が当たり前のところから始まっているからこそ、「絆」や「地元」になっているのか、と。
逆に、「地元」や「絆」っていうのにすごく縛られていて、自分を主張できない子もいるんです。男子学生が授業中に一緒にトイレに行くとかあるんですね、いっつも一緒に。なんか変な感じなんですけど。で、僕が「お前らトイレ行ったり、食事したり、いつも一緒だね」って聞くと、「いやあ、本当はそんなに仲良くないんですよ。まあめんどくさいけどそういう流れになっちゃって」って。で、そいうことはよくあって、「本当はひとりで集中して文章書きたいんですけど、なんかあいつと一緒にべらべらしゃべっちゃってすいません。本当は僕はひとりで書きたいいんです」なんて授業後に言ってきたりして。お前もうちょっとはっきりしろよ、みたいに僕は思うんですけど。
それで、彼らは「ひとそれぞれ」から出発して、「絆」や「地元」に憧れて、いいものだと思ってつながったけど、それに逆に縛られてるなんてそんなこともあるのかなって。そんなことも今の問題としてあるのかなと思います。
で、もうひとついま興味があるのは「めんどくささ」、というか「ぐずぐずする」ということなんです。哲学は原理の学問とも言われていて、いろんな問題をすっきりさせる言葉を提出して、その言葉が原理なんですけど、その原理が手に入ればすごい、とその答にすぐにパッと飛びつきたい、というイメージもあるかと思います。
だけど人はもうちょっと「ぐずぐずする」と思うんですよね。腑に落ちるのはやっぱりぐずぐずしてたから腑に落ちるんです。自分で判断しろって言われるけどなんかめんどくせえな、流されちゃうタイプなんだよね俺、とか。そういったぐずぐずした感じ、そこをこれからうまく言葉にできていけたらいいし、哲学からもいろいろ拾っていけたらいいかなって思っているんです。
原理ってすごく大切なんですけど、そこまでいかないぐずぐずさがうまく形として取り出せるといいかな、と。そこがなくて、最初に原理がきちゃうとなんか面白くないというか、こっちがぐっと引き込まれることもあんまりない。

沢辺 身につかないんだよね、きっと。俺が評価したんだ、俺の判断だ、といくためには、「ひとそれぞれ」で揺れてしまったこととか、どっかに権力がありゃいいのになって逃げ込みたい気分になったり。それらをくぐった後の俺だ、というんじゃないとね。大学生ぐらいが俺が評価だって言ったって、すごく薄っぺらくなる。

石川 そうなんですよ。その途中の揺れがないと哲学もおかしなことになる。

futari.jpg

●いいでもなく、悪いでもなく、「こういう生き方はそう悪くはない」

石川 ぼくは原理っていうのはすぐ入っちゃ生きてこない、と思っています。たとえば、ヘーゲルには「承認」という言葉があるんですけど、その原理を出す前にヘーゲル自身もかなりグダグダしてるんですよ。そこの醍醐味があってこその原理っていう感じ。そこの揺れが上手く生きてこないと哲学ってやっぱり死んじゃうなって。そこのグダグダも含まれてないと、それこそ沢辺さんや僕が「評価っていうけどひとそれぞれでいいかなー。みんなで民主的に決めたほうがいいかな」って悩んじゃうことがないと生きてこないんじゃないかな、哲学は。そういう感じを持ってますね。

沢辺 俺は哲学に限らず、楽に生きるって言うと語弊があるんだけど、困らないとか、肩がこらないとか──なかなか当てはまる言葉がないんだけど、そういうふうに生きていける社会にするためには、今言われたような両方のブレのなかで、まあこのあたりかなっていうところでぎりぎり確保しておく。でもこれも常に揺れるわけよね。というか、むしろずっと揺れてなきゃいけないんだよね。そしてその揺れてる自分を承認することが大事。
だって、俺も常に100%正確なジャッジなんてできない。だけど100回のうち80回くらいはなんとかまともなジャッジができてるってことを目指す。間違ったときはゴメンって言える楽さもおいておく。でもそれは、いきなりそこにはいけなくて、さんざん困ったなーって過程が必要だってことなんだよね。

石川 そうなんです。
承認というキーワードはいまどれくらい注目されているかわからないけど、このキーワードの意味は、簡単に言えば、認められることとか誉められることだけど、それを言うためには、一方で人と関わるということはめんどくさいことだとか傷つきたくないとか、それが一緒にセットで出てこないと意味がない。ヘーゲルは一緒に出してるんですよね。
それから沢辺さんのお話聞いてて思い出したんですが、僕は時々哲学の講義で、だいたいニーチェくらいまでくるとこういう話をするんです。ニーチェは生の肯定の人だから、生の肯定っていうと、大ざっぱに言うと「生きててよかった、元気が出る!」って感じだけど、そういう風に言っちゃうと、なんかちょっと過剰な感じがするよね、と。
そこで、僕が何を挙げるかっていうと、水木しげるの言葉なんです。僕は水木しげるがすごく好きで、その水木しげるのエッセイの中に、人生自分の好きなことやってもいいよ、みたいな話が出てくるんです。で、ぼくが授業で言うのは、自分の好きなことをやる人生はいいよ、っていうことがメインじゃなくて、一番最後に水木しげるが、そういう生き方は「悪くはない」って言っている、その「悪くはない」と言えるかどうがけっこう大切なんじゃないか、いうことなんです。
ぼくらは人生はもういやだと悲観するときもあるし、一方で、なんか「いいぞ人生って、どんどん力が出てくるし生きててよかったわー」みたいな過剰なよろこびの一瞬もあるかもしれないけど、実は、一番大切なのは人生「悪くはない」って言えることじゃないかと。文法的な話ですけど、良いでもなく悪いでもなく、ブレながらも「悪くはない」って言えるような、そういうのが人間大切なんじゃないかなって思いますね。
この話を授業の最後にやるんです。みんなこれからいろいろあるかもしれないけど、「悪くはない」って言える人生って大切だよ、と。

沢辺 それも本当にそのとおりだと思うよね。
よく好きな仕事に就けなきゃいけないと言うけどさ、俺自身、好きな仕事を選んでやってきたという実感は全くない。むしろ、これやんないと飯食えないなとか、締切があるしなーとかそんな程度の小さな選択の積み重ね。けれど、そういう選択の結果、今がある。それを今、「沢辺さん好きな仕事やってますか」と聞かれたら、「まあね」と俺は言えるとは思うが、それって別に目指してきたわけじゃなくて結果なわけです。何で「まあね」という曖昧な言葉になるかっていうと、せいぜい「悪くはない」くらいのことでしかない。で、それでもいいんだっていう感覚が何となく持てたのは、やっぱり一回一回、小さな選択をしてきたから、そう言える。だから、若い人に好きな仕事を目指せって言うことを押しつけるのは、酷だなあ、と。

石川 本当にそう思いますよね。みんな最初にすごい目標を置いてやらなきゃいけないんじゃないかと思ってて、夢に向かって、みたいなのが年々増えているような気がする。僕の周りだけかもしれないですけど、すれてる子がだんだん減ってるんですよね。文章を書かせてもそうなんですけど、「夢に向かって」「頑張ります」って。何か大変だなって思うんですよね。すごく大きな夢を実現してすごく「よい」人生送らないといけないと思っちゃってて、それってある意味で脅迫なんじゃないか、そういう大変さがあると思います。だからそういう子たちにいい言葉がないかな、と。だから、「悪くはない」っていう言い方はすごくいいんだよ、って言うんです。

●「見通せることの不自由さ」を抱える若者

沢辺 そういう社会になったのは哲学的に解説するとなぜなんですかね?

石川 哲学的にというと……うーん、哲学的な解説ではないけれども、頑張れば何とかなるって感じがけっこう広まって来たってことなんですかね。

沢辺 例えば竹田さんの言い方を借りれば、自由を獲得できる道ができたっていうのが近代社会。で、現実に職業選択も自由になったわけだよね。で、それなりの自由を獲得してしまうと、自由を使わないといけないという逆転が起きてるってことなのかな。

石川 そう。自由を使わなくてはいけない。それから本の最後のほうにも書きましたけど、なんにでもなれる自分とこうでしかあり得ない自分っていうのを強く意識せざるを得なくなった。いまの子どももそうだと思うし、僕だってそうだったんですけど、「なんにでもなれるよ」って言われて育てられてきたわけですから。昔は違いますよね。

沢辺 お前は俺の後を継いで百姓やるんだから、今から草取りやっとけ、と。おまえの職業は決まってんだって言われてたわけだよね。

石川 そうなんですよ。それが、今度、自由の困難さに直面している。僕自身そうなんですけど「ひとそれぞれ」って言えること自体すごくいいこと。けれど、そのあと、なんですよね。そのあとの時代を生きる私たちはどういう困難さを持っているのか。自由に夢に向かって生きていいよって言われる時代に、人はまた苦しみを抱える。そういう時に一体どういう言葉が役に立つか。その苦しみの中身も含めて、僕はちょっと考えてみたいなと思っています。
さっきすれた子がいない、減ってるんじゃないかと言ったんですけど、でも実際は、夢に向かってゴーと言われて育ってきた子が、そうは言っても夢の通りに自由に何にでもなれるわけではないわけです。いまどきの若者は、どのように不況を知って、どのように就職できない現実を知り、一体どのように冷めていくのか。「現代の若者のさめてる事情」といったものを、一回ちゃんと調べてみたいと思っているんです。

沢辺 俺の知り合いの子どもが小5のとき、将来の夢は部長だと言っててさ。社長にはなりたくない、めんどくさそうだから。夢を持とうという社会なのに、社長は大変そう、でも、かといってペーペーはやだから部長。小学生でも、けっこうリアリティを持って考えちゃってる気がするんだけどね。

石川 ただ、いきなり部長にはなれないですよね(笑)

沢辺 そこは小学生の抜けてるところで(笑)。
俺はね、若い子たちも、将来の見え方というか自分の見通しは実は漠然と持っているんじゃないかなと思う。先生に将来の夢を書きましょうと言われたら、公式発言としてフライトアテンダントになりたいとかこういう職業につきたいとか書いちゃう。でも本当にそう思ってるかっていうと、どっかにそれは実は自分には難しいかも、ってことも解っている気がするんだよね。
ポットでは『ず・ぼん』という図書館関係の本を出していて、2年くらい前に、司書課程を専攻している大学生の座談会をやったのね。きてくれたのは、みんな女子学生だったんだけど。
今、図書館の司書事情がどうなっているかというと、司書になって公立図書館で働くという道はほとんどないんですよ。通常の公立図書館で働くには、公務員試験にまず受からなければならない。しかも公務員になっても、図書館司書という枠があるわけじゃないので、図書館に配属される可能性はさらに少ない。さらに、図書館業務の委託化が進んでいて、委託職員だと給料はものすごく低いわけ。せいぜい高くて1,400円くらい。しかも昇給はほとんどなし。そういう就職状況は、出席してくれた学生たちはみんなわかっているわけです。
で、その中に短大生とわりと名のしれた4年生大学の学生がいて、いわゆる社会で言われている偏差値でいうと、いっぽうは偏差値のさほど高くない大学で、いっぽうはそこそこの大学。そうすると、これは俺が勝手に感じただけかもしれないんだけど、就職に対する向かい方が、如実に偏差値の差を反映しているような気がしたの。4大生は、司書になってもしょせん生涯給料は安いし、下請けだし、委託だし、だからどうしようかなって悩んでいる。いっぽうの短大生は、そういうよろしくない労働条件に対して違和感をさほど持ってないっていうか、むしろ、短大なんてなかなか取ってくれないし、みたいな向かい方。つまり、なんとなく自分の学校の偏差値とかで、選べる道が解ってるような気がするんですよ。
「見通せちゃうことの不自由さ」っていうのがどうもある気がする。

石川 そうですよね。逆に、見通せなくて可能性のある時代っていうのはあったんでしょうか。景気のいい時代とかはありましたかね。

沢辺 いや、俺はなかったと思ってる、結局は。いつの時代も常に同じことを抱えてるんじゃないかと思うけど。
例えば俺の親父。今88歳で、アルツハイマーになってボケちゃってるんだけど、まだ60歳くらいの時かな、久々に話した時に、俺は若い時に芝居やりたかったんだよなって言い出した時があってさ。親父は浅草に住んでて近所に芝居小屋があって、「小さいときは大人の人の脇にくっついて入っていつも観に行ってたんだよ」って言うんです。三益愛子っていう大女優がいたんですけど、その三益愛子さんがね、「坊や毎日来てるわね」って頭撫でてくれたんだよって言ってさ。だけど生活のために、その道は諦めたんだって言ってて。当時、自分の生まれた家庭環境を見れば、自分が何ができるのかは見通すことができていた。
で、親父よりもうちょっと後で、中卒が金の卵といわれた時代。地方から集団就職で上京した人たちがたくさんいたけど、その人たちは田舎の地域共同体から抜け出る自由は獲得したかもしれないけど、好きなことも何も考えもせずに、田舎から出れるというだけで都会に出て来た。だからある程度見通せてたわけでしょ。
70年代になってもやっぱりないんじゃないかと思いますね。よしもとのお笑い学校があるけれど、あれだって、勉強ができなくてもお笑いなら自分もできそうな気がして学校に入る。でもテレビで紳助みたいになれるとは思ってない。多分かなり分かってる気がするんだよね。

●「哲学」の原理を活かす「文学」の可能性

石川 さっき、現代冷めてる事情を知りたいと言いましたけど、考えてみたら、もっというと人間ってどっかで冷める時っていうの結構あるんですよね。

沢辺 そうそう。俺は冷めてることはいけないことではないと思ってる。

石川 そう思いますね。

沢辺 当然でしょ。生きる知恵だもん。

石川 なんかそういうのを、うまい感じで言葉にできないかな。
夢、冷めてる、と来て、あんまり関係ないかもしれないけど、笠井潔さんに、現代の文学や社会を「妄想」ってキーワードで語っている文章があって、そういえば、学生がよく「妄想」という言葉を使うんですよ。好きな彼と一緒にデートして、あーしてこうしてとかわいいデートの話をして、それで最後に、なんか「妄想」しちゃった、私、って。でも我々から考えると、「妄想」ってもっと怖いものだって感じしますよね。「想像」じゃなくて、「妄想」っていうところ、そこら辺もちょっと面白いかなって。
それから、これも関係ないかもですが、女の子が最近、私は「ドSだから」とか「ドMだから」とか言いますよね。それで、SMってどういう言葉から来てるか知ってる? って話をすると、えーやばいとか言ったりして(笑)

沢辺 へー、しらないんだ。

石川 サディズムもマゾヒズムも知らないんです。
あ、「妄想」で思い出したんだけど、僕、漫画家の花くまゆうさくさん好きなんですよ。『ダメ人間グランプリ』(青林工藝社)っていう漫画があって、エロ本の『スーパー写真塾』に連載してたものなんですけども、結構妙なリアリティがある。いまの若者のそういった「妄想」の一部を取り上げてる感じがするんです。

沢辺 サブカルチャーのどんな人が好きなの?

石川 花くまゆうさくさん、それから、やっぱり、みうらじゅんさん。みうらさんの『アイデン&ティティ』(角川文庫)なんかはバイブルですね。しりあがり寿さん、リリー・フランキーさんも好きだし。さいきんのひとではタナカカツキさんの『オッス!トン子ちゃん』(ポプラ社)なんかも読みましたね。その漫画は、前衛芸術かぶれのひとが出てきて、まあ芸術幻想が強くて、しかしその幻想だけでは生きられないというような。竹田さんは、ロマンという言葉を使いますけど、ロマンは試されなくては生きられないっていうような。いちがいには言えないですが、そういうテーマを持った作品がけっこう好きですね。
サブカルチャーでは、そのロマンでぐずぐずになってる人が描かれていて、そういうところがやっぱ僕が惹かれるところですかね。
学問になると若者のダメさを分析してみたりとか、若者の動向を統計で調べてみたりとか、見田宗介さんだったら「理想」の時代、「夢」の時代、「虚構」の時代とかキーワードを置いて考えているけど、サブカルチャーの世界だとそういったロマンに囚われておかしくなってる人間がちょっと異常な感じで描かれるところが、きますね、僕には。

沢辺 文学ってのはそういうことなんですかね。

石川 文学も好きです。

沢辺 哲学のように理屈理由はつけられないんだけど、ズルズル惹かれてっちゃうようなものがきっと文学なんですかね。

石川 僕はやっぱりそういうものがないと哲学が生きてこないし、竹田さんがいいと思うのは、竹田さんにそういう感性があるからなんです。『自分を知るための哲学入門』なんて3分の1くらいダメな青春時代みたいな話ですよね。ああいうのがいいんですよね。あれがあって原理が生きてくるっていうか。僕はそういう考えで。
昔、加藤典洋さんが「竹田の現象学っていうのがある。あれはなかなか大した考えだけども、文学っていうのはちょっと違うんだ。文学っていうのは誤りうることがテーマなんだ」と言ってて、「誤りうることってなんなんですか」って聞いたんですが、その時点ではむずかしくてなかなか僕には解らなかった。
いま沢辺さんとお話していて思ったのは、僕がなんでそういうのが好きかって言うと、誤りうることというのは、人間グダグダするんだ、っていうことなんだと思うんですね。哲学は原理を提示するけれど、文学は、人間がその時、その時代で、あるいはもっと普遍的に、人間というものがグチグチとしながら行ったり来たりする、そこをちゃんと言葉や物語にしていくんだっていう感じかなあと、いまそう思えて。そういうところが結構好きなんですよね。

沢辺 そうだよね。それは物語じゃないとダメなんだよね。それは哲学ではカバーしきれない領域かもしれない。

石川 哲学にもそういう部分もあって、ヘーゲルはもうガチガチの論理で書いているようにみえますが、じっさいもそういう呪文のような言葉で書いているんですが、彼が語っている「自己意識の自由」の3類型というのがあって、これは難儀な自己を抱えた三つの類型、という感じなんですが、これをイメージでいうと、こんな感じなんですよ。一つめのストア主義というのは、要は引きこもり。で、二つめのスケプシス主義というのは、ニヒルなカッコいいやつ。三つめの不幸の意識っていうのは理想と現実で引き裂かれる人間。なんかそういうところが面白いっていうか、物語になってるって感じがするんですよね。

沢辺 なるほど。竹田さんもたぶん言ってると思うんだけど、その哲学者が生きてきた時代背景だとか、その人がどう生きてきたのかってこともまた重要だ、と。
俺の友達で大学で哲学を教えてる人がいるんだけど、その人は誰かを取り上げるときは顔写真を必ず見せるそうなんです。人となりが、顔に出るみたいなことあるんだ、と。
生きてきた物語が、哲学の理解の助けになるみたいなことってあるよね。
もっと言うと、たぶんヘーゲルはそういうことを含んで読まないと、なんかよく解んないということもあるし。

石川 そうですよね。ヘーゲルがそうやって悩んできたことを自分なりに言うとなんだろうな、引きこもりかなとか、人と関係するのが怖いとか、そんなような自分の中の翻訳装置を作っておくこと。また逆に紹介するときにちゃんと翻訳してつなげていく。そういうことが大切ですかね。そういうことのためにちゃんと文脈も調べてみるってことが大切だと思いますね。

●哲学者を引っ張り出さないで「哲学」する

沢辺 じゃあ、最後に、次に何か考えてらっしゃいますか?

石川 はい。さっきちょっといいましたけど、グチグチした人間のあり方というのが、実は哲学の中ではけっこうありましてですね、悩みの形というテーマで哲学を斬ってみたいなというふうに思ってます。いま企画中なんですけど、あんまり最近では取り上げられないショーペンハウエルとか、モンテーニュとか、そういう人も取り上げつつ哲学の面白さを紹介していきたいなと考えています。
モンテーニュという人は、小学校のホームルームでみんなでなんか決めようって時に、隅っこで、俺はそういうの関わらねえよっていう人。モンテーニュのキーワードは「宙ぶらりん」なんですね。で、そういうあり方をどんどん見ていって、やってみたいなって思ってます。

沢辺 僕はね、もし仮にお願い出来るとすればさ、哲学がもうちょっと現実に生きるような仕事をできればしてほしいなって思いがある。偉そうな物言いになってしまうけど。
今、社会のあり方がアンチノミーというかニヒリズムっていうのか、どうしたらいいのっていうことになってる気がするんですよ。その時にもうちょっと哲学が手伝ってあげることってないのかなと思う。
それともう一点は、現実の社会の困難にもう一歩回答を与えるような仕事。竹田さんの「現象学」を読めば回答があるんですよ。俺はそうだと思う。だけど、もう一段伝わるものにしたい。それをどうやったらいいのかは解んないんだけどね。
それから、もう一つ、今の若い人たちの困難は俺たち以上の困難がある気がしているんです。社会全体で言えば、竹田さんが言うようにどんどん自由になっていて、近代ってそんなに捨てたもんじゃないよっていうことはベースにはあるんですけど、しかし現象的に言えば、夢を持つのがいいことだっていうのは、結構とんでもねえなって思ってたりする。

石川 僕は例えば「ひとそれぞれ」から入ってどういうものが見えてくるのかっていうのはやっぱり考えてみたい。
実は僕は、哲学者の解説をしなくたって哲学はできると思うんですよね。もちろん、現代的な視点で哲学者を解説することはとても重要だと思うし、これからもやっていきたい。けれども、考えるってことが本当は大切で、哲学者を引っ張り出さなくてもできる哲学にもチャレンジしてみたいです。さっきも言ったように、悩みのかたちで哲学を紹介して、そこでもし悩みのかたちが取り出せたら、もう後は哲学者の名前そのものはいらないと思うんですよ。整理できたわけですから。そうした作業で取り出されたものを使って今度は具体的な事例と一緒に考えていきたい。
でもそういう時にどういう素材が必要なのか。例えばサブカルチャーや文学作品とか取り上げたらいいのか、あるいは、事件を取り上げた方がいいのか、あるいは、学生たちとかなり接していろんな証言を求めたらいいのか、と切り口をどうしたらいいのかっていうのが今考えているところですけど。

沢辺 いや、もう僕はさっきからずっと、次は若者のインタビューじゃないかと思いますけどね。出来るだけ濃い話を聞いていく。

石川 ちょっとやってみたいです。いろんな子に話を聞いてみようかな。

沢辺 ぜひやりましょうよ。