2010-07-20

30歳までにライブをやるぜぃ! [下関マグロ 第29回]

僕らは、バンドを組んで、30歳になるまでライブをやるという目標ができた。とはいえ、時間はあまりなかった。なにせ伊藤ちゃんは半年後の1月23日で30歳になってしまう。急がなければ……。

そんなわけで、岡本くんを伊藤ちゃんが車でピックアップして、荻窪の僕の部屋に集まる日が増えた。バンドについての話し合いが目的だったが、いつまでもパートも決まらず困っていた。そんななか、最初に決まったのはドラムだ。人間ではなく機械に任せることにしたので、誰からも文句が出なかったのだ。

あるとき、2人がいろいろな機械とシールドやらを抱えて僕の部屋にやってきた。

機械のひとつはドラムマシーン。いろいろなドラムのリズムを刻んでくれるものだ。これはおもしろいのだが、使い方はいまひとつわからなかった。そしてもうひとつはマルチトラッカーという録音機だ。カセットテープにダビングする機械だった。

「とりあえずドラムはこのマシーンにまかせればいいよ。曲作りには、このマルチトラッカーが役立つと思うよ。二人とも楽譜は書けないんでしょ」

音楽の才能あふれる岡本くんは、大学時代のバンドではキーボードを担当していたが、ギターも巧みで、要するに何でもできる男だった。

「わし、ベースやったことないから、ベースでもいいかな」

と続ける岡本くんに、僕はすかさず反対した。

「ダメダメダメ! 僕ができるのはベースくらいしかないから!(それだって心もとないんだけど……)」

僕は高校時代にバンドをやっていて、担当はベースだった。ただ、ベースギターそのものは大学時代に質屋に入れ、金が返せず流してしまったため、手持ちの楽器はない。

「伊藤ちゃんはどうする?」

岡本くんが聞くも、伊藤ちゃんは「うーん」と沈黙したままだった。

「伊藤ちゃんは花があるしさ、やっぱりミック・ジャガーみたいにヴォーカルがいいんじゃないの?」

僕がそうアドバイスした。

「ははは、こうやってやるの?」と、伊藤ちゃんは苦笑いしながらミック・ジャガーの真似をしたが、「無理だよ」と降参し、僕と岡本くんも納得した。

「じゃ、ギターやれば?」

というわけで伊藤ちゃんは、後の「カブキロックス」のギタリストである青木くんとともに新宿の楽器屋へエレキギターを買いに行き、僕は荻窪の古道具屋で安物のベースを購入。

「じゃ、ちょっと練習してみようか」

僕たちが最初に作ったのは「ベースボール」という曲だった。基本的に詞は伊藤ちゃんが書き、曲は僕がつけた。

「ありがたいのは、ベースボール♪」

というサビの曲で、プロ野球ばかりを話題にする人を揶揄した歌だった。
伊藤ちゃんは僕よりはギターがうまかったが、それより岡本くんのほうがもっとうまかった。それで、岡本くんがギターということになり、買ったばかりの伊藤ちゃんのギターは岡本くんに預けられた。

「さて、じゃ伊藤ちゃんはどうする?」ということになる。

「パーカッションはどう? 今は電子パッドのようなものがあって、いろいろな音が出せるものがあるよ」

岡本くんがそう言うので、楽器屋にそれを見に行った。僕たちはこのころ、毎日のように楽器屋へ通い、ああでもない、こうでもないと言い合っていたが、とにかく伊藤ちゃんが電子パッドを購入し、夏前にパートは決まった。

曲を作り、練習をする日々が続いた。そんなとき、僕はよく岡本くんに、こんな無責任な発言をしていた。

「会社やめちゃえば?」

というのも、僕や伊藤ちゃんはフリーライターだから、平日の昼間だって、練習ができた。が、岡本くんはソフトウエアの会社に勤務するSEで、残業も多く、平日はほとんどダメ。練習できるのは、土日だけだった。

「脳天気商会っていうのは、バンドなんだけど、編集プロダクションでもあるっていうのはどう?」

そんなことを言いながら、僕は急須で2人にお茶を入れた。そして、僕も自分の湯飲へお茶を注いだ。あれ、なにか口の中に入ったぞ、なんだろう。口の中に入った物体を出してみると、なんとそれはゴキブリだった。

「ギャー」

という悲鳴がマンション中に響き渡った。その瞬間、僕は引っ越しを決意した。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

このエントリへの反応

  1. [...] 引越し後も、年内にライブをやるためにバンドの練習はしていた。いつものように三人で練習をしていたら、玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると知らない若い男が立っている。そ [...]

  2. [...] 脳天気商会のライブのために楽器を買ったときは、競馬で儲けて金があった。まっさんに金を貸したときも同じだ。そうでなくても、懐が温かいとすぐに使ってしまうクセがあり、遅れ [...]

  3. [...] 脳天気商会のライブのために楽器を買ったときは、競馬で儲けて金があった。まっさんに金を貸したときも同じだ。そうでなくても、懐が温かいとすぐに使ってしまうクセがあり、遅れ [...]