2009-09-14

北尾トロ(伊藤秀樹)への原稿発注! [下関マグロ 第8回]

広告代理店ハリウッドにいた1984年の夏、僕はけっこう自由にあちらこちらに出歩いていた。

前にも書いたように仕事のひとつは、雑誌編集部を訪れて、オリーブオイルを読者プレゼントのコーナーで取り上げてもらうためだ。

当然ながら、僕が昔いたスワッピング雑誌『スウィンガー』にも足を運んだ。

『スウィンガー』を発行する出版社は乃木坂にあった。

この年の夏、まだ会社は平和だった。実は数年後にはいろいろなことが会社に起こるのだ。たとえば、会社をやめた社員のひとりが、投稿をしていた夫婦を恐喝し、逮捕されるという事件を起こした。読者や投稿者の情報をしっかり管理しなければならないこの手の出版社にとっては致命的な事件だったかもしれない。

余談だが、1984年といえば、ロス疑惑が報じられ始めた時期で、同じくスワッピング雑誌であった『オレンジ・ピープル』がパーティに参加している三浦和義の写真をマスコミに出していた。テレビなどにもよく出ていた写真だ。この事件が国民的な大事件として興味を持たれるひとつの要因だったかもしれないが、スワッピング雑誌として、情報管理はどうなっているのかというような疑問を読者や投稿者に与えたのも確かだ。

さらに会社のゴタゴタは続く。金銭関係のトラブルから会社が乗っ取られてしまうのだ。そのため社長が会社を追い出されるということになった。この社長は名前を田中浩といった。「わんぱくでもいい」というハムのコマーシャルなどで有名な同姓同名の俳優もいたが、もちろん別人だ。この人の経歴はおもしろく、以前は藤村有弘という俳優のマネージャーをやっていたそうだ。藤村有弘といっても今の人は知らないだろうが、僕たちの世代にとっては馴染みが深い。NHKで夕方やっていた人形劇、『ひょっこりひょうたん島』でドン・ガバチョ(初代)の声をやっていた人である。また、日本映画には欠かせない名脇役でもあった。ところが、藤村有弘は、48歳という若さで急死してしまう。

たぶんそのあたりから、田中氏はスワッピング雑誌に関わることになったのだろう。最初は『ホーム・トーク』という日本で最初のスワッピング雑誌の編集長をやっていたようだ。そこから営業の社員などごっそり引き連れて独立し、『スウィンガー』を創刊したのだという。

田中社長は、編集にしろ経営にしろ素人であったし、やり手ではなかった。そのため、資金繰りなどのためにスジのよくないところから金を借りていたようだ。

しかし、田中社長は楽しく気のいい人であった。社員のことを「お前さん」と呼ぶような江戸っ子であった。浜田山に素敵な家があり、そこにも何度かお邪魔し、食事をさせていただいたことがあった。きれいな奥さんに、美しい高校生の娘がいた。また、夏には静岡県下田市にあった藤村有弘の別荘だったというところで過ごさせてもらったりした。

そんな田中社長は会社を追い出され、別の会社から同じような名前の雑誌を出していたが、残念ながら若くしてお亡くなりになった。まだ50代ではなかったろうか。

しかし、それらは、これから起こることで、1984年の夏、まだ『スウィンガー』編集部は平和であった。

「増田くん、いい書き手の人はいないかなぁ」

編集長の佐々木公明さんからこんなことを言われた。当時の『スウィンガー』誌には、富島健夫や寺山修司などといった有名な作家がコラムなどを書いていた。今から思えばなかなかすごい雑誌だったといっていいだろう。

「ええ、いますよ」

僕は安請け合いをしてしまった。書き手といって頭に浮かんだのは、イシノマキで知り合った伊藤秀樹だった。

彼はイシノマキでも、当時有名な女性ミュージシャンなどをどんどん取材するやり手のライターだ。そんなことを佐々木さんに話した。

「だったら、原稿もらってきてよ」

内容を聞いたら、なんでも自由に書いてくれていいと言ったのは覚えている。たぶんここで、くわしい文字数などを聞き、そして僕は伊藤秀樹に原稿を発注したのだろう。

実際のところ、僕はこのことをくわしく覚えていない。北尾トロのこのシリーズの原稿を読んで、自分が原稿を受け取って届けたりしたんだということがわかった。掲載誌ができたとき、2冊ほど彼に渡したのはかすかに覚えている。

ところが、驚いたのは、これが北尾トロ(伊藤秀樹)が最初にやった署名原稿の仕事だということだ。当時彼はそんなことはおくびにも出さなかったと思う。もし聞いていたら、原稿を発注しなかっただろう。僕はすでにジャンジャンバリバリ活躍しているライターだと思っていたから、彼に原稿を頼んだのだ。

しかし、人生はおもしろいもので、こうして僕は伊藤秀樹という人と親密になっていくのだ。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった