2011-06-13

続・2010年代の出版を考える@阿佐ヶ谷ロフトA

「電子書籍元年」といわれた2010年。その総括と、「2010年代の出版はどうなる?」をテーマに自炊・制作体制・売上・著作権管理などなど、出版と電子書籍にまつわるあれこれを語る2011年3月1日に阿佐ヶ谷ロフトAで開催しました。
出演者は、前年に行なった「2010年代の出版を考える」に引き続き、橋本大也(ブロガー・「情報考学」)、仲俣暁生(フリー編集者・「マガジン航」編集人)、高島利行(語研・出版営業/版元ドットコム)、沢辺均(ポット出版版元ドットコム)の4人とゲストの鎌田博樹(「EBook2.0 Forum」編集長) 。
今回は、イベントで繰り広げられた約5,6000字分のぶっちゃけ&ぐだぐだトークを、がっつり公開いたします。
USTREAMで中継された映像はこちらで視聴できます。

はじめに

仲俣 このイベントは昨年の2010年2月1日に、ここ阿佐ヶ谷ロフトAでやったイベント「2010年代の出版を考える」の続編です。電子書籍が非常に話題になっていた中で、前回は発作的にやったイベントだったんですが、140人くらいの人にいらしていただいて、たくさんの話をしました。
 その時のイベント内容はポット出版から『電子書籍と出版』(高島利行、仲俣暁生、橋本大也、山路達也、植村八潮、星野渉、沢辺均)として本になり、電子書籍(.book)になりました。ただ前回取りこぼした話題もあったし、あれから1年経って、上手くいったこと、いかなかったことも含めて反省会というか、経過報告会を、再び前回と全く同じメンバーでやったらどうかと思いついたわけです。
 途中からゲストの方をお呼びしたり、会場で出版業界やIT関係の方もいますので、飛び入り発言や途中での質問は歓迎という形でやっていきたいと思っています。Twitterのハッシュタグは「#lofta」です。
 僕は仲俣と申します。フリーの編集者で去年、電子書籍に関する書籍を何冊か編集したり書いたりしました。それから「マガジン航」という電子書籍のボイジャーが発行するウェブメディアをやっています。

沢辺 ポット出版の沢辺です。ポット出版というのは出版もやってますが、編集・制作・デザインプロダクションもやっていて二足のわらじで飯を食っています。スタッフがいま14名。電子書籍についていえば、権利関係が整わない場合は先送りしてるものもありますが、2010年の1月からの新刊は基本的にすべて出すという方針でやってます。よろしくお願いします。

橋本 橋本です。ブロガーと会社経営をやっています。ブロガーとしては、「情報考学 Passion For The Future」という書評ブログをやっています。年間500冊本を買って、300冊読んで、200冊書評をブログにアップするというのを8年くらいやっているので、これまで書いた書評記事は1,600冊か1,700冊くらいあります。書評を一回書くと、その本がよく売れるみたいです。『フェルマーの最終定理』(サイモン・シン、新潮文庫)という数学の本の書評を書いたら、なぜかすごいバカ売れしたりしてて、どういう読者なんだこのブログって感じで怖いんですけど(笑)、そういうわけで書評ブログをやってる本大好き人間です。最近は仲俣さんと一緒に『ブックビジネス2.0』(岡本真/仲俣暁生/津田大介/橋本大也/長尾真/野口祐子/渡辺智暁/金正勲、実業之日本社)という本も書きました。これは電子書籍にもなってます。
 もうひとつの立場はデータセクションというネットのクチコミの分析会社の経営です。GoogleとかYahoo!のような検索エンジンの仕組みを運営していて、ネットで書きこまれたTwitterやブログなどを自社のデータベースにだいたい月間1億件取り込んでいて、日本最大級のブログのクチコミデータベースというのを作っています。
 そのデータは販売したり、コンサルティングに活用します。データの販売先は例えば金融機関。リスクマネジメントとして何かヤバイことを書かれてないかっていう風評リスク検知ですね。コンサルティングの方は広告代理店やメーカーさんに対して、いま何が流行っているのかとか、広告キャンペーンにはどういう効果があったのかというマーケティングリサーチですね。
 なので公私共にソーシャルメディアどっぷりなところがあります。あとはデジタルハリウッド大学と多摩大学大学院でマーケティングについての先生をやっています。

高島 語研という小さい語学専門の出版社でずっと営業をやっている高島です。語研の前に勤めていた出版社でも営業をやっておりました。最近は営業といっても書店にはあまり伺ってなくて、内勤がメインでやっています。

それぞれの「電子書籍元年」報告

仲俣 2010年は「電子書籍ブーム」というか、「電子書籍語りブーム」という状況でした。今日は家にあった、電子書籍という言葉が出てきそうな本を全部持ってきました。ここにない本もありますが、だいたい20冊くらい出てる。僕はだいたい読んでるんですが、じゃあこれらの本が電子書籍になったのかというと全部はなってないし、電子書籍になっていても実は紙の本のほうが売れていたりする。
 最初に、そうした電子書籍の「来る来るブーム」で盛り上がった割には実際どうだったんだろうという話をしていきたいと思っています。電子書籍に限らず去年のイベントから今日にいたるまで、どんなことがあったり、どんな活動をしたり、どんな話をしたいかってことを、高島さんからお願いします。

高島 去年このイベントに出て、電子書籍の話をよくわかってないのにいろいろ話したものですから、詳しいと思われたらしく、あの後いろんな出版社の人から電子書籍の話を聞かせてよって言われました。実はうちの会社では電子書籍は出しておりません(笑)
 語学専門出版社なので別売でMP3の音声データのDL販売や、本とは少し違いますが、学習コンテンツとしてeラーニング教材の販売などをやっています。その関連でいくと、去年から今年にかけて音声のDL販売は相変わらずなんですが、去年の暮れぐらいに久しぶりに携帯電話のコンテンツ提供をしました。無料のクイズなんですが、ビックリするぐらい人気が出て。今までiPhoneのアプリとかも一応会社でやっていますが、大して金にならねえなってみんなで話していて、やっぱりしばらくまだケータイでいけるなって踏んでます。
 それから出版関係ではこちらの沢辺さんと私は版元ドットコムという団体で活動をしていますが、その絡みで2011年4月から日本出版インフラセンター(JPO)というところが始める「近刊情報センター」の立ち上げのスタッフとして、昨年の夏くらいからずっとお手伝いしています。これはもうすぐ出る本の情報を全部一元化して、少なくともいまAmazonに入るのと同等の情報をリアル、オンライン問わずどんな書店でも手に入るようにする。その上で出版社としては今まで以上に予約に力を入れていこうという流れです。今まで出版社は著者からの圧力もあって、Amazonにはすごく熱心に情報を出すのに、他のオンライン書店やリアル書店へ近刊情報をなかなか出せなかった。そもそも情報提供のフォーマットも決まっていませんでした。それを一元化することで出版社から容易に近刊情報を出せて、どの書店にも行き渡るようにすることができます。
 あとはもう一つ、やっぱりこれも沢辺さんとやっていますが、国立国会図書館を中心に「全文テキスト化実証実験」にも参加してます。Google Book Searchが日本に上陸するということで、権利問題で大騒ぎになってましたよね。うちの会社も中身が検索できるように本を提供してますが、このGoogle Book Searchを純国産でできないかということで始まった実験です。うちの会社としては日本語と外国語が混じった横組の本で検索をかけるというのは、一つの事例として面白いかなと考えて参加しています。この辺は沢辺さんのほうが詳しいかなと思うのですが、なかなか一筋縄ではいかないですね。
 それ以外にここ最近の感心のある話題としては、読み手を育てる場としての雑誌がすごく大きく変わりつつあると感じています。角川書店さんが『スニーカー』を休刊しますし、昨年の暮れに破綻した理論社さんも同様のことが言えます。理論社さんや晶文社さんが「ヤングアダルト」という、要はティーンから青年にかけての若い層が読むジャンルを育てることを熱心にやってました。その中でいろんな所で行き詰まったところがあったんだと思います。もちろんそれ以外の要因も大きかったんだと思いますが。そういう変化が最近になって気になっております。

橋本 私の電子書籍とのかかわりを言うと、この1年で2冊の電子書籍を書きました。それから3冊ほどプロデュースをしました。ですから5冊ばかり作ったわけです。1冊は沢辺さんに出版していただいた『電子書籍と出版』。去年のこのイベントが収録されて電子書籍になっています。それからもう1冊は仲俣さんにまとめてもらった『ブックビジネス2.0』。プロデュースした3冊は、デジタルハリウッド大学で開催した『次世代メディアセミナー』をまとめたものです。いろんな雑誌の編集者や作家を呼んで、電子書籍についてパネルディスカッションをしてもらい、そのログを電子雑誌の富士山マガジンサービスさんに入ってもらって、電子書籍として出しました。
 僕は『ブックビジネス2.0』という本で、「印税9割論」という著者が印税9割取ってウハウハになるっていうのを夢想していましたが、5冊やってみるとなかなか売るのが大変で9割取れるにしても元の数がなあ、というのがこの1年やってみての感想です。「印税9割論」そのものは昨年の段階ではアイデアに過ぎなかったように思いますが、本で書いたり講演でしゃべったりして1年間いろんな所で揉まれているうちにやっぱり「印税9割論」でいくべきだと意志は固まってきました。
 あと面白いなって思ってるのは仲俣さんがプロデュースされた『ブックビジネス2.0』の電子書籍版。著者全員がクリエイティブ・コモンズライセンスにサインして、本の中から任意の場所を切り取ってワンクリックでTwitterにポストできる仕組みをつけた。かなりポストされたし、自分でもポストするとそれがリツイートされたりするので、俺の名言集みたいのがツイートできたりして楽しかった(笑)。
 この経験から、私はブログだけでなく、雑誌などに書評を書くこともあるんですが、書評ってすごく短くていいんじゃないかと思いました。電子書籍から部分引用して面白いってつけるだけ。それこそ140字の書評がTwitterに溢れているわけですよ。ブログにしても雑誌記事にしてもいままでのメディアは1,000字とか3,000字とかで字数が決まっている。枠があるので書評として成り立つ字数というのがあるからです。でも本当は面白いものを「これ面白いよ」っていうだけでもいいんじゃないか。長々あらすじなんか書いてネタばれさせたくないし、いろいろな評価もしたくない。僕のことを信用してくれてる人が読んで、それで買ってくれるっていうのが一番だし、本当に面白い本は黙って読めって言いたい。
 そういう時にいいなって思った場所を切り取って、これ面白いって感想入れてTwitterに140字でポストするというのは新しい時代に出てきたいい書評の形だと思うし、これで売れたらいいなと思う。今は苦労してブログを毎日更新してるわけですけど、140字だったら時間も少なくてすむし、簡単になると思います。
 そんなような二つの電子書籍を書いて、出して、それを書評としてポストしてみたりした経験によってちょっとレベルが上がったのがこの1年という感じでしたね。

沢辺 昨年のイベントが2月1日。ポット出版は2010年1月発行の新刊から基本的に全部電子書籍にしていますが、1タイトルの売上はだいたい2桁です。中には3桁行ったものもありますが。第二に、電子書籍ブームでお座敷がいっぱいかかりました。講演とか。他の人もじゃないですか?

橋本 そっちのほうが儲かったかな(笑)

沢辺 それから「近刊情報センター」の試みや、版元ドットコムについてはさっき高島さんが紹介してくれたとおりで、それを一緒にやってました。もう一つ高島さんが言っていた国会図書館の「全文テキスト化実証実験」はウェブサイトにも掲載されていますが、僕と僕の友人たちは「ジャパニーズ・ブックダム」と呼んでいます。さっき高島さんが言ったように、僕はGoogle Book Searchと同じことを日本でやりたいと思ったんですが、そこにいくほどの勢いを持てないまま三十数社集まった感じです。小学館、中央公論新社、文藝春秋、新潮社、筑摩書房あたりが比較的大手で、残念ながら講談社は直前まではやるって方向にいたんですけど、脱落しました。
 国会図書館の人がいたら反論して欲しいんですけど、国会図書館って本当に頭悪いんですよね。ちょうど昨日、2月28日から一週間、実験成果の公開をやっているんですが、実験に参加した出版社にしか告知してないんですよ。ここに来てくれるような人にはぜひ見て欲しかったけど、見れない。ネットでオープンにすると出版社との仁義の関係があるので、国会図書館の中での閲覧となるのは仕方ないですけど、モニタ募集すればできるのに。それからメディアにも告知してないんじゃないかな。俺がメディアにもオープンにしようよって言ったら、すごく頑なに嫌がってましたけど。
 とはいえ今週、国会図書館に申し込んだ上でコンテンツを提供した参加出版社が見れるような実験がやっと公開されました。だけど正直今回の実験公開まできたけれど、次の手がなかなか生み出せないまま今日に至ってるってところです。
 あとは勉強するという意味でものすごく面白かったのが、雑誌協会の三つの実験。一つは電子雑誌の同日配信。例えば雑誌『Hanako』(マガジンハウス)の書店発売と同じ日に、ネットワーク上で電子版『Hanako』を販売できる態勢にするという実験。
 二つ目に読み上げソフトなどに対応するユーザビリティ。
 それから三つ目は凝った実験で、英語と中国語などに翻訳して海外に売れないかという実験。こういう三本柱の実験をやっていて、一つ目の同日配信実験に関して深澤英次さんと僕がペアを組んで雑誌編集部のサポートの仕事をしました。電子化する場合、EPUBはHTMLと同じだから基本的にタグ付きテキストを作る。その記事にタグ付けする過程でどういう段取りで、何のアプリから、どういうテキストを抜き出すか、どうしたらそれらを楽にできるか、といった電子化の過程を雑誌協会の人達と一緒に考えたんですけど、とても面白い経験でした。この実験はデジタルデータをどうやって作るかってことに重きがあったので、残念ながら300人ぐらいの一部のモニタさんにしか見れない。これもみんなで見れないっていう残念な面はありますが、しょうがないかなって気がしてます。
 最後に最近の興味は自炊。去年のこのイベントのきっかけは、仲俣くんが「自炊が来てる」って言って、高島さんが「そんなに来てない」っていうのをTwitter上でやりあっていて、それを公開の場でやったほうが面白いよって僕が言ったことでした。僕は去年はやや高島派で、なんであんな面倒くさいことやるんだって思ってた。ScanSnapは持ってたけど、書類15枚ぐらいならともかく、本一冊を100枚とか200枚とか何度も入れ替えしながらやる気はしなかった。でも今年の秋にうちの会社でカラープリンタの複合機を買い換えたら自炊の快感が解った。複合機だとさ、50枚ぐらいスカーンスカーンと行くんだよね。ああ、気持ちいいなって。
 もう一つ、仮にいま日本で電子書籍を推進した方がいいという前提に立った場合には、既刊本とこれから出る本は分けて電子化の対応をしないとどうしようもないなと思っています。EPUBだの中間フォーマットだのという論争がありますが、あれは今後新刊の電子書籍を作る上ではとっても大切だけど、既刊本は出版社にテキストデータがない。しかし読者に本を選んでみようかなって思ってもらえるには電子書籍だってジュンク堂くらいの品揃えは必要。そう考えると既刊本を何十万タイトルも電子化するには出版社自身が自炊するしかない。出版業界は自炊を批判するより、自らやった方がいい。それでデータ化された本のリストを作成する。さっき言った国立国会図書館の「ジャパニーズ・ブックダム」が実現すれば、そこで一部を見れるようにする。手元にデータ(本)で欲しければ出版社のサイトで買うとか、Amazonで買うとか、街の書店で買えるようにそこからリンクを貼っておく。みなさん一人一人が自炊なんかしなくても、紙の本を買ったらこれまで買った紙の本は出版社が責任持ってデータにしてありますからどうぞ安心して捨ててください。それで空いた本棚に新しい紙の本を買ってくださいって、そういうのが一番興味があることですかね。

仲俣 去年このイベントをやって、僕もいろいろなところで電子書籍について喋る機会がありました。テレビ取材も受けて、NHKの「クローズアップ現代」で先ほど話しに出た『ブックビジネス2.0』で本の中身をそのままネットでツイートするデモをしたり、結構楽しかった。一方で自分はフリーの編集者で物書きなので、いわゆる紙の出版と新しくできてくる電子のメディアと、どっちが自分が食べていける場所になるんだろうかということを考えざるを得なかった。
 それで実際、電子書籍の売上や印税どいうのは大したことはないんですが、そうこうしているうちに紙の本、出版業界の方も着実にマーケットが小さくなって、去年はついに1兆9000億円を切ったんだよね。相変わらず反転しない。雑誌もどんどん潰れて原稿を書いて原稿料をもらうとか、本を書いて印税でだけで食べていくことはどうも難しくなってきています。
 それから日本の出版業界は電子書籍の取り組みをやるやるって言うだけで終わると思っていたら、12月ぐらいに一斉にサイトオープンしたりもしました。電子書籍によって何か突破口が開けるんじゃないかということが片方にあり、当然googleやAmazonにマーケットを持って行かれたくはないということもあったのでしょう。とりあえず大手の印刷会社の凸版、大日本、それから携帯電話のキャリア3社、ハードメーカーも含めて、日本でAmazonやApple、ちょっと違いますけどGoogleに対抗出来るような電子書籍のプラットフォームを作ろうという動きが立ち上がったわけです。
 僕自身はそれを見ていて、コンテンツ数が2万〜5万というのは小さなブックオフぐらいという印象で、沢辺さんが言う通り全然足りないと思う。これから増えていくと思うし、増えていって欲しいと思うので、あんまりそれを悪く言うのも良くないんですが、現状ではやっと始まりましたというところだと思います。そうこうしているうちに紙の本はだんだん足場が崩されていって、早いとこ新しくビジネスが出来てこないと本当に大変だと思いながら、なんとか綱渡りで食べてきました。
 たぶん今日の客席に来てくださっている方は紙の出版関係者とIT関係、電子メディアの関係の方で多分半々くらい、両方の方がいらっしゃると思うんで、ぜひ両方の視点を交えたイベントになればいいなと思ってます。
 去年一年間僕もいろいろやったり、考えたりしていたのですが、具体的にはまずScanSnapを買いました。でも結局自炊しないんですよ。めんどくさいし、なぜかそんな暇もなくて使わない。ここにいっぱい持ってきた本とは別に、去年は雑誌の電子書籍特集もいっぱいあったので、例えば『ダイヤモンド』や『東洋経済』などでそういう特集があると、全部ScanSnapで取り込んでiPadで見たりはしました。でもそれは本当に試しにやってみたという感じで、自分でやってこれは結構大変だなっていう印象があります。
 電子書籍を自分で作った経験は面白かったし、儲けはともかく経験値は高まったと思います。一方でどのくらい買って読んだかって言うと、日本で出てる電子書籍の主だったものを20〜30冊は買ったものの、最期まで読んだのは10冊くらい。僕も橋本さんと同じで書評を書く仕事もするので、年間200〜300冊くらい本を読むんですけど、その内電子書籍は10冊とか20冊。やはり数が足りないので、読めないことはないけど自分の読書生活の中に電子書籍は全然定着してないなっていう感じを受けてます。

本の存在はAmazonになければ無いことになる?

仲俣 僕はiPadとiPhoneとKindleを持っているんですが、その中で電子書籍を何で一番読んでるかっていうと、iPhoneでKindleのアプリを立ち上げてAmazonの洋書を読んでいます。日本語で翻訳書を買うと、原書でどう書いてあるか確認したくなることがたまにあるのでKindleで買うのですが、日本の翻訳書で3,500円くらいする本が1,000円ぐらいで買えるんですよ。追加投資1,000円ぐらいで原書が持てる。さっき沢辺さんがジュンク堂くらいのタイトル数っておっしゃってましたけど、アメリカのAmazonで売ってるぐらいの規模で電子書籍のマーケットができたら僕は間違いなく買うでしょう。簡単にいえばAmazonがやってるぐらいのことは日本で早くやって欲しいと、これは読者の立場からすごく思っています。その結果出版業界、紙の本屋さんやいわゆる本のビジネス自体がどう変わるのかはいま予測してもしょうがないので外しますが、早くAmazonが日本でやってくれて、それに負けないくらい日本のプラットフォームも頑張ってくれないかなって思っています。
 せっかくなんで今日会場にいらっしゃる方にお聞きしたいのですが、ソニーリーダーとかビブリオリーフとかガラパゴスとか、国産プラットフォームの電子書籍の端末を持ってる方、挙手していただけますか? ……4、5人くらいですかね。iPadは? ……10人ぐらいかな。じゃあKindle持ってる人? ……結構多いですね。iPadより少ないくらい。じゃあiPhoneとか、スマートフォン使ってるって人はどれくらいいますか? ……まあスマートフォンは多いよね。その内iPhone以外のスマートフォンは? ……5人ぐらい、もうちょいいますかね。僕も仕事上はソニーリーダーやガラパゴスのような日本の端末を使ってみたいなと思ったんですけど、やっぱり欲しくないんですよね。あんまり今日は端末の話をする気はないんですけど、ちょっとぐるっと回ったところで……。

高島 すみません。もう一つ聞いていただいていいですか。紙でも電子でもいいので『もしドラ』読んだ方は? (10人弱)……『KAGEROU』読んだ方は? (2、3人)……ありがとうございます。『もしドラ』にしても『KAGEROU』にしてもある意味社会現象にもなってますが、やっぱり関心感心の高い方がこれだけ集まってる中でも数は絞られますね。
 本は昔から100万部、200万部って話が出て社会現象になっていますが、現実的には数万とか、下手すると数千のオーダーで商売をしてます。具体的な話をすればポットの田亀源五郎さんの本を買った?と聞くと、一人もいないっていう可能性がある。本というのはもともとそういうものだと思うんです。多品種少量生産でかなりバラけてしまっているので、さっきのiPhoneとかブックリーダーとはちょっと性質が違う。この辺りがまとまった形で話ができない理由の一つじゃないでしょうか。

仲俣 ありがとうございます。確かに今日は、『KAGEROU』や『もしドラ』よりもiPhoneやKindleを持ってる人のほうが多かったですよね。
 さて、最初の告知文で自炊とダダ漏れっていう話をしました。今日もUstream中継しているし、ダダ漏れってことで言えば大はWikileaksから小はこないだの大学入試の漏洩まで、去年から今年にかけてネット上にコンテンツが漏れ出ていくというか、アナログだったり紙だったりクローズドだったものがネットの場に出ていって、それがいろんな反響を及ぼしていくっていうのが顕著だったと思います。
 ダダ漏れってあんまり出版と関係ない気がしてたんですが、さっき言ってたTwitterで電子書籍の中身がつぶやける、ということもそうですけど、ソーシャルリーディングという話題が結構出てきました。これもいろんな意味があって人によって考えることが違うわけですけれども、ダダ漏れや自炊は大きな出版社や印刷会社がやっている動きよりも、意外とユーザー側の動きのほうが早い。ビジネスとして立ち上がる前にユーザー側のアクションとして自炊、ダダ漏れ、電子書籍みたいなものが、現場のほうで動きが早くなっちゃってるなって感じを受けています。例えばEPUBによって自費出版みたいなことをやってる「Paboo」みたいなものですね。その辺の話をしてみたいっていう方からちょっと口火を切っていただきたいんですけども。

高島 もともと出版はある種のメディアで、公にでないことを表に出していくっていう意味合いはあると思うんですよ。Wikileaksなんかはメディア的であると同時に、そういう意味合いも持ってると思ってます。
 去年たまたま版元ドットコムの会員社で第三書館の『流出「公安テロ情報」全データ』という本が出まして(笑)。版元ドットコムの中でも、これ全部載ってんのかよって話にはなったんですけど、ある意味出版の一つの形だと思います。この本はいま裁判ざたになっていて、第三書館の北川さんがネット上に情報が転がってるのに、紙で出すことによって文句をつけられるのはおかしいんじゃないかって主張してるんですが、裁判所では紙で出すことの意味合いは重みが違うという風に判断している。この辺りに出版の意味合いの一つがあるんじゃないかと非常に思います。単にネットで公開するってことと、紙の形にすることの違いとしてもう少し考えられると、面白いと思うんですけどね。

沢辺 司会でもないのにごめんなさい。今日はインタラクティブにやりたいんで会場に聞いてみたいんですけど、第三書館の『流出「公安テロ情報」全データ』、知ってる人ってどれくらいいますか? ああ、多いですね。
あらましをかいつまんで言うと、ネット上にリークされて出ちゃった公安の内部文書を全部ダウンロードして、第三書館第三書簡がそのまんま紙に印刷して本にしちゃったわけですよ。その結果、公安警察の警察官の住所、氏名、年齢、顔写真、携帯電話番号、家族の名前、職業、公安警察がテロ関係者と推定してた人間のリスト、イスラムの教会、モスクに出入りしてる人の記録、その中から事情聴取した人の実名などなどがそのまま本に載りました。例えばアラブの人と結婚してたけど、もう離婚してる日本人の女の人に事情聴取した記録が全部出ちゃっている。公安の人じゃなくて、一般の人から訴訟を起こされました。
 これについてひどいなって思う人どれぐらいいます? (パラパラと手が挙がる)あーなるほど。ひどくねえよって思う人は? 誰もいない。第三書館の人に見せてやりたいですね(笑)
 ただね、真面目な話をちょっとしておくと、この本はAmazonから書誌情報が消えて、この本の存在が無いことにされたんですよ。売り出した直後はあったのに、それが失くなった。
 「カーリル」という全国の図書館を横断検索できるサイトがあるんですが、ポット出版で持っている「ポットチャンネル」というUstream番組にカーリルの人に来てもらいました。カーリルはまずAmazonからISBNを引っ張ってきて、それから各図書館に蔵書があるかっていうのをチェックしていく構造なんですよ。こういう仕組みは結構多い。とりあえず第三書館のテロ本に関する評価はともかくとして、出版された事実は事実ですよね。でもAmazonから本がなくなったってことはその事実すら消えちゃうわけですよ。カーリルも引っ張ってこれない。全国の書店はどんどん販売を中止して、結局販売したのは版元ドットコムのサイトだけになりました。何千冊もの注文が版元ドットコムにきて大騒ぎになった。
 その時に思ったのは、出版社って刷って作ることも仕事なんだけど、結局買ってもらえるとか入手してもらえるっていう手立てまで行き着かないと出版にならないわけですよね。それがAmazonみたいな特定のところに情報の基盤を依存しちゃうとそれはまずいと思う。だからGoogle Book Searchにうちは協力してるんですよ。だけどなんでジャパニーズ・ブックダムという日本でも同じようなサービスを構想したかというと、Google「だけ」じゃ嫌だなって。それはまさにさっきの第三書館の本のようになってしまうから。

高島 Amazonから失くなるとこの世に存在しないことになっちゃう可能性がある。恐ろしいことに実際そう思う人はいっぱいいて、検索して出てこなかったら無いと思っちゃう人がいる。とはいえ昔からそういうことはあったといえばあったんですよ。本屋の裏にはでっかい目録があって、本屋の店員はそこで調べてなければないって言ってた。

沢辺 それどころかうちなんかは割と後発で知られてないから、書店でお客がこの本ありますか?って聞いたら、「そういう本はありません」。ポット出版の本なんですがって言うと「そういう出版社はありません」って言われたとか。15年前くらいの話ですけどね。

高島 でもそれは調べるスキルとかの話でしょ。データベースに存在しないっていうのと、調べ方が悪いから出てこないっていうのは根本的に違う問題です。データベースに存在しなくなっちゃった、Amazonに存在しなくなっちゃったっていうのは実は結構大きい問題をはらんでると思うんですよね。Amazonに存在しなくなってしまうと無いことになってしまうっていう、そういうリテラシーっていうのかな。

沢辺 一方では中国漁船の衝突問題とか、Wikileaks問題とか、ネットはいろんなモノが全部オープンになっていくっていうのがあるんだけど、逆に無いものになっちゃうっていう可能性も危険性としてはやっぱりある。

高島 ネットにないものはないものになってしまうっていう危険性ですね。

仲俣 なんかだんだん版元ドットコムの宣伝の場になってます(笑)。確かに最近の特に若い世代の振る舞いは、最初にネットで検索して調べるから、有るか無いかの所在自体がネットに有るか無いかになってるっていう感じはすごくします。
 それから、電子書籍の話ってどういう風に話せばいいかなって考えているんですが、プラットフォームが話題になったんで電車の線路で考えるといいかなってある時思ったんですよ。日本の状況っていうのはまだ新橋─横浜間しか電車が通ってないのに、そこに線路が7本ぐらい走っている。本の数は少ないんだけど、プラットフォームばっかり平行で走ってる。お客さんはどの線路に乗っても結局行くところは横浜なんですけど、何か知らないけど私鉄と国鉄も含めて手を上げていっぱい線路が走ってるなって感じがするんですね。じゃあJRだけあればいいじゃんとか、太い幹線がAmazon、Google、Appleだけあればいいかっていうと、ストライキになった時とかには電車が停まることもあるわけで、それだったら振替輸送でちょっと遠回りしても別の線路があったほうがいいよねって感じなのかなって思っていて。
 それで言うと、ユーザーの立場からAmazon、Google、Appleがどんと日本でやってくれりゃあいいよって思うんだけど、ナショナリスティックな観点を抜きにしても日本側でもほそぼそか太くかは解らないけど、きちんとしたプラットフォームがあったほうがいい。少なくとも管理やメンテナンスを自分たちでできるものがあったほうがいいなとは思います。ただ、いまのところは大して遠くまでいけないくせに電車の線路ばっかり並行で走っていて、どこにいっても売ってる本は同じって状況は早く何とかしてほしいんですけど。

沢辺 宣伝すると、少なくとも書誌情報のレベルで存在が確認できる環境にこの10年間してきたのは版元ドットコムですよ。電子書籍状況には対応してないけど。高島さんが最初にチラッと言った近刊情報も、単にこれから出る本の情報を提供して、新刊予約を取ってもらって販促に役立てたいというだけじゃない。近刊情報が大元の卵になって、書誌情報に成長していく。いまは卵を生んだら卵のまま食べちゃう道しかないんだけど、これをちゃんと孵化させて、刊行された書誌情報に移行していきたい。その道にこだわって一生懸命作ってるのが高島さんと僕の立場。

高島 今の話とさっきのAmazonに情報がないと存在が無いことになっちゃうっていう話と絡んでくるんですが、去年自炊が来てる、来てないの話があったのと同様に、出版業界は参入障壁が高いよ、いや低いよっていう話がありました。自分はずっと低いと思ってるんですけど、ここへきてさらにインターネットとかのおかげで、マイナーなジャンルであんまり読者が見込めないような本でも、取り上げてもらえる可能性が増えてきた。超大型店って言われるような、例えばジュンクなんかだと、こんなにマイナーな出版社の本がっていうのが置いてあったりするわけですよ。そういう意味では小さい出版社もすごくやりやすくなってきてる。
 ただしそれもあくまでITとかそういった枠内の話であって、そこからちょっと離れると全くないことになっちゃう可能性があるわけです。ITの話で言えば、Googleで検索できないと無いことになっちゃう「Google八分」という話も一時期流行ったじゃないですか。ITはそこの中で完結してる分には便利だけど、実はそこの外がある。いままでやってた人間はそこが解ってると思うんだけど、これから先育ってくる人間はずっとITに触れていると、その外を想像できない可能性があると思っていて、その辺りはすごく不安を感じてますね。

仲俣 橋本さんはITの専門家だし大学でも教えていますよね。読むのは紙の本って仰ってたけど、逆にデータベースとか書誌データも含めて、巨大なデータをハンドリングしてそこでマーケティングしたり、あるいはある種の現実になっていくっていうのは本当に仕事の中心だと思います。今の話を受けてでも受けなくてもいいんですけど、どうですか。

橋本 そうですね。さっきの公安テロ本の話に関連していうと児童ポルノもありますよね。あれを印刷して本にして売ったときに、これはアートだとか、表現だとか、東京都の条例と闘うみたいな姿勢でそういう本はあるって言い続けることは出来ますよね。それがリーガルがイリーガルかってことはその後、裁判所なりで決めることであって、少なくともそれが決まらないまでは出版したというその事実自体は隠されてはならないし、それがイリーガルであっても、出版されたという事実自体は消しちゃいけないですよね。
 ただ、その後の沢辺さん、高島さんが熱く語ったところと僕はちょっと違っています。僕は出版の人間ではないので、なにも出版社の情報、データベースが全てではないのだからこういうものを出版したってことをネットに書いちゃえばいいと思うんですが。

沢辺 そう。もちろんそのとおりですよ。だから僕らは自分で書くのにちょうどいいデータベースを作ろうってことで版元ドットコムを作ったわけで。誰かに用意してもらおうなんて全然思ってない。そこが決定的に多くの出版社とは違うと思いますけど。

橋本 そうですよね。だからある意味「焚書坑儒」じゃないけど、禁書っていうのは難しくなってるなと思っています。確かにGoogle、Amazonは多少禁書みたいなことを出来るんだけれども、ブロガーがネットにアップしちゃうのはしょうがないし。

沢辺 難しくなっているという面と、「なだしお」みたいなことが起こっちゃうわけですね。これは扱う側の人の問題だとは確かに思うんだけど、Googleで検索したら無いねって思っちゃうような人ばかりだと……。

橋本 沢辺さんのところが、データベースから消された本ばっかり集めて売ったらどうですか。

沢辺 でもそんなのそんなにはないよ。なかなか消すの難しくてさ。

仲俣 でも別に業界がデータベースを持たなくたって、魚拓とったり、インターネットアーカイブを「Way Back Machine」で見たりとか、存在自体を見る方法はいろいろあると思います。

書籍と雑誌、それぞれの課題

仲俣 今日は別に電子書籍の話がテーマじゃなくて「続・2010年代の出版を考える」なので、出版の話を。その「出版」は出版社がやる出版だけじゃなくて、個人出版も、ネット上のいわゆるDIY的なものでもいいと思うし、かといって出版社や既存のメディアはいらないとは僕は思わない。広く見た出版の話をしたいのですが、僕は業界の人間が食っていく部分と、実際のユーザーとしての間に乖離があるとうまくいかないと思っています。つまり電子書籍が来る来るって言っておきながら読んでないとか、逆に紙の本は大事だって言ってる人間が電子書籍読んでるのかよってことがあって。
 そういうことで言うと、なるべくユーザーとしてのリアリティと仕事が離れないほうが良くて、離れちゃうと成り立たない時代になってきたなと。昔は乖離していてもできたんだろうけど、そういうのがはっきり解ってきちゃう時代なので。版元ドットコムのオピニオン的なものを除いて電子書籍に関する、あるいは紙の本でもいいんですけど、話してみたい、なるべくくだらない話とかないですか。

高島 いつだったかなあ。ポットチャンネルで某社を辞めた「リストラなう!」のたぬきちさんのUstream放送があって、その時にこれは聞きに行かねばなるまいと思って行ったんです。Ustのあと、飲みに行ったんですよね。そしたら結構メジャーな出版社の編集の人もいて、「昔の親世代とかって本とかあんまり読まなかったですよね」って話をしたんです。そしたらその人に「そんなことない。うちの親は本の虫で、ものすごい読んでたよ」とか言われて。うちの親は昭和ヒトケタなんですけど、家には本がマトモにないぐらい読まない人たちだったんですね。なんですけど、世の中には親が本を読む人がいるんだって思って、ちょっとびっくりしました。これは環境が違うんだなって。
 何が言いたいかって言うと、いま本って出版業界の人間も狂ったように読んでるじゃないですか。橋本さんを前にしてこんなこというのもアレなんですけど(笑)。だけど、昔はみんなそんなに読んでなくなかった?って気がするんですよね。ここまでたくさん読まなきゃいけないってことが、家に置けないってことになって電子書籍とかの話にも繋がってくるし、こんなに本にお金つぎ込めないってことでブックオフとか図書館の話にも繋がってくる。なんかちょっと本を読むことに追われちゃってるんじゃないの?っていうのが、最近本を読まない自分自身の非常に個人的な感想なんですけど、どうなんですかね。

仲俣 どうなんですか。橋本さんとしては。

橋本 僕は追われるのが趣味なので(笑)

沢辺 身の回りの人はどう? 会社の若いヤツとか。

橋本 ああ。基本的にあんまり読んではいないですね。上昇志向というかスキルアップ志向が強い人はビジネス書を結構読んでますけど。GTDとかセルフモチベーション高めるような本とか。ToDo管理一杯やりましょうとか。でもなかなかあまり幅広くは読まれていない気がしますね。

仲俣 僕なんかも本を読む書評の仕事があるんですけど、仕事で読む本に追われて読みたい本が読めないんですよ。ゆっくり読みたい本はたくさんあるんですけど、それを読む気持ちになる時間がないんで。

沢辺 ポット出版のウェブサイトでね、「哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ」っていうコーナーを作って、月に一人ぐらい10代後半〜20代前半の若者を呼んでインタビューをしてるんです。俺も乱入してやってるんだけど、話をしてくれる若者が、どうしても大卒正社員みたいなマトモな人が増えちゃうんですよ。インタビューでは高卒消防士さんとかさ、高卒ガソリンスタンドのフリーター→自動車修理工場→そして親の実家の焼き鳥屋の二代目といった若者にも登場してもらったんだけど、そういう人は意識的に探さないと周りにいない。だから僕に見えてる世界はイビツだなって思うのよ。大学進学率5割なわけで、半分は大学行ってない。それでも僕の周りはほとんど大卒。

高島 出版業界なんかみんな高学歴ですからね。

沢辺 そうそう。うちの若いスタッフとかに友達に声かけてよとか言うと、だいたい大卒。本も同じで、こういう話をするとみんな本好きが来るわけです。

仲俣 でも逆に言うとね、『KAGEROU』100万部、村上春樹が300万部、結局日本の本ってどれだけ売れても200万、300万部なわけじゃないですか。1億3千万人のうち。最初っから本を買う人は1%なわけです。だから本を買わない人たちの話をあんまりしなくてもいいかなって俺は思ってるのね。もちろんそれは買ってくれたらもっといいですよ。だけど、本が危ないって話は、本を読む人も読まなくなってるとか、買いたいのに買えないということだと思うんです。

沢辺 だからオタクの話だよね。本を読む人って。

仲俣 オタクじゃないけど本を読む人もいるよね。そういう人達がどうなってるのかってことが大事。

沢辺 ただ、本の話をする人はオタクじゃないの?という認識のもとで話をしなきゃいけない面と、逆に日本人は本当にいっぱい本を買ってるという面も考えないと。国会図書館の「カレントアウェアネス・ポータル」のメールマガジンを取ってるんですけど、アメリカの本の販売額が載っていて、たしか2兆円だったかな。だけどさ日本は書籍販売額1兆円切ったぐらいでしょ。人口比で言えば3億数千万対1億2、3千万でしょ。だからアメリカは日本の3倍ぐらいいるはず。ところが数字上ではアメリカは日本の2倍なんだよね。

仲俣 それはそうですよ。日本人は本を買ってますよ。

高島 ほんとよく買ってますよね。

沢辺 オタクしか読んでないといっても、世界的なレベルで見るとすごい買ってくれてるんだなって。

仲俣 さっき高島さんも仰ったけど、ほとんどの本で刷り部数が3,000〜5,000部なわけでしょ。小説好きとか思想好きとか本好きとかいろいろいるけど、つまりある一つの本だけ見たときには、コミュニティとしてものすごく少ない。

高島 そうですよ。東京ドームのコンサートとか行くと、これより少ないんだっていつも思います。

仲俣 でね、雑誌と書籍は分けて議論したほうがいいと常々思ってるんですが、書籍って結構しぶとく生き残るかなって思ってるのはそこなんですよ。僕も今まで本を4冊か5冊出して、売れてるのが大体1.500部〜2,000部かそこらなんですね。多分周りに似たような人が集まってくれるおかげで1,000や2,000しか出してなくても2、30人ぐらい読者ですっていう人に会ったりとか、学校で非常勤で教えるとクラスに2人ぐらいいたりするわけですよ。世の中に1,000とか2,000しか出てないのにこのクラスに2人も読者がいるのかと思うと著者としてはものすごく嬉しいし、面白いなと思うわけ。本っていうメディアはすごく面白い接着剤になっていて、マーケティングとかソーシャルリーディングが成り立つのも、マスメディアとはぜんぜん違う、本を持っている人と人とをつなげる機能があるから。それは電子書籍でも変わらないと思うんだけど。
 それで俺は思うんだけど、出版界に限らず日本ってすごく暗い話ばっかりじゃないですか。少子高齢化、就職もできないとか、ネガティブな未来像ばっかり語られていて、出版に関する話もほとんどがネガティブな日本の未来像の縮小版に思えてるんですね。もちろん無責任な楽観主義はダメだけど、少なくとも僕らはそこで食べてる。橋本さん以外の三人は出版で仕事してるわけだから、明るい話というか、これからこういうことが出来るって話を紙でもデジタルでもいいんだけどしたいなと思ってるんですよ。業界はだめかもしれないけど社会は良くなるとかってことと、出版界、本の世界ってどうなっていくのかということをセットで話をしてもらえませんか。

橋本 僕は電子書籍でずっと毎月買ってるのは、雑誌がいろいろ読める「ビューン」というもの。どうしてかというと、月に350円なんですけど、『東京ウォーカー』と『横浜ウォーカー』が読めるんです。僕は神奈川県に住んでいて東京に勤めに出てるから両方読みたい。二つとも、しかも二週間おきでひと月分読めて、すでに元は取れてる。さらに最初はそれが目的だったんですけど、だんだん読むものが出てきて、それがこれまで金を出して読む気がしなかったものばっかり。『フライデー』とか『プレジデント』のような。

仲俣 その辺が金を出して読む気がしなかったものなんですね(笑)

橋本 表紙にでっかく「学歴」とか「年収」とか「格差社会」とか書いてある下世話なヤツ。

高島 『プレジデント』はどっちかっていうと、ビジネス誌の中ではだから高尚だと思いますけど(笑)

橋本 いや、あれは相当下世話なんです。

沢辺 それは橋本さんが上品なんだよ(笑)。ビジネス誌じゃ相当上品な方ですよね。

橋本 (笑)。あとは『FLASH』、写真週刊誌ですよね。そういう、これまではなかなかお金を出して読む気はしなかったものが、350円のセットに入ってるとついついめくっちゃう。それで結果的に毎月読んでるんですよ。だから目当てのものはあるんだけど、ついでにそういうのがあると結局毎月読んでる。だから結果的には広がってるし、お金も落としてるんですよ。

仲俣 ビジネスモデルはどうなってるんですか? それで元取れちゃうのは読者としてはいいけど。

橋本 どうなってるんですかね。解らないですけど。

仲俣 書籍じゃなくて雑誌の話をすると、日本の雑誌が今一番ピンチなのは、書店が減ってることと、基本的に日本の雑誌って定期購読じゃなくて単号で売りあげていくモデルだったことですよね。例えばアメリカのモデルって基本的に定期購読で、広告できちんとマーケティングしていこうというモデル。だから電子メディアに移行しやすいんだけど、日本の場合には定期購読というカルチャーがなかなかなかった。つまり読み放題なんかも定期購読にすごく近いと思うんですね。で、僕は雑誌はやっぱり定期購読モデルに切り替えていかないとダメなんじゃないかと思うんです。

高島 でも定期購読は郵送料金などで結構お金がかかりますよね。

仲俣 だから電子化って話になるんでしょ。

沢辺 だけど郵送はもうたいしたことないんじゃないの。80円でメール便で行くんじゃないかな。

高島 いや、いろいろなパターンがありますよ……。

仲俣 なぜアメリカであれだけ電子雑誌の話が出てるかって言うと、アメリカでは1号当たりほとんど1ドルぐらいで、年間定期購読でせいぜい数千円、と安いわけです。電子雑誌で僕は『WIRED』と『The New Yorker』とかかっこつけて買ってるんですけど、450円で買えるわけですよ。でも本屋で買うと1,000円とか2,000円する。

高島 定期購読は割引してますからね。シングルコピーセールスっていう一部売りとサブスクリプション(定期購読)だと割引があってずいぶん値段が違う。

仲俣 だから日本の場合、アメリカの雑誌モデルとは違いすぎるから、電子雑誌は難しいかなって思うんだけど。

沢辺 それと、うちは雑誌を出せてるわけじゃないから噂の範囲だけど、要は出版社が定期購読を打ち出して反発するのは書店でしょ。日本の書店さんは雑誌が売れることによって成り立ってる面があって、だからあれだけ数が多いこともある。そうすると、定期購読をやり始めるといのいちに反発するのは書店さんだよね。

仲俣 ホントそうですよね。だから書店さんをどうするのかっていう話ですよね。

高島 それももちろんそうなんですけど、元々日本でも定期購読をメインでやってるような出版社はあります。例えば、日経BPなんかは完全に定期購読モデルだった広告モデルなわけですよ。でも最近iPhoneの話で、アメリカでは定期購読をぐんと安売りするのに、iPhoneのアプリの場合は一部売りにしかならないから安くならないって話があったじゃないですか。あれはその通りで、自分は前の会社は雑誌を出してる外資の出版社だったので、アメリカの研修にも行ったんだけど、向こうの人間は雑誌は広告の乗り物だって言うんですよね。広告を載せるための媒体だと。だから広告営業がどうやって売るかっていうのが最大の話題・課題なんですよ。本屋にしてもボーダーズ(Borders)とかバーンズアンドノーブル(Barnes & Noble)があっちこっちに店を出してはいるけど、アメリカは本屋なんてない町がいっぱいある。そういう意味で言うと、アメリカと日本とでは定期購読の意味合いが違うと思うんですよ。日本で言うと『ナショナルジオグラフィック』だって、今は回転してるけど、やっぱり最初はなかなか立ち上がらなかった。その辺は日本とは状況が違うと思いますよ。

「コミュニティ」に向けたメディアの作り方

沢辺 さっきの話に無理やり引き戻すとね、ポット出版では、いま田亀源五郎さんのマンガ本が好調なんですよ。田亀さんはゲイの漫画家なんです。それも必ずちんちんがいっぱい出てるようなマンガ。最初はそんなに売れないだろうなと思ったので、初版2,000部2,500円くらいから始めました。
田亀さんは人間的にも好きだし、作品的にも好きなのでこれまで出し続けてきたんですが、ここに来て売れ行きを伸ばし始めた。初版から動きがよくて重版までの時間が短くなってるの。で、それはまさにコミュニティが広がってきているなと感じる。
 田亀さんは自身のマンガだけでなく、ゲイのイラストや絵の変遷を歴史的に辿った『日本のゲイ・エロティック・アート』という著作もあります。戦後からの作品を作品集として解説も付けて、いま2巻までポットで出してます。刊行記念の展覧会をやると香港からファンが来たり、フランスの個展では100人とか200人ぐらい来て、海外にも確実にファンがいるんです。

仲俣 言葉は日本語なんでしょ?

沢辺 そう。フランスでは翻訳されてるけど。そんなこともあって田亀さんの本を電子書籍にして多国語版にしてグローバルに売ろうかなと考えてるんですけど、なんというか趣味のコミュニテイというのかな、そういうのはますます進んでるっていういい面もあるよね。
 初版2,000部2,500円って大手出版社から見たら鼻くそみたいな数字かもしれないけど、書店で全部売れたら500万円なんですよ。1万部の新書1,000円でも、書店の商売は全部売れて1,000万ですよね。2,000部2,500円でも、二刷、三刷いけば、新書の商売と全く同じ商売をしてるって俺は思ってるんだけど。もちろん新書の場合は初版で売り切るだけじゃなくて、さらに先を目指してるわけだよね。100万部行けみたいな。

仲俣 マスになっていくわけですよね。馬券がどのくらいに化けるかっていう商売ですよね。

沢辺 だからみんな1,000万円の商売にとどまっているわけではなくて、化けることもあるよねってことも含めた商売。うちの場合はうまくいったら1,000万円っていう商売になる。だから、大手と単純に比較はできないけど。そこに貢献していただいてるのは、何と言ってもAmazonですよね。

仲俣 最後の話を受けていうと、例えば批評家の東浩紀さんたちがコンテクチュアズっていう合同会社を作って、『思想地図β』という雑誌を創刊しました。で、これが2,400円ぐらいする雑誌ですけど、Amazonで8,000部ぐらい売れて、延2万部ぐらいいった。しかも同時に彼らは友の会っていうファンクラブを作っていて、年会費1万円を払うと年2号+会報がもらえる。このメンバーが1,000人ぐらいいる。1,000人で10,000円払ったらそれで1,000万円でしょ。つまり小さいとはいえども、ある種の読者コミュニティを持ちながらそこに対してコンテンツを出していく。彼らは電子書籍はやってないですけど、Amazonを使ったりしながら本を売っていくっていうのは、規模としては今までのドカドカ儲かるものとは違うけども、とにかく持続可能な本の作り方、メディアの作り方がだんだん見えてきた面もあるんじゃないでしょうか。

沢辺 いやいや、持続可能じゃないでしょう。

仲俣 かどうかは見てみないと解らないよね。でも、つまりそこにお客さんが見えてるってことは本屋に撒いてみないと解らないっていうのとはずいぶん違ってきている。

高島 それはずいぶん違うと思います。コンテクチュアズは流通を通さず、読者と直接つながろうとしてるっていう意味で今までと非常に大きく違うと思いますね。

仲俣 逆に言うと読者がサーっと離れた場合にはまた非常にヤバいことになるわけですが、すごく面白いことがいろいろ起きてるなって気がします。では、そろそろゲストをお呼びしようと思います。

出版社の「外」ともっと議論を

仲俣 後半からは「Ebook2.0 Forum」の鎌田博樹さんをゲストにお迎えします。鎌田さんはほとんど一人で「Ebook2.0 Forum」という電子書籍に特化したウェブメディアと、「Ebook2.0 Magazine」というメールマガジン、それから講座のような形で関係者を集めて非常に密度の高い電子書籍に関するセミナーもやってまして、海外の状況などにも非常に詳しい方です。
 僕も「マガジン航」で電子書籍のトレンドとかウォッチしたりはしてるんですけど、さすがにいろんな仕事をやりながらだと、しょっちゅうリアルタイムで追いかけていくことは出来ないんですが、鎌田さんがやっていらっしゃる「Ebook2.0 Forum」はとにかく記事の更新頻度や分析の中身からいっても、ちょっと類を見ないクオリティというか、密度で日々活動をなさっています。
 個人の活動としてここまで電子書籍をウォッチしてる人は珍しいなということで、一度なんでそんな事やってるのか、ご自身は一体どんな人なのか、話を伺ってみたいなと思って今日はお呼びしました。

沢辺 俺はかなり胡散臭い人なんじゃないかと思ってるからね(笑)

仲俣 沢辺さんはそうおっしゃいますけど、その胡散臭さの由来も含めて、自己紹介をしていただくところから。いま「Ebook2.0 Forum」のトップページが出てますけども、自己紹介も兼ねて、なぜこんなことやってるのかってことをお話いただけますか。

鎌田 鎌田です。どう胡散臭いかってことを説明するのはなかなか難しいと思うんですけど(笑)。結構長く生きてきまして、いま60歳です。この中でも最高齢のほうじゃないかな。
 ちょうど60年代〜70年代ですから、団塊の世代です。最初は出版に興味があって、出来れば出版社に入りたかったんですが入れませんで、いろんなことの下働きをやりました。シンクタンクで政策研究みたいなことをやったんですが、あまり面白くなかったので、マーケティングにいきました。日本ではマーケティングがあまり独立してなくて、PRなどとくっつかなければ食っていけない。そのPR自体もあまり独立してませんが、PR出版とかいくらか関連したことをはじめ、いろいろなことをやって30歳で独立して自分の会社を始めました。給料を払ってた時代もありましたから、よく出来たなと思ってます。
 80年代から情報技術が出てきまして、日本語ワープロが出て、コミュニケーションの世界が変わるだろうと思いました。出版や編集とかいうことではそれなりに苦労していましたので、30代半ばくらいの時にテクノロジーで世の中が明るくなると妄想にとりつかれました。一番感動したのはフルテキストのデータベースで雑誌や新聞、本などの全てが電子化されて検索可能になるというもの。検索が可能になるのは90年代も終りになってからですけど、英語で全部見て、データベースと出版だとか、通信だとかが全部結びついた。
 80年代中頃にアメリカの大手出版社とか、大組織ではだいたい今日の電子出版のようなことができる環境になっていました。ニューメディアの時代です。その頃にデスクトップパブリッシングが出てきたので、これで世の中が変わる、出版流通がもうちょっと合理的なものになるだろうと思い、DTPを自分もひとつやってみようと思って、電子出版を始めたんですが、結局DTPぐらいではビクともしなかった。
 90年代になってからはDTPとか電子出版よりはもっと情報技術の中身のほうに関心が移って、もともと畑違いだったんですけど、以来20年間くらいIT業界で調査やコンサルティングをやりました。それでもうリタイアしようかなとも思ったんですけど、2年ぐらい前にヨーロッパにいる知人から日本のEbookについてレポートを書いてくれないかと頼まれました。「何か知ってるか」と言われて、「俺何でも知ってるよ」ってでまかせをいいまして(笑)

仲俣 胡散臭いですね(笑)、そこはね。

鎌田 とりあえずなんでもできるって言ってから、それから考えるというのが胡散臭い所以かもしれません。93年に『電子出版』っていう本をオーム社から出して、以後電子出版に関してはほとんどやってないんですが、20年でITの色が濃くなったのでわからないはずがないと思って、レポートを書いて出しました。ちょうど20年前に考えたようなことが、ほぼ実現できるようになってきたと思いましたね。アメリカは一番社会的なしがらみがなくて市場優先で全て動いてしまうので、テクノロジーと社会に関してはアメリカを見れば世界の4、5年先が見えると思っていますので、これは面白くなってきたと。
 ちょうどその頃ですけど、「TechCrunch」(テッククランチ)の日本語版の翻訳をちょっと手伝ったことがあって、その時「WordPress」というコンテンツ管理ソフトを知って、使ってみたらオンライン編集出版というのが非常に手軽にできる。ITの世界にどっぷりで、HTMLを馬鹿にしてた部分もあったので、いじってみてこれはすごいなと。何がすごいかっていうのは、要するにタダでありながら、商品的に、プロダクトとして非常に出来がよい。それからアップデートがどんどんされてて、こういう機能がほしいと思ったらすぐに追加されて出てくる。それからプラグインがタダで出てくるし、有料のものも含めて非常に使いやすい。それで自分でサイトにインストールして使ってみたら、webとかブログとかをもともと馬鹿にしてたくせにハマってしまったんです。それでウェブサイトを作り始めて、「Ebook2.0 Forum」を2009年の10月ぐらいに立ち上げました。

仲俣 そうですよね。「マガジン航」の創刊も2009年で、あれも僕一人でやってるんですけど、始めた途端にもっと濃くてすごいのが出てきちゃって、なんじゃこりゃって。ずっと横目で見たり、お目にかかったりしたんですけど。じゃあもともとは個人ブログに毛がはえたって言ったら変ですけど、WordPressインストールしたらこんなに面白くて、レポート書いたら電子書籍も面白くて、どんどん書いちゃったってことなんですか?

鎌田 それと本を書きたいってこともありまして。本を書いたのが92、3年でそれから20年ぐらい経ってますので、非常にいいタイミングじゃないかなと思って、書き始めて構成を作ったんです。で、構成を作ったんだけれども、日本では情報が出てこないけど、アメリカではどんどん出てくるので、それを集めてノートを作ってるだけで量が増えていった。本を作るための自分のノートがサイトになった感じです。
 でもそのうち生活も苦しくなっていって(笑)、なんかお金にしないといけないなと。それでいわゆるマネタイゼイションを自分でやってみようということで、去年の9月に「Ebook2.0Magazine」という有料メルマガをはじめました。有料ですが、人の目に入らないものがお金になるわけがないと思って、人に読まれるようなものはむしろ無料にして、有料の部分より無料の部分を多くしています。そのためにブログの中に購読者管理の機能も入れました。非常に安いWordPressのプラグインなんですけど、そこからワードに落としてpdfで作って電子書籍バージョンも出してます。将来はEpub版も出すつもりです。そういう形でオンラインで編集して、作って、そこから電子書籍で出す。スタイルをCSSを変えれば印刷用にもなる。

仲俣 そういう事をやるのが楽しいってことですよね。ちょっといろいろと混ざりながら話しをしてみたいんですけど、沢辺さんは自分で「出版オタク」、出版業界のことなら何でも興味があるって言って、自分でデザインもしてるし、サイトも作ってるし、インタビューをされたりする。つまり沢辺さんも見る人から見れば胡散臭いと思うんですが(笑)

沢辺 そんなことないですよ。

高島 沢辺さんは胡散臭いんじゃなくてうるさいんだと思いますよ(笑)

仲俣 なので僕は沢辺さんと鎌田さん、セットで話をしてみたいと思ったんですけど、まずはWordPressを使えばこのクオリティのサイトが出来ちゃうっていうのは結構すごいなと思っています。「マガジン航」もWordPressを使ってるんですが、これはもともとボイジャーさんのウェブサイトに、ボイジャーブログっていうあんまり更新されてないブログがあったのがWordPressだったんですよ。それでウェブメディアやりたいけど、お金はかけられないってことで、そのアカウントを一つもらって作ったんです。
 何が言いたいかって言うと、さっき橋本さんがちょっと言いかけたんですが、別に出版社のデータベースとか、Amazonがなくても、ブログに書いちゃえば記録は残る。つまり出版社だけが出版の主体じゃなくて、その外に「Ebook2.0 Forum」も「マガジン航」も橋本さんの「情報考学」もある意味ではメディアとして機能し始めている。本の話でいったら、出版社がやるべき役割ってもっといっぱいあると思うんだけど、明るい未来っていうか、これから出版面白いねって話を出版社の中だけで議論しないでもうちょっと広く、外の人と一緒に出版について話すとよりいろんな角度が出てくるかなと思います。

DRMは本当にかける必要のある対象には無力

仲俣 それから鎌田さんは外国の情報をものすごく見ているので、もうちょっと出版とか書店も含めて、外国の情報と日本の状況の違うところ、同じところを混ぜて話ができたらいいなと思います。
 それで沢辺さん、まだ今の時点では解らないこともいっぱいあると思うんですが、アメリカでEbookがブレイクしてるわけですよ。で、日本のマーケットよりデカイとか……。

高島 アメリカのEbookってそもそもブレイクしてるんですか?

仲俣 そこはいろんな説があって、日本のほうがデカイっていう説がある。でもそれはマンガですよね。日本の活字系のコンテンツはまだまだすごい少ない。

高島 でも活字系も猛烈な勢いで増えてますよ。

仲俣 ですよね。いいことだと思います。でも600億ある内のおそらくまだ1割ぐらい、いくかいかないか。

高島 でもそれは何を読みたいのかという話だと思うんですけど。

仲俣 実際日本で読みたい本を探しても電子書籍はない。俺の読みたいものですけどね。紙の本としては山ほどある。で、海外の状況に関しては言われてるほどアメリカのマーケットはでかくないという話もあるんですが、一応具体的にパブリッシャーウィークリーの一番新しい数字で言うと、2010年のEbookのマーケットが166.9で、今年が…

鎌田 アメリカの出版の数字は幾つかあるんですが、一番よく使われているのがAAP(The Association of American Publishers)というアメリカ出版協会の数字なんです。AAPの数字で注意しないといけないのは、卸販売額であるってこと。しかも主要14社の卸販売額ってことで、小売も含めたらその倍ぐらいにはなるでしょう。
 アメリカの出版業界、独立系も含めて、アメリカでは超大手が6社ぐらい、大手が10数社でそれらは数字を出してるんですけど、AAPに数字を出してない出版社がまだ出版点数や金額で多分それと同じくらいありますので、いまアメリカで小売も含めて日本と同じ市場換算で言えば、電子書籍のマーケットが900億〜1,000億あるという風に考えています。

仲俣 ここに資料があります。AAPの2010年の卸値ベースで4億4130万ドル、つまりだいたい400億円ですね。これを倍にすると800億円。それからIDPF(International Digital Publishing Forum)っていうEbookの業界団体がやっぱり統計を出してまして、グラフになってるんで非常に分かりやすいんですけど、2010年の第3四半期までの伸びが解ります。これで言うと、2009年までと2010年まででどれくらいアメリカのEbookのマーケットが伸びてるかがすごく分かりやすい。2009年まではたしかに大したことないんですね。それで2010年の第1〜第3四半期で、第4四半期は更に伸びてますから、やっぱりだいたい卸値ベースで400億円。倍にすると800億円。日本の活字系の電子書籍のマーケットが100億円いかないとすると、アメリカはほとんどマンガがないですから、日本の10倍、電子書籍自体がマーケットを作ってるのかなって僕はなんとなく見てるんですけど。

鎌田 実態として概数で新刊書の8割ぐらいがEbookでも入手できる。それからほとんどの出版社が紙と同時に出してます。去年のはじめぐらいまでは電子が出るとその分紙が売れなくなるはずだと心配してたんです。しかも安いので売れても豊作貧乏になるんじゃないかと言われてました。いまはそういう感じが全くない。去年のクリスマス商戦でそれがほぼ払拭されて、やはり同時に出さないとダメだということで。

仲俣 で、後半でちょっと話ししたいのはね、最初のほうで沢辺さんが電子書籍を出すことがハッピーかどうかは解らないけど、それを度外視はできないという話が出ましたね。で、僕は日本語の翻訳書を買ったら、Amazonで電子書籍を探すと言いました。僕が買う本は結構マニアックな本で、日本の翻訳書でいうと初版3,000とか4,000も出てない本だと思うんです。Amazonで買うとそういうニッチな本でも洋書の原書が安い上にほぼ8割方ある。つまりはメジャーな本はもっとあるわけで、8割型の本は出てるだろうなと。それってとてもハッピーじゃないかと思うんだけど、沢辺さんが留保をつけたでしょ。その辺の話をもっとぶっちゃけてもいいかなと思っていますが、その辺はどうですか。

沢辺 いやいや留保は全然付けてないですよ。僕は作って売ってるんだから。1年前から新刊を。

仲俣 いや、業界全体にとってみたいなさ。電子書籍がでちゃうと書店が潰れちゃうんじゃないかとか。

沢辺 だから書店は潰れるでしょう。去年は印刷屋潰れますっていって、それだけが唯一僕の発言で受けたんですけど(笑)

仲俣 しょうがないって話ですよね。

沢辺 しょうがないですよ。そのまんまいけば書店も潰れると思いますよ。去年潰れる話ばかりしてたから評判が悪かったので、ちょっとフォローしておくと、書店は本以外の商材を見つけるのが一番ベターな選択なんじゃないかとしか僕には思えないよね。
 ハッピーかどうかと言えばハッピーだと思いますよ。それから、電子書籍化を推進するのが是か非かっていう大元の話があるけど、そんなことは選べるような状況じゃなくて、目の前に自動車があるのに今後も僕は馬車が好きですよって言ってもしょうがねえだろという話です。馬車で運ぶより車で運んだほうが荷物が早く届く時代に確実になっちゃう。ただ、それが100対0ってことはありえなくて、それが6対4なのか3対7なのかは良く解らないけど、一定数は電子になることはほぼ確実だというのが俺の未来予測。外れることはもちろんあるけれども、これはかなり確定した事実として考えないといけないんじゃないかと思う。

仲俣 遠い未来はきっとそうなるけど、どのくらいすぐにそうなるかが解らないってみんな思ってると思うんですよ。つまり10年後だったらきっとまだAmazonもあるだろうし、今のアメリカぐらいになってるだろうけど、去年1年間はあまり進展がなかったわけですよね。今年はGoogleエディションズが始まるだろうし、Amazonもいろいろな話を聞くと今年中に日本語ではじめる可能性が高いと思うんだけども、「来る来る」って言ってもこないじゃんっていう状態にいまなっちゃってるって気がしてて。

沢辺 来る来るっていって来てないじゃんっていうのは事実だと思います。さっきTwitterの書き込みにも、そういう人もいたんですよね。それはおっしゃるとおり。でも僕は何年後か解らないけど、来るっていうのはかなり確定的なんじゃないかなって思うの。その時に自分でどう対処できるか考えたら、できるだけ早く作っておくっていうのがベストだと僕は思った。去年のイベントは2月でしたけど、ポット出版では、1月から新刊と同時に電子書籍を出し始めたばかりで、まだよくわからなかった。その後作っていくといろいろなことが実感としてわかってきたんだよね。
たとえば、あの時には全く頭の中の片隅にしかなかったけど、それから半年ぐらい経って、これからはDRMだなって思ったの。Digital Rights Management、要はコピープロテクトですね。電子書籍においてDRM議論なんて去年のイベントにはなかったわけですよ。

仲俣 しなかったね。

沢辺 DRMがあることによってものすごく不便でしょ。さっき控え室でも話したけど、仲俣くんたちが出した『ブックビジネス2.0』はどっか選んで右クリックするとTwitterにピッと書き込めるわけですね。さっき橋本さんがそれで書評になるんからそれでもいいじゃんって言ったけど、それが出来ないのはほぼDRMのせいですよ。
 DRMっていうのは、悪意を持ってDRMを突破してネットでばらまこうとするような、本当にDRMをかけるべき人間には無力で、僕と同年代の人達のような、ネットリテラシーとかPCリテラシー、デジタルリテラシーの低い人達にとって迷惑なものになってる。「新しいガラパゴスっていうのを買ったんだけど、前に買った電子書籍が読めない。また買わなきゃいけないの!?」みたいな事態を引き起こすだけですよ。

仲俣 本当に高度な技術を持ってる人たちには無力で、普通の人をただ混乱させるだけだと。

沢辺 一番大切な人で尊重しなきゃいけない人ですよ。リアルにそれを何とかしなきゃって思えたのは、自分で電子書籍を出して、いろいろ扱ってみたから。それではじめて僕には実感として感じられるようになってきた。とすれば、いま一番必要なことはいつ来るかって予測をする前に、まずやってみること。そうすれば絶対次のことが解ると思うんですよ。それがついにpdf自炊でもいいじゃないかってところに行き着いちゃったんだけど。

高島 だから権利を奪われる前に出しちゃえよって話ですよね。できる形でね。

沢辺 権利を奪われるっていうよりも、そのことを深く知るなら本当に仕事でやらなきゃダメでしょ。例えばうちはデザイナーも採用するけど、専門学校とか美大とかでデザイン勉強してきた人で、採用した翌日から役に立った人はいない。最低一年は全然役に立たないわけですよ。偽物を作る勉強を何年間もするよりも、本物を作る、本物の印刷物にする、ドジったら刷りなおしだぞ、みたいな緊張感の中でやるってことが一番勉強になると俺は思ってるので、それと全く同じこと。いま専門学校に通ってる人には申し訳ないですけど、こんなとこ来てるよりも、自宅で電子書籍作ったほうがいいよって心の底から思う。

仲俣 そうですね。そのとおりだと思います。

高島 権利関係に関しては本当に腹が立っていることがあって、うちの会社は語学なんですよ。だから実用書なんですけど、昔からいろんな方から「お宅の本はいい本だからインターネットで公開していいか」なんて問い合わせが来るわけですよ。学校の先生とかからね。

沢辺 来る来る! 俺、大学図書館員から「すみません、コピーしてFAXしてくれませんか」って言われたことあるからね(笑)

高島 ひどいのが音声データで。「これ非常に良かったんで、自分のホームページに置いてみんなに聞いてもらいたいんですよ」って。もう頼むからやめてくれっていうか、なぜそれが問題なのかってことをメールに書いて送りましたよ。もちろんそれは解っていただけたんですけど、そういうDRM以前の問題として権利を守る前の段階のリテラシーってところで、未だに問題は山盛りなんですよ。

沢辺 それはその音声データはここにいけば売ってるよっていう状態がないから、私が代わってってことじゃないの? 俺がデジタルオタクに脳みそ犯されちゃってるからそう思うのかもしれないけど。

高島 それをやっても、とてもいいので自分のところでも置かせてくださいって話になるわけですよ。

沢辺 それは出版っていうものがそういう事をやってるって想像もできない状況だからですよ。出版っていうものはだいたい電子で読むか、紙で読むか選択肢がある。「なんかCDとかついてるけど、娘はダウンロードしてるみたい」というような環境になったら、理屈じゃなくて、公開しようなんて発想にはなかなか行きづらくなってくれるんじゃなかろうかって俺は思ってる。

鎌田 DRMの話は日本もアメリカもだいたい同じような議論だと思うんですけど、私はテクノロジーである以上、DRMの解除のようなものが出てくるのは仕方がないと思っています。逆にアメリカでいま言われているのは、海賊版は非常にマーケティング上有益であるということなんです。要は海賊版がどこから出て、どう流れていっているかをちゃんと追跡できて、その後にきちんとした正規マーケティングをやってお金にすればいいと。需要がないところには絶対海賊版なんか出てこないのだから、出たらむしろ非常に名誉なことだと考えてるんです。
 あともう一つ、アメリカで海賊版ベスト10とかいうのが出てますけど、笑ってしまうようなタイトルばっかりです。「なんとかフォーダミーズ」のITのマニュアル本とか、「ハウツー何とか」ですとか、ちょっと本屋では買えない、Amazonで買うのもちょっとというようなタイトルがズラッと並んでますね。

沢辺 それはもっとダイレクトに言うと「How to SEX」とかそういうの?

鎌田 そういう本です。『AdvancedAdbanced SEX』だったかな。

仲俣 それいいですね(笑)

沢辺 読みたいなそれ(笑)

鎌田 なにがAdvancedAdbancedなのかはよく解らないんですけど(笑)

著者自身がマネジメントを考えはじめた

仲俣 DRMとちょっと違う話ですが、スキャンレーションスキャンネーションってありますよね。日本語で書かれたマンガをスキャンしてアップすると、いわゆるweb2.0的にみんなでネット上で翻訳をして、あっという間に日本語のマンガを現地語にしてしまう。そういうサブカルチャーがアメリカを中心に出ているんですが、それによって海外で日本のマンガがすごく読まれてる。場合によっては、吹き替えまで全部文字が打ち変えられているのもあります。僕は最初iPhoneアプリで知ったんですけど、iPhone版はアメリカのAmazonのみなので、なかなか日本では買えない。
 この間Facebook上で日本のマンガ読み放題のアプリを発見して、びっくりしてこれは問題だって「マガジン航」のサイトのアカウントでつぶやいたら、趣旨とは逆に、海外のフォロワーからの「いいね!」がすごい増えてました(笑)。いいもの知ったっていう人が集まったんじゃないかってくらい見たことのない国の人がたくさん。
 難しいのが、僕は出版業界で食べてるからやっぱそれは問題だよねと思うわけですよ。一方ではそれが便利だねって思っちゃう人の気持ちもすごく解って、それは立場が逆ならきっとそうだろうって引き裂かれるところがあります。だから業界が生き残るかどうかの話よりももうちょっと広い規模で物事を考えるときに、どう考えたらいいのかなってことをいつも問うんですね。僕なんかは中に片足突っ込んでるから、逆に橋本さんなんかは印税9割もそうなんですけど、読者目線もあればITのリアリティもあって、実際紙の本にも愛情があるわけでしょ。DRMの話でもいいし、いまの話でもいいんですけど、なんかありますか。

橋本 僕らが作った『ブックビジネス2.0』は基本的にコンテンツの部分でクリエイティブ・コモンズにサインをしていて、パブリックドメインにしようと我々はしていますよね。でもしっかりその土台のアプリケーション自体は有料で売っていて、DRMがかかっているのでコピーてきないわけですね。その切り分けがすごい重要な気がしています。
 DRMは必要な人、不要な人がいると思うけど、拡げていくという戦略にはすごい有効だと思うんですよ。タダでどんどん配ってください戦略。どうせその値段では買ってくれないとなった時に、ある意味違法であれ何であれ、とりあえずいま拡げておいた方がいいと。例えば発展途上国でマーケットがあるかも知れないし、そういう意味では著者とか出版社がいいと思ったらとりあえず拡げてもらってもいい。けれども、ちゃんと国内で売ろうというときは、ちゃんと取り締まらないといけない。だから僕らが作ったアプリケーションと似たことが言えると思いました。土台のところにDRMが必要で、コンテンツの部分っていうのは著者の態度次第ではないかと。

沢辺 Facebookのコミック読み放題で言えば、日本の出版界や多くの人はまったく反対の、よくない対応をしてると思うのね。
 第一にそれは良くないからやめなさいってところからはじめるじゃん。俺は逆だと思っていて、まずは僕たちがちゃんと買えるような環境を作ることが大切。ちゃんと買えるでしょ、だからダメなんだよって言わないで、先にダメってことばかりやっている。
 だから自炊本についても、奥付に自炊しちゃいけませんという文言を入れたらしいじゃん。俺はあれはイヤだなと思うんだよ。ある自炊は違法だし、自炊の森は俺は違法だと思うから、僕は自炊していいよなんて言いたいんじゃないですよ。だけど奥付に書くのは、「この本をご自分でスキャニングして、ご自分の私的利用の範囲でデータ化する分にはいいですよ」と書くべきだと思うんだよ。やっちゃいかんってことを書くと何がやっていいことなのかが解らないじゃん。やっていいことを明確にしてあげれば、必然的にそれ以外はダメだって言ってるんだから。そういう風に働きかけをしていかないと、ますます出版界はコンサバ、ひどい奴等の集団になっちゃう。でもそれは実情じゃないと思う。
 この前、池田信夫がつぶやいてるのを見て頭にきたけど、講談社から著者へこんなにひどい契約書が来た、とか騒いで。出版社が悪いっていう風になってますけど、アメリカは逆に電子化権とかそういうのも全部含めて権利は出版社がとっちゃうんですよ。だからアメリカは電子書籍ができる。日本は紙の本にする権利しか契約してないから電子化が大変なんですよ。それで著者がうんって言わないんだもん。うちだって著者がうんって言わないから本にならない本だってあるのよ。

仲俣 それも風向きが変わってきてるとは思いますけどね。ずいぶん前に著作権期間の延長問題で、津田(大介)さんなんかもやってる「think C」(Think Copy right)とかもありましたね。
 著作権を50年から70年に延長するとかの時に、著作権者が自分たちや孫子の代までの権利に関してけっこう頑なな態度で、僕らもどうかと思いました。実は僕は日本文芸家協会ってところの電子書籍の契約書に関する小委員会っていうのかな、それの小さな集まりに顔を出しています。これから作家は出版社に対してどういう風に契約を結んだらいいかっていう話し合いですね。例えば三田誠広さんなんかは電子化自体に対してはそんなにネガティブな気持ちはないんです。印税率をあげてほしいと言っているだけで。
 出版社がなんとなく著者に電子化は怖いよ、とか、権利は守ったほうがいいよ、とか言って、出版社と著者との関係が共犯関係になってる時は著者も出版社の言うことを鵜呑みにしちゃうんだけど、出版社と著者が必ずしも利害が一致しないときには、著者の方がアナーキーになったり、自分でマネジメント考え始めてるわけ。で、考え始めてる結論はまだ間違えてる場合も結構ある。
 今日はあんまり話題にしたくないんだけど、著者本人が自著に書くケースが最近増えていて、例えば芥川賞候補になった評論家で学者でもある小谷野敦さんの『母子寮前』っていう本の扉裏にはこう書いてあるんですよ。さっき沢辺さんが言ったとおりで、「本書の無断複写は著作権上の例外を除き禁じられています。購入者以外の第三者のいかなる電子複製も一切認められておりません」。言い方変えれば本人だったら別にしていいよって書けばいいんだけど、こうやって書くとなんかやっちゃいけないリストみたいで。
 ただ、自炊業者に出さないでくれってことだと思うんですけど、著者がこの本はこうしてくれああしてくれっていうのは今までなかったから、こういうのが入ってること自体面白いと思います。全部all right reservedで出版社がひとしきりやってたわけでしょ。

橋本 最近は半年ぐらい図書館に入れないでくれっていうのもありましたね。

仲俣 これですね。樋口毅宏さんの『雑司ヶ谷R.I.P.』。でもこの本も図書館に半年間いれないでくださいって巻末に入ってるんだけど、お願いしてるってところがミソで。別に法律上どうこうってことを盾にしてないし、意思表示をしてるだけ。つまりこれはさっきのクリエイティブ・コモンズと同じで、自分の持ってるコンテンツに対して意思表示をしてるのは面白いと思うんだよね。

沢辺 例えばさ、いま雑誌協会がライター、カメラマン、イラストレーターなどなどに権利を3ヶ月間あらゆる使い方をOKにしろっていうガイドラインを作ってる。昔は次号発行まで独占使用っていうのが内規で、それ以降は著者本人が自由に使っていいよっていうルールだったでしょ。各ライターさんとかに通知してるところもあればしてないところもあるんだろうけど、仲俣くんなんかはどう思う?

仲俣 いいと思いますよ。3ヶ月間くらい好きにやらせたほうが。もっと長くてもいいってこと?

沢辺 電子化を推進するなら3ヶ月じゃ駄目だよ。例えば雑誌のバックナンバーを3ヶ月経ったらライターさんとの権利が切れましたので、もう売りませんっていうような世界って電子化になってないでしょ。電子化を推進するんだったらOKですよ。そしてそれに納得しない筆者は雑誌で使わないってことでいい。

著作権管理の最終形態は集中管理

鎌田 一つみなさんに質問したいんですけど、アメリカでいま問題になっているというか、問題にならないでもすでに行われているのは、図書館ではなく、Amazonやバーンズアンドノーブルのようなオンライン書店がユーザー、購入者に対して、電子書籍の貸し借りを認めてるんです。要するに2週間貸し借りして回し読みできると。回し読みが書店によって合法化されて、それによって回し読みを斡旋するサイトも出来てきています。

仲俣 見ず知らずだけど貸し借りしあうみたいな。

鎌田 そうですね。

高島 でもハーパーコリンズはやめたんじゃなかったでしたっけ。

鎌田 ハーパーコリンズは徹底して図書館に対しても何回以上のダウンロードは認めないとした結果、ボイコット運動が起きてます。だからハーパーコリンズのボイコット運動がどうなるかっていうのは一つのバロメーターとして注目してるんですけど。

沢辺 でもそれ過渡期じゃないですか。

鎌田 過渡期です。それで質問のポイントはそうしたレンタルについてどう思うか。つまり2週間っていうのが認められてしまったら、大抵の本が読めてしまう。2週間以上置いておきたいっていう本はそうはないですよね。認めてしまったらどうなるか、業界は成り立たないとお考えか、それはそれで構わないだろうということか。

沢辺 起こってることはしょうがないでしょ。それにそれは過渡期でしか考えられないですよ。俺は電子化は最終的には著作権管理のフル電子化だと思いますよ。だから本を買うっていう概念はなくなってくると思う。

仲俣 だんだん面白くなってきましたね。その辺もう少し。

沢辺 本を買う概念はなくなって、利用権だと思いますよ。だから一度買った利用権は自分のところにデータが無くても、無くしちゃっても、生涯ずっとある。つまりそれは一対一契約になるので、家族の範囲の中なら回し読みしていいよっていうのも基本的には多分出来なくなると思いますけどね。
 そしてそれによって、カラオケで年に一回しか歌われない歌だって作者には一応使用料っていう形での謝礼が払えるようになる。それが著者にとってみてAmazonからいくら、講談社からいくらっていう風に、出版社からなのか書店からなのか解らないけど、そういうところからバラバラ来るっていうのでは振込代もまかなえないから、集中処理機構を作ることにならざるを得ない。
 いま著作権は使わせないための盾として使われていて、著者にとって都合の悪い、自分の意見が批判される場には載せたくないよって形で機能してる。例えば『週刊金曜日』が「伝説のオカマ─愛欲と反逆に燃えたぎる」ってタイトルの記事が差別だと編集部に抗議があって、その後編集委員や編集部が反省文を書いて掲載したんです。それでポットでオカマは差別じゃねえだろって本を出そうと思って、編集部にその全文を載せたいと頼んだら断られた。次に著作権は著者にあるはずだから著者に直接連絡とるので連絡先教えてくれと頼んだけどそれも教えてくれなかった。結局こっちで調べがついた範囲で個別に問い合わせをしたら、なんと本多勝一だけOKだったから、それは掲載したんだけどね。
 JASRACは俺がやってるおやじバンドが演奏したいって申請してもOKするんだぜ。加藤和彦の『タイムマシンにおねがい』をみんなでスタジオ録音してYouTubeにアップしたわけよ。加藤さんは亡くなってるけど、こんな下手くそなヤツらに自分の曲は演奏させたくないなんていう風に一切拒否しないで、誰がやっても金さえ払えばOKですよ。

仲俣 だからね、出版社があまりにも著者を甘やかしてきた面もあるってこと。本当の著作権は著者にあるんだけど、今までマネジメントも含めて出版社が全部やってきたわけ。だけどはじめて著者と出版社の利害が対立したときに、アメリカみたいに全部出版社に任せたら著者にとっても読者にとってもいいことになるかっていうと、そこまでやれる出版社はそんなに多くないんじゃないかと思う。

沢辺 一律著者が出版社に預けるべきだとか、そういう議論は全く意味がないよ。それこそ著者は自由にこの雑誌に対する掲載に関して権利を全部出すとするとか、逆に俺はいやだとか主張するようになって、そのことによって仕事を干される場合もあるだろうし、個別選択する時代に入ってくるんですよ。

仲俣 いまは小説も含めてある程度の物書きはそっちに行ってますよ。つまり自分の権利は自分でマネジメントしようとしてるわけ。マネジメントしたいから、ああ言ったり、こう言ったりしてる。むしろ出版社の側が著者をまだ自分たちの側に囲い込もうとしてる面の方が強いように感じるので、僕は出版社がやってくれるならやるべきだろうし、やってくれないんだったらJASRACみたいなものがあって、著作権者自体がダイレクトに集中管理っていうのをやったほうがいいかなと。

沢辺 でもね、JASRACの出版版を仮に作るとしても、作家個人の力や、あるいは文芸家協会の力じゃ現実的には難しくないですか? やっぱり僕は出版社の連合ぐらいの規模で作らないと、そこまでのものは作れないと思う。金も第一出てこないと思うよ。

仲俣 そうだね。だから逆に言うと著者が正確な情報も余りないのにあれこれ言い出しているのを受けて、版元側がどういうアクションをするのか。版元が著者にボールを投げ返されている時期に来ている。そういう中で、もう一回出版社の役割ってなんなのかって問い直す時期に来てると思うんです。

電子書籍版の実売は紙版の5%程度

高島 とりあえず『ブックビジネス2.0』と『電子書籍と出版』の部数の話をしなきゃ。

仲俣 あ、そうだ。橋本大也さんと去年に出した2冊の電子書籍の売り上げ部数の発表から行きましょうか。

沢辺 えっとね、『電子書籍と出版』は紙の本は3,000部刷って、売れ行きが実売で2,500部ぐらいかな。電子書籍は150前後。

仲俣 結構多いじゃないですか。

沢辺 数字をよく聞いている人にとっては結構いった感じです。

仲俣 『ブックビジネス2.0』電子版の座談会のなかで、津田大介氏が、電子書籍の売り上げはだいたい紙の本の5%だって言ってるわけ。電子書籍の売上は経験則で言うと、2,000部の本なら100部。10万部の本だったら、5,000部。2,500部の5%だから125部。そう考えると、『電子書籍と出版』の比率もだいたいあってるよね。

橋本 僕はちょっと意見が違って、2,500部売れたら結構売れたんだなって思うんですけど、ポット出版の電子書籍版を知ってる人って少ないと思うんですよね。本は流通に載るけど。あの電子書籍版ってプロモーションはほとんどなかった気がしていて。

仲俣 『ブックビジネス2.0』についていうとサイトで売上報告を開示しています。画面でちょっと見てみながら、実業之日本社の担当の宮田さんに来ていただいたので、マイクを回します。

宮田 実業之日本社の宮田です。アプリ版は発売から大体3ヶ月経ちました。まず特別座談会のコンテンツなどが入っている無料アプリのダウンロード数が4,000DLを超えたぐらいです。その後、有料のコンテンツの買い方が2パターンあって、一冊まとめて購入していただく方法と、アンソロジーになっているので津田さんの記事だけ読みたい時とかに1タイトル230円でバラ購入できます。一冊まとめて購入してくださった方が101部。つい最近3桁に乗りました。バラ売りは延べ165部です。これは7タイトル有りますので、その合計です。バラで一番売れたのは津田大介さんで、小さいですけども52部かな。

沢辺 このメンバーでプロモーションするのと考えたら、うちは大勝利に近いんじゃないの(笑)

高島 逆にTwitter上で言うと、これだけ大きな、津田さんや仲俣さんにプロモーションしてもらう機会はないわけで。それ以外のものがどれぐらいの数字かっていうのは考えてみると恐ろしいですね。

仲俣 ただね、4,000が無料でダウンロードされてるってことを見ると、ちょっと無料で出しすぎたかなって感じもする。

沢辺 だからそれはプロモーションの成果でしょ。むしろそっちに行っちゃったってことじゃないの。

高島 そう。プロモーションの成果だけど、4,000じゃなくて1万いかないと本来はおかしいわけですよ。

宮田 あとは先ほど出た、経験則で5%ぐらいじゃないかっていう数字で言うと、『ブックビジネス2.0』の方は初版で6,000部刷りました。そのうちだいたい4,000部弱ぐらいが実売の数なので、さっきの100をとるのか266をとるのかってのありますけど、だいたい5%ぐらいのところに着地してきてるのかなと。

会場 質問なんですけど、その売上が100部というのは「出版」って言うのかな。つまり100とか200とか、500でもいいんだけど、要するに100の単位の話は出版という概念の中に入らないんじゃないか。

高島 僕は言わないと思いますよ。

沢辺 僕は言うと思いますけどね。

鎌田 出版というのは要するに責任主体がいて世間に出す行為であって、それがビジネスで有るか無いかっていうのは次の問題ですね。
 で、出版ビジネスで有るか無いかという話ですが、例えば私の友人でソフトウェアをやってる有名なコンサルタントが自分は出版をいろいろやってきたと言うんです。一番最初にやった出版は自分のコンサルティングの経験をマニュアルにして一部3万ドル、会社に売る場合はコピーする権利をつけて10万ドルにして3千セットぐらい売った。それを次に単行本にして30ドルぐらいで3万部売った。最後はもう十分稼いだのでパブリックドメインにして出しちゃった。それぞれ形態は違いますけど、ひっくるめて出版は出版なんですよ。300部でも100部でも、ビジネスになるかどうかっていうのは別問題で。

仲俣 それはその通りですね。僕も片方の本に責任がありますので言うと、まずそもそも端末が普及してない。つまり5%の経験則に乗っかっちゃってるのが問題っていうか、もともと紙の本が売れてないことが問題っていうか(笑)。コンテンツが紙の方でも2,000部ぐらいでしかなかったことに忸怩たるものがあります。つまり紙の本が1万売れれば500いったかもしれないし。
 逆に100が出版かっていうことについては、紙の本関係なしに100売れたら出版だと思うんですよ。

沢辺 iPadって100万台ぐらいなんじゃないの? 日本だと正式な発表はないけど、数10万台って話ですよね。だから一億人としたら10%が1,000万でしょ。だから1%ですよ。

高島 それは解らない。持ってる台数とそれを買う人っていうのはまた違うんで。それはちょっと。

橋本 もともとこれはニッチなテーマなんですよね(笑)

沢辺 でもびっくりしたのは、一番最初鎌田さんって胡散臭いですよって言ったけど、意外と合ってたなって。ほとんど意見同じだったでしょ。

仲俣 意見合うでしょ。そう思ってきてもらったんだけど。もうひとつはさ、質問ある人は考えて欲しいんですけど、電子書籍語りブームとか、電子書籍についての言説ばっかりで実際にアクションを起こして作ってみた人とか、読んでみた人って少ないよね。沢辺さんは自分で作ってるし、作ったからこそ解ることがあるわけです。僕もアプリを作るプロセスに関与したから学んだことがすごく多いんですね。鎌田さんも実際にサイトをやったり、一生懸命マネタイズしようとしたりしていて、ビジネスのマーケット規模は小さいながらも実際にやっていく中でいろんなコトを知ってきた面っていうのはあると思います。
 それから、現場の売れた売れないの話の前にもう少し高いレベルで、いま起きてる変化ってなんなのかってこと。これだけ出てるんですけど、よく解らないんですよ。例えば僕らがやってる「マガジン航」。アメリカのボイジャーはもう潰れちゃったんですけど、それを元々立ち上げたアメリカのボブスタインっていうところがThe institute of future of book、本の未来研究所っていうのをやってるんですよ。ほとんど本の未来を研究していろいろやってる変なサイトなんですけど、それはやっぱり胡散臭いじゃないですか(笑)。けどその胡散臭い感じってすごく大事だと思っていて、物事が始まる時は胡散臭い人間がいっぱいいないと。クリーンで、なんかビジネスでマネタイズみたいな世界の前に、魑魅魍魎がいるべきかなって。鎌田さんに限らず、電子書籍に関していろいろ言ってる人がいる割には、ここまで憑き物に憑かれたようにサイトを作ってるなんてすごいなと思って、鎌田さんを今日お呼びしたわけです。

沢辺 宮田さんは意見ありませんか?

高島 宮田さんの今回の取り組みに関しての感想はあります? 宮田さんは今回かなり入れ込んでたと思うんですよ。で、儲からなくてもそれはしょうがないっていうか、予測できる話なんだけど、なんか自分で思ったところと、突っ込んだところと、違った所っていうのは伺ってみたい気がしますね。

宮田 さっき沢辺さんも言われたとおりで、これだけ津田さんはじめ仲俣さん達にもかなり援護射撃とかTwitter上でもいわゆる販促活動をやっていただいたので、有料のコンテンツへのコンバージョン、つまり無料ダウンロードした人にもっと有料版へステップアップしてもらいたかったなという思いはあります。でも有料版は100ちょっとしかいかなかった。それはアプリの中のインアップパーチェスパーチャスという購入方式に課題があったのか、それとも仲俣さんが言われたように無料で出しすぎちゃったのか、まだ自分の中では答えが出ていません。
 あとTwitter上で書き出せる機能とか、クリエイティブ・コモンズのライセンスを著者のみなさんに賛同してもらって採用できたことはよかったです。意外に知られてないんですけど、EPUBでのテキストファイルの書き出しっていうこともやっていて、アプリだったら絶版がなくなるっていう議論があると思うんですけど、いろいろなアプリケーションやソフトウェアのバージョンアップですぐに読めなくなっちゃうってことがあります。そういうところで購入していただいた方には、EPUBファイルのテキストファイルに近いタグが付いてるだけのものですが、汎用的なフォーマットで未来永劫というと大げさですが、アクセス権的なものを提供できた自負はあります。

高島 しましたってところが、正直に言うといまひとつ噛み合わなかったわけじゃないですか。で、その辺について本人の思っているところを伺いたい。

仲俣 僕が思うのはね、まず紙の本はそんなに売れたのかと思って。初版で6,000って普通この本で多すぎるんですよね。でも4,000弱まで来てるってのは結構いい。内容に関しては紙の本は結構買ってくれたんだなって思ったんです。もうひとつはアプリを買った人って、中身を読みたかった人は紙で読んじゃってるので電子書籍ってどんなものなのって挙動が見たかった人が結構多かったんじゃないか。それにはおまけで十分だったな、と(笑)。で、もうひとつはiTunes Storeが本を売るにはあまりにも非力で、本屋としては……

高島 iTunes Storeが本を売るには非力だったら、じゃあどうやって本を売ればいいんだ。

沢辺 ボイジャーに申し訳ないけど、理想書店なんてもっと非力ですよ。それとこのアプリ、金をかけすぎてない? 低い物同士争ってるみたいで恥ずかしいけど。うちで言えば、スタッフの山田と大田が4日ぐらいで作ってるけど。

橋本 これは相当開発費かかってますよ。

仲俣 アプリと電子書籍の違いですよね。

沢辺 なんでこんなに金をかけるんだって。いまそんなに売れねえだろって思う。

高島 それは自分も思いました(笑)

大手だったらなんでもできるわけじゃない

会場 株式会社28号の大水と申します。弊社は1年前に立ち上がった会社で、デジタルコンテンツの配信プラットフォームをASP形式でやってまして、主に出版社さん向けにサービスを提供してます。
 いまお話がありましたアプリの開発という部分ですが、YAPPAさんなんかは先行して電通さんと組まれてストアアプリとビューワーの提供をされています。弊社でも、昨年の11月からストアアプリとビューワーの提供をさせていただいてます。こちらで作ったものをいわゆるレンタルでお貸しして、書籍のデータ量に応じて月額の費用は変わり、別途トランザクションフィーとして一回25円みたいな感じです。
 大手の場合はお金があるので、いま話されてる内容はどうにでもなる話だと思うんです。いままで出してきたものを電子化するとかって、お金さえかければ会社同士のやりとりで何とかなっちゃう部分があるんじゃないでしょうか。でも中小の出版社さんって、この間ポットチャンネルに見学しに行ってその話も出てたんですけど、最終データはそれこそ印刷所にあるので、権利関係の問題もあって、最終データの権利は印刷所なの?出版社なの?どっちの権利なの?って言ったときに、出版社が持ってるデータを電子化するに当たってはその費用も結局障害になってなかなか電子出版に至れないっていう出版社さんも多いわけですよね。
 じゃあせめてアプリ開発の部分だけ、ウチの方でフォロー出来ればと思ってサービスを展開していろいろ売っていますが、僕がこの場で伺いたいなと思うのは、大手はいいとして、いまここにいらっしゃる方々は中小のほうが多いと思うので、中小の出版社さんが電子出版に進むに当たってどういう事をしていくのがのがいいのか、その辺のお話しを伺えたらありがたいなと思ってます。

高島 自分はGoogleエディションズですね。もうGoogleにお任せしたいです。すみません別に悪気はないんですけど、ITの中間業者っていうのが一番タチが悪くて、排除したい。本当に。Googleエディションズで済ませたい。

沢辺 その件に関しては、僕もひとつの回答だと思うんだけど、別にGoogleエディションズって確定はしてないと思ってて。高島さんと共通してるGoogleエディションズに可能性があるねってところで、その根拠は本を一冊送ればタダでスキャニングしてくれること。だからいまの質問の中小零細はどうしたらもっと中間業者を利用してくれますかってことであればさ、タダだってことですよ。
 それから僕は彼の言ったことに異論があるし、みんな誤解してると思うんだけど、大手なら問題ないってみんな言うでしょ。大手だって問題あるし、もうこれ以上コスト出せませんから。実業之日本社だって僕はそうだと思いますよ。

宮田 先程の開発費用の話で行くと、数字で言えばだいたい20万円ぐらい支払いをしています。逆に言うと、それしか払ってないんですよ。なぜそれが出来たかというと、開発を担当してくださったHMDTさんの木下さんをはじめエンジニアの方々が『ブックビジネス2.0』っていう本を先に読んでくださって、この本の中で提言されている内容が電子書籍の中で実現できたら非常に自分たちもわくわくすると。だから一緒にプロジェクトとして、自分たちもある程度コストも出し合ってやりたいんだ、という話があったからです。タイミングにもいい仲間にも恵まれて実現できた。そういう事を抜きにしたらリッチすぎる作りに見えるかも知れない。

橋本 でもこれは普通に発注したら数百万かかりますよね。

仲俣 だから発注じゃなかったんですよね。今回はね。

沢辺 で、そこへさっきのビジネスなんですかって議論と同じように、HMDTさんもこれ単体ではビジネスとしては考えなかったわけですよ。俺の勝手な想像だけど、ここで開発したノウハウを今後も会社で生かせると考えて、その材料として編集者や著者と意見交換しながら作れる絶好のデモバージョン制作というぐらいの位置づけだからやったってことで。だけどたとえ20万にしたって、今後実業之日本社が出していく紙の本に関しては必ずこのバージョンでやっていきますってことには絶対ならない。
 それで、大手はなんでもできるっていうのに異論があるのは、事実はそんなことはないと思うから。その根拠は、大手だったら開発するんだから20万だとは言ってくれませんよ。
 ポット出版がポットチャンネルで出演者に払ってるギャラは、ここだから言っちゃうけど2万円です。観客が見に来てくれたら観覧料を1,000円取るんで、さらにそこから半分を支払うけど、もしゲストを連れてきたら払ったギャラの中から配分してもらってる。こんな値段でそもそも頼めるのは、ポット出版だからで、あそこならしょうがねえかって思ってくれるわけですよ。掟ポルシェさんだって講談社から頼まれて2万円だったら「うーん」って言うと思いますよ。つまり逆に言うと大手はもっとすごいハンデを背負ってるとも言えるわけ。

電子書籍時代が新たな契約形態を生む

会場 気になってるんで聞きたいんですけど、奥付に「自炊禁ず」って書いてる、ふざけた出版社の名前をぜひ知りたいなと思うんですけど。

沢辺 報道されてるのは文春とかですよね。記憶だからネットで後で検証したりして欲しいんだけど、僕の理解が間違えていなければ、日本書籍出版協会が協会としてそういうコトをみんなでやろうねってやってる。別に書協の場合はやらなかったから罰が来るって組織ではないと思うので、強制してるわけではなくて申し合わせかな。一緒にそういうのやろうぜ、みたいな。

会場 禁ずって言った瞬間に、まるごとスキャンするのは微妙なところですけど。

沢辺 いや、論理としてはさっきの小谷野さんの書いていた論理にしかならないと思う。

会場 そうですよね。でないと、ソフトウェアのパッケージみたいにビニールカバーを掛けて、この規約を守るひとだけ取って中見てくださいっていう風にしないとおかしな話だし。じゃあ図書館に納品するのをやめて、国会図書館でコピーするのも禁じてないとおかしいですよね。それはただ無知な読者を相手に恐喝してるみたいな話になってる。

沢辺 だからそれは違うんだって。効力ないんだから。

会場 じゃあ効力ないっていう風に世間に広めたほうがいいって内容なんですよね。

沢辺 だから効力がないのにカッコだけつけてそんなこと書くのに俺は反対だって言ってるわけ。

会場 恥ずかしいですよね。

沢辺 恥ずかしいよ。むしろその逆で、こういうことならやっていいですよってことをきちっと明言して、それで利用してくださいっていう風に言わないと、人は嫌な気持ちになるんじゃないかなって思うんだよ。

高島 沢辺さんが出版業界の主流ではないので(笑)、出版業界でそういう話を書いてるって話が出ていたのは確かですが、権利関係の話と同様にあんまり深く考えてないと思いますよ。

沢辺 それとね、自炊に関して言えばね、こういう背景があるんだと思うよ。自炊を違法だという風に仮に訴える、裁判やりますってことにした場合に、その主体は著作権者以外にはないと思う。日本の著作権法と出版契約では、出版社は紙の頒布権をいただいてるだけですから。だから電子化権も別に契約しなおさなきゃいけないことになってる。だとすれば、訴える根拠は著作者にしかないんですよ。ということは誰か著作者が名前を晒して、自炊をした読者に対して訴訟を起こすって形でしか訴訟は成立しない。

会場 現状では、ですよね。それを出版社が訴えるようにしようっていう風になってるわけですよね。

沢辺 まあ動きとしてはね。それが出来ないから、自炊問題について訴訟は起こってないんじゃないですか。村上龍だろうが村上春樹だろうが、自ら名前を晒して自炊代行業者を、自分の本を買ってくれた特定の読者を訴えることが本当にできる著者が日本にいるかって言ったらこれはかなり難しいというのが現実。

会場 訴えるメリットがないですよね。まず。

沢辺 メリットはありますよ。そこで判例が出れば、自炊代行は違法だってことが裁判所に判例として残るわけですからね。だから一つひとつに判例を作るしか無いんですよ。自炊自体は別に法律に書いてないですから。

鎌田 あの、自炊でちょっと盛り上がり過ぎだと思うんですけど。国際的に自炊の問題っていうのは海外でも紹介されてるんですよ。日本の「自炊」という言葉で。それは「実に奇妙な」って扱いなんです。なんで出版社が混ざらないのかって。出版社っていうのは、出版してなんぼの会社なんで。

会場 そう思うんですよ。僕も自炊をやってみたいって思いながらもやってないのは面倒くさいから。僕は自炊よりも、本は全部処分しちゃってAmazonのマーケットプレイスで250円の送料を出して1円とかの本を買う、っていうのが家の本が減って一番楽な方法だなって思ってるんですけど、それだと著者にも出版社にも1円もお金入らないわけじゃないですか。
 それとは別に、先ほど電子書籍の紙の本に対する売上パーセンテージが5%ぐらいって話で、著者に対する印税って電子出版の分は当然売れた分に対して払いますよってなると思うんです。いままでの紙の本の場合、著者は出版した時に刷り部数で印税をもらえるっていうような、いわばリスクを出版社側に持ってもらって、この本を書けばいくらぐらい入るなってめどをつけて仕事に着手できるメリットがあったと思うんです。
 たぶんアメリカだと5%よりは増えるのかもしれませんが、例えば電子出版の売上が半分になりましたとか、7割になりましたとなった時に、刷り部数の印税に比べて最初に確保できるだろうお金は少なくなりますよね。それが極端に進めば、出版社から電子書籍を出す時に、自分が出すよりも数倍売れるようなプロモーションをやってくれるんだったら出版社にお願いするけれども、そうでなければ個人単位で電子出版したほうがそれこそ印税9割の世界で儲かるじゃないかということにもなるじゃないですか。読者とのつながりも直接持てるし、一部にはそういう著者は増えていくと思うんですよ。僕はそこにちょっと興味があります。
 自分でやるかどうかは別として、どうなったら個人単位で電子出版なりをなるべく手間をかけずにやることができるようになるかってことについて聞きたいです。それがAmazonなのかPaypalなのかみたいな。

高島 橋本さんがいっぱい出してますよ。

橋本 そろそろ帰らないといけないので、最後にそれに関連して総論的に。さっき電子雑誌の「ビューン」の話をしましたが、これは雑誌20誌ぐらいがセットになって月350円で読み放題なんですよ。これはCSにおいて「ベーシックチャンネル」っていう買い方ですごい普及したビジネスモデルです。
 だから「ベーシックチャンネル」みたいに何人かの著者が一つのチャンネルを作っちゃったらどうかなと。読者に契約してもらってCSのモデルで毎月課金する。その各チャンネルには1人、例えば宮部みゆきや京極夏彦のような大物が入っていて、それを読みたいのでとりあえずそのチャンネルは契約する。そこでセットに新人を加えたりすることで、育てる道も作る、とやると結構いいんじゃないかと思います。
 この本が読みたいっていうよりはこのチャンネルが読みたいっていう風になっていくんじゃないかな。だからいままでの出版と全然違うものなんだけど、個人でも組み合わせによってとりあえず一人スター選手を入れておいて、その後ろで何人かが著者の集団を作ってが安定的に作品を作る。それは何十人かの集団かもしれないし。

沢辺 それが村上龍さんがやろうとしたことですよね。

橋本 そうそう。例えば昔の日本映画の二本同時上映とかで、一方がサブになってそっちで人が育つみたいなモデルがあったし、それをサブスクリプションモデルでベーシックチャンネルみたいな形でやる。

沢辺 そうなったらさ、機能としてもう出版社じゃないの。村上さんが作ろうとしてるのは結局出版社だなって思ってる。著者が出版社の果たしてる機能を引き受けようというのであれば、どうぞご自由におやりになればいいんじゃないですかと僕は思います。ただ、現実にそこまで覚悟のある著者はいったい何人いるのかなって。

橋本 著者じゃないんですよ。担当編集者が一緒に独立しちゃえばいいんですよ。

鎌田 出版で一番私が難しいのが、読者を探すってことですよね。読者がある程度解っていたら、誰でも出版は出来るんですよ。つまり編集する人間は探せる、いや探せなきゃいけない。で、読者がどこにいて誰がどういう本を読むかってことをどうやって知るか。それを探すためにお金かけてマーケティングをやって、広告を出したりする。新聞広告なんて出してね、いまはあんまりないかもしれないけど。

高島 新聞広告、意外といいですよ。

沢辺 書店に対して打つって面もあるしね。

鎌田 それだけお金をかけた本だから、出版社がそれなりにメンツも命運もかけて出してるんだってことで買ってみるということはあるんですよ。だけどそれは1%以下、ほんの一握りですよね。つねに限界1%ぐらいの本がそういう対象になって、99%以上の本が内容の良い悪いに関わらずほとんど書店に出て一週間から数週間以内になくなるわけです。書店じゃなくて、ほとんどショーウインドウみたいなもんですよ。読者から見たらベルトコンベアー。そこで売れるっていうのは奇跡に近い。

高島 書店に並んで一週間から二週間でなくなるっていうのは異論があります。自分は出版社の書店営業を20年ぐらいやってきて、お店に置いてもらうための営業をずっとやってましたから、それはとても大事なことだと思います。

鎌田 解りました。それはともかくとして。

沢辺 ちょっと違くてさ。一週間や二週間でなくなっちゃうっていうけど、書店の店頭がショーウインドウとして機能を果たしてくれたから、たかだか1,000円や2,000円の本で商売を成り立たせてくれてたの。それはものすごくいい機能だったけど、いま僕たちはこのショーウインドウをなくす手前にいるんですよ。

鎌田 著者だって本を売りたいから、あるいはたくさんの人間に読まれたいから書くわけで、著者と出版社っていうのはそういう意味では一致してるわけですね。そして、どちらも一致してるのはお金は掛けたくない。

沢辺 確かにソーシャルメディアやインターネットへの露出に本を知ってもらうきっかけは移ってるんです。うちのwebサイトで「セックスをこじらせて」という連載を雨宮まみさんに書いてもらってるんですが、僕が彼女と最初に会った時にまず聞いたのはTwitterやってます?ですよ。何が言いたいかっていうと、これからの著者の条件はTwitterをやっているとか、何人フォロワーがいますかとか、そういうことに広がらざるを得ないと思うんですよ。新聞広告、書店店頭のショーウインドウ機能、これはどんどん低下していく。だとしたら何に頼るっていったらソーシャルメディアやインターネットですよ。

鎌田 オーストラリアに「AuthorAuthar2.0」というブログをやってるコンサルタントがいて、その人が言っているのは自分のブログをやったり、自分がどんな本を書いてるかを自分でプロモートできないなら出版社に著者として認めてもらえないということ。逆にそこで認めてもらえるんだったら、大手に良い条件で売り込むこともできるし、あるいは自分で9割ほしいって言ったら9割取れますよ。

沢辺 それと、さっきの契約の話で言えば、僕は契約はもっと変化すると思っています。例えば翻訳権というのは印税6%ぐらいでバンス、前払いなんですね。実際に払う金額は刷り部数と定価に基づいて、6%以上払うことのほうが多いってのが僕の実感なんですよ。その場合どういう風に計算するかと言うと、増刷した場合、またその分の印税が6%払われるわけだけど、バウンスで多く払っていればその差額だけを払えばいいことになっています。たとえば電子書籍だって、論理上は確かにおっしゃるとおり、例えば1,000円で50%だったら500円ね、みたいなことになって、売れなきゃ一銭も入ってこないという契約ももちろんあり得ると思いますが、ある一定の著者には先に100万円払います、50万払います、という風に前払いをして、電子書籍の実売がそれを越えるまでは前払いしたお金で勘弁して下さいっていう契約も十二分にありえるわけだから、新たな契約形態が出てくる気がしますよ。

仲俣 実際、僕は自分で本を出したり、編集者として人の本を作るんですが、僕が一番最初に出した本は書き下ろしでした。5,000部刷ってもらって、保証部数が2,500部で、間に会社が入ったので印税は6%。すると一冊書いて16万円しかもらえなかったんですね。だけど、はじめての著書だからそれで仕事が来た。僕にとっては他に収入もあったので、本が出てマーケットに2,000部や3,000部出たおかげで仕事が増えて、非常にビジネスと違う意味でレバレッジ効果の高いメディアだなってことを感じましたね。
 逆にマネタイズの方法としては自分の本は売れないので、他人の本を作るとお金になるってことが解った。例えばゴーストライターです。ある売れている人の本を作ると、著者のバリューがあるんでアドバンスが入ってくる。原稿を渡しただけでお金が入ってきて、印税も入ってくるんですよね。そうすると自分で出したどの本よりもギャラが高かったりするんですよね。ということは、やっぱり著者の力量や出版社との関係によって契約は多種多様であって、これは電子書籍も全く同じですよね。最初から売れると解ってたらアドバンスを払うし、逆に払わないなら本は書かないってことなんで。
 僕自身が以前から電子書籍にすごい興味があるのは、いますぐ電子書籍が日本の出版を変えるとは思ってないんですけど、著者と出版社の関係、書店と出版社の関係があまりに固定的だったのが、このことによってすごく多様になって変わっていくし、どういうルールにするかを一からではないかもしれないけど、これから変えていくすごくいいチャンスだと思ったからです。こういうことをある種、盛り立ていきたい。いまのままで食えるんだったら別に電子書籍がなくてもいいんですけど、そういう状況でもない中で、電子書籍という存在があることによって、出版の世界にダイナミックな動きがいろいろ出てきて、試行錯誤できたらいいなと思ってやってます。
 それから去年のイベント参加者は140人だったけど、今日は100人いかない、多分70〜80人弱ぐらいだと思うんです。でも例えば、この後みんながご飯いっぱい食べて飲んでくれると、わずかながらでもギャラが出ると思うんですね。そのギャラは多分電子書籍の印税よりもまだ高いんですよ。で、電子書籍の売れ行きがほとんど二桁とか三桁なんだとすると、ここに100人集まって1万円ぐらいギャラ持って帰ると、これももう広義で言えば出版なんじゃないか。Ustreamでも流してるわけだし、録音したものは売ってもお金にならないかもしれないけど、活字を刷って売る以外にいろんなメディアの作り方が出てきて、そのことをすごく僕は面白いと思っています。
 あそこにもウンベルトフンベルト・エーコとジャン=クロード・カリエール の『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(阪急コミュニケーションズ)がありますが、活字メディア、本というメディア自体がすぐなくなっちゃうとか、紙の本が滅びるという本がいっぱい出てますけれども、紙の本が滅びるってことはないんですね。流通自体が本屋から減ったり、相対的に電子メディア上の流通が変わって来るってことはすごくあると思う。流通の話と紙としての本のもういいよねって話を常にごっちゃにして議論してきた感じがあるんだけど、その辺はだんだんはっきりと分かれてきたかなという気が個人的にはしています。

組織がますます必要になる時代

会場 貴重なお話ありがとうございました。駆け出しで昨年からフリーランスの編集・ライターみたいなことをやっている武田と申します。自分でも媒体を作ってまして、ちょうど今日も『ミニコミ2.0』という本を物販で置かせてもらっています。東浩紀さんや宇野常寛さんとかいろいろな方にお話を聞いて、自分でメディアを作れる時代、個人がメディアを作れる時代にメディアはどうなるのかみたいな本です。
 先ほど第一部の終わりあたりにちょうどコンテクチュアズの話が出て、その他にも著者が自分をプロモート出来ないと、やりにくいって話もあったと思うんですけど、書き手がある種のメディアとして振舞うことが可能になってる状況で、出版社はこれからどういう振る舞い、著者と関係を作っていくのか。どう新しい仕事を作っていけるのかっていうところをお伺いしたいなと思ってるんですが。

仲俣 沢辺さんのところであんまり売れない作家の本を出したら売れちゃうとか、あるいは個人の自助努力でそこそこポットで出すのと同じぐらい自分たちで売れたりすることも可能性としてはあるよね。で、出版社の機能はっていうと、質問を小さくし過ぎなのかもしれないですけど、どんどんやれる人にはやってくださいっていうことはあるとした上で、逆にその出版社が著者にもっと一緒にやろうよって時に、何をセールスポイントにすればいいのかって質問に変えたらいいかな。高島さんがさっき帰ってしまったので、今の武田さんの質問に答えられる版元の人が沢辺さんしかいないですけど。

沢辺 俺はそもそも出版を全然心配してないんです。みなさんに引かれちゃうかもしれないけど、竹中労って人が「革命は事務である」って言ってたはずなんですよ。で、僕はどういうふうに勝手に理解してるかっていうと、出版社がやってることの9割はつまんない事務処理仕事なんですよ。これが著者にできるか。著者の能力の問題じゃなくて、なにかこういうことを書くぞって集中するのであれば、それをフォローしてもらって専念したほうがよくないかって思うの。この人からはお金もらえた、この人からは入金があった、この人からはない、今月月末に請求書……なんて面倒でしょ。だいたいうちは編プロもやってますけど、カメラマン、イラストレーター、ライター、フリーで月末に請求書送らない人、やまほどいるよ。ちゃんと送ってる?

仲俣 僕はちゃんと送ってますよ。編集もやってるんでね。

沢辺 仲俣くんはちゃんとした人だ。フリーランスで請求書をこっちから電話して送ってよっていうヤツの割合は高いよ。たかがフリーランスですらそうなんだから、俺はそんな9割の雑用は出来ないと思うというのが一つね。それからもう一つ、ドラッカーも確か言ってますよ。「これからは組織の時代だ」って。

鎌田 いつの時代のこれから?(笑)

沢辺 ああ、そうですねえ。だけどこれだけ高度になってるんですよ。ホームページもつくれなきゃいけない、Twitterもやれなきゃいけない、Facebookもやれなきゃいけない。一方、組版の禁則処理も全部わかってなきゃいけない。校閲を本人がやらないまでも、校閲が何をしてるのかってことを解って、誰かに頼まなきゃいけない。ありとあらゆる様々な雑用が幅広くある。これ一人で全部カバーするのは絶望的に不可能ですよ。それぐらい社会は高度になってる。だから町の豆腐屋さんは潰れて豆腐工場になるわけでしょ。飲み屋は潰れてワタミになるわけですよ。これからはますます組織力が必要な時代になると僕は思うんだよ。
 だからたとえ作家が、たとえば村上龍さんが自分でこれからやってこうって思ったときに、彼も選択したのは結局組織なんですよ。一人でやろうっていうんじゃなくて、プログラマとかと一緒になって新しい会社を作りますって言ったわけで、つまり組織を作ろうとしてる。それって結局出版社でしょ。だから出版社はどこに活路があるんですか、っていう疑問に対して上手く応えられないけど、逆に言うと出版社が果たさなければいけない役割の幅の広さを考えると、組織でなければいけないし、組織を作ったらそれは結果的に出版社という機能なんですよ。

仲俣 それはいままでの取次に口座があるとか、定期的に刊行物を出してるとかっていう出版社とは違って、出版社2.0っていい方はちょっとあんまりですけど、ある種の新しい組織、オーガナイゼーションが必要になると。

沢辺 だから新しくても可能性があって、何かに権利があるとか知名度があるってことは相変わらず有効なんだけど、それ以外のところにいっぱい隙間が現れている。彼みたいに自分でやるのは大切だろうしね。たとえば僕は東京都青少年健全育成条例で猪瀬直樹さんにポットチャンネルの出演をオファーしたんですよ。ナシのつぶてで何も返ってきませんけどね。これが大手の出版社だったらきっと返ってくるだろうなとは思うけど、そういう面もあれば、逆に言うとポット出版が猪瀬直樹にオファーできる状況でもあるわけですよね。それは猪瀬さんを動かせるかどうかによって、名前が知れ渡ってる人だってあながち対象外じゃなくて、対象になりうる可能性を持ってるっていう時代なので、これを活かすということしか僕はないと思う。

仲俣 それは賛成ですね。僕は会社員だった時期もあるんですけど、編集者として27年仕事してるんですね。27年の中で会社にいたのは6年ぐらい。それから『本とコンピュータ』というプロジェクトではあるけど基本的にはお金がちゃんと出てたのは8年。本当にそういうのを含めてプロジェクトで仕事をしていた時期のほうが長いんです。
 で、フリーランスの編集者っていうのは後ろにプロデューサーがいない。でも自費出版をやるわけではないので、必ず誰かと組まないことには絶対仕事は出てこない。ただ編集ってやっぱり必要で、最初に呼ばれるか最後に呼ばれるかは仕事によって全部違うんですけど、最終的にはやっぱり必要じゃないかってなる。これは変な話で著者っていうのは成功報酬で、売れなきゃ入ってこない世界なんですけど、編集っていうのは半分ぐらいが絶対やらなきゃいけない仕事なのでお金を取れるんですね。
 これから出版社っていうか、出版プロジェクトっていうのか解らないけど、仕事がプロジェクト化していって、その中でいろいろな形でチームを組んで本を作ったりメディアを作ったりすることが増えていくから、ある意味では組織がますます必要になります。ただそれが一つの会社で固定かどうかは必ずしも解らなくて、フリーランスの人間にとってはそれなりに不安もあるけど、結構面白い時代だなと思ってるんです。
 実は今日鎌田さんに来ていただいたのも、一人で全部Ebook2.0 Forumをやってるんだけど、もっといろんな人と協力とは言わないまでも何かできたらと思ったんです。僕も深沢さんと沢辺さんを出会わせていろいろなことはじめたりしてきました。ここに今日来てくれている人たちも、出版の人を集めるといろんな人がいると思いますけど、コラボレーションとかプロジェクトをどんどんやりやすくなればいいと思います。やんないことには物事は進まないので。そういう中でとっても面白いのがあって、特に紙の本だと最後は本屋に卸さないといけないけど、電子メディアだともうちょっと自由にできるようになるなって思いがあります。

サービスには最初のコンテンツの蓄積が重要

会場 小山内と申します。今日は本当にありがとうございます。聞いていて最近の傾向でも将来の方向性でも、やっぱり人とのつながりあいが今までよりも流動的になってきたことが変化をもたらしてると感じました。今日の話題の中心は、流通のところだと思います。もうひとつ私が考えているのはコンテンツです。つまり本というのが今まで著者に頼り切ったものであったのが、人とのつながりが流動的になったために、著者以外のところでつながりあうことで新しいコンテンツができてきた。
 で、一つ宣伝なのですが、一冊の本を通してファンがついて、さっきも話しに出たコミュニティが出来る。そこで著者とコミュニティができるような仕組みを作ろうと思って、Facebookアカウントが必要なんですけど、booklook.jpというのを去年の12月に始めたんですね。私が聞きたいのは、本当に著者を中心にしたコミュニティって必要なのかどうか。私はあると思っているのですが、そういうサービスにニーズはあるのか。実は12月に始めたものの、思ったよりも利用者が増えないんです。会場にいらっしゃるみなさん、または直接流通にいて解っている方はどうなのかなって。

仲俣 どうでしょうね。例えばTwitterとかFacebookみたいに、ブログでもいいですけど、最初から強いプラットフォームがあれば、ある程度の著書がある人はそれを使って集められるとは思います。でも規模にもよりますが、もうちょっと小さくて100部とか1000部とか単行本が5千部行かないぐらいの人達にとってはどうでしょうね。

沢辺 今の質問に真正面から答えると、一つはそりゃTwitterでしょって思うよね。あんまり狭いジャンルにを切ってそこの著者を複数集めるのは難しくない? TwitterとかFacebookとかそういう機能があるわけだから。
 あといま言われたことで一つ言いたいことを思いついたんですけど、いまコンテンツっていうか読み物がすごく高度化して難しくなってますよね。例えば竹田青嗣さんとか哲学が好きなんだけど、読もうとするとかなり難しいような気がするわけですよ。科学のジャンルでもひとりで研究できる研究テーマってないらしいじゃないですか。とすると、研究が得意な人と、それを一般の人に解りやすく伝える原稿に書く人がそれぞれ必要になる。その二つの能力は全く違う能力だと思っていて、それをつなげる人がますます必要になるだろうなと思います。だから僕はそこに編集の必要性が現れてる気がする。
 なんとなく出版業界は書き下ろしじゃないとバカにされるような感じがしてるのね。例えば養老孟司の『バカの壁』。あの時に出版業界の人達がよく言ってたのは、「あれ聞き書きだろ? 書いてねえよ」ってこと。養老さんは書ける人なんだろうけど、彼が持っている思想だとか、知恵や知識を掘る方に時間を使ったほうがよくて、それを一般の人に解るように書く時間にあの人の時間を使うべきかといったら、そんなもん役割分担しちゃえよって俺は思ってるのね。だからむしろ編集はそういうコミュニティ作りよりも、解りやすく伝える役割分担の方にあるような気がするんだけどね。それがあって初めてコミュニティが生きるっていうか。そしてそのコミュニティにはTwitterがある。

鎌田 Twitterもその一つだと思います。要するに編集っていうのはこの情報が誰にとって何の意味があるのかという意味を見つけるのが仕事です。なぜこの情報が得ということが必要なのか、なぜ得と人に伝えることが必要なのかというような意味なわけですね。編集をやっていた時に考えていたものと、20年経ってみても基本は全く同じで、構造化してその構造の意味を伝える。いまITによって非常によくなったのは、構造によってひもづけられる条件が可視化できること。誰がオリジナルで誰がコピーなのか、あっという間に可視化、構造化できる。
 Twitterにしても誰が言い出して、誰がそれをさえずりあってるだけなのかっていうのがすぐ解るわけですよ。そういうことが構造化しやすいような環境を作れば、今後コミュニケーションというのは生産的になっていくし、人の言ったことを単にオウム返しというか、エコーしてるだけだったら、エコーのカウントだけは意味があるけれども中身としては何も発展がない。そういうような環境っていうのは私も作ろうと思っています。
 コンテンツがあるところにプロモーションがあり、コミュニケーションの予備的な段階があるわけですね。そのお膳立てをした最後に商品としてきちんと正規化された情報というか、プロによって編集されたきちんと整えられた情報が届けられる。それが一つの結晶体でなければならないと私は思ってます。

仲俣 それはそのとおりで、編集者が聞いてちゃんとまとめたほうが書き慣れない人が原稿を書くより伝わるってこともあるし、そのテキストが構造化されていればそれはコミュニティにとってもその通りだと思うんだけど、さっきみたいなファンクラブが簡単に作れるようなウェブサイトのサービスがあったら、使うでしょうかってことで言うと?

会場(小山内) ちょっとファンクラブとは違うんです。いま聴いてて私も整理されてきたんですけど、本は編集して出てるんですけど、そこにもう一度再編集が読者の視点からいるんじゃないか。編集された本が出版されました、みんな読みました、よかった、それぞれ読者がそれぞれの考えで理解しました。だけど本当にそれは著者が言いたいことだったのか、他の人はどう考えたのか、と。

仲俣 ソーシャルリーディングに近いのかな。ソーシャルリーディングはこれからつっこむと小一時間ぐらいかかるし、その言葉自体が非常に多種多様で人によって考え方も違うんですけど。例えば読んでる本の上にニコニコ動画みたいな字が出てきてね、他の人がこんな意見を持ってるっていうのは面白いとは思うけど、欝陶しい人が多いんじゃないかな。やっぱり本を読むっていうのは結局のところ著者が本を通して言いたいことも一つじゃないし、それのどの部分に読者が反応してくれたかっていうのも一つじゃないわけですね。
 それで言うとこのサービスが具体的に何をやってるのかよく解らないんだけど、鎌田さんがいうような構造みたいなもののある部分を読者に一番最適な形で取り出すサービスがあれば、とは思います。速読なんかもそうだと思うんだけど、章ごとに読むっていうんじゃまだダメで、好みの部分がキュッと引っ張り出せるみたいなものであればまだいいかな。ただそんなに難しいことって簡単にサービスとしてITでアルゴリズム作れるのかなっていうのもあって、それをソーシャル化してやるっていうと、それこそややこしいことになるので人的のほうが早いんじゃないかって気がするんですけど。もう少しサービス内容を説明してもらえますか。

会場(小山内) はい。いま画面に出ているページはこの本を持ってる人たちです。これは具体的に橋本忠夫先生の本なんですけど、橋本先生の写真とその他本棚。それぞれ本について書評ではなく、本の部分について自分で使うためにストアしています。ただこれは他の人も見れますので、見る、またはコメントすることもできます。ただ単に自分の為にやってるんだけど、これを横から見た人が意見をくれたりする。その人のさりげなく思った一言が考える切っ掛けになったり、すごいインパクトを与えてくれる。そこが最初期待したところです。

仲俣 本の余白に書き込みをするっていうのはソーシャルリーディングの原型だと思うんですね。例えば聖書とか昔の本の写本なんかは書き間違いがいっぱい出てきて、書き間違いを肯定していく過程でちゃんとマージのところに書いていきますよね。それで独自の解釈っていうのが出てきたり異論が出てきたりする。そういう時に著作が出てきたっていう書物の成り立ちをここでもう一度やり直してるって感じがしています。
 ソーシャルリーディングの流れだと感想をみんなで共有して盛り上がるっていう趣味際的な方面があると思うんですけど、他人の書き込みを見たいっていうのは、あるコマンドラインの人でもいいんですけど、それが生産性があるかどうかで言うと、研究者なんかは結構面白いと思う。マーケットはあんまり大きくないと思うんですけど、僕はこれ面白いと思うな。

沢辺 だけどさ、こんなこと言うとTwitterもFacebookも否定することになっちゃうかもしれないけど、基本的に最初のコンテンツの蓄積を頑張ってやるっていうのが決定的に大切だと思う。TwitterもFacebookもそうらしいけど、システムを作ってポンと提供しただけだと、そこで当たるのはとても大変なこと。
 例えばAmazonだって物流をちゃんとやったことがあるから今日があるんだと僕は思っていて。ネットでやったとかそういうアイデアはどうでもよくて、物流倉庫だって日本に3つぐらい作ってるわけですよ。Googleだって膨大なクロールをしてる。さっき紹介したカーリルだって、金にもならないのに全国の図書館のデータをジーコジーコ引っ張り出してさ、さあこれでどうやろうかって飯くいながらやってるわけよ。器だけで何かヒットするって非常に難しいんだよね。

鎌田 ITっていうのはね、器だけだったら誰でもできるものばっかりなんですよ。だからFacebookとかTwitterとか出てきたときに、それぞれ20ぐらいライバルがあった。それが10個になり5個になり、3個になり1個になっちゃった。その間にドラマがあるわけでね。

仲俣 僕はアイデアとして面白いと思うし、ユーザとして使ってみたいと思う。でもこれがビジネスで食っていけるかってこととはまた違ってきますよね。

鎌田 そのためにはやっぱり著者・読者一人ひとりがこれはものすごく重要なサービスだと、これがなければ自分はなかったというぐらいの人間が何人か出てきたらすごく変わってきますよ。新しいコミュニケーションっていうのはそういうものなので。

会場(小山内) 聞いていて思ったんですけど、やっぱりエディターは絶対必要なんですよね。やっぱり出版社は必要で、さっきおっしゃってましたけど、単に役割がちょっと変わるってこと。今聴いていてもぜひエディターの人にLookBookに参加していただければ、もしくは今いらっしゃってる方で、エディターとして、代弁者として使っていただければいいなと思います。

仲俣 はい。僕は使ってみたいと思います。ありがとうございます。今回も去年と全く違う真面目な話が多かったですけど、非常に面白い議論が出来たように思います。最後まで会場に残ってくださったみなさんありがとうございます。それではこれで終わりにします。ありがとうございました。