投稿者「湯浅 俊彦」のアーカイブ

TRCの急展開―公共図書館、学校図書館から大学図書館へ

 前々回、前回と公共図書館、学校図書館と図書館流通センター(TRC)の最近の動きを取り上げてきた。では、ここでTRCのホームページ(http://www.trc.co.jp)の「沿革」から抜粋してその歴史をすこし振り返っておこう。

1979年 株式会社図書館流通センター設立。
1982年 TRC MARC発売開始(累積20万件)
1983年 新刊書早期納品システム「新刊急行ベル」運用開始
1985年 TRC MARCが学術情報センターの参照MARCとして採用される
1987年 オンライン注文システム「TOOL」稼動
1989年 新刊書在庫システム「ストック・ブックス(SB)」運用開始
1993年 学校図書サービスと合併。TRCMARC100万件突破。TRCMARC採用館1200館突破
1995年インターネット上で、表紙カラー画像付き新刊情報の提供と書籍販売開始
2000年インターネット・オンライン書店「bk1」(株式会社ブックワン)に出資
2001年 図書館専用インターネットサービス「TOOLi」運用開始。大学図書館向け向総合ソリューションサービス「ROOTS」開始。
2002年 株式会社TRCサポート&サービスを設立

TRCは図書館に書誌データベース「TRCMARC」を販売し、図書館用に装備された図書を納入するために生まれた会社である。図書原簿作成、バーコード貼付、背ラベル作成・貼付または貼り替え、フィルムコーティング、ラベルキーパー貼付、持出し防止用テープ装着、印押し、ブックカード・ブックポケット記入・貼付、補修・製本・再製本などの作業を図書館に代わって行う。また、公共図書館の側は「新刊急行ベル」、「ストック・ブック(SB)」、「新継続」という新刊在庫システムなど、TRCの提供するサービスをこれまでは便利に使ってきたわけである。

そのTRCが今日では公共図書館に対するアウトソーシング事業に乗り出してきた。TRCのパンフによると対利用者サービスとしての貸出・返却のカウンター業務、図書の配架、書架整理、新聞・雑誌の整備、閉架書庫の出納。資料収集・整備関連では、図書の発注・受入、図書整理、蔵書登録。そして、蔵書点検もTRCが行ってくれるのである。さらに前々回述べたようにPFI方式(公共施設の運営の民間企業への業務委託)による日本で最初の公共図書館となる三重県桑名市立図書館新館の設立・運営を手がけるまでに至っている。

一方、前回述べたようにTRCは従来、地元書店の独壇場だった学校図書館の分野にも進出している。1993年に学校図書サービスと合併し、2001 年3月には、新学習指導要領の「総合的な学習の時間」が2003年より小学校、中学校、高等学校で全面実施されることに対応するため、取次の日教販と業務提携した。『「総合的な学習の時間」のためのブックカタログ』2001年版を「TRCでは取引のある小・中学校の図書館4000館をはじめ、各教育委員会や取引のない学校図書館3000館などに1万部強を配布」しているのである。(出版業界紙「新文化」2001年3月29日付け)

また、2001年6月、TRCは丸善と業務提携し、図書館業務を受託するための総合ソリューションサービス「ROOTS」(ルーツ)を共同で提供すると発表している。

すでに丸善もTRCも書誌検索や選書、発注、予算管理、図書装備など、図書館向けのシステムを個別に構築しているが、それぞれのサービスを統合して提供することで図書館のアウトソーシング需要に応えようというのである。(「新文化」2001年6月28日付け)

大学図書館市場における最大手業者である丸善でさえ、TRCMARCやTRCの図書装備に対抗するよりも提携する方が得策と考えたということなのであろう。

しかし、TRCが公共図書館だけでなく、大学図書館にまで事業を展開していくと、いったいどのようなことになっていくのだろう。

TRCの「大学図書館専用システム」のパンフによると、TRCは次のようなサービスを提供できるという。

1. 図書装備とNCデータ登録を一括してサポートします
2. データ登録には、信頼の書誌データTRCMARCを活用します
3. 豊富な選書情報をご利用いただけます
4. 図書館専用として日本最大のTRC物流センター(志木ブックナリー)を利用します

大学図書館現場はこれまできわめて職能意識が高く、受入業務、整理業務、閲覧業務のどれをとっても専門性が問われる職場であった。ところが18歳人口の減少による大学の「生き残り」の時代を迎えて、まずは私学から徹底的なコスト削減策が具体化され、図書館現場がたとえ反発しようとも会計サイドからの要請により、閲覧業務や整理業務の外部業者へのアウトソーシングが実施されるようになってきている。それが国公立大学においても独立行政法人化の波の中で私学と似たような展開になりつつあるのである。

このような状況の中でTRCは公共図書館、丸善は大学図書館というような棲み分けの時代は終わりつつあるのではないだろうか。つまり、TRCは公共図書館から小学校、中学校、高等学校という学校図書館、そして大学図書館にまでマーケットを拡大してきた。それがアウトソーシング需要の波に乗って、ついには TRCが図書館を運営する方が効率的だという状況になってきているように思える。

2002年6月に発表されたTRCの決算(2001年4月~2002年3月)では売上高246億6940万円、経常利益は16億3345万円、当期利益は 9億9782万円である。また、TRC MARCの累積件数は210万7419件、MARC採用図書館は3941館となっている。(「新文化」2002年6月27日付け)ちなみに丸善の書籍・文化雑貨部門の売上高が979億7600万円、紀伊国屋書店の売上高は1133億9591万円(うち大学マーケットへの営業を行う営業総本部の売上高は 412億8128万円)である。

TRCは今後、日本の図書館をどのように変えていくのだろうか。

小・中学校図書室のコンピュータ化と日書連MARC

8月27日、大阪府書店商業組合は組合加盟書店を対象に「日書連マークと学校図書館の電算化」の説明会を開催した。

5 年間の時限立法措置として全国の学校図書館の整備事業に650億円の予算がついたこと。学校図書館のコンピュータ化が進展してきていること。そうした情勢を受けて日本書店商業組合連合会(日書連)は日書連MARC(マーク=機械可読目録、コンピュータ上で検索などの機能に対応するように作られた目録データのこと)を傘下書店に供給すると発表していた。大阪府書店商業組合の説明会の案内状には次のように書かれている。
「知識の共有化と日書連MARCの学校への積極的な提案がなければ、納入学校より突然納入中止(取引停止)となることも考えられます」

この案内状を見れば残暑厳しい中でも日書連MARCの説明会に行かねばならないだろう。実際、説明会が始まったときには書店組合事務所2階の会議室は本屋のおやじさんで埋め尽くされていた。

まず、冒頭,大阪市長と大阪市教育委員会、大阪府知事と大阪府教育委員会に宛てられた8月20日付けの要請書に関する説明が行われた。
要請書には次のように日書連MARCのことが書かれている。

「私ども書店組合では、このような状況(金沢市、熊本市、静岡市などをはじめとして全国的にIT化が小中学校で立ち上げられつつあること=筆者注)対応すべく、全国組織である日本書店商業組合(略称・日書連)が、既刊本百数十万冊のデータを整備しました。さらに、これから発行されるすべての書物の新刊図書館用データを含めて、日々ご提供できる準備を致しました。また、各学校の図書室の蔵書は中央図書館のように多くなく、管理の仕方もそれに相応しく簡便化とローコストが求められます。(中略)その節は、何卒私どものこのデータ化(略称「日書連マーク」)をご利用くださいまして、地域書店の木目細やかな日常サービスと共に、これまでと同様に学校図書館への納入業務を続けさせていただけますようお願い申し上げます。」

つまり、図書館流通センター(TRC)の独壇場の感がある公共図書館と違い、小学校、中学校の図書室では地元の書店のほうが便利だし、今回、書誌データも提供できることになったので、これまで通り図書の納入を続けさせてほしいという要請内容となっているのである。

これを見ればすでに分かるように、日書連MARCは名指しこそしていないものの、TRCに対抗するための武器として登場した。かつて公共図書館では電算化が進展すればするほど、TRCのシェアが拡大していった。それは公共図書館がTRCMARCを積極的に採用してきたからにほかならない。それまで図書を納入していた地元書店はTRCにはとても対抗できず、敗退していったのである。

そして、今度はついに小学校や中学校の図書室まで、電算化の波が押し寄せてきたのである。年間わずか20万円や30万円とかの図書予算しか持たず、これまでまったく競争のなかった学校図書室にまで、TRCがやってくる。ある日突然、地元業者が納入できなくなるという脅威が現実のものとなってきたのである。

学校図書室が電算化されるとどうなるか。使用するMARC、装備の関係でその後の図書購入するルートが決まってしまうケースが多い。コンピュータ関係業者が学校から呼ばれて、図書室電算化を検討するときに、蔵書の入力などの関係からTRCMARCを勧め、TRCとの取引が始まる可能性が高いのである。だからその前に、地元の本屋が学校図書館の電算化を提案し、日書連MARCを採用してもらい、取引を継続させよう、ということである。本屋は本だけを納品すればいいという時代は終わった。学校図書室の電算化についていける本屋だけが生き残れるのである。

説明会では学校図書室の電算化が急速に進んでいることについて、次の8つの理由を挙げていた。
1. パソコンの性能が向上し、低価格になったこと。
2. 初心者でも容易に扱えるパソコンの利用環境が整ってきたこと。
3. インターネットなどのコストが安くなったこと。
4. コンピュータの利用教育に対する考えが、学校現場に広く浸透してきたこと。
5. パソコンを扱える教職員が増加したこと。
6. 一般家庭でもインターネットをはじめコンピュータを手軽に利用するようになったこと。
7. 文部省の施策でも、学校図書館でのコンピュータ利用を推進するようになってきたこと。
8. 読書推進にも役立つとの事例が多く紹介されていること。

これまで図書基本台帳の作成、ブックポケットや図書ラベルなどの装備などを無料奉仕で行ってきた地元書店は多いが、それがバーコードとMARCに取って替わるのである。それにともなって、貸出・返却・検索などを行う図書館管理ソフトが必要となってくる。書店の側では納入する本のMARCを抽出して、バーコード付き装備をして書誌データをフロッピーディスクなどにコピーしてセットで納品する。図書室の側では貸出・返却・検索ソフトでそのデータと貼り付けたバーコードを利用することになる。

日書連MARCは取次の大阪屋の協力で開発したものだが、MARCがあるだけで学校図書館の電算化ができるわけではない。そこで大阪府書店商業組合の説明会では(株)教育システムの図書館電算化システムの「情報BOX」「蔵書WEB」「KSブックデータ」「司書Tool」が紹介されていた。

「情報BOX」は貸出・返却・検索ソフトである。貸出・返却業務は個人カードと本についているバーコードをスキャンするだけ。個人カードのバーコードで現在、借りている本や予約中の本の一覧が出る。図書目録検索では書名、著者名、キーワードでの検索ができ、個人情報検索では貸出履歴からクラスの貸出状況、読書傾向の表示・印刷ができるというもの。しかし、これは返却するたびに記録が消去され読書の自由を守っている公共図書館と異なり、学校図書館の電算化は個人情報の観点から問題があるかもしれない。

「蔵書WEB」は購入した本の表紙画像、目次データ、内容要約、キーワードなど詳細データをダウンロードすることができる基本機能をもつもの。これは日書連MARC(書名、著者名、ISBN等書誌データ)と日外アソシエーツ「BOOKISBN抽出サービス」の元データ「BOOKデータベース」を併用した「KSブックデータ」と呼ばれる?教育システムのオリジナルデータである。

「司書Tool」では、書籍を図書室で貸出できるように装備するためのソフトで、新規購入した本をISBNコードで検索し、バーコードを印刷し、データ登録を行う。また、背ラベル印字、蔵書台帳の印字などが可能となるものである。

いずれのソフトも従来に比べてきわめて安価に提供されていることが特徴的である。図書館の情報システム化はすでに公共図書館や大学図書館などでは常識のことではあるが、それがついに小学校、中学校の図書室にまで及んできたというところが注目に値する。

(株)教育システムのパンフに「『なぜ、パソコンで検索できないの?』という子どもの問いかけに、先生!もはや言い訳できません!!」とあったが、それはまさにその通りであろう。しかし、本を検索して調べものをするだけではなく、1冊の本を最初から最後まで読んでみようよ、と児童、生徒に話してくれる小中学校の教員がはたしてどれほどいるのか、じつに気になるのである。

図書館設立から運営まで民間業者に丸投げ?

POSシステムによる情報システム化の進展は本や読者に対する書店のあり方に影響を与え、出版社や著者の考え方をも変える可能性があると前回書いた。「コンピュータは道具に過ぎない」とはよく使われる言葉だが、はたして本当にそうだろうか。単純作業をコンピュータにやらせて、人々はこれまで以上に創造的な仕事に専念できるのだろうか。私はむしろこれまでの社会システムを変化させてしまう可能性の方が高いように思うのである。

たとえば書店と同じように本や雑誌を扱っている公共図書館の現場はどうだろう。貸出・返却といったカウンター業務はコンピュータの登場によって貸出カードからバーコードをOCR(光学式文字読み取り装置)でなぞる作業に変わった。また、整理業務もそれぞれの図書館が自館で分類するのではなくマーク(MARC=機械可読目録)を購入して新しく入った本をISBNコードで検索し、バーコードを印刷してデータ登録を行う。あるいは最初からそうしたすべてを図書館流通センター(以下、TRCと略す)に装備させた上で納入させることも当たり前になってきている。さらに、新刊の選書もTRCの選書システムに任せてしまうところも多くなってきているのである。

そうすると、図書館業務はなにも自治体職員がやらなくてもかまわないではないかというわけで、かつてから地方自治体の経費削減のために民間委託の話が出ていたのが、ますます推進されることになる。

このような最近の動きに対して図書館問題研究会は次のようなアピールを2002年7月9日に採択している。

「『行政改革会議最終報告』(97.12.3)以降、自治体サービス行政の市場化(アウトソーシング)が進められ、東京の江東区、墨田区などでは、図書館のカウンター業務を民間業者に委託しました。しかし、私たちは、住民にとってよりよい図書館サービスを行うために、図書館のカウンターには、専門的知識をもち、経験を積んだ自治体職員である司書が配置されるべきだと考えます。貸出し・返却等のカウンター業務は誰でもできるから、企画立案や選書等の業務から切り離しでもかまわないという議論もありますが、これは図書館の実情についての認識を欠くものです。カウンターは図書館が住民と接する窓であり、住民が図書館にその思いや考えを伝える場でもあります。図書館の職員は、カウンターでの貸出し・返却やフロアワークを通じて、住民との交流や信頼を積み重ねることができ、選書、蔵書構成、将来構想など重要な計画が立てられ、再び住民へのサービスとして反映させることができます。」

このアピールの中の「図書館員とカウンター業務」は、前回取り上げた福嶋聡著『劇場としての書店』における「書店人と接客」の関係とほぼ重なっている。つまり、コンピュータ化されたからと言ってベテランの図書館員や書店員が不要とはならないはずだという点でこの両者の認識は一致している。

しかし、状況はもう一歩まで先まで進んでしまっているように私には思える。公共図書館においてはカウンター業務だけでなく、図書館の設立から運営まですべてを民間業者に業務委託してしまおうという自治体が現れ始めているのである。そして、ここでもTRCがこの物語の主人公として登場してくるのである。

出版業界紙「新文化」2002年5月2日付け記事はこのような事業を行うTRCについて次のように伝えている。

「今年4月に子会社として株式会社TRCサポート&サービスを設立し、図書の配架・書架整理や貸出・返却のカウンター業務など、図書館業務の委託・代行事業を行う一方で、民間主導のPFI方式による図書館整備事業にも参画する。第1号として三重県桑名市の市立図書館新館設立事業において、建設会社や建物管理会社など、民間企業と連携し、同図書館の設立・運営の総合プロデュースを行う」

PFI(Private  Finance Initiative)方式とは、PFI法にもとづいて公共施設の建設、維持管理、運営において民間企業のへ業務委託するもので、PFI 法とは1999年7月に制定された「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」のことである。

すでに伊藤昭治氏(阪南大学・理事)は「PFI事業がうごめいている」と題して『図書館界』2000年9月号(52巻3号)に次のように書き、図書館の人々に警告を発していた。

「図書館などには関連のない法律と思っていたが、整備が可能な施設として教育文化施設があげられており、美術館がPFI事業によった整備が可能であれば、図書館も対象外とは言ってはおれないであろう。」

まさに伊藤氏の言う通りの展開になってきたのである。

では、ここでTRCのホームページを見てみよう。(http://www.trc.co.jp

トップメニューの中から「受託・業務代行」をクリックすると、まず事例が二つ挙げられている。

「福岡市総合図書館では…… 配架を中心に、書庫出納、新聞・雑誌の差し替え、カウンター業務(返却)、図書受入業務、特殊資料整理、電算入力業務など。」「袖ヶ浦市立中央図書館では…… カウンター業務の一部、書庫出納、書庫整理、団体貸出電算処理、蔵書点検など」そして、派遣会社とはここが違いますとして、業務委託の利点を次のようにまとめている。

たとえば、人材派遣の場合は職務遂行の責任は図書館の側にあるが、業務委託ではTRCサポート&サービスの責任で遂行される。業務の指示は人材派遣だと労働者個々に指示しなければならないが、業務委託であればリーダーへの一括指示で済む。また、人材派遣であれば労務管理だけで膨大な仕事量となり、図書館側には専任担当者が必要になるが、業務委託であれば仕事量や開館時間に合わせてフレキシブルに対応してくれる。そして、もっとも重要なことは人材派遣では希望に沿う人材派遣そのものが本来の業務なので、図書館の業務分析などには必ずしも関わらないが、業務委託の場合は業務内容分析から委託開始後の定期打ち合わせなど、図書館と協力して業務を行う、とTRCは言うのである。

そして、TRCは日本で最初のPFI方式による公共図書館となる三重県桑名市立図書館新館の設立事業に参加するところとなった。この事業に応募した企業は鹿島建設三重営業所、佐藤総合計画名古屋事務所、図書館流通センター、セントラルリース、鹿島建物総合管理名古屋営業所、積村ビル管理、三重電子計算センターの7社で、構成される鹿島グループであり、この事業の実施方針、入札説明書、などはPFInet(http://www.pfinet.jp/koubo/kobo23.htm)で見ることができる。

日本の書店業界では以前からTRCとの確執があった。従来、地元の図書館に納入してきた書店がTRCのTRC MARCと図書装備付納入によって締め出される事例が相次いだのである。今日ではTRCは公共図書館、小中高の学校図書館、自治体の女性センターなどの図書室、ついには大学図書館にまでそのマーケットを拡大し、そしてついにTRCの便利なサービスは人材派遣、業務委託、PFI事業にまで広がった。つまり、図書館がTRCを使うのではなく、 TRCが図書館を運営する方が効率的だという思想にまで辿り着いたのである。

コンピュータ化、情報システム化は本当に「道具に過ぎない」と言い切れるのだろうか?

(注・図書館問題研究会のアピールの全文は以下の通りである)

図書館のカウンター業務の民間委託に反対するアピール

「行政改革会議最終報告」(97.12.3)以降、自治体サービス行政の市場化(アウトソーシング)が進められ、東京の江東区、墨田区などでは、図書館のカウンター業務を民間業者に委託しました。

しかし、私たちは、住民にとってよりよい図書館サービスを行うために、図書館のカウンターには、専門的知識をもち、経験を積んだ自治体職員である司書が配置されるべきだと考えます。

貸出し・返却等のカウンター業務は誰でもできるから、企画立案や選書等の業務から切り離しでもかまわないという議論もありますが、これは図書館の実情についての認識を欠くものです。カウンターは図書館が住民と接する窓であり、住民が図書館にその思いや考えを伝える場でもあります。図書館の職員は、カウンターでの貸出し・返却やフロアワークを通じて、住民との交流や信頼を積み重ねることができ、選書、蔵書構成、将来構想など重要な計画が立てられ、再び住民へのサービスとして反映させることができます。

もちろん、直営でカウンター業務を行う図書館にも、問題は少なくありません。「図書館のカウンター業務は直営である必要はない、民間業者に委託した方がサービスは向上するのではないか」という住民の批判を図書館の職員は真摯に受け止める必要があります。図書館自体が、業務分析にもとづく効率的な職場体制の構築、図書館サービス評価等の努力をおしまず、住民の厳しいチェックを受ける覚悟がなければ、図書館の直営について、多くの住民の理解を得ることは難しいでしょう。

それでも、忘れてはなりません。住民の声を図書館が直接に受け止め、住民とともに経営を変えていくことは、直営だからこそ可能なのです。住民から、知る権利を保障するサービスを託された行政は、図書館の直営に最善を尽くすべきではないでしょうか。

江東区、墨田区において行われているような請負契約による業務委託では、本来、受託先職員に対し自治体職員が直接指示することはできません。ところが、実際には業務を円滑に進めるために、受託先職員に直接自治体職員が指示するということが日常的におこなわれなければなりません。これは違法行為です。

カウンター業務の委託は、以上のような問題があるため、私たちは、委託の白紙撤回を求め、また、新たにこうした委託が広がることに反対します。

2002年7月9日図書館問題研究会第49回全国大会

デジタル化と劇場化―福嶋聡『劇場としての書店』に寄せて

福嶋聡氏が『劇場としての書店』(新評論)を7月に出版した。すでに『書店人のしごと』(1991年6月)、『書店人のこころ』(1997年2月、いずれも三一書房)という著作において福嶋氏は、プロの書店人がPOS(販売時点情報管理)システムを活用すれば本と読者はもっと出会うことができるという主張を展開してきた。

今度の本はそうしたこれまでの論をさらに書店の劇場化という観点から深化させたものと言えよう。「舞台としての売り場」「役者としての書店員」「演出家としての店長」というこの『劇場としての書店』という本の基本構造は、ジュンク堂書店を舞台に見立てた演劇論的書店像を浮かび上がらせているのである。

1990年に私が『書店論ノート―本・読者・書店を考える』(新文化通信社)を、そして1991年に福嶋氏が『書店人のしごと』を相次いで出版した時、二人の論点はおおいに異なるように思えた。福嶋氏は『書店人のしごと』の中で私の『書店論ノート』を次のように批判している。少し長いが批判の部分を引用しておこう。

「具体的な数字をあげての検証は大いに参考になるし、著者の総括と意見には概ね賛成であるが、不満な点が二つある。

一つは、『書店の情報機能の問題が改めてクローズアップされるのは当然のことである』としながら、書店SA化構想について、その否定的側面ばかりが強調されている点である。確かに現状では、発注時に融通が効かない、検索に手間やコストがかかる、商品によっては疎外されるおそれがある、POSレジが『売れた!』と叫んでいる本が確実に入荷する保証がないなど、著者の指摘するように問題は山積みにされている。『取次間の帳合争いの一つの武器』にすぎないと言われても仕方のない面がある。 POS情報に頼り過ぎると書店のCVS化が進んでしまう可能性も十分にあり、そのことが本という商品には馴染まないという意見もよく分かる。しかし『可能性』はあく迄「可能性」であって、それを現実化するのは書店人である。機械やシステムにその責を負わすのはフェアではない。膨大なデータとさまざまな加工、分析結果をどう読み、どう活用するかは書店人の仕事であり、本来そこには書店人の個性が大いに反映される筈なのだ。そうした能力も含めた人材育成が急務だと思われる。無論現在のシステムには大いに不満だが、ならばより積極的に真に実のあるシステムに取り組むべきではないか。マイナス志向ではなくプラス志向を、と言いたい。(以下、略)」

論点になっている書店SA化とは、一言でいえば、レジスター系としてのPOS、事後処理に重点を置くパソコン、取次などを結ぶ業界VANの通信系を組み合わせて、販売管理、受発注、書誌検索の合理化をはかり、ストア・オートメーション(SA)化しようとするものである。また、私が『書店論ノート』で批判した「書店SA化構想」とは日本書店商業組合連合会(日書連)が提唱していたもの。日書連は1983年にそれまでのISBN(国際標準図書番号)特別委員会をSA問題特別委員会に改組し、以降、業界VANを前提としたSA化に力を注ぎ、BIRD-NETを開発しようとしていたが、『書店論ノート』執筆時点ではそのBIRD-NETも本格的に稼動はしていなかった。

私は福嶋氏から『書店人のしごと』を寄贈されたとき、面識はなかった。さっそく、お礼と共に本の感想を書いた手紙を送り、不幸な形での書店SA化にならないようにするために反論を書きますと予告しておいた。そして、その反論は結局、出版業界紙「新文化」に依頼された書評の中で書くことになった。「SAの本質見落とす」と題されたその書評記事において、私は次のように書いている。

「SAが『人減らし』を意味するのではなく、省力化の目的は書店人の質的向上にあると著者は主張するが、SA化の目的の一つには作業の標準化と労働生産性の向上にあるとみるのが普通であり、商業における小売店の現状も少人数管理・長時間営業の方向に進展してきている。POS管理の各種データは生業店では店主が、大型店では各売場責任者が、FC店では店長や本部スタッフが利用するだろうが、現場の仕事自体はより”作業”化すると私は思う。『SA化によって余裕の出来た時間』を労働者が創造的に使っている小売店の例を教えてほしいものである。」(「新文化」1991年8月8日付け)

ところがこの書評が掲載されてから1ヶ月もたたないうちに、「新文化」の加賀美編集長が突然解任されるという出来事があり、福嶋氏との論争は「新文化」紙上では展開されないままになってしまったのである。(「新文化」では連載コラムの「独断批評」も突然連載打ち切りとなったが、その「独断批評」を集めた『出版界「独断批評」』(1991年、第三書館)の中で北川明氏が次のように書いている。「私たちが書いていた出版業界紙『新文化』のコラム『独断批評』の唐突な中止が起きました。『新文化』編集長の更迭と同時に行われたこの処断の原因として新文化通信社の社内事情があったことはもちろんですが、外部の大出版社、大取次の『圧力』も否定されていません」同書366ページ)

一方、私が発起人であり事務局をつとめる書店トーク会では福嶋氏を1991年7月29日ゲストに招き、「SA化時代の書店―『書店人のこころ』を出版して」というテーマで話していただいた。そして、それ以降、世話人まで引き受けていただいて、書店トーク会を共に運営する時期もあった。しかし、残念ながら当時、ジュンク堂書店京都店にいた福嶋氏はその後、仙台店、池袋店と転勤されたので、鳥取の大山緑陰シンポジウムで会うなど、たまにしか会えない状態が今日では続いているのである。

ところで、私たちの論争はというと、ミネルヴァ書房のPR誌「ミネルヴァ通信」で展開されることになった。福嶋氏が1993年10月から12月までの3回、私が1994年2月から4月までの3回、連載することになったのである。

この中で福嶋氏は要約すれば次のような論を展開している。

1●POSシステムはコンビニエンス・ストアなどで大いに力を発揮している。 2●本という商品は一度見ればそれで終わりであり、一人の顧客が、何度も、場合によっては毎日同じものを買う食料品、日用雑貨とは違う。
3●しかし、雑誌や継続の書籍などではPOSデータはかなりの力を発揮する。
あるいは同一著者の前著がどれだけ売れたというデータも無意味ではない。 4●書店のSA化によって「書店人」はもういらないという考え方には反対である。POSデータを有効に利用できるのは「真の書店人」だけである。
5●SAからSIS(戦略情報システム)は可能か。小売店のPOSデータを即座に吸い上げ、生産過程に反映させるSISを出版業界にもち込めるか。さまざまな店からのデータを集積し、流通現場でのPOSも含めてどこにタマがどれだけあるかを把握出来れば、本を売るという「いくさ」を断然有利に戦える。

このように福嶋氏は書店のPOSデータを出版社が活用する必要性をすでに1993年時点で説いている。これは日本の出版業界の中でも特筆すべきことだろう。

一方、私は福嶋氏に対して次のように反論している。

1●書店にPOSレジを導入してSA化すれば便利だという議論は、「だれにとって便利なのか」「どの規模の書店で有効なのか」ということが論者の視点の違いによって異なる結論が導き出されている。
2● 1991年の日本書店商業組合連合会の調査に現れた典型的な書店は「60歳近い店主が個人経営する20坪ほどの店で、商店街に位置し、雑誌を7割・書籍を 3割の比率で売っており、他に文房具も置いている。夫婦でやっているが女性のアルバイトかパートを雇い、売上げの2割ちょっとは外商」、といったところである。
3● 70年代後半より異業種参入や再開発商業地域への大型書店の出店、郊外型書店・複合型書店の誕生、コンビニエンス・ストアにおける文庫の取扱い、書籍宅配便の登場など、これまでの生業的書店のあり方をくつがえす状況が次々と現れ、「雑高書低」などといわれる読書環境の変化とも相まって個人店舗の書店に大きな打撃を与えてきた。
4● このような中で書店SA化の思想が登場してきた。日本の書店のほとんどを占める中小零細書店を常に念頭においた議論をするとすれば、SA化は回転率の悪い少部数出版物をますます書店の棚から排除することになるのではないか。つまり、書店のコンビニ(CVS)化である。
5● SA化をめぐる楽観論に対して3つの疑問がある。第1に、取引上の力関係による矛盾(例えば「売れ筋商品が入荷しない」など)をSA化によって解消できるかのように語ることは問題の本質を見誤ることになるのではないか。第2に、個性的な書店が画一化・標準化された上で出来るというのは幻想にすぎないのではないか。第3に、書店労働の質を向上させるのではなく、「パートで出来る店」が目的となっているのではないか。

1993年11月、ジュンク堂書店三宮店(当時340坪)において、大型書店では先駆的ともいえるPOSレジ導入が話題となった。これまで中規模店がほとんどであったPOSレジがついに大型書店での販売データの把握に使われはじめたのである。そして、1994年3月には紀伊国屋書店本店にもPOSシステムが導入され、それ以降、SA化による書店間競争の時代へと突入していく。1998年6月に稼動した文教堂の出版社向け情報システムなどに象徴されるように、書店から出版社へ販売データを提供することによって出版社と書店が強い関係で結ばれることになったのである。つまり、物流と直結していなかった書店のPOSシステムは新たな段階を迎えた。発注業務や書誌検索業務の迅速化、低コスト化だけでなく、再販制崩壊後をにらんだ大型書店の販売戦略にとって必要不可欠なものに変貌してきたのである。

この流れを見ると、大型書店に関しては福嶋氏が主張していた通りの「戦略情報システム」化が実現しつつある。しかし、中小零細書店について言えば私が危惧していた通りの展開になった。つまり、小規模の書店ではいくら販売データを蓄積しても出版社や取次による物流支援なしではSA化のコストに見合わないのである。もちろん、京都の三月書房のように売れ筋の新刊を追い続けることをあえてせず、店独自の仕入れをすることによってその販売データを出版社に送り、読者だけでなく出版社からも「三月書房ファン」が現れるという個性的な書店が存在することは事実である。しかし、POSレジによって得られた膨大なデータを分析して次の販売に活用できる書店、SA化が目的でなくSA化によって多様な読者の要望に応えていこうとするジュンク堂書店のような事例はむしろ特別だと言えるだろう。

私と福嶋氏の考え方は異なるようでありながら、読者と書店の関係性を重視する点ではじつはきわめて近い。書店労働について福嶋氏は次のように書く。

「本を販売することに『命をかける』書店人=鬼、それをサポートする情報機器=金棒、その両方が相まって、つまりはうまく出会えて協力できて初めて書店は活性化する」(『劇場としての書店』、154ページ)

私も「本をよく読んでいる書店の人間が共感をもちながら読者と接している、そういう場としての書店、関係性としての書店が、読者に支持され、メディアとしての出版の活力につながっていく」(『書店論ノート』、184ページ)と書いている。ただ、福嶋氏との論点の違いは、おそらく私が「コンピュータ=道具」説をとらないことにある。

その後、私は2000年8月に「デジタル時代の出版メディア」(ポット出版)を書き、『書店論ノート』を刊行した1990年から10年の間に起こった出版業界の変化を「デジタル化」というキーワードで読み解こうとした。オンライン出版、オン・デマンド出版などの電子出版、インターネット書店、書誌情報・物流情報という3つの分野で起こっているデジタル化の動きを紹介し、分析を試みたのである。

福嶋氏は「そのころは、書店の業務にコンピュータを導入しようと提唱しただけで白眼視された時期であった」(『劇場としての書店』、152ページ)と書き、私は「書店がSA化していくという方向性自体は出版業界において『常識』になりつつあり、このことに異議を唱えることは、頑迷で時代錯誤的な前近代主義者というレッテルを貼られそうな時代の気分です」(「ミネルヴァ通信」1994年3月号)と嘆いている。私たち二人は微妙にすれ違いながらも、一貫して本と読者、そして書店について考えをめぐらせてきた。

しかし、皮肉なことに今日では本を読む人、すなわち読者の存在自体が社会の中で明らかに少数派となってきている。また、書店の転・廃業は年間 1000軒と言われ、出版業界全体の売上げにしても1997年から2001年まで5年連続の前年割れとなっている。書店のローコスト・オペレーションは行きつくところまで進展し、POSシステムのない大型書店はないに等しく、店長と何名かの社員がいるだけであとはすべてパート・アルバイト。しかも、その人数は10年前の半分以下にまで抑えこまれていたりする。また書店員の仕事もSA化で大きく変貌した。顧客に本のありかを尋ねられた時に、まっすぐに棚に向かうのではなく、まず端末のキーボードを叩いて棚番号を調べてから探しにいくという光景が現れている。

こうした様子を見るにつけ、私は「POSシステムは道具に過ぎない」といった言説をそのまま受け取ることができない。やはり、POSシステムは本や読者に対する書店の考え方に影響を与えるだろう。そして、それは結局のところ出版社の考え方、著者の考え方にも影響を与えるのではないだろうか。POSシステムに使われるのではなく、うまく使いこなすことを自明の理として論を展開するジュンク堂書店の福嶋氏のような才能ある人物が書店業界に多数存在するわけではないと思う。また、いたとしてもそれはいくつかの大型書店の発展には寄与しても、日本の書店のほとんどを占める中小零細書店ではなかなか力を発揮できないように思われるのである。

私はいま出版メディアがデジタル化の洗礼を受け、今後どのような展開をしていこうとしているのかということに関心がある。電子出版に象徴されるようなタイプのデジタル化の動きに対して、逆に手触りや臨場感などが改めて見直されてきていることも事実である。むしろ書店という業態が生き残っていくのは書店のもつ広場性という特性によるものであり、まさに「劇場としての書店」こそが演出されなければならない。

福嶋氏がジュンク堂書店という書店現場の中で、「劇場としての書店」をどのように発展させていくのか。今後も福嶋氏から目が離せないのである。

「デジタル化」と「劇場化」がこれからの書店を考えるキーワードとなることだろう。

IT時代における出版メディアの挑戦

 2002年6月8日(土)、中部大学人文学部コミュニケーション学科に沢辺均氏(ポット出版・代表取締役)を招いて「私はこうして出版社を作った―IT時代における出版メディアの挑戦」というテーマで学生向けの講演&トークをおこなった。

 なぜ私がこの企画を考えたかというと、学生たちに出版現場がどうなっているのかを体感してもらいたかったことと、デジタル化とネットワーク化によって小さな出版社にも新たなビジネスチャンスがめぐってきていることを伝えたかったのである。

 そして、その結果はどうだっただろうか。

 出版について熱く本音で語る沢辺さんの迫力と、本のデータベース、ネットワークでの販売と決済、本のダウンロード販売のサイトとしての「版元ドットコム」を展開している沢辺さんのスキルの両面を、学生は十分に感じたようである。また、出版社を作るには、あるいは出版社で仕事をするには本の仕事への熱意と愛着、そしてなによりも自分がやりたいことを十分に自覚している冷静さが必要であることがわかっただろう。

 そこで、今回は学生たちのミニ・レポートを読んでいただこう。

中部大学人文学部コミュニケーション学科主催・講演&トーク
「私はこうして出版社を作った!―IT時代における出版メディアの挑戦」
ゲスト●沢辺 均氏(ポット出版・代表取締役)
聞き手●湯浅 俊彦(中部大学・講師)

2002年6月8日(土)11:00ー12:40
[中部大学人文学部27号館 2742教室・参加者36名]

 

設問1●本日の講演&トークを聞いて、出版社の作り方、出版社の仕事についてあなたはどう思いましたか?

回答●
●もともと出版社の仕事に興味があるので、実際に仕事の内容を聞けてとても参考になりました。驚いたのは本の売上げの利益のうちわけです。1ページ分が意外に安いということにビックリしました。本を1冊売るのには、出版社や書店などたくさんの機関を経るので大変なことなんだと実感しました。
●聞いただけでは出版社を作るのはかんたんだと思った。しかし、作った後、今の日本の出版社業界でいきていくには、出版にかけるあついなにかをもっている人たちが必要なんだと思った。そのなにかとは、わからなかったけど、きっと人の心を動かすなにかと思う。
●こんな簡単でいいのかっと思いました。そして裏の現実を知っておもしろかった。出版社の仕事って、とても大変そうだけど、やりがいはとてもありそうな気がした。
●小さくても自分たちで出版社を作ることができるということが驚いた。
●大きな会社より中小の会社の方がいろいろな挑戦ができるということは、とても大きなことだと思った。
●出版社の人から話を聞くことができて良かった。出版の仕事について興味を抱いた。毎日のように繰り返し出版される本を買い手からではわからないたいへんさがあるように感じた。本を作るということは色々な知識を学び、みにつけていかなければ良い本を作れないんだなあと思った。今日、本屋に行ったらいつもと違う見方で本を選んでいる私がいると思う。
●出版社と聞いたら大きな出版社しか想像できなかった。家の本などはすべて有名な出版社だし。でも今日の講演を聞いて出版社と作り方など知っていくうちに小さな出版社は新しいことを開発することができるというみりょくある仕事だと思った。
●出版社の人はもっとマニアックなイメージがあったけど、意外におもしろそうな人でトークもおもしろかった。ちょっとだけ出版社に興味がわいてきた。
●作り方としては許認可も資格もいらないということで、ポット出版社さんも、今はそれほど大きい会社ではないにしても、社長さんの前向きな考え方、向上心のあるところや、小さいからこそいろいろ挑戦できるということがあるということがわかった。もぐり込む方法、一緒に働きたい社員というお話がとてもタメになり、心をひびかせる、心を動かせる人になるにはストレートな行動がきくということが大事であり、50万円もっていって1年間タダ働きでいいから仕事させてくださいというのに、なにかそれほど意識していなかったけど、そういうことが大事だということをあらためて感じて、目からウロコってかんじになりました。
●出版社を作るのは簡単、それを継続させるのは非常に困難だということを感じさせられた。それに加えて本を読むヒトが減り、出版業界はあまりかんばしい状態ではない。そんな状況下だからこそのインターネットを使っての新しい試み、何か新しいことをするのには、メリットよりはデメリットの方が多いと思う。開拓心こそ、必要な業界なのだろう。
●興味あることだったので、眠らずに聞くことができた。知識が全然なかったけれど、わかりやすい講義だったので理解することができた。
●出版社は思っていたより、地道な努力があってとても大変な業界だと感じた。奇抜な発想を持っている人だと思った。
●学科は違うけど、作り方というよりも仕事の内容がよく分かった。一つの事を極めていけばどんな会社にも入れる可能性があると思った。これからの希望が見えるような講演だった。
●少し興味を持ちました。でもかなり大変な仕事だということもわかりました。収入も思ったよりも少ないこともわかりました。でもすごく楽しそうだとも思いました。今は日本語日本文化学科だけどコミュニケーション学科に転科してこのようなことを勉強したいと思った。
●自分はJ科だけど出版社に興味があり参加したが、仕事はとてもたいへんだなと思った。原稿料とか思ったより安いし、自分がなにげなくだしている本の代金も初めて、そのうちわけが知れたしよかった。ますます出版社ではたらきたくなった。
●本を作ること自体はそんなに難しくないことにおどろいた。出版の難しさはいかに売れる内容の本をつくり、いかに売れ残りを出さないかと言うこともわかった。出版をする方の人、とくに小さな出版社の人々の苦労もよくわかった。
●出版社は思ったより簡単につくれるものなんだと思った。専門学校へいっても出版社の仕事には殆ど役にたたないと聞いて驚いた。これなら沢辺さんの言うとおり、50万持って「一年間タダ働きでやとって下さい」と言うのも悪くないなと思った。
●出版社の現状のつらさがよく分かりました。本屋の取り分が22%ということも驚きました。パソコンの必要性も重要なことであり、IT時代の影響も反映されてるんだなあと思いました。
●「出版社は喫茶店のような許可がいらないので、つくろうと思えば誰でもつくれるがどのようにしたら本屋に本を取り扱ってくれるかが問題」と聞いたとき、とても難しそうな仕事だなと思いました。仕事の内容が定まっていればそれをこなすだけだけれど出版社の仕事は他の仕事よりも戦略が必要だと思いました。
●だれにでもできるといっていた出版社だからこそ個人のスキルが大事なんだと思った。逆に成功するのは普通の仕事よりも難しいと思う。
●やっぱりどんなことであれ、続けていくこと、維持していくことが一番重要で難しいんだろうなーと思いました。お金がたくさんもらえるわけでないし、休みだって無くなってしまうかもしれない。よっぽど本が好きじゃないとやっていけないだろうなーと思いました。
●わかりやすくとてもよかったとおもいました。つくることはかんたんでもつづけることがむづかしいのがいろいろなことといっしょなんだとわかってよかったとおもいました。
●今日、日本が不景気であり、就職が難しいというのを再確認した。やはり今、普通の人間は就職がむずかしいのだと感じた。なにか持っている人間は社会にでてももっと成功するのだろう。実際には講演を聞いてみてそう感じた。私もいざ就職の時に普通のことしか言えなさそうで不安になってきた。自分にほかの人と違うものを持っているのだろうか。それを大学生活で見つけ出さなければいけないと感じてしまった。
●雇う側からみると余りピンとくる人がいないということがわかった。
●雇う側の感想を聞けてよかったです。出版社の仕事は大変だなぁーと思った。
●責任感や自分の考えがしっかりある人ではないとできない仕事だと思った。目的のことをこなすには、ただ人についていくのではなく、仕事を自分で覚え、自分でのばしていかなければ出版社の仕事はできないと思った。
●出版社の苦労というものがとてもよくわかった。特に印象に残ったことは2000部しか本を発行しなくなったというところです。確かに最近は本の売上げが落ちてきているということを言われていますが、2000部というのは本当に少ない。というより少なすぎるということを思います。そういったところに出版社の仕事の苦労がわかったような気がしました。
●今は本を取次屋に出しているだけではダメだということが分かった。出版社を作るには独自の販売形態が必要だと思った。他の会社と同じことをやっていては現代の競争時代には勝てないんだなぁ…..。
●私は経済方面の話が苦手なので、いまいち分からなかった。出版社の仕事は社長によって違うという話が興味深く思った。
●本日の講演を聞いて出版者の仕事及び作り方、それほど簡単じゃないです。
●出版社の取り分は全体の67%もあるが、その中には印税や制作費や編集費がふくまれており、少なくなる。社員もいるので、結構少ないなと思った。
●いろいろ考えられていて大変な印象をうけた。
●出版社にもいろいろあって、小さな会社から大きな会社があるってことを知りました。ただ、出版社を作るのはむずかしくて私の頭ではどれだけがすごいのとかがわからなかったから、本を1さつ万引きされたら5さつ以上売らないと利益がないなんて、どうやって経営が成り立つのかなと思った。あとやっぱり出版社はもうからないって言った意味もなんとなくわかった。
●すごく儲かる仕事だと思っていたが自分が思っていたより儲からないなと思った。
●「現実とはこんなものか?!」とか感心した。金銭面は微妙に切なくなるなあ。特に中小企業はどのジャンルも一緒だと不景気を嘆きたくなった。
●出版社は簡単に作れると言っていたけれど、簡単には作れないと思った。出版社はお金がもうかるかと思ったけど、仕事は大変だけどあまりお金がもうからないのだと思った。出版社の仕事は大変だなぁと思った。

設問2●IT時代といわれる今日、出版社はどう変化しつつあるのか。あなたの感想を自由に書いてください。

回答●
●昔よりもいい時代になり、選択肢が多く、やろうと思えばできるということは僕たちに対しての魂のメッセージでした。
●IT時代を迎えて、パソコンやインターネットが普及してきたので、出版社の働きもそれと共に変化してきている。この間学んだオンデマンド販売が実際に出版社で行われてことによって、本の販売の仕方が大きく変わったので、その変化に驚いたし、すごいと思った。
●本をつくるということはもうだれにもできるようになった。
●出版社はこれからいかにおもしろい人をえらんで本をかりてもらうかというのがすごくじゅうようになってきている気がした。これから本が売れるっていうのはむずかしいと思うけど、本をよむというのがふえると思う。だから、おもしろい本ではなく、おもしろい文がたくさんでてくると思った。
●今はITが入ってきて、試行錯誤の時代な気がする。しかし今までの授業であったように、ITをうまく利用し共存していくんだろうなと思う。でも、ここで勝ち組と負け組がはっきり出てくる気がする。
●本だけでなく電子本をどのように売り出していくのか(電子本だけにするか、電子本と本を売り出すのか)が問題なのかもしれないと思った。
●複雑だったものが、どんどん簡潔なものになっていくと思う。
●IT時代だからこそ色々な方向から本を作り出すことができるだろう。インターネットでも本を読むことができるなど便利だ。「出版社」を私の中で大きすぎてよくわからないところだったのが、この講義を聞くことができ、近づけたような気がする。
●もしかしたらインターネットなどのITの情報で用がたせてしまい、出版社というものがなくなってしまうかもしれない。けれどその中で新しいことをやっていくことのできる「小さな出版社」という存在が勝ち残っていけるのかもしれない思った。
●最近は出版する本の数の少なさにびっくりした。でも、その中でもハリー・ポッターなどは何百万部も出版してるから本当にすごいと思った。
●インターネットを使っての「青空文庫」。もしかしたらBSデジタル放映を使っての新しい「本」の形態ができるかも知れない。
●IT時代により昔からある出版社自体の活動は小さくなってきている。そのITをどのように使って拡大していくかは、出版社のがんばりにかかっている。これからどう変化していくのか、それを見ていきたい。
●一般の考えにとらわれない、自由な発想が必要になっていくと思う。
●限られた人々だけからもった一般の人々もかんたんに本がつくれるようになると思う。売るのはもっとむずかしくなると思うが。
●カメラなどの機材が安くなり誰でも手に入れるようになった今、出版社は誰でもつくれるようになったと思う。
●少人数でも出版業界では生きていける時代に変化していて、短時間で本が製作可能になっている。
●IT時代という時代の変化にともなって、出版社もインターネットを利用したりするなど変化していると思います。
●これからは本屋にいかなくても本が読める時代になってくるから、出版社はどこにでもチャンスがあると思う。小さな出版社でもチャンスが十分あると思うし、個人のスキルを高めていくことが大事だと思う。
●どうやって売り込んでいくのか、どうやって知名度を上げるのか、その辺のやりとりやかけひきが複雑になってきていると思うので、難しくなっているんだと思いました。
●うねりがある。
●ITが発達し、出版社は苦しくなる一方ではないだろうか。難しいことはよく分からないが本が好きな人はたくさんいるから大丈夫じゃないかなぁ。
●IT時代になって、昔なら100万ぐらいかかった撮影が30万ぐらいでできる時代になった。僕らもやればできる時代だということがわかった。
●10年前にできなかった事が今の現代にできるようになり、IT時代と進化した。
●進化する現代にとって、ITをつかっていけば色々なことができると思う。
●昔ながらの手法から脱皮して本もITに負けない経営をしていく事が大事だと思いました。確かに本の売上げは減少してきているけれども、本を読む人というのは消えるはずはありません。なので、これからはケチるというのは言い方が悪いですが、事前に予約をとって欲しいという人の数のみしか発行しないという方法をとると返品もなくなるし、ムダな経費もかからなくていいと思うんですが……。
●どんどん独自の販売を行っている会社も出てきているので出版社は時代に乗り遅れないように、常に先端をいくために考えなくてはいけないと思った。
●IT時代という言葉が未だよく分かっていないが、時代の流れにによって変化するという事は出版社に限らず重要な事である。
●IT時代といわれる今日、出版社はもっと高いレベルに変化しつづけている。読者は今後、書店に行かない、出かけない。直接、インターネットで注文して、本だけじゃなくて、CDなども受け取れる新しい販売方法も生まれていい。
●ITの時代なので、インターネットにも進出していくと思う。
●新しい考え方が必要になってきている。今までの考え方ではだめだ。ITにより本を買う事さえ過去のものになりそうだから。次々と作戦を考えていかないといけない。
●フライデーとかなんて、20~40万ももらえるなんて、東京に行ったらデジカメとか持ち歩いて張り込みとかしてみたいと思った。でもすごく大変だろーなー……。
●最近、本の出版数がへっているのにびっくりした。
●IT時代になったという昨今、本当にIT化したとは言い難くて、でも授業で言う通りにやった者勝ちかなと思った。試行錯誤の時代のアイデア勝負は電脳ではなく人脳ではいけないなと思った。
●IT時代だけれども出版社はITに負けないで頑張ってほしいと思った。出版社はもっと活発的に変化すべきだと思った。

  以上、学生たちの生の声である。

良くも悪くも現在18歳である彼・彼女らがこれからのメディアをデザインしたり、主要な受け手になったりしていくだろう。

 出版メディアは確かに今、ゆれている。しかし、地殻変動の時期はこれまでの商取引の慣行から締め出されていた新参者にとってはチャンスの時でもある。さらにかつては大掛かりな、非常にコストのかかるものであったコンピュータ・ネットワークがインターネットによって、またかつてに比べるとずっと安価で高性能なパソコンの登場によって企業と個人の格差をかなりの程度、埋めることになってきた。

 あとは本当にしたいことを持っている人間が出てくるだけである。それが講演を企画した私の、学生たちへのメッセージである。

 熱い話をしてくれたポット出版の沢辺さん、そしてご協力くださった中部大学人文学部コミュニケーション学科の小中陽太郎教授、都築耕生教授、事務室のみなさんにこの場を借りてお礼を申し述べたい。

電子図書館は本屋を駆逐するか?

 公共図書館が「電子図書館」化していく時、出版社、取次、書店はいったいどうなるのか。

 このテーマでまず私が思い出すのは1999年1月10日発行の雑誌「人文学と情報処理」の別冊1「特集 電子図書館はどうなる」(勉誠出版)である。

 一言でいうとこの別冊の編集は完全に破綻している、と私は思う。執筆者を代表して石川徹也氏(図書館情報大学教授)が「はじめに」と「編集後記」の両方において、執筆者間の認識が矛盾していることを認め、しかしながら問題点が明らかにされたことが有意義だったというようなことを書いている。

 しかし、この編集スタイルは私には好ましいとは思えない。雑誌などで賛成・反対双方の意見を同時掲載し、両論併記という形で発行することはよくあるが、この別冊特集は「電子図書館はどうなる」として、第1章「電子図書館のあるべき姿」から第6章「万人に開かれた知識基盤」まで担当執筆者を決めて、一つの本のようなスタイルで編集されているのである。ところが、その章ごとの記述が矛盾しているという事態になっており、にもかかわらず、その矛盾を執筆者同士で解決しないまま、そのまま出版してしまっている。これでは「編集」というのは集まった原稿を割付する作業でしかないだろう。そして、電子図書館をめぐる現状が矛盾しているので、論考も矛盾のままであえて世に問うた、といった一種の居直りのような「はじめに」と「編集後記」なのである。

 執筆者を代表して石川徹也氏は次のように書いている。

 「第2章から第6章を読み通すと、重要な問題であればあるほど、記述事項が重複し、その間の矛盾が気になり、結局、全体の結論として何を言いたいのか、すなわち『どうあればよいのか』等々の感想・疑問を持たれるかもしれない。(中略)それらの矛盾は現に存在するわけで、今は互いに融和しつつ、事業を推進していると考える。将来、それを現実のシステムとして運用・利用することになると、すべてを白日の下にさらし、白黒をことごとく明確にしなければならない。そうなると、大げさな物言いをすれば、犠牲者も出現しよう。そうならないためには、この先、年月を経て、技術の発展をまちながら、社会的合意の下で解決し、運用に移行していく以外ないと考える。」(「はじめに」前掲書、7ページ)

 「各課題は、各立場で、主に利害関係から、矛盾を呈している。当矛盾は、現在の問題点でもある。事実、検討の途中で、『そのことは言ってくれるな!』といった、率直な意見を戦わしたこともある。」(「編集後記」前掲書、145ページ)

 じつに生々しい話ではないか。「そのことは言ってくれるな!」とはどの場面で戦わされたのか、気になるではないか。

 しかし、この別冊を読むと、いや読まなくても(失礼!)真相は推測できる。まさに、「みんなの利害は電子図書館でどうなる」か、なのである。

 結論から言ってしまえば、電子図書館の議論に書店や取次に勤務する執筆者が加わり、取次や書店の役割があると主張していることが、矛盾を引き起こしているのではないか。

 例えば、堤篤史氏(日本経済新聞記者)は、第2章「新たな『出版』の可能性と課題」の中で次のように書いている。

 「次世代の電子図書館では『収蔵しない自由』という留保付きではあるが、『可能な限りあらゆる文献を網羅する』ことが要求されるとする。このことと、有料化という原則を考えあわせれば、実は電子図書館は他に比類しうるもののないほど大規模な、オンライン出版マーケットとなる可能性があるということだ。」(前掲書、28ページ)

 つまり、電子図書館は有料が原則で、最大規模のオンライン出版マーケットになるという認識である。

 また、松崎善夫氏(横浜市中央図書館)は、次のように書いている。

 「現在の書店に該当するものが電子出版物の流通についても機能して、求める資料(情報)を任意の業者から購入できる形が残るとは限らない」(前掲書、82ページ)

 それでは、ここで想定される電子図書館にはたして書店や取次が関与する部分がまだ残されているか、と誰でも疑問に思うだろう。

 ところが、第3章「『情報流通』の要として」では(株)図書館流通センター常務取締役電算室長の菅原徳男氏、株式会社トーハン図書館営業部の高見真一氏、株式会社丸善学術情報ナビゲーション事業部の笹井真也氏の3人が共同執筆した次のような記述がある。

 「流通業が電子図書館時代においても必要かどうかという点について、一見すると、提供者と利用者というシンプルな情報伝達のプロセスに反して、非合理的と取られ易い。また、現在の取次ぎ機能に該当する著作権等情報センターについては、提供者の立場からの違和感から(ママ)が予想される。」(前掲書、65 ページ)

 「では利用者から見た場合の流通業の存在価値は何であろうか。その一つとして考えられるのは情報の集約である。」(同上)

 「電子図書館においても地域の公共図書館が地元書店との関係を意識し、商流上での窓口としてその存在を必要とすることになるかもしれない。」(67ページ)

 「特にエンドユーザに対しては、様々なジャンルにおける無店舗書店の展開が予想される。この分野が既存の書店のみが果たす役割かどうかは難しいが、電子図書館において、無限の可能性があり、また、大きく期待されるところである。」(同上)

 「流通大手が中小書店経由でエンド・ユーザへ何らかの形(フロッピー、ペーパー)でサービスする方法も確立したい。」(同上)

 まったく立場によって、電子図書館と取次・書店の関係に関する記述がばらばらではないか。そこを徹底的に議論しようとすると、「犠牲者も出現」するから、「そのことは言ってくれるな!」となるのではないだろうか。

 それだけではない。この別冊では電子図書館は有料か、無料かという点に関しても執筆者によって見解が違うので、そのことを前提として展開している議論がかみあわないのである。

 私はこの別冊を批判することを目的に、こんなことを言い出したのではない。そうではなくて電子図書館という、論者によって少しずつ異なるイメージは、結局のところ、現状を変革するためのそれぞれの業界の道具にされつつあることを指摘しておきたいのだ。

 そして、取次・書店サイドの論調にはかなり無理があると言わざるをえない。取次・書店はお呼びでない、というのが今、進められている図書館の「電子図書館」化なのである。

岩見沢市立図書館の『岩波文庫』配信サービスをどうみるか

 出版業界紙「新文化」2002年5月23日付けの記事によると、電子書籍版の「岩波文庫」が日本で初めて公共図書館で閲覧できるようになるという。電子書籍の配信サービスを行っているイーブックイニシアティブジャパンが6月上旬、北海道岩見沢市立図書館に対して電子版「岩波文庫」109作品を提供するというのである。

 岩見沢市立図書館は電子図書館予算でイーブックイニシアティブジャパンから電子文庫を一括購入し、利用者は館内に設置された7台のパソコンの専用閲覧ビューワで閲読する。年内にも著作者から利用許諾を得た電子版の「岩波文庫」500点、平凡社の「東洋文庫」約300点が図書館で読むことができる見通しだ。

 この動きは公共図書館の電子図書館化がいよいよ進み始めたことをものがたっているだろう。これまで電子図書館化は日本ではむしろ大学図書館の問題であった。CD-ROMなどパッケージ系の電子出版物の収集や電子ジャーナル・サービスの導入、さらに所蔵資料のデジタル化と利用者への提供など、大学図書館はこの数年の間に急速に「電子図書館」化してきている。

 一方の公共図書館はと言えば、図書館法に規定されている資料の無料提供の原則や、また従来からの貸し出し中心主義からの脱却が遅れていることもあり、利用者へのインターネットによる出版コンテンツの提供はあまり進んでいるとは思えなかったのである。

 2000年11月17日に東京・有楽町の東京国際フォーラムで開催された第2回図書館総合展の分科会「本の未来と図書館―インターネットに展開されている電子本と図書館について語る」において、津野海太郎氏(評論家・和光大学教授)、萩野正昭氏(ボイジャージャパン代表取締役)、そして私の3人でディスカッションしたことがある。

 このとき、津野氏は地域の公共図書館の利用者の立場から大学に比べてあまりに公共図書館がネット上の資源について関心を持たなすぎると指摘していた。出版社が「紙の百科事典」を今後出版できないという現状の中で、公共図書館のレファレンス業務も変化せざるをえないのではないか。それは好むと好まざるとにかかわらず公共図書館が直面せざるをえない現実であることを強調していたのである。そして、「紙」本位制で作られてきた図書館の技術の限界を指摘し、ビッグビジネスとしてではなく、本の多様性を維持するためのデジタル化を主張した。

 一方、萩野氏はそのフォーラムでは私の本『デジタル時代の出版メディア』のドットブック版を例にプロジェクターを使って、立ち読みの機能や、文字の大きさや縦書き、横書きを自由自在に変えられることなどを実演してくれた。そして、その後も私とのメールのやりとりの中で将来の図書館での電子書籍の取り扱いについていろいろ意見交換をした。

 萩野氏は図書館の利用者が電子書籍をダウンロードする場合、図書館のサイトから電子書籍出版社のサイトへリンクさせ、コピーに対しては商取引とすべきであると主張していた。一方、青空文庫のような著作権フリーの電子書籍に関しては利用者からの要求に対してすぐにダウンロードできるわけである。また、もう一つの考え方として萩野氏が提唱するのは年間使用料のような契約をすることである。これは特に大きなデータベースなどが対象になるという。そして例えば年間使用料100万円を200館の図書館が連合してシェアすれば1館あたり5000円となり、5000円の本を購入したのと同じになるというのである。このような対応がもし出来るのであれば一般利用者は図書館サイトから有効なデータベースへのアクセスが無料になることも可能である、と萩野氏は言っていた。

 では、公共図書館が電子図書館化していくとき、出版社、取次、書店はいったいどうなるのだろう。つまり、図書館が「電子図書館」化する時代に出版社、取次、書店の機能とは何なのかが問われているということである。

 この問題は次回に引き続き考えてみたいと思う。

 ところで今年、日本書籍出版協会の『日本書籍総目録』のCD-ROM版と合体して刊行される『出版年鑑』では、初めてWeb上で販売されている電子書籍約8000点、オン・デマンド出版物約1000点、そしてCD-ROMの目録が掲載されるという。

 こうした流れを見ると、電子出版物もいよいよ「市民権」を得たと断言してよいのだろう。 出版メディアの地殻変動がいよいよこれから始まることだけは間違いなさそうである。

出版学会もかなりデジタル時代?

 2002年5月18日(土)、担当している中部大学のメディア論の授業を休講にして(最近の大学は休講すれば補講が原則)、日本出版学会の春季研究発表会・総会に出席してきた。今年の会場は東京都国分寺市にある東京経済大学である。

 特徴的だったのは、研究発表の第2部で3人の大学院生が登場し、読書や読者に関する研究発表を行ったこと。また第3部では電子出版に関する研究発表が集中的して行われたことである。出版学会でも大学院生による活発な研究発表が増え、そしてデジタル時代を迎えた学会の新しい潮流も本格化してきたという印象を受けたのである。(もちろん第1部の研究発表でも今日の出版不況の現状を考察したものや、鈴木書店倒産の意味を問うものなど、きわめて現実に即した、いかにも出版学会らしいものがあったことを付け加えておかなくてはならないが。

 そこで、今回は電子出版関連の発表を集めた第3部の模様をダイジェストで紹介しておこう。

 まず第1番目の研究発表者は中村幹氏(株式会社印刷学会出版部・「印刷雑誌」編集部)であった。テーマは「出版社からみたオンデマンド印刷の検証」。

 中村氏は、オンデマンド印刷を「必要なときに必要な部数をすぐに印刷する概念」であると定義し、「DI印刷機」と「オンデマンド印刷機」についてまず説明を加えた。DI印刷機とはダイレクト・イメージング印刷機の略で、CTP(computer to plate)ともいう。これは数百部から5千部程度の印刷に威力を発揮するといわれている。一方、オンデマンド印刷機は数十部から2百部程度が適していると一般にいわれているという。

 中村氏は書籍の印刷・製本に関してどのような印刷方法がコスト的に適しているか、OHPを使って解説した。発行部数の少ない順に示すと「オフィス用プリンタ」「トナーベース・オンデマンド印刷」「DI(ダイレクト・イメージング)印刷」「オフセット印刷」となり、品質は後者であるほど良くなる。

 中村氏は、実際に印刷会社に対してA5判200ページ、100部、並製の書籍の見積もりを取って検証したところ、100部程度ならば紙版下によるCTP出力、またはトナーベースのオンデマンド印刷が適し、500部になるとさらに安価になる結果が出たという。また、500部の書籍を製作して売り切れば、単価は高くなったとしてもその後は100部ずつ刷る方が効率的であると結論づけた。

 第2番目に、深見拓史氏(株式会社廣済堂)が「出版コンテンツ配信ビジネスの現状と課題」というテーマで研究発表を行った。

 深見氏は出版コンテンツと呼ぶ対象を「辞事典、単行本、文庫本、美術全集、情報誌など、コンテンツを有料で配信するもの」に限定し、IT機器の売上げは鈍化しても情報サービス産業界の売上げは伸びており、またEC(エレクトロニック・コマース)の規模もB to C(企業と消費者間)では2006年には16兆円にもなり、今後の出版コンテンツ配信ビジネスは拡大するだろうと語った。深見氏は廣済堂が開発したコンテンツ配信事業を実例に挙げて説明した。この事業はインターネットカフェの利用者を会員として囲い込み、映像などのコンテンツをネットで有料配信するシステムである。深見氏は限定読者へのコンテンツ配信事業は会員管理、電子認証、課金システムが成功の鍵を握っていることを強調した。写経から印刷へ、舞台から映画へ、映画からテレビへ、というようにメディアは変革されていく。この発表では出版コンテンツの有料配信システムは必ず進展するだろうと結論づけられていた。

 第3番目に登場したのは山本俊明氏(聖学院大学出版会)であった。発表テーマは「学術出版の危機とオンライン化の課題―アメリカ大学出版部協会の取り組みを中心に」である。山本氏は、アメリカの学術コミュニケーションの担い手であるAAUP(大学出版部協会)、ARL(研究図書館協会)、ACLS(学術会議)の三者が 1997年9月に共同で開催した「学術専門書出版の危機、あるいは書籍が出版できなければどのようにして終身在職権を得ることができるのか」というテーマの会議における議論を資料として、この問題を考察した。

 まず、コスト高騰による学術出版の経済的危機がコスト削減のためのオンライン化をもたらしたことがこの資料では明らかにされているという。次に学術専門書出版の危機は出版の経済的危機にとどまらず「学術コミュニケーションの危機」でもあるという。つまり若手の研究者が研究成果を発表できないという事態をもたらしているのである。さらに、オンライン化は著者→出版社→図書館(書店)→読者という伝統的出版モデルを危機に直面させ、インターネットの著者→読者という出版社・図書館の役割を失わせるものになっている。またそれは、印刷メディアの危機でもあるという。山本氏の発表の中でもっとも興味深かったのは、学術専門書の未来に関わる部分である。

 それはまず第1に、学術書の機能の問題である。ページという概念がなくなり、引用箇所をどのように表記できるのかということである。

 第2に、テキストの未決定性の問題である。これはテキストの改変が容易であるためにどれが最終テキストなのか分からなくなるということである。

 第3に、サイトの管理の問題である。サイトが運営できなくなったりすると、デジタル学術情報はだれが保存し、管理するのかということである。

 山本氏は学術情報のオンライン化によって、大学、大学出版部、大学図書館のそれぞれが大きな変革を迫られていることを強調した。もちろんこれは山本氏も言うように、アメリカだけの話でないことは明らかであろう。

 以上のように、今回の出版学会ではオンデマンド印刷、有料コンテンツの配信システム、学術情報のオンライン化というテーマの発表が行われ、会場参加者からの質問も相次いだ。まさにデジタル時代の出版学会なのである。

 ところで、この日に開催された総会で私は初めて理事に選出された。最近、デジタルづいていると言われている私は、今後さらに日本出版学会と深くかかわっていくこ とになりそうな気配である。

大阪府マルチメディア・モデル図書館展開事業とは

 今回は、第14回「書店の危機と変貌する若者のメディア接触」において少し触れた大阪府立図書館のインターネットを利用したレファレンス(e-レファレンス)の話のつづきである。

 このe-レファレンスの話はそもそも「大阪府マルチメディア・モデル図書館展開事業」として2001年9月から2006年3月まで4年半をかけて地域の情報拠点としての公共図書館をめざす実証実験のうちの一つである。全体の実施計画書によると、その事業目的は以下のようになっている。なかなか興味深いので、長いが全文引用してみよう。

 「インターネットの急速な普及は、膨大な電子情報に誰もが自由にアクセスできる環境を創り出した。しかし、情報ハイウェイ発祥の地アメリカと比較し、『IT革命の成果の市民への還元』という面で大きく遅れを取っている。
 例えば、公共図書館・大学・民間企業等が一体となって子供から質問に答える『ネットワークレファレンス(The Virtual Reference Desk: VRD)の取り組み』や、また政府機関が利用するITは、Webサイトを含めすべての障害者が利用できるものにしなければならないという『障害者や高齢者などへのバリアフリーな環境の整備』の面でも、大きな格差が出ている。このほか、デジタルコンテンツ製作の遅れや、電子情報の所在を探索する環境なども整備できていない。
 このようなデジタルデバイドの解消をめざす上で、『IT革命にふさわしい情報拠点としての図書館の役割や機能』を踏まえた、戦略的な研究開発が期待されている。
 IT革命の成果を、地域の情報拠点としての役割を担う公共図書館において、具体的な内容と効果を伴った形で実現する事を目標とし、『福祉型Web図書館システム』『複合型Web図書館システム』『Web電子図書館システム』『参加型Web学校図書館システム』の4つの柱からなる『マルチメディア・モデル図書館』を、全国公共図書館中、最大級の大阪府立図書館を中心として、大阪府域の公共図書館や学校図書館、専門機関と協力して構築し、すべての人が容易に利用できる高度な図書館情報サービスの実現を目指した実証実験を行う。」

 つまり、デジタルデバイドを解消するために公共図書館が高度な情報サービスを作り上げ、すべての市民に利用してもらおうというのがこの事業の趣旨である。

 そのためにまず具体的に「マルチメディア・モデル図書館」の4つの柱を打ち出している。実施計画書によると概要は以下の通り。

1.福祉型Web図書館
 障害の有無、コンピュータの利用経験の深浅に関わらず、インターネットをはじめとする情報を等しく享受できるよう、利用者のニーズにあわせて、音声出力、点字出力、文字の拡大等が容易に選択できるシステムを実現する。障害者・高齢者用の汎用デジタル録音システムとして世界各国が共同開発中のDAISY (digital audio-basedinformation system)フォーマットのデータ入出力ができるシステムを構築する。Web上の公開情報に多用されているPDF等のファイル形式を、特に視覚障害者が扱い易いように、利用者がファイルの形式を意識せず、利用しやすいテキスト形式などに自動変換できるシステムを構築する。
2.複合型Web図書館システム
 日本語Z39.50プロトコルによるWeb横断検索システム及び書誌同定技術の研究開発を行うとともに、当該システムと集中型Web検索システムと併用したバーチャル総合目録を図書館相互の連携により実現する。Z39.50プロトコルを各図書館のゲートウェイとしての役割を持つサーバだけでなく、ロボット・ソフトに適用し、通常のゲートウェイ方式では検索が難しい世界各国の文献が探索できるシステムを構築する。
3.Web電子図書館システム
 利用者が容易に貴重資料を閲覧できるようにするため、高精細画像表示技術を用いて、精密さを要求される画像等の図書館資料の電子化及び公開ができる電子図書館システムを実現する。利用者が当該システムを利用して検索した電子資料は、利用頻度に応じてキャッシングし、インターネット上に散在する電子資料を高速で提供できるシステムを構築する。
4.参加型Web図書館システム
 上記の各システムを基礎に、画像半開示技術、電子透かし技術、利用者認証技術、GUI技術等のコンテンツ流通技術を用いて、著作権保護に配慮した参加型レファレンスデータベースシステムを市町村図書館、小・中・高等学校との連携、情報の共有により構築する。

 このような電子図書館が作られたなら、たしかに障害のある人にとって、また図書館に足を運ぶ時間のない市民にとってじつに便利である。

 そして、小学校、中学校、高等学校の児童、生徒にとっては総合的学習の基礎になる調べ学習が容易にできるようになるだろう。例えば学校図書館に所蔵しない資料を公共図書館で探す場合、これまでも夏休みの自由研究のための参考図書は質と量の双方において乏しかったのではないだろうか。野山の草木に関する本があいにくすでに貸し出されていたとすると、児童・生徒ははたしてその1冊の本を夏休みの間に借り出すことに成功するであろうか。

 今日では総合的学習の先取りで学校の生徒が公共図書館にクラスごと出向いていくこともしばしば行われているが、複数の学校が一度に来館すればもはやお手上げであろう。その点、電子図書館化はより多くのレファレンスに対応できるのではないだろうか。

 インターネットの急激な普及によって膨大な電子情報が生まれたが、日本の児童、生徒たちがそれを活用するための情報リテラシー教育を十分に受けているとはいいがたい。電子メールによって図書館のレファレンスが利用でき、さらに実際の資料を入手できる体制が作られる必要があるだろう。

 IT革命と言われても市民がその恩恵を受けていないようでは話にならない。大阪府の事業は具体的な図書館利用法であるがゆえに、かなり有効なものだと私は思う。

若者・ケータイ・読書

 書店の経営危機の背景には若者のメディア接触の変貌があることを前回、指摘した。たとえ現在の消費不況が回復したとしても、書店全体の出版物販売額が今後、右肩上がりで上昇していくとは思えないからである。

 ではどのようなメディア環境の変化があったのであろうか。

 まず、個人の情報化とでもいうべき情報機器の普及がある。パソコン、ファクシミリ、ビデオ、CDプレイヤーなどの普及率はかなりのものであるが、どれ一つとってみても例えば70年代に高校・大学に通った私の学生時代にはなかったものである。そして、現在の若者のメディア環境で特筆すべきものはなんといってもケータイとインターネットであろう。とりわけ、インターネットに接続できるケータイの普及には目をみはるものがある。かつてのパソコンユーザー、すなわち高学歴、高収入で都市に住む階層だけでなく、これまで情報リテラシーが低いとされてきた層にもインターネットは確実に普及しているのである。

 大手広告代理店の博報堂がまとめた『ケータイ生活白書』(2001年 NTT出版)が列記する近未来のケータイのイメージは次のようなものである。

 地図やカーナビ、パソコン、手帳メモ、新聞、ラジオやウォークマン、小型カメラ、テレビ、伝言板、秘書、雑誌や本、銀行・証券会社、財布やクレジットカード、リモコン、コンビニ、友達や相談相手、ゲーム機、ペット。

 これを見るとすでに「近未来」ではなく現実化しているものも多いことに気づくだろう。つまりケータイはもはや電話というこれまでの概念をはるかに超えてしまっている。情報へのゲートウェイ(出入り口)としてのケータイととらえた方が分かりやすいのである。

 そこで指摘しておかなくてはならないのは若者の生活費に占める通信費の支出が増えていることである。大阪大学生活協同組合が2000年に実施した大学生の消費生活に関するアンケート調査では大阪大学の学生の9割がケータイ(PHSを含む)を持ち、そのうち6割がケータイ代を本人が支払っている。備え付け電話しかなかった時代にはそもそも大学生に対する電話代の設問すらなかったのである。1ヶ月の電話代は自宅生6560円、自宅外生7240円、寮生 10960円、下宿生7030円で平均6560円。

 また、単身世帯を対象に1999年に実施された「総務庁 全国消費実態調査」でも30歳未満の男女の通信費は前回(1994年)調査の2倍に達し、食費をけずってケータイやPHS、パソコンなどの通信費に支出していることが明らかになっている。

 ところで情報通信に関しては経済的な側面だけでなく、生活時間の問題も当然考える必要があるだろう。一人の人間がもつ可処分時間は限られており、ケータイやパソコンに使う時間が増えているということは、ほかの時間がけずられているということである。

 本や雑誌の販売額が年々減少していることには、じつはこのような背景があるのである。

 実際、大学生活協同組合連合会では1997年10月に実施された「第33回学生の消費生活に関する実態調査報告書」(1998年9月発行)以降、読書時間の調査をやめてしまった。1日の読書時間が「ほとんどなし」と答えた大学生は1987年には25・1%だったが、1997年には41・0%に増えている。まだ、平均読書時間も1987年に45分だったのが、1997年には31分に落ち込んでいる。さらに生活費に占める書籍費は2000年には月2910円(下宿生)で10年前に比べ約1000円も減っている。

 学校図書館協議会を毎日新聞社が共同で行っている学校読書調査によると、1ヶ月の読書冊数0冊と答える「不読者」が増加している。1955年、1975年、1999年の「不読者」は、小学生3・7%→9・9% →11・2%、中学生8・6%→29・9%→48・0%、高校生14・6%→34・7%→62・3%となっている。

 これらの統計が示していることは、書籍には関してはすでに平均読書冊数や平均読書時間など出してみても意味をなざず、読む人と読まない人がはっきり2極分解し、若者にとっては読書が明らかに少数者のものになりつつあるという実態である。

 さらにもっと冷徹な事実は日本の若者そのものの減少である。国立社会保障・人口問題研究所「人口の将来推計 低位推計」によると、0歳から19歳の人口は 2000年の2593万人が2010年には2295万人とじつに298万人、率にして11・5%も減少すると見られている。(「朝日新聞」2001年4月 27日付け大阪本社版朝刊)

 人口そのものが減少し、本を1ヶ月に1冊も読まない人の比率は高くなる一方という「若者像」から、これからの出版メディアを考えていかざるをえないというのが、ここでの私の結論である。

【お詫びと訂正】
 前回、第14回の文中「波屋書店」とあるのは「波屋書房」の誤りでした。お詫びして訂正します。