2003-02-09

移動図書館が輝いていた時代

 前回、「派手なライブラリアン」である尼川洋子氏を取り上げたが、その尼川さんが当日、会場に配布した大阪府立女性総合センター・情報ライブラリーのプロフィールをここで紹介しておこう。

大阪府立女性総合センター・情報ライブラリーのプロフィール(2002年12月現在)
●設立
1994年11月、大阪府立女性総合センター(ドーンセンター)の女性関係情報専門ライブラリーとして開館。運営は(財)大阪府男女協働社会づくり財団が行っている。
●施設
ドーンセンター2階全フロア。面積750m2
●設備
閲覧席24席、ブラウンジング・コーナー(ソファ、大閲覧机)、ビデオブース(個人用=3ブース、2人用=3ブース、グループブース=1)、利用者端末(館内4台、1階フロア3台)、インターネット端末(1台)
●情報システム
独自に構築している女性関係情報システム「情報CAN・ドーンネット」で、ドーンセンターOPAC及び独自の女性関係情報データベースをインターネットで提供している。( http://www.dawncenter.or.jp)
2003年10月、リプレイス予定。
●コレクション
1●図書…32,726冊
2●行政資料…8,596冊
3●雑誌…1,259タイトル(31,144冊)
4●新聞…6紙
5●AV資料…1,365本(ビデオ1,338、カセットブック27)
6●アーカイブ…「女たちの太平洋戦争・15歳の手記」手書き原稿(約3,000点)
…「日本ウーマンリブ原資料」ビラ、ニュースレター等(約900点)
7●ポスター
8●パネル資料…「女性に対する暴力」
9●データベース
…団体・グループ情報
…女性施設情報
…自治体の女性政策担当窓口
…困ったときの相談窓口
…法律・制度キーワード
…数字で見る女性
…人材(オフライン)

 ところで今回は、尼川さんとはまったく異なる立場、異なる場面で奮闘している古書店主の話。

「書砦・梁山泊」という社会・人文系専門の古書店が京都にある。この古書店主の島元健作氏は以前から「反インターネット」を標榜している。1月末に届いた梁山泊の目録「書砦―社会・人文系絶版古書目録」通巻第32号の編集後記に店主は次のように書いている。

「昨秋、日本出版学会関西部会とやらから求めがあったのを幸い『インターネット時代の古本屋』なる演題を強引に捻じり曲げて、持ち前の反IT文明論を一席ぶってきました。利便とか科学的とかいった一見ニュートラルな要請の中にこそ反人間的なイデオロギーが秘められている。手触り、情緒、直感といったものに信を置くことは決して迷蒙ではない。本(というかたち)は残るし、残さなければならない。―というような話なのですが、勢い余ってかなり反動的言辞も撒き散らしたようで、どうも下手なボヤキ漫才ぐらいの受けしかありませんでした。ちなみに今回の目録の表紙は、その際に配布した『文藝春秋』(昭和32年2月号)のグラビアからのコピーです。本も読書も生き生きしていた良き時代の情景です。IT論者には不便で貧相で痛ましく見えるのでしょう。」

 ここに書かれている日本出版学会関西部会の例会を企画したのは私である。正確には2002年10月23日、「古書店から見たインターネット時代」というテーマで、西宮市大学交流センター講義室において島元氏に講演をお願いしたのである。

 この日、島元氏はまず会場に『文藝春秋』1957年2月号に掲載されたグラビア記事のコピーを配布した。「本はバスに乗って~奥多摩の移動図書館」と題するその記事は次のように書かれていた。これも少し長いが以下に引用しよう。(旧字は新字に改めた)

「移動する図書館『むらさき号』は、東京都の教育委員会が昭和二十八年に創めたもので、二千冊の図書を積み、都下の西南北の三多摩郡の山間、五十カ町村、地理的にも経済的にも中央の文化から隔てられている地域を巡回するバスである。青梅・立川両市の図書館を根拠地として、毎月一回、約五十冊ずつの本を三多摩各地の小学校、役場、特約している民家などに配布して回る。

 開始以来、梅原・八里・三平の三君がずっと継続してこの仕事に当たって居り、人々から親しまれている。

 山間の道は冬の間は殊にひどく、同じ日時に予定の駐車地に行くことには、人知れぬ苦労があるが、『むらさき号』の来着を待つ人の数は次第に多くなって、野良の合間に立ち寄る人もあるようになった。

 主婦達が子供のための本の相談を持ちかけたのが契機となり、『むらさき会』という読書会が山村の夜の楽しい集いとなっている所もある。」

 そして、この記事にはグラビア写真が9葉あり、それぞれ次のようなキャプションがつけられていた。

「むらさき号が来た」「新しい文庫を貰っていそいそと」「バスを止めて店開きするかしないかにもう飯場の人たちもやって来る。読書の相談などに応じる」「出水のあとにはこんなこともある」「今もいで来たんだ、上っとくれよ」「臨時貸出のマンガに夢中だ」「八十歳になるお爺さんも野良の合間に」「炉辺に楽しい『むらさき会』の集り」

 島元氏は講演の中でこの雑誌に取り上げられている光景について「本が生きていた、読書が生きていた、読者が生きていた」と語った。そして、「今この同じ場所に行くと、教室にはパソコンが用意されていて、インターネットで本が読めているのかもしれない。しかし、そんな風景より昭和30年代の方が豊かだと思う」と言うのである。

 そして、島元氏の次のようにみずからの「反IT文明」論を展開した。

1●パソコンはツールだとかニュートラルだとか言うが、距離を置くことができないというイデオロギーをもっており、パラダイムとセットである。技術論ではなく、社会科学的、哲学的におさえておかなければならない。
2●インターネット情報革命には「バカ化した若者」(池田清彦「加速するバカ化」『ちくま』2002年9月号)が必要になっている。
3●最近、古書の世界では入ってきたときから腐っている本、捨てる本が多い。価格破壊どころか書物が破壊されている。
4●ファーストフードに対抗してスローフードがあるように私はスローブックでいきたい。

 この日、島元氏は会場に大正期の本を9点持ってきて、参加者に見せてこう語った。

「80年くらいたっているのに見て美しい。堅牢であり、瀟洒である。普通の本なのに本として傷みもしない。これだけしっかりした仕事を出版社、製本屋はやっていた。しかも、いちいちこころざしや理想とか言っていなかったと思う。」

 その一方で、島元氏は今日の書物を次のように批判した。

「それに引き換え、いま出されている本は5年や10年で情報が古くなっているとかいう以前に80年後には残っていないだろう。岩波新書もいつの頃からか背をゴムでつけている。また、斎藤美奈子『文壇アイドル論』もカバーをとると何も書かれていない。カバーがなかったら終わり。装丁が考えられているのか。斎藤美奈子の『妊娠小説』も近代文芸批評の中で画期的な本だと思う。なのに、1、2年でなくなってよいような作り方をしている。作っている人が後世を信じていないのではないだろうか。」

 島元氏によれば古書店では本は3つに分けられるという。1番目は「つぶし」。これは廃棄するもの。2番目はrevalue。新しく価値をつけるもの。 1700円の本が3000円になったりする。3番目はその中間に位置するいわゆるリサイクル本。1700円が850円になったりする。そして、ここ数年、この「つぶし」がものすごく増えてきたと言うのである。

 そして、みずから経営する古書店で扱う本について、先ほど挙げた「編集後記」の中で次のように書いている。
「…取扱品を絶版書に限るのは原料選別の最低ラインでしょうか。新刊書を定価の何割引きかで売るのも古本屋のサービスの一つですが、しょせん昨今全盛の安売り商法に流されてしまいます。今回からは基準を厳しくして、絶版といえども刊行から十五年以上経ていないものは扱わないことにしました。」
 出版業界が新刊ラッシュと売上低迷という矛盾した状況にある今日、古書の世界からは「入ってきたときから腐っている本」という厳しい眼差しが注がれているのである。「鮮度重視」の究極がオンライン出版であるとすれば、島元氏の「反IT文明論」は本を時間のふるいにかけて見る古書店主の心意気なのであろう。

 島元氏の言うように、移動図書館の到着を心待ちにしていたような人々はいまではおそらくほとんど存在しないのだろう。いわゆる先進諸国ではどこでも本を渇望する時代は過ぎ去っているように思われる。このような状況をどのようにとらえるかは、論者によって異なる。出版に関する心情では私は島元氏と考えを共有する部分が多い。しかし、島元氏の「反IT文明」論に対しては、反論すべき点もある。

 このことについては、また次回に書くことにしよう。