2002-09-23

図書館は「無料貸本屋」ではない

 「コンピュータは道具に過ぎない」わけではない。ということを、図書館を例に取りながらここまで述べてきた。コンピュータが図書館に導入されるうちに仕事のしかたが次第にコンピュータに見合ったものに変わっていく。そして、少し月日が経って振り返ってみると、これまでの社会システムまで変化していることにわれわれは気づくのである。

 すでに見てきたように公共図書館の現場ではバーコードとMARC(=機械可読目録)の普及によって、図書館業務はきわめて合理的に遂行されるようになってきた。すると皮肉なことに今度はコストの観点から民間企業への業務委託だけでなく、PFI(民間資金活用による公共施設の整備)方式による民間企業への「丸投げ」さえ現実化するところとなった。

 一言でいえばコンピュータ化は業務の平準化、標準化をもたらし、経験や知識に裏付けられたこれまでの労働を代替可能な作業に転換するのである。そして、それは単に「業務の合理化」にとどまらず、「本をどう取り扱うのか」という図書館の根本的な理念まで変えていくことになる。

 根本彰氏は今日の公共図書館の状況を次のように指摘している。

「図書館が『貸出』を増やすことを目標とする公共サービスであるならば、より効率的な運営のためには貸出業務ごと市場原理に基づく民間機関に委託したり、アウトソーシングするほうがよいという論理がつくられる。図書館界はそうした議論になったときに、貸出は選書や読書相談も含めた総合的な業務であるとして委託に反対し続けてきた。しかしながら、専門性が高いと思われる整理業務や甚だしい場合には選書についても事実上アウトソーシングの状態にあることから目をそらし続けた。」(根本彰「公共図書館サービスの可能性」『図書館の学校』2000年7月号、17ページ)

これはまったくもって正当な指摘と言わねばならない。  根本氏はそこで「貸出を中心とする資料提供の考え方だけでは公共図書館の公共性は確保できない」(前掲誌、19ページ)と結論づけ、次の5項目の図書館サービスを実施すべきであると主張している。

「1●一定の方針と有資格者の見識をもとにするコレクションの形成
2● コンピュータのパッケージソフトやマーク制作会社に全面的に委ねず、地域の特性に合わせて行う資料整理
3●専任の有資格担当者(できれば専門の部門)によるレファレンスサービス 4●他館に委ねず計画的に行う資料保存
5●地域で発生する資料情報を網羅的に収集・提供し保存する地域資料サービス」

しかし、事態は明らかに逆方向に進んでいる。それは現在の社会の中で本がどのようにとらえられているかということと密接につながっている。ベストセラーは「ブックオフ」などの新古書店で、コミックは「マンガ喫茶」で、雑誌はコンビニで十分に満足している多くの人々にとって、出版文化と出版産業の危機はまったく見えてこないに違いない。もし図書館のカウンターで本についたバーコードをOCR(光学式文字読み取り装置)でスキャンする光景だけを見ていたら、なにも専門知識をもった有資格者ではなく、スーパーマーケットのレジ係のようにパートでよいと誰でも思ってしまうだろう。そして、それは書店店頭でも同様である。しかし、このような本の取り扱い方が本の中身にまで影響を与えていくことに人々はなかなか気づかないし、また関心もないのである。図書館は「無料貸本屋」ではない。書店以上にもっと長い時間軸の中で市民に資料を提供していくことが本来の姿であると私は思うのである。