投稿者「ポット出版」のアーカイブ

2013年4月20日(土)〜4月26日(金)『平野勝之 90年代作品特集上映』開催!

「監督失格」まで──映画監督・平野勝之の軌跡』(4/16発売予定)の刊行を記念して、東京・渋谷「アップリンク」にて『平野勝之 90年代作品特集上映』を開催します。

日時◎4月20日(土)〜4月26日(金)
料金◎各回¥1,500
会場◎アップリンクX(2F)

タイムスケジュール
4月20日(土)『わくわく不倫講座』(井口昇〈助演女優〉×柳下毅一郎のトークショーを予定)
4月21日(日)『流れ者図鑑』
4月22日(月)『白 THE WHITE』(東良美季〈作家/ライター〉×平野勝之のトークショーを予定)
4月23日(火)『21歳』+『プライバシーゼロ秘密ライフ』
4月24日(水)『わくわく不倫講座』
4月25日(木)『流れ者図鑑』
4月26日(金)『白 THE WHITE』(カンパニー松尾〈AV監督〉×平野勝之のトークショーを予定)

詳細は、アップリンクのウェブサイトをご確認下さい。

『旅は人に生きる喜びを与えるものです』(著:山田學)発売日変更のお詫びとお知らせ

弊社新刊『旅は人に生きる喜びを与えるものです』の発売日を延期・変更いたします。

ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

旅行産業の世界に大きな足跡を残した、元全日空ワールド副社長・山田學の物語。
日本で初めて海外チャータービジネスを導入したり、全日空国際線就航への実現に大きな貢献を果たしたり、アイディアマンで次々にユニークな新しいツアー企画を実現したり。そんな山田學が旅行産業界で何をどう成し遂げてきたのか。
困難に直面した時に徹底的に考え抜き、決断し、実行する。曲がったことは嫌い、負けず嫌い、喧嘩はするが人の悪口は言わない。
山田學の仕事は、旅行産業に携わる人のみならず、次代を担う若者たちへのひとつの道標になるだろう。

目次など、詳細は以下をご覧ください。
旅は人に生きる喜びを与えるものです
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2013年4月28日(日)『アイドルのいる暮らし』表紙モデル・いずこねこインストアイベントと合わせて書籍サイン会を開催

2013年4月5日(金)発売の新刊『アイドルのいる暮らし』(岡田康宏)の表紙モデル・いずこねこさんのサイン会イベントが決定しました。
4月3日(水)発売のいずこねこ「なみえて」と『アイドルのいる暮らし』を同時にお買い上げいただいた方に、4月28日(日)にタワーレコード新宿店で行なわれるインストアイベントでのサイン会参加券をお渡しします。

その他、書籍の発売に合わせたトークイベントも予定しております。
詳細決まり次第お知らせを開始いたしますので、よろしくお願いいたします。

いずこねこ ミニライブ&握手会&チェキ会&書籍サイン会

開催日時:2013年04月28日(日) 12:00
場所:タワーレコード新宿店 7F
参加方法:観覧フリー。ご予約者優先で、タワーレコード新宿店にて、4/3発売「なみえて」(SCSND3)をお買い上げの方に先着で、イベント参加券を1枚差し上げます。

イベント参加券1枚で握手&ツーショットチェキ撮影、イベント参加券2枚でチェキ撮影追加となります。
※下記例のように2枚目以降は、1枚追加ごとにチェキ撮影追加となります。
(例)●イベント券2枚でチェキ撮影2回
   ●イベント券3枚でチェキ撮影3回

さらにCD「なみえて」(SCSND3)と4/5発売いずこねこ表紙の書籍『アイドルのいる暮らし』を同時にお買い上げいただいた方には、書籍用サイン会参加券も差し上げます。
サインは書籍にのみ入れさせていただきます。
CDにサインはできませんので予めご了承ください。
※書籍のみお買い上げいただいても、書籍用サイン会参加券はお付けできませんので、サイン会ご希望の方は必ずCDと書籍を一緒にお買い上げください。

(例)CD2枚、書籍1冊お買い上げの場合
イベント参加券2枚、書籍用サイン会参加券1枚=握手1回、チェキ撮影2回、書籍にサイン1回
対象店舗:タワーレコード新宿店

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2013年4月5日発売予定の『アイドルのいる暮らし』(著:岡田康宏)の予約受付を開始しました

2013年4月5日発売予定の新刊『アイドルのいる暮らし』の予約受付を開始しました。

大の大人が、なぜアイドルにハマるのか?

本書は、アイドルムーブメントを支える現場のファン10人に聞いた、「踊って騒いで」だけじゃない、アイドルの楽しみ方をまとめた本です。

年齢は20代から50代まで。既婚者が4人、離婚経験者が1人、子供を持つ人も2人。社長が1人、会社員が6人、自営業が1人、隠居が1人、職業不詳が1人。それぞれに違った考え方を持つ10人の大人のアイドルファンが語る、「大の大人がアイドルにハマっている理由」。

2012年5月から12月までTOWER RECORDS ONLINEで連載していた全9回に加筆・修正を加え、単行本のみの内容として、タワーレコード社長 嶺脇育夫の「アイドルのいる暮らし」と、ももいろクローバーファン座談会を収録。

表紙には2013年ブレイク必至のソロアイドル「いずこねこ」を起用し、アイドル専門レーベル「T-Palette Records」を立ち上げるなど、アイドル・ミュージックを積極的に発信し続けるタワーレコードの新宿店にて撮影を行ないました。

目次など、詳細は以下をご覧ください。
アイドルのいる暮らし
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『まるわかり幼稚園ライフ─子育て・子育ち・先生・お友達・ママ友のこと』(西東桂子)を発売しました

2013年3月16日、『まるわかり幼稚園ライフ─子育て・子育ち・先生・お友達・ママ友のこと』を発売しました

保護者や保育者への講演で定評のある教育ジャーナリスト・西東桂子が、私立幼稚園での保育実習13年の経験を生かして綴ったエッセイ本。「幼稚園生活へのヒント」と「子育てのヒント」の2章構成で、保護者(特に母親)が知りたいことと、知っておいてほしいことを26テーマにまとめています。
1年を通しての園での子どもの育ちと保育者の意図、保護者の心得を実例を交えて紹介。家庭と社会での子育てについては、将来の安心のために今すぐできることを提案。手元に置いて時々読み返すと元気がわいてくる本です。

目次など、詳細は以下をご覧ください。
まるわかり幼稚園ライフ─子育て・子育ち・先生・お友達・ママ友のこと
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まるわかり幼稚園ライフ

保護者や保育者への講演で定評のある教育ジャーナリスト・西東桂子が、私立幼稚園での保育実習13年の経験を生かして綴ったエッセイ本。「幼稚園生活へのヒント」と「子育てのヒント」の2章構成で、保護者(特に母親)が知りたいことと、知っておいてほしいことを26テーマにまとめています。
1年を通しての園での子どもの育ちと保育者の意図、保護者の心得を実例を交えて紹介。家庭と社会での子育てについては、将来の安心のために今すぐできることを提案。手元に置いて時々読み返すと元気がわいてくる本です。
カバー・本文イラスト 石川えりこ

第27回■クリスタルな愛人Ⅲ(3000円の愛人契約)

 交際、出会い、出張、社交、鑑賞会、露出、SM、変態、パーティ、マッサージ、熟女、人妻、ぽっちゃり……。一定の世代なら、『内外タイムス』や『レジャーニューズ』の“三行広告”に心を躍らせた記憶があるだろう。わずかな文字から想像を巡らし、勇気を出して電話を掛ける。怪しい風俗との出会いの契機がそこにはあった。

 その中にはセックスをお金に変える出会いを謳ったものも多かった。90年代半ば以降、「援助交際」などと婉曲な表現もされたが、いわゆる売買春である。ソープランドやホテトルなどが代表的だが、愛人紹介なども“自由恋愛”“当人同士の話し合い”としながらも、その実は、売春そのものである。基本的に交際相手を紹介するだけで、恋愛やセックスは両者の合意があれば自由とされているが、そこには金銭が介在し、代価、対価としてセックスが行われている。管理売春ではないものの、その実態は限りになく売春のあっせんに近いものがある。中には一回限りではなく、長期的な付き合いもある。そのものずばり、“愛人バンク”などという名称も一般化し、一斉を風靡したこともある。ちなみに、愛人バンクは1982年に筒見待子が始めた「夕ぐれ族」がヒットして、当時全国的にブームになった愛人紹介業ビジネス。1983年に全盛を迎え、全国的に類似ビジネスが乱立した。実態は売春の斡旋であるため、警察は1983年に売春防止法違反等により14軒を摘発し、595件、68人を検挙。いわゆる愛人バンクという形態は鳴りを潜めたが、その後も類似ビジネスは存続している。

 バブル時代は、店舗や交際倶楽部などはなく、個人事業主として、生業としているような女性も多かった。その後、援助交際の主役は高校生や主婦などにうつるが、それ以前は、バブルの吹き溜まりに耽溺していた女性にも、同様の行為が蔓延していたような気がする。

 当時、羽振りの良かった不動産業や金融業などの経営者が愛人を囲っていたり、一回、セックスをしたら何万も貰ったという話がたくさん転がっていた。決して、映画やテレビの世界のことではなく、私の身近なところでもそういう女性はたくさんいた。セックスをお金に変えることのカジュアル化みたいなものが加速度的に広がっていた。いわゆるその場限りの売買春ではなく、愛人契約みたいに、長期的な交際を約束するようなものもあった。
 平成の毒婦といわれ、複数の被害者を出したとされる婚活詐欺女性の事件を聞いた時、婚活としながらも、その実態は当時の交際倶楽部などに所属した女性と相通じるようなものを感じた。時を経ても変わらないものがある。多少、自分に性的な商品価値があることを知る女性の中には、セックスをお金に変えてきたものも少なくはない。勿論、その価値は時代によって変わり、オプションそのものも代わる。

 さて、ひろみの話に戻そう。彼女の白金のマンションに家庭訪問し、しこたま酔っていながらも、私に持ちかけられた意外な話とは……。

○○××△△○□□××○○

 と、「……」と「○○」を入れて、テレビドラマのCM跨ぎのようなことをしたが、彼女から持ちかけられた意外な話とは、「3000円くれたら、セックスさせてあげる」というものだったのだ。

 売買春を持ちかけられたのも驚きながら、その料金(!?)もある意味、法外(勿論、安価という意味である!)である。3000円だ。30000円ならわかる。当時でいえば、ワンツー式というソープも珍しくなかった。入浴料10000円、サービス料20000円で、30000円である。相場といったら変かもしれないが、売買春の対価としては、30000円なら妥当ではあった。当時は、愛人契約をして月に30万貰ったとか、後に援助交際で高校生が5万などという高値を呼んでいた。セックスが値崩れする前の時代の話だ。3000円はいかにも低料金である。まるでデフレ時代のようだ。

 当時のテレクラでは、いわゆる街娼、たちんぼが客を求めてテレクラに電話することはあったが、援助交際時代ほど、売りのコールが頻発することはなかった。私自身、これまで書き綴ったセックスしてきた女性にお金を渡したこともなかった。ある意味、幸せな時代だったのかもしれないが、ここにきて、まさか、ひろみのような女性から、それも3000円という料金で、売春を持ちかけられるとは思ってもみなかった。

あまりにも突然の申し出に、一瞬、なんのことかわからず、訝しがったが、何度も3000円と連呼するものだから、勢いに任せ、財布から3000円を出し、渡してしまった。彼女は嬉しそうに受け取り、笑顔を作ったかと思うと、3000円を私へ投げつける。千円札が3枚、宙に舞う。その刹那、彼女は私に抱きつき、いままで飲んでいた居間から寝室へと誘う。寝室は和室で、ベッドではなく、畳の上に布団が敷かれていたのをよく覚えている。

契約成立(!?)である。私は遠慮なく、彼女の唇を貪ると、ひろみも同じ勢いで貪る。淑女から雌へと変わる。私など、単なる相談員で、男性として、それも性の対象として見られていないと思っていただけに、彼女が私を男性として、それも性の対象として見ていることに驚く。やや焦りながらも、勢いよく、彼女の服を脱がす。特にグラマラスで魅惑的という肢体ではないが、大酒飲みの割には贅肉のない身体に、透き通った肌が目に飛び込んでくる(実際には部屋が暗くしてあったので、薄ぼんやりと見えただけだ)。

布団に押し倒すと、彼女は思いのほか、恥じらうそぶりや躊躇うこともなく、積極的に求めてくる。激しく、荒々しい。まるで性的な飢餓感を埋めるようだ。ただ、アドレナリンやホルモンを全開にし、欲求をぶつけている割には何故か、それがこちらにはぶつかってこない。どこか、違う方向に欲望の矢が放たれているよう。変な表現だが、二人でセックスという行為をしているにも関わらず、それが向き合ってなく、自らの欲望や欲求を、その出所にぶつけているようでもある。お互いの身体を使って、自慰行為をしているような感慨すら抱いてしまう。

勿論、それだけでも彼女の嬌態や媚態は凄まじく、下品な表現だが、“入れて出したら終わり”ではなく、夜中から朝まで、何度も繋がった。普通なら、向き合わないセックスなどは徒労感が付きまとうものだが、3000円が介在したことで、思いや気持ちではなく、快楽や快感に身を任せられると割り切ることができたのかもしれない。変な罪悪感や疲弊感はなかった。

朝、尿意とともに目覚める。布団の中には、昨夜の居間でのように、自らの恋愛の不毛を嘆き、食って掛かってきたひろみではなく、何かつきものが落ちたように安らかな顔をした彼女がシーツに包まる。幸せそうな寝息を立てている。

私は起きて、急いでトイレとバスルームを借り、シャワーを浴びた。服を着て、帰りしたくをする。居間に投げ捨てられ、床に落ちていた3枚の千円札を取り、自らの財布に入れるのではなく、きちんと四隅を伸ばして、居間のテーブルに置いておいた。まだ寝ている彼女を残して、そのままひろみのマンションを出た。

何故、ひろみが3000円の愛人契約を持ちかけたかはわからない。同時に、本当にセックスをしたかったのかどうかもわからない。私なりに類推するなら、誰でもいいから抱かれたい夜というのがあるのだろう。一人ではなく、二人でいる、繋がることで、孤独が癒される。彼女は恋の敗者だが、それでいてプライドだけは高い。孤独を癒す相手は誰でもよくはない。特に彼女をよく知る者には、恋に破れ、孤独に沈み、癒しを求める自分は絶対、見せたくはない。しかし、私ならそれを見せられ、かつ、所詮、身体目当てのテレクラ男だ。そんな男にならセックスをおねだりすることだって構いはしない。ほいほいと涎をたらし、従うに違いない、といったところか。しかし、ここでも小さなプライドがあって、いきなり甘えておねだりするというのは、いままでの関係性からはしたくはない。ならば、そこに金銭を介在させることで、セックスを成立させようとする。多分、彼女のまわりには、アッシー、メッシー、ミツグくんなどを侍らせながらも、愛人契約をしているような女性が身近にいたのではないだろうか。そんなこともあって、売春するということでセックスする理由としたのだろう。

後年、援助交際がブームになった頃、主婦売春をする者の中には、生活苦など金銭を求めてするのではなく、性的欲求を満たすためにしていた者もいたのと似ている。彼女らは、夫とのセックスレスに悩んではいるものの、ただセックスがしたいとはいえず、援助交際を隠れ蓑、言い訳にしていたのだ。

本当のところはわからない。ただ、ひろみは私に向かい合おうとはせず、自らの欲求だけに向かい合っていたとしたら、それはそれで、彼女なりの誠実さだと思う。勿論、私自身も肩すかし感を抱きつつも、分は心得ている。彼女の要望に応えるだけで充分と割り切っていたのも確かだ。

ひろみとはそれ以来、連絡を取ることはなくなった。流石、3000円では長期的な愛人契約を結ぶことは困難だ(当たり前!)。そろそろ潮時だったのかもしれない。不思議なもので、当然の如く、喪失感などはない。いたって平静な私である。これまた、当り前のように、テレクラ通いが続く。

ちなみに今回、敢えて、テレクラ女性に、ひろみという名前を使わせていただいた。これまで“その女性”や“彼女”という表現を使っていたが、仮名にしろ、名前を出したことはなかった。今回は対価や代価が発生した。バブル時代だからではないが、エルメスやグッチのように、ひろみというブランド品を買ったという意味合いで、名前を敢えて出させてもらった。いうまでもないが、仮名である。某作家の知り合いにひろみなんていう女性はいるかといったら、いるわけはない。調べようとしても無駄である。勿論、20年も前のこと、いまさら、調べようなんていう酔狂のものはいないだろう。しかし、泡沫の時代には、そんな珍しい話ではなく、どこでもあったことかもしれない。そんな時代だった――。

いただいた本●おどろきの中国

橋爪大三郎さんからいただきました。

書名●おどろきの中国
著者●橋爪大三郎、大澤真幸、宮台真司

定価●900円+税
講談社現代新書
2013年2月20日発行
ISBN978-4-06-288182-1 C0222
新書判/382ページ/並製

Amazon.co.jpで『おどろきの中国』を見る

内容紹介

なぜ日本人の「常識」は彼らに通じないのか?
日本を代表する三人の社会学者が対症療法ではない視座を求めて白熱の大討論!

「中国が、こんなに存在感を増しているのに、私たちは中国のことを知らない。中国についてとてつもなく饒舌に語られているのに、日本人を含む中国の外の者には、中国という社会がわからない。……中国は、日本のすぐ隣にあって、歴史的にも深いつながりがあるのに、現在の日本人にとって、西洋以上に謎である。」(まえがきより)

目次

第1部 中国とはそもそも何か
第2部 近代中国と毛沢東の謎
第3部 日中の歴史問題をどう考えるか
第4部 中国のいま・日本のこれから

第26回■クリスタルな愛人Ⅱ(タッグ・オブ・ウォー)

前振りがすっかり長くなったが、“ひろみ”のことを話すとしよう。急がば回れ、恋は焦らず(ここ、何度か指摘しているが、“テレクラ試験”、出るので、メモしておくように!)だ。

最初の“呼び出し”があったのは92年2月のことだが、週末ではなかった。“花金”などの決戦日に、私などが呼び出されるはずもない。曜日は定かではないが、ウィーク・デイだったと思う。

渋谷のアジトに張り付き、コールを待つこと、数時間。漸く来た当たりは公衆コール。電話を取ると、周りは騒がしく、どこかの店内のようだ。コールしてきたのは、ひろみと名乗る女性で、20代後半のOL。いま、渋谷の居酒屋で一人飲んでいるので、これから来ないかと誘われる。特に会話らしきものはなく、ふわふわとした語り口なので、訳も分からず、かけてきたのかもしれない。

いきなりのお誘いであるが、その女性が飲んでいる居酒屋の名前を聞くと、どこにでもあるチェーン店、ぼったくりではないことは確か。これは行くしかないと、急いで店を目指す。

待ち合わせの居酒屋の店内に入ると、すぐわかった。周りには不釣り合いな、お嬢様然とした女性が一人、グラスを傾けていた。どういう経緯で一人飲みになったか、その時はわからなかったが、飲みたい気分だったのだろう。もちろん、会うなり、一人飲みの理由を聞いてみた。ひろみという女性は広告代理店に勤めているらしく、仕事仲間と飲んでいたが、電車の時間もあり、一人減り、二人減りという状況になる。結果として、その場は解散となったが、彼女はもっと飲みたく、一人にも関わらず、河岸を変え、飲み直しとなったそうだ。

バブル的な華やかさを纏いながらもコンサバティヴな落ち着きがある。服装や髪型も華美なデザインやスタイルにならず、上品な風情を醸し出す。それでいて、いわゆるブランドものは押さえている。仕事のできそうな“綺麗なお姉さん”(「きれいなおねえさんは、好きですか。」という松下のキャンペーンは1992年から開始されている)という感じである。普段であれば、絶対、テレクラなどとは縁のなさそうな人種である。かなり飲んでいるらしく、酔った勢いもあるのだろう。飲み相手、話し相手として、私が呼び出された。本人曰く、テレクラに電話するのは初めて、たまたま、貰ったティシュに書いてあった番号に電話したそうだ。本当か嘘かわからないが、特に警戒などすることなく、呼び寄せてしまうところなど、テレクラ初心者と言えなくもない。

そんな説明を「駆けつけ三杯」的な感じですると、いきなり、恋愛相談となる。付き合っている(!?)男性とのままならない恋の行方を嘆き、それをどう打開するかを相談される。何人もの女性を泣かせてきたような、かなり、問題のある手強い相手である。いいように遊ばれているといえなくもない。本来であれば、そんな男性とは付き合うのはやめなさいというべきかもしれないが、私は単なる通りすがりであるから、忠告や指図をするような立場ではない。なんとなく聞き役に徹し、答えを放棄させていただく。酔っているだけに、話はくどいくらいに繰り返され、回っていく。それは数時間にも渡り、酒量も上がる。私は時に笑顔、時には深刻な顔で、ちゃんと聞いているそぶり(!?)をする。さすが、テレクラ俳優、演技派と、自画自賛したくなる。

我ながら忍耐強いというか、内心では段々とどうでもよくなり、その場を逃げ出したくなる。しかし、その場に留まるのは、そんな面倒臭さを割り引いても魅力的な彼女の容姿や佇まいにある。酔った勢い、流れでセックスができてしまうのではないかというすけべ心があるからだ(笑)。私自身、行動のモチベーションをすけべ心と好奇心としているような人間である。“元気があれば何でもできる!”ではないが、“すけべ心があれば何でもできる!”。暫くは辛抱となる。

と、淡い期待を抱きつつも、話はさらに延々と続き、何度も回りまくる。まるでゴールのない、“血を吐きながら続ける悲しいマラソン”(by諸星ダン 「ウルトラセブン」第26話『超兵器R1号』)だ。“長距離ランナーの孤独”ではないが、終電も近づいてくる。連れ込む当てがなさそうなので、恋愛相談員をやめなければならない。ホテル代やタクシー代などを勘案しても撤収が妥当と判断し、終電で帰ることを決める。私のバランス・シート的には、本来であればこれっきりのはずだが、ひろみから電話番号を聞かれ、私が教えると、彼女もあっさりと電話番号(当時だから携帯ではなく、自宅の電話番号)を教えてくれる。また、相談に乗ってほしいので連絡するとまで言われた。

相談員登録

私にしては意外な申し入れ。まさかと思いつつも良からぬ期待もしてしまうというもの。とりあえず、話を聞き続けるという親身な対応に感じ入ったらしく、彼女の中では、私は相談員登録されたのではないだろうか。確かに、いくら友達でも酔いに任せての、終わりのない恋愛相談には付き合いそうもない。また、振り回されている自分のことは、自尊心もあり、知り合いには曝け出せるものではない。そんな彼女にとって、私のように自分の立場や面子を気にせず話せる相手というのは、貴重な存在ではないだろうか。ここでも私の“聞く力”が人を捉えて、離さないのである(笑)。

それからほどなくして、お呼びだしがあった。たぶん、一週間も経っていなかったように思う。今度は渋谷ではなく、新宿の居酒屋だ。デートなどではないので、前もっての約束もなく、ひろみの勝手な都合で連絡してくる。当時は携帯電話ではないので、自宅にいれば繋がるわけで、彼女は自分が今いるという店から掛けてくる。その日も都合良く在宅していたため、すぐに呼び出しに応じることができたというわけだ。

新宿の居酒屋で会ったひろみは、前回ほどは出来上がってはいないが、相変わらず、酒の乗りもあり浮かれ気分。決して、私とのデートにウキウキしているわけではない。前回は、いきなり恋愛相談だったが、今回は酒量も控えめなので、自分のことなども話出す。多分、初対面の際にも聞かされたと思うが、こちらも酒任せのでまかせと、ちゃんとは聞いていなかった。

聞けば、彼女の周りの華やかなこと。広告代理店勤務という派手な職場もさることながら、父親は一部上場企業の重役で、母親は華道や舞踊を教えている。大学もお嬢様大学出身だという。広告代理店を始め、証券会社、航空会社、芸能界など、華麗な人脈を誇り、彼女が足繁く通う飲み会(合コンか!?)にはスッチー(いまはそんな表現しないが)やモデルなども集うという。遊び場所も麻布や青山、銀座などの有名店で、セレブ感が漂うところばかり。また、都内だけでなく、国内のリゾートや海外まで、その行動範囲は広い。彼女の話の中には、ハイヤーの如く、高級車で送り迎えするアッシー、フレンチやイタリアンなど、高級レストランを定食屋にするメッシー、札束を高級ブランドの財布に詰め込み(アメックスのプラチナカードの日本での登場は1993年からだそうだ)、金に糸目をつけず、プレゼントしまくるミツグくんなどは普通に登場してくる。泡沫な話が満載である。まるで、バブルの総本山(成り上がり的なバブルっ子よりは一クラス上という感じではある)だ。

おまけに、バブルに先駆けた“ブランド小説”を著した有名作家ともお友達らしく、よく遊んでいるという。嘘くさいと思ったが、ディティールが正確で、私などに嘘をついて見栄を張る必要もないから、本当だろう。彼のことも“慣れた手つきで、ちゃんづけ”していた。

有名作家もいい女を引き当てるため、それなりに努力、精進をしているみたいで、微笑ましくもあった。ペログリな日常もまんざら嘘でもなさそうだ(笑)。

意外な大物を引き当てたわけだが、本来であれば、一切、縁もゆかりもないものを結びつけてしまうのが出会いメディアとしてのテレクラの不可思議さであり、醍醐味でもある。いきなりブランドやクラスを飛び越えてしまう。そういえば、テレクラ界では、後にアイドルがテレクラを利用しているという都市伝説まで生まれている。私自身は出くわしてはいないが、それも決して、起こらない話でもない。むしろ、現在のネットの世界で実現しているドラマを先取りしていたともいえる。

勿論、ひろみはアイドルなどではないが、なかなか、お目に掛かれない上玉(!)、粘る価値もありかと考えないでもない。そんなわけで、恋愛相談員として、この日も出動したわけだが、これまた、前回同様の恋愛話の輪廻転生、恋愛風車は空しく回り続ける。相談しながら、酒量も増えるから、最後は前後不覚になりつつ、どうして、なんで…みたいな感じで、ままならない状況に痺れをきらし、駄々をこねる。前述したが、多分、こんな姿はセレブな友達には晒すことができないのだろう。見栄と虚飾に満ちた“ソサエティ”では、決して弱音は吐けない。夜回り先生ではないが、いいんだよ、と言ってくれる相手が必要なのだろう。自分でも紋切型で表層的な分析だとは思うが、やはり、勝ち組が負け組の巣窟に吹き溜まるには理由があるというもの。世の中、光あるところに影あり、という感じだ。

という感じで、納得ずくでお付き合いをするものの、この日は目はないと、途中離脱させていただく。彼女自身も酒量の限度超え、店を出て、靖国通りでタクシーを拾うと、彼女を一人乗せて、運転手に託す。

それから何度となく、呼び出される。が、相変わらずの展開(さんざん恋愛相談をされ、最後は酔いつぶれ、ぐだぐだになるけど、セックスはできない)に段々、下心も失せてくるが、付き合いのいい私、相談をされるというのは頼りにされていることであり、それは悪い気はしない。また、周りが羨むようないい女といるという、つまらない自尊心のようなものもくすぐられる。恋愛やセックスにおいて、無理目だから、最初から引いてしまう人もいると思うが、そういう意味では、変な卑屈さを取り払い、明らかに無理目と思われるような相手にもなりふり構わずに行くという、私の攻めのスタンスは、このころ、出来上がったのかもしれない。自己評価は高くも低くも設定していないが、世間一般では無理目、高嶺の花といわれている女性でも、まずは挑んでみるものだ。扉が開くのを待つのではない。扉は叩いてみなければ、開くこともないだろう “Knockin’ on Heaven’s Door(「天国への扉」 by ボブ・ディラン)”だ。叩いたお蔭でいい思いもさせていただいている(笑)。何でも経験ではないが、修行(!?)である。私自身は、彼女のアッシーやメッシー、ミツグくんにならずに済んでいる。居酒屋の代金を払うくらいで、車の免許もないので、当然、送り迎えなどもできない。それでも付き合いが続いたのは、お互いに都合がよかったからかもしれない。

バブルの均衡

その日も渋谷の居酒屋に呼び出され、恋愛相談の無間地獄に落ちていくところだった。せん無い話の応酬に肉体的にも精神的に疲れ果てるというのがいつもの定番。そんな定食のような時間に付き合うわけだが、雪が降り積もるようにさんざん、繰り返し聞かされたにも関わらず、相談の内容はあまり覚えていない。親身になって聞いているふりをしていても、どこか耳をすり抜ける他人事なのだろう。とりあえず、前述通り、その男性が適当な言葉や行動で、彼女を惑わし、いいように振り回しているというのだけは覚えている。もちろん、彼女が貢いだり、彼女に貢いだりという関係ではなさそうだ。

そんな無為の時間が過ぎ、青山通りでタクシーを捕まえて、千鳥足の彼女を座席に放り込み、さよならするはずが、何故か、腕を掴まれ、私も座席に引きずり込まれる。酔っているのに、すごい力である。ひろみの自宅があるという白金まで付き合わされる。タクシー代を負担しなければならない。マンションの前まで着くと、これではアッシーか、と、トホホ感を噛みしめていたら、意外なことに、部屋まで来て、といわれる。思いもかけない、自宅訪問である。

親が彼女のために買え与えたというマンションは白金の奥まったところにあった。大型の集合住宅ではなく、戸数も少ないから、人付き合いの手間のかからなそうな佇まいである。ひょっとしたらという淡い期待を抱きつつ、酔人介護しながら部屋まで、彼女を運ぶ。内装は思いのほか簡素で、バブル期にありがちな華美なところはない。調度品なども品良くまとまっている。お茶などを出されるかと思ったら、ここでも酒盛りである。これでは飲み過ぎである。乱れれば乱れるほど、淫靡なものから遠ざかっていく。まったく、人のいいことである。

終わりのない飲みと、行くあてのない話は続く。考えてみたら、このバブルの時代、圧倒的に女性優位で、男性をいいようにあしらってきた彼女のように、容姿に恵まれ、金銭にも不自由することなく育ってきた女性でも、恋愛がままならないばかりか、逆に弄ばれてしまう。そんなあしらえない男性もいる。どちらが上か、下かではない。男女の不均衡はブランドやクラスだけではすんなりといかないもの。“強面で鉄火肌”(!?)の女性でさえ、都合のいい女に成り下がってしまう。私自身、都合のいい男を任じているだけに、都合のいい女であることに成り下がりと感じることもなく、何の抵抗もない。むしろ、その都合があうだけでも均衡は取れていると納得してしまうものだが、彼女としては、そうはいかなかったのだろう。恋の綱引きはままならないもの。以前も触れたと思うが、まだ、「アダルトチルドレン」や「共依存」などという言葉が一般化するにはもう少し時間がかかっていた(同用語は1993年には認知されるようになる)。

彼女にとっては帰る必要のない自宅飲み、いつ倒れてもベッドがあるという気安さか、エンドレスなドリンク&トークに私を巻き込んでいく。私自身は毎度のことながら後半からほとんどソフトドリンクという対応で、どう乗り切るかを考えていたところ、彼女は崩れる寸前、その刹那、目を光らせ、私の耳元に囁くのだった。それは、あまりにも意外な申し入れだったのだ。