2009-08-24

『エロスの原風景』ができるまで/松沢呉一インタビュー03/松沢呉一が語る『エロスの原風景』の読みどころ

前回まではこちら

01・国会図書館を抜き去るまで(ただし、エロ本のみ)

02・エロ本を捨てるな

「トルコ風呂」の元祖は「東京温泉」ではなかった──!!
そんな、ほとんどの人は知らない通説をひっくり返す『エロスの原風景』
手つかずのテーマだから、面白いのです。

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松沢呉一『エロスの原風景』に関する記事一覧

●松沢呉一が語る『エロスの原風景』の読みどころ

──50年後、宮武外骨、プランゲ、松沢呉一、ってなるかも。

「そうはならない(笑)。なぜかっていうと、宮武外骨は、わいせつに関する本や売春に関する本も出しているし、発禁もくらってますが、それ以外にもいろんなことをやっています。対して、私はエロしかやってないですから」

──やっばエロだけ、はダメ?

「日本では基本的にエロって文化の最底辺、いや、最低より下で、文化だとさえ思われていない。国によっては、大学の中にセクソロジーのコースがあったりもするけど、日本にはない。学問の対象ではないんです。そんなもんに金や時間をかけて調べるような人間は単なるバカ、単なるクズですから」

──プランゲもエロ本だけ持って帰ったわけではないんですか?

「検閲していたものを全部持って帰っている。『噂の真相』の元となった『真相』といった左翼誌だとか、『政界ジープ』とか、そういう政治雑誌も持って帰った。今早稲田大学の先生が中心になって整理をやっているけど、エロ系はまだ整理されていないんじゃないかな」

──じゃあ、松沢さんがそんなエロに惹かれるのはなんでですか?

「誰もやっていないテーマが好きなんですよ。世間からゴミ扱いされているもの、存在さえ認識されていないようなものに魅力を感じてしまう。ここ数年、ずっと調べているのは、提灯だったり、暖簾だったり、建物の色だったり。その話をすると長くなるので、ここでは深入りしないですが(笑)、こうも日本はエロを軽視していると批判的に語りつつ、だからこそ、そこにこだわりたくなる。『エロスの原風景』のなかでは、カストリ誌の章が面白いっていう人が多いんですけど、私自身は、トルコ風呂発祥の話が面白いと思っている。一般的には、トルコ風呂の元祖は、銀座にあった『東京温泉』ということになっているんですけど、それは違うってことを昔の雑誌から記述を拾い集めて論証してます。これはまだ誰もやっていないことなんだけど、もともと『東京温泉』がトルコの元祖と言われていること自体がどうでもいい話で(笑)、知っている人自体が少ない。そんな小っちゃなものを根底からひっくり返しても、なにも世界に衝撃を与えない(笑)。それでも、そういう作業が好きなんですよ。エロというジャンルはそういう話がいくらでもあります。調べている人が少ないので。トルコの元祖という話もそうですが、カストリ誌に掲載されている文章や写真から何かを見出していく作業はとても刺激的です。でも、カストリ雑誌そのものに関しては、過去に何冊か研究書がまとまってるから、書いている側としては、正直、いまひとつです」

──ビニ本の章はどうですか?

「ビニ本はリアルタイムで買っていて、それ以前のものよりもずっと愛着があるんですけど、多くの人が知っているジャンルなので、あんまり書く気がしなくて、先に各論とも言えるスカトロものを連載で取りあげてまして、今回の本でもそっちを先に収録してます。ビニ本は、スカやホモものなどの各ジャンルにとっても意義があるという視点はあまり書いている人がいないかと思いまして。でも、今の30代となるとビニ本と裏本の区別もついていないことがわかって、ちょっと前にビニ本の概略的な原稿を連載で書いたんですけどね。ビニ本、裏本はすごいコレクターたちがいて、会ったことはないんだけど、ほぼ全部の裏本を持っている人もいるんですよ。人を介して、その人のコレクションのリストをもらったら、完璧なんです」

──裏本ではその人にはかなわない?

「全然かなわない。その人が持っていないのは、存在しているのかどうかもよくわからないものだけなんですよ。そのリストをみて、ものすごすぎて、このジャンルはその人に任せました(笑)。各ジャンルにそういう人がいて、『エロスの原風景』で紹介しているフレンチ・ポストカードのコレクターもけっこう多い。もともとフランスのものですから、当然フランスのコレクターには勝てないし、国内にもコレクターはたくさんいます。フレンチ・ポストカードは20世紀の頭くらいにフランスで大ブームになって、世界中にコレクターがいて、日本でも復刻されていたりする。ただ、ヌードで、彩色のものっていうのはわりと珍しいので、私の原稿ではそこに重点を置いてます。どうしても、他の人が書いていないところを探す習性があるもんですから」

フレンチポストカード

『エロスの原風景』フレンチ・ポストカードの項より

──当時のカラーっていうのはどうやって色をつけてるんですか?

「手作業です。筆で彩色するか、スタンプを使って彩色する。だから、同じ写真でも、色が違っていたりする。そういうところまで見ていくといよいよ面白くて、同じ図柄のものを何枚も買ってしまったり。でも、私はエロ以外に興味はないんで、他のフレンチ・ポストカードはどうでもいい(笑)」

──フレンチ・ポストカードってエロ以外にもあるんですか?

「そのまんまの意味でフランスのポストカード全体を指す意味もあるんですけど、英語でフレンチって言うと、『エロ』の意味になることが多いんですよ。英語で『フレンチ・レター』っていうとコンドームの意味だったり。『フレンチ』がつくとエロになる。フレンチ・キッスもそうだし、英語圏でいやらしい色はブルーなんですけど、これもフランスのエロの全集から来たとされている。フランス人がエロいってことじゃなくて、フランスとイギリスは、互いに品のないものを相手の国に押し付けている」

──そういうことなんだ。

「ちなみにピンクがいやらしい色と認識しているのは、私が調べた範囲では日本だけです。なぜそうなったのかの歴史も一通り調べていて、前史はあるにしても、確定した歴史はそれほど古くない」

──で、松沢さんは、いやらしいほうのフレンチ・ポストカードが好きだと。

「そうですね。たまーに、陰毛が見えてるのがあると、ものすごく幸せになる(笑)。たぶん当時も非合法で出されたものじゃないかと思うんですけど。エロ以外に興味がないわけではなくて、実際にはそうじゃないものも買ってますが、原稿を書くとなると、エロに向かってしまう。誰も書いていなかったりするので。プランゲは別として、カストリ雑誌は数で言うとたぶん私が日本で一番か二番に所有していると思うんですけど、自分が所有しているかどうかはさして重要ではない。すでに書かれているものよりも、自分のオリジナルの視点を探せるかどうかにかかってくる。それが探せないと、どうも執筆意欲がわかない。それを探すためには自分で買い集めるしかないってことです」(続く)

(このインタビューは2009年7月12日東京国際ブックフェアで行なわれた公開インタビュー『「戦前、戦後のエロ本」〜日本のエロ表現史』に大幅な加筆・訂正を加えています。聞き手:沢辺均)

『エロスの原風景 江戸時代〜昭和50年代後半のエロ出版史 』

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著者●松沢呉一
定価●2800円+税
ISBN978-4-7808-0126-2 C0095
A5判 / 168ページ / 上製・函入
[2009年07月 刊行]
印刷・製本●シナノ印刷株式会社
ブックデザイン●小久保由美

内容紹介

エロ本は遠からず消えると言っていい。そんな時代だからこそ、こんな本を出す意義もあるだろう──
(「はじめに」より)

●『実話ナックルズ』(ミリオン出版)で2004年より現在も続く、日本エロ出版史を網羅する長期連載の単行本第1巻。
●稀代のエロ本蒐集家である著者所蔵の膨大な資料の中から、エロ本173冊、図版354点をフルカラーで掲載。
●読み物としてだけでなく、顧みられることのなかったエロ表現史の概観を辿る、資料性の高い一冊。
●大幅加筆に、連載時には掲載されなかった資料も掲載。

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このエントリへの反応

  1. [...] 「それがおかしいし、今度はそれが税金の無駄遣いです。国会図書館は、本に印刷された著作物を保存するだけでなく、本という形のある商品をも保存すべきであり、箱やカバーに表現されたデザイナーの仕事も保存すべきです。貸し出しをするとか、閲覧をすることを考えるから、捨てるという発想が出てきてしまう。国会図書館は保存が目的なんだから、短冊やチラシの類いまで残した方がいい。閲覧のためには、そこまでできないというのなら、閲覧は禁止にしていい。全面禁止までしなくても、有料にして利用者を減らしてもいいし、どうしても閲覧したい人は、戸籍謄本とパスポートを提出して、なぜ閲覧したいのかを原稿用紙10枚にまとめて提出するようにすべきです。利用者の利便をとことん無視した方がいい」(続く) [...]

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