ず・ぼん9 ●クローズアップ現代「ベストセラーをめぐる攻防」を批判する NHKのお粗末な図書館認識

NHKの報道番組「クローズアップ現代・ベストセラーをめぐる攻防〜作家vs図書館〜」(二〇〇二年十一月十七日放映)で、ベストセラーを大量に購入し、貸し出している図書館として紹介された町田市立図書館。
なぜそのような放送内容になってしまったのか。
それは、NHKの番組制作者が公立図書館の機能を誤って理解していたからに他ならない。
「利用者増を図るためのリクエスト制度で、『知の殿堂』から『ベストセラー重視』へと変質した図書館」というお粗末な認識を前提として番組が作られたのである。

しかも、NHKだけではなく、コメンテーターとして登場した図書館学者の発言にも問題があった。
どこに問題の所在があるのか、番組を徹底的に解剖し、公立図書館のあるべき姿を提示する。

文●手嶋孝典
てじま・たかのり●町田市立図書館勤務。本誌編集委員。

はじめに

 二〇〇二年一一月七日、NHKの報道番組「クローズアップ現代」で「ベストセラーをめぐる攻防〜作家vs図書館〜」が放送された。
 まずは、放送内容の概略を記すことにする。
 番組の前半は、図書館がベストセラーの複本を購入することについて、異議を唱える作家・出版社と、一定程度の複本の購入は必要であるとする町田市立図書館の主張をそれぞれ紹介する「作家vs図書館」。後半は、これからの図書館の目指すべき方向を示唆する例として「ベストセラーの貸し出しに頼らない図書館」を二館紹介する。科学と産業の分野に特化して資料提供している神奈川県立川崎図書館と、大人へのサービスに重点を置き、ビジネス支援に力を入れている浦安市立図書館である。
 最後にコメンテーターとして登場している慶應義塾大学教授の糸賀雅児氏が、これからの図書館は、資料を揃えて利用者を待つという受け身の姿勢から、情報を発信する「地域の情報拠点」、「知的インフラ」としての役割を果たす必要があるとコメントしている。それを受けて司会の国谷キャスターが、「ベストセラー本がそんなにたくさんなくても多くの人たちが訪れる図書館であり続けることができるということですね。」と確認し、糸賀氏が「はい」と答えて終わっている。
 今回この番組の取材に応じた町田市立図書館は、神奈川県立川崎図書館、浦安市立図書館と比較され、ベストセラーの貸し出しにのみ頼った旧態依然とした悪い図書館の見本として視聴者に強く印象付けられることになった。
 実際、番組を見た何人かの視聴者から市長や図書館に宛てて、図書館のあり方に対する批判が寄せられた。

 放送内容は、町田市立図書館にとってまったく不本意なものであった。このことは次節以降詳細に検証していくが、問題はそれだけにとどまるものではない。最大の問題は、NHKが公立図書館の基本認識を欠落させたまま番組を制作し、それを全国放送したことにこそあったのである。

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NHKの取材と放送内容への反論

●取材の申し込みと取材を受けた理由

 NHKの番組担当ディレクターから「ベストセラーの複本購入について町田市立図書館を取材したい」との電話があったのは、二〇〇二年の一〇月中旬だった。ちょうど二〇〇三年度予算の編成時期で忙しかったが「ポット出版の沢辺さんから紹介された」と私の知人の名前を出してきたので、取材を受けることにした。後日、沢辺さんに確認したら、
「取材のために紹介が必要なら言ってください。番組の狙いにあったところに聞いてみます」というようなことを伝えたが、その後なんの話もなかったそうだ。

 ベストセラーの複本購入問題については、作家や出版社から一方的に流布されている誤った見方を批判するいい機会だと思ったが、テレビ放送に対する一抹の不安があったことも確かである。しかし、正直なところ、それ以上にこの問題に対する町田市立図書館の姿勢をアピールできる絶好の機会だと考える気持ちの方が強かった。もっと正直に言えば、町田市立図書館の姿勢云々よりも、私自身の主張をストレートにぶつける絶好の機会であると、電話を受けながら瞬時に判断したのである。マスコミに対する姿勢が甘いと言われればそのとおりであり、返す言葉もない。
 取材は、リクエスト本の処理、月曜日の納品、選定会議、リクエスト本の貸し出し、複本が納められている書庫などの撮影、利用者と職員へのインタビューなど多岐にわたっていた。さらに、統計をはじめとする様々な資料提供も求められた。私は、相手が誰であろうと資料提供を求められたときは、情報公開の対象であると判断される限り、応ずるべきだと常々考えている。だから選定リストの閲覧にも応じた。

●誤った認識を元にした取材の仕方

 一部の作家・出版社は、「図書館がベストセラーを大量に購入し、貸し出すから、本が売れない」と主張する。だから町田市立図書館は、ベストセラーの購入費が図書購入費全体に占める割合や、ベストセラーの貸出冊数が図書の全貸出冊数に占める割合を資料により示し、これらは実際はごくわずかであることをディレクターに示した。このことで、町田市立図書館は、ベストセラーの複本も一定程度購入しているが、同時に専門書も多数購入していることが理解してもらえると思ったのである。
 ところが、ディレクターは、そのことが明白になると、かつてのベストセラーが大量に書庫に残っているという点に論点をずらし、もしベストセラーを大量に購入しなければ、その分専門書が買えたのではないかという主張を持ち出してきた。書庫に残っているかつてのベストセラーを見てどう思うか、という質問を執拗に私や他の職員にぶつけたのである。

 このような取材の結果、どんな番組が出来上がったのか、検証していくことにする。

●かつてのベストセラーが大量に書庫に残っているシーン

 番組は、以下のようにはじまる。
(なお、行頭に□のある行の部分は番組の中で字幕として使われた部分である。また引用文中の傍線は検証する際、特に言及している部分に付した。)

□クローズアップ現代

書店員…本日発売となりました。いらっしやいませ。
□空前のベストセラー
ナレーション…先月発売された「ハリー・ポッター」最新作、二三〇万部を突破する空前のベストセラーとなっています。
□作家vs図書館
ナレーション…このベストセラーをめぐって今、作家、出版社と図書館が鋭く対立しています。

ナレーション…ベストセラー本を大量に揃え、無料で貸し出しすることが売り上げに深刻な影響を与えているというのです。
□出版社側
□無料貸本屋
出版社側…実態として無料貸本屋のような状態になっていると。要するに出版界全体の危機として捉えているわけですね。
ナレーション…書庫にずらりと並ぶベストセラー。図書館側は、利用者が読みたい本を揃えるのが使命だと主張します。

□図書館側
□利用されてこその図書館
図書館側…利用者に利用されてこその図書館ですから、利用者の要求、要望を優先するのは当然だと思います。
ナレーション…読書の秋に巻き起こったベストセラーをめぐる論争。大きく姿を変える図書館のあり方を考えます。

 ナレーターが「書庫にずらりと並ぶベストセラー」と紹介し、かつてのベストセラーが大量に書庫に残っていると思わせるようなシーンが説明抜きで流される。これは何を隠そう、町田市立中央図書館の書庫である。

 私たちは、書庫に残っているこれらの本は、何十回となく繰り返し貸し出されたため、役割を十分果たしたものであり、まだ利用できるものは、チャリティ古本まつりなどで市民に還元されるということを、取材中一貫して主張していた。
 だから、このシーンが撮影された時、私は、無用な誤解を受けるといけないと思い、それが大量に残っていることを説明した部分(既に何十回も借り出されていて、戻ってきたときにはボロボロになっている)は、きちんと説明できていないので、カットして欲しいとディレクターに申し入れた。ディレクターから「大量に残っている本を見てどう思うか」と何度も繰り返し聞かれたし、他の職員にも同様の質問を執拗にしていたことが分かっていたからである。おそらく、ディレクターは、自分の描いたシナリオに合わせようとして繰り返し質問したのだと思われる。つまり、ベストセラーの複本を大量に買っても、結局残ってしまうということ、その分を他の図書の購入に回せたということを私たちに認めさせたかったのであろう。
 それはともかく、書庫本の説明をカットして欲しいと申し入れたのだから、書庫のシーンも一緒にカットされると私は思い込んでいた。まさか、書庫のシーンだけが説明抜きで流されるとは、夢にも思わなかったのである。適切な説明がないまま抜き出され、別の意図のある文脈に置かれたこの映像は、事実とは全く異なった印象を視聴者に与えるものになっている。
 NHK側に言わせれば、書庫のシーンを放映するなとは、直接言われていないということになる。しかし、私は、書庫本を説明する部分のカットを申し入れたのだから、その背景となるシーンをカットしてくれと言ったのと同義のはずだと解釈したのである。私の解釈が甘かったと言われれば、認めざるを得ない。

●出版不況の原因を図書館の複本購入とする一方的な決めつけ

 先に引用したシーンの後、番組タイトルが映し出され、国谷キャスターが登場する。

□ベストセラーをめぐる攻防
□ベストセラー論争
 作家vs図書館
国谷裕子…公共の図書館を利用される方、されない方、様々だと思いますけども、今公共の図書館は、利用者のニーズ、要望に合わせてベストセラーに代表される人気本を大量に購入し、大勢の人に貸し出しています。

 その公立図書館の貸し出しの数ですが、こちらのオレンジ色の線です。ご覧のようにずっーと増える傾向が続いています。その一方で、この青い線、こちらは、書籍の売り上げですけれども、平成八年をピークに減少を続けています。【画面(1)】このことから図書館による人気本の大量購入が、出版不況の大きな原因のひとつになっているという声が出版社や作家から挙がっています。公立図書館の役割は、そもそも、幅広い分野の本を集め次の世代へ伝える、そして蓄積された知識に誰もが触れることができるようにする、とされてきました。今回起きましたベストセラーなど人気本の大量購入をめぐったこの論争は、公立図書館の置かれている厳しい状況を浮き彫りにし、そして公立図書館のあり方、役割を問い直す議論をも巻き起こす結果となっています。
□町田市立中央図書館(東京)
ナレーション…東京町田市にある市立中央図書館です。「ハリー・ポッター」最新刊が発売された翌日、本は既に図書館に入っていました。発売前から予約していた利用者に次々と貸し出されていきます。

 国谷キャスターは、公立図書館が「ベストセラーに代表される人気本を大量に購入し、大勢の人に貸し出してい」るという言い方をし、他にも何回となく「ベストセラー本の大量購入」と発言している。
 これは、視聴者に予断と偏見を与えるものであり、著しく公平性を欠いているといえるのではないか。
 しかも、驚くべきことに、NHKの制作部長は、番組の中で繰り返された国谷キャスターのこのような発言について、後述する「町田の図書館活動をすすめる会」との話し合いの中で、その事実を否定したのである 

 「大量購入」に関しては、町田市立図書館の、ベストセラーの購入費の図書購入費全体に占める割合、ベストセラーの貸出冊数の図書の全貸出冊数に占める割合はごくわずかであること、またこのことをNHK側に伝えたことはすでに述べたとおりである。
 国谷キャスターは、公立図書館の貸し出しの数(右肩上がり)と書籍の売り上げ(右肩下がり)をグラフで示し、「図書館による人気本の大量購入が、出版不況の大きな原因のひとつになっているという声が出版社や作家から挙がってい」ると言っているが、これも論証抜きの一方的な決め付け方である。
 しかも、「公立図書館」と言っているが、事実は公共図書館(公立図書館+私立図書館)の統計であり、そこにはAV資料の貸し出しも含まれているのである。
 にもかかわらず、このように二つの統計を比較する形で紹介したのは、どうしても作家VS図書館の構図を描き出したかったからに他ならない。

●リクエスト制度に対する認識が間違っている

 続いて町田市立中央図書館利用者二人の声「(図書館が近くにあって)ラッキーだと思いますよね」、「(二カ月待てば)読めるわけだし、利用しない手はないよね」を紹介したのち、ベストセラー大量購入に異を唱える出版社一一社の会を紹介。ある大手出版社の取締役は図書館が、「実態として無料貸本屋のような状態になっている」と発言する。その後作家側からの非難の声として、日本ペンクラブの声明文が紹介され、理事である猪瀬直樹氏が登場。「読者と作家の連帯感がどっかで生じていく必要がある」と主張する。
 利用者が喜んでいる姿を見せたあと、出版社側の批判、作家側の非難の声を紹介。視聴者には町田市立図書館がどう映ったか、言わずもがなである。
 ここで番組は「ベストセラーの大量購入」の原因をリクエスト制度の定着にあるとする。このシーンでは図らずも、NHKの図書館認識のお粗末さが露呈する。

□ベストセラー購入の背景
□町田市立中央図書館
ナレーション…多様な本を収集するのが役割の図書館にベストセラーが集まるようになったのは何故なのか。背景にあるのは、リクエスト制度の定着です。

□リクエスト制度
ナレーション…今利用者は、図書館に買って欲しい本をリクエストすることができます。リクエストは、べストセラーなど話題の本に集中します。「ハリー・ポッター」最新刊の場合、リクエストの数が四〇〇を超えています。本当は五〇冊の購入ではまだ足りないとこの図書館は考えています。
□町田市立図書館 手嶋孝典副館長
手嶋…読書にも旬というものがございまして、読みたいときに読めないということは、逆に言うともうその本は読まないことになりますし、その本を読まないということだけではなくてもう図書館には期待できない、そういう評価に繋がっちゃうと思うんですね。できるだけ、利用者のリクエストには応えたい、というふうに思っています。

 冒頭のナレーターの発言は、「リクエスト制度の定着」が「多様な本を収集する」妨げになっているかのような印象を与えてしまうが、この認識は間違っている。また、リクエストはベストセラーに集中するわけではなく、それどころか、実態は逆で、ベストセラーのリクエストは、リクエストの一部に過ぎず、もっと「多様な本」がリクエストされるのである。むしろ、利用者によるリクエストに積極的に応えることで、図書館員による選書を補い(リクエストによる購入といえども、最終的な選書の責任は図書館長にあるが)、多様な蔵書構成を作ることが可能になるのである。

 言うまでもなく、リクエスト制度は、住民・利用者の知る権利を保証したものであり、「市民の図書館」にとって不可欠の制度である。
 リクエスト制度に対する無知、無理解というより、そもそも図書館に対する考え方に大きくずれがある以上、やむを得ないのかも知れないが、あまりにもずさんさが目立つ。

●図書購入費の落ち込みは
 中央図書館開館後、蔵書構成が安定したから

 番組は続いて、財政事情と図書館の選書の関係に移る。

ナレーション…今公立図書館は、大きな岐路に立っています。背景にあるのは、厳しさを増す自治体の財政事情です。町田市のケースを見てもこの一〇年、図書館の予算は、大きく減っています。それに対して本の出版数は、増え続けています。【画面(2)】このことが購入する本の選択にも影響を与え始めています。

(中略)…町田市の図書館の見計らい(図書館で購入する本を決めること)で「知名度が低くて、内容がすごく専門的」な本の購入が見送られた様子が放送される。…

ナレーション…パスされたのは、地方自治の研究書、そして海の生物資源に関する本です。図書購入費が頭打ちになって以来、内容が特に専門的で、利用者が限られる本は落とされることが多くなりました。今回は、四〇冊の購入が見送られました。

 ナレーターがグラフを使って「町田市のケースを見てもこの一〇年、図書館の予算は、大きく減っています」と説明しているが、それほど大きくは減っていない。中央図書館が開館したのが一九九〇年(平成二年)であり、開館後三年くらいは、図書購入費が潤沢であったが、その後少しずつ落ち込んでいる。新しい図書館が開館する前後は、図書購入費を含む資料費が多く認められるのは当然であり、開館後にある程度蔵書構成が安定してくれば、それなりの水準に落ち着くことが一般的である。昨今、図書購入費削減という厳しい現実が、多くの図書館を席巻しているが、二〇〇二年度(平成一四年度)までの町田市立図書館の図書購入費は、一億円を下回ることはなかった。このことについては、取材に際してきちんと説明し、資料提供したにもかかわらず、番組中では制作者の意図に沿った一方的な解説が行われた。

 さらに、図書館の年報「町田の図書館」で図書購入費を調べ直してみたところ、NHKが作成したグラフと食い違いがあることが判明した【グラフ(1)】。
 大きく違っているのは、一九九九年度(平成一一年度)の数字である。この年度の図書購入費が前年度を二千万円程上回っているのは、翌年に金森図書館の建て替えによる移転があったからである。
 NHKには取材時に町田市立図書館のデータを提供した。また、その後、NHKのディレクターから町田市の財政課にも確認があったようだ。NHKが何らかの意図の下に、数字を操作したかどうかは今となっては分からないが、図書購入費の削減を示したかったNHKにとって、この一九九九年度(平成一一年度)の増額が不都合だったのは確かだろう。
 また、NHKの作成したグラフの左側の縦軸を見ると、〇〜一億円までの値が省略されていることが分かる。これは、明らかに図書購入費の減額を強調するためであろう。【グラフ(1)】は、この視点に立って、省略を使わずに、作成した。これを見ていただければ、図書購入費がそれほど落ち込んでいないことがお分かりいただけると思う。

●井上ひさし氏の発言は、図書館の本質をとらえている

 番組前半を締めくくるのが井上ひさし氏だ。

ナレーション…図書館の運営に関わった経験のある作家井上ひさしさんです。今のベストセラーをめぐる論争は、図書館が本来持つべき二つの機能の狭間で揺れていることの現れだと考えています。
□作家 井上ひさしさん
井上…人類の人間の知恵をきちっと保存し、整理して保存しておく。それから最新のものをベストセラーであれ、その、宇宙の何であれ、もう今のものを揃えておいて、お金がなくてもそれに触れられるという、両方のことができないでいるわけです。図書館のこう、本質の部分が全部中途半端なんですよね。だからそこをしっかりした上で、今の議論が起きるといいと思いますね。

 井上ひさし氏が述べていることは、至極真っ当なことだと評価できる。図書館の本質を見事に喝破した発言である。ただし、当然のことながら、図書館一般についての発言であり、区市町村の図書館は、利用者の要求を中心に本を購入し蔵書を構成していくのに対し、保存を含めそれをフォローするのが都道府県立図書館の役割であるということまでは言及していない。

●人気のある本を無制限に購入する図書館など存在するのか

 VTRが終わり番組はスタジオにもどる。

□ベストセラー論争
 作家vs図書館
国谷…えー、公立の図書館でベストセラーに代表されます人気本が大量に購入される状況をご覧いただきました。図書館の中には、今ご覧いただいた町田市の図書館もそうなんですけども、人気のある本を無制限に購入するのではなくて、制限を設けて購入している図書館もあるということなんです。

 「図書館の中には、人気のある本を無制限に購入するのではなくて、制限を設けて購入している図書館もあるということなんです」と国谷キャスターが発言しているが、「無制限に購入」している図書館があるとしたら、どこの図書館か教えていただきたいと思う。どこの図書館も予算の範囲でしか購入できないのだから、いくら人気がある本でも「無制限」ということは、あり得ないはずである。

●糸賀教授のコメントが果たす役割(その一)

ここで国谷キャスターが糸賀氏を紹介。この論争の背景は何かと話を振る。

□糸賀雅児さん
 慶應義塾大学教授

糸賀…はい。今のビデオを拝見しましたけれど、日本の図書館がすべてああいう形でベストセラーをあれ程の冊数買っているというわけではないと思います。ただ、そうしましても一九七〇年代から八〇年代、日本の図書館は、地域の住民の方のニーズに合わせて本を揃えていくという方針で、まぁ飛躍的に発展したわけですね

(中略)…九〇年代の財政悪化にふれバランスの良い蔵書構成が難しくなってきたことを指摘。一方、八、九〇年代に図書館が増加していったことにふれる。…

で、一九八〇年に較べますと図書館の数も、約二倍。で、貸し出しは、現在年間の貸出冊数が五億冊を越えているわけです。つまり、国民一人あたり五冊以上の貸し出しをしていると。その一方で書籍の売り上げは、約八億冊、売り上げ冊数で見ますと八億冊です。つまり買われているのは八億冊、借りられているのは五億冊、こういうことになりますと、作家さんたちから今の図書館の本の選び方に対していろいろと疑問が出てくるというのもいたしかたないかなあと思います。

(中略)…図書館の活動を評価するのに貸出冊数が使われてきたことが指摘される。

国谷…(中略)これだけ貸し出しが増えてきますとその経済的な補償、著作権の配慮ということが、まあ挙がっているわけですけれども、これの解決策というのは図書館においてどういう考え方が。
糸賀…はい。現在大きく分けて二つの方法が考えられておりますけれども、一つは新刊書が出まして一定期間図書館での貸し出しを猶予しようというものです。これは、ご承知のようにCDは、現在レンタルショップで貸し出すに当たって、新譜が出ましてから一定期間貸し出しはしないというふうにやっておりますので、それと同じように図書館でも新刊書を一定期間、まぁ、二週間とか一か月というふうな期間になろうかと思いますけれども、その間貸し出しをしないということが考えられています。ただ、これについては、図書館の世界でも賛否両論ありまして、利用者のニーズに応えるということを考えれば、図書館側そして利用者側の抵抗というものも少しは予想されます。それからもう一つは、公共貸与権というものなんですね。
□公共貸与権
糸賀…これは、あの、イギリスとかあの、ヨーロッパの各国で行われておりますけれども、作家さんたちに対する補償を図書館で本を借りることによって生じた補償を、国が基金を設けまして、それで作家さんたちに配分しようというものです。しかしながら日本の図書館の数を考えますと、だいぶこのヨーロッパの図書館の数と違っておりまして、大体六分の一から七分の一です。したがって現状でこういう公共貸与権という補償金制度を設けるのは、私は日本の場合時期尚早ではないかというに考えています。

 糸賀教授は、「日本の図書館がすべてああいう形でベストセラーをあれ程の冊数買っているというわけではないと思います。」とコメントし、町田市立図書館が例外であるかのように扱っているが、町田市立図書館の貸し出しが、全国の公立図書館の中でどのような位置を占めているかについて触れることなく、例外扱いしたということは、あまりにも軽率である。視聴者に誤解と偏見を与える役割を果たしたといっても過言ではなかろう。
 また、糸賀教授は、「年間の貸出冊数が五億冊を超えている」と述べているが、公立図書館の貸出数にAV資料の貸し出しを含めているということには触れていない、というか気付いていないのである。もし、気付いていながらそのように発言したとすれば、問題はさらに拡がる。
 作家への経済的な補償、著作権への配慮については、解決策として、貸し出しの猶予と「公共貸与権」を挙げている。前者については、新刊が出てから「二週間とか一か月」の期間を挙げているが、作家が要求しているのは六か月であり、隔たりが大きすぎる。「二週間とか一か月」程度であれば、新刊が発行され、図書館が発注してから納品されるまでの期間と大差はないのである。出版物の流通についての認識が欠けていると指摘されても仕方ないであろう。後者については、日本の図書館の現状をヨーロッパの図書館の数と較べて「六分の一から七分の一で」あることから、「時期尚早」であると述べている。糸賀教授のコメントの中で、唯一評価できる発言である。

●「ベストセラーに頼らない図書館のあり方」は正しいか

 番組は後半へ進む。

 「ベストセラーに頼らない図書館のあり方を今模索する図書館が現れました。鍵となっているのは専門性への特化です」と国谷キャスターが話したところでVTRがはじまる。

□ネットワークで変わるサービス
ナレーション…大小様々な工場がたち並ぶ神奈川県川崎市です。
□神奈川県立川崎図書館
ナレーション…ここには小説などの一般書の購入を止め、産業と科学の分野を専門に扱う公立図書館があります。土地柄に合わせて生産管理やコンピュータ関連、バイオテクノロジーなどの専門書二〇万冊が並びます。近くの工場に勤める技術者たちが新製品のアイデアや特許の取得情報などを求めて利用しています。

□利用者
神奈川県立川崎図書館の利用者一…バイオテクノロジーの動向とですね、それから環境保全に関する自然エネルギーの動向を調べに来ました。
ナレーション…以前は、この図書館でも市民のリクエストに応えてベストセラーや児童書なども揃えていました。しかし、限られた予算であらゆる分野の本を購入することが難しくなってきたため、四年前、科学と産業の分野への専門化に踏み切りました。このとき問題になったのは、これまで続けてきた一般書の貸し出しをどうするかということでした。
利用者二…中西進さんの。
神奈川県立川崎図書館職員…ええ

利用者二…えーと『万葉の歌びとたち』。
図書館職員…『万葉の歌びとたち』。
ナレーション…そこで取り組んだのは、県内の他の図書館とのネットワークの強化と役割分担です。
図書館職員…はい、ございます。ただですね、うちじゃなくて横浜県立(ママ)図書館なんですね。
ナレーション…神奈川県には、県立図書館がもう一つ横浜市にあります。そこで川崎の図書館は科学・産業の分野、横浜の図書館は人文・社会の分野とそれぞれの役割を決めました。その二つをネットワークで結び、蔵書も共有しました。更に県内にある八一の市町村立図書館も加え、探している本がどこにあるのかすぐに検索できるようになりました。

□県立図書館(横浜)
ナレーション…探し出された本は、それぞれの図書館から本の運搬を専門に行う車で川崎へ運ばれます。専用車は、二つの図書館の間を二日に一度走っています。こうして早ければ翌日には、利用者のもとへ本が届けられます。
ナレーション…この仕組みができたことで、他の図書館と重複していた本一万冊が整理されました。更に一般書に当てていた分の予算をそのまま専門書の購入に回せるようになったのです。
□神奈川県立川崎図書館 大村勝敏部長
大村…予算とかあるいは人とかいう資源を全部専門的なものに、ここのまぁ指向している専門化の方向に向けることができまして、従って、そこの点において、より充実したサービスが提供できる。

□図書館がビジネス支援
□浦安市立図書館(千葉)
ナレーション…専門性を高めることで利用者にとってより便利なサービスを可能にした図書館があります。浦安市立図書館が目指しているのは、大人のための図書館です。

(後略)…浦安市立図書館にビジネスの情報を求めて訪れた利用者とそれに司書が対応する様子が放送される…

 この「ベストセラーに頼らない図書館のあり方を今模索している図書館」二館の紹介によって前半に紹介された町田市立図書館がまるで「ベストセラーに頼」った図書館であるかのように、視聴者に印象付けられてしまうのである。

 神奈川県立川崎図書館の例は、県立図書館としての特化に過ぎず、区市町村立図書館がそのような特化した運営をすること自体に無理がある。そもそも、そのような図書館に『万葉の歌びとたち』を求めて来館する利用者がいるなどとは考えにくい。全く不自然な設定である。
 もし、区市町村立図書館が分野による特化(分担収集)を始めたら、図書館の魅力は半減してしまうことになる。詳細については、【資料五】の二を参照していただきたいが(資料は本稿末尾にまとめて掲載した)、図書館を利用するのは、特定の分野の本が読みたいとか、あるテーマについて調査したいなどの目的が明確な場合ばかりではない。特に目的を持たず、書架を眺めながら、おもしろそうな本を探すという場合も多い。神奈川県立図書館の分担収集は、管内の市町村立図書館に対する協力貸し出しが主要な仕事である都道府県立図書館だからこそ可能な工夫である。もっとも、都立図書館も機能分担と称して、中央図書館と多摩図書館で分野を特定して収集するようになったが、一二〇〇万人の都民にとって使い勝手が悪くなっただけではなく、区市町村立図書館への「貸し渋り」も始まっている。分担収集は、新たな図書館サービスを展開するための手段とはならず、むしろ都道府県立図書館の後退の第一歩であるとさえ言えよう。
 NHKの番組制作者は、区市町村立図書館のように利用者に直接サービスする第一線図書館と、都道府県立図書館のように管内の区市町村立図書館に協力貸し出しすることが仕事の中心である第二線図書館との違いについての認識さえ欠落していたのである。
 浦安市立図書館の例は、確かに「大人のための図書館」にはふさわしいかも知れないが、浦安市立図書館でも『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』は、人口の比率で考えれば、町田市立図書館以上に購入しているのである。「ベストセラーに頼らない図書館」に仕立て上げるために、そのような事実が意図的に隠されたと考えるのは、邪推というものだろうか。

●糸賀教授のコメントが果たす役割(その二)

 このように「ベストセラーに頼らない図書館」を仕立て上げたところで、番組はまたスタジオにもどり、終盤を向かえる。

□図書館の新サービス
国谷…今の浦安市立の図書館ですけれども、四一人いる図書館員のうち四〇人が司書ということで、司書の役割というのは、やはり非常にその利用者にとっては便利、大切なんですねぇ。
□糸賀雅児さん 慶応義塾大学教授
糸賀…そうですね。今の浦安の事例のようなサービスをするためには、図書館のことについてよく理解し、しかも図書館の資料について豊富な知識と経験を持った司書の配置がどうしても必要だろうと思います。ああいう風なサービスができるような司書を八〇年代から九〇年代にかけて日本の図書館は、急いで作っていくべき、養成していくべきだったんですけれども、必ずしも司書の養成が追いついてはいなかった。その一方で、自治体の方では、今度は公務員の削減ということもございまして、司書の数が十分配置されてこなかった。こういったこともベストセラーの大量貸し出しに繋がったというような事情もございます。

国谷…あの、どうなんでしょう。まぁ、あの図書館というのは、非常にまぁ今後その厳しい財政状況が来るということで、先程の川崎市(ママ)のようにその専門性にあの特化することによって同じ本を買わないようにするという動きもありますけれども、一方でどういうふうにすれば、もっともっとその利用者にとって便利な図書館であり続けられるか。
糸賀…そうですね。
国谷…考え方の鍵というのは、何だと思いますか。
糸賀…私はですね。今までの図書館は基本的には、待ちの姿勢、受け身だったわけですね。つまり新しい本をたくさん用意してお客さんが来るのを待っていたと。しかしながら、これからの時代はですね、むしろこう積極的に攻めの姿勢というのが必要だろうと思います。つまり、図書館にこういう本が入りましたよ、こういうふうな情報が入りましたということを今のデジタル化、ネットワーク化の技術ですから、例えば電子メールを使って利用者のもとに届けると、そういうことで今までは図書館を使わなかった人たちが、あっ図書館にそういう情報や本があるのかということに気がついて図書館にやってくるという。今までの図書館は、一冊二、〇〇〇円の本をそのまま買ってまいりまして、そこにあまり付加価値を付けることなく資料提供をしていたわけですけれども、例えば、あの、子育て支援であるとか、ビジネス支援という形で図書館に子育て支援で困っている若いお父さんやお母さんにはこんな情報もありますよと、あるいはビジネス支援を求めている人たちにこういう情報もありますよということを積極的に知らせていくという、そういう姿勢が必要だろうと思います。
国谷…図書館が発信していくということですね。

糸賀…そうですね。図書館が発信することで、地域の情報拠点、あるいは知的インフラといった役割を果たすことが可能になるだろうと思います。そういう図書館がたくさん増えていくことで身近に図書館を感じていただく方が増える、それによって資料費は削られてもむしろ利用の水準は落とさない、そういうふうな攻めの姿勢というものを図書館側も持つ必要があると考えております。
国谷…ベストセラー本がそんなにたくさんなくても多くの人たちが訪れる図書館であり続けることができるということですね。
糸賀…はい
国谷…どうもありがとうございました。ベストセラーの大量購入をめぐって巻き起こりました図書館のあり方、そのあり方について考えて参りました。(番組終了)

 糸賀教授が「司書の数が十分配置されてこなかった」「こともベストセラーの大量貸し出しに繋がったというような事情もございます。」などと訳知り顔で解説しているのを聞くと、本当に腹が立つ。しかし、「司書の数が十分配置されて」いない町田市立図書館はともかく、浦安市立図書館が利用者の要求に応じて、ベストセラーを一定程度購入しているという事実を何としても隠さなければ、番組の構図そのものが成り立たなくなるということを考えるなら、ここで腹を立てるのは、それこそ大人げないのかもしれない。

 また、資料費削減が図書館にとって致命的な打撃であることに全く触れないというのも、解せないし、許し難い発言である。今の公立図書館の図書購入費をはじめとする資料費が、もはや図書館としての機能を果たせなくなりつつあるという実態をどう考えているのだろうか。何といっても、資料費は図書館の「生命」である。それがどんどん削減されている事実を肯定するかのように「資料費は削られてもむしろ利用の水準は落とさない」などと平然と発言できる神経を疑ってしまう。
 この番組を見た自治体の理事者や財政担当者が、図書館の資料費を更に削減しても大丈夫だと考えたとしても少しも不思議ではない。それどころか、このような発言は、自治体当局に図書館資料費削減の口実を与える役割を果たしかねないのである。
 実際、二〇〇三年度の町田市立図書館の資料費は、二〇〇二年度までと比較すると大きく落ち込んでいる。町田市の財政状況を考えるとやむを得ないとも言えるが、放送の影響がまったくなかったとは断言できないことも確かである。

●容認できる放送内容ではなかった

 このように、放送された内容は、取材に協力し、可能な限り情報提供に努めた図書館として容認できるものではなかった。そもそも、「作家vs図書館」のタイトル自体が放送内容とはかけ離れている。

 しかも、これからの図書館の目指すべき方向とされている二つの図書館の事例も適切さを欠いている。利用者が求める資料・情報を提供するのが図書館の基本的な役割と考えるなら、「ベストセラーの貸し出しに頼らない図書館」という発想自体が、誤っている。
 しかし、問題はこれだけにとどまらない。一部の作家・出版社は、ベストセラーの貸し出しだけを問題にしているのではない。「図書館が無料で本を貸し出すから、本が売れない」という飛躍した論法を持ち出すとともに、公貸権導入を主張しているのである。だから、「ベストセラーの貸し出しに頼らない図書館」の例は、「貸し出しに頼らない図書館」でない限り、何の解決策も示していない、ということになるはずだ。

2
市民団体の抗議とNHKの対応

●市民団体がNHKに抗議した

 「町田の図書館活動をすすめる会」(以下「すすめる会」)の会員は、放送内容に疑問を抱き、緊急に集会を開いた上で、NHKに対し、抗議文を出すことを決めた【資料一】
 二〇〇二年一一月二九日付けの抗議文は、「町田市立図書館が、著しく客観性を欠き極めて歪曲された形で紹介されたことに市民として憤りを感じ、以下の理由により強く抗議」する、として次の三点を挙げ、「NHKに対して反省と謝罪を強く要求」した。(1)図書館ネットワークの基本的理解さえない。(2)ベストセラーの貸し出しのみの強調は、町田市立図書館の実態を極端に歪めている。(3)町田市立図書館は、レファレンスサービス、障害者サービス、児童サービスなど広範囲に亘り充実したサービスを行っている。

●NHKの対応は、ずさんさが目立った

 この抗議に対し、NHKから要請があり、二〇〇二年一二月一一日に話し合いを持った。NHKからは、担当部長とチーフプロデューサーが出席、「すすめる会」からは、代表を含む九人の会員が出席した。
 ベストリーダー一〇〇の図書購入費や、貸出冊数に占める割合が、いずれもわずかであることを数値により論証したことについても、「あまたの本があるから、利用の総数の中でベストセラーはそんな小さな割合にしかな」らないのは、「当然」であり、「これだけ立派な図書館でいくらハリーポッターをたくさん買ったところで、そんなにたくさんの割合になるはずがない」とまで、担当部長は言い切っている。

 もし、本当にそう考えているのなら、町田市立図書館がベストセラー以外にも多くの本を購入していることを認めることになるわけで、作家や出版社からのクレームは、言いがかりに過ぎないという番組にすべきだったはずである。ところが、実際の番組は、出版物の売り上げ(右肩下がり)と図書館の貸出冊数(右肩上がり)を対比して、「図書館が無料で本を貸し出すから、本が売れない」という飛躍した論法のお先棒を担ぐ役割を果たしたのである。
 このように、二時間半にも及ぶ話し合いは一部を除き平行線だった。この話し合いのあと、NHKから「すすめる会」あてに一通の電子メールが届いている。【資料二】

●「すすめる会」は市長、教育長に手紙を出した

 NHKに対する抗議文を出した「すすめる会」は、NHKとの話し合いが平行線に終わった直後に町田市長と町田市教育委員会教育長宛てに、NHKへの抗議文を添えて手紙を出した【資料三】

 手紙は、放送に対する市民団体としての評価やNHKとの話し合いの経過について、的確な報告を行っている。市長や教育長が事態を正確に把握することを狙ったものであろう。少なくとも、放送が町田市の首脳部に誤った認識を植え付け、悪影響を及ぼしかねないことを心配し、それへの配慮が働いたことだけは確かである。

●ホームページでの紹介への抗議

「クローズアップ現代」のホームページ(http://www.nhk.or.jp/gendai/index2.html)では、過去の放送記録を辿ることができるが、「ベストセラーをめぐる攻防〜作家vs図書館〜」については、「すすめる会」の指摘により、二回も訂正されている。「自治体の財政難で予算削減が続く中、利用者増を図るためのリクエスト制度で、『知の殿堂』から『ベストセラー重視』へと変質した図書館」と番組を紹介した上で、「お問い合わせメモ」に、「利用者のためにベストセラー大量購入をおこなっている図書館」として、町田市立中央図書館の住所と電話番号が掲載されていた。「すすめる会」が電話で訂正を申し入れたところ、「お問い合わせメモ」の当該部分を削除し、最後に「※番組でご紹介した町田市立中央図書館は、市民のニーズを蔵書に反映する『リクエスト制度』の他にも、レファレンスや児童・障害者向けのサービスなど、様々な取り組みを行なっています。」と、的外れな訂正をした。

●NHKに対する再度の申し入れ 

 ホームページでの町田中央図書館の紹介の仕方も含め、「すすめる会」は、NHK番組制作局(社会報道番組)に対し、一月二四日付けで文書による申し入れを行っている【資料四】
 NHKからの回答は、いまもってないが、申し入れ事項の一.(1)については、「利用者のニーズを反映するリクエスト制度によって、ベストセラーを複数購入するなどの努力を続けてきた日本の図書館」とホームページを訂正した。(2)については、「利用者のためにベストセラーを複数購入するのも、図書館の重要な役割だと考える図書館」に訂正した上で、住所(間違っている!)、電話の他に、町田市のホームページアドレスが記載された(http://www.city.machida.tokyo.jp/shi/event/library)。(3)については、※の文章を削除しただけで、お詫びの文章の記載はない。

●リクエスト制度は何のためにあるのか

 前述したように、「リクエスト制度」は、「利用者増を図るための」ものではないし、ましてや、それによって図書館が「『知の殿堂』から『ベストセラー重視』へと変質した」などということも断じてあり得ない。リクエスト制度は、住民・利用者の知る権利を保証したものであり、「市民の図書館」にとって不可欠の制度である。それを徹底することが、何故「『ベストセラー重視』へと変質した」ことになるのか。この部分にこそ番組制作者の公立図書館に対するスタンスが明確に現れており、それに沿った形で番組が作られたことは間違いなかろう。

 町田市立図書館はもちろんのこと、公立図書館にとって、ベストセラーの複本購入がまるで悪であるかのように描かれたことの衝撃は計り知れない。何故そのような描き方をしたのだろうか。それは番組制作者が、公立図書館の機能を誤って認識していることが根底にあったからだと思われる。

3
町田市立図書館の対応と利用者の反応

●町田市立図書館は見解をまとめ、公表した

 一方、町田市立図書館は、「ベストセラーの複本購入をはじめとする図書館の蔵書構成について—NHK『クローズアップ現代』(一一月七日放送)に対する図書館の見解—」(以下「見解」)をまとめ、それを二〇〇二年一二月の館内会議で決定した【資料五】

 「見解」は、教育長、市長決裁を経た後、「利用者の声」の用紙を挟み込み、館内等で配布したが、前述のように町田市のホームページ(町田市立図書館/町田市公式ウェブサイト)でも読むことができる(http://www.city.machida.tokyo.jp/shi/event/library/index.html)。

●「利用者の声」は圧倒的に「見解」を支持

 「利用者の声」や電子メールで寄せられた意見や感想は、六〇通以上に及ぶが、ほとんどが「見解」を支持するものである。放送直後に、市長への手紙(電子メールを含む)に寄せられた声とは、まったく対照的である。放送直後の反応には、ショックを隠せなかったが、二〇〇二年末から二〇〇三年の三月頃にかけて寄せられた声に大いに励まされた。今でもホームページを見て、町田市立図書館の見解に賛成する電子メールが寄せられる。
 利用者・住民にことの顛末を的確に報告し、その意見を聴くという手法については、情報公開、説明責任という視点からも正しかったと考えている。館内会議では、図書館の見解を明らかにすることについて、一部に消極的な意見もあっただけに多少の不安はあったが、結果としてはよかったと思う。以下「利用者の声」から、一部を紹介したい。
 

「いろいろご批判の声も上がっている様ですが、やはり沢山の利用者があっての図書館だと思います。」
 「公共放送が、一部の作家の『図書館は無料貸本屋』説のお先棒を担いだ責任は重いと思います。」
 「本が買えない人にとって図書館は最高の喜びであります。今後のマスコミ関係の人々の批判に屈せずに頑張ってもらいたいと思います。」
 「最終的には、ほんとうに市民に喜ばれる図書館かどうかということだと思います。(中略)私はほんとうに感動した本は読んだあとでも買っています。いい本は必ず売れると思います。売れないのは図書館のせいというのはおかしいです。」
 「全般的に見て、よく検討された基本方針に沿って運営されていること、利用する町田市民として誇りに思います。」
 「我が家では、移動図書館で二週に一度三〇冊のリクエストを出し、それ以外に一〇〜二〇冊その場で借りています。その中で、図書館で借りて読むだけでいいと思う本、個人購入して、いつでも何度でも家の中で読みたいと思える本に分けています。」

 「私もよく図書館に行き、読みたいと思っていた本を借ります。一回読んで終わりという本も多くありますが、何回でも読みたい、手元に置いておきたいと思う本はその後本屋さんで買います。特にハードカバーの本は高いので、中身を読んでから、本当に欲しい物だけを買いたいと思います。本当に良い本ならば、図書館で読んでから、買おうと思う人が多くいるはずです。(中略)私は町田市民ではないので町田図書館で本を借りることはできませんが、学校の帰りによく勉強したり、本を読みに来ています。町田図書館は本当に色々な種類の本が揃っていて、たいていの本が見つかるので、レポート制作の時にもよく行っています。なので、町田図書館がベストセラーばかり買っているということは決してないと思います。」
 「出版業界の不振について、様々な意見があり得るとは思いますが、問題の番組の論調は、あまりに一方的・近視眼的だと感じます。また、いわゆる地域図書館の専門分野への特化も、私は反対です。拙宅では日曜日の午後など近くの町立図書館へ家族で出掛け、それぞれが読みたい本を探して楽しい時間をすごしています。特色を出してゆくことには賛成ですが、いろんな年代や分野の人々が集まってくるような図書館に魅力を感じます。」
 「個人が買える本でも、公立図書館としては購入の必要が有ります。今までは利用したことは無く、自分で購入していましたが、四月以降は定年で時間が出来ますので、出来るだけ利用させて頂きたいと思っています。」
 
 一方、「町田市図書館の大きな失敗はNHKが図書館の言い分を取り込んだ番組を放送してくれると期待(誤解)した点にあります。」という厳しいが、まっとうな批判もある。しかし、同じ投書者が「一時の中傷や非難に動じないで町田市立図書館のあり方を示してください。一市民(納税者)として町田市立図書館の今後の活動に期待したい」、「現在の町田市立図書館は市民のニーズに応えたものと思っております。」と結んでいることから、励ましの批判として真摯に受け止めたい。
 図書館利用者は、本を購入しないどころか、むしろ積極的に購入していること、更に、図書館が個人の生活にとって、なくてはならない存在になっていることが読み取れる。

●町田市立図書館の今後は

 「利用者の声」を見る限り、町田市立図書館の運営については、利用者からおおむね支持されているものと判断できる。ただ、「見解」にもあるとおり、今後資料購入費の大幅な削減が見込まれる中で、複本を豊富に揃えることが困難な状況にある。また、図書館として揃えておきたい本も購入しにくい状況になりつつあるということも放送で話したとおりである。実際、二〇〇三年度の図書購入費は、二〇〇二年度の約七一パーセントにとどまっており、二〇〇四年度は、更に削減を余儀なくされそうである。限られた資料購入費をいかに有効に使うかという視点から、資料選択は、より慎重に行う必要がある。これまでの選書は、購入する本を撰ぶというより、購入しない本を撰ぶという側面もあったが、今後は職員の専門性がより一層試されることにもなる。

4
月刊『創』への投稿をめぐって

●NHKの担当部長とチーフプロデューサーが来館

 二〇〇三年の一月、月刊『創』二月号に「NHK『クローズアップ現代の』貧困な図書館観」というタイトルで投稿した【資料六】。二月一二日、その投稿記事の件で、NHKの担当部長とチーフプロデューサーが来館した。館長と副主幹(いずれも肩書きは当時)と私の三人で対応したが、先ず、私の投稿が「町田市立図書館 手嶋孝典」となっていることから、町田市立図書館としての見解かどうかを確認してきた。原稿には、「東京都 手嶋孝典 五三歳」と書いたのだが、実際には変更されていた。肩書きを付けていない限り個人としての見解だと主張したが、NHKの二人には理解が及ばなかった。
 次に、「町田市立図書館は、ベストセラーの購入費が図書購入費全体に占める割合や、ベストセラーの貸出冊数が図書の全貸出冊数に占める割合を資料により示し、それがごくわずかであることを実証している。ところが、NHKはそれを黙殺し、……」と書いたことも、何故データとして使わないかを事前に説明したので「黙殺」ではないと強硬に主張してきた。逆に、データを使うようにディレクターに要求すればよかったなどという始末である。
 更に、「公共貸与権(公貸権)導入を主張する作家・出版社に対しては、『ベストセラーの貸し出しに頼らない図書館』の例は、『貸し出しに頼らない図書館』でない限り、何の解決策も示していない、ということになるはずだ。」の表現の部分がNHKの主張ではない、などと訳の分からないことを言い出した。「作家・出版社に対しては」、「何の解決策も示していない」という意味だと説明すると、自分の読解力を棚に上げておいて、そのような表現は、誤解を招くとまで言ったのである。しかも、そのような番組の作り方はおかしいとの私の批判に対しては、どのような主張をしようとNHKの勝手であるとまで言い切った。これこそが、他者の批判を寄せつけないNHKの本音であろう。
 「コメンテーターとして登場した糸賀雅児氏の発言も適切さを欠くものであった。日頃、市場原理の導入を主張する氏から『市民の図書館』を見直す発言が出てくることは十分予測できることであり、そのことを知っていながら氏を登場させたNHKは、著しく公平さを欠いていると断ぜざるを得ない。もし、知らなかったとしたら、NHKの図書館観の貧困さを更に裏付けることになる。」という個所についても、どのような発言なのか具体的に明らかにしろとも言った。

 『創』への投稿の件以外では、直接制作に携わったディレクターから事情聴取をしたとのことであり、書庫のシーンなどで私がこれまで説明したことと食い違う点が指摘されたが、私は、ディレクターと直接対決することを要求した。

●さまざまな口実を設けたNHKの不当な介入

 結局、取材を受けた図書館の当事者が、外部に向かってあれこれ発言するのは、無責任ではないかということが、彼らの言いたいことだったのかと思うが、町田市立図書館との揉めごととして世間に広まることを一番恐れているように感じた。実際に、翌日担当部長から館長宛てに電話があり、たまたま私が電話を取ったのだが、週刊誌等の取材に応じないで欲しいとの内容だった。他にも揉めごとを抱えているので、神経を使っているようなことも匂わせていた。館長に伝えると約束したが、私がきちんと伝えないとでも思ったのか、翌日また、館長に直接電話を掛けてきて、同じようなことを言ったそうである。
 いずれにしても、自分たちの価値観で番組を作り、全国放送しておきながら、それに対して事実を挙げて反論すれば、いろいろな口実を設けて介入してくる、これがNHKの対応の仕方である。「町田の図書館活動をすすめる会」がNHKとの話し合いに応じたからといって、何故、番組に対する批判を留保しなくてはならないのだろうか。そんな道理はどこにも存在しないはずである。巨大なマスメディアの影響力と比較すれば、私たちが選択できる反論の方法などたかが知れている。どんなに頑張っても、私たちの主張がいくつかの出版物に掲載されるのがせいぜいであり、後は、利用者・住民に直接訴えかけるしか手段がない。そのささやかな対抗手段にさえ、NHKは介入してきたのである。

結び

 以上、いろいろな角度から番組を批判してきたが、一言でいえば、NHKの番組制作者が、公立図書館の基本的な機能・役割について、理解を欠いたまま番組を作ってしまったということになろう。
 その他、気になったのは、これからの図書館のあり方として「情報」については、何度も繰り返し強調されているが、読書の大切さについては、触れられていないという点である。これについては、この番組だけに言えることではなく、近年の図書館界では、「市民の図書館」からの脱却を主張する学者、研究者とそれに迎合する図書館員が跋扈しつつある。しかし、情報を読み解く力を養うのは、読書であるという前川恒雄さんの指摘(朝日新聞大阪本社版、二〇〇二年四月七日朝刊)を紹介して結びとしたい。

※ 本稿のはじめに〜三は、『図書館雑誌』二〇〇三年三月号、『知恵の樹』 七三/七四合併号、 七五号に掲載されたものに大幅な加筆、訂正を施したものであり、四.結びは、書き下ろしである

●資料

【資料一】

NHK会長様
NHK番組制作局様

「クローズアップ現代 ベストセラーをめぐる攻防」(一一月七日・木/放映)の取材に対して私たちは抗議します!!

 私たちは、図書館文化の発展を願って二〇年来活動をつづけてきた市民団体です。
 一一月七日放映の「クローズアップ現代」において町田市立図書館が、著しく客観性を欠き極めて歪曲された形で紹介されたことに市民として憤りを感じ、以下の理由により強く抗議します。

一、町田市立図書館と神奈川県立図書館とが比較されていましたが、住民に直接サービスをする市町村立図書館とこれらをパックアップする役割を担うを県立図書館とを同一基準で論じることは不可能です。番組制作者は現在の図書館ネットワークの基本的理解さえないのではないかと疑わざるを得ません。

二、べストセラー貸し出しのみの強調は、町田市立図書館の実態を極端に歪める報道です。二〇〇一年度を例にとっても、町田市立図書館の貸し出し総数は三六〇万冊余り(図書のみ)、内ベストリーダー一〇〇点を合計した貸し出し数は一・三四%、つまり貸し出しされた本の九八・六六%は、それ以外の書籍なのです。『ハリーポッターと炎のゴブレット』について言えば、対照的図書館として紹介された浦安市立図書館は上下各二三冊所蔵、町田の場合は上下各五〇冊ですが、人口は浦安市の三倍多いのです(一一月一七日現在)。

三、町田市立図書館は、公共図書館の主要な機能の一つであるレファレンスサービス(市民のさまざまな質問に応える調査サービス)や障害者サーピス、児童サービスなど広範囲に亘り充実したサービスを行っています。こうしたサービスに対するメディアの無知ぶりはほとんど呆れ果てるほどのもので、情報を見るかぎりこの番組制作者もその例外ではないように思われます。

 以上、現代の図書館の機能に関する理解もないままに、不十分な調査に基づいて番組が制作されたばかりでなく、あらかじめ素描されたシナリオに沿って「悪役」を演じさせるために町田市立図書館の取材が行われたと判断せざるを得ません。これは、メディアの報道姿勢そのものが問われる問題であり、取材に応じた図書館職員の尊厳を著しく傷つけるものであり、私たちは深い憤りを禁じ得ません。「クローズアップ現代」は優れた番組として評価していただけに、今回の放送は残念でなりません。
 私たちはNHKに対して反省と謝罪を強く要求します。

 現在、町田市立図書館をふくむ多摩地域の図書館は、危機的状況にあります。これまで貸し出しや専門性の高い調査などについて、この地域の市町村立図書館をバックアップしてきた都立多摩図書館の蔵書が大量に廃棄され、そのサービスが大幅に削減されようとしております。まさしく時代に逆行する政策であり、この問題こそ、NHKが率先して取り上げて欲しいと願っております。
 

二〇〇二年一一月二九日
町田の図書館活動をすすめる会
代長 増山正子

【資料二】

「町田の図書館活動をすすめる会」の皆様前略

 平素よりNHKの放送番組にご協力を頂き、ありがとうございます。
この度、クローズアップ現代「ベストセラーをめぐる攻防」に、貴重なご意見を頂戴し、さらに、会の皆さんとお話をさせていただく機会をいただきました。
町田市立中央図書館にもお伺いし、館内を拝見させていただきましたが、館の雰囲気・本の揃え方など、とても素晴らしく、皆様方の、長年にわたる活動の成果だと、敬服いたしました。

ご意見を頂いた番組は、ベストセラー複数購入に対する作家・出版社と図書館の論争を契機に、今の図書館が置かれている状況を見つめ、これからのありようを考えたい、というものでした。
町田市立図書館を取材させていただいた意図は、作家・出版社側の「大量購入」批判に対し、ベストセラー複数購入の背景には、リクエスト制度など、きめ細かな住民サービスの姿勢があることを紹介したかったからです。

それが、ベストセラー貸し出しの強調に見えたとしたら、残念でなりません。
先日お話しいただいた、「ベストセラー本がボロボロになるのは、住民に本当によく利用されたからで、それは本としても本望だ」という皆さんの思いを、より丁寧に紹介できればよかったと考えております。

私どもは、今回話し合いをさせていただく中で、いかに多くの方々が町田市立図書館を支えておられるかを実感しました。
今の図書館が抱える問題を見つめることは、今後の日本の文化を考える上で大切であることを、改めて認識しております。
地域の文化をめぐる問題について、私どもはさらに勉強を続け、番組に反映していきたいと考えます。今後ともよろしくお願いいたします。

草々

平成一四年一二月一六日
NHK番組制作局(社会情報番組)
担当部長 永田浩三 
チーフ・プロデューサー 佐藤高彰

【資料三】

町田市長 寺田和雄様
町田市教育長 山田雄三様

NHK「クローズアップ現代ベストセラーを巡る攻防」放映について

 平素より、図書館行政に多大なるご配慮とお骨折りをいただいておりますこと、心より感謝いたしております。

 私たちは、<市民の知る権利を保障し、豊かな文化生活を営むために不可欠な図書館>の発展を願って活動している市民団体です。
 こんにち図書館は、少数の限られた人の利用から三〇年たってやっと市民の図書館として認知され始めてきました。町田の図書館も、皆様方はもちろん、故浪江先生はじめ多くの先輩諸氏の図書館にかける情熟と運動、そして職員の努力によって、市民の生活の中になくてはならない大切なものとして定着されつつあります。そんな矢先、NHKの「クローズアップ現代」は、トップクラスの図書館のいくつかを選択し、町田の図書館にベストセラーの複本購入の問題を突き付け、歪曲した形で番組構成をし、放映したのです。
 町田の図書館が、質の良い多面的なサービスをしていることを良く知っている市民は、この番組を見て腹立たしく思いました。私たちは緊急会議を開いて、NHKの局長と取材担当者に宛てて、抗議文を送りました。NHKからはすぐに、話し合いを持ちたいという返事があり、一二月一一日夜、会員を代表する九名(含む職員二名)が、町田に来られたNHKのお二人(杜会情報番組担当部長とチーフ・プロデューサー)と二時聞半に亙って話し合いました。その席上、NHK側は、「少し早目に来て図書館を見て回ったが、館内の環境といい書棚の配置といい、町田が先進図書館として充実したサービスをしていることは、ちょっと見ただけでも良く分かった」と言い、ベストセラーの大量購入という役割を担わせる図書館として町田を選んだのは、ちょっと無理があった、と言われました。
 「今回は、文化に公的なお金をどう使うかが一つのテーマで、図書館でのベストセラーの大量購入問題と、市民の要望に応えるきめ細かなサービスを紹介することにあった」とするこの番組は、明らかにベストセラーの複本に悩む図書館に町田、市民の要望に応えるサーピスをしている図書館に浦安と川崎といったシナリオで対照させ、視聴者にインパクトを与えるように構成されたものであることが、お二人の話の端々で解りました。比較対照した浦安市立図書館は、殆どの職員が司書資格を持ち、確かに優秀な図書館ですが、もしこの対照を反対に取り上げたとしても可能なほど、町田も同レベルの図書館なのです。
 私たちは、何とかNHKに公的な場で謝罪をしてもらおうとしましたが、番組構成に関しては決して町田を悪役にしようなどという意図はなかったと主張し、話し合いは平行線をたどり、結局、文章での回答を要求しました。
 ここに、今回の放映に関しての私たちの図書館に寄せる熟い思いの見解と動きをご報告すると共に、NHKに宛てた抗議文と、NHKよりの回答を添付させていただきます。

 今後とも、町の文化のバロメーターでもある図書館の発展に、ご努力下さいますようお願いいたします。

二〇〇二年(平成一四年)一二月一九日
町田の図書館活動をすすめる会
代表 増山正子

【資料四】

NHK番組制作局(社会情報番組)
担当部長 永田浩三様
チーフ・プロデューサー 佐藤高彰様

 昨年一一月七日(木)放送の「クローズアップ現代 ベストセラーをめぐる攻防」について、私どもは一一月二九日付けの文書をもって、貴局に抗議を行いました。これに対して、早速一二月一〇日(火)に番組制作責任者として、あなた方お二人が町田まで足を運ばれ、私どもと意見交換を行う場を持たれたことについては、一定の評価をいたします。

 意見交換の場であなた方は、局側にベストセラーの複数購入を否定する意図はなかったと主張され、万が一視聴者に誤解を与えたとすればそのことについて率直にお詫びすると言われました。また、同一本の複数購入が収集すべき資料範囲を狭めているのではないかという番組の主張に、具体例として町田市立図書館を取り上げたのは誤りであったとも言われました。そして、意見交換をふまえた局側の正式な見解を後日文書で明らかにすることを了承し、確かに一二月一六日付けのメール文書が私ども宛に送信されて参りました。
 しかしながら私どもは、率直に申し上げて、この文書に大きな失望を感じております。いかにも通り一遍という印象を拭うことができないのです。
 文中には、町田市立図書館を取材した意図として、「ベストセラー複数購入の背景には、リクエスト制度など、きめ細かな住民サービスの姿勢があることを紹介したかった」とあります。本当にそうだったでしょうか。現在でもネット上に流され続けている「放送記録」には、番組内容の要約として「自治体の財政難で予算削減が続く中、利用者増を図るためのリクエスト制度で、『知の殿堂』から『ベストセラー重視』へと変質した図書館」と書かれています。ここに「クローズアップ現代」が今回の放送で意図したことが、明確に表現されていると思うのですが、いかがでしょうか。
 つまり、リクエスト制度は「きめ細かな住民サービス」としてではなく、単に「利用者増を図るための」制度としてとらえられていたわけです。もっとはっきり言えば、現在の公立図書館に対する貴局の認識は、<自治体財政が厳しい中、利用者増を図るためにベストセラーの大量貸出を行っている公立図書館は、本来の「知の殿堂」という役割に戻るべきではないか>という程度のものだったのではないでしょうか。(私どもの指摘によって、「放送記録」に後から追加されたと思われる※印の文章中に、「市民ニーズを蔵書に反映するリクエスト制度」とあるのは、要約の文章といかにも不整合でむしろ滑稽です。)
 意見交換の場でも再三申し上げましたが、こうした認識はきわめて表面的で、近代公立図書館の発展の歴史を無視したものです。図書館関係者の中にもこうした発言をする人びとがいるのは事実ですが、それはむしろごく一部で、決して広く認知された考え方ではありません。なぜもっとテーマを公平に、また掘り下げて取材できなかったのでしょうか。
 一般市民が自分で考え、判断し、行動するためには、必要な資料や情報を身近で、手軽に、無料で、入手できることが不可欠です。そういう意味で、いまこそ公立図書館の存在が決定的に重要なはずです。ところが、わが国の図書館は、諸外国に比べて全く立ち後れているのが実情です。それどころか、現状をもっと引き下げようという動きが、いま全国各地で顕在化しているのです。そんなさなかの今回の放送でした。影響の重大さをお考えいただきたいと思います。

 しかしながら、私どもは今回の問題で、もうこれ以上あなた方とやり取りをするつもりはありません。一度流れてしまった放送は、取り返しがつかないからです。私どもは、日本の公立図書館がさらに発展し、わが国に住むすべての人びとが自由に図書館を利用できるようになることを心から願うものです。そうした立場から、最後に下記の二点を貴局に申し入れます。どうか私どもの意をお汲み取りの上、一日も早く実現してくださるようお願いいたします。

申し入れ事項

一、「クローズアップ現代」の「放送記録」(インターネット上に公開されているHP)の表現を、正確なものに訂正してください。
(1)「利用者増を図るためのリクエスト制度で、『知の殿堂』から『ベストセラー重視』へと変質した図書館」という表現は、事実に反します。
(2)「お問い合わせメモ」で従来は、「利用者のためにベストセラー大量購入をおこなっている図書館」として、町田市立図書館の住所や電話番号が掲載されていましたが、それを削除し新たに※印の文章が追加されたようです。しかし、あれほど大きく取り上げた町田の連絡先を、まったく削除してしまうのは本当に正しいことでしょうか。「利用者のためにベストセラーをある程度複数購入するのも、図書館の重要な役割とする図書館」とでもすれば良いことだと考えます。

(3)取って付けたような※印の文章など不要です。書くとすれば、「放送後、複数の視聴者から町田市立図書館に宛てて、そのあり方を批判する意見が寄せられました。町田市立図書館は、ベストセラーの貸し出しにのみ力を入れているわけではありません。むしろ貸出冊数や資料費に占めるベストセラーの割合は、ごくわずかなものであることが、データで裏付けられています。放送内容に、無用な誤解を与える表現があったことについて、視聴者ならびに関係各位に深くお詫びいたします。」とすべきです。

二、今後できるだけ早い時期に、同じ番組で、あるいはもっと多くの視聴者が予想される番組で、日本の公立図書館がさらに発展することに寄与するような番組を、ぜひ作ってください。その際には、日本図書館協会はじめわが国の公立図書館の発展のために努力している団体や個人に、幅広く、公平に取材していただきたいと思います。

町田の図書館活動をすすめる会

【資料五】

ベストセラーの複本購入をはじめとする図書館の蔵書構成について─NHK「クローズアップ現代」(一一月七日放送)に対する図書館の見解

はじめに

 NHKの報道番組「クローズアップ現代」は、去る一一月七日に「ベストセラーをめぐる攻防〜作家vs図書館〜」を放送しました。図書館がベストセラーの複本(同じ本)を購入することについて、まず前半で、それに異議を唱える作家・出版社と、ある程度の複本の購入は必要であるとする町田市立図書館の主張をそれぞれ紹介しています。
 間に糸賀雅児・慶応大学教授(図書館情報学)のコメントを挟み、後半では、これからの図書館の目指すべき方向を示唆するものとして、科学と産業に収集分野を特化した神奈川県立川崎図書館とビジネス支援を掲げた浦安市立図書館の二館を取り上げています。

 最後に糸賀氏がこれからの図書館は、資料を揃えて利用者を待つという受け身の姿勢から、情報を発信する「地域の情報拠点」、「知的インフラ」としての役割を果たす必要があるとコメントして終わっています。
 町田市立図書館は、視聴者に誤解を与える内容になることを危惧し、取材を受ける過程でNHKの番組担当者に再三客観的な番組制作を要請しました。そのために必要な資料は、積極的に提供もしてきました。しかし、放送内容は、町田市立図書館にとっては不本意なものでした。現に番組を見た何人かの視聴者から、市長や図書館に宛てて、図書館のあり方に対する批判が寄せられています。
 そこで、市民の皆様に対し、町田市立図書館としての見解を以下のとおり明らかにしたいと思います。

一・放送は、町田市立図書館の実態を正しく伝えていません

町田市立図書館はベストセラーだけを大量購入している図書館ではありません

 今回、放送で取り上げられた『ハリーポッターと炎のゴブレット』については、町田市立図書館は全館で上・下五〇冊ずつ購入しています。番組の中では、ナレーターが「上・下巻合わせて一〇〇冊購入」と言ってましたが、聞きようによっては、同じ本を一〇〇冊購入していると誤解されかねない表現です。他にも、「ベストセラーの大量購入」という言葉を繰り返し、町田市立図書館が特にそのことを積極的に行っているかのような論調が目立ちました。町田市立図書館のサービスを知らない視聴者は、ベストセラーばかりを大量に貸し出しするだけで、専門書も購入せず、レファレンスその他のサービスも、お座なりな図書館であるかのような印象を持つと思います。

利用者の要求に応え、複本も用意するのは、図書館として当然の使命です
 また、糸賀氏の発言も、「全国の図書館があれ程の冊数を買っているわけではない」と町田市立図書館が、あたかも例外であるかのような言い方でした。しかし、利用の多い図書館が一定の複本を購入して貸し出すのは、ごく一般的なことです。複本の冊数については、図書館の規模、館数、利用者数、予算等を勘案して決めます。全国でも有数な貸し出しをしている町田市立図書館が、納税者である多くの市民が希望するベストセラーを、数十冊単位で購入するのは当然のことではないでしょうか。
 ベストセラーの場合は、リクエストしてから半年以上お待ちいただくというのが実情です。しかも、ベストセラーといっても、図書館の場合は、一過性の人気ではなく、いわゆるロングセラーとして、数年にわたって借り続けられる場合が多いのです。ですから、利用が一段落して、図書館の書架に並ぶ頃には、ボロボロに痛んでいることも珍しいことではありません。同じ本が何十回も借りられるわけですから、本としての使命を十分に果たしたといっても過言ではありません。それでもなお、利用に耐えるものは、保存用を除いてチャリティ古本まつり等でリサイクルされますので、資料費を無駄に使っているということにはならないと思います。

図書館の複本購入は、子どもたちの活字離れを防ぐ役割も果たしています
 しかも、「ハリーポッター」のシリーズの場合、活字離れが著しいといわれている若い利用者に根強い人気があり、長編を初めて読破したということで、自信を持つようになった子どもたちも多いようです。それをきっかけとして、本を読むことの楽しさを知ったという子どもたちが存在することも報告されています。このことは、『五体不満足』や『だからあなたも生き抜いて』等にも共通して言えることで、もし図書館が一定程度の複本を購入して利用者に提供していなければ、読書することの喜び、楽しさを知らないまま大人になってしまう子どもたちもいるのではないでしょうか。

 ベストセラーだから、取るに足らないつまらない本という見方は偏見です。多くの人々が支持するのは、やはり大きな魅力を秘めた本だからなのです。

図書館が貸し出しをしなければ本は売れるようになるのでしょうか
 作家や出版社側は、図書館で貸し出されなければ、その分購入する人々が増えるはずだと主張していますが、果たしてそうでしょうか。図書館で借りられるからこそ読んでみるという利用者はとても多いのです。また、図書館で読んでみてから購入するかどうかを決めるという利用者もいます。つまり、本当に手元に置いておきたい本なら、図書館があってもなくても市民は自分で購入するのです。図書館が積極的に本を貸し出すことによって、活字に親しむ層が増え、結果的に本が売れるようになるということはあり得ても、図書館が本の貸し出しを規制すれば本が売れるようになるなどというのは、まったくの幻想にすぎません。

ベストセラー購入の図書購入費に占める割合は、ごくわずかです
 取材のときには、町田市立図書館は、ベストセラーだけを購入しているわけでなく、図書館として必要な図書は、きちんと購入しているということを再三伝えました。また、ベストセラー購入の図書購入費全体に占める割合、ベストセラーの貸し出しが図書全体の貸し出しに占める割合が、いずれもごくわずかなものであることを実証したデータ(注)も提出して説明しましたが、残念ながら放送ではそれらのことには一切触れられませんでした。

(注) ベストリーダー一〇〇の購入費が、図書購入費総額に占める割合は、四・八六%に過ぎず(表一)、ベストリーダー一〇〇の貸出冊数が、図書貸出総冊数に占める割合は、一・三四%でしかない(表二、いずれも二〇〇一年度の実績)。

二・これからの図書館のあり方として取り上げられた例は、はたして適切でしょうか

市町村立図書館が分野による特化を始めたら、図書館の魅力は半減します
 神奈川県立川崎図書館が、自然科学、産業の分野に特化して資料提供している様子が取り上げられていましたが、市町村立図書館をバックアップする機能が中心である県立図書館だからできることであって、利用者に直接サービスしている市町村立図書館では、そのような特化はあり得ないことです。このことは、町田市立図書館六館にそれぞれ収集分野を分担させるということを想定すれば、まったく現実的でないということが分かると思います。例えば、中央図書館は、社会科学、さるびあ図書館は、歴史と文学、金森図書館は、自然科学を受け持つという具合です。利用者は、その分野を担当している図書館に直接出向くか、最寄りの図書館でリクエストをして取り寄せるかのどちらかになるはずですが、いずれにしてもたいそう不便になることだけは、間違いありません。しかも、もともと図書館を利用しにくい人たち(高齢者、障がい者等)が、ますます利用しにくくなるのではないでしょうか。
 それ以上に問題なのは、収集分野を分担した図書館が仮にできたとしても、それでは図書館としての魅力がまったくと言っていいほど、なくなってしまうことです。図書館を訪れるのは、特定の分野の本が読みたい、あるテーマについて調べたい等、何か目的があっての場合もありますが、特に目的はないけど、書架をのんびり眺めながら、おもしろそうな本があれば借りたいという場合も多いものです。そのとき、ふと目にとまった本との思いがけない、あるいは運命的な出会いを経験された方も多いと思います。それこそが読書の醍醐味であり、図書館へ行く楽しみでもあります。分担収集は、図書館の魅力を半減させることになるでしょう。
 神奈川県立川崎図書館のような分担収集は、管内の市町村立図書館へ協力貸し出しをすることが主要な仕事である都道府県立図書館ならではの工夫です。なお、放送で紹介されたネットワークについても、町田市立図書館は、都立図書館を始め、全国の図書館とネットワークを組んで、自館で所蔵していない本を取り寄せるサービスを行っています。もっとも、これはほとんどの公立図書館が行っているサービスで、目新しいものではありません。

浦安市立図書館でもベストセラーの複本購入を行っています
 浦安市立図書館のビジネス支援は、図書館のレファレンス機能を活用し、ビジネスに必要な資料・情報を提供しようというものです。確かに今重視すべき視点ですが、レファレンスサービスそのものは、町田市立図書館も実施しており、高い評価を得ています。今回の放送では、そのことについて何も触れてもらえませんでした。
 また、浦安市立図書館でも、ベストセラーは相当数所蔵しています。『ハリーポッターと炎のゴブレット』は、上・下各二三冊所蔵しており、上巻が二三七件、下巻が二三四件のリクエストを受けています。町田は、上・下各五〇冊所蔵していますが、上・下とも四七一件のリクエストがあります(いずれも、一一月一七日現在)。一冊当たりのリクエスト数の比率は、たまたまほぼ同じですが、町田市の人口は、浦安市の約三倍であることを考えるなら、町田市立図書館の購入が特に多いということにはならないと思います。
 更に、放送では浦安市立図書館が「大人へのサービス」を強調していることも紹介されていました。町田市立図書館も、少子化等の影響で児童の利用が減少し、大人の利用が増えていることは事実です。しかし、だからといって、子どもに対するサービスをないがしろにするつもりはありません。子どもは、将来の図書館利用者ですし、次の世代を担う大切な存在ですから、町田市立図書館は、児童やヤングアダルトに対するサービスにも引き続き力を入れていきます。

三・公立図書館は、何のために存在するのでしょうか

公立図書館を無料で利用できるのは、市民の権利です
 公立図書館の基本的な機能は、利用者が求める資料・情報を提供することにあります。図書館は、市民一人ひとりが必要な資料・情報を手軽に入手することで、より豊かな人生を生きるために存在します。だとすれば、新刊書や雑誌等についても、できるだけ豊富に揃え、利用者に提供するのが、公立図書館の使命ではないでしょうか。もちろん、予算等の制約がありますから、その限られた条件の中でいかに目的にかなう蔵書構成を作り上げるかが、私たち図書館員に求められる専門性の一つでもあります。
 図書館法第二条は、図書館の目的を「図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資すること」と規定しています。小説や趣味に役立つ本、生活に必要な資料・情報を利用者の権利として、無料で手に入れることができるのが公立図書館なのです。

貸し出しに対する批判は、何を意味するのでしょうか
 町田市立図書館は、一九六〇年代末から日野市立図書館をはじめとする多摩地域の図書館が先頭に立って実践した「市民の図書館」の理念を継承し、全国でも有数の活動を展開してきました。一九九〇年に待望の中央図書館が開館してからは、これまで十分できなかったレファレンス、地域資料やハンディキャップサービスなどにも力を注いできました。まだまだ、不十分なところも多くありますが、今日のようなサービスが可能になったのは、貸し出しやリクエスト制度の確立に力を注いできた結果、ようやく図書館の存在が利用者に浸透してきたからではないかと思います。
 かつて鶴川の地で、五〇年もの長きにわたり、農村図書館に始まる私立図書館の運営を続けた、故・浪江虔さんは、「市民の図書館」が全国に拡がった実態を「図書館革命」と名付け、高く評価しました。しかしながら、最近の風潮として、それを「貸出至上主義」「無料貸本屋」等と批判的に捉える動きが顕在化しています。その背景には、逼迫した自治体財政の問題などがありますが、先進諸国に比べて図書館が立ち後れている我が国の現状を更に昔の状態に後戻りさせる動きというほかありません。今回の事態も、そのような動きと無縁ではあり得ないと思います。

四・ベストセラーの複本購入は、どこに問題があるのでしょうか

出版物が売れないことを図書館の貸し出しのせいにするのは大きな誤りです
 改めて論点を整理してみます。今回の放送は、「ベストセラーをめぐる攻防〜作家vs図書館〜」というタイトルが示すとおり、作家・出版社と図書館の対立というように描かれています。すなわち、作家・出版社側は、「図書館がベストセラーを大量に購入し、貸し出すから、本が売れない」という論法です。これに対して、図書館側は、ベストセラーの購入費が図書購入費全体に占める割合や、ベストセラーの貸出冊数が図書の全貸出冊数に占める割合を資料により示し、それがごくわずかであることを実証しました。
 そのことが明らかになってきたため、出版物の売り上げ(右肩下がり)と図書館の貸出冊数(右肩上がり)を対比させ、「図書館が無料で本を貸し出すから、本が売れない」という見当違いの論法を持ち出すに至っています。そして、それが公共貸与権(公貸権)導入の主張に結び付いているのです。しかも、それだけでにとどまらず、「新刊書など市場で流通しているものは、図書館で買う必要はない」、「雑誌などは、個人で買うべきである」という飛躍した議論まで出てくる始末です。そのように主張する人たちは、一体どのような図書館を望んでいるのでしょうか。一部の利用者しかいなかった三〇数年前の図書館に戻せという主張なら、まったく話は別です。

町田市立図書館は、流通の仕組みから疎外されている本も購入しています

 市場に流通しない本、個人で買えない本、そればかりを揃えた図書館を一体誰が利用するでしょうか。確かに、地方で出版された本、小出版社から出された本は、市場のルートに乗りにくいために、個人で手に入れることは困難かもしれません。版元から直接購入しなければ手に入らない本もあります。町田市立図書館は、そのように流通の仕組みから疎外されている本も、地方・小出版流通センターから選定用の本を取り寄せたり、出版者から直接購入するなどの方法で選書の幅を広げています。

森羅万象にわたる資料を豊富に揃えることが図書館の使命です
 図書館を利用する動機は、人によって様々です。時代小説・ミステリー小説・園芸の本・スポーツの本といった趣味や娯楽のための本を借りる人、生活に必要な情報を得るため、本を書くための調べもの、学校の宿題その他の目的を持って図書館を訪れる人、あるいは、特に目的の本を探すためではなく、書架にどんな本があるか眺めながらおもしろそうな本を探す人、実に千差万別です。利用者層も乳幼児から高齢者まであらゆる世代にわたっています。だから、図書館は、森羅万象にわたる資料を豊富にそろえる必要があるのです。

五・町田市立図書館は、利用者とともに歩みたいと考えています

町田市立図書館は、分野ごとに選定会議を開いて購入する本を選んでいます

 町田市立図書館は、多くの利用者に満足していただけるような蔵書構成を心掛け、そのための選書を行っているつもりです。町田市立図書館では、各図書館の代表が文学・一般・児童の分野ごとに集まり、選定会議を開いて、原則として実際の本を見ながら購入する本を選んでいます。複数の職員が様々な要素を考慮しながら、総合的に判断しており、職員個人の好みや恣意的な判断で選ぶわけでは決してありません。購入に際しては、リクエスト件数や、多くの利用が見込まれるか等を判断して、複本の冊数も決定します。もし、更に多くのリクエストが殺到した場合は、追加購入冊数も決めます。

五〇冊購入しても、半年以上お待ちいただくことになります
 「ハリーポッター」のシリーズは、大変人気があり、リクエストが殺到することが分かっていましたので、今回の『ハリーポッターと炎のゴブレット』については、最初から上・下五〇冊ずつ注文しました。リクエスト件数を考えれば、五〇冊というのは、決して多い冊数とは言えないと思います。前述したように、利用者を半年以上待たせるわけですから、予算さえ許せば、本当はもっと購入したいところです。
 「フロー(流通)よりストック(保存)を重視すべき」という議論がありますが、現に流通している本を購入するからこそ、保存が可能になるのです。図書館は、新刊を含め、現に流通している本(流通しにくい本も)を購入し、利用者に提供することを止めてしまったら、保存自体が成り立たなくなります。
 もちろん、資料購入費は限られていますし、低額に抑えざるを得ない状況にありますので、今までのように豊富に複本を買えるわけではありません。そのような意味からも、限られた資料購入費をいかに有効に使うかという視点に立って、資料を選んでいく必要があることは確かです。

資料購入費は、図書館の「生命」です

 しかし、図書館の「生命」ともいえる資料購入費が、これ以上削減されることは、図書館にとって致命的な事態です。複本の購入を控えるだけにとどまらず、図書館として最低限揃えておく必要がある本も買えないという事態になることは避けられません。「個人が買えるものは、図書館で揃える必要はない」という主張を正しいものとして認めるのかどうか、利用者としても真剣に考えていただかなければならない状況に至っています。何故なら、町田市立図書館のこれからのあり方を決めるのは、自治体の主権者である利用者・市民だからです。
 いずれにしても、町田市立図書館は、今後も市民の多数の声を反映した図書館運営に努めるつもりです。市民の皆様が、今回の事態を正確かつ冷静に理解され、これまで以上に図書館を支援してくださるよう、よろしくお願いする次第です。なお、この件に関してのご意見やお考えをぜひともお寄せいただきたいと思います。

二〇〇二年一二月
町田市立図書館

【資料六】

NHK「クローズアップ現代の」貧困な図書館観

 

NHKの報道番組「クローズアップ現代」は、「ベストセラーをめぐる攻防〜作家vs図書館〜」を昨年一一月に放送したが、その内容たるや、取材を受け、できる限りの情報開示に努めた図書館として容認できるものではなかった。そもそも、「作家vs図書館」のタイトル自体が放送内容とはかけ離れており、看板に偽りがある。
 作家・出版社は、「図書館がベストセラーを大量に購入し、貸し出すから、本が売れない」と主張するが、町田市立図書館は、ベストセラーの購入費が図書購入費全体に占める割合や、ベストセラーの貸出冊数が図書の全貸出冊数に占める割合を資料により示し、それがごくわずかであることを実証している。ところが、NHKはそれを黙殺し、番組の後半で、これからの図書館の目指すべき方向を示唆する例として「ベストセラーの貸し出しに頼らない図書館」を二館紹介する。科学と産業の分野に特化して資料提供している神奈川県立川崎図書館と大人へのサービスに重点を置き、ビジネス支援に力を入れている浦安市立図書館である。
 これではまるで、町田市立図書館が、「ベストセラーの貸し出しに頼」っている悪い図書館の見本と言わんばかりである。しかも、これからの図書館の目指すべき方向とされている例も適切さを欠いている。利用者が求める資料・情報を提供するという図書館の基本的な役割を考えるなら、「ベストセラーの貸し出しに頼らない」図書館という発想自体が、NHKの貧困な図書館観を実証しているようなものだが、問題はこれだけにとどまらない。ベストセラーの貸し出しだけを問題にしているのではなく、「図書館が無料で本を貸し出すから、本が売れない」という飛躍した論法を持ち出し、更に公共貸与権(公貸権)導入を主張する作家・出版社に対しては、「ベストセラーの貸し出しに頼らない図書館」の例は、「貸し出しに頼らない図書館」でない限り、何の解決策も示していない、ということになるはずだ。
 コメンテーターとして登場した糸賀雅児氏の発言も適切さを欠くものであった。日頃、市場原理の導入を主張する氏から「市民の図書館」を見直す発言が出てくることは十分予測できることであり、そのことを知っていながら氏を登場させたNHKは、著しく公平さを欠いていると断ぜざるを得ない。もし、知らなかったとしたら、NHKの図書館観の貧困さを更に裏付けることになる。

(町田市立図書館 手嶋孝典)