ず・ぼん9 ●特集:図書館の委託 目黒区立図書館、窓口業務委託への対置案 目黒区職員労働組合教育分会/橋本策也 [2004-04-20]

東京都・目黒区では行革本部によって、図書館窓口の委託とサービスの縮小によって年間1億2千万円の経費削減をはかる、というリストラ計画が発表された。
目黒区職員労働組合教育分会は目黒の図書館の特徴をあげ、窓口委託の実務上の問題点を示しながらノルマとなっている「10%削減」の方策としても「委託」は適切ではないとして、他の経費節減の手法を対置した。その文書をここに全文掲載する。
あわせて、この対置案作成の中心となった教育分会書記長、橋本策也さんのエッセー「図書館労働をめぐる今日」を掲載する。

目黒区図書館の未来のために 「新しい管理運営体制等」分会対置案
目黒区職員労働組合教育分会
二〇〇三年一二月

目黒区職員労働組合教育分会●目黒区の単一常勤職員組合「目黒区職労」組合員中、教育委員会所属職員で組織(学校用務など=学校分会、学校給食=給食分会など他の分会に属するものを除く)。図書館・社会教育館・体育館・本庁舎教育委員会事務局職員などで働く組合員で構成。各セクションごとに役員の集まりを持ち運営。図書館職場(八館)の九名の分会役員と三〜四名の組合員で討議・検討を行ってきた。

1  はじめに

 目黒区行革本部は、二〇〇三年一〇月、目黒区行革大綱実施計画の改訂を発表し、二〇〇四年から二〇〇九年までの五カ年間で、職員二六〇名の削減を初めとするリストラ計画を発表しました。この中で区立図書館も窓口民間委託などを行うとしています。今回の計画改定は財政難の中で、各所管とも一〇%の経費削減をせまられ、図書館など少なくない所管では「人件費」しか削るものがないと各課長たちがリストラ計画を立案した形となっています。区役所全体の動き及び「財政難」の実態・原因については『区財政危機の真の原因とその打開に向けて』(二〇〇三年九月、目黒区職員労働組合)をご覧ください。

2  区委託・削減計画の骨子

 今回の目黒区第二次行革計画改定にともなう図書館サービスのリストラ計画は以下のようなものです。
1 CD・コミックサービスの削減
  「民間との競合」を理由に新規CD・コミックの購入を一六年度より中止する。
2 予約数制限の導入
 業務軽減を目的に予約数の上限を設定する(貸出と同数三〇点を想定)

3 図書館窓口を業務委託し、職員三八名を削減する。
 中央図書館以外は各図書館五名の常勤職員。非常勤職員は中央図書館と二地域図書館に配転。残り五館で窓口業務委託を一七年度より実施。
4 他方で全館祝日開館、自動貸出機導入、学校サービスの強化などを行う(ビルド=経費増)。
 差し引き年間経費一億二千万円の削減を行う。

3  公立図書館窓口業務委託の問題点

 現在計画されている、図書館の窓口の業務請負契約に基づく民間委託は、多くの問題点をもっています。二三区では少なくない区で委託導入が強行されていますが、他県では十分な検討の上その実施を見送る自治体もあります。ここで公立図書館窓口業務委託の問題点を考察します。

1 利用者への直接サービスに関る業務委託の実務面の問題点

(1) 利用者のプライバシー保護に対する責任が明確でない
 市民の思想や信条など精神的自由に深く関わる業務であり、利用者と図書館の信頼関係は、この利用者の読書の秘密がきちんと守られるということを前提に築かれます。この点で区職員には地方公務員法第三四条の「職務上知り得た秘密を漏らしてはならない」という守秘義務が適用され、この義務に違反したときは懲戒処分はもちろん、「一年以下の懲役または三万円以下の罰金」が科されます(地方公務員法第六〇条)。しかしながら委託職員にはこうした守秘義務は法的にはありません。もちろん区と受託者との委託契約に守秘義務を明記することは重要であり前提ですが、それでも民事上の責任が問われるにすぎないという不安があります。
 昨年四月に窓口業務委託を実施した東京のある区立図書館では、委託職員が図書館の予約者情報をコンピュータから勝手に取り出し、予約者の妻であると偽って、自己の借りたいと思っていた資料を借り出そうとする事件が起こりました。しかしこの場合も区行政は当該委託職員に対し直接懲罰を科すことはできず、受託会社に抗議し、てん末書と再発防止対策を求めるにとどまりました。また委託契約の解除もなされませんでした。(『都政新報』二〇〇二年一二月一七日による)
 (参考 箕面市図書館協議会答申「図書館業務の委託のあり方について」http://www2.city.minoh.osaka.jp/CYUUOULIB/

(2) 派遣職員の指揮命令系統がはっきりせず、窓口が混乱する可能性が高い。

 「業務委託では人材派遣とは異なり、市職員が委託職員を直接指揮監督してはならず、委託職員への指示は委託先の責任者を通してなされることになっている(職業安定法施行規則第四条)。そのため、カウンター業務など直接的な利用者サービスを業務委託している公立図書館では、委託職員が委託契約内容と異なる利用者対応を行った場合や、委託職員と利用者との間で、あるいは利用者間でトラブルが生じた場合などへの迅速な対応、専門性を十分備えていない委託職員への対応などに苦慮し、図書館運営、利用者サービスの円滑な提供に支障をきたしているという問題が指摘されている。」(箕面市図書館協議会答申より)

2 非常勤職員と業務委託の比較

 今回の窓口業務委託の目的は経費節減にあります。しかし目黒区の図書館でも行ってきた、常勤職員の一部を非常勤職員に置き換え、業務分担と協力の上に窓口業務などを遂行する方法は経費的にはほぼ同様の削減効果をもたらすこともできます。以下両者を比較します。

(1) 非常勤職員は図書館が直接人材を募集できます。論文提出を含めた書類選考、面接を経て採用されるため、より職務に適した優秀な人材を確保できます。また最低一年間の雇用契約のため安定した勤務状況が望めます。業務委託の場合どんな人材を採用するかは受託業者の判断です。図書館は実際勤務するまでまったく関知できません。またチーフクラスを除いてアルバイト対応のため頻繁に人が変わる可能性があります。実際、他自治体図書館の例では数日単位で人がコロコロ変わってしまうケースも見られます。

(2) すべての業務はおおよそマニュアルに沿って行っていますが、事務改善や運用の変更を日常的に行っているのも現実です。非常勤職員は定められた業務の範囲内であれば、常勤職員が直接指示したり、ミーティング等で確認するなど柔軟な対応ができます。業務委託の場合原則として仕様書に書かれていないことはやりません。逆に仕様書に事務改善や運用の変更が縛られて身動きが取れないという本末転倒の事態も予想されます。

(3) 非常勤職員は経験を積み重ねることによってスキルアップが図れ、常勤職員と一体的に業務を行うことが出来ます。雇用期間もはっきりせず体系的なスキルアップを望めない業務委託による派遣職員との能力的な差は歴然です。

4  目黒区立図書館のサービスと窓口業務委託

 これら図書館窓口業務委託の問題点以上に、目黒区の図書館に導入することには、目黒区の図書館の特色、先進的形態ゆえに多くの問題点が伴います。

1 目黒区立図書館のサービスと図書館業務の特色

 目黒区の図書館はコンピュータシステムの導入とともに、従来の公共図書館のあり方とは異なるコンセプトのもとに「図書館システムを」構築してきました。その特色は次のようなものです。

(1) 区内の図書館で貸出した資料は区内のどこの図書館でも返却することが出来る

 それまで自治体公共図書館での資料はそれぞれはっきりとした所蔵館を持っており、貸出・返却はその図書館で完結していました。借りた資料は借りた図書館へ返さなければなりません。借りた資料を違う図書館で返せる図書館もありますが、その資料は配本車などでもとの図書館に必ず戻ってきます。目黒区はその従来の考え方を一八〇度回転させて目黒区内で借りた資料は目黒区内のどこの図書館でも返せることにしました。また、返された資料は原則として返された図書館の在庫となります。

(2) コンピュータ端末で蔵書情報のみならず出版情報の検索もできる

 多くの自治体公共図書館のコンピュータによる資料検索はその自治体で所蔵している資料の検索しかできません。そのため、リアルタイムの出版情報を得るには別のツールを利用しなければなりません。いまでこそインターネットで様々な出版情報を得ることができますが、各自治体で図書館コンピュータシステム化を導入し始めた当時は、インターネットを業務に利用したり利用者にその情報を提供することなど想像もつきませんでした。出版情報を提供することによって、目黒区立図書館は単なる閉じられた図書館システムから現在のIT化時代の情報システムへの先駆け的な画期的なシステムとなりました。

(3) 各図書館の資料費を一本化して集中選定・執行する

 それまで各地域館は各図書館で予算を持ち資料を執行していました。その図書館の蔵書構成はその図書館の資料費でまかなうという考え方で、現在でも一般的な自治体公共図書館の考え方です。目黒区は区全体の図書館をひとつの図書館と見立て、その大きな枠の中で資料を選定・購入しています。このことによって無駄な複本購入をしないですんだり、全館的な視点に立ったリクエスト対応など、効率的な資料費の執行が可能となりました。

2 利用者参画型の図書館

 上記のようなシステム上の特徴をもつ目黒区立図書館のコンセプトは以下のように要約されます。

*「区内のどこの図書館からでも区内の蔵書を短時間で取り寄せることができるため、区内全域で均一的なサービスを提供する。——蔵書の少ない小規模館のハンディがすくない——
*「所蔵の有無に関わらず、出版情報を提供することによって利用者はより能動的な資料に対するリクエストに対応できる。」
*「全館分の資料を集中的に選定・購入するため、複本調整やリクエスト対応を効率的に処理することができる。」
*「他自治体(東京都下)との相互貸借を当初より積極的に進めて、出版情報からのリクエストに対応するシステムがある。」

 このようなコンセプトのもと、目黒区の図書館利用者の特徴として非常に能動的に図書館を利用することがあげられます。単に目の前の書架にある資料を借りていくだけでなく、他の図書館の資料の取り寄せ、貸出資料の予約、出版情報に対するリクエスト等を通じて、積極的に図書館システムを使いこなしていく利用者が多いことが大きな特徴です。

3 目黒区立図書館のカウンター業務の特徴と業務委託

 窓口では資料の貸出・返却以外に利用者が自ら積極的に予約した資料の問合せや、出版情報の確認、他自治体図書館に対する資料検索など多種多様なやりとりが発生します。加えて読書相談・調査研究学習を目的としたレファレンスが窓口で業務として発生します。また大きな特徴としてそれらのやりとりや業務が個別的に発生するのではなく複合的に発生することが挙げられます。利用者が返却した一冊の図書、予約した資料の受取からストーリーが始まります。返却した資料の類書、同じ著者の著作物、それらの資料フ目黒区内の蔵書確認、目黒区内になければではどうする、など貸出・返却の業務からその利用者個々のストーリーへと発展していきます。中目黒駅前・八雲中央図書館では貸出・返却カウンターと予約・レファレンスカウンターとを分離して業務の交通整理を行っています。物理的にカウンターを離すことによって貸出返却業務と予約・レファレンス業務とをそれぞれ特化してその業務に即した職員配置をしています。しかし、それでも貸出返却カウンターを貸出返却業務に純化することは困難です。利用者がこれから返す資料・これから借りる資料を目の前にしながら、前述の多種多様なやりとりに発展するケースが数多くあります。これらのケースは本来予約・レファレンスカウンターに引き継いで処理がなされるべきです。しかし、貸出・返却が処理として伴う場合、貸出・返却カウンターで予約や相談まで処理することが多々あります。引継ぎが利用者にとって二度手間になったり、正確な引継ぎが困難な場合が多いからです。ましてや、貸出・返却カウンターと予約・レファレンスカウンターがそれぞれ物理的に分離していない分館(旧地域館)では、貸出・返却業務と予約・レファレンス業務が一体となって行わざるを得ません。
 このような目黒区立図書館のシステム的な特徴、利用者の特性、その結果としてのカウンター業務の多種多様性の中で、貸出・返却業務(簡単な検索業務を含む)に純化した業務委託は目黒区立図書館にはなじみません。能動的積極的に図書館へ働きかけてくる利用者のニーズは一人一人ことなります。それに伴って数多くの事故やトラブルが多発しています。マニュアルや仕様書で解決できない事態が連日のように起こっています。それだからこそ、普段からの不断の事務改善が必要であり、個々の利用者への適切な対応が求められています。現在、常勤・非常勤職員の協働体制でこのカウンター業務にあたっています。個々に発生する様々なケースに対して迅速になおかつ適切に対応するには、同じ土俵で問題意識を共有化する必要があります。受託業者が介在し、仕様書とマニュアルの枠の中でしか業務を遂行できないカウンター業務委託職員は目黒区立図書館のカウンターに立つことはできません。

 

5  窓口民間委託への対置案

 私たち目黒区職員労働組合・教育分会・図書館問題PTはそもそも図書館の運営に関する経費を一〇%削減することは以下の理由により妥当性はないと考えます。

1 区財政の危機は規定経費の一〇%削減のみではけっして解決されない。今後の財政運営のあり方の見直しが不可欠である。

2 仮に全庁的に削減が必須であるにしても、全部局が一律に削減を行うのは適切でない。図書館行政はより効率化を図る必要はあるが前提的にはよりビルドすべき部門である。

3 削減案をつくるにあたって、「職員参加」の手法がとられたが、質問にも答えずまた他部局に及ぶ改革案は無視し、「窓口業務の民間委託」にのみ固執する数字作りの姿勢に終始した。今後の労使交渉や住民協議でも「案」に固執する狭い「財政難対策」に陥る危険が多い。

 しかしここではこれらの前提条件をとりあえず留保し、一〇%削減の方策としても「窓口委託方式」が適切でないことを明らかにするために、他の手法を三つの案として提起します。
(A案・B案・C案)

A案
委託より非常勤職員拡大で経費節減を
●目黒区図書館の特徴を生かしより一体運営を強める案

最悪のアウトソージング手法である窓口民間委託の方法を取らず、2002年スタートした八雲中央図書館以下8館体制の基本(常勤・非常勤職員の役割分担と協働体制、全館の流動的職員配置、中央館への業務集中など)をさらに工夫を重ね前進させる。常勤職員削減、現在非常勤職員が担当している図書装備などアウトソージングが適切かつ可能なものを外部委託し、非常勤職員をカウンター業務に振り当て増員により人件費削減を行う。
全館の一体運営をおこない流動的執行体制をより強化する。

◎資料装備の外部民間委託を行う 資料費(約8500万円)の12%=1000万円で十分可能
◎現在 資料装備に当たっている部分の非常勤職員を各地域館に振り当て、さらに若干の増員を行う。八雲中央図書館から12名程度の非常勤職員の削減が可能。
 (資料装備委託の方法は八雲中央図書館内での作業場所の提供による方法など、様々な形態が考えられる。雑誌装備など短時間に大量の人手を要するので業務委託に適する。また増員に当たっては、現行の短時間型非常勤職員雇用以外にも「臨時職員(学生アルバイトなど)」など様々な形態が考えられる。
◎これらにより各図書館の常勤職員を削減する。
◎非常勤職員の配置転換に当たっては、交通費支給の改善など条件整備の上、合意形成をはかる必要がある。労働条件の整備に加え、職員との一体運営体制強化のために研修機会の増大や館打ち合わせへの参加などを図ることも必要である。

より具体化した案では

●スクラップ=削減
◎常勤職員(16名)……13904万円
(一人当たり869万円=館長会資料より)  
図書館長案にあるサービス低下をもたらす資料費などの削減(新聞雑誌(50万)コミック(50万)予約サービス等)は行わない。

●ビルド=増額
◎資料装備委託……約1000万円
◎非常勤職員拡大(8名)……880万円
(一人当たり約110万円)

●純減 12024万円

●イメージ
八雲=常32/非14 大橋=常6/非6
中目=常9/非9 センター=常8/非6
守屋=常8/非6 本町=常9/非6
洗足=常6/非6 緑=常8/非6
合計=常86/非61

◎各地域館6名の非常勤により毎日3名の非常勤職員が勤務する状態となる。
また常勤職員は、6名館=平日4、日曜3、8名館=平日5、日曜4の当番体制を組む。
これにより、カウンター体制は常勤2+非常勤1の体制を終日維持する。
中目はほぼ現行。八雲は地域館の2倍の人員量でカウンター体制を組み、常勤職員16名分の業務が中央館業務となる。

B案

効率的な開館時間・曜日設定で経費節減・資料費増額を
●需要にあわせた開館時間設定で無駄を省く案

我々、組合・分会は現行の新中央館以下8館、常勤職員102名体制の発足に当たって、より効率的な体制を提起し、分会対置案・パンフレットの作成などを行ってきた。例えば自動貸出機の積極的導入などの提案は現在の体制にも生かされている。この延長上に開館日・時間の見直しを「聖域」とせず、現状にあわせより効率的に行うことで、経費削減を図る方法を提起する。
基本は、需要にあわせ効率的な開館時間を設定することである。

◎中目黒駅前図書館は、月曜開館を行い、通年開館を実現する。

◎小規模館である大橋図書館・洗足図書館は開館時間を縮小し、人的資源の投入を削減する
◎代替措置として、現行のインターネットによる予約体制をより強化し、携帯電話からの予約、コンビニエンスストアでの資料受取(有料)、メールによるレファレンス・読書相談などを行う。
◎職員のさらなる一体的・流動的執行体制を取ることにより常勤職員削減を行い経費削減を図り、さらに資料費増額を実現する。
より具体的には以下のような時間曜日設定が最も効率的と考えられる。

全館の一体的執行体制を基本に人員配置を行う。

●八雲中央図書館…朝10時開館…平日21時…日曜6時まで…月休
●中目黒駅前…朝10時…平日21時…土・日曜6時まで…月曜も開館
●守屋・本町・センター・緑…朝9時…平日19時…土・日曜5時まで…月・祝休
●大橋・洗足…全日朝10時開館…18時閉館…月・木・祝閉館

●イメージ

八雲=常32/非14 中目=常?/非9
大橋=常?/非6 センター=常?/非6
守屋=常?/非6 本町=常?/非6
洗足=常?/非6 緑=常?/非6
合計=常86/非61
※?部は合計で40名程度を想定する。

これによりA案同様の削減効果を生み出し さらに常勤職員2名分=1700万円程度の資料費増(現状の20%アップ)を行う。

C案
地方独立行政法人への移行を検討
●拙速な民間委託でなく将来を見据えて経営合理化の検討を

今日では図書館の「窓口委託」が「大流行」しているが、おそらく数年後には成立した地方独立行政法人法にもとづく独立行政法人での運営が「流行」するだろう。民間活力の導入を図るとしても、利潤を生み出す余地のあまりない図書館行政などは「改革」が図りにくいとして、この独立行政法人による「改革」の選択肢が用意されたといえる。民間では 業務部門の別会社化とそれへの転籍による「リストラ」がさかんであるがそれに通じるものである。

 今日において図書館の一体的運営をそこない、利用者・住民に責任を果たさない「最悪のアウトソージング」手法である「請負契約による窓口民間委託」を選択するよりも、おもいきって独立行政法人に移行することを十分時間をかけて検討することが適切である。

●メリット(反面デメリット)
◎業務に対する一体的な運営体制は確保できる
◎流動的な雇用形態を、直接責任を持って実行できる
◎基本的には図書館で働き続けることを希望したものには雇用を継続することができる(いったきり役所に戻ることは想定しない)

◎公務員身分を残すか否かは選択の余地があるが、全く別の賃金体系をとりうる(常勤職員の
「賃下げ」につながる)
◎現行の常勤職員と非常勤職員との間の賃金・労働条件の大きな格差を、中間的職を設置するなどにより縮小を図れる。

総合的にはNTTなどの例に見られるように基本賃金の1〜2割削減と引き換えに、転籍労働者の雇用保障と仕事内容の継続保証を行うことが考えられる。もとより公務員制度そのものにかかわる問題であり、慎重な検討が必要であるが、拙速な委託導入を図るより、2・3年かけて検討を行い、思い切った改革案を提起することが得策ではないか。その際には以下の2点もあわせ検討する必要がある。
◎住民参加・住民監視(外部評価など)の方法を検討する

◎目黒区のみにとどまらず、広域化の方向を検討する

図書館労働をめぐる今日
橋本策也
二〇〇二年六月

はしもと・さくや●一九五四年生まれ。現在目黒区職労支部執行委員(共闘部長)、教育分会書記長。中・高と図書委員長を歴任? 某大学図書館勤務(二年)などを経て区役所就職。二五年勤続の表彰状(昔は時計がもらえたが)をもらったところ。区立図書館では四館・一図書室で合計二二年間仕事をしてきました。運転免許も教員免許も免許・資格と名のつくものは何もない司書無資格者。児童担当・コミック担当・予約担当・システム開発・新館準備などなんでもこなす。現在は銭湯めぐりが趣味。

はじめに

 今年(二〇〇二年)の五月連休は、私が働く目黒区立図書館では全て開館。五月六日から二週間かけてコンピュータの入れ替えのため休館する「見返り」に臨時開館しました。
 さらに私が働く中目黒駅前図書館は、もう一〇日休んで、六月一日より現在の場所から環状六号線(山手通り)をはさんで反対側の再開発ビル地下一階に移転OPENします。そうなると、朝一〇時から夜九時四五分まで開館することになります。(現在は朝九時から夜七時開館)。六〜七月は夜をカバーする「遅番」四名体制を計画していますので、今原稿を書いている時間はまだ帰宅電車の中。
 図書館で働いて約二五年、追いかけ、追いかけられの変化・変幻の日々でした。図書館の話をすると、その人がいつ図書館に関わったかという時期によってその印象が全く違っていることが多い。「図書館界」といわれる所の論議がわかりにくいのは、このギャップが大きいからではないでしょうか。

 最新の働くものの日常と、私自身の取り組みを通して、図書館労働をめぐる問題をともに考えて生きたいと思います。

図書館はどうしてできるのか

 私の働く「目黒区立中目黒駅前図書館」は、一九七七年東横線の中目黒駅から改札を出て約一〇〇歩の駅前交番の隣に開館しました。交番とともに都営住宅の一階にあります。当時目黒区立図書館は四館。都営住宅建設の地元への「見返り」として区立施設が入ることになり、地元の要望で図書館が作られました。
 図書館の建設には今も昔もほとんど国からの補助などはなく、地元自治体の一般財源からの持ち出しです。したがって用地の寄付とか、自治体施説の跡地活用とか、原発・基地などの見返りとか、といったケースが多数見受けられます。またこれらの場合、土地の活用方法を地元住民の要望を問えば、「特定少数」でなく誰でもが日常的に利用できる施設として、図書館を望む声が多く出ます。ところが、行政側や行政体の一員としての図書館からすると、図書館建設はまず自治体の中央部(役所の近くだったりする)に一館、ついで「地区ごとに整備」といった計画により「○○センター併設」といった複合施設になることが多く、結果として、人々の日常生活導線を無視した住宅街や畑の中に聳え立つことが多い。
 一九六〇〜七〇年代、市の規模の自治体は図書館一館建設を終え、複数館整備の時代に入りました。ここで目黒区でも計画外だった中目黒駅前図書館は『駅前』を特徴とした図書館としてスタートします。その後全国に『駅前』図書館が続々と生まれていく先駆けでした。

「駅前図書館」が意味するもの

 図書館の話をすると、「受験勉強に通った」経験からイメージをスタートさせる方が必ずいます。「図書館は静かなところ」で図書館員は「本の番人」という感覚です。今多くの人が「美術館」や「博物館」の仕事に抱くイメージと同じです。実際二〇年前には図書館でカウンター勤務に着きながら「資料研究」と称して読書も不可能ではありませんでした。さすがに自治体に働く人には、今日の図書館労働がそう「優雅」なものではないということが浸透してきているようです。 目黒区では再任用制度発足に当たって、労働組合として再任用にふさわしい職場の創設を求めることにしました。私は「保育園では体力が持たない」という保母さんたちに「図書館での週三日カウンター勤務はどう?」と水を向けたのですが、「やっぱり体力勝負でしょう?」と二の足を踏まれてしまいました。
 「駅前図書館」がもたらした利用者の意識の変化は何でしょうか。
・図書館は本を見るところではなく、本を借り、予約して取り寄せる所。
・静かな受験勉強の場所でなく、買い物のついでや仕事の昼休みによる所。

・受験生やインテリだけでなく、赤ちゃんからOL、お年寄りまで誰でも来る所。
 これらを最も特徴的に打ち出したのが「駅前図書館」でした。
 中目黒駅前図書館には「机」はひとつもありません。住民の過半数は貸出登録をして本を借りたことがあります。また通勤圏の拡大で登録者は関東一円に広がっています。「蔵書」の三割はたえず貸出中です。
 したがって簡単に読みたい本が棚に並んではいないし、わずか四〇〇平米強の「駅前図書館」にある本は区内蔵書の五%ぐらい。「予約」をして取り寄せるのはあたりまえで貸出冊数の一五%、来館者の三分の一ぐらいは予約資料を受け取りついでに、あるものも借りていきます。
 「駅前図書館」がもたらした利用する人々の層の拡大、「日常化」が地域図書館全体に広がっていきました。「図書館界」には「図書館は貸本屋とはちがう」という高尚な論議がありますが、自治体内部での図書館の位置はまず無料貸本屋としての「お客の多さ」によって決まるといえます。区への苦情・意見の半分近くが図書館関係になり、議会でも所管委員会のみならず予算委・本会議でも毎回の如く図書館長が答弁に立つ目黒の状況は、まっとうに図書館が仕事を進めていけば全国どこでも訪れるでしょう。
 行革リストラをめぐる図書館への攻撃は、この図書館の自治体内での位置、住民への図書館の浸透度とのスピード争いにより、その姿と到達点を決めてくるようです。

 東京の区部における図書館利用の数量は資料貸出数など、ほぼ同規模の図書館先進地ニューヨーク市にならびました。図書館が自治体経営の重要課題になってきています。

まずは委託攻撃から始まった

 さて我が中目黒駅前図書館は、この一〇年雨漏りに悩まされてきました。上には住宅があるので、屋根はないのですが、いずこからともなく水が湧き出し天井裏が湖になり、いきなり崩落する。全面改修といっているうちに、バブル期の街全体の再開発計画が「民間ベース」では頓挫し、その後始末に役所が巻き込まれ、図書館の移転が計画されました。距離的には二〇〇メートルほどですが通りをはさんだ反対側の商店街に「集客力」を見込まれて、「区の施設なら図書館をぜひ」と呼ばれたのです。役所としても当時「地域総合開発起債」制度を活用できれば、建設費の全額起債がOKで、さらに起債元利返済の九割を都が財政補填してくれる、というので飛びつきました。さらに施設を「情報センター」のようなものにすると九五%に補助額がアップするようだという所から、「図書館でなく図書館機能も併せ持った全面委託施設」という構想がひねり出されました。

なぜ「委託」なのか

 まず前提として、図書館が求められていることがあります。それも「お飾りの文化施設」としてでなく、自治体内に複数展開し、日常的に「使える」図書館が。

 しかし学校や保育園と違い、社会教育関係施設は法はあるが設置基準はない。財政的には自治体の自主財源によるしかない。したがって「安く」あげて、二つ、三つと一定の館数を確保することが必要となります。
 つぎに、図書館はひとたび作ればランニングコストがかかります。教育・文化あるいは福祉施設建設は、社会的インフラの整備にあたりますが、道路や下水道とちがい、運営経費をかけ機能させ続けなければ意味がありません。本来、ホールや美術館・博物館建設も「ハコモノ行政」であってはならず、デラックスな外観より長期にわたる運営経費を重視すべきですが、そのようには理解されていない。しかし少なくとも図書館は建てるだけではすまないことは理解されています。
 そして図書館の運営経費を分析すると、そのほぼ八割は何らかの「人件費」です。自治体の仕事の大半も「人件費」が最も大きいのですが、図書館の場合、全国的なあるいは都道府県の設置基準も職員配置基準もなく、専門職の必置義務もない。裏返しに人件費に対する補助金はなく、ほとんど「規制」がないため、「分権」で決められる。自治体内での図書館の役割・比重が大きくなればなるほど、図書館経営、端的に言えば人件費の圧縮が、自治体経営の腕の見せ所となります。(逆説的にいえば、図書館が自治体内に一つか二つ「お飾り」的にあって、市民もあまり寄り付かないような運営をしていれば、「お飾り」の範囲で労働者も安泰。リストラのメニューは資料費削減とサービス縮小ですみます)

夜間・休日開館の要望

 さて、図書館の人件費圧縮をどう行うか。単純な「人減らし」=定数削減では実際仕事量が増えている中ではたかが知れている。大幅削減には委託、非常勤化となるわけですが、それだけなら自治体職場のどこでも同じこと。各自治体ごとに、「税務部門の派遣労働化」「電算部門の一括アウトソージング」など『何でもあり』の今日の状況は、その全てのメニューを一自治体にあつめたら、職員数は半減する。しかしそれら「個別的」リストラ以上に、共通テーマになっている図書館リストラの特徴は図書館労働のあり方によっています。

 まずわかり易いところでは、幅広い市民が日常的に使う図書館は、市民が仕事や学校に行っていない「休み」の時に開館することが必要です。土・日や夜間など役所がやっていない時間帯の労働が必要です。この労働を「正規常勤公務員」がこばめば、正規常勤でないか、公務員でない労働者が働くしかありません。
 私の中目黒駅前図書館の委託問題も、夜一〇時まで他の施設、再開発ビル全体との関連で開館が再開発組合・議会から求められたことが発端です。区当局に言わせれば、「夜一〇時までの勤務は区の職員では困難、労働組合との交渉も難しい、よって委託化も含め検討する」。ここからスタートすると、流れは「区の職員=組合員の勤務は求めていない。施設をどう開館するかは管理運営事項であり、区職員が勤務しないなら労使交渉事項ではない」となります。目黒区当局は、ひとつの図書館を丸ごと財団などへ委託する形で、組合の抵抗を避けるために、「駅前での長時間開館の必要性から行うもので他の図書館には波及させない」「図書館法による図書館ではなく類似施設。図書館機能の一部を担保するだけだから委託で可能」とし、図書館の組織・職員をはずした形で検討を進めました。
 職場では、「夜一〇時までなんてごめんだ」「勝手にやらせれば」「図書館ではないのだから」という意見も出ました。抵抗する労働者が存在しないままに、このような図書館類似施設が作られている自治体は少なくありません。図書館は「お飾り」として守られ、そこに働く正規常勤職員は傷つかない。それでよいのか?

夜や土日はアルバイト

 日本の公共図書館はほとんど自治体立でそこに働く労働者は正規常勤公務員を中心としてきました。しかし図書館サービスが量的に拡大し、幅広い市民の求めるものとなるにつれ、夜間・休日開館の要望が出される。他方で正規常勤公務員は「時短」「週休二日制導入」が進められる。ここで多くの図書館で、土日や夜間はアルバイト職員が中心の運営がとられました。正規常勤職員は一人もいない、あるいは一人二人はいても事務室に引っ込んで「管理」している。このことを労働者も労働組合も許してきた。だとするなら平日の昼間も労賃の高い正規常勤職員は不要なはずです。すでに図書館があり、そこに正規常勤公務員が働いている場合、全ての図書館を丸ごと委託することには抵抗感がありますが、ひとつの新設館とか、一部業務とか、中央館以外の分館から委託が進むと抵抗ができないことが多い。それはすでに開館時間ひとつとっても、もっとも忙しい土日や、いろいろなお客が来て「困難」性が高いはずの夜間から、正規常勤公務員が撤退していくことから始まっているといえます。

一館一〇時までより全館の一時間延長を対置要求

 目黒の図書館では、かなりのアルバイト雇用をしてきましたが、本の装備(図書館用に本にビニールをかけるなど)を中心にし、夜間は事務室を空にしてでも正規常勤職員が直接利用者と接する運営を取ってきました。土日は最低限の要員数に限定し、利用者への直接サービス以外の内部業務はしない。ずれ勤を基本とし超過勤務による処理をさけ、係長含め均等に土日・夜間勤務を割り振る。ぎりぎりのところで人員要求闘争は一進一退を繰り返す=あきらめずにしつこくやる。一言で言えば「合理性」に基づく合意形成です。この延長線上で、夜一〇時まで開館という提起に、労働組合としては全館の時間延長を持って対置要求としました。
 全館からの役員・有志による組合のプロジェクトチームで時間帯別利用状況などを分析し、要求案を持って各館で職場討議を行いました。結果としては中目黒と中央館二館のみの時間延長で終わりましたが、この対置要求は、図書館の全ての正規常勤公務員に自らの問題として、時間延長要求を投げかけ「撤退」でない道を探ること、「合理性」を軸に図書館運営を考えることで市民と向き合うことを可能にしたと思います。

図書館で働いているのは誰か?

 こんな職場での取り組みと平行して、市民運動で委託阻止を行ったわけですが、このような「抵抗体」が形成し得た条件は、職場に「図書館屋」がおり、組合運動と切り離されていなかったことにあります。図書館で働いているのは誰か、自治体によってこれは大きく違います。東京二三区の場合は、「図書館司書」という職は存在せず、全て事務職です。したがって三年で全員が異動し「図書館屋」がいない区もある。

(「図書館屋」とは、「司書」という資格が乱造されており、資格を持っていても図書館で働いていない人が圧倒的という状況もあり、私は究極的には主観的なものが決め手。例えて言えば海外旅行に行って、入国申請の職業欄に PublicServants(公務員)と書くか Librarian(図書館員)と書くか、少なくとも迷う人が図書館屋だと思っています。)
 他方、二三区以外では「司書職」が資格要件の元に採用、発令されている所が多いのですが、その場合にも実際に図書館で働く労働者のうち何割が司書であるかはまちまちです。自治体内で人事異動により図書館にやってくる人が大体どこにもいます。他方「司書」の資格が比較的とりやすく、短大などでも「おまけ」についてくる。例えば役所の中にも教員資格と同様、有資格者はたくさんいます。 また仕事の上で「商品知識」は欠かせないのですが、こと「本をどの程度知っているか」は千差万別です。実際の図書館の労働現場は、さらに再雇用・再任用職員や非常勤・臨時などさまざまな人が働いており、「専門性」が何かは置くとしても、ごった煮状態。こんな中で、「商品知識」が主には蓄積によることと、冒頭に述べたように、少なくともこの二〇年ぐらいは、変化の激しい職場でしたので、現段階では「年季」がメルクマールになる。司書職で異動がなく図書館に居続けられた方が有利です。
 さて目黒では、司書職制度がない中で、人事異動における本人希望の尊重を労使確認する中で、図書館外への強制異動をとどめてきました。東京二三区ではほとんどの区で、図書館に長期「滞留」している職員を他部局へ強制的に異動させる攻撃があいつぎ、二〇年選手が生き残っているのは数区のみ。毎年、「今年はもめるか」と身構えて人事異動の時期を迎えていますが、ここ数年は一旦他部局に出ても、けっこうきつい図書館に戻ってきてくれるケースが多く、なんとかそれなりの「図書館屋の集団」を維持しています。この間の経過は 図書館問題研究会「みんなの図書館」(一九九九年二月号、教育資料出版会)に書きました。

「労労関係」を意識して

 図書館の職場に自治体リストラへの抵抗体があるか? そもそもなんで図書館でずーっと働いていてはいけないのか? 役所の論理は「多くの職場を経験して、自治体職員としての能力UPを」というものです。職員像としてはゼネラリスト志向。しかし現在の二三区などでは大量の「団塊の世代」とそのちょっとあとの職員があふれており、ゼネラリストとしてみんなが係長になり、なんて無理なのに。図書館ばかりでなく 福祉分野などもスペシャリストとしての公務員人生のコースも作るべきだ。そんなことをいって係長試験を受けない。それも図書館の場合、けっこう「高学歴」だったり、弁も立つ。役所からすると「扱いにくい」職員の巣窟となっているところが疎まれるようです。

 さて同時に、役所ばかりか組合からも図書館職場は疎まれることが多いのではないでしょうか。企業別組合の役員が、企業内人生をゼネラリスト的に志向するのは必然かも知れません。また正規常勤公務員組合の組織や運営が官僚機構のそれに倣うのも必然でしょう。役所から疎まれるような労働者は組合にも合わなくなってしまい 図書館職場は「反主流派」の巣窟と言われたりする結果になるか、組合とは疎遠となるか。そして正規常勤公務員組合は正規常勤公務員の利害を代表せざるを得ない。夜間の、休日の、カウンターからの、図書館からの、正規常勤公務員の撤退を組合がとどめるのは、簡単ではない。また自治体経営を考えたとき、「よい委託」ならそれも選択肢とするという発想は、係長層にひろまっています。
 目黒区においても、「中目黒駅前図書館の委託化」の話が持ち上がったとき、組合として「直ちに反対運動に立ち上がった」わけではありません。当局側からは提案がないまま、その時点で組合員の意見を公平に問えば、先に述べたように図書館本体が傷つかないなら「やむなし」の声が多く出されたでしょう。組合として、役所と違ってトップダウンではなくさまざまな意見を闘わせて方向を決めるためにも、住民の声を聞くことが必要でした。また職場労働者と職場の組合役員間、職場の組合役員と単組=役所全体の組合執行部間の関係——私は「労労関係」という言葉を使いましたが——を労使関係とは別個に絶えず意識して、必要な取り組みを行う(執行部の提起する一般的なビラまき・動員にも協力して「点数を上げておく」などといった姑息なことも含め)ことも必要です。

なぜ「委託」「非正規化」に反対するか

 様々な観点からの意見があります。ここではその「おさらい」をするのでなく私自身がこの五年ほどの間で強く意識し、理解されたかどうかわかりませんが主張してきた、日本の社会での女性労働の問題からの視点を提起します。
 日本の労働者をめぐる状況で、最大の問題のひとつが「階層化」、世界レベルで見れば十分高級取りな「正社員」「常勤公務員」と、不安定雇用「パート」「非常勤」の格差・分断です。私も守られた「常勤公務員」の一員で、海外旅行にもたびたび行き、子どもたちを大学に通わせ、まあお金に不自由しない暮らしです。しかし同じ職場で働く非常勤職員と時給レベルで三倍の格差がある。さらにこの格差が「性差」とオーバーラップする。パート労働は圧倒的に女性によって担われており、この格差・階層化は世代を超えて拡大しています。

 まがりなりにも、公務員の世界は男女平等を原則としてきました。現在四〇歳代になろうとする役所の同僚女性達にとって、格差・階層化からの脱出口が、公務員であり、「保母」「看護婦」「司書」などの専門職でした。九〇年代以降、自治体リストラの主要なターゲットが、この女性労働を中心とした公務・専門職種に向けられています。学校給食・ホームヘルパーなどの「現業職種」系に始まり、保母、児童館職員などの専門職種にいたる過程で、事務職の中での「司書」などの「準」専門職の低賃金化が図られようとしている。「福祉」「教育」の分野での労働の拡大が、男女平等を基本とした公務・公共的労働形態によって担われ拡大することが求められているからこそ、逆に図書館の委託問題が戦略的共通課題としてどこでも出てくる。基準も補助金もない図書館を突破すれば、あとは「規制緩和」の名目で専門職の配置基準や施設設置基準を廃止・緩和しさえすれば「自治体経営の問題」として保育園でも福祉施設でもリストラが進む。そのことは日本社会でのジェンダーによる労働格差の拡大をもたらすのであり、自治体としてもとるべき道ではない、これは私にとって譲れない点だと思っています。(参考にお勧めする本、熊沢誠『女性労働と企業社会』二〇〇〇年、岩波新書)

「職員問題」を職場で
あるいは市民と討議する

 職場では「司書」「図書館労働」の安売りに反対しようと呼びかけました。「司書」資格を持っている労働者は三分の一ですが、その人たちには「ギルド」が必要ではないかと、また役所からの異動組には、図書館で働いてみてこの仕事は役所の仕事の三分の一の時給で担うべき仕事なのかと、職場討議で問いかけました。
 「司書職制度を要求する」ことの是非を二〇年来ではじめて職場討議しました。「働かない司書は要らない」など結構厳しい意見も出る中、常勤職員が「専門職」として認められない限り、「専門職非常勤制度」=司書有資格者を非常勤職員として採用し図書館労働の中核に位置付ける=は、雇用止め(目黒では勤続六年で首切り)や低賃金の問題があり認められない、という組合としての一致点を作りました。

 また市民・利用者へも委託反対の取り組みの中で、この「職員問題」「専門職制度問題」を、学習会を開催するなど職員の側から積極的に提起しました。「みんな司書かと思っていた」「ひどい館員がいっぱいいるのはそのせいか」、と市民の意見・反応は様々で、もちろん「税金で給料払っているのだから安くて優秀な人がいいに決まっている」という意見はいっぱいでました。職員問題を提起することは、すなわち図書館の運営経費の八割が人件費であり、職員が「高給」を得ていることを市民に正直に話すことでした。これは話した側に返ってくるものが大きかった。市民の多くは現役か元かの民間労働者です。公務の優越性を守秘義務などと絡めて「正規常勤公務員」の立場から主張することは無理です。この仕事には「高給」が必要なのだと言い切る度胸が試される。また、現在の図書館の労働形態を最上のものとして守るのでなく、矛盾を抱えよりよく変えていく必要があるものとして、職場の中にも外にも裏表がない一貫した立場で臨むこと。短期的には委託することでよくなる仕事はあるのですから、「今が最上」で、委託したら「あんなにひどくなる」とのキャンペーンのみでは、自分を偽ることになるだけです。

住民運動を始めて

 わが中目黒駅前図書館の財団委託化を押しとどめたのは、市民の運動でした。組合としては、「直ちに行動」にはならず、職員問題などの職場討議からはじまりました。組合役員がしたことは、この図書館委託構想をまずは市民の間に広めること。図書館として図書館『移転』と再編委託の「住民説明会」を繰り返し開催させ、職員として積極的に宣伝しました。組合役員を中心に個人として動くメンバーを集め、市民有志と「中目黒駅前図書館の未来を考える会」準備会をつくり、住民説明会と会としての会合(説明会に引き続き別室で開催などの手法をとりました)を全戸配布で宣伝。ビラ配りはまずは職員が、休みの日に。私も一日で四千枚配布という自己ベストを記録しました。
 説明会ではだいたい行政側の部課長が一方的に説明する。代表は地元の市民活動を長年してこられた方。事務局は職員で、資金は職員中心に職場からカンパとし、組合費や組合の印刷機は使わない。会として区・教育委員会・図書館長に申し入れを行う(職員は参加しない)。こんなスタイルですすめました。事務局=私がすぐサボる。どうしても当局の動きを横目で見ながら、手加減して楽してと思うので、活発な活動にはならず、最後には地元の図書館ハードユーザーであるというだけで会に参加いただいた方から「署名を取ろう」と提起いただき、図書館前でも署名活動を交代でされました。数的には二千名程度でしたがこれが決め手になりました。区が計画する財団委託情報センターのようなものでなく「図書館法にもとづく図書館」を求める、図書館機能を担保するものをつくることで図書館を廃館することに反対する、という一致点での要求でした。

引き回されない図書館利用市民

 図書館は不特定多数の市民が利用します。したがって「委託反対」の呼びかけにも様々な方が参加されました。一言で言って組合が市民を引き回そうとしても無理です。学校や保育園と違い「人質」はいないし、図書館ハードユーザーの方はいくつもの図書館を使っている方も多い。職員の方から見ると職員に「厳しい」市民も多く、「従順な」お客さんはこと行政にたてつくわけですから簡単にはまきこめません。図書館のカウンター越しの付き合いと、夜の市民運動での付き合いの折り合いがつけにくい。職員のほうも誰もが市民運動に職員の立場も持ちつつ参加し得るとは思えない。そんな中での綱渡り的経験でした。組合運動とは切り離し、組合役員が個人の立場でジョイントするという形態がよかったか? 疑問も批判もあります。ただ、組合役員としては「闘い始めた瞬間から着陸地点を予定する」習性を私も持っている。これが企業内の労働条件闘争なら有効かもしれませんが、こと委託問題とか、市民とともに進むしかない課題では成り立たない以上、自らを問い、譲れない所を明確にして一人になっても闘うスタイルしかないのでは と思っています。職場の内にも、外にも、主張し続け、逃げ出さないことしかない。

開館時間以外は
組合の要求がほとんど通った

 市民運動による委託反対の動きと平行して、役所の中では「委託も含めての検討」が図書館抜きで続きました。そうこうする内に、委託の論拠の一つだった「地域開発総合起債」制度が、おりからの分権化・補助金見直しでなくなってしまった。同時に「財団化」という手法も、行政の外郭団体林立への批判から流行らなくなってきた。とどのつまり「委託」がストレートに安上がりを意味しなくなり、人員増にならなければ直営のまま図書館にやらしておいたほうが手っ取り早いのでは、市民の反対運動を押し切ってまで委託することのメリットは? と役所の中の風向きが変わってきました。はっきりと市民の要請に応えて、とは言わず、したがって市民運動の側には説明もないまま、方針変更。議会の了承を得る際に、「委託化のメリットと役所が言った夜一〇時開館は直営でもやるのだろうな」と注文をつけられ、一〇時まで開館を約束して、今度は労使交渉が始まりました。そこで組合は先に述べた全館一時間の延長や、自動貸出機導入などを対置。夜間は非常勤職員化という構想には、図書館として「非常勤のみ」の時間帯はつくらないこと、カウンター業務を、貸出・返却と、資料相談・レファレンス機能に分離を図り、後者は正規常勤職員が対応し強化していく構想を決めました。
 夜一〇時まで開館については、議会での「約束」を、誰がどう頭を下げて取り下げるか、議会文教委員会は幾度となく紛糾。もちろん組合として議会工作はしましたし、交渉も繰り返し、結局のところは冒頭に書いたように夜九時四五分まで、正規常勤二名と非常勤一名のチームで開館。常勤職員は中央館も含めての一体運営で。自動貸出機も導入。など当局側にすれば開館時間以外は組合の要求をことごとく呑んで決着しました。

やるっきゃないか

 さて施設移転してみると、新中目黒駅前図書館の向かいは巨大食料品スーパー。となりはスターバックスコーヒーでともに夜一〇時まで。上はコンビニで二四時間営業。ますます「駅前」路線で、誰からも使われる図書館を目指すしかない。かなり効いたのは、あるPTA会長さん(いわゆる「民主的な」方で役所の組合もお世話になっている)が図書館利用者懇談会で「中学生のためにも夜遅くまでやってくれることを喜んでいる」といわれたこと。図書館に「お客が来なかったら開館時間の見直しをする」と労使交渉では約束させたのですが、どうもそうはいかなそう。
 他方で東京では 台東区に続き、墨田区・江東区でカウンター要員の民間委託が、大田区では新設図書館の丸ごと委託が今年度スタート。豊島区など多くの区で非常勤化が急速に進んでおり、正規常勤職員は一図書館で半分以下になるところも。他方、中野ではその非常勤の賃下げ・全員解雇提案と図書館三館廃館構想。自治体財政危機の中で、ありとあらゆる方法で図書館のコスト削減が図られています。特に注目はカウンター民間委託で、「非常勤化では非常勤労働組合ができてめんどう」とその理由が公言されています。時給八五〇円の労働者が事実上は派遣される形態で、常時三名が入れ替わり勤務をする。職員定数は三分の一減。
 周りがこうなってくると、目黒も下手な提案が出る前に、夜一〇時ぐらい仕方がないかというのが実感で、少なくとも正規常勤職員を残し、リストラへの抵抗体を保持するのが当面の目標。その中で自動貸出機導入、利用者検索機やインターネットからの利用者直接予約、連絡はメールの自動発送で、など「省力化」と「セルフ化」で図書館運営経費の中での労働コスト自体を下げることを追求し、他方で学校へのサービスや高齢者サービスなど切り捨てにくい「手間」のかかる部門にシフトする。そんな戦略を職場でとともに市民とどう共有化できるかが課題です。

これからどうする

 自分の働く図書館の委託問題を通して、九〇年代を振り返ってきたわけですが、私自身の九〇年代後半は、娘とともに闘った「内申書」「指導要録」の本人開示の取り組みの日々でした。一九九七年ひょんなことから気軽に個人情報保護条例に基づき開示請求、以来五年自治体の審査会・東京地裁・高裁と二人で本人訴訟で闘い、完全勝訴しました。資料集めに全国各地の自治体職員の方にお世話になりました。またこの闘いを契機に、勤め先の目黒のみならず、地元の小金井市で教育運動から広く市民運動に出会い、闘いの列に加わらせていただいています。職場の組合役員としての活動だけでなく、一市民として自治体・行政と向き合う経験を経て、職場の図書館問題への取り組みの視点も多少広がったと思っています。
 それを踏まえて、「これからどうする」を二つの点で自らにも提起したいと思います。

*市民参加と自治の文脈で

 残念ながら図書館リストラに対して、市民運動が動き出してはいません。労使の範囲での決着では厳しい結果しか予想できない以上、積極的に市民にまずは情報提供をすることで、市民の動きを作っていくしかない。組合に任せておけば図書館がよくなるといえますか? 代行主義で労働組合が問題を抱え込んでも闘えますか? 「方針が決まっていないから市民とともに闘えない」でなく、一労働者として図書館の姿を決めるのは市民であることを前提に、市民の中に飛び込むことが必要です。公立学校におけるチャータースクール(公費による市民立学校)と同様に、市民立図書館を展望することが求められていると思います。

*図書館労働運動を作ること

 すでに「正規常勤公務員」の運動だけでは、どうにもならないところに追い込まれつつあります。「同一労働同一賃金」の原則の担保抜きには、とりあえず私自身が定年まで生活を保障されたにせよ、子ども達の世代の未来はない。今属している組合の強化発展も必要でしょうが、裁判闘争の中で学んだことは、日本の市民社会は不十分とはいえ一人でも闘える制度があるということ。労働者の「団結」云々という以前に、一人でも首切りや差別との闘いを開始することができるような仕組みを作ることが必要です。雇用身分を問わない個人加盟の図書館労組が日本の図書館の発展のためには必要です。あと一〇数年は図書館で働ければと思っていますが、その間には形にしたい。この方向に棹さす企業別自治体労組や「産別」という名の企業別組合連合とは見切りをつける時が来るのではと思います。
(初出●『自治労働運動研究』二〇〇二・六(VOL.6号)、全国自治体労働運動研究会)