2009-06-01

お部屋1861/岩崎定夢とフリーライター社

読んでない方は先に以下をお読みください。

「1857/瀬戸弘幸と岩崎定夢」
「1858/岩崎定夢のカンパ要請 」
「1859/岩崎定夢と瀬戸弘幸の伝言ゲーム 」

面白いなあ、このところの瀬戸弘幸。

「日本よ何処へ」の「創価学会御用ライター裁判(2)」では、いまさらながらに、「月刊タイムス社」の社長、「フリーライター社」の社長の名前をイニシャルにしてきました。

ついでに脱字のある実名で書かれた「裁判支援闘争のお知らせ 」までコソコソとイニシャルに書き換えてやんの。書き換え前の魚拓はこちら書き換え以降の魚拓はこちら

何か知られたくないことを書いてしまっていたのでしょうね。だったら、最初から名前を出すなよ。

そのことを見ていく前に、瀬戸弘幸の主張の変遷ぶりを確認しましょう。

今まで瀬戸弘幸は[宇留嶋瑞郎は創価学会に原稿を渡し、創価学会から完全版下で「月刊タイムス」に入稿される](要約)と主張していたわけです。

もしこれが広告ではなく、記事であるなら、宇留嶋さんと創価学会が密接な関係にあることを推測することも可能であり、それを掲載している「月刊タイムス」も同様です。

しかし、そのような事実は瀬戸弘幸が書くこと以外に今のところ確認されていません。瀬戸弘幸の書くことの信憑性がどの程度であるのかわかっている人はこれをそのまま信じることはとうていできないでしょう。

案の定、瀬戸弘幸は、ここに来て、あっさり主張を翻して、今度は[宇留嶋氏の原稿は、一旦は「月刊タイムス社」に提出されるが、「月刊タイムス社」側としては校正やレイアウトには一切タッチしないで、創価学会系ライターのN氏にそのまま渡しており、N氏が印刷屋に入れている]と言い出してます。

話がまったく違ってきます。「創価学会系ライター」が何を意味するのか不明ですが、ここからわかるのは、「月刊タイムス」は、外部のNというライターに編集作業を委託しているらしいってことだけです。

Nが印刷屋に入稿し、ゲラの段階で「月刊タイムス」の編集者がチェックをするということであれば、外部委託として「よくあること」でしょう。

単なる創価学会員だとしても「創価学会系ライター」と言い得て、創価学会員のフリー編集者なんていくらでもいますから、これ以上のことは読み取れない。

それが創価学会に関する原稿であった場合、創価学会員の編集者に委託することの是非は問われるかもしれませんが、この是非を問われるのは月刊タイムス社です。

なにしろ伝聞の伝聞ですから、Nなるライターが存在するのかどうか、この人物は本当に「創価学会系」なのかさえも怪しいと言わざるを得ません。

ここまではすでに皆さんご指摘の通りでありますが、瀬戸弘幸の特性がここでもよく出ています。

●ある情報があった時に、その情報が意味するところを正確にとらえられない。
●勝手な思い込みのみを根拠にして、その情報から、ある論を引き出す。
●その論から、今度は元の情報さえも改竄していく。
●その情報をねじ曲げていたことを指摘されても、なお、その情報を元にした論を捨てない。

具体的には例えば以下(当方の推測で穴埋めしてます)。

●ベランダにウンコがある。
●工作員の仕業であり、自分たちは狙われている。
●ウンコは人工のものである。
●検査機関に出して、「ハクビシンの糞である」との結論が出ても、「自分たちは壮大な敵と闘っている」という思いだけは残っている。

普通だったら、ベランダにあるウンコを見れば、「動物だろ」と思って終わります。あるいは検査機関に出して、「ハクビシンです」と言われれば、自分の妄想と闘っていただけであったことを悟って恥じ入ります。

今回のことも、意味をなさない情報を意味があるかのように思い込み、その前提が間違っていたことを認めざるを得なくなっているのに、なおその情報の持つ意味を客観的に判断できないと言うしかない。

これで「ジャーナリスト」だとは笑わせますが、この人の「ジャーナリスト」「ジャーナリズム」の定義は師匠譲りのものだろうと推測できます。

では、「岩崎定夢はどういう人物であるのか」の話を続けましょう。

すでにイニシャルに書き換えられていますが、「裁判支援闘争のお知らせ」には[「フリーライター社」の岩崎定社長]とありました。

この岩崎定というのは岩崎定夢のことだろうとすでに指摘しましたが、その根拠のひとつは「フリーライター社」にあります。

1980年に月刊「フリーWRITER」という雑誌が出ています。私はこの創刊号を保存してます。というのも、この雑誌には、三島由紀夫が榊山保という名前で書いた「愛の処刑」が転載されているためです。初出はゲイの同人誌「アドニス」で、1973年に「薔薇族」が転載していますので、目新しい話ではなかったのですが、一般にはあまり知られていなかったため、創刊号の話題作りとして目をつけたのでしょう。

「愛の処刑」については、もうじき出る私の新刊『エロスの原風景』でも触れてます。同性愛を描いた作品であるとともに、切腹小説であり、マゾ小説でもあります。新刊にも書いているように、この作品は、「薔薇族」の伊藤文學編集長のプロデュースによって映画化されています。その伊藤文學氏がこちらに「愛の処刑」に関する一文を書いています(「愛の処刑」の筆者名が「神山保」になってますが、正しくは「榊山保」です。裁判所に出す文書ではなく、一回こっきりの筆名なので、こういう間違いはよくある話)。

これ以外に見るぺきところのない雑誌で、いまなお古本市場で千円程度の値段がついていることがあるのは、「愛の処刑」が掲載されていることに価値があるためです。それだけと言っていい。

この「フリーWRITER」を出していたのがフリーライター社であり、その代表が岩崎定夢です。

ネットを見ても、古本屋のサイトや古書組合が運営している「日本の古本屋」、古本のオークションに出ているのは創刊号のみ。そのあと数号は出ていたはずなのですが、値段をつけてネットに出すほどではないということかもしれません。

今まで瀬戸弘幸は、何度かこの岩崎定夢のことに触れているのに、「フリーライター社社長」と表現したのはこれが初めてかと思います。なぜ今になって、フリーライター社を持ち出したのかと言えば、瀬戸弘幸と岩崎定夢は「師弟」の関係にあり、ともに仕事をしていた、いわば「上司と部下」あるいは「同僚」という関係にあるためだと推測できます。

利害をともにする関係であることを悟られないようにしたかったのでしょう。また、岩崎定夢が信用に足る人間かどうかを調べられたくなかったために、わざわざ「岩崎定」という名前にしたのではないかと疑わないではない。もちろん、裁判所に提出する文書でも、事実関係の間違い、日付の間違いを気にしない瀬戸弘幸なので、単なるミスかもしれないですが。

続きます。