投稿者「ポット出版」のアーカイブ

いただいた本●本棚の中のニッポン─海外の日本図書館と日本研究

笠間書院・岡田圭介さんからいただきました。

書名●本棚の中のニッポン
副書名●海外の日本図書館と日本研究
著●江上敏哲
発行●笠間書院
定価●1,900円+税
2012年5月25日発行
ISBN978-4-305-70588-4 C0000
A5判/296ページ/並製

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●本の説明

日本人の知らない「海外の日本図書館」。そこはどういうところで、今、何が必要とされているのか。

海外で日本について学ぶ学生、研究者、そのサポートをする海外の日本図書館について紹介し、その課題やニーズに日本側からどう応え、資料・情報を提供・発信していけばいいのかを考える本です。

本書では、海外の日本図書館やそのライブラリアンについて、資料・蔵書の様子、資料・情報の流通・提供・利用の様子、図書館・ライブラリアンによるサービス・サポートや連携・協力活動の様子、課題・問題点を紹介します。
そのうえで、海外の日本研究者・学生や図書館・ライブラリアンは、どのようなニーズを持っているか、日本側では、そのニーズをどのように把握し、どのように応えればよいか、日本資料・日本情報を、日本から海外へ効率的・効果的に提供・発信するには、どうすればよいかといったことを考えます。

海外の人びとが(資料・情報的に)日本に何を求めているのか、そのユーザのニーズや課題・問題点を、私たちがちゃんと把握して応えていく。日本の資料・情報を効率的・効果的に提供・発信していく。それができるかどうかは、ほかでもない日本の私たちにはねかえってくる問題である――。

「海外の日本研究・日本図書館について多くの方に関心と意識を持っていただくこと。その結果として、さまざまな場面での日本資料・日本情報の効率的・効果的な提供・発信に、ご理解とご協力をいただくこと。本書の最終的な目的はそこにあります。より多くの方に”援軍”となっていただくきっかけとなれば幸いです」……本書・序より

注1■
この本に関して、著者が開設しているブログ、『本棚の中のニッポン』blogもあわせてご覧ください。

注2■
刊行記念イベントが、ジュンク堂書店池袋店で2012年7月14日に開催されます。
和田敦彦×江上敏哲「国境を越えた知の流通 過去・現在・未来 ―海外の日本図書館から考える」
ぜひ、ご参加ください。

著者プロフィール

江上敏哲(えがみ・としのり) Toshinori EGAMI
京都大学文学部卒業、同文学研究科修士課程(国語学国文学)修了。司書として、京都大学(工学研究科・附属図書館・情報学研究科(1998〜))、 Harvard-Yenching Library(visiting librarian・在外研修(2007))を経て、2008年より国際日本文化研究センター資料課にて勤務。また玉川大学教育学部、立命館大学文学部、同志社大学社会学部にて非常勤講師として勤める。
論文「欧州の日本資料図書館における活動・実態調査報告 : 日本資料・情報の管理・提供・入手」「イタリアの日本資料図書館における活動・実態調査報告」「フランスの日本語資料図書館における活動・実態調査報告」(以上『大学図書館研究』)、公式blog「ハーバード日記 : 司書が見たアメリカ」(京都大学図書館機構webサイト内・http://www.kulib.kyoto-u.ac.jp/modules/wordpress/)ほか。
詳細は http://ha6.seikyou.ne.jp/home/egami/を参照。

●目次

序 日本人の知らない日本図書館
 Tanizaki Jun’ichiroの“The Thief”を探す/本書では/「海外の日本図書館」をとりまく世界

第1部 日本語の本は誰が読むか、どこにあるか

1 日本語の本は誰が読むか、どこにあるか―総論
 UMass Amherstの日本資料・図書館・ユーザ/世界に学ばれるニッポン/パリ・日本図書館のさまざま/良き“日本理解者”のために/海外からのリクエストはあなたにも届く/“日本リテラシー”がない人も、日本資料を求めている

■インタビュー(1)「日本の図書館員は国際会議の場にもっと出るべき」

2 海外の日本図書館を巡る―事例紹介
 1.University of California, Los Angeles (UCLA)
 UCLAとその図書館/東アジア図書館と日本資料/古典籍・マイクロフィルム・移民資料―特殊コレクション/e-resource/日本はどう学ばれているか―研究者と学生たち/デジタル化とコラボレーション―日本への注文
 2.University of Pittsburgh
 University of Pittsburghとその図書館/東アジア図書館とその蔵書/何をどう集めるか―日本資料の収集/棚にどう並べるか―日本資料の配架/日本経済史が凝縮― 三井コレクション/e-resource/日本を教える―情報サービスとインストラクション/グローバル化する日本研究
 3.フランスの日本図書館
 École Française d’Extrême-Orient (EFEO)/EFEOの図書館と日本資料/目録データベースとSUDOC/Bibliothèque Universitaire des Langues et Civilisations (BULAC)/Bibliothèque Interuniversitaire des Langues Orientales (BIULO)/ひろがるネットワークの輪
 4.台湾の日本図書館
 台湾の日本研究・日本資料/国立台湾大学図書館/中央研究院・人文社会科学連合図書館/国立中央図書館台湾分館

3 プロフェッショナルたちの流儀―ライブラリアンとコミュニティ
 1.North American Coordinating Council on Japanese Library Resources (NCC)
 NCCと北米のライブラリアンたち/resource sharingの仕組み―MVS/ジャパン・イメージ―IUP/研修/年次集会
 2.Council on East Asian Libraries (CEAL)
 東アジア図書館協議会―CEAL/日本資料委員会―CJM
 3.European Association of Japanese Resource Specialists (EAJRS)
 EAJRSの歴史と活動/年次集会/図書館は横のつながりなしに成り立たない

4 黄金の国からクール・ジャパンへ―日本研究・資料の歴史
 Google Booksに“Japan”はどれだけ登場するか/ジパングに行ってみた―近世/明治ニッポンの世界デビュー―19世紀後半/日本を研究するアメリカ ―20世紀前半/さらに日本を研究するアメリカ―占領期・戦後/バブル経済からマンガ・アニメの国へ―80年代から2000年代

5 Nippon Invisible―日本研究・資料の現状
 2008年=1930年説?/日本研究の“退潮傾向”/デジタル化されない日本/日本を学ぶのは誰か―学際化・グローバル化/「引退」ではなく「卒業」?

■インタビュー(2)「韓国の歴史を研究する人も、日本語の資料が必要」

第2部 日本語の本はどのように情報化され、アクセスされるのか

6 収集されるニッポン―収書・選書
 どう買うのか―収書/どう選ぶのか―選書/どう支払うのか/日本出版貿易(JPT)/送られるものと欲しいものの間―寄贈/日本美術カタログ収集プロジェクト(JAC)

7 検索可能なニッポン―書誌・目録
 書誌・目録がなければ始まらない/CJKをデータ化する/図書情報のライフライン・OCLC/OCLC、CJK対応への道/コピペされるニッポン―日本からの書誌提供/郷に入り郷に従う―日本語書誌の“北米化”/ヨーロッパとNACSIS-CAT/英国CATプロジェクト/欧州和書総合目録/自立した協力体制としての講習

8 お取り寄せされるニッポン―ILL
 Interlibrary Loan―ILLとは/敷居が高かったニッポン/仕組み化されるILL―CULCONとGIF/早稲田大学図書館の海外ILL受付/国立国会図書館の遠隔複写サービス/“システム”、“システム外”、そしてe-resourceへ

9 アクセスされるニッポン―e-resource
 CD-ROMが動かない/オンラインが契約できない/ユーザが自由に使えない/Digital Resources Committee(DRC)/コンソーシアム/「JapanKnowledge」/世界にひろがる「JapanKnowledge」/e- resource整備は日本の問題

10 クールなニッポン―マンガ・アニメ
 世界が愛するマンガ・アニメ/大学・研究図書館でのマンガ・アニメ/オハイオ州立大学のマンガ・コレクション―Billy Ireland Cartoon Library and Museum/どう書きあらわすのか―マンガの書誌・目録/どう選ぶのか―マンガの選書/“クール・ジャパン”のその先にあるもの

■インタビュー(3)「日本の高校には貴重な資料が眠っている」

第3部 日本語の本をどのように世界に発信していくか

11 日本からのサポート―専門機関 ほか
 1.国際日本文化研究センター
 日本研究のための“センター”/“外書”と図書館/データベースと海外の日本資料
 2.国際交流基金
 国際交流基金(Japan Foundation)の海外協力活動/海外拠点と図書館/パリ日本文化会館図書館
 3.国際文化会館
 国際文化会館と図書室/“窓口”と“つながり”の場
 4.研修事業
 「日本専門家ワークショップ」(日本研究司書研修・日本研究情報専門家研修)/天理古典籍ワークショップ―研修の効果

12 情報発信を考えるヒント
 Maureen Donovanさんが実践する情報発信/wikiを活用して情報を編む/社史wiki/メインストリームに流す・つながる/情報発信で何を変えたいのか/考えるヒント集/笠間書院/ブログ「情報の扉の、そのまた向こう」 /リブヨ/NIHONGO eな(いいな)/カーリル・レシピ/宮城資料ネットニュース/WINE(早稲田大学OPAC)/「評価を高めたテロ事件への対応」(『未来をつくる図書館 : ニューヨークからの報告』 菅谷明子)/saveMLAK/(短信)海外日本研究と図書館

●付録 海外の日本研究・日本図書館についてのパスファインダー

あとがき 索引

第2回■デラシネ

「テレクラ初めて物語」を語らないわけにはいかないだろう。私の初テレクラは、1987年7月。なぜわかるかというと、ジェームス三木(性交した女性の評価を詳細に手帳に書き留めておいた有名脚本家)ではないが、私の古い黒革の手帳にその日付が書いてある。それが正確か、不正確かわからない。ただ、間違いなく、私自身、ふらふらとしていた時期であることに間違いない。

私のライフストーリーになど興味はないだろうが、その時期だったことは、私がテレクラに足を踏み入れる前提条件となったため、しばしおつきあいいただきたい。

その時、三十歳直前というのに、私は無職に近く、引きこもり(!?)でもあった。当時、私は学生時代に仲間と始めた小さな企画会社が経営者の放漫経営から危ない金融機関(いわゆる高利貸しの町金)に多額の借金をしてしまい、その借用書に私も立場上、連帯保証人の判子を押してしまっていた。案の定、借金は膨れ上がり、会社存続は難しくなり、同時に金融機関からは連帯保証人である私にも執拗な請求がきた。ある時はその金融機関の事務所に監禁され、一生、トルコ(ソープランドのこと)のボイラーマンになって、借金返済のために働き続けるか!と脅された。もっとも敵もさるもの、ただ強面なだけでなく、その事務所にあった借金のかたに巻き上げた絵画を指さし、一生懸命やればこれをやるとほくそ笑む。まさに飴と鞭。そんな状況にも関わらず、現実感はなく、泣き出したりするでもなく、うすら笑いを浮かべていたのを思い出す。本当の苦境に涙なんか出てこない。

借金は数千万に膨れ上がり、最後は情けない話だが、親に泣きつき(勿論、泣いていない)、チャラにしてもらった。幸い、家が裕福だったため、なんなく返済を終えることができた。後になって聞くと、実家の会社が傾く遠因にもなったようで、まったくもって親不孝なことだ。

借金はなくなったが、その会社は辞めさせられ、しばらく、家の仕事を手伝ったり、肉体労働をしたり、時間ができると映画(あまり金がないので、名画座へ行く)や図書館三昧(大著『失われた時を求めて』を読みたかったが、第一巻がずっと借りられたままだったので、未読!)をしていた。

思えばその時期こそ、真人間になるチャンスだったのかもしれない。しかし、遊び癖というのは三つ子の魂百まで、なかなか直るものではない。学生時代から風俗三昧をしていたから、肉体労働をして小金が入ると、つい遊びに使ってしまう。とくに無頼を気取ったわけではない。ただ限りなくあほんだらである。借金生活を経験したから、本来はこつこつと貯金をすればいいものの、浪費癖、遊び癖は簡単に収まらない。時はバブルでもある。景気のいい話が転がっているし、巷間伝わってくる遊びも豪快になっていた。

元々はソープやヘルスなどの射精系の遊びをしていたが、その時期、嵌ったのはキャバクラだ。当時、キャバクラは、キャバレーの豪華さとクラブの気品を兼ね備え、ホステスは素人で、3回通えばデートが出来るという都市伝説(!)が喧伝されていた。基本的に交際する気などないが、落としてやることを目論む。出会い系(多分、まだ、そんな言葉はなかった)の社交場バージョン。淡い夢を抱き、キャバクラ通いを続けた。

新宿・歌舞伎町の大型店に何度か通ったが、その度に違う女性を指名していたので、デートにはこぎつけられない。それでは3回通うという意味が違う。いまも昔も一途にほど遠い私だ。ところが池袋のロサ会館通りの女子大生水着パブ(全員が女子大生のわけではないが、ホステスが水着姿で接客していた)という店で、一発でデートにこぎつけた。美術系の大学を出て、某メーカーでデザインのアシスタントをしていたが、仕事に悩んでいるらしく、その相談をしたいという。日を改めて会うことになった。学生企業でデザイナーみたいな人種の扱いに慣れていたから、すんなりと話が合い、話を聞くという姿勢が好印象をいだかせたのだろう。相談に乗りながら彼女にも乗る、という親父ギャグ的な展開になる。

そんな遊びをしているときに出会ったのがテレクラだった。当時は話題の新風俗として紹介されていた。

某ウィキペディアには

“テレフォン・クラブとは、電話を介して女性との会話を斡旋する店。会話次第では女性と会う約束もでき、出会い、ナンパが可能になる。通称テレクラ。1985年の風俗営業法改正後に注目され、流行した業態。全国で最初に登場した店は1985年に小林伴実により開業された新宿「アトリエキーホール」、もしくは同年秋に同じ新宿に開業した「東京12チャンネル」と諸説ある。”

とある。そんな歴史的なことは、社会学者や歴史学者がまとめればいいが、なんとなく時代だけは気に留めておいてもらいたい。

風俗情報に関しては、毎日の株価の変動をチェックする投資家のように、風俗情報誌(多分、もう『ナイタイ』や『大人の特選街』などはあったはず)や男性週刊誌(というより親父系エロ週刊誌)は逐一チェックする習慣のある私だ。ふらふらする前からテレクラの存在は知っていた。そのくせ、実際に行くのには二の足を踏んでいた。

その理由は、テレクラは会員制で、身分証明書を提示しなければならなかったからだ。証明書のいらない店もあることを後で知るが、ほとんどが証明書を必要とすることが書かれていた。所属していた会社は放漫経営で、社員に連帯保証人をさせるようないんちきな会社だったが、身分証明書を提示し、会社などの身分を明かすことに抵抗があった。ある意味、箍(たが)のようなもので、会社の信用を失墜させてはいけないという変な責任感みたいなものもあったのかもしれない。

ところが、その会社を辞め、帰属するところがない、根なし草の状態。デラシネならぬ、だらしねえ生活をしている。箍が外れるではないが、怖いものなし、信用の失墜も何もない、身分を明かすことに躊躇いはなくなった。そんな状態がテレクラへと足を向けさせたのだろう。

初テレクラが1987年7月とある、と書いた。夏だったことは皮膚感覚として覚えている。熱い夏の始まり。場所は新宿・歌舞伎町だ。テレクラそのものは、新宿以外にも池袋や渋谷などの主要駅以外にも点在していたが、私としてはありとあらゆる風俗が密集し、様々な人種が蠢く、24時間、眠らない街、新宿・歌舞伎町でなければならなかった。

備えあれば憂いなし。遊びにも準備を怠らない私は、情報誌で、テレクラの所在などは調べていたが、まずは街を彷徨い、フィールドワークをしてから行く店を決めることにした。今は亡きコマ劇場周辺に点在していた、のぼりを立て、マイクで呼び込みをしているような大型チェーン店「りんりんハウス」などには、なかなか入る勇気がなかった。テレクラに入るところを見られてしまう。いまなら、そんなことなど露ほども心配しないが、まだ、照れや恥ずかしさ、後ろめたさがあった。初心だった。

初テレクラ店「ジャッキー」

散々、歌舞伎町を歩き回ったあげく、雑居ビルにあった「ジャッキー」を初テレクラの場として決めた。

記念すべき初テレクラ店「ジャッキー」は、歌舞伎町の中央通りを直進し、コマ劇場にぶつかり、右へ行き、客引きがたむろする通りにあった。ピンサロやイメクラ、ヘルスが入ったビルだが、小ぶりゆえ、派手さはなく、なんとなく入りやすかった。あとで、そのピンサロがぼったくりバーだったと気づくことになる(客と店員がいつも階段で金額のことでもめていた)が、その時はそんなことも知らず、最上階にあったテレクラへと一目散に駆け上った。

店内に入ると、さほど広くない。50平米もないだろう。事務所みたいなところと、個室が10数室、並んでいる。最初に店員(あとで知るが、店長だった。40歳にはなってない、不動産屋系の佇まい、愛想はいい)に、システム(風俗ファンは、この言葉に何故か、反応してしまう)の説明を受ける。入会金が2000円、利用料が1時間3000円だったと思う。身分証明書、その時はまだ運転免許を取ってなかったので、パスポートを出し、用紙に本名や年齢、住所などを記載していく。

会員証を発行してもらい、ボックスへ通される。畳一畳ほどのスペースにリクライニングチェアーとテーブルとテレビと電話がある。ティッシュとゴミ箱もある。F1のコックピットのようでもある。この狭い空間は電話一本で外の世界と繋がる……なんてね。

部屋に入ると、けたたましく電話のベルが鳴り響く。しかし、一瞬で鳴りやみ、どこかのボックスで男と女の会話が始まる。中にはベルが鳴る前に、話し出すものもいる。その時はなぜそんなことが可能なのかわからなかった。

テレクラとは匿名の男と女の出会いを演出する装置だ。学校や会社など、肩書を必要とする出会いではなく、名前も年齢も住んでいるところまで、まったく匿名、捏造(時には性別さえ偽ることができる)する者たちの出会いを可能にする。

狭い箱(ボックス)の中で、ひたすら女性からの電話を忍耐強く待つ。鳴っても早取りだと、電話を取れないことさえある。仮に取れて繋がっても、時にはいわれのない罵倒を浴びることもある。まだ女子中高生が参入する以前だったので、いわゆるイタズラ電話は少なかったが、それでも日々のストレスをテレクラ男達に向ける者もいた。そんなことも、寛容さでやり過ごす。ある種、修行のようなものだ。早取り技術を習得し、交渉術をものにすれば、必ず、女は堕ちる。それまでは修行するぞ、修行するぞ……だ。かの尊師のそんな言葉が世間を騒がす随分前のことだった。

TOWER RECORDS ONLINEで連載「アイドルのいる暮らし」がスタートしました

TOWER RECORDS ONLINEで連載「アイドルのいる暮らし」がスタートしました。
著者は『グループアイドル進化論』共著者の岡田康宏(@supportista)さんです。
この連載は、ポット出版から単行本として刊行を予定しています。

平日のライブ会場やショッピングモールで行われるイベントで、いつも見かける大人の姿がある。けっこういい歳してるけど、この人たちはいったいどんな生活をしているのだろう?

大人のアイドルファンは、アイドルファンであるだけではなく日常を生きる社会人でもある。お金も暇もある大人のオタクには、元気なだけの若者にはない深みと趣きがある。ライフスタイルとしての現場系アイドルファン、大人のオタクの遊び方とは?
今回お話を伺ったのは童貞ゾンビさん(仮名)だ。30代後半。会社員。世田谷区内に買ったマンションで同い年の妻、3人の子供と暮らしている。90年代のはじめ、ribbon(1989-1994 永作博美、松野有里巳、佐藤愛子の3人組)をきっかけにしてアイドルにハマった彼は、制服向上委員会で一推しのメンバーが卒業したのと同時に一度はアイドルから離れ家庭を持ったが、05年12月にAKB48を見て再びアイドルの世界に戻ってきた。

AKBファンとしては劇場オープン直後の05年12月から参戦。半年で100MVP(*1)を達成し、現在も現役で活躍するオリジナルメンバーの初年度の生誕祭企画にも深く関わるなどなど、初期AKBの劇場の空気をよく知る人物でもある。第三子が生まれたことで時間的な余裕がなくなり、今はJK21などを中心に月に1度イベントに足を運べるかどうかという状態(本人曰く「現役を退いた身」)だと言う彼に、これまでのアイドル遍歴や応援スタイル、家庭との両立などについて話を聞いた。

アイドルのいる暮らし 第1回:童貞ゾンビ編

「ねんねこりん」+東日本復興支援プロジェクト

以前このブログでも報告したとおり
『ねんねこりんの作り方』刊行を記念して、
東北復興支援プロジェクトの活動「ふんばろう東日本プロジェクト」「ミシンでお仕事プロジェクト」南三陸ミシン工房で縫製されたスリング「ねんねこりん」が仕上がってきています。

刊行記念ということで、書籍とスリングのセットを特別記念価格6,700円で販売をはじめています。
本を読んでもなかなか自分でつくるのは……という方は、ぜひ仕上がったスリングを!

販売は、ねんねこりん工房のサイトからどうぞ→ねんねこりん工房
ポット出版でも取り扱いはできるのですが、
ねんねこりんの生地柄がいろいろ選択できるので、
ねんねこりん工房のサイトからどうぞお選びください。

いただいた本●小川プロダクション『三里塚の夏』を観る─映画から読み解く成田闘争(DVDブック)

編著者・鈴木一誌さんからいただきました。

書名●小川プロダクション『三里塚の夏』を観る─映画から読み解く成田闘争
副書名●映画から読み解く成田闘争
編著●鈴木一誌
発行●太田出版
定価●3,333円+税
2012年5月22日発行
ISBN978-4-7783-1314-2 C0095
A5変形版/192ページ/並製

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●本の説明
小川プロダクションの第一作『日本解放戦線 三里塚の夏』が本邦初DVD化!!
本書は「DVDブック」という形で、1968年の三里塚闘争の模様をとらえた傑作ドキュメンタリー映画『三里塚の夏』(本書添付DVDにフルバージョン収録)の映像と共に、小川プロダクションの映画史的な位置づけ、成田空港問題の近代史的な位置づけを行う各種論考を加えた書籍です。
いまだからこそわかる視点から映画を観ることで、三里塚闘争を現在の問題として再び「体験」する!!

●目次
『三里塚の夏』をふたたび導入するために 鈴木一誌
部落一覧+主要登場人物
三里塚周辺地図
■第一部 『三里塚の夏』を観る
座談会:過去と現在と未来の迷宮へ 『三里塚の夏』を読み解く
大津幸四郎+山根貞男+筒井武文
■第二部『三里塚の夏』を読む
『日本解放戦線 三里塚の夏』が作られた時代 上野昻志
闘う農民像の系譜 平嶋彰彦
『日本解放戦線 三里塚の夏』採録シナリオ
年表で読む 三里塚と小川プロダクション
加担と共苦 鈴木一誌
あとがき ほか

マガジンポット新連載「テレクラ・ボーイズ」スタートしました

ポット出版サイト内のマガジンポットで新連載「テレクラ・ボーイズ」がスタートしました。

テレクラ・ボーイズ

1980年代にはじまるテレクラ黄金時代について、実体験をもとに語ります。
1週間に1回程度のペースで更新していきますので、お楽しみに!
以下は著者による「まえがき」です。

———–
いまや“出会い系”としては、絶滅危惧種となったテレクラ。しかし、テレクラは伝言ダイヤル、SNSなど、今に続く出会い系サービスの先駆けであり、見知らぬ男女が出会うための初めての社会的“装置”だった。
この連載では、出会い系の元祖たる、テレクラの黄金時代を振り返ってみたい。そこからこの国の男女はどう変わっていったのか、それとも変わらなかったのか、みえてくるものもあるかもしれないと思うからだ。
語り部の梶木俊作こと、私を簡単に自己紹介させていただこう。東京の下町に生を受け、同所で育ち、半世紀を生きる生粋の東京人。“下町の電通”と自称(詐称!?)する自らの企画会社で、真面目に仕事に打ち込む傍ら、日夜、どうしたら女性と出会い、セックス出来るかばかりを思考し、実践する。「一生懸命、遊ぶ」をモットーとする真面目な遊び人である。ストリートや合コンから、テレクラや伝言、ネット、SNSまで、出会い系は、ほとんど体験済。今回は“持ちネタ”の一部を公開させていただく。
なお、文中の名称などは、プライバシー保護(勿論、私のプライバシーが最優先だが)の立場から、一部仮称、創作であることをご了解いただきたい。

シダの群れ

本書は、2012年5月4日(金・祝)〜27日(日)東京・Bunkamuraシアターコクーンにて上演される舞台の書き下ろし戯曲です。

作・演出、岩松了。
出演は堤真一、松雪泰子、小池徹平、荒川良々、倉科カナ、市川実和子、石住昭彦、吉見一豊、清水優、太賀、鈴木伸之、深水元基、浅野彰一、風間杜夫。ギター演奏は村治佳織。

前作の舞台、志波崎組は跡目争いに端を発し、敵対する増岡組との間で抗争が勃発、組は壊滅状態に。あれから2年、増岡組は矢嶋組と志波崎組を潰しにかかるが……。

「このドラマは、ヤクザの三つの組の間に起こる、反逆と共闘の物語。すなわち、移ろう人間関係と、その移ろうことの根拠の無さを問うものである。」(岩松了)

いただいた本●インクジェット時代がきた!─液晶テレビも骨も作れる驚異の技術

共著者・山路達也さんからいただきました。

書名●インクジェット時代がきた!
副書名●液晶テレビも骨も作れる驚異の技術
著●山口修一、山路達也
発行●光文社
定価●740円+税
2012年5月20日発行
ISBN978-4-334-03684-3 C0236
新書判/216ページ/並製

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●目次
○はじめに 傾きつつある日本のものづくり産業
○序章 20世紀型ものづくりの終焉
○第1章 インクジェットとは何か?
○第2章 ケーキに印刷、家にも印刷
・(1)印刷物をまるかじり――食品業界
・(2)モード界に新革命――アパレル業界
・(3)外壁だっておしゃれにプリント――建築業界
○第3章 2次元から3次元の印刷へ
・(1)思い出も工芸品も、まるごと復元――アート、工芸
・(2)紙のように薄いハイテク機器―エレクトニクス
・(3)スリム化する重工業――鋳物
○第4章 モノから医療へ
○終章 インクジェットで未来はどう変わるのか?
○おわりに インクジェットものづくり革命

5月4日(金・祝)〜27日(日)上演『シダの群れ 純情巡礼編』戯曲先行販売のお知らせ

2012年5月4日(金・祝)〜27日(日)東京・Bunkamuraシアターコクーンにて上演される舞台『シダの群れ 純情巡礼編』の会場にて、本公演の戯曲を先行販売いたします。
戯曲全編とともに、「あとがき」も収録。
ぜひお買い求めください!

作・演出、岩松了。
出演は堤真一、松雪泰子、小池徹平、荒川良々、倉科カナ、市川実和子、石住昭彦、吉見一豊、清水優、太賀、鈴木伸之、深水元基、浅野彰一、風間杜夫。ギター演奏は村治佳織。

前作の舞台、志波崎組は跡目争いに端を発し、敵対する増岡組との間で抗争が勃発、組は壊滅状態に。あれから2年、増岡組は矢嶋組と志波崎組を潰しにかかるが……。

「このドラマは、ヤクザの三つの組の間に起こる、反逆と共闘の物語。すなわち、移ろう人間関係と、その移ろうことの根拠の無さを問うものである。」(岩松了)

シアター・コクーン『シダの群れ 純情巡礼編』公演概要&チケット情報
戯曲『シダの群れ 純情巡礼編』詳細情報