編集者の尹良浩さんよりいただきました。
書名●まず教育論から変えよう: 5つの論争にみる、教育語りの落とし穴
著●児美川 孝一郎
定価●2,000円+税
太郎次郎社エディタス
2015年05月25日発行
ISBN978-4-8007-0781-2 C0037
四六型/266ページ/並製
★Amazonで「まず教育論から変えよう: 5つの論争にみる、教育語りの落とし穴」を見る
編集者の尹良浩さんよりいただきました。
書名●まず教育論から変えよう: 5つの論争にみる、教育語りの落とし穴
著●児美川 孝一郎
定価●2,000円+税
太郎次郎社エディタス
2015年05月25日発行
ISBN978-4-8007-0781-2 C0037
四六型/266ページ/並製
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イザベル・ボワノさんよりいただきました。
書名●TOKYO 私の好きな53のアドレス
著●イザベル・ボワノ
定価●1,800円+税
出版社●Cambourakis
ISBN978-2-36624-143-3
A5変形縦長/96ページ/並製
★こちらの本は「TACO che」にてご購入いただけます。
http://taco.shop-pro.jp/?pid=89127873
植松紀子さんよりいただきました。
書名●8歳で切りかえる子育て
著●植松 紀子
定価●1,200円+税
赤ちゃんとママ社
2014年10月10日発行
ISBN978-4-87014-101-8 C2077
四六型/192ページ/並製
★Amazonで「8歳で切りかえる子育て」を見る
21世紀、インターネットの登場で情報流通革命が起きた。
利便性が格段にあがり、既存のビジネスモデルに代替性が提供されてきた。
かつてはプロしか持てなかった機材を世界中の誰でも持てるようになり、消費者だった人間が自分でコンテンツを生産し発信する時代の到来である。
インターネットの流通革命は、いまや表現の革命段階に移行しつつある。
インターネットの世界で無数の表現者たちが生み出す無数のコンテンツ。
この群像の時代にメディアやコンテンツビジネス戦略はどう展開されていくのか。
放送、インターネットの海外動向を調査・分析してきた著者が、ここ数年の世界のメディア戦略の動きをレポートし、メディア・コンテンツの行く末を考えた。
ようやく収まりつつあるが、一か月ほど前はぐじゅぐじゅだった。「行く春や 鳥啼き、魚の目は泪」ではないが、忌まわしい花粉の猛威にやられる。そんな私の春だが、やはり春と言えば、卒業、入学など、新たな世界に一歩踏み出す時節である。
そんな季節の中で、卒業絡みの艶っぽい経験を思い出す。卒業制作ではないが、我ながらよく出来た作品だったと思う。
どんな作品かは後程、明かさせていただくが、テレクラのボックスにいる時、私はいくつもの顔を持つ。千変万化、自由自在、いろんなものに変身する。
もっとも変身するといっても限度がある。モデルや俳優など、あまり現実味のないものはすぐにばれてしまう。仕事で多少なりとも関わりがある職業が嘘にもリアリティーが増すというもの。知り合いをイメージするというところだろうか。当時は服装もラフなこともあり、会社員や公務員ではなく、コピーライターやデザイナー、カメラマンなどと偽っていた。
その中で、比較的、引きが強かったのがカメラマンである。グラビアなどだとすぐばれるので、カタログなどの商品撮影をしていると言っていた。知り合いも多く、彼らから聞いていた話をすれば、そこそこの現実味を帯びさせることも可能だ。
いつだっただろうか、1994年3月のこと。20年以上前だが、丁度、桜が咲く前、出会いと別れの季節だったと思う。
平日の昼間、仕事をさぼり(笑)、池袋のテレクラで網を張っていた。その日は最初から当たりを引く。果たせるかな、今まさにファッション系の専門学校を卒業したばかり、卒業後は服飾系の会社への就職が決まっているらしいが、これから遊びに行きたいという20歳の女性と繋がった。彼女は私がカメラマンであることに興味を示し、話の流れで卒業記念の写真を撮ってあげようといったら、前乗りになり、アポを取ることが出来たのだ。
池袋からJRで渋谷駅へ。待ち合わせは五島プラネタリウムがあった東急文化会館。いまは、ヒカリエとなっているところだ。渋谷のハチ公は人が多く、待ち合わせには不向き。敢えて逆側にした。同時に宮益坂周辺にもラブホテルが点在し、道玄坂より坂を少し上るだけで目的の場所に辿り着ける。動線は確保しておくにこしたことはない(笑)。
待ち合わせ場所に現れたのは長身でモデル体型、ショートカットのボーイッシュな女性だった。黒のジーンズに黒のカットソーながら、どこかモード系。服飾系だけのことはある。
カメラマンといいつつもいかにもというカメラバッグも持たない私を訝しがることなく、すんなりと了解をもらい、宮益坂をホテルへ急ぐ。世間話くらいだが、先ほど卒業式を終え、学友とはつるまず、いきなりテレクラへ電話。入社までは暇だからいろいろ遊べる相手を探していたようだ。
いまは渋谷の宮益坂周辺も様変わりをしたが、宮益坂を上り、青山通りに出る前、246号線の手前の脇を入ると、ラブホテルが点在していた。どこに入ったかは覚えていないが、昼利用のサービスタイムだったと思う。9時までは存分に楽しめるというもの。
実は、カメラマンといったものの、カメラさえ持って来ていなかった。持っていても一眼レフのちゃんとしたものではなく、コンパクトカメラでしかない。ポラロイドカメラもない。携帯(カメラ機能がつくのは98年から、写メールなんていう言葉も流行る)やスマートフォンの時代ではなく、勿論、デジタルカメラも一般化していなかった。
そんなわけで、一番お手軽な使い捨ての、一時は差別用語で呼称されたコンパクトカメラ(レンズ付きフィルム)をコンビニエンスストアで買い求めておいたのだ。
ホテルに入り、流石、カメラマンといった手前、コンパクトカメラを出すのは躊躇われたが、たまたま、仕事が休みでカメラを持って来てなかったから、慌てて、コンパクトカメラを買ったと、苦しい言い訳をする。ところが、彼女は意に介することなく、どんな感じで撮ろうかと、話し出す。
私もカメラマン気取りで、まずはバスルームに入ってもらい、お湯を出し、そのスチームを利用して、ソフトフォーカスな、ぼんやりとしたものにしたい、といかにもなスタイルを提案。
彼女も乗ったらしく、なんの戸惑いもなく、服を脱ぎ、下着を取る。裸になると、贅肉のない、しまった身体をしている。アスリート(当時らしい言葉でいえば、体育会系か)のようだ。
私は服を脱がず、そのままバスルームに入り、お湯を出し、水蒸気を充満させる。彼女にはバスルームに入って扉のところで、ポージングしてもらい(多分、腕を上げ、頭の後ろに組み、腰を捻り、立ち姿のバリエーション)、私はリビングからドア枠の中にいる、ぼんやりとした、紗にかかったようなフレーミングにした。気分はノーマン・シーフやデビッド・ハミルトンである。
そんな注文をつけながら数枚を撮る。フィルムの枚数は限られている(24枚撮りくらいか)から、連写はできない。ポーズをつけながら、いいよ、とか、セクシーだよ、みたいな、いかにもカメラマンが言いそうな言葉を投げかける。
不思議なもので、撮る度に、顔が紅潮し、恍惚としてくる。いままでの凛としたものから、アンニュイなものに変わる。当然の如く、その場ではイヤらしいことは何もしていない。
そして、ベッドに移動し、続けてポーズをつける。官能的な肢体を撮る。イメージはマリリン・モンローのシーツに包まるヌード写真だ。
当時からハメ撮りという言葉は存在し、投稿雑誌などでもテレクラやストリートでナンパした女性を撮影し、投稿することもなんとなく一般化していた。写メやデジカメが普及する以前だが、素人が簡単に裸や性行為を撮る、撮らせる素地がその頃からできていたのかもしれない。
その時、私がハメ撮りをしたかは記憶が定かではない。恋人とセックスしているようなシーンは撮影した。だが、局部の接写などはしていない。デジタルな時代ではない。ポラロイド以外はすぐに見れないし、現像なども当然、簡単にはできない。ヌード写真を現像できるプライベートラボがマニアの間で利用されていることを知っていたが、そこまでは頭が回っていなかった。それ以前に、写真を撮りたいわけではない、撮影は会うための“口実”に過ぎないのだ。
その時はまだ、カメラマン気取りを引きずっていたのか、あくまでも芸術的なヌード写真を撮ろうとしていたのだろう。私は仕事には徹する男である(笑)。
だからといって何もしなかったかというと、そんなことはない。カメラマンとモデルという関係を超え、二人は結ばれたのである。というと劇的なようだが、なんのことはない、我慢できなくなっただけのこと。
もっとも我慢できなくなったのは彼女の方だ。カメラに撮られるという行為に欲情したらしく、押さえがきかなくなったようだ。投稿雑誌などで“ニャンニャン”するカップルが前戯として、カメラ撮影をしていることがあったが、レンズには不思議な力がある。レンズを男根に例える有名カメラマンもいたくらい。
セックスそのものも彼女の卒業を祝い、新たな門出に相応しい、新たな体験もしていただく。普段はあまり逝くことがないというが、この日に限れば、快感の無限連鎖、何度も深く逝ったようだ。これまでとは違う、初めての体験だった。と、軽く自慢してみる。過去の栄光か(笑)。
彼女には現像したら写真を送るということで、住所も聞いたはずだ。後日、現像した写真は見事に芸術の香りするヌード写真で、卒業を祝う、我ながらの傑作と自画自賛する仕上がり。実際に彼女に送ったか送ってないかは忘れたが、当然、ネガは私が持ったまま、焼き増しはいくらでもできる。投稿雑誌に送れば、小銭も稼げたが、流石にそんなことをするほど、私は悪人ではない。それにしてもゆるい時代ではある。むしろ、おおらかな時代といっていいだろう。まだ、事件や事故とは無縁の“テレクラ性善説”みたいなものもあった。当然、リベンジポルノなどという言葉はなかったのだ。
それから数年後、カメラ付き携帯電話の普及が盗撮を含め、素人ポルノ写真を激増させるが、そんな技術以前に、既に女性の股が開かれていたのだろう。テレクラは時代に先駆け、その時代の風俗を確実に映し出す。
現在発売中の「ダ・ヴィンチ」6月号の「絶対読んで得する14冊」に、『滝本夢絵日記』を選んでもらいました。
選んでくれたのは佐藤文香さん。
ぜったい よんで とくする!です。

6月5日(金)に下北沢B&Bにて予定していた『群像の時代』新刊記念トークの日程を変更しました。
7月24日(金)に開催いたします。場所は同じく下北沢B&Bです。
ご予約をいただいていたみなさまには大変申し訳ございません。
7月24日(金)にあらためてましてお越しいただけますよう、何卒お願い申し上げます。
委託配本を行なわない、23 の出版社からおすすめタイトルを集めたフェア
「注文出荷制23社フェア」に、ポット出版も参加します!
フェイスブックはこちらから
紀伊國屋書店グランフロント大阪店のサイトはこちらから
以下、フェイスブックより転載。
取次(=問屋)が勝手に選んだ本を書店に送りつける、という旧来のシステムから抜け出し、新しい出版流通に挑戦しようという出版社の本なので、日ごろ、書店の店頭では見かけにくい本も多数ございます。
この機会にぜひ、お手に取ってごらんくださいませ。
【会場】
紀伊國屋書店グランフロント大阪店
営業時間 10:00 ~ 21:00
所在地 大阪府大阪市北区大深町4-20 グランフロント大阪
ショップ&レストラン南館6F
TEL 06-7730-8451
【参加出版社(50 音順)】
アダチプレス/アルテスパブリッシング/えにし書房/共和国/苦楽堂/弦書房/ころから/サウダージ・ブックス/猿江商會/サンライズ出版/三輪舎/スタイルノート/トランスビュー/ななみ書房/羽鳥書店/バナナブックス/ブックエンド/ぶなのもり/ぷねうま舎/ブルーシープ/ポット出版/堀之内出版/まむかいブックスギャラリー
3月刊『アット・オウム』(写真・文/古賀義章)と1月刊『アイドル=ヒロイン』『アデュ〜ポルノの帝王久保新二の愛と涙と大爆笑』、続々と書評で掲載されました。ありがとうございます。いくつかご紹介させていただきます。
『アット・オウム』
◎「週刊朝日」5.1号 週刊図書館 評者/鎌田慧「自己判断を放棄させる集団生活の悲惨」
◎「毎日新聞」4月21日夕刊 読書日記
◎TOKYO FM webサイト 「まえがきは謳う」
『アイドル=ヒロイン』
◎「週刊朝日」3.13号 週刊図書館 評者/中森明夫「女の子たちのアイドル戦闘宣言」
◎「週刊金曜日」2.27発売 評者/倉本さおり「女の子好きの女の子の心理」
『アデュ〜ポルノの帝王久保新二の愛と涙と大爆笑』
◎『映画芸術』春号 Book Review 評者/寺脇研「賑やかで脳天気な久保チンの行状満載!」
◎「産経新聞』3月1日日曜日 「聞きたい。久保新二さん」著者インタビュー
◎「アサヒ芸能」3月12日発行 「カリスマ男優インタビュー」著者インタビュー
◎「映画秘宝」メディアチェック 評者/柳下毅一郎「久保新二が拾い集めたのは「正史からこぼれおちた、いかがわしく、妙ちきりんな話」
雨宮まみさんからいただきました。
書名●東京を生きる
著●雨宮 まみ
定価●1,400円+税
大和書房
2015年4月30日発行
ISBN978-4-479-39274-3 C0095
四六型/224ページ/上製
★Amazonで「東京を生きる」を見る