年別アーカイブ: 2012年

欲望

伏見憲明さんの本を久しぶりにポットから刊行しました。
今度は小説です。

この『百年の憂鬱』にまつわる刊行記念ミニ催しが続々とはじまっています。
Twitterで担当編集者から伏見さんへのインタビューにはじまり、
今週土曜日は中村うさぎさんとのトークイベント
来週は伏見憲明の恋愛相談室がツイキャスで開かれます。現在、恋愛相談を募集中です。
ドドーンと重いものからスカーンと軽いものまで、どうぞみなさんふるって相談をお寄せください!

伏見さんと言えば、2007年にポットから刊行した『欲望問題』
人間の「痛み」「差別」「欲望」「人と生きる」とはどういうことかを
深く考えさせられました。心に残る名著です。
先日、全国の中学校の図書館にDMを送り、『欲望問題』も宣伝しました。
中学生にもわかるシンプルな言葉でつづられた本だと思うし、
この本とめぐりあいたい中学生は必ずいると思うのです。
若い人たちにほんとに読んでほしい。
中学校の図書室の先生、注文リストの一冊にぜひ! よろしくお願いします。

「欲望問題」とは関係ないですが、今日の原宿も、すごい人でした。
突然に「欲望」という文字が浮かびました。
強さの差はあれ、人はなんらしかの欲望を抱えて生きている。
希望は持つものだけれど、欲望は持ちたいと思って持てるものではない。
この年になると、希望よりも内からわき上がる小さな欲望を大事にしたいと思ったりしながら
炎天下の原宿をふらふらと歩いていました。脳がやられたのかしら。

7月刊の『ドミナの園』の春川ナミオさんの個展、タコシェヴァニラ画廊で開催中です。
本も会場で販売中です。
中野と銀座で、ナミオ先生が描くお尻賛美の世界を、ご堪能いただけます。
『百年の憂鬱』も『ドミナの園』も、あるひとつの「欲望」のかたちです。

第10回■一杯のカレーライス

“悲劇”のヒロイン、30代の看護師は、渋谷のパルコの前で待っていた。服装や髪型、持ち物など、目印を聞いていたので、すぐにわかった。

原色に近く、身体のラインが強調された派手なワンピース(当時の表現いえば、ボディコンだろう)に、前髪パッツンのワンレン(ヘアースタイルのこと)、彫りが深く、大きな目と口というエキゾティックな顔を艶やかなメイクが縁取る。名前は忘れたが、当時、“淫乱”や“変態”などのキャッチフレーズで、あまりに過激なシーンが話題になっていたAV女優の顔がすぐに浮かんだ。

偏見(という言葉を敢えて使う)かもしれないが、かのマザコン男(彼女の婚約者)の保守的で、頭の固そうな“お母様”には、とても好かれるような容貌ではない。そういった人種が好む清楚で、お淑やかな嬢様タイプからは、ほど遠いのだ。男性の気を引くために理想の女性を演じるというよりは、メイクやファッションなどは華美を極め、自ら女性であることを誇示し、自分のための装いをしている。おそらく、彼女が“退(ひ)かれた”のは、仕事や性格だけが理由ではなく、その容姿や佇まいであることも想像に難くない。

本来であれば、彼女は渋谷の街を颯爽と闊歩する“イケイケギャル”という雰囲気だが、傷心で寝ることが出来ず、食事も取れてないという状況が、彼女から生気や精気を奪っていた。実際の年齢よりは、随分、老けて見えた。顔を覆うメイクも浮いてしまっている。

挨拶もそこそこに、パルコのレストランフロア内にあるカフェバーへ入る。睡眠不足、絶食状態ゆえ、アルコールというわけにはいかず、コーヒーを頼むことにする。

昨夜から今朝にかけ、充分過ぎるほど話し込み、心の奥に詰まったものを吐き出したからか、興奮や激高は収まったらしく、話しぶりはいくらか落ち着いていた。

いまであれば、電子なつぶやきや電波な日記を綴り、思いを吐露することができる。“いいね”なんていう共感や承認を貰うことで、精神の均衡を保つということもある。当時でも「命の電話」などの悩み相談をするところはあったかもしれないが、それは決して、気軽なところではない。信頼できる親や先生、友人などに相談するにしても、内容によっては、その信頼すべきことが裏目となり、話すことを避けてしまう。昨今のいじめではないが、簡単にいえたら苦労はしない。甚だ怪しく、性的な記号を持ちつつもテレクラがあることで、そんな憂さを晴らし、悩みを解消したという人もいたはずだ。

ある意味、行くあてもなく漂白する魂が辿りつき、行き場を無くしたこの街のストレンジ?達が集いしところなのかもしれない??なんて、“ポエムだな〜、メルヘンだな〜”(昭和のギャグです)してみる。

“テレクラ相談員”の心得

さて、テレクラ相談員(!?)としての役目を果たす上でのコツを話しておこう。
繰り返し話されることを、嫌な顔をせず、ひたすら聞くことだ。当然のごとく、この手の話は、くどいくらいに、同じことが表現を変えて延々と繰り替えされるもの。ある種の忍耐力が要求される。相談員慣れしているから、我慢はお手の物。

不思議なもので、電話であれだけ話しても、相手を目の前にして話すのとは違うようだ。私は彼女に危害を与える人間ではないことは伝わっている。勿論、仕事や家庭環境などはまったく違い、話すことで立場を危うくするような利害関係にもない。それゆえ、彼女も安心したのだろう。話も滑らかになる。それを優しそうな眼差し(と、相手には見えるらしい)で、聞き入る。おかしなもので、ここまで話し込んでくると、私も邪心(というか、すけべ心)も霧散し、人畜無害の“いい人オーラ”も漂ってくる。東京人の“ええ恰好しい”かもしれないが、相手に良く思われたいという気持ちがそうもさせるのだろう。

彼女の話を一言も聞き漏らさず、懸命に聞く。もとより、学生時代の企画会社の仕事で、インタビュー千本ノック(!?)を経験。話を聞くことは朝飯前だし、相槌や話の回しは得意とするところ。ちゃんと、相手の話を聞きながら、その相手が何を求めているか、何を待っているかを先回りし、適切に言葉を落としていく。もっとも助言や提言などという、大層なものではない。具体的で建設的なもの言いなどはできないが、少なくとも混沌に沈み、湖底で自暴自棄になっている人間にとって、関わろうという人がいるだけで、充分な支えになるというもの。彼女へ言葉を振っても、それは先導ではなく、伴走のようなものだ。

話した内容は、例によってあまり覚えていないが、前述した通り、説教したり、諭したりではなく、ただ、彼女の言葉を肯定し、受け止めるとともに、マザコン男と子離れできない母親への反発を口にしただけだと思う。私自身、当時は実家住まいで、親に散々、迷惑をかけているので、子供の結婚を心配する親のことをとやかくいう資格はないし、結婚という制度そのものも必ずしも当人同士だけの問題ではないことはわかっている。勿論、そんなことはおくびにも出さず、憤りの感情を抱き、許せない思いであることを伝えた。既に電話で聞いていた話だが、本人を目の前にして、実際、怒りや悲しみは、少しは収まりつつあるものの、彼女の哀れを乞うような表情を見ると、“悲劇”のリアルさを感じないわけにはいかない。彼女のやるせなさ、切なさみたいなものが増幅される。

泣きながらカレーライスを食べる

ある程度、話してきたところで、彼女自身もリラックスしてきたらしく、少し空腹を感じるという。一昨日からまったく、食事をとっていない。あわてて、食べ物をと思い、とりあえず、カレーライスを注文する。いわゆるカフェバーだから、イタリアンやフレンチなど、こじゃれたものもあったが、とりあえず、精をつけてもらう。香辛料も意識を覚醒させるものだ。心が落ち着いて、漸く身体の機能が正常化したのだろう。空腹を覚え、食物を求めるのは、いい兆候だ。

当時のカフェバーのこと、見てくれは良くてもとても美味しそうに思えないものだが、それでも彼女はカレーを口に運ぶ。久しぶりに食する固形物の存在感と舌と鼻を刺激する香辛料の香りが、生きていることを実感させているかのようだ。カレーを食べながら、彼女は涙ぐんでくる。涙を拭うことなく、嬉しそうに頬張った。

カレーライスを頬張る彼女を見ると、何かいいことをしたという気持ちになる。いいことをする、善行など、まるでテレクラには似つかわしくない。だが、単なる欲望や性欲だけでなく、人と人の繋がりを信じ、絆みたいなものを大事にする(というと、昨年以降、やたらと、使い古された言葉であるが)、そんな遊び人も少なくなかったと思う。いいことをしたなど、自己満足でしかないが、まだ、そんな“良心”のようなものがテレクラにあった時代でもある。

前回、“一杯のかけそば”ならぬ、“一杯のカレーライス”という“ドラマ”が待っていたと書いた。実は、この「一杯のカレーライス」は、テレクラ版「一杯のかけそば」でもある。当時の遊び仲間には、テレクラ武勇伝ならぬ、テレクラ深いい話として、自慢げに話したこともあった。

時はバブルの時代。飽食や贅沢が良しとされていた(かはわからないが、少なくともそれが当たり前と化していた)。貧困や貧乏など、過去のことと、思われていた。ところが、そんな時代の反動、補完作用として、清貧や質素という言葉が世の中に浮上してくる。

『一杯のかけそば』は、栗良平の短編小説で、1988年から1989年にかけ、「涙なしでは聞けない」話として、一時は日本中で話題となり、社会現象にまでなった。

あらすじを某ウィキペディアから適当に引用する。“大晦日の晩、札幌にある「北海亭」という蕎麦屋に子供を2人連れた貧相な女性が現れる。閉店間際だと店主が母子に告げるが、どうしても蕎麦が食べたいと母親が言い、店主は仕方なく母子を店内に入れる。店内に入ると母親が「かけそばを1杯頂きたい(3人で1杯食べる)」と言ったが、主人は母子を思い、内緒で1.5人前の蕎麦を茹でた。そして母子は出された1杯(1杯半)のかけそばをおいしそうに分け合って食べた。この母子は事故で父親を亡くし、大晦日の日に父親の好きだった「北海亭」のかけそばを食べに来ることが年に一回だけの贅沢だったのだ。翌年の大晦日も1杯、翌々年の大晦日は2杯、母子はかけそばを頼みにきた。「北海亭」の主人夫婦はいつしか、毎年大晦日にかけそばを注文する母子が来るのが楽しみになった。しかし、ある年から母子は来なくなってしまった。それでも主人夫婦は母子を待ち続け、そして十数年後のある日、母とすっかり大きくなった息子2人が再び「北海亭」に現れる。子供達は就職してすっかり立派な大人となり、母子3人でかけそばを3杯頼んだ”??と、引用が長くなったが、いかにも貧乏くさい話で、とても泣けるよう代物ではない。それなら、まだ、かの『北の国から』の“子供がまだ食ってる途中でしょうが”みたいな話の方が泣けるかもしれない(いずれにしろ、私的には泣けない!)。

ただ、泡沫の時代の潮流に抗うかのように、社会的な注目を浴びたのは、単なる偶然ではなく、必然だったと感じている。

「一杯のかけそば」そのものは、実話か、創作かで議論になり、また、作者の詐欺師まがいの私生活がスキャンダルになって、あっという間に駆逐されてしまった。いまでも胡散臭い話だと思うが、当時であれば、余計、胡散臭く感じられたものだ。さて、「一杯のカレーライス」、かの「一杯のかけそば」の蕎麦屋の店主ではないが、彼女がカレーライスを嬉しそうに食べる姿を見て、私自身も嬉しかったのも確かである。ぎりぎりに追い詰められ、彼女の背中にのしかかっていた重荷のようなものを少しでも軽くすることができたと思っている。私の中では、テレクラにまつわる、ちょっといい話として、未だに記憶の中(というか、底!)に鮮明に残っているのだ。

結局、その女性とは、店には悪いが、一杯のカレーライスで、随分と長いこと、居座ることになる。閉店ぎりぎりまで話していたと思う。流石、パルコ内の店だったから、深夜営業というわけにはいかない。本来であれば、 “何気に終電をやり過ごし、泊まるしかない状況を作る”作戦を取るところだが、流石に、ほとんど寝てないということもあって、そのまま帰ってもらうことにした。そこに、深謀遠慮などはない。邪まな下心はなく、完全にいい人気取りである。言葉は悪いが、弱っている人間の間隙をつき、落としてしまうというのも口説きの常套手段かもしれない。しかし、そういうことは当時もいまも潔しとしない私がいた。どうしてもあからさまに弱みにつけこむことができないのだ(もっとも、あからさまでないところでは、つけこんでいたのかもしれない!?)。とりあえず、電話番号は交換したが、特に次の約束などはしなかった。“それっきり、それっきり、もうそれっきりですか”(“それっきり”ではなく、“これっきり”なら、山口百恵の「横須賀ストーリー」である。ちなみに、彼女は横須賀出身だった、とすると出来過ぎた話だが、当然、そんなことはない)でもいいと思っていた。それでも時々、思い出したように近況を伝える連絡は貰っていた。電話口の彼女の声はすっかりふっきれたらしく、軽やかになっていた。

再会

“もうそれっきり”だけで、二度と会うこともないと思っていた“悲劇”のヒロイン、“カレーライスの泣きむし女王”こと、30代の看護師と、意外なところで、再会することになる。もっとも再会といっても、どこかで会ったというわけではない。思いもかけないところで見かけたといっていいだろう。1年後くらいかもしれない。あるニュース映像の中に、彼女はいたのだ。

別に事件や事故のヒロインになったわけではない。それは、看護師の職場や仕事などの待遇改善を求める、大きなデモンストレーションがあったことを報じるニュース映像だった。彼女は、そのデモを牽引するものとして、マイクを持ち、自分達の職場での地位向上と、仕事環境の改善を主張していた。白衣姿(考えてみたら、私服は見たことはあるが、白衣姿は見たことはなかった)が眩しく、その声には精気が漲る。戦う女などといったら語弊があるかもしれないが、凛とした佇まいである。結局、彼女がその後、誰かと結婚をしたか、それとも結婚しなかったのか、わからない。仮にしていてもその相手などもわかる由もないが、しかし、仕事はやめていなかったことは事実のようだ。

泣きながら、嬉しそうにカレーを食べていた彼女の顔と、ニュース映像に写る戦う彼女の顔が私の中で二重写しになる。その時、彼女は光の中で、輝いていた。

「百年の憂鬱」発刊記念ドロ沼企画! その恋の悩み、伏見憲明が引き受けましょう!!!!

そこのあなた、恋をこじらせていませんか?
百年の憂鬱」で中年の恋を描ききった伏見憲明がその悩みにお答えします。
「いい歳こいて中学生みたいな恋にはまってる…」
「周囲がドン引きする人に恋してる…」
「彼氏が変態過ぎてヤバい」
Twitterでも電話でもハガキでも何でもOK! 思い切りぶっちゃけてください!

◎相談日

8/5(日)〜8/8(水)、8/8(水)〜不定期に伏見憲明さんがツイキャス上で、寄せられたお悩みにまとめてお答えします(ゲストもあり!)。放送前には Twitterで告知をします。恋に悩む老若男女は伏見さんのアカウントを是非フォローしてください!!

◎伏見さんに恋の相談をしたい人は……
Twitter ポット出版のアカウントにリプライを飛ばしてください。
メール 担当編集・高橋宛て(taka★pot.co.jp)〈★を@に〉に送ってください。
ファックス 03-3402-5558まで。
ハガキ 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-33-18 #303 「伏見恋愛相談室」まで。(締め切り・8/7〈火〉必着)
お電話 8/2(木)〜8/3(金)、8/6(月)〜8/7(火)の10:00〜18:00に03-3478-1774までお電話していただき、高橋を呼び出してください。
泥沼のように暑い夏と恋のもやもやを吹っ飛ばしましょう![文●高橋大輔]

【2012.8/8追記】
お悩み相談の模様はアーカイブで視聴可能です。

銀座・ヴァニラ画廊にて春川ナミオ展「ドミナの園」開催 7月30日(月)〜8月11日(土)

2012年7月30日(月)〜8月10日(金)まで、銀座・ヴァニラ画廊にて『絵物語 ドミナの園』発行に合わせて、春川ナミオ展「ドミナの園」が開催されています。
会場では、著者のサインが入った『絵物語 ドミナの園』の販売も行なわれています。

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『ドミナの園』発売記念・春川ナミオ展開催

場所●ヴァニラ画廊
〒104-0061
東京都中央区銀座 6-10-10 第2蒲田ビル4階
日時●2012年7月30日(月)〜8月11日(土)まで
平日12時~19時/土曜・祝日12時~17時/日曜休廊

また7月14日(土)〜8月10日(金)まで、中野・タコシェでも春川ナミオ展を開催しています。

絵物語 ドミナの園


著●春川ナミオ
英訳●ドミニク・ウルフ
希望小売価格●2,800円+税(この商品は非再販商品です)
ISBN978-4-7808-0183-5 C0071
A5判 / 168ページ / 並製
[2012年7月27日刊行予定]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
絵物語 ドミナの園

ポット初の文芸書「百年の憂鬱」を刊行しました。

表題の通りです。
暗中模索の日々を過ごしています。
いやー、小説ってどうやったら売れるんですかねー。
なんて長閑に構えてなんていられない零細企業なので、
出来る限りのことはやろうと、宣伝に力を注いでいます
(ほぼ著者である伏見さんのアイデアですが)。

◎今までにやったこと
・7/27(金)〜7/29(日)Twitterで伏見さんに
著者インタビューを行ないました。
トゥギャッターにまとめてあります。→「「百年の憂鬱」発刊記念/著者・伏見憲明インタビュー

・7/28(土)〜7/29(日)新宿、渋谷、池袋の大型書店さんを回り、すでに置いていただいているかを確認。可能であれば写真を撮らせてもらって、Twitterにアップしました。

・Twitter上で「百年の憂鬱」について言及されているものを検索し、トゥギャッターにまとめました(随時更新します)→「『百年の憂鬱』(著:伏見憲明)感想まとめ

◎これからやること
・8/1(水)「エフメゾ」にて発売記念イベントが開催されます(詳細は「伏見憲明の公式サイト」をご参照ください)。
既に読んでいただいた方で、許可がいただける方には本の感想を語ってもらい、YouTubeにアップする予定です。

・8/4(土)エフメゾカフェ営業にて中村うさぎさん×伏見憲明さんのトークショーが開催されます(詳細は同じく「伏見憲明の公式サイト」をご参照ください)。
対談の模様はテキスト化してポット出版のサイトにアップする予定です。

・8/5(日)〜の週、伏見さんが「ツイキャス」で、みなさまの恋愛相談にお答えします(ゲストもいらっしゃるそうです)。放送前にはTwitterで告知をするので、興味がある方は伏見さんのアカウントをフォローしてください。
こちら、相談ごと大絶賛受付中です。色んな方法で受付中です。ポット出版のアカウントにリプライを飛ばしてもらってもいいし、DM希望ならその旨お伝えいただければフォローします。メールであれば、私、高橋宛て(taka★pot.co.jp)〈★を@に〉に送っていただいてもかまいませんし、ファックスだったら03-3402-5558まで、ハガキだったら〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-33-18 #303 「伏見恋愛相談室」まで、電話だったら03-3478-1774で高橋を呼び出してください。なんでも受け付けます。

こんな感じの日々です。
「百年の憂鬱」詳細
です。なにとぞ。

TOWER RECORDS ONLINEでの連載「アイドルのいる暮らし」第3回:ぽこさん編を公開しました

TOWER RECORDS ONLINEでの連載「アイドルのいる暮らし」の第3回:ぽこさん編を公開しました。
著者は『グループアイドル進化論』共著者の岡田康宏(@supportista)さんです。
この連載は、ポット出版から単行本として刊行を予定しています。

平日のライブ会場やショッピングモールで行われるイベントで、いつも見かける大人の姿がある。けっこういい歳してるけど、この人たちはいったいどんな生活をしているのだろう?

大人のアイドルファンは、アイドルファンであるだけではなく日常を生きる社会人でもある。お金も暇もある大人のオタクには、元気なだけの若者にはない深みと趣きがある。ライフスタイルとしての現場系アイドルファン、大人のオタクの遊び方とは?
今回お話を伺ったのは、ぽこさん(@fewpoco)だ。30代後半のシステムエンジニア。結婚12年目の奥さんと2人暮らし。ブレイク直前のPerfumeを見に初めてアイドル現場に足を運び、その後のアイドル遍歴はAira Mitsuki、ぱすぽ☆、東京女子流、LinQなど。Perfumeファンのクラブイベント「Perfume Night」運営スタッフで、11年6月、ぱすぽ☆のフランスツアーに参加した25名のうちの1人。既婚者にしてガチ恋系。アイドルに限らず、カメラに小説、野球に競馬、フライフィッシングからオンラインゲームまで多彩な趣味を持つぽこさんに話を聞いた。

アイドルのいる暮らし 第3回:ぽこさん編

アイドルのいる暮らし 第2回:ガリバー編

アイドルのいる暮らし 第1回:童貞ゾンビ編

お台場の海再び 点の場合

一回目のお台場では、ロングリードを持っていかなかったため
泳ぐ練習ができなかった点。
今回は、ばっちり用意したから、泳げるようになって帰ろうね!
という人間の勝手なもくろみも知らず、点は波打ち際ではしゃいでおりました。

点「海、最高っす!」
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そこへ、母ナースの声。「点ちゃーん、泳ぐよー」
点「へっ? 何っすか?」(身の危険を察知し、ヘン顔になる点)
すず「泳ぐんだって」
咲「練習だって」
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点「勘弁してください、かあちゃん」
母ナース「がんば、がんば」
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点「か、かあちゃん、脚がつかないんですけど」
母ナース「平気、平気」
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母ナース「ほーら、泳げた!!」
点「オイラ、天才かも?」
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点「方向転換して泳いじゃおうかなあ。スーイスーイ」
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点「で…でも、かあちゃん、そろそろオイラ限界かも…」
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すず「点の顔が必死になってる」
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点「ゼエゼエ…」
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点「あ、あと少しで脚がつきそう! がんばれ自分!」
鉄「ふっふっふ。泳ぎではオレ様の足もとにも及ばないな」
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