投稿者「ポット出版」のアーカイブ

田亀源五郎『銀の華【復刻版】』上、中、下巻●再度発売日延期のお知らせ/2012年10月17日(水)→2012年11月上旬

田亀源五郎『銀の華【復刻版】』巻の発売予定日を、印刷事故のため
2012年10月5日(金)から11月上旬に延期いたします。再度の延期となってしまい、大変申し訳ありません。

ご予約いただいた方、発売を楽しみにしていただいている方にはさらにお待たせすることになり、お詫び申し上げます。
スケジュールが確定し次第、再度ポット出版ウェブサイトにて告知致します。

なにとぞ、ご了承いただけますようお願い申し上げます。
(ポット出版・高橋大輔)

『百年の憂鬱』の書評が掲載されました●「週刊読書人」

百年の憂鬱』(伏見憲明)の書評が「週刊読書人」2012.9.28発行号に掲載されました。
小説家の坂井希久子さんによる書評です。
「恋と愛と信仰の物語──三世代の同性愛者を対比させる構成で描く」
ありがとうございます。
続きを読む

第18回■女ぎつねon the Run〜僕、どうなっちゃってるんだろう

妙な収まり具合

「たかが、一度や二度、寝たくらいで、彼氏ヅラするんじゃねーよ」
多分、いまだったら、そんな言葉を吐かれてていたかもしれない。勿論、あの時代は、そんな鉄火肌の表現をする女性は、まだ、多くはなかった。そんな言葉が女性誌などで頻繁に飛び出すようになるのは、誰とでも気安くセックスをするようになってからのことである。

彼女とめくるめく箱根の夜を過ごす。そのため、あまり寝ることはできなかったが、朝食を急いで食べ、早雲寺にほど近い旅館を早めに出た。彼女は午前中から仕事があり、遅くても10時までには出社しなければならない。旅情に浸る間もなく、小田急を東京へと急ぐ。

表参道で、二人は乗り換えだ。ともに銀座線。彼女は数駅して降り、私はずっと先まで乗っていった。彼女が下車する前、また、今度の日曜日に会う約束を取り付けていた。場所や時間は決めていないが、日曜日にまた会えると思うだけで、自然とにやけた顔になる。いまにして思えば、相当な阿呆面だったはず。

2泊3日の箱根への旅行。考えれば、随分と長い時間、彼女と過ごした。テレクラがあったからこそ実現した出会いだが、まさか、いきなりこんな展開があるとは思っていなかった。会って数日で旅行をともにするなど、普通の恋愛関係では、あまりないことだろう。二人の距離はいきなり縮まる。急接近である。

そんな時間の中、私自身、まさかという感情が芽生えてきた。ただセックス出来ればいいというだけではなく、恋愛感情めいたものも伴ってきたのだ。彼女に対して惚れたとか、可愛いとか、魅力的だなどと感じ、そんな言葉を前回、敢えて散りばめたのも、私の感情の奥底に溜まった声を形にして、吐き出しておきたかったからだ。

つくづくセックスとは強烈なものだ。「セックスから始まる恋愛がある」。そんなフレーズは、“セックスが自由解禁”(「アンアン」のセックス特集ではないが、80年代後半から90年代にかけ、レディスコミック、レディスマガジンなどにもセックス礼賛漫画や企画が増えてくる)された90年代以降の表現だが、セックスをしている時の高揚感と安心感みたいなものがそう思わせるのだろう。フィット感といってもいい。妙な収まり具合。何か、二人でいることが必然でもあるように感じるのだろうか。

多分、その時は、それほどではなかったかもしれない。薄らとした恋心くらいか。といっても流石、張芸謀(チャン・イーモウ)の『初恋の来た道』(1999年・中国映画)ほどの純粋さはない。当たり前だ。

留守電

日曜日に“デート”(!?)の約束をしたが、具体的な待ち合わせの時間や場所は決まっていなかった。自宅の番号を聞いていたので、電話をする。彼女は出なかったので、留守電に、折り返し電話をしてもらうように吹き込む。私は実家住まいだったが、自分専用の電話(勿論、携帯電話という時代ではなかった)があり、留守電も外から聞けるように設定していた。

ところが、彼女から折り返しの電話はなく、何度かかけるも、留守電に繋がってしまう。繰り返しかけたが、後に社会問題化するストーカー(同語が日本で定着したのは90年代に入ってからで、事件として規制対象になるのは2000年からのこと)ではない、繰り返し電話をかけるといっても常識の範囲内である。

結局、電話をかけ続けるが、連絡が取れないまま、その日が来てしまう。当日も、おそらくいるであろう午前中に連絡をするが、やはり、出てはくれない。私はいてもたってもいられなくなり、彼女の家へ行くことにした(一回目の家庭訪問で、次も来ることを考え、場所や道順はしっかり把握していた!)。後年、将棋棋士・中原誠名人が当時、愛人だった林葉直子との間でスキャンダル事件(1998年)が起こり、林葉の留守番電話に中原が「今から突撃しま〜す」と吹き込むなど、話題になったが、私自身はそんな“討ち入り”感情はなかった。むしろ、連絡が取れないことで、その安否が気になっていた。変な事件や事故に巻き込まれていないか、心配だったのだ。私の時で明らかなように、初めて会った男性とすぐにホテルへ行ってしまう、その行動は危険極まりない。危なっかしい女性である。何が起きてもおかしくはないだろう。

私の家から彼女の家までは1時間ほどだった。最寄駅から家への道は、しっかり覚えていた。迷うことなく、辿りつく。チャイム(オートロックではなかった。その普及にはもう少し時間がかかっていたのかもしれない)を押す。しかし、返答はない。ドアに耳を押し当て、聞き耳を立てるが、水道や空調、テレビなど、生活音はしない。部屋には誰もいないようだ。

もし、近くに買い物などで出ていれば、部屋の前で待っていればいいのだが、訳もなく前にいるのは流石に怪しい。不審者と間違われてしまう。近所の住人に通報でもされたら、それこそ、洒落にならない。時間を少し置いてから、また、来ようと思って、暫く彼女の家の周辺をぶらりとする。駅周辺の表通りには店などが点在しているが、裏通りに入ると、すぐに閑静な住宅街。犬の散歩をさせているご婦人も見かける。下町とは違う山手感が漂う。

彼女の家の周回(!)も2、3周目に入ったところで、いきなり坂の上から目の前に白いベンツが現れた。助手席に座っていたのは彼女だ。思わず、目を疑う。彼女も驚いたような顔をしている。運転席側の窓が開くと、今でいう(といっても既に死語ではあるが)“ちょい悪”風の男性が「あんた、誰!」と、どすの聞いた声で、恫喝とも取れる言葉を残し、そのまま走り去った。言葉を返すことも追いかけることもできなかった。

一瞬、何のことか、わからず、頭が混乱した。彼女は、私の彼女で、今日は、デートの約束をしていた。ところが、それはすべて、こちらの思い過ごしで、勘違いではないかという気持ちにさせられてしまう。

元々、テレクラなどは敗者のゲームと認識していたが、その敗者のゲームでも敗者になってしまった気分だ。流石、悔し涙にくれるということはなかったが、釈然としない気持ちのまま、この日は撤収を決め込む。そこにいてもいいことは起こりそうにない。

迷走

この日から私の“迷走”が始まったといっていいだろう。ニンフォマニアを自認する“女狐”を再び捕まえ、我が掌中にしようと足掻いたのだ。本来なら、相手は自分より一枚も二枚も上のプレイガール、関わると火傷をするだけ、諦めが肝心と、ケツをまくるのが妥当だろう。何しろ、粋を任ずる私のこと、引きずり、執着することなく、綺麗さっぱりと諦めるのが私らしいというものだ。しかし、そうすることができなかった。

セックスに一縷の真実があるかわからない。ただ、欲望を剥き出し、求め合っていた時、お互いが必要と思い、かけがえのない同胞に出会えたような気がしていた。その刹那に永遠を感じたといったら、嘘くさいかもしれないが、それほど、強烈で、彼女の磁力に引き込まれてしまったのだ。

電話などしなければいいものの、凝りもせず、何度も電話をかけてしまう。留守電に吹き込むものの、当然、折り返しの連絡はない。また、その電話も悪戯電話のように何十回も何百回もかけるようなことはしなかったが、深夜、早朝、お構いなしにかけてしまう。

連絡が取れなくなると、余計、熱くなる。彼女への思いが沸騰する。少なくとも何故、電話に出てくれないか、その理由だけでも聞きたくなる。私にしてみれば、何の断りもなく、いきなり、門前払いをくらわせられた。晴天の霹靂。納得できないというのが正直なところだ。

しかし、その理由を知ることはできない。出てはくれない電話と格闘して、数週間(実際は数日間かもしれないが、とてつもなく、長く感じた)がたったある日、多分、日曜日の昼だったと思う、彼女が電話に出てくれた。

話かけるものの、暫く無言が続くと、いきなり、見ず知らずの男性が出てくる。少し甲高く、声も若々しい。若干、震えてもいる。
「もう電話をするのはやめてください。彼女は本当に迷惑しています。これ以上、しつこくしたら、警察に通報します」

これでは、まるでストーカーである。何度も書いているが、まだ、日本ではストーカーという言葉も認識されていず、その当時は法規制もできていなかった。流行の先駆けと、自画自賛したいところだが、当然の如く、その時はそんな余裕などはない。

私が反論する間もなく、その電話は切られてしまう。声の主は、彼女の家で鉢合わせしたちょい悪の男性ではない。これでもう一人、男性の影が浮上したわけだが、流石、ニンフォマニアである。他にもまだ、いそうだ(笑)。

彼女の家に電話をかけることもままならなくなった私は、次は彼女の会社へと向かう。最初に会った翌朝、彼女から名刺を貰っていた。
会社の前まで行き、まちぶせをする(石川ひとみか!?)。何度か、試みるも都合良く鉢合わせなどはしない。空振りは続く。

そんなある日、夜遅くだが、会社の前に行ってみると、既に灯りは消えていた。誰もが退社していた。会社はビルの2階にあって、外階段を上って入るようになっている。どんなところか気になり、階段を上ってみると、会社の窓が少し開けっ放しのままになっていた。入ろうと思えば、入れる状態になっていたのだ。彼女のデスクを見てみたい。引出などを漁ってみれば、彼女のことが何かわかるのではないかという思いが込み上げる。実際、窓を少し開けてみて、どうしたら、侵入できるかを考えていた。同時にまわりの様子も伺っていた。人が来たら、見つかってしまう。

これでは不法侵入だ。間違いなく犯罪である。あと少しで窓枠に足を掛けそうになったが、寸でのところで理性が働き、思いとどまる。ほんの少しで、犯罪を犯すところ。翌日の新聞に私自身が乗ってしまうところだった。

しかし、そんなことまでしようという、まさに“僕、どうなっちゃてるんだろう”である。本当に常軌を逸していた。恋患いとは、人の心を狂わせてしまうものだ。

そんな“嵐の季節”に足を踏み入れつつも、その時、仕事が忙しかったこともあり、多少なりとも忘れることができ、犯罪を犯すまでには至らなかった。しかし、少しでも時間があると、また、彼女のことを考えてしまう。本当、いつもの自分らしくない。
彼女のことをどれだけ思っていたかなどは口にして敢えて言う必要はないが、その行動がすべて語っているだろう。

日々の忙しさが彼女を失った痛みを忘れさせていった。なかなか立ち直れないでいたが、そうもいってはいられない。後ろ向きのままではいられない、前向きに生きていくしかないのだ。

スキャンダル

それから数ヵ月後、事態は思いもかけない展開を見せた。ある週刊誌が彼女の会社の接待疑惑や贈収賄をスクープし、そのスキャンダルの中心に、彼女がいた。コンパニオンを派遣する会社と、派遣先である大手企業との関係が取り沙汰され、彼女は“愛人”という名の肉弾接待の主役を演じていたのだ。当時、F1などもブーム(日本では1990年から1992年にかけて、社会現象化した。特に後年、1994年、レース中に亡くなるアイルトン・セナが人気だった。ちなみに木村拓哉の1996年のヒット・ドラマ『ロングバケーション』の主人公の名前も瀬名だった)になりかけていて、そういったものに大きなお金が動く時代でもあった。

詳述は避けさせていただくが、そういうことを考えれば、私が鉢合わせをしたちょい悪の男性は、肉弾接待の相手だったかもしれない。妙に辻褄が合ってしまう。

彼女に突然、降りかかったスキャンダル。まさか、彼女自身もそんなことになるとは思っていなかったはずだ。幸い、そのスキャンダルは一誌だけで、他が追随することなく、暫くして、人々の耳目から消えていった。しかし、彼女の傷や痛みは大きいに違いない。

余計なお世話かもしれないが、落ちこんでいるであろう彼女を励ましたかった。これを利用して、復縁(!?)を迫ろうなどとは考えてもいなかった。本当に励ましたかったのだ。

何度か、電話をかけたが、幸い、彼女が出てくれて、少し話すことができた。どんな言葉をかけたか忘れてしまったが、その翌年90年の春に来日するアーティストのコンサートに行くことを約束した。敢えて、名前は出さないが、ビッグ・アーティストで、スタジアムでの公演である。

それから数ヵ月後、私はとっておきの席を取り、その日、彼女とスタジアムで、再会した。騒動の傷は多少、癒えたものの、まだ、心からの笑顔は取り戻せていないようだ。それを隠そうと、モード系のとびきりお洒落なファッションに身を包み、髪は緩いウェイブをしっかりと固め、メイクも凛とした彩を施す。どこかしら、近づきがたいような美しさを漂わせている。彼女をエスコートする自分を誇らしいとも思えた。

そのコンサートは後に伝説となり、語り継がれるものになったが、すべてを忘れさせるような音の洪水が彼女に纏わりついたものを洗い流したようだ。

コンサートの後、六本木のお気に入りのビストロで、彼女と食事をした。ワインを飲み、少し上気した彼女の顔に、久しぶりに笑みを見ることができた。

彼女とは、また、会う約束は特にしなかった。それっきりになってしまうが、それでいいと思った。復縁を目論んでいたわけではない。ただ、少しでも嫌なことを忘れ、楽になってもらえばいい。また、私の“いい人気取り”が出てしまったわけだ。彼女の人生に、私はいない。彼女が解決しなければならない問題は、自らが解決しなければならないだろう。

六本木の夜は、もう春だというのに、少し肌寒くはあった。そんな日はぬくもりを求めたいところだが、一人で、寝ることにする。こんな時に、誰かと温めあったら、また、勘違いをしそうだ。

TOWER RECORDS ONLINEでの連載「アイドルのいる暮らし」第5回:ジェリーさん編を公開しました

TOWER RECORDS ONLINEでの連載「アイドルのいる暮らし」の第5回:ジェリーさん編を公開しました。
著者は『グループアイドル進化論』共著者の岡田康宏(@supportista)さんです。
この連載は、ポット出版から単行本として刊行を予定しています。

平日のライブ会場やショッピングモールで行われるイベントで、いつも見かける大人の姿がある。けっこういい歳してるけど、この人たちはいったいどんな生活をしているのだろう?

大人のアイドルファンは、アイドルファンであるだけではなく日常を生きる社会人でもある。お金も暇もある大人のオタクには、元気なだけの若者にはない深みと趣きがある。ライフスタイルとしての現場系アイドルファン、大人のオタクの遊び方とは?
今回お話を伺ったのは、ジェリーさんだ。関西在住、30代後半の女性で一度の離婚経験がある。中学生のころ光GENJIにハマったのをきっかけにジャニーズファンとなり、現在は嵐・二宮和也担当。代理店勤務で多忙な毎日を送りながらも、嵐、Sexy Zoneを追いかけて全国のツアーを回る。「会えるアイドル」が全盛となった今も手の届かない存在として圧倒的な人気を誇るジャニーズの魅力とはどこにあるのか。

アイドルのいる暮らし 第5回:ジェリーさん編

アイドルのいる暮らし 第4回:コロラドさん編

アイドルのいる暮らし 第3回:ぽこさん編

アイドルのいる暮らし 第2回:ガリバー編

アイドルのいる暮らし 第1回:童貞ゾンビ編

いただいた本●毎田周一 君 気持ちを大きくもとう

隠密剣士、いまここに甦る!』の著者・徳永文一さんからいただきました。

書名●毎田周一 君 気持ちを大きくもとう
編●徳永文一
発行●長風舎
発売●トランスビュー
定価●1,500円+税
2012年11月5日発行
ISBN978-4-7987-0132-5 C0095
四六判/173ページ/上製

Amazon.co.jpで見る

内容紹介

知られざる求道の詩人、毎田周一(まいだ しゅういち)のことば。

「この不安な時代、混迷の時代に、右往左往せず、自分を見失わずに歩んでゆく。悲しみも逆境も悠然と乗り越えてゆく。毎田周一の言葉には、そんな生き方を支え、励ます力があります。
あなたを包みこむようにして、勇気を希望の風が渡っていきます」(編者・德永文一)

暁烏敏が激賞し鈴木大拙や柳宗悦らに見いだされながらも、隠遁の生活を選んだ毎田周一が今、私たちの胸に沁みる。

------------
毎田周一(マイダ シュウイチ)
1906年(明治39年)金沢市に生まれる。
浄土真宗の高僧、暁烏敏の薫陶を十代で受け、のちに、西田幾多郎が教鞭をとる京都帝国大学文学部哲学課に学ぶ。終戦後、石川県師範学校教授を辞め長野県上水内郡鳥居村(現在の長野市豊野町)に転居して仏教の研究と伝道の活動をはじめる。最初の著作である『雑阿含無常讃仰』は、暁烏敏が激賞し鈴木大拙や柳宗悦らにも見出されたが、宗派や学会からは距離をおき在野での求道・探究に徹した。
多くの経典解説書や、人間を探究し生きることを励ます言葉の数々を遺し、1967年(昭和42年)心筋梗塞により死去。
------------

第17回■箱根旅情

コンパニオンを派遣する会社に勤める20代後半の女性とのめくるめく夜。それは、あまりに短かった。夜が明け、陽が上る頃には“ブティックホテル”を出なければならない。ほとんど寝ることなく官能を貪っていたが、感嘆と喜悦の夜はあっけなく過ぎ、朝を迎えてしまう。彼女のようにニンフォマニアを自認する女性なら、本来であれば、やることを済ませたらそこで終わりだろう。ところが、さらにめくるめく展開があったのだ。

まさかのモーニングサービス

ホテルを出ると、既に陽は上り、日差しが眩しい。健やかな秋晴れである。246号に近いにも関わらず、空気は澄んでいるように感じた。彼女の家は、そのホテルから歩いて15分ほどのところだという。会話をしていると、耳を疑う言葉が続いた。
「家に来る?」
“家庭訪問”を断る理由はない。意外な“お誘い”に驚きつつも、「うん、行く!」と即答する。

246号を三軒茶屋方向に向かい15分ほどで、彼女の家に着く。世田谷区らしく、板橋区などのマンションとは違い(失礼! 板橋の皆様、すいません!!)、お洒落な外観をしている。彼女の部屋は2階だった。1LDKほどで、特に豪華でも貧相でもない。ある種、バブルとは一線を画した20代後半女性の住処という感じである。コンパニオンの派遣という派手な職業柄、分不相応な部屋を想像していたが、いい意味で裏切られ、思いの他、慎ましやかな暮らしぶりに好印象を抱いた。
彼女はキッチンでコーヒーを淹れ、トーストを焼いてくれる。まさかのモーニング・サービス! テーブルに向かい合い、朝食をともにする。まるで、気分は“同棲時代”(上村一夫の同題の人気漫画があったが、舞台は70年代。そんな貧乏くさい雰囲気はなかった。むしろ、柴門ふみの1990年の「新・同棲時代」が相応しいだろう)。

昨夜会ったばかりなのに、翌朝には、彼女の家で朝食をともにしている。想像や妄想を超える現実に驚く。半信半疑で、女狐に化かされているという感じさえする。しかし、これは夢や幻ではない。

彼女とは、ハレとケ、非日常と日常を共有していた。わずか3日間(アポを取ったのが一昨日、会ったのが昨日、そして、朝食をともにしている今日)で、二人の関係は急速に接近していく。まさにテレクラが成せる業だ。そこに恋愛の駆け引きはなく、ただ、剥き出しの欲望や官能があっただけだ。転がる時は転がるものだ。

朝食を取ったからといって、ゆっくり彼女の家で寛ぐわけにはいかない。お互い仕事がある。彼女が着替えている間に、私は食器などの後片付けをして、最寄りの駅まで急ぐ。「じゃあ、またね」といって別れるが、今度はちゃんと再会するため、お互いに電話番号を交換し、本名も名乗った。名刺交換もしたかもしれない。
燃え上がる二人(というか、私が勝手に盛り上がっていた!?)は、すぐ明日にでも会いたくなるもの。しかし、お互いが仕事を抱え、なかなか、時間が取れない。結局、週末に、仕事を終えてから会うことを約束。その日のうちに決めた。

寝不足でぼけていたのか、どういう経緯からかわからないが、何故か、温泉旅行へ行くことになる。いきなり一夜&朝食をともにしたと思ったら、今度は“旅行”である。まるで、中学生や高校生が夢想するような急展開である。旅行ということは泊りありだから、当然の如く、セックスもありだ、と、勝手に想像を逞しくする。
その温泉旅行、行き先は箱根となった。かの“星空のドライブの看護師”と、箱根を目指して峠道を上るものの、途中で引き返したところだ。“リベンジ”ではないが、箱根よ、もう一度というところだろうか。

週末までは、3日ほどあった。それまで、仕事は上の空というほど子供ではないが、不思議なもので、会えない時間があればあるほど、思いは募る。まるで、付き合い始めた恋人同士みたいだ。勿論、そんな関係ではないことは心得てはいるが、気持ちははやる。ちょっと楽しい、わくわくとした感じ……。前日はまるで遠足の前の日のような気分だった。

おとなの遠足

彼女の仕事柄、土日も仕事になることは珍しくない。その土曜日は仕事が夕方まであるものの、日曜日は休日にできるという。土曜日、仕事を終えた後、私達は待ち合わせをした。千代田線の代々木上原駅のホームに7時(こんどは、車を持っているという嘘はついていない!)。彼女の仕事が赤坂終わりのため、そのまま千代田線の赤坂から代々木上原に来てもらう。そこから小田急線で、小田原まで行くことにした。そのまま箱根に行きたいところだが、箱根だとどうしても到着は9時を過ぎてしまう。食事出しの関係で、それでは遅すぎる。そのため、土曜日は小田原のビジネスホテルなどに宿泊し、翌日、箱根の日帰り温泉に行くことにしたのだ。

代々木上原駅、ホームの進行方向の一番前で待ち合わせした。待ち合わせ時間を少し過ぎ、彼女を乗せた電車が滑り込んでくる。彼女を見つけると、慌てて、乗り込む。下北沢で急行に乗り換え、小田原を目指す。

電車は1時間ほどで、小田原に到着する。ホテルは特に予約していなかったが、駅周辺のホテルに宿泊することができた。チェックインを済ませ、小田原の繁華街にある居酒屋で、鯵のたたきや金目の煮物などを肴にビールをあおる。
ほどよく飲み、良い酔い心地になったところで、ホテルへ戻る。ビジネスホテルのダブルだから、そんなに広くも豪華でもないが、清潔感と簡素さがあれば、二人には充分だった。

めくるめく夜は過ぎていく。不思議なもので、旅先という非日常感が官能を高めるのかしらないが、前回以上に激しく貪ったような気がする。ただ、欲望に任せるままかいうと、そうではなく、気持ちのやり取りもあったように思う。思いが官能を高めるというのだろうか。刹那が永遠に繋がるような錯覚(!?)さえ覚える。

翌朝は、旅館ではないので、チェックアウトぎりぎりまで寝かせてもらう。11時近くまでまったりとしていた。朝食と昼食を兼ねた軽い食事を済ませ、箱根登山鉄道で小田原から箱根湯本へ。まずは箱根湯本の周辺を散策し、土産物屋などを冷やかし、ケーブルカーとロープウェイを利用して、姥子温泉へ向かう。

姥子温泉は大涌谷と芦ノ湖の中間に位置し、金太郎の名で知られる坂田金時の伝説が残る温泉。山姥に連れられた金太郎がこの湯で眼病を治したといわれ、古くから眼病に効く温泉として知られる。特に眼病を患っていたわけではない。箱根の強羅や千石原などの有名どころではなく、箱根でも秘湯といわれるところへ行きたかったのかもしれない。ロープウェイの空中散策では、箱根特有の霧が出てきて、霞の中を進んでいるようで、幻想的でもある。かつて、英国ロック界を代表するピンクフロイド(ちなみに先のロンドンオリンピックの閉会式にもメンバーが出演し、代表作『炎(あなたがここにいてほしい)』をモチーフにした演出もされた)が『箱根アフロディーテ』という野外コンサート(1971年8月6日、7日に神奈川県箱根芦ノ湖畔・成蹊学園乗風台特設ステージ)を行い、そのステージが霧に包まれ、幻想的なサウンドともに幽玄の世界になったという伝説があるが、まさに霧の中を進むロープウェイは、そんな感じでもある。心の中では「原子心母」(ちなみにアフロディーテでは「エコーズ」も演奏された。かの辻仁成のバンド、エコーズも同題から取られている)が鳴り響く。ちなみに、you tubeで、「ピンクフロイド 箱根」と、検索すると当時の映像が出てくる。凄い時代だ!

ロープウェイを下りて、歩いて数分もすると、姥子温泉である。特に日帰り温泉施設などはなかったが、普通の旅館で、日帰り入浴が可能だった。少し寂れた感じで、逆にそれが深山の湯治場という雰囲気を醸し出す。

残念ながら混浴でも露天風呂でもなかったが、二人は温泉に入らせてもらった。泉質は、単純温泉、硫酸塩泉だが、心地いい刺激があるお湯は、昨夜の激務(!?)に染み入るようで、身体が解れていくのがわかる。1時間ほど、温泉を出たり、入ったりする。窓の景色は煙っていたが、それはそれで風情があり、旅の宿気分を満喫することができた。

温泉から出てきた彼女は浮かない顔をしている。泉質が合わなかったらしく、吹き出物が出てしまったという。困ったような、泣きそうな顔をしていたが、その顔は抱きしめたくなるくらいチャーミングだった。困惑する顔を見て、可愛らしいというのも変な話だが、千変万化する表情のどれもが魅力的である。惚れた(!?)ものの弱みか――(笑)。

ひとまず、彼女が落ち着くまで時間をやり過ごしたが、のんびりし過ぎたせいか、ロープウェイがなくなってしまった。まだ夕方くらいだが、思いのほか早く、運転を終わってしまったのだ。同時に、バスを乗り継いでも東京に戻る電車に間に合わなくなってしまった。いつもの“終電やり過ごし作戦”のつもりではではなかったが、気づいたら、なくなっていたのだ。仕方なく(ではないが)、もう一泊して、早朝に宿を出て、東京に戻ることにする。

とりあえず、翌日の出発時間を考え、箱根湯本まで戻り、観光案内所で、旅館を探す。幸い、戦国時代を代表する武将のひとり北條早雲に縁ある早雲寺(北條早雲の遺命により 小田原北條家二代の北條氏綱が大永元年、1521年、箱根湯本に創建した小田原北條家 歴代の菩提所であり、臨済宗大徳寺派の古刹。山号は金湯山。本尊は釈迦如来である)に、ほど近い旅館が予約できた。駅まで旅館の車が迎えにきてくれる。

旅館は国道1号から三枚橋を渡り、旧東海道を上って、早雲寺を通り過ぎ、少ししたところにあった。当時の温泉旅館にありがちな華美な作りではなく、質素でいて、品格がある。飛び込みにしては上々の宿だろう。うまく転がる時は、転がるものだ。

夕食もぎりぎりだが、間に合い、部屋出しにしてもらう。食事の前に軽く温泉に入る。ここも残念ながら混浴ではなく、男と女に分かれて、大浴場へ行くことになる。泉質はアルカリ性単純温泉なので、姥子温泉とは違い、刺激が少なく、しっとりと身体に馴染む。
彼女は湯上りに浴衣姿だ! 浴衣に包まれた肢体が艶っぽい。濡れ髪を結わき、後れ毛がしたたる様は、和の色香がある。彼女の新たな魅力発見である。今度は泉質も肌や皮膚にあったらしく、湯あみが本当に気持ちいいという顔をしている。

部屋の食卓には相模湾の海の幸が並ぶ。鯵やまぐろ、鯛、かんぱちなど、綺麗な皿に盛りつけられる。新鮮な刺身を伊豆の天然のわさびを自ら擦り、しょうゆにつけて、食す。日本酒といきたいところだが、明日も早いので、ビールにする。
焼き魚や煮物なども付いている。酢の物や香の物、汁物、水菓子まである。大した料金ではなかったが、二人には充分過ぎる量である。温泉旅館、浴衣姿、部屋出しの食事など、ある意味、あまりに非日常を過ぎる。1週間ほど前は、まったく想像できず、ましてや、知りあってもいなかった。一本の電話が私達をここまで、導いた。出会いとは不思議なものだ。

温泉に来たからには

元々、食事の始まりが遅かったので、食べ終えた頃には結構な時間になっていた。夜も遅く、日曜日ということで、客も少なかった。ここで、良からぬ考えが浮かぶ。折角の温泉旅館である。やはり、混浴だ!

部屋を出て、男風呂に行ってみると、幸い先客はいない。彼女を手招きして、脱衣所へ呼ぶ。私が風呂に入り、後から入るようにいう。ちょっと冒険だが、男風呂を二人で独占することにする。混浴風呂で、抱き合ったり、水を掛け合ったり、男子たるもの誰もが憧れる“いちゃいちゃ”を実行。室内風呂のため、湯気が浴場内を覆い、ぼやけている。姥子温泉を目指すロープウェイが霧に包まれ、幽玄な世界を彷徨ったが、箱根湯本温泉の大浴場も湯気に霞み、幻想的な世界になる。ある意味、この二人の世界はファンタジック。夢か、幻か。しかし、彼女は、私の手に収まる。それが現実である。

と、ここで、ハプニングが発生。脱衣所から音が聞こえたらと思ったら、一人の男性が風呂場に入ってくる。あまりの突然のことで驚くが、湯気で風呂場は霧のように覆われ、視界もきかない。湯気を纏い、二人は声を押し殺し、息を潜め、抱き合いながら、その男性が出るのを待つ。15分ほどだろうか。風呂から出る音が聞こえ、脱衣所に消える。大人の隠れん坊だ(笑)。

その男性が脱衣所を出たのを確かめ、風呂を出る。流石にのぼせてくる。早く部屋に戻り、水分補給をしなければならない。
部屋に戻ると、冷蔵庫にあった冷たい水を一気に飲み干した。のぼせ、上気した身体を静める。一日中、動き回り、風呂にも長くつかり過ぎた。身体は疲れ切っているはずだ。翌朝も早いというのに、二人は朝まで求め合う。と、書くと激しい攻防(!)を連想させるかもしれないが、風情ある“むつみごと”だった、とだけいわせていただく。

2泊3日の温泉旅行。箱根への旅は、いうまでもなく、テレクラが契機である。新宿・歌舞伎町のストリートの先に箱根へのロードがあった。私のテレクラを巡る、新しい旅が始まったようだ。

田亀源五郎『銀の華【復刻版】』上、中、下巻●発売日延期のお知らせ/2012年10月5日(金)→10月17日(水)

田亀源五郎『銀の華【復刻版】』巻の発売予定日を、
2012年10月5日(金)から10月17日(水)に延期いたします。申し訳ありません。

ご予約いただいた方、発売を楽しみにしていただいている方にはさらにお待たせすることになり、お詫び申し上げます。

なにとぞ、ご了承いただけますようお願い申し上げます。
(ポット出版・高橋大輔)

『百年の憂鬱』、『悪魔の飼育』刊行記念
エフメゾトークライブ「埋葬せずにはいられない」
佐藤雄駿×伏見憲明

2012年8月29日、伏見憲明さんがママを務める「エフメゾ」(毎週水曜日営業)にて、ロックバンドNON’SHEEPのヴォーカル担当であり、小説集『悪魔の飼育』を上梓した佐藤雄駿さんと『百年の憂鬱』の著者である伏見憲明さんのトークライブが開催されました。
話は佐藤さんの小説のモチーフとなっている「死」、「埋葬」にはじまり、ミュージシャンとして言葉を紡ぐことと、小説家として言葉を紡ぐことの違い、そしてインスパイアされた小説、ミュージシャンのことなど多岐にわたって展開していきます。どうぞお楽しみください。 続きを読む

第16回■ニンフォマニア

「私って、ニンフォマニアって言われているの」
“彼女”はそう呟き、妖しく微笑んだ。

熱い夏は漸く終わりを告げたが、それでも夏の名残はあり、暑さを感じさせながらも少しだけ秋の気配が忍びこもうとしていた。彼女と電話で、話したのは、その日の前夜のこと。久しぶりの“HOME”、新宿・歌舞伎町の「ジャッキー」だったと思う。渋谷を主戦場にしていたが、たまには、里帰りも必要、馴染の店には顔つなぎは欠かせない。ホームはいつもと変わらない、やさしさといい加減さで、迎えてくれた。

その20代半ばという会社員と電話が繋がったのは、終電前くらいかもしれない。どんな話をしたか、あまり詳しく覚えてないが、行きつけのバーやレストランの話で盛り上がり、なんとなく気が合い、話がうまく転がる。

阿吽の呼吸や掛け合い漫才ではないが、時々、テレクラで話をしていて、なんの不自然さもなく、自然と会話が弾むことがある。後でわかったことだが、その彼女、モーターショーやレースなどにコンパニオン(パニオンも当時の合コンなどでは花形だった。まだ、岡本夏生がいまのようになるとは想像もつかない時代だ!)を派遣するイベント会社の営業で、人と話を合わせるのはうまいはず。私自身も企画関係の仕事をしていた関係で、そのような人種の扱いは慣れていて、“業界ノリ”になんとなく乗ることもでき、軽口のいい加減な話も辻褄があってしまったりする。もっとも、それ以前に、最初から相性の良さみたいなものもあったのもかもしれない。特にエッチ系の話などは振っていないが、なんとなく(という表現が多くなるが、まさにそんな感じなのだ!)気が合ったことから、すんなりとアポを取り付けた。

テレクラ経験者には、そんな体験をした方も少なくないと思う。親和性が高いというか、話していて、最初からしっくりくることもある。もっとも、話がしっくりいっていても、いきなり電話を切られることもあるから、テレクラは奥が深い(笑)。彼女とは渋谷のバーで、飲もうという約束をした。勿論、時間も時間だったので、これから直ぐではなく、翌日の夜になった。

現れた美女

夜にアポがある、こういう時は、仕事は浮足立ち、上の空になるかというと、そうでもない。夜に楽しいことが待っていると思うと、却って、普通でいられる。逆にいうと、ルーティンを乱したくないから、変に力んだり、手を抜いたりはしなくなるもの。勿論、約束の時間に間に合うように時間通りに切り上げることだけは忘れない。

彼女とは、渋谷の宮益坂(最近の主戦場がある。すっぽかされたら、ここへ駆け込もう!)にあるシティホテルのロビーで待ち合わせた。約束の時間より、少し早めに着いて待つ。

数分後、約束の時間になると、ホテルの館内放送が流れる。私の名前(勿論、偽名)を呼び、電話がかかっているという。電話に出ると、彼女からだ。仕事が伸びて、少し遅れるという。先にバーへ行って、待っていて欲しいとのこと。バーは昨日、電話で話題になった公園通りにある“お洒落な店”。バブル時代だから絢爛豪華の内装ばかりかというと、逆に黒や白など、モノトーンを基調としたシックな店なども流行っていた。待ち合わせのバーは、後者だった。

バーのカウンターでギムレット、とチャンドラーを気取りたいが、そんなわけはなく、もともとアルコールが強くないので、軽めのジントニックなどを飲みながら、待つ。30分ほど経つが、彼女は来ない。あれだけ電話で盛り上がっても、いざ会うとなると別ものか――と、疑心暗鬼になりそうなところで、漸く、彼女が現れた。

ミディアムヘアーに軽いウェイブがかかっている。背はそれほど高くないが、均整が取れている。濃紺のジャケットに、同色のスカート(長くも短くもない、品のいい長さだ)。まるでリクルートスーツ(この言葉は70年代からあるらしい)だが、シルエットやボタン、切り返しなど、こじゃれた細工がされ、シックながら、キュートである。職業柄(後から知ることだが)か、流石、洗練されている。その顔だが、当時、個性派女優として映画やテレビなどに出ていた女優に似ていた。目鼻立ちが整う、美人女優の面持に、今様、現代的な風情が加わる。おそらく、誰が見ても綺麗や可愛いという評価を貰うだろう。いわゆるテレクラ基準とは別なところにある。

私の顔を見るなり、初めまして、と軽く頭を下げて、挨拶をする。その辺は業界の挨拶風で、そのまま名刺交換をしそうになる(笑)。私はカウンターの横の席を勧める。優雅に腰を滑らせる。席と席の間隔は自然に肩が付くようになっている。とりあえず、私の顔を見るなり、嫌悪感を示したり、逃げ出すような態度を取られず、安心(安堵!)する。

テレクラなどで待ち合わせに行って、顔を見られて、失望されて帰られる(逃げられる)ことはあまりなかった。特に顔が良く、スタイルもいいというわけではない。当時、既に“三高”(高学歴、高収入、高身長の男性のこと。1980年代末のバブル景気全盛期に、女性の主流層が結婚相手の条件にこの三高を求め、流行語、俗語にもなっている)という言葉はあったが、“イケメン”(多分、男性が散々、女性を綺麗とか、可愛いとかを価値判断で長年、騒いでいたことへの女性からの意趣返し)などという軽佻浮薄な言葉もなく、容姿などでは足切りはされなかった。

私の身なりだが、清潔感は意識したが、特に高価なものを身に付けたり、纏ったりはしていなかった。バブルに踊らされることなく、ベルサーチなどは着ず、シップス、ビームスのライン。無難ではあるが、どこにいても違和感を抱かせないものにしていた。それも好印象を与えることに奏功したのかもしれない。彼女は職業柄、バブル紳士には辟易しているはず。

また、女性に対する自然な立ち居振る舞いや、インタビュー千本ノック(企業の広報誌を編集した関係で、同誌の仕事でいろんな人にインタビューをしていた)の経験を生かした、相手の警戒を解き、すんなりと懐に入っていく術を体得してもいた。おそらく、そんなところがキャンセルやチェンジ(風俗店か?)を食らうことが少なかった理由だろう。

いまや昔ではないが、体型も変わり、容貌も相当(いや、多少くらいにしておこう)、劣化したが、当時は、少なくも相手に嫌悪感を抱かせるようなことはなく、それなりの見映え(というほどでもないが)をしていた。そういえば、一度だけだが、“読モ”(読者モデル)もしたことがある。といっても、学生時代に、あるアウトドア―雑誌の「北アルプスを走破する」みたいな企画で、奴隷のようにこき使われただけだった(と、さりげなく、自慢しておく)。

意外な大物

無事、面接試験(!?)にパスすると、電話の時のように、いい感じで話が転がっていく。彼女の仕事のなどの話を聞いて、その時、初めて、コンパニオンを派遣している会社に勤めていることを知った。一瞬、彼女を通じての「アンド・フレンズ作戦」(新たな交友関係ができると、その交友関係から紹介やコンパなどで、新たな交友関係が生まれる)&「コンパニオンほいほい」も浮かんだ。もっとも、それ以前に、彼女をどう料理する(なんて言いたいところだが、流石、そんな不遜ではない)を考えを巡らしていた。

当時、それなりの遊び人は自分の中にクリシェのような、女性を落とす技や必勝法を各人が持っていた。男性週刊誌などでも女性を口説き落とす“アイテム”や“シチュエ―ション”は紹介されていた。ドライブや夜景、遊園地、観覧車、海岸など、様々なものがある。その中で、私は夜景を得意技(!?)としていた。素敵な夜景を見たら、女性は落ちる。いまにして思えば、随分、単純な話だが、いまだに素敵な夜景の見えるところがデートスポットになっているのだから、案外と女性心理とは変わらないもの。

例によって、終電近くまで粘り、いい感じで、酔ってきたところで、バーを出る。当然、駅を目指さず、渋谷駅とは反対、公園通りを上る。渋谷公会堂を過ぎ、NHK辺りになると、建物も少なくなり、風が吹き抜ける。火照った身体に心地良い。彼女は自然に腕を絡めている。今度は、前回と違い、振り払う理由はない(笑)。

公演通りを上り切り、国立代々木競技場へ向かう。別に競技や試合、コンサートを見るのではない。同所から原宿駅へ抜ける遊歩道は小高くなり、渋谷の夜景が見渡せる絶好の夜景スポットになっているのだ。バブル期である、必要以上に眩い照明に煌めく渋谷の街。その夜景は、キラキラと輝いている。

二人で夜景を見つめながら、身体は自然と密着し、抱きしめ合い、口づけを交わす(奪うでも貪るでもなく、交わすが相応しい。なんとなく、二人は唇を求めていたようだ)。そして、先の言葉が彼女の口から呟かれたのだ。

「私って、ニンフォマニアって言われているの」
そう呟きながら、彼女は妖しく微笑んだ。まさか、そんな言葉を聞くとは思ってもいなかったが、そんな言葉を呟かれたら、男は“イチコロ”というもの。落としたつもりが、落とされた。意外な展開に、一瞬、たじろぐ(うまい話に男は疑心暗鬼になるもの)が、そこからは、めくるめくような展開が待っていた。

と、余韻を持って終わりたいところだが、一回の連載分には字数不足(かわからない!?)、なので続けさせていただく。

彼女は「行きたいホテルがある」と、言葉を重ね、さらに渋谷から246を三軒茶屋へ向かい、商業地と住宅地の間の奥まったところにある“ブティックホテル”の名前を出す。いまでは、ブティックホテルなど聞きなれない言葉かもしれないが、ラブホテルにような華美さや猥雑さがなく、シティホテルのゴージャスさとラグジュアリーさを兼ね備えた“ラブホテル”のこと。現在もラブホテルの別称であるらしいが、当時の女性誌などにもお洒落なところとして、紹介もされていた。

私は利用したことはなかったが、一度、行ってみたいとは思っていた。その最初が彼女なら、今回もその誘いを断る理由がない。急いで、タクシーを拾う。多少、246は渋滞していたが、15分ほどで、到着する。

高台に建つ同所は、ヨーロッパのリゾートホテルのような外装で、まわりの風景に違和感を醸し出すことなく、ひっそりと佇む。過剰な淫靡さもないから入りやすい。室内も間違っても回転ベッドなどはなく、外国製のキングサイズのダブルベッドが悠然と置かれていた。室内装飾も品のいい壁紙に瀟洒なインテリアが囲む。バスルームには猫足のバスタブが設置されている。女性が憧れ、これなら入りたいと思うのもわかる。

私達は、シャワーを浴びる間もなく、抱き合い、唇を求めると、キングサイズ・ダブルのベッドにダイビングする。ここは、遊泳禁止区域ではない、自由に泳ぎまわっていい場所だ。服を勢いよく、脱ぎ捨てると、二人は夜の海を泳ぐ。彼女は、恥ずかしそうにはにかみながらもニンフォマニア=色情狂の面目躍如(!?)、言葉に違わぬ積極性と淫乱性で、私を翻弄していく。はにかんだ表情は悪戯っぽい微笑みを湛えつつ、さらに妖艶さが加わる。その眼差しは男を捉えて離さない。自ら快楽を貪ることで、自身の官能の指標が上がっていくようだ。時間が経つほど、大胆になっていく。大当たりである。とてつもないものを釣り上げてしまった。そこには単なる大人のエッチを超えたワンランク上のエッチがあった(笑)。まるで、三流の官能小説だが、リアル“フランス書院”か、リアル“マドンナメイト”か。事実は小説より奇なり。そういうものだ(So it goes!)と、思わず、我が敬愛するカート・ヴォネガットの決め台詞を呟きたくなるが、めくるめく展開は、さらにめくるめく――。

【電子書籍版】隠密剣士、いまここに甦る!

昭和30年代ーー
忍者ブームの火付け役、テレビ映画「隠密剣士」の世界が帰ってきた。
最高視聴率40%近くをマークし、一大忍者ブームを巻き起こした「隠密剣士」。
今年は放送開始から50周年。
製作時のエピソードとともに物語の魅力をあますところなく紹介した一冊です。
名場面やロケ風景など、貴重な写真も多数収録!

現在、スカパー! 他 CS局で視聴可能なファミリー劇場で、
毎日朝6時から「隠密剣士 HDリマスター版」を放映中です。
http://www.fami-geki.com/search/index.php