年別アーカイブ: 2007年

シャンプー

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日曜にシャンプーをした。
風呂場ですべらないように、すのこの準備を私が始めると
部屋の奥のほうにあるベッドの上にコソコソと移動する。
リードをつけても、寝そべったまま動こうとしない。
普段はリードを見ると、「散歩っすか?」と
ヒョコヒョコ玄関まで小走りでくるのに、すこの=シャンプーと
インプットしているらしい。

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毎回シャンプーのたびに、ムダな抵抗を試みたあと、
すごすごと風呂場まで歩いてくる。
(もちろんリードでひっぱりますが、一応自分の足で歩いてくる)
体と足を洗われるのは、じっと我慢の子を続ける。
以前のように震えなくなっただけ進歩、進歩。
しかし顔にはいった途端、やっぱりヒーンヒーンと情けなく鼻を鳴らす。
そして何よりイヤなのが、シャワー。
体のどこの部分でもかけられるのがイヤらしい。
猛烈に体をひねって風呂場から逃げ出そうとする。
まあ、雨嫌いだから、しかたないか。

テン、ナース家に

正式にナースの家でテンを飼うことになった。
きのうナースが近所のドッグランにテンとナッツを連れて行ったら
見知らぬ人に「テンちゃんですか?」と声をかけられたそうだ。
テンちゃん、なにげに有名犬!
きっとテンを保護していた人のブログあかるい未来で、
テンのことを知っていたのだろう。
ナースの家にやってくるまでのテンの様子や
ナース家でトライアル中のテンや、ナッツ、猫のアビの反応も
アップされている。
テンは、おそらくナッツと遊びたくて、ナッツの耳や足を噛むらしい。
テンに噛まれて、痛そうな顔をしているナッツの写真もアップされていて笑える。
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本日、参議院議員選挙

とりあえずまだ雨は降っていません。しっかり投票所に行って、自分たちの思いを候補者に託しましょう。なんだか明日未明までドキドキしそうですね。あとは祈るばかりです。一票で負けることもありますから、悔いの残らない選択を!

2.5シーターの快適

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2.5シーターのソファは、やはりいい。
ソファに寝そべって本を読む場合、
2シーターだと足を縮めないといけなかったのが
2.5シーターだと、ゆったりと寝そべることができます。
さらに、2.5シーターは奥行きも広いので、
このように犬と2列になって寝ることもできます。
それにしても、鉄の顔はでかい。
人間の半分しか体の長さがないくせに、頭の大きさが同じだ。

「私」から「私たち」から「私」へ

右を見左を見、周囲を気にしてゲイバーに入店した時代をおぼえているひとは、
もはや少なくなった。
ゲイ同士知り合ってもふつうに名字を名乗り合うことがなかった過去に、
現在リアリティを感じる者は多数ではないかもしれない。
でも、たかが十数年前、ぼくらは新宿御苑でゲイの集団で花見をするのに、
差別の恐怖と闘わなければならなかった。
ついこの間、90年代でさえ、同性愛者のイベントをするのに、
会場に警備員を置かなければならないこともあった。
友だちに性的少数者であると告げることすら許されなかったのは、
遠い昔のことではない。(いや、いまでもそれは続いている)
そうした状況が変化していったのは、
それを変えようと思ったひとたちが、少しずつの勇気を持ち寄ったからだった。
目の前の困難を「私」として乗り越えるだけでなく、
「私たち」として向き合う「政治」をはじめたからだ。
「私」の状況は「私」の力で実現したと思いがちだが、
それを背後で支えたものへの想像力を持たないひとは多い。
それどころか、「大きなお世話だ」と思っているひとも珍しくない。
悲しいことに、寝た子を起こさないでくれ、
という「苦情」も相変わらず耳にする。
けれど、そのひとたちの「自由」でさえ、勝手に出来上がったものではない。
もしそう思っているのだとすれば、それは傲慢だ。
時代は変えようとしないかぎり変わらない。
「私たち」の問題として解決すべき事柄は、「私たち」とともにある。
そのことと、「私」がどう生きるのか、という課題はつねに同時平行してある。
「私たち」を「政治」とするのなら、「私」は「文学」かもしれない。
そのふたつは不可分であり、生きるための両軸だ。
「私」をしっかり生きることも、「私たち」の課題と向き合うことも、
どちらも人生には必要なことだろう。
「私たち」としての「私」を考えることは、「私」をよりよく生きるために、
不可避な機会に相違ない。
捨て身で「私たち」であろうとしているそのひとに、花束を。
不器用に「私たち」であろうとしているそのひとに、万雷の拍手を。

参議院選挙比例区って!?

特定の候補者を当選させたい人は、党名ではなく、個人名を書かないとそれが反映されないんだそうです。意外とそのことが知られていないようで、伏見もつい最近まで分かっていませんでした(人のこと言えない)。だから投票場では●●●○○○とフルネームでちゃんと書きましょうね。
選挙もいよいよ大詰めですが、さまざま巻き返しもあり、メディアでそれなりに取り上げられた候補者もそのことだけでは票につながらず、奮闘努力しているようです。人々の投票行動に影響を与えるって難しいですね。有権者の一人として、他人任せでは自分たちの思いを国政に反映させることはできないんだと真摯に受け止め、しっかりと投票に行きたいものです。最後までがんばれ!