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[ながおかの意見]東京都青少年健全育成審議会の場合
「有害」「不健全」図書は誰が、どうやって決めているのか

長岡義幸
[2001-08-06]

文◎長岡義幸
ながおか・よしゆき●フリーランス記者。一九六二年、福島県生まれ。主な取材テーマは出版流通、言論・出版・表現・流通の自由、子どもの人権、労働者協同組合など。
著書に『物語のある本屋』(共著、アルメディア刊)。
本稿に対するご意見・ご感想などがありましたら、こちらまでお寄せください。


審議会の議事録を公開請求してみたら……

○■■■■ これまで、公開請求というものはどれぐらいあったんでしょうか。
○副参事 最近は、一件は、前回お話ししました「完全自殺マニュアル」について、あれが最近でございましたが、そのほかについては、あと数件ございました。そのときは、氏名を全部伏せた形で公開してございます。
○■■■■ 請求した人は、どんな人かわかりますか。
○副参事 「完全自殺マニュアル」については、(略)やはりマスコミ関係といいますか、そういった月刊誌に投稿するようなフリーライターの方が一名。あとは一般都民の方でございます。(第四七六回東京都青少年健全育成審議会議事録・二〇〇〇年一月二〇日開催より)
 発言者名だけがところどころ黒塗りにされて「一部公開」になった東京都青少年健全育成審議会の議事録を操っていたら、こんな発言が飛び込んできた。ずいぶん貧相な“フリーライター”もいたもんだ。いったい“投稿”で食えるんだろうか。自分のことじゃなければこう思ったかもしれない。でもご想像のとおり私を指しての発言だ。
 一九九九年秋、情報公開制度(現在は情報公開条例)を利用して『完全自殺マニュアル』(太田出版、一九九三年)の「不健全」指定の是非について東京都の審議会がどのような議論をしたのか確認しようと議事録を請求した。そのときに対応したのが都生活文化局女性青少年部(現・都民協働部)の関口繁光副参事だった。その後、最近の議事録が手に入り、精読していたら、審議会ではどんな人間が情報公開請求をしたのかと委員のひとりに問われ、関口氏が説明した部分が上記のように記録されていた。
 情報公開を求めた当人がまたまた議事録を手に入れて読むとは、副参事も思っていなかったに違いない。ずいぶん“正直”な人だなあとは思った。彼にはちゃんと「フリーランス記者」と記した名刺を渡したんだけどなあ。投稿するんじゃなくて「取材だ」とも言ったんだけれど。フリーランスの社会的地位なんてしょせんこの程度にすぎないことはわかっていても不愉快な気分だ。
 そもそも情報公開請求をしたのがいかなる人物だったのかを尋ねる審議会の委員がいること、それを躊躇なく公開する行政職員がいること自体、情報公開の精神に反する。「情報公開」が不完全なうえに「個人情報保護」も蔑ろにする杜撰な対応であることは確かだ。
 東京都ではこの春、出版物の販売規制を行っている「青少年健全育成条例」が改定・強化された。青少年健全育成審議会から都知事の諮問機関、青少年問題協議会、都議会と舞台を移しながら一気に決まってしまった。
 青少年条例なんてものの存在そのものがナンセンスだけれど、それでもいままでの東京都条例は、出版社や流通・販売業者(取次・書店・コンビニエンスストアなど)の“自主性”を尊重して「謙抑的」な運用を旨としてきたと一般には“評価”されてきた。学者の間では青少年条例を制定する四六都道府県中唯一の「福祉型条例」と呼ばれることさえあった(個人的には「福祉型」などという評価はとんでもないと思っている)。
 それが罰則をもって事業者を威嚇する権力的な「取締り型条例」に変節した。事業者だけでなく、青少年条例によって読書の権利・自由(情報アクセス権)を奪われている子どもたちにとっても大問題だ。図書館の自由を標榜し、資料提供の自由を大原則にしている図書館界にも影響がでてくるに違いない。


問題がおこるたびに規制対象が拡大してきた

 ではいったいどんな影響がでてくるのだろうか。その前に、そもそも青少年条例がいったいいかなる代物なのかを説明しておきたい。
 ときどき新聞に「テレホンクラブを通じて知り合った一四歳の女子中学生とみだらな行為をしたとして××警察署は○日、△△高校教諭の○○容疑者を逮捕した」といった記事が載ることがある。成人が一八歳未満の少年少女と“結婚を前提としない”性行為をすると処罰される「淫行条例」に違反したというのが理由だ(二〇〇〇年には児童ポルノ・買春禁止法という法律もできて、同様の取締りが行われている)。
 けれども、実際には「淫行条例」という名前の条例は存在しない。正確には自治体が制定する「青少年の健全育成に関する条例」(東京都)とか「青少年のための環境整備条例」(栃木県)といった呼称の条例の一節を指している。一般にこの条例は「青少年健全育成条例」「青少年保護育成条例」あるいは簡単に「青少年条例」と呼ぶことが多い。
 淫行処罰にかかわる規定は、東京都青少年条例だと「青少年に対する買春等の禁止」の項で「何人も、青少年に対し、金品、職務、役務その他財産上の利益を対償として供与し、又は供与することを約束して性交又は性交類似行為を行ってはならない。/2 何人も、性交又は性交類似行為を行うことの周旋を受けて、青少年と性交又は性交類似行為を行ってはならない」(第18条の2)とし、これに違反すると「一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」に処せられることになる。
 青少年条例の目的は「青少年の環境の整備を助長するとともに、青少年の福祉を阻害するおそれのある行為を防止し、もって青少年の健全な育成を図ること」(都条例第1条)という条文になっているのがふつうだ。青少年は一八歳未満と定義づけられている(ただし一六、一七歳で婚姻している女性は成人扱い)。
 「われら都民は、心身ともに健全な青少年を育成する責務を有することを深く自覚し、青少年もまた社会の成員としての自覚と責任をもって生活を律するように努めなければならない」などというお題目が掲げられているけれども、最大の力点が置かれているのは、青少年にかかわる“有害環境の浄化”のために、あらゆる事業・商品・サービスを規制の対象にして、行政の監視下におくことだといってしまってもいい。
 その青少年条例が規制する事業・商品・サービスは多岐にわたる。
 テレホンクラブの営業場所の制限やツーショットダイアルのカード販売場所の制限(いわゆる「テレクラ条例」)、ナイフ販売・所持の禁止、成人映画のポスターの張り出し位置・内容の指定、コンドームの自動販売機の設置制限、“大人のおもちゃ”の販売規制など枚挙にいとまがない。問題が起こったり、問題視される業態が出現するに従って、次々と規制対象を拡大してきた結果だ。決して規制対象が縮小されるようなことはなかった。
 とりわけ各自治体が力を入れているのが「有害」図書類の販売規制だ。行政が設置した審議会の意見を聞いて、都道府県知事が特定の図書類を「有害」図書に指定し、青少年への販売を禁止、小売店がこれに違反すれば警察による取締りが行われるという形態が一般的になっている。都条例では、図書類を「書籍、雑誌、文書、図画、写真、ビデオテープ及びビデオディスク並びにコンピュータ用のプログラム又はデータを記録したシー・ディー・ロムその他の電磁的方法による記録媒体並びに映写用の映画フィルム及びスライドフィルムをいう」と規定しており、他の自治体もほぼ同様となっている。
 ただしよく勘違いされることが多いのだけれども、刑法一七五条は「わいせつ」文書そのものの出版・販売・頒布が取締りの対象になっているが、青少年条例では「販売され若しくは頒布され、または閲覧若しくは観覧に供されている図書類または映画等で、その内容が、青少年に対し、著しく性的感情を刺激し、またははなはだしく、残虐性を助長し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの」(東京都条例)の規制のみで、建前上は一八歳以上がつくって売ること、読むこと、眺めることは犯罪でもなんでもない。


『アンアン』が「有害」に指定されたことも

 青少年条例の第一号は一九五〇年につくられた岡山県の「図書による青少年の保護に関する条例」とされている。これを参考に時の政府は、自治体の条例ではなく「青少年保護育成法」として図書規制を行おうと企図したものの「検閲にあたる」とマスコミなどが批判し、法制化を断念。各都道府県は岡山県方式にならい次々と独自の条例をつくり、「有害」図書類の指定を開始。現在では長野県を除く四六都道府県で青少年条例が制定されるに至っている。
 そのときどきには、社会情勢とのかかわりで青少年条例を法律化しようとするT中央立法Uの動きが表面化することもあった。現在も自民党が「青少年社会環境対策基本法案」、民主党が「子ども有害情報からの子どもの保護に関する法律案」、公明党や旧総務庁(現内閣府)が「青少年健全育成基本法案」などを準備して、「有害環境」「有害情報」の撲滅を叫んでいるところだ。
 この間、青少年条例で「有害」図書類とされうるメディアの範囲は、先に記したように雑誌・書籍だけでなくどんどん拡大している。最近では九七年七月、福岡県が改定条例でインターネットやパソコン通信上の「有害」情報を青少年に見せてはならないという条項を追加した。東京都もこれに追従して、今年(二〇〇一年)インターネットの閲覧規制の方策を課題にしようと目論んでいるところだ。
 「有害」図書の指定方式はどんどんお手軽化の方向に進んでいる。もともとは一点一点を審議会などで検討して指定する「個別指定」方式だけだったが、徐々に総ページ数の何割以上、あるいは何ページ以上といった基準を示して自動的に「有害」図書とみなす「包括指定」制度が導入され、早急に指定を要する場合があるという理屈で審議会にさえ諮らないで行政の一存で「有害」図書にする「緊急指定」制度が取り入れられていった。「包括指定」は当初、全ページ数の三分の一以上というのが一般的だったが、だんだんと規制が強まり、五分の一以上、一〇分の一以上、あるいは一〇ページ以上といった条例も現れている。たとえば一〇ページ以上性的描写があれば『週刊プレイボーイ』なんかはもちろん『週刊ポスト』『週刊現代』でも「有害」図書と見なしうる自治体があるわけだ。また「個別指定」では山形県で『アンアン』が指定されたことさえある。
 タイトルも示さずに「有害」図書とみなす包括指定方式は、個別指定以上に、検閲性が強く、かつ販売者自身が「有害」図書かどうか判断しなければならないことから、「憲法違反」だという指摘がある。しかし、ほとんど論議にはならないまま、なし崩しに多くの自治体が取り入れてしまった。青少年に売れば即検挙もあり得るから罪刑法定主義にも明らかに反している。
 ほとんどの自治体では「有害」図書類の販売違反の取り締りを警察に任せているという問題もある。行政はただただ機械的に指定すればそれでおしまい。いや「包括指定」ならば行政が判断する必要はない。「あとは野となれ山となれ」といったところだ。実際、ある県に摘発件数を尋ねてみたことがあるが、まったく把握していないという答えだった。その意味では青少年がどうのこうのというよりも、警察権力で小売業者を威嚇する「事業者管理条例」と呼んだほうが青少年条例の実態を正しく表現しているといえるだろう。


「有害」を生々しく記述する大阪府

 さて、青少年条例でいう「有害」図書とは具体的にどんなものを指すのか。
 とりわけ大阪府条例が“大笑い”だ。「包括指定」図書は「全裸若しくは半裸での卑わいな姿態又は性交若しくはこれに類する性行為で規則で定めるものを描写した図画又は撮影した写真を掲載するページ(表紙を含む。以下同じ)の数が当該書籍又は雑誌のページの総数の三分の一以上を占めるもの」と規定している。
 さらに、条例を補完する「施行規則」「解釈上の目安」というものを制定し、規制対象となる表現を列記している。これがかなりの猥褻感と差別感を漂わせる生々しい記述なのだ。行政の仕事とは何なのかを考えるのにも活用できそうな資料なので、次ページに別掲して紹介する(九一年一二月二〇日時点のもの。その後、同性愛者差別との抗議を受けて変更された記述もある)。
 東京都条例の場合は「有害」図書という呼称を使わず、「不健全」図書と呼んでいる。青少年条例を制定する四六都道府県の中では唯一となる。一九六四年に条例制定の動きがあったとき、出版業界や市民団体が反対運動を展開し、その結果、「有害」という直截な言葉を使わないことになったという経緯があるからだ(当時の都議会会派の社会党、共産党、公明党が条例制定に反対したものの、途中で公明党が賛成に寝返った。そのとき公明党が賛成の引き換え条件として、業界の「自主規制」を尊重することや「有害」という言葉を使用しないなどの修正を要求したからだった)。とはいえ「不健全」図書も「有害」図書も不快な語感には変わりがない。
 都条例でいう「不健全」図書類の定義は先に紹介した条文どおりだが、大阪同様、細かな決まりがある。「認定基準」という審議会の内規だ。大阪府条例ほどのイヤらしさではないけれど、これもけっこう下らない内容になっている。図書類にかかわる項を列挙しておく。
 
○ア 著しく性的感情を刺激するもの
(ア) 男女の肉体の全部または一部を露骨に表現し、卑わいな感じを与えるもの
(イ) 性的行為を露骨に表現し、または容易に連想させ、卑わいな感じを与えるもの
(ウ) 医学的、民族学的その他学術的内容であっても、性に関する描写、表現が青少年に性的劣情を刺激するもの
(エ) 前期のほか、素材、描写、表現等が前記(ア)から(ウ)までと同程度に卑わいな感じを与えるもの
○ア 甚だしく残虐性を助長するもの
(ア) 社会道徳や法律に反する暴力を容認し、かつ、賛美するような描写をしたもの
(イ) 残虐な殺人、傷害、暴行、処刑等の場面や殺傷による肉体的苦痛又は言語等による精神的苦痛を刺激的に表現し、描写しているもの(拷問、死刑、虐待を含む。)
(ウ)殺人、傷害、暴行等の準備、実行行為を模倣可能なように詳細かつ刺激的に描写したもの
(エ) 前記のほか、素材、描写、表現等が前記(ア)から(ウ)までと同程度に甚だしく残虐性を助長するもの
 東京と大阪の例ばかりでなく、滑稽な条例は数多ある。「有害」図書類に限定しないで以下紹介してみよう。
 青少年条例で「大人のおもちゃ」を定義するとこうなる。
 「下着の形状をしたがん具」「使用済みの下着(これと誤認される表示がされ、又は形態である物品を含む)」「専ら性交又はこれに類する性行為の用に供する物品であって、性器の形状若しくはこれに著しく類似する形状をしている器具類又は性器を包み込み、若しくは性器を挿入する構造を有する器具類」「専ら性交に類する性行為の用に供するための全裸又は半裸の人形(気体又は液体で膨張させることにより人形となるものを含む)」(高知県条例)
 自販機で販売する図書類以外の商品で規制の対象を列記した岐阜県条例の規則もそうとうおかしい。「トランプ、ペンダント、キーホルダー、ネクタイ、ハンカチ又は財布で、全裸若しくは半裸の姿態又は性愛の姿態の写真若しくは絵を掲載したもの」「性器を形どった物(性器を形どったものが構成部分の一部を占める物を含む。)」「専ら性交又はこれに類する性行為の用に供するがん具等」「専ら性欲を刺激するための下着」となっている。
 「淫行」の定義も奇妙だ。
 「『みだらな性行為」とは、健全な常識を有する一般社会人からみて、結婚を前提としない単に欲望を満たすためにのみ行う性交をいい」「『わいせつな行為』とは、いたずらに性欲を刺激し、又は興奮させ、かつ、健全な常識を有する一般社会人に対し、性的しゅう恥けん悪の情をおこさせる行為をいう」(神奈川県条例)。
 結婚を前提としない性行為が “みだら”で、結婚した人間の性行為は“みだら”ではないというのだ!? 神奈川県条例では「有害」図書の指定上の基準でも同様の規定がある。さらに、「民主主義を否定する」内容を記述した図書類も「有害」図書に指定できるとしている。
 まさに青少年条例の真骨頂は道徳や倫理を恣意的に強制し、青少年を“善導”することにある。これこそ民主主義に反する発想ではないのか。
 しかも、条例の条文そのものは難なく手に入れることができるが、施行規則はもとより、条例には明記されていない「解釈上の目安」といった文書の存在を知ること、それを手に入れることは、一般の住民にはかなり困難な作業になってしまうだろう。経験的には、条例の運用を解説している「条例集」の提供を拒む自治体がほとんどだ。


「有害」を決めている人たち

 行政が是とする道徳や倫理の反映として「有害」「不健全」図書類が指定されているのなら、それを話し合っている審議会もそうとうの倫理観を発揮しているに違いない。九九年秋に審議会の議事録を情報公開請求したのも、それを確認したかったからだ。
 東京都青少年健全育成審議会は「青少年の健全な育成に関する条例」にもとづいて設置された組織である。その役目は東京都知事が“青少年に不健全な図書類”を指定しようとするときに、その諮問に応じて意見を述べること。審議会が東京都が提示した候補図書の「不健全」指定を了解して、それを都知事が公示すれば一八歳未満への販売が禁止され、小売業者などがそれに違反して販売すれば罰則という制裁が待っている。それだけに、真摯な議論を重ねているだろうと“期待”してもいいはずだ。
 実際、審議会は都知事によって委嘱・任命された「業界に関係を有する者三人以内」「青少年の保護者三人以内」「学識経験を有する者八人以内」「関係行政機関の職員三人以内」「東京都の職員三人以内」の倫理観あふれる人々で構成される。
 業界委員は出版業界の自主規制団体「出版倫理協議会」の議長や「映倫管理委員会」の事務局長、映画館興行主の団体「東京都興行環境衛生同業組合」の副理事長が就き、学識経験者委員には都議会議員や新聞社の管理職(日本新聞協会推薦枠。朝日新聞社、読売新聞社、毎日新聞社)、主婦連合会常任委員、東京都地域婦人団体連盟専門委員、日本善行会常任理事らが就任。関係行政機関の職員として東京法務局人権擁護部、東京少年鑑別所のほか、警視庁少年育成課にもポストが与えられている。
 現在のメンバーは、会長が善行会の石崎富江委員、副会長が朝日新聞東京本社編集局記事審査部長の津山委員となっている。ちなみに石崎委員は東京都の元生活文化局長なので東京都の身内も同然の人物だ。善行会というのは鈴木俊一元都知事が会長になっている団体である。
 委員は都知事が正式に任命し、税金で運営されるれっきとした公的組織なのだから、主権者に申し開きのできる透明な運営をしなければならない。ところが審議会委員らは倫理とはまったくかけ離れた議論を延々としていた。


密室審議で「不健全」指定を決定

 東京都が決めた会議の「運営要領」という文書で「審議会は公開で行うものとする。ただし、審議会の決定により非公開とすることができる」「審議会の会議録等は、公開するものとする。ただし、東京都情報公開条例第七条の規定に該当する場合は除く」と自ら規定している。
 第四七八回青少年健全育成審議会(二〇〇〇年一〇月二六日)で会長の石崎富江氏が説明したところによると、従来、会議を公開せず、発言者名を明らかにしなかった理由は「各委員から自由な意見をいただいて意志の決定を行います性格上、お部屋の中にたとえば関係団体の皆さんがお入りになったりというようなことになると、自由な発言が確保されないようなおそれがなきにしもあらずというようなことも危惧されましたので、一応非公開というふうにしたわけです」という経緯だったという。なんとも小ずるい言い分だ。
 しかし情報公開条例ができたことから青少年健全育成審議会としても新たな対応を迫られることとなった。そのために今後、傍聴人と議事録の公開をどうするかが課題になり、会議では石崎会長の問題提起を受けて委員どうしの議論がはじまった。
 冒頭紹介した「一部公開」の議事録から典型的議論を以下抜粋して紹介してみよう。
○■■■■ (略)何かいままで(傍聴人が参加して)支障があったことはあるんですか。
○会長 いままでは非公開でやっておりましたから、どなたもこの会議の席上にはいらっしゃらなかったわけです。
…………(中略)………… 
○■■■■ (略)自由な発言の妨げになるようなものというのは余りないんじゃないだろうか。だから要領でこういうふうに書かれているので、このままでいってもいいんじゃないかという気がするのですけれども。
○会長 それは、非公開で行っておりましたので。
…………(中略)…………
○■■■■ 考えてみると、これは規制されている人たちにとっては大変な利益に対するいろいろな影響力のある会だと思うんです。そうすると、早い話が、こんなことが出そうだしということで大挙して押しかけてきて、その中でやっているのはどうかということなどを考えますと、自由ないままでどおりの形で、議事録は非公開という形で、ここでは自由な意見を言えるいままでのことがよかったというふうに私は思っていますので、いままでどおりで構わないんじゃないでしょうか。
 (略)私は自由にいろいろなことを言うのにその方がいいと思いますし、たとえばビデオを皆さんに見せるときに、傍聴者もいることになれば、公開であれば、たくさん来た人にもそれを見せるかというようなことになったり、いろいろなこともあるでしょうし、たとえば関係各団体の人たちが反対するとすれば相当なことになるだろうし、そんなことを考えれば私は従来どおりでいいような気もいたしますが。
 利害関係者には議論を公開したくないというずるさがありありとした発言だ。反対意見を聞き入れるつもりがないという意志表示でもあろう。
○■■■■ 私もそういう意味で従来どおりで賛成いたします。
…………(中略)…………
○■■■■ 私は何もわからないんですけれども、従来どおり非公開にしていただきたいと思います。
○■■■■ 私は、「審議会は公開で行うものとする」ということが書いてありますから、それは大変重要なことだと認識しております。ただ、公開に不適当であるという理由は、この審議会に限って言うと幾つかあると思うのです。(略)場所等の問題もありますし、そういう点で、いきなり会議を公開するということにもなじまない委員も多いと思いますので非公開でいいと思いますけれども、その中間的な問題として、国民の知る権利を代表するプレスの記者の取材は自由にしたらどうかと思います。特に都庁の記者クラブ加盟の記者ぐらいは自由に取材できるということぐらいはしてもいいのではないか。つまり、会議が公開であるという原則は尊重しなければいけないだろうと私は思うんです。
…………(中略)…………
○女性青少年部長 平等に公開ということは、全員に公開につながる。具体的なご提案としてそういうのもあり得るかなとは思いますが、実際の事例としては余りないんじゃないかと思います。(略)
○■■■■ 新聞社の代表の方もおいでになっているから、そういう意味では……。でも、その代表の皆さんと報道の一般の記者とは違う感覚で見るというふうになるのか、そこら辺は私はよくわかりませんが、そういう意味では、いろいろな業界の方、いわば規制される側になるかどうかわかりませんが、そういういろいろな方、あるいは見る方、子どもに関係ある方、いろいろな形で出ているのですから、早い話が、この中でやっていることは間違えた方向に行かないだろうと私は信じていますので、そういう意味では、大新聞の皆さんが3社もおいでになるわけですから、新聞記者を入れるほどの事由ということはどうか。(略)いまのままでいいような気もいたしますね。
 審議会には新聞社三社から委員が選任されている。他の委員からは「一般の記者」よりもかなり“信頼”されているらしい。これでは記者クラブに寄りかかる新聞記者よりも悪質ではないか。
○■■■■ 私、ほかの審議会を傍聴することがあるのですけれども、委員の先生方の数倍の傍聴人で人数がすごいんです。ですから、審議会の内容にもよるだろうと思うのですけれども、すごく大ぜいが見えるということも想定されますよね。ですから、とてもこんな部屋ではできない。委員の先生が数人で、傍聴の方がズラッと、そういう会に何度か出た経験があるんです。でも、もちろん「公開で行うものとする」とここで決まっていますから、それはやはり……。
○女性青少年部長 それでは、次の会議録の公開とあわせてお伺いいただいてもと思いますが。
○会長 そうですね。とりあえず、いまは決めないでおいて、第2番目の議事録の公開等についてお諮りしてみたいと思います。(略)
…………(中略)…………
○副参事 (略)本審議会は、(略)いわゆる判定事務がかなりの部分を占めてございますし、自由闊達な意見交換とか、意志決定の中立性、こういったものを特に確保する必要性があるということがございます。これについては、以前の審議会でもいろいろなご意見をいただいたところでございます。
…………(中略)…………
○■■■■ 何か載せて困ることがあるのでしょうか。私は構わないと思いますけれども。やはりそれなりに団体を代表して出てきているのですから、それは個人の意見じゃないですよね。団体を代表して出てきている意見だから、それは意見をはっきり言うべきだし、氏名も公表した方がいいと思うんです。いろいろ後からクレームがつけられるとか何とかということはあるかもしれませんけれども、やはりわれわれは選ばれて来ている委員ですから、そういうことも考えた上で発言するべきだと思うんです。だから、私は特に伏せる必要もないと思うんですけれども。
…………(中略)…………
○■■■■ これは最終的にどういう結論を求めるんですか。(略)やはり名前が出るということになりますと、皆さん、なるべくイエスかノーかの答えを出すだけにして、考え方は出さないほうが利口になっていくみたいな形で、できるだけものも言わずに結論だけ出してしまうみたいになりますと、本当に審議会の目的が達せられるのかなと、私はちょっと疑問を感じる部分がありますので、もしそうなってくると、本当に手を上げたり下げたり、イエスかノーかしか言えなくなりますので、そういう意味では、傍聴も含めて、できるだけしていただかない方がいいなと思います。
 名前が出ると「イエスかノーか」しかいえないというのは驚きだ。むしろ名前が出ないからこそ、内輪意識でこのような厚顔さを発揮できるのではないか。
○■■■■ (略)私はいままでどおりでいいような気がします。そうじゃないと、黙っていて、「はい、マル」というような形になって、それもどうかなと思ったり……。よけいなことを言いました。済みません。はっきり言って、いまみたいな言葉も出てしまうわけですよね。
 都議会議員の発言らしいが、お望みどおり紹介して差し上げた。
○■■■■ (略)公的な会議であって、公の問題を議論しているのですから、そういうことで一々名前を伏せなければ言えないというのは、やはりちょっとおかしいじゃないですか。だから、どうしてもここの発言はオフレコにしてほしいということがあれば、その都度言って議事録から削除すればよろしいので。
 “情報公開派”が妥協案として提案したのだろうけれどまったくいただけない。こんなことをすれば全部オフレコ発言として議事録に残らないことになってしまいかねないのではないか。
○■■■■ (略)意見を言うために審議会に参加しているんでしょう。それが、名前が出るからそれはいえないと言うのはちょっとおかしいんじゃないですか。
…………(中略)…………
○■■■■ (略)私は、出してもいいし、出さなくてもいいし、どっちでもいいですよ。出しても構いません。だけど、従来どおりでよければ、それでもいいんじゃないかと思うんです。
 
 鵺とはこのような人物をいうのだろう。「青少年の健全育成」が聞いて呆れる。
○■■■■ 私、初めてですから、皆さんがこの会議でどんな意見を出されるか皆目わからないんです。(略)インターネットですぐ公表されるといいますと、私ちょっとやっているんですけれども、すぐわかりますよね。それがすぐ反応されてこの会議に影響されると困るなと。(略)やはり従来どおりにしていただきたいと私は思います。(略)
 国の審議会でさえ、インターネット上で公開する方向にある。そんな覚悟もなく委員を引き受けたのかと思うと、公的な仕事をする人間としてあまりにもレベルが低すぎるのではないか。
○会長 それでは期限を切ってあれしますか。
○■■■■ そうですね。2回ぐらいいったところで、12月ぐらいでいいんじゃないでしょうか。
 公開を求める委員がごく少数いて奮闘しているふうではあるけれど、会長をはじめ情報公開の流れに逆行するような凡庸な議論を延々と重ねていることが手にとるようにわかる。定見とはほど遠い情緒が支配した会議といってもよさそうだ。


公開は公平・中正な審議の妨げになる?!

 引き続いて開催された第四八九回東京都青少年健全育成審議会(二〇〇〇年一二月一四日)も同じような話し合いが続けられた。特徴的な意見を抜粋する。
○会長 (略)本審議会の公開の問題についてご意見をいただきたいと思います。(略)
○■■■ 私は公開すべきではないと思います。(略)やはり自由な論議というか、われわれが思った率直な感想の上で指定というものをいままでしてきた過程があります。そうすると、公開すると、あのときはこうだ、このこうだと必ず比較されたり、あの委員はこういうふうに言った言わないというのが、これは公にされても仕方がないということになりかねないと思うんです。まして、いま17歳という青少年の事件が多発している中でこういう論議がオープンにされると、一人ひとりの持っている自由さというのは失われてしまうのではないかという気がするので、私は基本的には公開は反対であります。
 このような意見を言うような人物がいったい誰なのか、主権者が関心を持つのは当然だ。こういう輩に限って「自由と放蕩は違う」と若者を説教しているに違いない。しかし自身は「自由とは匿名で好き勝手を言うこと」だとでも思っているのだろう。大人の身勝手を子どもたちに教えてあげたい。
○■■■■ 私は、(略)従来どおりということが、当然公開でやっておったんだろうというふうに思っていました。(略)
…………(中略)…………
○■■■■ (略)よその審議会に(傍聴者が)入っていて、これが外に出て外圧となって、中には委員長のところへ爆弾じゃないけれども脅しをかけてきたとか、いろいろなことが出てくるんですよ。それで、当然こんな場所ではとてもできませんし、大会議室でやって、傍聴人をたくさん置いてやらざるを得ないし、両方の応援団がいるだろうし、私は、そういう意味からいって、私がほかの審議会に出た経験から言えば、これは公開しないで、いままでどおりの方がいいと思うんです。
○■■■■ (略)私が仮に出版社であれば、それ(名前を伏せること)に対して猛烈に名指しで反発しますよ。自分の商売がかわいいから。だから、そういう可能性があるということですよ。そういう意味では、自由にいままでどおりこういうふうな発言をされて、議事録をちゃんととっておいて、必要があって見たいという人に見せてあげればいいし、そういうことだと私は思うんですよ。それを公開をして傍聴人を置いて新聞記者に書かせてやらせたら、ご承知のように、例の平和記念館の審議会のようになっていきますね。あれもいいと言えばいいけど、私はあれを見て、ああいうふうなことにならないでいった方がいいように思いますね。(略)
 市民に議論の材料を提供しないまま、決まったあとで、各自勝手に確認しなさいといっているようなものだ。議論がわかれるテーマだからこそ、第三者の目に触れなければならないのではないか。
○■■■■ (略)題材が題材だし、本当にそれをオープンにすることによって逆に利用される危険性を大きくはらんでいるという現実を見たときに、安易に自由に、またはオープンにすることが社会の健全化に貢献するとか、おっしゃることはそうかもしれないけれども、そういう土壌じゃないときにもしそれをやって火に油を注ぐような結果になったら取り返しがつかない。私はそういうふうな思いで、あえてオープンにすべきではないと思います。
 いったいどんな利用をされるというのか。利用されかねない発言をしているのなら委員自らが反省すべきだ。公明正大な運営ができない小心者には委員など任せられない。
○■■■■ (略)議事録は公開して、やはり傍聴というと、おっしゃったように逆に利用というか、変にそれがこちらの意図したところと違う方が利用されるという危険はあるかもしれませんね。
○■■■■ (略)議事録は名前を伏せて公開していただくということで、従来どおりで私は結構だと思います。
…………(中略)…………
○■■■■ 私も、そのようにしていただけたらと思います。(略)
…………(中略)…………
○■■■■ (略)私も議員のときに経験していますが、やはり傍聴に来る人というのは目的があって傍聴に来るんですよね。それが確かに圧力になって、私が市議会議員のときも、ある委員会に傍聴に来まして、委員は8人ぐらいしかいないんですが、傍聴人が40人も来まして、真後ろですよ。ちょうどこんな狭い部屋でやっていましたから、真後ろで、書類を見ますと後ろからのぞかれたり、威圧的な高圧的な雰囲気で嫌な思いをした経験があるのですが、まさにそれは傍聴じゃなくて別の目的のために傍聴したというのがありました。
○■■■ そうでしょうね。
 傍聴者が何らかの目的を持っているのは当たり前だ。関心がなければ傍聴になんか来ない。この人物は大きな勘違いをしている。
○■■■■ それと、もっと心配なのは、そういう目的じゃない人が来まして傍聴しますと、あのビデオを見たり、その雑誌を見たりしている姿を見ていると、あの審議会の委員はあんなものを見て報酬をもらってとんでもないなんて言われやしないかと思うと、私、委員を辞めようかと思うぐらいですよ。(略)
 では、どうぞ辞めてください。それだけのことだ。
○会長 それでは、私、最終的に締めくくらなければならないので、今回、一応結論を出したいと思うのですけれども、(略)この審議会の目的というのは、公平・中正に審議をして自由な意見のもとに不健全かどうかを決定する役割ですから、会議を公開することによって、その役割を阻害するおそれ、皆さん非常に不安に思っていらっしゃるようですし、仮に公開することによって自分の自由な意見を狭められてしまうような危惧があるとすれば、やはり当面は従来どおりのような方法でやらせていただいた方がよりベターではないかというふうに私はいま思いました。(略)いかがでしょうか。
 (「異議なし」の声あり)
 まったくもって噴飯モノの会議だ。自己防衛に汲々として、何らの矜持も感じられない。そんなにこそこそしなければならないようなことをやっているのなら、審議会の委員になどならなければいい。延々こんな話をしているのかと思ったら、私のほうがあほらしくなってくる。情報公開条例があろうがなかろうがすべては密室で決めてしまうという結論でしかなかった。
 それにしても、自らの発言は特定されないように腐心しながら、「一般都民」の属性(個人情報)を平気で公開するよう求め、それに応じてしまう連中には呆れてしまう。だからこそ匿名で議論をしようとしているヤツラの発言をすべて公開させなければならないのだ。


宝島社はもっとこらしめてやらないと……

 それなら審議会の本来の役目である「不健全」指定にかかわる論議はどうなのか。これがまたあまりにもいいかげんだ。同じ第四八九回東京都青少年健全育成審議会(二〇〇〇年一二月一四日)の会議録から、東京都から諮問を受けた「不健全」指定候補図書に対する意見を述べている部分を紹介する。
○会長 (略)各委員からご意見をいただいてまいります。
○■■■■ 全誌指定していただきたいと思います。特に3回連続という宝島社に対しては、ただ指定しているだけであって、どうも実質的な効果がないというのは、まさにこのように何度も何度も繰り返してやっているというふうに出てくるし、ある意味においては無力なこの委員会に対する挑戦でもあるのではないかと思えます。ちょっと情けないと思いましたね。
○■■■■ 私も全誌指定ということでお願いしたいと思います。
○■■■■ 全誌指定ということでお願いします。
○■■■■ 全誌指定でお願いします。宝島社が連続4回で、両方そうですよね。(略)こういうCD-ROMの雑誌自体をただ指定します、指定しますというだけで済むのかどうか。
…………(中略)…………
○■■■■ 全誌指定でお願いいたします。意見は、いままでの方と同じようなものです。
○■■■■ 全誌指定でお願いします。同じです。
○■■■■ 私も全誌指定でお願いします。
○■■■■ 同じく全誌指定でお願いします。
…………(中略)…………
○■■■■ 全誌指定ですけど、特に■■■■とか■■■■と同じ考えで、宝島社はもっとこらしめてやらないとと思います。これはとんでもない出版社ですね。
○■■■■ 全誌指定でお願いします。
○■■■■■■■ 全誌指定でお願いします。宝島社が裁判を起こしたということですが、どんな主張をしているか、今後出てきたらぜひ紹介してほしいと思いますけれども、よろしくお願いします。
○■■ 私も各委員がおっしゃった趣旨と全く同意見でございまして、見るに堪えないという感じがいたします。特に宝島社については、連続4回とか、連続3回とか、とにかくひどくて、そういうのがコンビニか何かで無造作に売られているということはやはり問題が大きいと思います。
○会長 各委員全員が指定に賛成ということでございますので、そのように答申いたします。よろしくお願いします。
 いつもの審議会では七、八分当該の図書を眺めて、ほとんど例外なく「全誌指定でいいです」「全誌指定でお願いします」と委員全員が口をそろえるだけなのが通例だ。信念のかけらを見いだすこともできない。
 ところがこのときの審議会では四回目になる宝島社の雑誌の指定で、多少なりとも、意見交換が行われた。しかも「情報非公開」の決定と同様、他者からの批判を好まない委員らの本領が発揮されていたことをこの議事録から伺うことができる。宝島社が東京都による「不健全」指定を憲法違反だと裁判所に訴えたことへの反発を示した部分だ。
 実は、宝島社は自社の発行する『遊ぶインターネット』『DOS/V USER』の二誌が二〇〇〇年九、一〇月にかけて審議会によって「不健全」図書に指定され、さらに一一月二四日の審議会で三回目の指定を受けたことから、同社は「指定処分の取消」を求める訴えを一一月二九日、東京地裁民事二部に提起していた。この日の審議会では、諮問を受けて四回目の指定を決定した。
 裁判に訴えた宝島社の主張は、ごく一部の表現を取り上げて指定するのは「条例の拡大解釈」にあたり、憲法二一条(表現の自由)などに違反する、しかも青少年条例そのものが違憲だとするものだった。さらに、仮に青少年条例が合憲であっても、指定の構成要件を満たしていない、審議会が行政の「恣意的かつ独善的な提案を短時間の内に追認するためのものにすぎ」ないとしている。
 訴訟に際して、宝島社が都庁の記者クラブに配布した文書では、1:『DOS/V USER』と『遊ぶインターネット』は大衆的なパソコン雑誌であり、CDーROMに収録しているアダルトムービーは内容の一部にすぎないから「条例の拡大解釈」である、2:両誌とも創刊五年以上経っているが、指定を受けた号以降アダルト色を強化した事実はない。石原知事就任以来、指定件数が急増したのは、青少年問題というわかりやすいテーマのもとで、言論・表現・出版の自由を阻害・統制しようとしているからではないか、3:公権力に怯え、自主規制を進めればパソコン誌のみならず、一般週刊誌を含めた出版物まで拡大していくおそれがある、と自らの主張を整理している。
 東京都条例は他の自治体の条例とは大きく違って、業界の「自主規制」と連動しているのが特徴になっている。三回連続指定を受けると、出版四団体(日本書籍出版協会、日本雑誌協会、日本出版取次協会、日本書店商業組合連合会)で構成する出版倫理協議会(出倫協)が制定した申し合わせによって「一八歳未満の方々にはお売りできません」という帯紙を付けて販売しなければならず、書店に対しては定期改正(仕入部数の変更)を求めることになっている。必然的に流通部数が減ってしまうために、休刊(実質的な廃刊)を余儀なくされてしまうのが通例だ。
 宝島社の場合は、三回指定後に出倫協の勧告が行われたが、次号の発行準備が進んでいて一二月発行号を「帯紙措置」にするいとまがないという理由で通常通りに流通することになったものの、その後、宝島社は三カ月間の休刊を宣言。四月から直販誌として再出発することにした。
 比較的緩やかとされている都条例ではあるけれど、業界の「制裁措置」を担保にしているという意味で他の条例よりも厳しい運用がなされているといっていい。宝島社はこのような業界自身による「自主規制」措置と条例規制の連動にも異議を唱えたわけだ。
 審議会委員は「ある意味においては無力なこの委員会に対する挑戦でもあるのではないかと思えます」「宝島社はもっとこらしめてやらないとと思います。これはとんでもない出版社ですね」とてらいもなく悪罵を投げつけるのは、何度指定してもひるまない宝島社に対する反発であろう。しかも彼らは東京都が「不健全」指定してもいいかどうかを審議するのが役目であるはずなのに、本音は出版社を「こらしめて」やるために指定を行っていたことも明らかにした。ただの行政手続きではなく、業界の自主規制と連動した恣意的な懲罰のために「不健全」指定制度が存在していることを自ら暴露したようなものだ。


連続三回、年間五回指定で事実上の廃刊・休刊へ

 またまた横道にそれてしまうが、出版業界での「自主規制」がどのように行われているかも概括しておく。
 出版業界には、映倫のように事前に出版物の内容を審査し、流通に制限を加えるような機関は存在していない。主だった業界団体には、出版の自由と倫理問題を扱う委員会が設けられていて、日本雑誌協会(雑協)は編集倫理委員会、日本書籍出版協会(書協)は出版の自由と責任に関する委員会、日本出版取次協会は倫理委員会、日本書店商業組合連合会は出版物販売倫理委員会という名称になっている。
 そのなかで雑協はとりわけ組織だった「自主規制措置」を行っているのが特徴だ。まずは雑協の「雑誌編集倫理綱領」の一節を紹介する。
 4 社会風俗 社会の秩序や道徳を尊重するとともに、暴力の賛美を否定する。
 (1)児童の権利に関する条約の精神に則り、青少年の健全な育成に役立つ配慮がなされなければならない。
 (2)性に関する記事・写真・絵画等は、その表現と方法に十分配慮する。
 (3)殺人・暴力など残虐行為の誇大な表現は慎まなければならない。また、犯罪・事件報道における被害者や被疑者の扱いには十分注意する。
 5 品位 冊子は、その文化的使命のゆえに高い品位を必要とする。雑誌編集者は、真に言論・報道の自由に値する品位の向上に務める義務のあることを確認する。
 これらの“精神”を実現するために、毎月、会員社のOBらが刊行物を閲覧・検討する「通覧作業」というのを実施している。問題のありそうな記事にはABCのランク付けを行い、それぞれのレベルに応じて、当該雑誌の編集長や社長に口頭や文書で「注意」を喚起するという作業だ。
 日本を代表するとされる大手出版社や大手新聞社の出版局約七〇社のみの組織だから「ステータス」維持は至上命題といっていい。Tエロ雑誌Uを出している出版社ははじめから加盟さえできない組織だから厳しい審査が行われているようだ。
 さらに、雑協、書協などの出版四団体によって設置されているのが出倫協だ。議長には雑協編集委員会顧問の清水英夫氏(青山学院大学名誉教授)が就任している。映倫管理委員会の委員長など主だったメディアの自主規制団体の責任者を務めている人物だ。
 その出倫協では、かなり踏み込んだ活動を行っている。
 ひとつは、東京都青少年条例にもとづいて「不健全」図書の指定の可否が審議会に諮られる前に、都が主催する「諮問図書に関する打合会」で意見を述べる機会を確保していること。都条例は業界の自主規制の尊重を基本的な立場とし、業界との連携を重視するとうたっているからだ。他の道府県に比較して東京都の「不健全」指定が格段に少ないのは、都が図書規制に慎重なことと出倫協の存在による“成果”だともいわれている。
 それでも、宝島社のように、同一タイトルの雑誌が連続三回、あるいは年間五回以上の指定を受けた場合は、出倫協が当該の出版社に対して「一八歳未満の方々にはお売りできません」という「帯紙」をつけなければ取次・書店に流通させないとする勧告を行う。前述の「帯紙措置」という制裁だ。たくましい出版社は次号以降、タイトルを変更して従来と変わらない内容の雑誌を刊行するという“裏ワザ”を駆使することもあるけれど、通常は勧告を受ければ廃刊・休刊になってしまう。
 また、全国の「有害」指定の件数をタイトルごとに集計し、ある数以上だった場合、「要注意取扱い誌」として公表するしくみもある。これは原則的に年二回の定例行事だけれども、出版社にとっては、公表されたからといって売上げに響くものでもないようだ。「有害」指定件数の元データは旧・総務庁青少年対策本部が集計していたが、ここしばらくはデータが公表されないため、「要注意取り扱い誌」の指定は中断したかたちになっている。噂によると、日々この作業をしていた担当者がノイローゼになってしまったのが理由といわれている。
 一応ここまでは都条例が誕生した当時から行われていることだ。しかし近年、新たな自主規制もはじまっている。
 性描写のあるコミックス(コミック単行本)に対する「成人コミックマーク」表示と“エロ雑誌”に対する「成人向け雑誌」表示の推奨だ。これを「識別マーク」にして、書店の店頭で販売上の配慮の手助けにするために設けられた制度だと説明されている。マークをつけるかどうかは出版社が独自に決めるというのが建て前だ。ただし行政や民間団体の規制要求に対応してつくられた制度であり、公権力との緊張感が希薄な制度という印象はぬぐえない。


『完全自殺マニュアル』きっかけに改定の地ならしはじまる

 東京都では先に青少年条例の改定・強化がなされた。行政が主導したものの、そのお座敷を浄めたのは青少年健全育成審議会だった。
 発端は九九年七月二一日の産経新聞の報道だった。『完全自殺マニュアル』を参考に中学生が自殺したとして、警視庁少年育成課が「自殺の具体的方法が描かれ、少年に悪影響を及ぼしかねない」として東京都に「不健全」図書に指定するよう通報したという内容の記事だ。とはいえ、警視庁の通報そのものは特別なことではない。毎月独自に収集した数十点から百数十点の雑誌・ビデオの一覧を都生活文化局女性青少年部青少年課に通知する“恒例行事”だからだ。
 しかしその後、東京新聞や毎日新聞を含めたマスコミが警視庁の要請を大きく取り上げて「自殺」をめぐる出版物の扱いが焦点化。都条例を骨抜きにしたいという警察の目論みを知ってか知らずか、無批判な新聞報道によって警視庁を“応援”するという構図になった。
 これに対して東京都は青少年健全育成審議会の委員を務めていた出倫協議長で憲法学者の清水英夫氏らに相談。現行条例では性的・残虐的を対象に販売規制を行っていることから『自殺マニュアル』が「不健全」指定対象にはならないと判断した。同時に版元の太田出版も「一八歳未満の方は購入をご遠慮ください」と大書した帯を『自殺マニュアル』の表紙に巻き、そのうえシュリンク(ビニールパック)して販売する「自主規制」を行い、事態は終息するかにみえた。
 だが、東京都は九九年八月二六日に開かれた審議会でも委員への意見聴取を実施して、条例改定の地ならしをすることになってしまった。
 審議会ではまず、女性青少年部の職員が『完全自殺マニュアル』を「青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるといった内容」だとして、1:自殺を容認したり、肯定的にとらえたような描写がある、2:自殺の手段・方法を詳細に記述・解説・教示し、自殺を誘発するおそれがある表現・描写がある、3:芸能人・タレントを含む自殺の具体的例を紹介し、自殺への興味・関心を助長するような表現・描写がある、との考えを示した。
 そのうえで諮問を行わない理由を、1:条例規定「はなはだしく残虐性を助長し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがある」に該当しない、2:認定基準(ア)「社会道徳や法律に反する暴力を容認し、かつ、賛美するような描写をしたもの」は暴力団の抗争などを想定したものなのでこれにも当たらない、3:認定基準(ウ)「殺人、傷害、暴行等の準備、実行行為を模倣可能なように詳細かつ刺激的に描写したもの」でも暴力等の「等」に自殺を含めるのは難しい、と説明した。
 このあと、委員どうしの意見交換がはじまった。私が最初に情報公開請求した議事録から要旨を抜粋して引用する。
 
○■■■■ (略)殺人、傷害とか相手に対して加えるものではなくて、自分の問題だからということで指定を外すということでいいのかなと、ちょっと疑問に思うんですけれども。
…………(中略)…………
○■■■■ (略)これが認定基準に当たらないと言われればそうかなとも思うんですよね。それぐらいの意見しかちょっと言えないんですけども。
…………(中略)…………
○■■■■ (略)社会も変わってきているのに、やはり倫理基準と言うか、諮問の対象になるように改正されたらどうなんでしょうかなという気がします。
○■■■■ (略)どなたもが青少年の育成に影響があるというお考えがあるんだったらば、当然これは条例改正まで踏み込むべきだと思いますが、その辺りにつきましていかがなんでしょうか。
…………(中略)…………
○■■■■ (略)表現行為の刑罰的規制ということになりますと、(略)正当な手続き、憲法31条に鑑みて厳格な解釈が要請されていると思うんですね。ですから、条文を拡大解釈するということはできないだろうと思うんです。(略)無理して指定するということになりますと、今度はほかに不適切な本はいっぱいあるわけで、それをなぜ指定しないのかという議論にも発展すると思うんですね。ですから東京都の措置で、私は当面結構だと思います。(略)
…………(中略)…………
○■■■■ (略)ちょっとまだ僕もよく考えがまとまってませんので、ちょっと意見を差し控えたいと思いますけど。ただ、現行のこれでは(指定は)無理だということだけは指摘しておきます。
…………(中略)…………
○■■■■ (略)版元の方で自主規制の一種である成人指定ということと、ビニールをかけたということは、ベストではないけれども現行ではベターな選択をしてくれたなということで、ひとまずそれなりの成果があったのではないかというふうに思います。
…………(中略)…………
○■■■■ 今回の通報については、■■■■■からやったわけなんですが、この認定基準に合わないということで、我々としては若干残念なんですが。他県のこの本の指定状況を見ますと、ずばり自殺という文言が入ったものを含めて5県で、今、指定しております。入っていないところも2県ばかりあるんですが。(略)そういう子どもたちには見せちゃいけないものについては、できるだけ見せないように、そういうふうな条例改正。できなければそういうのが今、必要じゃないかというふうに感じます。
…………(中略)…………
○■■■■■■ (略)今回指定見送りというのは妥当な結論じゃないかなと思います。(略)しかしこの本をじゃそのままにしておいていいのかと言ったら、だれもこの本をいいと思いませんね。何らかの措置がやはり必要だろうと言うことなんですが。(略)
○■■■■ (略)類書がたくさんあるようでもありますので、こういう図書の取扱いに対しましては、まず関係業界が自主的な規制というか努力をして、そういう前提としながらも、なお条例の改正に踏み切るかどうか、今後東京都の方でも検討していただければというふうなのが、皆様方のご意見だというふうに思いました。(略)
…………(中略)…………
○■■■■■■ (略)現在問題になるのはどんなものがあるとかいうふうに挙げてみる必要があるんじゃないかという感じを持ちました。それを含めないと、またもぐら叩きだと思うんですね。(略)やはりひとつは類型化をはっきりしないといけないということがあります。(略)
○女性青少年部長 (略)自殺だけではなくてということに関しますと、例のタイの買春ツアーガイドブックみたいなもの等も、ほかの県では指定したような例がございますので、この辺もまた話題にのぼってくるかなというふうに思いますので、(略)どのようにやるかというのは非常に慎重な検討を要するとおもいますので、(略)別の機会を設定しまして、いろいろな意見をいただきたいというふうに思います。
 この話し合いを経て、事務方の青少年課が準備した「会長見解」を検討。委員どうしで字句を修正して、左記のような文書が発表された。
 1 本審議会は、株式会社太田出版発行の「完全自殺マニュアル」について、自殺の手段・方法を詳述し、自殺を誘発するおそれのある内容であり、青少年の健全な成長を阻害するおそれがある不適切なものと考える。
 しかしながら、審議会としても現行条例及びに認定基準のもとでは、本書の不健全図書類指定は困難であるという今回の東京都の判断は妥当なものと考える。
 2 自殺を誘発するような記述・描写をしている図書類は、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるものであり、関係業界はもとより、東京都においても条例の見直しを含む適切な対応をとられるよう要望するものである。
 3 根本的には、このような図書類による青少年の問題が生じる事のないように、条例等による規制のみならず、自他共に人の命の大切さや生きる喜びの理解等、青少年の生きる力や判断力の育成・強化へ向けた、学校や家庭、地域等のより一層の取組みがなにより重要であると考える。
 この見解の最大のポイントは「東京都においても条例の見直しを含む適切な対応をとられるよう要望する」という文面だった。いったんは警視庁のT圧力 Uをはねのけて矜持を示したかにみえた東京都当局と審議会だが、実際は自ら条例強化の布石を打っていたわけだ。


「自殺や犯罪を誘発する」図書も規制対象に

 そして二〇〇〇年三月の都議会では、自民党や民主党の議員が販売規制だけでなく「製作段階等への対応」(出版規制)も強めるよう要求し、石原慎太郎都知事が「新しい条例も含めて、ひとつ活発なる議論をしていただきたい」と表明。これを受けて、五月には石原知事が東京都の諮問機関・青少年問題協議会(会長・石原知事)に「不健全」図書類の効果的な規制のために青少年条例の「一部改正」を検討するよう求めることになった。
 諮問を受けた青少協は昨年一二月に、1:「著しく青少年の自殺や犯罪を誘発するおそれの強い図書類」を新たに「不健全」指定の対象とする、2:書店、コンビニエンスストアなど販売店に対する「区分陳列」規制を新設し、違反者に対しては「何らかのペナルティ」を課す、3:自動販売機は設置の届出制、距離規制を採用し、指導に従わない業者には罰則適用も視野に入れる、など「条例改正」を求める答申を発表。これに応えて、行政当局は「条例改正」案をまとめ、今年二月二一日開会の都議会定例会に上程した。
 その内容は、条例の「図書類等の販売等及び興行の自主規制」と「不健全な図書類等の指定」の項で、従来、性的・残虐的のみを規制対象としていたものを「著しく性的感情を刺激し、甚だしく残虐性を助長し、又は著しく自殺若しくは犯罪を誘発し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの」(第8条)に変更。「自殺・犯罪」を誘発するとされた図書類を販売すると、東京都の担当職員が警告を行い、それに従わなければ罰則(三〇万円以下の罰金または科料)を科せられることにした。
 「区分陳列」規制では指定図書を「他の図書類と明確に区分し、営業の場所の容易に監視することのできる場所に置かなければならない」(9条2項)と規定。区分陳列時には指定図書類だけでなく、出倫協や事業者が“自主的”に表示した「識別マーク」も条例上の規制対象として「当該表示図書類を他の図書類と明確に区分し、営業の場所の容易に監視することのできる場所に置かなければならない」(9条の二1項)と明記。指定図書の区分陳列違反業者に対しては知事が「表示図書類の陳列の方法又は陳列の場所の変更その他必要な措置をとるべきことを勧告することができる」(9条の二の4)とする規制も加わった。
 さらには、青少年健全育成審議会に「専門の事項を調査するために必要があるときは、審議会に専門委員を置くことができる」という規定も新設。青少協の答申には専門委員にかかわる提言はいっさいなかったが、都当局がどさくさに紛れて審議会の権能拡大をもくろんだかっこう。いままでみてきたように、審議会の委員らはほとんど行政の傀儡にすぎないから、「専門委員」なるものを委嘱しても傀儡が増えるだけかもしれない。
 都議会本会議での採択は三月二九日に行われ、七月一日(区分陳列規制のみ一〇月一日)の施行を決めた。改定案に反対した議員はたったのひとりだけ。自民、公明、共産、民主などの主要会派はすべて条例強化に賛成した。
 都議会が公の場で論議したのは実質的に三月二一日に開かれた文教委員会一日のみ。そのやりとりも噴飯ものだった。
 委員会では自民党の桜井武議員が「一般的感覚が麻痺してあまりに目に余るものが多い」と苦言を呈し、生活文化局女性青少年部の高西新子部長に対して過去三年間の指定件数を質問。高西部長は、九八年が図書類五七点ビデオ三九点の計九六点だったものが九九年にはそれぞれ九六点四五点で計一四一点、二〇〇〇年には一三六点四七点計一八三点になったと説明した。
 九八年以前も年間一〇〇点前後だったから九九年がまさに転換点だった。石原慎太郎都知事の就任は九九年四月だから何らかの関連性があるのは確かだ。前述した『完全自殺マニュアル』の「不健全」指定問題が急浮上したのも九九年七月のことだった。
 共産党の田中智子議員は条例改定を「基本的に賛成」と表明したうえで「我が国は諸外国に比べて退廃的な暴力表現と性的表現が蔓延している。国連・子どもの権利委員会も必要な措置を執るよう要請している。社会的な措置は条例だけではだめだ。条例の整備でこと足りたとせず、都民の自主性を引き出すべきだ」と述べた。
 共産党はもともと青少年条例の強化には慎重姿勢を示してきたにもかかわらず、今回は「青少年を退廃文化から守るため」なる古色蒼然とした言説のもと、一転して“行政的規制”を後押しする立場に回った。
 大河原雅子議員(生活者ネットワーク)は青少年条例そのものの目的をわきまえない独りよがりの主張を展開した。「日本ほどポルノがあふれている国はないといわれている。女性の人権上問題のある言葉の氾濫もなんらかのかたちで規制すべき。すべての有害な表現をシャットアウトすることは無理であっても、分離することは表現の自由を侵害することではない。公共の場所で見たくない自由を尊重されなければならない」。女性差別の解消は当然だけれども、青少年条例の役目ではない。使えるものは何でも使ってやれという“保守派フェミニスト”の本領発揮だ。その上、新たな課題として青少年条例による「電車の中吊り広告」の規制をも要求した。
 大河原議員は続けて「一口で犯罪といっても多様。ノンフィクション、推理小説などの記述はどうなるのか」と質問したところ、女性青少年部の高西部長は「マニュアル的に記述した自殺や犯罪を唆すような内容を想定している」と答弁。「『完全自殺マニュアル』は本全体がテーマだが、文学などで一部がテーマの場合はどうなるのか」という質問には「審議会が妥当だと答申すれば指定する。手段を詳細に記述しているマニュアル的なものが対象だが、分量による指定ではない」という答えまで引き出してしまった。一部にでも問題があれば東京都は「不健全」指定を行うと高西氏をして宣言させたのだ。
 大河原議員はさらに「図書に影響されない、自己決定力を支援するプログラムを作る必要がある。子どもが獲得すべきなのはメディアリテラシー。人権を知り、権利の尊重と自己の責任を会得することが大事だ」とも発言した。読み手に「影響」を与えない出版物にいったいどれほどの存在価値があるのだろうか。
 定例会最終日の三月二九日には各会派の討論(意見開陳)が行われた。青少年条例について触れたのは民主党、ネット、自治市民ユ93 の三会派のみ。自民党、共産党、公明党など他の会派は特段の意見も留保もなく行政側の提案を承認したかたちだった。
 唯一条例強化に反対したのは、一人会派である自治市民の福士敬子議員。「コンビニエンスストア他、業者自身で自己管理している『判断する大人たち』の存在を否定することに危機感を抱きます。有害図書の区分陳列は今でも行われており、罰則規定など条例強化によって自殺や犯罪を防ぐという短絡的発想は、自己管理を否定するものです。誰がどこに有害の線引きをするのかという問題と合わせ、根本的解決の手助けにはならないと思います。同時に個々の家庭でのしつけ、考え方を行政という枠組みで規制されることに依存することの、本質的な危険信号として、この案に反対するものです」と発言した。至極もっともな主張だ。
 結局、都議会議員も福士議員のようなごくごく一部を除けば健全育成審議会の委員と同じ穴のムジナだったということだ。
 その後、東京都は「自殺・犯罪」を誘発する図書類の認定基準案を策定。当初は次のような内容だった。
「著しく自殺犯罪を誘発するもの」の認定基準(素案)
(ア)自殺又は犯罪を肯定・賛美し、かつ、慫慂するような描写をしたもの
(イ)自殺又は犯罪の手段方法を、模倣可能なように詳細を記述したもの
(ウ)前記のほか、素材、描写、表現等が前記と同程度に著しく自殺又は犯罪を誘発するもの
 結局、(ウ)の基準は幅広すぎるので除く、(ア)の「慫慂」という言葉は難しすぎるので言い換えるといった意見が青少年健全育成審議会で出て、修正が加えられた。しかし(ア)はマニュアル本(東京都の用語では「手口本」)を、(イ)は小説などの規制を企図したものになっていることに変わりはない。
 行政的規制の拡大に奔走する東京都や何の定見もない都議会議員の後押しを受けて、青少年健全育成審議会の面々は自己保身に汲々としながら、今日も反省のないまま行政の下請けの役目を果たし続けるに違いない。そして青少年の情報アクセス権や意見表明権は侵害され続け、業界は行政から押しつけられた「自主規制」を行い、大人の読者はそのとばっちりを受けて、読書の自由を奪われることになる。でたらめな制度がなくなる日は永遠に来ないのだろうか。【付記】この記事の第一稿を書き上げたのは三月上旬。その後、東京都は四月一日にインターネット上に青少年健全育成審議会の議事録の公開を始めた。しかし発言者名は黒塗りのまま。七月四日現在、更新もされていない。東京都の“情報公開”の姿勢がよくわかる。関連ページのURLはhttp://www.seikatubunka. metro.tokyo.jp/index9.htm読者のみなさんも実地に確かめてほしい。

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